Wrap up the lord of knight   作:影斗朔

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諍いの話

「なあ、金、持ってんだろ? 何も言わずこっちによこせ」

 

左右を森で囲まれた一本道。そこで、二人の人物が男たちに絡まれていた。

弓矢を背負い、不潔そうな服を着たリーダーらしき男は、先ほどまで目の前を歩いていた二人組へナイフをちらつかせ、ニヤニヤと下品に笑う。

周りにいる仲間らしき奴らはその様子を見つつ、同じく目の前に立つ二人組へ睨みを利かせていた。

 

「いえいえ、俺たちはただのしがない旅人です。必要最低限の分しか持ち歩かないので、俺と後ろの彼が次の町で宿を借りるくらいのお金しか持ち歩いていませんよ」

 

頭以外は比較的柔らかいレザープレートを身に纏った、どこにでもいそうな黒目の青年は、ツンツンと尖って見える黒髪とは裏腹に柔らかい物腰で、後ろにいる人物に目を配りながら少々自虐的に答える。

青年が言っていることに偽りはない。彼らにとって贅沢は敵であり、身の程をわきまえていないと言わんばかりの事である。そのため、彼らの財布はいつでも空に近く、基本的に野宿して生活しているのだ。

しかし、恐らく盗賊であるだろう周りの男たちは青年たちの身なりを見て、金を持っているのだと勘違いしているようだ。

まあ、そう思われるのも無理はないだろうなと青年は思う。

なぜなら・・・。

 

「いや、あんたらは絶対大金を持ってる。なにせ、そんな立派な鎧や武器を持っておいて金がないはずがないからなぁ」

「そうですか・・・?」

「こう見えても俺は元鍛冶屋なんだぜ? 造りを見ただけでその鎧が一級品の物だってわかんだよ。あんたらきっとどっかの国の騎士様だろ?」

「・・・凄いですね、貴方の審美眼は。感服するほどです」

 

確かに、青年たちは騎士だった。だが、こんな森奥で鎧を着ているやつといえば、追剥に成功して慣れない鎧姿をさらしている盗人か、護衛対象を見失い焦っている間抜けな騎士のどちらかとしか考えられないため、結局のところ二択問題にしか過ぎない。

・・・まあ、青年たちはそのどちらにも当てはまらないのだが。

 

「・・・相変わらず、ライトは交渉事が不得意だな」

「小声で言ったようだが聞こえているぞバリュー。そういうお前の方が大概だぞ」

 

後ろにいた全身を巨大で堅牢な鎧で覆っている人物、バリューに小言を言われ、青年、ライトはむっとしながらも返事を返す。

愚痴を返されたバリューは文句を続けようとするも、男の方が我慢できなくなったのか、少し険悪になっている二人へ再度告げる。

 

「人数的にも其方の方が不利だってわかるだろ? 勝てない相手を前にうだうだ言ってないで、早 く 金 を よ こ せ」

 

『勝てない相手』

その言葉が足止めされてイライラしていたバリューへ油を注いだ。

 

「・・・そもそも、私達が一級品の鎧を持つ騎士だと判っているのであれば、争いになるようなことは避けるべきではないか? 少なくとも、私たちはお前たちに負けるほどやわではないぞ」

「おい、バリュー・・・」

「おや? 後ろの旦那は全然喋らない木偶の坊かと思っていたが、結構血気盛んなおバカさんじゃないか」

 

男の言葉に興味がないのか、バリューは慌てるライトへと言葉を返す。

 

「・・・話を聞かない奴の相手をするのは時間の無駄だ。さっさと片づけるぞ、ライト」

「はぁ・・・。分かったよ。(無用な争いをする方がよっぽど時間の無駄だと思うんだがなぁ・・・)」

 

明らかに蹴散らす気になっているバリューを見て、ライトは肩を落とし溜息を吐く。

男たちの様子を見るに、金を渡してくれなければ武力行使に出ることは明らかだったため、結局の所、今回は武力で制圧しないと諦めてくれそうにないことを悟り、ライトは腰の剣へと手を伸ばした。

確かに人数としては盗賊たちが有利だろう。

だが、如何せん装備が貧弱だ。

鎧を着ているものは誰もおらず、持っている武器はリーダーらしき男以外、全員ナイフ一振りだけである。これならば多少人数の差があっても、本物の騎士である二人が相手では勝ち目があるかは微妙である。

しかし、男は二人が臨戦態勢となる様子を見ても、顔に笑みを残したままだった。

 

「おっと、流石に鎧すら着ていない俺たちじゃケガしちまうからな、あんたらの相手はこいつらにしてもらうよ」

 

男が告げると同時に、周囲の木々の影から大小さまざまな鎧を纏った戦士たちが現れた。

・・・そう、最初から二人は囲まれていたのだ。

 

「・・・なるほど、卑怯者がやりそうなことだな」

 

臨戦態勢となったライトは先程の柔らかな物腰とは一転し、髪型と同じように鋭くとがった物腰になる。

 

「ほざいてろ。あんたらの鎧は高く売れそうだったが、まあいい金さえ奪えたらそれで充分だ」

「・・・所詮、盗品で武装した集団だ。相手にならない・・・、すぐに終わる」

「それはどうかな?・・・やれ!」

 

リーダーらしき男の合図とともに、戦士たちは二人に襲いかかった。

騎士たちはたったの二人、対する盗賊たちは圧倒的な人数に、豊富な武装があった。

そして、抵抗しようとした哀れな騎士たちは、なすすべなく死体を晒すことになる。

 

―――そのはずだった。

 

「おいお前ら! たった二人相手に何手間取ってんだ!」

 

こちらの方が明らかに有利な戦いと過信した男は、勝利を確信していた。

だが、戦闘が開始して間もなく瞬殺できると踏んでいた戦いは、一向に終わる気配がない。それどころか、戦士達の方がじわじわと押されている状況に、男は焦り始めていた。

 

(なぜだ・・・! なぜあいつらはあんな武器で俺たちとやりあえる!? あんな武器でこの大人数を圧倒するなど・・・、何かの間違いだ・・・!)

