遊☆戯☆王THE HANGS   作:CODE:K

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MISSION27-暴食

 私の名前は鳥乃 沙樹(とりの さき)。陽光学園高等部二年の女子高生。

 そして、レズである。

「だから梓、至急島津先生以外のお姉さんに癒されたいって話なのよ私は!」

 週明け。

 私はいつもの教室で、いつも以上に熱の籠った言葉を梓にぶつけていた。頭に巨大なたんこぶをつけたまま。

 梓は、血糊のビジョンがべったりついた使用済のハンマーを枕代わりに抱え、机に突っ伏しながら、

「これ以上いったら、今度は窓の外に叩き落して静かにするよー」

 って、目をこする。

「でも梓」

「どうして今日に限ってしつこいの? 私、今日はきゃんきゃんされると頭に響くのに」

 曰く、梓は寝不足らしく、今朝も重いものが胃に入らず、うどん5玉だけ釜揚げうどんにして食べたらしい。私からすれば十分すぎる量だけど、重要なのは量より肉や揚げ物などを一切摂ってない点だろう。

 だからって、私も今回は退くわけにはいかない。だって、

「仕方ないでしょ。今日は性欲を凌駕して純粋に梓に癒されたかったのに、当の梓がこれなんだから第二案でお姉さんから母性を求めるしかないじゃない」

 という話である。

 ゼウスちゃんの行方不明から数日。木更ちゃんはすでに一度双子の姉を失ってる手前、今回の事件は彼女のメンタルを即死に追い込んだ。司令陣の計らいでヴェーラから情報を買う話になったのだけど、ちょうど取材で遠出してるらしく不在。

 仕方なく私と木更ちゃんで自腹切って調査してるけど結果は乏しくて。結果、こっちまで参ってしまったわけだ。

「もう。その言い方ずるいよー」

 ハンマーのソリッドビジョンが消滅し、改めて机にべたっと突っ伏す梓。この状態で私に向いた視線が上目遣いみたいで可愛い。

 それに、自分を一番に求められたせいかちょっと嬉しそう。

「ずるい理由だから強気に出たわけだしね。ってことで、年上のお姉さんが駄目なら梓が癒して」

「今日は駄目。死ぬ程眠いから」

 それでも、梓は私の提案を拒否る。自覚してる以上に参ってたらしい私は、本当に話しかけるだけで負担に映る梓を気遣うって発想を忘れてたのだけど、ここは私の天使。

「だから、沙樹ちゃんが私を癒してー」

 反対に、あちらから癒しを求めてきたのだ。普段の数割増しに緩々な顔でいう梓に私は、

「仕方ないわね」

 って、梓の頭を撫で、ねんねんころりなんて歌ってあやすことで、梓は快眠。私もそんな幼馴染に癒されるWinWinな結果に落ち着くのだった。

 クラスメイトたちが砂吐きそうな目をこちらを眺めてた。

 

 

 放課後、私は一直線で事務所に向かい、

「ただいま」

 と、入ってすぐのソファに半ば投げるように鞄を置くと、

「お疲れ様です、先輩」

 すでにパソコンで作業をしていた木更ちゃんが、冷蔵庫から作り置きのアイスコーヒーを出し、コップに注いで渡してくれた。

「ありがと」

 私は素直に受け取り、喉が渇いてたので一気に飲み干してから、

「学校は今日も休み?」

「はい。手遅れになる前に情報が欲しくて」

 木更ちゃんはいった。瞼の下にはくまで出来ており、たまに足元がふたつく様子が伺える。恐らく原因は睡眠不足と心労だけじゃない。推測するに。

「お昼は?」

「カロリーメイトとゼリーを頂きました」

 やっぱり。ろくな食事を摂ってない。

 さっきもいったけど、現在木更ちゃんはゼウスちゃん関係でメンタルをやられている。よく見るまでなく、彼女の笑顔は一層機械的に映り、社交や応対は完全にルーチン。まるで架空のメイドロボと応対してるようで言動に人間味を全く感じない。頂いたコーヒーも、人の手で淹れたはずなのにまるでドリンクバーのアイスコーヒーみたいだった。

 私は、いまの木更ちゃんを前に余計心が沈みかけるのを何とか抑え、

「木更ちゃん。仕事代わるから少し休んで頂戴」

「いえ、大丈夫です」

「一回脳を休めたほうが効率いいから」

「いいえ、木更は大丈夫です」

 絶対大丈夫じゃない。

「そう見えないから言ってるんだけど」

 って、私がいった所、

「あなたもですわ。沙樹」

 鈴音さんがタブレット片手に歩み寄ってきた。

「梓さんが心配されてましたわよ。性欲を二の次にするという危険信号をキャッチしたと」

 言いながら、鈴音さんは画面に表示された梓とLINEでのやり取りを私に見せる。

 アインスの一件(MISSION26参照)以後、梓がどこまで信用してるかはともかく、ふたりは連絡先を交換したらしい。事件に巻き込んでしまった手前、有事の際に梓の安全を護る為だったり、私の上司兼保護者代理として互いの情報を共有する為だったり、まあ理由は色々だろうけど。まさか学校のやり取りが早速報告されるとは。

