Wrap up the lord of knight 作:影斗朔
「・・・よし、体力もある程度戻って来たことだし、やるか」
そう呟いてゴーレムを見つめていた瞼をゆっくり閉じた。
(嵐が起きた時の川のような・・・水の流れを・・・)
ライトが荒れ狂う川のイメージを頭の中に思い起こし始めると同時に、乾いた大地であるはずのカッパーから、ライトが立っている場所、硬剣の刀身へと少しずつ水気が満ち始めていく。
「・・・今だ」
ライトは硬剣の切っ先をゴーレムの足元へと向けた。
『押し流せ!』
透き通ったような声色で発せられた荒々しい言葉と共に、硬剣の切っ先から激流のような勢いをもった大量の水が噴き出した。
激流は瓦礫を呑み込みながらゴーレムへと凄まじい勢いで流れ出す。
しかし、足に近づいた途端、水は一気に蒸発し、蒸発しなかった水も殆どがゴーレムより先に流れていくだけだった。
「ぐうっ・・・!」
一度に大量の水を使っていることにより、ライトの体力はみるみるうちになくなっていく。一瞬でも気を抜けば属性付与による過負荷で動けなくなるどころか、下手をすれば死に至る可能性だって否定できない。
・・・だが、ここでやめるわけにはいかなかった。
なぜなら、まだライトの計画は破綻してない。
むしろ・・・
「ここからが本番だ!」
自分を鼓舞するかのようにライトは吼えた。
足元を流れる激流に目もくれず、ゴーレムは右足を前へと持ち上げる。
そのタイミングをライトは待っていた。
『引き戻れ!!』
ライトがその言葉を叫ぶと同時に、硬剣の切っ先から流れていた激流は元の場所へと吸い込まれ始めた。
引き戻される濁流の勢いは先ほどよりもさらに激しくなり、圧倒的な力で蒸気機関を砕き、建造物を抉り、大地を削っていく。
(もっと・・・、もっと強く・・・!)
どれほど水の引く力が強かろうと、噴き出す蒸気と高熱を帯びた鉄によって、水はすぐに蒸発してしまう。それはライトもわかっていた。
・・・だが、いくら水や生物など熱に弱い外的要因には強かろうが、熱に対して耐性がある物や熱が通じない物はゴーレムの体に直接干渉できる。
例えば瓦礫。ゴーレムの体と同じ蒸気機関の材質であるため、蒸気熱によって脆くなり破損するなどといったことは殆ど無い。
例えば大地。たとえ表面が乾燥しきっていたとしても、その下の砂質土に多くの水が含まれると液状化現象で地盤沈下を引き起こすこともある。
ゴーレムを丸ごと凍らせることができる程の力があるならば、ゴーレムの周りに大量の水を流す程の力を出せるとふんだライトは、引き戻す水の勢いに乗った瓦礫や、足元の地面を水浸しにすることでゴーレムを転ばせることを思いついたのだ。
水が引きずり込み、拾い上げて行った瓦礫はその勢いのままゴーレムを支える歪な片足へと叩きつけられ、自重を支えている足元の大地は大量の水を吸い、ぬかるみ始める。どれほどゴーレムが頑丈であっても、足元がぬかるむことで不安定になり、足に強い力がぶつけられる状態で、片足立ちを維持し続けるのは不可能だった。
――――見上げるほどの巨体であったゴーレムは、大地を揺らすほどの衝撃と轟音を上げ、踏み出すために持ち上げていた右足膝関節部分から勢いよく倒れた。
「はぁっ・・・、はぁっ・・・」
引き戻した水がある程度硬剣の中に戻ったことを確認したライトは、荒い呼吸を整えようとその場にしゃがもうとするが、力が抜けてしまい、おもわず膝をついて硬剣で体を支える。
「よし・・・っ!うまくいった・・・!」
もうもうと立ち上がる蒸気と白煙によって、ライトの位置から少し離れているゴーレムはどのような状態になっているのか確認することは出来ないが、確かに右膝から地面にぶつかる瞬間を確認できた。
「これで、もう・・・」
周囲に満ちていた白煙は段々と晴れ、ゴーレムの姿も少しずつ見え始める。
ゴーレムはまるで気絶しているかのように動きが止まっていた。
大地に叩きつけられた右膝は大きくひび割れ、右膝から下の部位は噴出していた蒸気の勢いは殆どない。
・・・だが。
「いや、ダメだ・・・。まだ、壊せる」
ゴーレムの右膝はまだ完全には壊れていなかった。ひび割れは大きいものの、その殆どが膝の表面のみにとどまり未だ関節部分は顕在している。このままでは自動回復されてまた歩き出すのがオチだ。
(壊す・・・絶対に・・・!)