 

そもそも、あの二人は防具こそはいいものの、武器はおかしな代物だった。

ライトという青年が持つ剣は、所謂装飾品の類とみられるものであろう、直方体の黒い刃に、その刃の角に合わせて伸び、途中で刃の方へ爪が伸びている鍔、出縁(でぶち)型でやけに大きく取り回しが悪くなりそうな柄頭をもつ直刀を扱っていた。

また、バリューと呼ばれていた方は、その巨大な鎧ですら隠し切れないほどの大きな剣を背負っていたが、そこまで巨大な剣は持つことすら常人では不可能であろうし、柄頭に至るまで全てが剣身であり、その一部をくり抜いて柄がはめ込まれているといったものでは、うまく振るうことなど到底不可能だと思わせる。さらにその表面は傷や刃こぼれが多く、物を切れそうな見た目ではない代物だった。

 

「畜生・・・、どうなってやがる・・・!」

 

一向に思わしくない戦況に男は忌々しく呟く。

見たところ戦えるとは到底思えない変な武器で、目の前にいる騎士二人はこの大人数を捌ききっている。それが、男にとっては全く解せなかった。

 

男が混乱するのも無理もない。

なにせ、彼らは普通とは呼べない剣で、剣術とは到底異なる剣の扱い方をしているからだ。

ライトが扱っている剣、正式名称を『破剣』というが、その扱い方は棍や槌に似ていた。直方体の刃や出縁(でぶち)型の柄頭を相手の武器や防具に打ち付け、耐久性を削ると共に、打撃のダメージを鎧の上から与える。また、相手の刃を直方体の刃で受け止め、鍔へと滑らせた後、てこの原理を用いて剣を根元から破壊していた。

そしてバリューが扱っている剣、正式名称を『壁剣』というが、その扱い方はまるで盾のようであった。バリューが着ている鎧よりも大きなその剣は、前方に持ってくるだけで十分に巨大な盾となり、相手の攻撃を殆ど弾くことができる。それだけでなく、そもそも、バリューが着ている鎧自体も非常に硬いため、四方から切られようが平然としていられるのだ。それに気づかず攻撃してくる奴らは、大きさや重量には見合わない速度の大剣で横へと薙ぎ払われる。その威力は、屈強な男であろうが無傷で済まされないどころか、遠くへと吹き飛ばされるほどであった。

自称鍛冶屋の男が混乱するほどに、どちらとも見た目は明らかに戦闘能力などなさそうな代物なのだが、知る人ぞ知る業物であり、彼らがその剣を自らの手足のように扱うからこそ、彼らが操る剣に名が付けられたのである。

 

男が呼び出した戦士たちは、目の前にいる二人と実力がかけ離れているということも知らず彼らと対峙し、直刀で武器や防具を破壊され、大剣で吹き飛ばされ、ことごとく大地へと突っ伏していった。

 

(くそっ! こうなったら・・・)

 

男は背負っていた弓矢を構え、上空へと放つ。

矢は甲高い音を響かせながら空へと昇っていき、音を聞いた戦士たちは倒れた仲間たちを引きずりつつ、急いでその場から離れていった。

 

「鏑矢? 急になんだ・・・?」

 

矢の音を聞くとともに戦線を離脱した戦士たちを見つつ、ライトは疑問を覚えた。

 

「いやいや、数々の無礼を働いて申し訳ない!」

「・・・は?」

 

男は急にその場で地に足を突いて謝りだした。

 

「あなた方がこれほどの実力を持つとは思わなかったのです!」

「・・・何言ってんのあんた?」

 

今にも泣きだしそうになっている男に対して、バリューは絶対零度の視線を送る。

やっぱりバリューは怒らせない方がいいな、とバリューを横目で見て、ライトは肩の力を抜いて破剣を腰のベルトへ戻した。

 

「これ以上の武力行使は意味がないものだと悟りました! あなた方は実にお強い! どうか! これまでの無礼を許してはいただけませんでしょうか!!」

「・・・へぇ、さんざん鬱陶しいことをしてくれた割には、平謝りで許してもらおうと思っているのか」

「どうか! どうか!!」

「・・・知るか! ってかあんたの放った鏑矢うるさい! いつまで鳴り続けているんだよ!」

(―――いや、違う、鏑矢じゃない! これは・・・!)

「バリュー! 上だ!」

「そうですね・・・」

 

男は下げていた頭を上げ、上を見上げた二人へ笑う。

 

「あなた方が死ぬまでですよぉ!」

 

 

―――瞬間、辺りに閃光が走り、二人は爆発に飲み込まれた。

 

 

「ぐぇっごふぇほぐほほ・・・。はは、はははははは!」

 

爆風をもろに受け、せき込みながらも男は笑う。

その顔は長年の恨みを遂に晴らしたかのような清々しい笑顔だった。

 

「がはははは! 死んだ! ようやく死にやがったぁ! 俺の邪魔をさんざんしてくれた報いだ! 予想外の強さで、我が兵士も大半がやられてしまったが・・・。まあいい、あいつらがいなくなってくれたおかげで、漸く()()()も再建できるというもの! 今夜は宴だ! はははは! がはは・・・は・・・は?」

 

男の下賤な笑い声はそう長く続かなかった。

なぜならば、爆心地、地面が抉れているその場所で・・・。

 

大鎧の人物が、自身の剣と鎧をまるでドームのようにすることで、青年を庇っていたからである。

 

「済まない・・・、俺がもう少し早く気づいていたら・・・」

「・・・大丈夫だ、私に大した怪我はない」

 

そしてその体や鎧は、砲撃を受けたとは思えないほど、目立った外傷が見当たらなかった。

 

「ふっっっっっざけやがってぇぇぇぇぇ! なぜだぁぁぁ! なぜ生きてやがるぅぅ!」

「ど、どうしましょう!?」

「お前らは時間を稼げ! 流石に二発目は耐えきれるわけがないからな!」

「は、はい!」

 

激昂した男は仲間へ指示すると、再度弓矢を構えて上空へ放った。

 

「・・・()()か?」

「ああ、鏑矢で大砲へ合図を送り、鳴り続ける音で砲撃音や落下音をかき消していたみたいだ」

 

ライトは音を鳴らし続けていた鏑矢に気づいた時から、バリューが砲撃を受け止めるまでの一瞬で鏑矢が使われた意味を理解していた。

 

「・・・方角は?」

「北東の方角からだ。このまま撃たれたら非常に面倒だが、―――()()()()()?」

「・・・任せろ」

 

バリューはライトの問いかけに応じると、壁剣を大地と水平にしてどっしりと構える。その剣の上、中心の辺りにライトは飛び乗った。

 

(えぇい! 砲撃はまだか!)

 

大砲がある位置を見つつ、男は歯軋りする。

男は最初の砲撃で仕留められなかったことで非常に焦っていた。そのため、二人は砲撃の一撃と足止めに仕向けた仲間を使って、その場から動けないようにしたと決めつけ、周囲を確認することを一切せずに空ばかり見つめていたせいで、()()からの報告に気付くのに少し時間が掛かってしまった。

 

「お、()!」

「うるさい!どうかしたのか!」

「あ、あいつら、一人を大砲の方角へ()()()()()()()()!」

「そうか。・・・は? 今、なんと・・・? ()()()()()()?」

 

二人の元へ戦いに向かった兵士たちが見たのは、バリューが剣を勢いよく振ることで、剣の上に乗ったライトを大砲がある方角へと吹っ飛ばすという、人間離れしている光景だった。

兵士から王と呼ばれた男は慌てて砲撃地点を見ると、戦っていた兵士たちを蹴散らし、こちらへゆっくりと歩みよる巨大な鎧が目に入った。

 

「・・・王? ―――そうか、あんたが戦争の火種役となった王か・・・!」

「ひっ・・・! く、来るな!」

「・・・来るな、か」

 

王の言葉を聞いて、何を思ったかバリューは足を止めた。

 

「・・・そうだな、お前は誰を相手にしたのか解っていない。見せてやるのが一番手っ取り早いだろうな」

「な、なに・・・?」

 

王の言葉に返事をすることなく、バリューは既に戦士たちが避難している砲撃の着弾箇所まで戻り、立ち止まって空を見上げる。

 

「悪逆の王よ! しかとその目に刻み付けておけ!」

 

そう叫んだバリューは、まるで飛んでくる砲弾を狙うように大剣を振り上げた。

 

バリューの戦い方はどちらかと言えば受け身である。

しかし、自らの装備の重さから受け身を取らざるを得ないわけではない。ただ単にその装備に合った戦い方をしているだけであり、違う戦い方も普通にできる。

そして何よりも、壁剣を軽々と扱える実力を十分に持ち合わせていた。

 

バリューは軽く一息吸うと・・・。

 

「はあああああぁぁぁぁぁ!」

 

 

―――再度飛んできた砲弾を()()()()()

 

 

轟音と爆風が再度王たちを襲う中、爆心地から王たちへと声が響きわたる。

 

「私はフェルメア国王専属騎士、バリュー・ヴァルハルト! 『城砦のハルトマン』だ! 我が国と主に逆らうものは、しかとその意思を心に刻み付けろ! その意思を私は命尽きるまで防いでみせよう!」

 

黒煙と砂埃の中から威風堂々と現れたその姿に傷など一つもなかった。

二発の砲弾、しかもそのうち一回は自ら砲弾を叩っ切りに行ったにもかかわらず、である。

 

「嘘、だろ・・・」

「ば、化け物だ・・・」

 

武器を構えていた兵士たちは投降の意志を示すかのように、武器が次々と手から滑り落ちていく。黒煙に包まれ、夕焼けに照らされたその姿はまるで、この世のものではない、おぞましい何かのようであり、戦士たちの士気を下げるには十分すぎたのだ。

 

「い、いいいい、一国の、騎士が、我に・・・、他国の王に逆らう気か!」

そう、バリューが宣言したその言葉は、一つの大国の 防衛騎士(ガーディアン)が他の国の王に宣戦布告するという異常な行為を示していた。しかし・・・。

 

「・・・先に手を出したのはお前の方だ。それに、その言い分ならば、国の騎士としてではなく、私が個人的に復讐するのなら構わないのだろう?」

 

王と呼ばれた男はバリューの母国へと戦争の火種を撒いた張本人である。

弱肉強食のこの世界では、強者のいうことが全てだと考えていた王は、その言葉に名にも返すことができなかった。

 

「・・・憎いだろうな、何度も私たちに邪魔をされ、盗賊にやられたように見せかけようとした復讐も失敗、挙句の果てに最終手段として残しておいた砲撃すら効かないのだからな」

「あ、当たり前だ! 貴様らさえいなければ! 我が理想としていた世界へと近づいたはずなのだ!それを貴様らが・・・!」

 

焦燥していた表情から一変して怒りの表情を浮かべる王に、バリューは少しずつ歩み始める。

 

「・・・お前が抱えているそんな些細な憎しみよりも、私はお前へそれ以上の憎しみを抱いている」

 

踏みしめる大地はまるで悲鳴を上げているかのように音を立て、足跡には亀裂が入る。巨大な鎧に包まれていようとも、隠しきれることなく溢れ出る殺意に王は顔を青くし、冷や汗を流し始めた。

どうにか後ろへと逃げようとし、しかし足が上手く動かずその場に尻餅をつく。

 

「ま、待て! 待ってくれ!」

「・・・お前の気まぐれで起こった戦争で、私が住んでいた国の国民、その実に一割近くが命を落とし、三割は今も受けた傷が癒えていない!」

 

王が必死に発する弁明が、バリューの耳に届くことは無い。

王は必死で後ろへとずり下がるが、バリューの歩みは速く、少しずつ距離が縮まっていった。

 

「戦争を引き起こしたのにはれっきとした理由があるのだ! 話し合えばきっと分かる!」

「・・・自らの利益を優先させ、他者を貶め、殺しに歓喜を覚えるお前は、王の器に相応しくない。・・・いや、同じ人間としてこれ以上の怒りを覚える奴はいない!」

 

バリューはゆっくりと壁剣を横に構える。

どうにか後ろに後ずさっていた王は木にぶつかり、遂にその命運は尽きた。

 

「た、助け・・・」

「・・・死ね」

 

そう言うと同時にバリューは大剣を薙いだ。

 

―――王の頭より少し上、後ろの木を狙って。

 

木は一瞬にして寸断され、木に寄りかかっていた王は口から泡を噴き出し、その場で意識を失っていた。

 

「・・・貴様は殺したいほどに憎いが、正当防衛以外の殺生は私の信条に反する。 ―――それに、復讐をしたところで何も得ることは無い」

 