ライトは、荒くなっていた呼吸と体勢をたて直すと共にその場から駆け出し、ゴーレムの右膝へと駆け出した。
「あのバカ・・・っ!」
激流を避けるために瓦礫を少し登り、一部始終を見ていたバリューは思わず悪態をつく。
ライトが何をやろうとしているかは一目瞭然だった。
足を上手く壊せなかった場合に考えていたのだろうそれは、壊れかけたゴーレムの右膝を直接砕きに行くという無茶で無謀な特攻作戦。
普通であれば、それは自分がやるべきことなのだとバリューは思うが、激流に呑まれるわけにもいかず・・・、かといってあのような行動を取らせるわけにはいかない。
・・・だが、遠く離れた場所にいるバリューは膝を直接砕くといった命知らずな行為を止めるすべがない。
「ああもう!今回だけだから!!」
バリューは激怒のあまり、右拳を勢いよく近くの廃材に叩きつけた。
しかし、それはただ廃材に抑えきれない怒りをぶつけるためだけではない。
『凍り付け!』
その号令と共に、廃材と拳の接着面から冷気が噴き出し、地を這うようにライトが向かっている右膝へと伸びていく。
人の走りよりも明らかに早い冷気は、ライトのすぐそばを通り過ぎ、ゴーレムの右足を薄氷で凍り付かせた。
バリューの残り僅かな属性付与では、ゴーレムを氷漬けにすることは不可能であり、壊れかけといっても未だ高熱が残る鉄屑を凍らせたところで、あっという間に溶け落ちてしまうのが明白である。
だが、そんな十数秒を持たせることすらできない薄氷でも、ライトが目的地に無傷でたどり着くには十分だった。
膝上まで伸びた薄氷は膝を包み込み、噴き出す蒸気をせき止めた。
その熱は内側に溜まり、薄氷を溶かそうと熱を増していく。
水を一瞬で蒸発させることができるその熱が、膝を覆い尽くす薄氷を解かすその前に・・・。
「壊れろおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」
水を大量に纏った硬剣が薄氷ごとゴーレムの膝を貫いた。
それと同時に大量の水は、膝内部にたまった熱によって蒸発する。
――――そして膨張し行き場を失った空気の塊は鉄の塊を内側から押し出して爆ぜた。
ゴーレムの右膝は粉々に砕け、破片が辺りへと降り注ぐ。
破片といえども小さな岩ほどあるそれらを避けもせず、壁剣を杖代わりにしながら、バリューは瓦礫の山から急いで降りていた。
「ライトっ!いたら返事をして!ねぇ!!」
バリューは声を張り上げ、相棒へと呼びかけるが返事は帰ってこない。
ゴーレムの右足だった残骸は至る所に転がりぬるい蒸気が辺りを包み込む中、ライトらしき人影は全く見当たらなかった。
「ねぇ・・・、返事をしてよ・・・」
(もしライトに何かあったら、ライトの主様やあの人に背を向けて生きていけないし、それにまず生きる意味なんて・・・)
そんな絶望感に浸っていたバリューの耳に咳き込む声が聞こえた。
「・・・ライト?」
「・・・ああ、俺は、ここにいるぞ」
「ライト・・・っ!」
すぐさま声のもとへと駆け寄ると、水浸しになっている瓦礫に背中を預けている状態でライトは手を振っていた。
「・・・悪ぃ、さっきは助かった」
幾分か水を飲みこんでしまったが、大量の水で体を包み込みクッションのようにすることで、ライトは地面に叩きつけられず、水蒸気爆発によるダメージも微弱な程度に済んでいた。
「このバカ!命知らず!私が、どれだけ心配したと、思っているの!!」
「いつもと立場が逆だな」
くっくっ・・・とライトは馬鹿にしたように笑うが、体力を使い果たしたからか、その表情は弱弱しく見えた。
「本当に心配したんだから!・・・でも、無事でよかった」
安心して力が抜けたバリューはその場に倒れこむ。
疲れた体にむち打ちながらライトのもとへと駆けつけたバリューも、もはや体力の限界だった。
「これでもう、ゴーレムは動かないよね?」
「ああ、少なくとも、もう歩けないはずだ」
「やっと、やっと終わった・・・!」
「もう少しも動けないしな・・・!」
二人は達成感や疲れのあまり自然と笑い声をあげた。
――――その時、金属の軋む音が辺りに響き渡った。
「・・・っ!」
慌てて二人がゴーレムの方へと振り向くと、地に伏したままのゴーレムは右足で大地を蹴ろうとしていた。
しかし、その右脚は先ほどの爆発で膝から下を破壊されている。右脚は大地を蹴ることなく虚しく空を切るが、幾度となくゴーレムは右脚で歩くような動作を繰り返し、その度に金属の軋む音が鳴り響く。
その音はまるで、悲痛に咽び泣く女性の叫び声のように聞こえた。
こうしてゴーレムは、立ち上がることも、歩くことも不可能となった。
足が壊された。
もう歩けない。
もう進めない。
もう・・・たどり着けない?
いいえ!わたしの体はまだ残っている!
まだ、前へ進める!
まだ・・・、あの場所へたどり着ける!!