バリューは王を殺すことをせず、自身の名前とその力を示し、再度、兵士たちを連れて、戦を起こす気にならないほどに、王と戦士たちの戦意を喪失させることを選んだのだ。

 

「・・・そろそろ、ライトの方も片がついたかな?」

 

そういえばと、吹っ飛ばした相方のことを思い出した。

 

 

///

 

 

その頃、着弾地点から北東に数百メートル離れている砲台では・・・。

 

「二発も弾を打つなんて聞いてないぜ、兄貴」

「弟よ、忘れたか?あの方は念には念をいれる人だ」

 

二人の屈強な男が砲身を囲んで話していた。

兄、弟と口に出していた事から、兄弟であろうと考えられる。

兄者と呼ばれていた銀甲冑の男は大斧を、弟と呼ばれていた金甲冑の男は戦鎚をそれぞれ背負っており、王から新任の専属騎士とされた二人は、砲台の管理と保守、そして怪しげな人物がいたら殺害するよう言われていた。

 

「ん? なんだ・・・?」

 

何かに気づいたのか、弟の方が空を見上げた。

 

「どうかしたか弟よ?」

「なあ兄貴、人って空を飛べるのか?」

「・・・は?」

 

あまりにも訳が分からない弟からの質問に、兄者は呆れる。

 

「何言ってんだ? 疲れてんのか?」

「・・・悪ぃ、たぶん見間違いだ」

「気をつけてくれよ・・・。あの方の事だ、また撃つかもしれないし、もう一発装填しとくか?」

 

「その必要はないですよ」

 

ライトはそう言いながら、木の陰からゆっくりと二人の前に現れた。

 

「・・・何だお前?」

「ただの通りすがりの旅人ですよ。なんかグロテスクな死体があったんで、近くにいた人たちに何かあったんですかって聞いたら無視されまして・・・。ここに大砲があるってことは、大砲で砲撃したんじゃないんですか?」

 

いけしゃあしゃあと嘘を吐くライトを、兄弟騎士たちは訝しげな視線で眺める。

そうやってお互いを見合った後、兄弟騎士たちは顔を見合わせニヤリと笑った。

 

「そうか。通りすがりの旅人か。・・・嘘を吐くな! お前のことは王から聞いているぞ!」

「兄貴! こいつだ! 空から飛んできたやつ!」

 

・・・お前ら、知っているんなら最初からそう言えよ! とライトは言いたくなるが、心の中に留めておく。

どうせ文句を言ったところで聞いてはくれないだろうし。

 

「どうやって砲撃から生き残ったのかとか、どうやってここまで来たのかとか少し気になるが、そんなことはどうでもいい―――」

「だから! 空から飛んできたんだって!」

「だから! 人が空を飛ぶわけないだろ!」

 

弟が言っていることは正しい。ライトはバリューに吹っ飛ばされ、およそ数百メートルの距離を飛行していたのだ。

だが、明らかに想像できない話に、兄者は弟の話を信用できなかった。

 

「ああそうだ。俺はあんたらの王から聞いている奴だ。それで、お前らは何者だ? 明らかに盗賊じゃないだろ」

 

ライトは口喧嘩を始めた兄弟騎士たちへ聞こえるように大きめの声で尋ねた。

 

「答える義理は―――」

「おれたち兄弟は、王に従える忠実な専属騎士だ!」

 

せっかく兄貴と呼ばれていた方が内緒にしようとしていたのに、一瞬にして弟分がばらしてしまった。

 

「何答えてんだよ!」

「・・・はっ、す、すいやせん!」

「・・・」

 

再度口喧嘩を始める兄弟騎士たちをライトは冷めた目つきでを見ていた。

 

「あ? お前、何見てんだよ!」

「兄者、こいつきっと俺たちが鎧を着たオーガみたいだと思っていやがるんすよ!」

「なんだと・・・!」

「・・・え? いやいや、そんなこと思ってないから!」

 

どうやら彼らは相当オーガが嫌いらしい。何も言っていないライトが、兄弟騎士の事をオーガのようだと言った仮定をして話していた。―――見た目や頭脳が似ているところは間違ってないから何とも言えないが・・・。

 

「いや、絶対思っただろ!」

「兄貴を罵倒するなんて、なんて恥知らずな奴だ!」

「・・・え、もしかして人間だったんですか?」

 

兄弟騎士たちが人間だったならば、ライトは種族を勘違いしていることになる。

失礼な事を思ってしまって申し訳なく思うライトだったが、どうやらそれは間違いのようだった。

 

「「・・・てめえ! ぶっ殺す‼」」

「えぇ・・・」

 

怒り狂った兄弟騎士たちは背負っていた得物を振り上げ、ライトへと襲い掛かってきた。どうやらオーガに殺したいほどの恨みがある人間であったらしいが、ライトにとっては完全にとばっちりである。

 

(いや? 寧ろ鬱憤払いに一役買っている感じなのか?)

 

踏んだり蹴ったりの現状で現実逃避するかのようにライトはそう思い始めた。

少なくとも、攻撃を涼しい顔で避けるライトを兄弟騎士たちが血眼で追いかけている以上、逆にライトに対してストレスを溜めているには違いないのだが、ライトはそこまで彼らの顔を見ていなかった。

 

「っと・・・」

 

余計な考え事をしているうちに、いつの間にかライトは木々の密集地帯付近まで近づいたせいで逃げ場を失ってしまっていた。

 

「漸く追い込んだぞ、この卑怯者が!」

「卑怯者? 何のことだ?」

「決まっている! 俺たちをまるでオーガのような扱いしただけでなく、自分は悪くないと言わんばかりに剣を手に取らず、さらには我らが主である王、テリブル様を嵌めたことだ!」

 

テリブルという人名を聞き、ライトは漸く合点がいった。

 

「あぁ・・・。あの男、何か見たことがある気がしたと思ったが、やはり、あの時のクズだったか。なるほど、盗賊に装って俺たちを殺そうとしたわけだな」

「キサマ・・・! この期に及んで更に王を貶すとは・・・!」

「死罪に・・・、いや、それだけじゃ足りねえなぁ!」

 

ライトが呟いた言葉に兄弟騎士の表情に憤怒と驕りが浮かび上がる。

 

「我ら兄弟は貴様と貴様の国、その同盟国すべてを許さねぇ!」

「我らが王を下賤な屑呼ばわりして、タダで済むと思うな!」

「「我らが王に逆らったものは誰であろうと皆殺しだ‼」」

 

兄弟騎士たちが吐いた言葉はライトの顔から笑みを消した。

 

「―――たとえそれが、国民が国を思った結果、国王を裏切ったとしても・・・、罪悪感に押しつぶされそうになりながらも、懸命に王の過ちを正そうとしていてもか?」

 

暴言を吐き散らしていた兄弟騎士たちは、その言葉を聞いて急に静かになったかと思うと、突如笑い出した。

 

「何を言っている? 王を守るのが騎士の役目だ。逆らう者には死を。慈悲などない」

「どこの騎士だってそうだろ? 我々はただ騎士としての仕事を全うしているだけだ」

「全ては主様のため。障害あれば打ち砕き、危険があれば身を挺して守る。違うか?」

「例えそれが自国民だろうと、主の邪魔をするんだ、蹴散らして当然だ」

 

二人の笑い声を聞いているだろう、俯いたライトの顔色を窺うことは出来ないが、破剣の柄を掴む右手は強く握りしめられていた。

 

「・・・そうか、お前らも勘違い野郎共の一部か」

「ぬおっ!?」「ぐわっ!?」

 

兄弟騎士たちがライトの呟きを聞いた途端、目にも見えぬ速さで足を払われる。

 

「くそったれ!」

「あの野郎! どこ行った」

「ここだ。騎士失格野郎共」

「あっ、兄者! あいつあんなところに」

 

兄弟騎士を転ばせた一瞬の隙を縫って、ライトは大砲の傍まで戻っていた。

 

「逃げんなよ卑怯者!」

「逃げる気なんて最初からない。面倒になりそうなことは避ける気でいたが、お前たちには色々と分からせる必要がありそうだからな」

 

破剣で大砲をコンコンと叩きながらライトは告げた。

 

ライトが急に態度を変えたのは、いま対峙している兄弟騎士たちのような、大義名分を掲げ、やりたい放題暴れまわる者に殺意を持っているからである。

それは、主を守り、敵に主の素晴らしさを説き、共に主の為に尽くしていくべきだという騎士としての誇りを溝に捨て、己の欲にまみれ、人の命を何とも思わない者達に、人の道すら踏み外したこの世のクズに、自分の世界の全てを壊された事が原因だった。

だからライトは、自分にとっての最大悪に出会ったとき、そいつの全てを壊すことを決めていた。

 

「・・・万物はいつか壊れる。この大砲だってそうだ」

 

そう言うとライトは剣の刃を持ち、体を思い切り捻り、フルスイングするように破剣の柄頭を思いっきり大砲へと叩き付ける。

 

「・・・? 何やってんだ、あいつ?」

「適当に叩いたところで大砲が壊れるわけがないだろ」

 

兄弟騎士たちは大砲へと近寄りながら、ライトの様子を馬鹿にする。

 

だが、このとき彼らは油断するべきではなかった。

たとえ相手が武器や防具を破壊する剣を持っていることに気付いていても、それが誰にでも扱える代物でないこと。武器や防具以外も破壊できる代物であったこと。何よりも、ライトの身体能力、観察能力、計算能力全てを舐めて掛かったことを彼らは後に後悔することになる。

 

そして、遠くから見てもすぐに気づく程の異変が起こった。

 

「こんな感じでな」

 

 

―――大砲に大きな亀裂が入った。

 

 

「なっ・・・!?」

「馬鹿な!?」

 

突如亀裂が入った大砲は、そのまま自壊し粉々になっていく。

一瞬にして大砲だった代物が鉄くずに化した様子を見て茫然とする兄弟騎士たちに、静かに声が掛けられた。

 

「・・・あんたらの騎士人生も、今日が壊れる日だな」

 

ライトはその場でゆらりと体を揺らしたかと思うと、瞬時に兄弟騎士たちのもとに近づき、兄の右肩と弟の左肩へ破剣で強打する。

強打された肩は、硬質な鎧から鍛えられた筋肉、腕を支える頑丈な骨まで、まるでスイカを割るかのようにいとも容易く砕け散った。

想像を絶する光景と痛みからか、彼らが自分の利き腕を潰されたことに気づくまで少し時間が掛かった。

 

「ぐ、ぐあああぁぁぁぁぁぁ‼」

「が、ぐおおおぉぉぉぉぉぉ‼」

「ああ、どうせなら足も持っていくか」

 

黒刃一閃。

叫び声をあげる兄弟騎士たちが瞬きする暇すら与えられず、兄者と呼ばれている男の両大腿骨へ破剣が振るわれ、先ほどの肩と同じようにいとも容易く砕け散る。

悲鳴を上げることすらできずにその場に崩れ落ちる兄を見て、弟も戦意をなくし両足を地面に付いた。

ライトはその様子を、これっぽっちも興味なさそうに見つめていた。

そこに、さっきまで纏っていた柔らかい雰囲気はない。あるのは怒りと明確な殺意を示しているかのような暗澹に染まった瞳だけだった。

 

「ま、待ってくれ! お前が強いのは分かった!」

「だから何だ?」

「た、頼む! これ以上は・・・!」

 

命乞いをし始めた弟騎士へ、ライトは表情を変えることなく問いかけた。

 

「・・・騎士とは何だ?」

「・・・え?」

「正しい答えが言えるなら見逃してやるよ」

(こいつ、このタイミングで一体何を言っているんだ・・・!?)

 

ライトが急に何を言っているのか分からず困惑するも、未知の恐怖を感じて体が硬直している弟騎士は、正しい答えを導き出そうと必死に思考を巡らせる。

 

「・・・騎士とは、主を敬い、主に尽くし、主の妨げとなる者を排除する者であります!」

 

ライトは声を震わせながらそう答えた男を見て笑みを零した。

 

(アイツ、笑っていやがる・・・! この答えで正しいはずだ! 騎士とは、主の為にいるんだから、当たり前だよな・・・!?)