再び大地が揺れ、金属の軋む音が鳴り響き始めた。
「今度は、何だ・・・!」
ゴーレムの右足は壊され、立ち上がるための手も随分前にライトによって失われている。その状態では、ただの人形に過ぎないゴーレムは動くことすらままならない。
・・・それでも、ゴーレムは動きを止めようとしない。
左脚で大地を蹴り右脚でその補助をすることで、まるで這いずるかのような動きで体を少しずつ前へと進め始めていた。
体内にあるコアはもはや生き物であるかのように脈打ち、外から見てもどこにあるかわかるほどに煌々と赤く輝きだした。
それは、最早前方へと進むだけしかできない人形などではない。
決して諦めることが無い、揺るがぬ意思をもった生命体と呼べるまでになっていた。
「まだ動くのかよ・・・」
「もう、動けないんだけど・・・」
「俺も、もう無理だ・・・」
二人は、最早指先一つを動かすことですら大変だった。
「言われたようになったのは少し癪だが、仕方がない・・・、頼んだぞ、ブロウ」
そうぽつりと呟いたライトの手から握りしめていた硬剣が滑り落ちた。
「わしの出番はここまでじゃ。後はブロウ、お前さんの仕事じゃろ?」
「おう、いろいろと助かったぜ、じじい。あとはオレの仕事だ」
そう言うとブロウは、出来上がった蒸気砲のスコープでゴーレムを見つめる。
「こいつは・・・すげぇな・・・!」
コアが、外から見えるほど爛々と赤く光り輝き、ゴーレムは未だ片足を使って這うように進み続けている。ブロウにはその姿が、自らの意思を、ハーツへと進むという信念を貫こうとしているように見えた。
「お前はすげぇよ、手足を失いながらも誰よりも強い信念を持ってハーツへと体を進めてる」
その意思はあの時のブロウと同じか、それ以上のものだろうと感服した。
ブロウが素直に相手の力を自分以上だと認め、感服するのはこれが初めてだった。
「・・・だがわりぃな、どんなに強い信念があろうが、オレがあんたの意思を砕く」
しかし、その上でブロウは相手を否定した。
自らの信念を再確認するかのように、ブロウは名もなきゴーレムに告げる。
「あんたがどんな信念を持ち合わせているのかは知らねーけど、無関係な人々を巻き込みかねないその行動を許すわけにはいかねぇんだ」
その信念がたとえ崇高なものだとしても、世界を救うためのものだとしても、ブロウは否定する。
誰が何と言おうが、命を奪おうとする者に命を救うことなんてできるはずがないのだから。
標準を合わせ、引き金に指をかけたブロウは大きく息を吐く。
「・・・せめて、安らかにな」
誰に告げるでもなく静かに呟き、引き金を引いた。
赤く輝く信念の塊に、射出された歪な弾丸がまっすぐ吸い込まれた。
決して止まるわけにはいかない!
人間に復讐するためにも、
二人を蘇らせるためにも、
私はまだ・・・!
――――待って。
・・・?
私を呼ぶ声が後ろから聞こえた。
それは、どこかで聞いたことがあるような声だった。
――――俺たちを置いていかないでくれよ。
・・・。
違う声も私へと呼びかけた。
それは、懐かしさを感じる声だった。
――――もう、止まってもいいんだよ。
――――俺たちはここにいるからさ。
・・・!
そうだ、私は・・・!
振り返るとそこには二人の影が見えた。
影しか見えないほど、私は先を歩いていたんだ。
この体に顔はない。
なのになぜか、涙が溢れ出して止まらなかった。
心の叫び声はもう聞こえない。
溢れんばかりの熱と衝動もなくなった。
代わりにあるのは、じんわりとした温もりだった。
壊れたはずの足でその場から駆け出し、存在しないはずの両腕で二人を強く抱きしめた。
ようやく・・・!ようやく、三人一緒になれた!
もう、進まないでいい!
もう、復讐しなくていい!
二人がいるだけで、私はそれだけで十分だから・・・!
コアが砕けたことにより、ゴーレムだった廃塊は蒸気と白煙を吹き出しながら、重厚な鉄屑で出来ているとは思えないほど静かに崩れ始めた。
「やったぞ・・・!おい、じじいとあんたらのおかげでゴーレムを倒せたんだぞ・・・?なあ、おい・・・!?」
ブロウが三人へと声を掛けるが、老人はいつの間にか姿を消し、立ち込める蒸気と白煙によって白く染まった地面から二人の声が返って来ることはなかった。
ゴーレムであった壊れた蒸気機関が崩れていく様子を、街壁の上から二人の騎士が見下ろしていた。
「・・・あたしたちの出番は無かったみたいね」
「ブロウと・・・見たことない二人組か。たった三人でこの怪物を仕留めるとは、ブロウも成長したみたいだな」
「てかあいつ、腕と足おかしくない?なんか比率が変に見えるんだけど、あたしの気のせい?」
「・・・いや、あれは明らかにおかしい。まさか連絡が取れない間に肉体改造にでも嵌ったのか・・・?」
二人は困惑しながらも未曽有の危機を回避した三人の元へと歩み始めた。