 

ライトは笑みを浮かべたまま男に近づき、耳元で囁いた。

 

「・・・残 念 だ な」

 

弟騎士は視界の端で黒い光が揺らめいたことに気付き、確認しようと右を向くが、そこにあったのは(ひしゃ)げた自分の右肩だった。

 

「あ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」

「騎士の十戒すらわからないとは、クズな主に育てられて哀れだな」

 

激痛に呻き、のたうち回る弟騎士へとそう呟くライトの顔には、もはや表情など無かった。

 

「じ、じゃあ、こ、答え、って、何だ、よ」

「そんなものはない」

「はあ!?」

 

答えのない問いを振られ、間違いだと言って肩を砕いた、目の前に立つ極悪非道な男へと弟騎士は激昂するも、その表情に迫力はなく、恐怖と驚愕で引き攣っていた。

対するライトは、目の前でのたうつ男が酷く愚かしく不愉快だった。

 

「だが、お前らは根本的に間違えている。主は絶対的な存在じゃない、主だって人間だ、過ちを犯すことだってないわけではない。それを分からず、主の言葉に妄信し、時には人を蔑み、無意味に殺す。それは決して正しい行いではない! そのようなことを行う者は、騎士の名を・・・いや、人を語るに恥ず者だ!」

「何、だと!」

「復讐がしたいのなら勝手にすればいい。だが騎士の名を語るな! お前らのような欲にまみれ、周囲を碌に見ることすらできない者に騎士を名乗る資格はない!」

 

話しかけることすら不快に感じるほどの嫌悪感。

それでも―――、だからこそ、ライトは怒りに任せて吠える。

目の前にいる愚か者が、二度と騎士と名乗ることがないように。

そして、誰かの幸せな日常を壊されることが決してないように。

 

「これで最後だ。よく聞け」

 

最後に、ゆっくりと剣を振り上げて静かに語る。

 

「俺の名はフォンテリア国王専属騎士、ライト・ディジョン! 破道のディジーだ! 復讐にはいつだって付き合う。だが、次に会う時には貴様の全てを壊す!」

 

言い終わると共に振り落とされた刃は、鈍い音を響き渡らせ、弟騎士の大腿骨を砕き、意識を叩き潰した。

 

その出で立ちは、まるで罪を裁く裁判官のようだった。

 

 

///

 

 

「さて、お前たちはあの王の部下だった者たちだな?」

 

兄弟騎士を引きずりながらバリューの元へ戻ってきたライトは、開口一番、バリューによって武装解除させられていた兵士たちに問いかけた。

 

「・・・あぁ、そうだ」

 

返事を返した壮年の男は、先ほどの戦闘に参加していたものの、戦闘技術が他の者より優れていたのか、前線から離れていたのだろう、武器や防具にあまり傷がついていなかった。

また、圧倒的な力を持つ敵である、ライトの問いに真っ先に答える度胸もある。

その事から男は、前線を避けながら指示を飛ばす、兵士たちの隊長ではないかと思われる。

 

「我が国を滅ぼした張本人に復讐する! と息巻いていた王の口車に乗せられたことに今気づいたよ。・・・いきなり襲い掛かって済まなかった」

「起こったことは変えられない。まあ、そう悔やむな。実を言うと、俺たちも奴に会ったら復讐する気でいたんだ。だから何の問題もない」

「そうか。・・・ん? 復讐?」

 

懺悔している表情をしていた隊長は、復讐と聞いて顔が変わる。

 

「いいのか?一国の騎士であるあなた方が復讐などして?確か専属騎士は私闘を禁じられていたはずでは・・・」

 

・・・そう、専属騎士は私闘どころか、私怨による個人的な行動を認められていない。

更に彼らは特別称号と二つ名を持ち合わせた騎士、『十忠』であった事を堂々と名乗ってしまっている。

勿論ではあるが、『十忠』が私怨による復讐など言語道断。ライト達が復讐を行ったということを他の『十忠』に知られた時には、その身に何が降りかかろうともおかしくはないのだ。

 

すると、隊長の問い掛けに対してライトは苦笑いを浮かべ、顔には冷や汗が流れ始める。

 

「いや・・・、実は・・・」

 

「・・・私たちはもう()()()()()()

 

「・・・はい?」

 

いや、先ほど声高に宣言していたではないか、と言いたそうな男へ、ライトは頭を搔きつつ、バリューは首を竦めながら答える。

 

「戦争が終わってから、俺たちは我が主から解雇、国外追放されたんだ」

「・・・武装と少量の銀貨、剣の手入れ道具のみ、一緒に持ち出すことを許可されたがそれ以外の物は恐らく処分されただろうな」

「だから、先ほど名乗っていた二つ名とかは過去のものだな」

「・・・まあ、そうなるな」

「え?はっ?」

 

隊長は、二人が急に話し始めた解雇話に付いていけず、混乱していた。

 

「「・・・これは事実だぞ」」

 

そんなことはいざ知らず、念を押すかのように二人は口を揃えて言う。

 

「ち、ちょっと待ってほしい。あなた方は我が主に恨まれるほど、先の戦争で活躍した功労者ではないのか?先程の戦いであなた方の実力ははっきりと分かっている。戦争に勝つような立ち回りができるほど頭の切れる其方の主が、重要な戦力であるあなた方をみすみす逃すと思えないのだが・・・?」

 

詳しい話を聞こうとする隊長へ、二人は言葉を濁しながら答える。

 

「流石に我が主の為、といって働きすぎたんだろうなぁ・・・」

「・・・先ほどの戦いで分かるように、私達の戦術は他の者と明らかに違う。なるべく戦わないよう身を引いていたつもりだったが、目立ってしまったのだろうな」

「『十忠』の騎士は居場所を悟られてはならないから解雇されるのは仕方ないな」

「・・・思い切り名乗れたのはそれが一つの理由でもある」

「では先ほどの宣言は・・・」

 

大げさともとれる態度で語る二人に、隊長は困惑した表情をしたまま、どうにか言葉を発した。

 

「死者の名を騙っているに過ぎないと思われてしまうから、何の意味にもならないただの脅し文句だな」

「・・・宣言はもはや癖の一つになるほど使ってきたからな。ついつい口に出てしまう」

 

二人の話を聞いた隊長は呆れ、二人にかける言葉がなくなっていた。

 

「・・・ちなみにだが、先ほど宣言していた国は、相方の国と最近合併したからもう使われていない。名前は―――」

「今はフロライア連合国という名になっている」

「そうか・・・」

 

これ以上聞ける話はないと悟った隊長は口を閉じる。

 

「ところで、これは提案なんだが・・・」

 

脱力感に見舞われている隊長に、ライトはある提案を持ち出す。

 

「提案・・・?」

「ああ、あんたたち全員―――」

「・・・全員、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「・・・なぜだ?」

 

ライトが言おうとしていた提案もバリューが言ったことと同じだった。

先程からバリューに言葉の続きを言われてライトは少しむっとしていたが、隊長に悟られないよう装い、言葉を続ける。

 

「さっきバリューがキレて言ってたと思うが、貴方の国、カファルの王テリブルの陰謀によって起こった戦争では、こちら側に多くの被害をもたらしている」

「・・・フォンテリア国の被害はフェルメア国よりも酷く、凡そ国民の半数が普通の活動を行えない状況に陥っている」

「だから復興への人手が全く足りていない状況である。・・・ということか」

「そうだ。だから手を貸してほしい」

 

隊長は疲労を見せていた顔を一変させ、二人の顔を睨みつける。

数々の戦いを潜り抜けてきた人物であるのだろう。先ほど二人が見せていた威圧感に負けないほどの圧力がそこにはあった。

 

「敵国の提案をそうやすやすと呑むと思ったか? そもそも、あなた方は国から捨てられた者たちだ。なぜ自分たちを捨てた国の再建を望む?」

 

隊長の疑念はもっともだった。

確かに二人は国から裏切られ、追い出され、下手すれば命を狙われている可能性だってあった。

だが二人は少しも悩むそぶりを見せずに答える。

 

「戦争は終わったんだ。悔恨、復讐、悲哀、怨嗟。そういったものはほどほどにして、過去に押しやるべきじゃないか?」

「それはっ―――!」

「・・・そう簡単に過去を消し去ることができなくても、二度と同じ過ちを繰り返さないための教訓になるだろう?」

「・・・」

 

言葉を発することはなくなったが、依然、納得いかない様子だった隊長へ、これは受け売りになるんだがな、とライトは語り始めた。

 

「『たとえどのようなことがあったとしても、起こってしまった事実は変えられない。壊れたものが直らないものならば、また新しく作り直せばいい。やり直せばいい。そして同じ過ちを繰り返さないよう努力を怠らないべきだ』と俺の主はよく言っていたよ」

「・・・そうだな、私は『力を持つ者は、力を持たない者の壁となり、支えてやらないといけない。たとえ相手が何であったとしても、昨日の敵は今日の友として接する。そうすることで互いの平和を築いていこう』と主によく言われた」

 

触発されたバリューも受け売りのように主の言葉を語る。

どこか懐かしげで寂しげな二人の表情は、追い出された者にしては少しばかり奇妙だった。

 

「あなた方は解雇した主のことを恨んでいないのか?」

「恨むだなんてとんでもない!」

「・・・寧ろ、私達は主様のおかげで今までやってこれた。感謝しかない」

 

そう語った二人の表情は、先ほどとは打って変わって晴れやかで自慢げだった。

 

「そうか・・・、あなた方は主に恵まれたのだろうな」

 

隊長は自らの考えを改め直した。

過去を教訓と捉え、敵味方の区別をせず正当に評価する彼らの主は、非常に素晴らしい人格者だ。

きっと、解雇、追放されたのは二人の身を案じてのことだろう。

隊長がそう思わざるを得ないほどに、目の前にいる二人の表情には一片の曇りもなかった。

 

そう思ってもなお、隊長の表情は依然として緊迫したものだった。

 

「それでも、我々は貴国らの敵にあることは変わりない。我々兵士たちは恨まれても仕方がなく、その覚悟はとうにできている。だが、国民たちは・・・」

 

そう、隊長が唯一気に病んでいたのは、敗戦国となったカファルの国民たちの処遇であった。

先の大戦で発生した損害はライトたちから聞いた限りでも相当なものであり、正確な数値で考えるならばその倍の損害が発生していてもおかしくはない。それほどの損害を賠償するなど、国家資産の全てを支払っても足りない可能性すら出てくる。

さらに、敗戦国民は差別や偏見の目で見られることなどよくある話で、この大戦では国王テリブルが裏から手引きしていたことも相まって、フェルメア国民とフォンテリア国民からの印象は最悪だろう。

そのような苛酷な環境に、カファルの国民たちが駆り出されるような事だけは、隊長はどうしても避けたかった。

 

「ああ、あんたの考えは尤もだ。だが、そう心配することはないぞ」

「・・・?何を言って―――」

 

戸惑い、座り込んだままの隊長へ二人は手を差し伸べる。

 

「これは、決して俺たちだけの望みではないんだ」

「・・・この大戦に関わった全ての人達の望みでもある。それは先ほど話しただろう?」

 

隊長はその言葉の真意に漸く気づき、天地がひっくり返るほどの衝撃を受けた。

 

「・・・まさか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

そう、フロライア連合国は一度たりともフォンテリア国とフェルメア国のみが合併して作られたとは言っていない。フロライア連合国は大戦によって影響を受けた付近の小国と、原因となったカファル国も包含していたのだ。

その大きさは東の大国、神都ミリアムに負けずとも劣らずな程に巨大なものだった。

 

「あんたたちは王政が崩壊する直前で、ゲリラ部隊として国王に連れられて来たんだろうが、王政が崩壊したカファル国では混乱が生じていたんだ」

「・・・そこで私達の主様はカファルの国民達を、戦争賠償としてフロライア国民になるよう要求した」

「だから、戦争賠償について特に心配する必要はないぞ」

「え、いや、だが・・・」

 

未だ夢でも見ているのではないかと狼狽する隊長へ、バリューは口を開く。

 

「・・・決して短い時間ではないだろうが、互いに手を取り合い団結して何かを成し遂げることも、差別や偏見なく愛し合うこともきっとできるはずだ」

 

その言葉はぶっきらぼうさがあったが、それ以上に、まるで聖母のような慈悲深さを感じる程のものだった。

そして、その言葉を聞いた隊長の頬に一筋の水線が流れた。

 

「そうか・・・、そうか・・・! もう、大戦は終わったんだな・・・!」

 

二人の宣言と隊長の呟き声は、兵士たちに波のように伝播していき、割れんばかりの歓声が上がった。

まるで信じられないことが現実になったと実感した隊長は、目から零れる涙を拭くことなく、二人にこうべを垂れて感謝の言葉を述べる。

 

こうして、多くの人々を苦しめていた戦争は、ひとまずではあるが漸く終わりを告げようとしていた。

 

 

 

 

兵士たちが旅立つのを見送った後、王と兄弟騎士を木に縛り付けて、二人はまた歩き始める。

すでに日は落ち、辺りは仄かな月光に照らされていた。

 

「やはり、嘘つくのは苦手だ。信条に反する気がして少しばかり気が滅入る」

 

ライトは横を歩く相方にそう愚痴を漏らした。

 

先ほどの戦いで言ったこと、その半分は嘘だった。

今はもう騎士ではない、戦争で目立ったから解雇云々、これらは全て嘘である。

 

「ほら! 言わんこっちゃない! やっぱり私の方が交渉事が得意だって!」

 

巨大な鎧の中から、男にしてはやけに声が高く、可愛らしい返事が返ってくる。

 

「だって、私は常に男だって嘘ついてるから、多少の嘘つくのは平気だしー」

 

バリューは勢いよく兜を外し、髪を解いた。長く淡い金の髪はさらりと広がって夜風に靡き、キラキラと月光を受けて輝く。

その髪の持ち主は、まるで夏空のように吸い込まれそうな蒼天の瞳に、絹に劣らない美しさがある白い肌、まだ年若き子供のような可憐さが残る顔―――。

そう、明らかに()()の顔だった。

 

「あの声色でバレない方が凄いと思うけどな。そもそも性別を隠匿する事と人に嘘を吐く事は全く違うことだぞ?」

「そ、そんなことないし!」

「それと、お前一度値切りさせたら倍近い値段で買ってきただろ。流石に交渉事が得意ってのは無いな」

「なにおう!」

「そしてその傷! さっき隊長から聞いたぞ。わざわざ二発目を喰らいに行くとか阿呆か! 一発目は本当に済まなかったが、二発も喰らって無傷なわけ無いだろ! ほら、明らかに額とか切ってるだろうか! 今すぐ手当てさせろ!」

 

ライトから散々叱られてむくれるバリューの額には、確かに爆風の衝撃で受けた傷があった。

傷の程度をしっかり見ようとライトはバリューの額に手を伸ばすが、額の傷を一切気にしていないのか、うっとうしそうにバリューはライトの手をあしらう。

 

「大丈夫だってば。もう、心配性なんだから」

「どの口が言うか・・・。だがまあ、心配はするさ。()()()同じ事を起こしたくはない」

「・・・ごめん、そうだったね」

 

 

そう、二人は戦争を終わらせるために奔走した真の英雄であり、二人の命の恩人で友人だったその人物を守り抜く事ができなかった。

深手を負っているのに、それをひた隠していた護衛対象を守り抜くことができなかった自分たちは、その時にして漸く、騎士たる者として面目が立たない人格だと悟った。

 

己の実力を過信した彼らにその事件は尾を引き、心身共に擦り切れたその姿は、誰から見ても騎士と呼べるような者とは決して言えなかった。

彼らの精神状態を知った彼らの主は、二人の心象を悟り、二人が自らの元に残ることを望みながらも、公表した書類には彼らを戦争で戦死したことにし、実際は騎士としての最後の任を二人に任せた。

 

最後の任。それは戦争の英雄、レイジ・アベのロケットを、遠くの故郷に暮らしている彼の妻に届けること。

そしてその任が終わった時、二人は正式に騎士ではなくなる。

 

その後のことなんて、二人にはどうでもよかった。

二人にとって騎士であることは、ステータスでも誇りでもない。

騎士である、ということ。それ自体が、自身の存在証明となる事実を作り出してくれているものでしかなかったから。

 

 

額の傷の手当てが終わり、手ごろな岩に座っていたバリューは立ち上がって体を伸ばす。

 

「んー! 漸く進むことができるね。もう、いい加減疲れたよ!」

「今夜はもう野営できないな。こんな時間にこんな場所にいたら、何に襲われるかわかったもんじゃない」

 

再度岩の上へ座りこむバリューを見ながらライトは呟いた。

 

「私は隣の人に襲われそうだもんね」

「襲わないからな? わざわざ死に行くような・・・、それこそ、どこかの誰かさんみたいに、無鉄砲に突っ込んでいくような下手はしない」

「ん? それって誰のことを言ってるのかな~?」

「・・・ほら、そんな夜が明ける前に次の町に着いておきたいから急ぐぞ」

「あー! はぐらかした!」

「いや、本気で置いてくぞ」

「えっと・・・、それだけは勘弁して・・・」

 

バリューは、少しも振り返らずにどんどん進み始めるライトにそう返事をすると、岩から立ち上がり、いそいでその場から駆け出した。

 

 

 

毎度のごとく、口喧嘩をしつつ二人は旅を続ける。

最後の任を終わらせる為に。

騎士であることを辞める為に。

そして、己の価値を求める為に。

 

 

 

終着地へと着実に、また一歩踏み出した。

 




初めまして、左之亜里須(さのありす)と申します。
処女作かつ、物書き歴も短いので、拙い部分が多々あったかと思いますが、ここまで読んでくださってありがとうございます。

少しあらすじを補足させて頂きますと、
二人の騎士、ライトとバリューは、ある事件がきっかけに自らが騎士であることに不安を覚え、それが原因で騎士をやめることになります。
しかし、彼らは旅の途中で様々な人に出会うことによって、自分たちの世界を広げていくことになります。

旅の終着地で彼らは何を思うのか、騎士とは何か、守ることとは何なのか・・・
それらを私の持論で書いていこうと思っています。

私の持論で、『守ること』とは何かを考察して、読者の皆様にとっての答えが見つけられたら幸いです。

更新頻度はなるべく早くしていきたいなと思っています。
次回作も見て頂いたら嬉しいです。


それでは、より良い日々を・・・。







・・・設定入れたらこんなに厨二臭くなるとは思ってもみなかったことは内緒。

追記:17/8/1に加筆修正しました。
自分の文章力の不甲斐なさに泣けてきました・・・。
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