 しかし、性欲より梓に癒されたいと言っただけで危険信号だなんて。だなんて。ごめん、レッドゾーンって話だったわ。

「霧子さんが呼んでますわ。資料室のパソコン前で待っておりますから、その用事を片付け次第、今日はあなたこそ休んでくださいませ」

「司令の件は了解。でも休む気はないわ」

 私はいったけど、

「梓さんの前ではいつもの沙樹でいてくれないと雇用するこちらも困りますもの」

 って。痛い所を。

「分かった」

 仕方なくうなずき、私は司令の待つ資料室の、元々増田の定位置だった場所に向かった。

 高村司令は、パソコンで何か作業をしてる様子だったけど、私に気づくと体をこちらに向けて、

「ちっす」

「話があるって話だけど」

 つい、こちらは挨拶も忘れ本題に切り出すと、

「藤稔は思ったより仕事をしてたみたいね」

「え?」

「鳥乃を立ち直らせるっていう、ハングドに所属するための条件よ」

 そういえば、木更ちゃんは元々私のためもあってハングドに所属したんだっけ。

「あの子は普段のやり取りの中で、さりげなくアンタの手綱を引いて、メンタルをちゃんと管理してたみたいね。あの子が潰れた途端、アンタのメンタルもガタガタと崩れてったのをみて、ここまで支えてくれてたのかと気づいたわ」

 そんな、司令の言葉を聞いて、

「まさか契約を切るとか? 私か木更ちゃんの」

 元々私は、メンタルがやられてる状態では使い物にならないって評価だったし、木更ちゃんは、そんな私を立ち直らせる条件をいま守れていない。

「まさか」

 司令は呆れた様子でいい、

「今じゃ藤稔は立派な増田の後釜。組織の重要度はアンタより上よ」

 ぐっ。

「鳥乃も鳥乃で、最近アンタ指名の依頼も増えてるしね。何だかんだウチの稼ぎ頭を切ると思う?」

 その殆どが神簇家だったり黒山羊の実からだったりするけど。

「けど、いまの鳥乃は増田が死んだ直後と殆ど変わらない」

「よね」

 正直、自覚は薄いものの、鈴音さんや高村司令の様子から客観的に「そう判断されるだろうな」と感じずにはいられない。

 だからといって、私は生命維持のために療養に入るわけにはいかない。まさしく鈴音さんがいった「いつもの私」でいるために。

 なんだけど、

「鳥乃。アンタしばらく休め」

 高村司令は、そんな私の事情を知っておきながら、さらっと言ってのけたのだ。

「悪いけど、無理なの知ってるでしょ。ここの報酬がないと私、死ぬって話だし」

「その位、こっちで立て替えるわ」

 司令はいった。私が内心「は?」と驚く中、

「いま、神簇家に駄目元で金銭面の相談をしたんだけど、次回だけなら一部工面してくれるって返事がきたわ」

「神簇から?」

「なんでも、お家騒動の報酬が半分以上未払いだそうで、押し付けるいい機会らしいわ」

 あの話(MISSION11参照)か。

 これは、最初に神簇と再会した(MISSION9~11参照)際に請けた依頼のことだ。

 当時、私は増田をサポートにつけ任務にあたったのだけど、その中で妹のアンちゃんとも口約束ながら依頼を請ける形になった。名目上、依頼は完遂したのだけど、神簇は私と増田でふたり分、アンちゃんから依頼を請けた分で更にふたり分、つまり合わせて相場の4倍も報酬を出すとか抜かしたのだ。

 実際、その依頼では増田にサポートの範疇を超えて動いて貰ったため、1.5倍だけ報酬を貰い、残りの2.5を神簇家が復興したら取り立てると約束して納得して貰ったのだ。勿論、本当に取り立てる気はゼロで。

 だから、神簇がいった未払いというのはその残り2.5のことだろう。

「あの馬神簇(ばかむら)

 私は、軽く頭がくらっとなりながら、

「こっちでアンちゃんに確認とって貰うわ。馬鹿が独断でいってる可能性ありそうだから」

「それもこっちでするから」

 が、司令はいって、

「とりあえず、アンタは金銭面の心配とかしないで、ボーナス貰って有給消化すると思って休め。これは命令よ」

「了解」

 命令扱いになってしまうと、こっちは拒否もクソもない。

 結果、私の立場がどうなろうと従う他はない。恐らく司令は残り2.5を回収するだろうけど、私はもう何もできない。

 司令は煙草に火をつけ、

「頃合いになったら、こちらから復帰を要請しに行くわ。個人の範疇で藤稔を手伝うのは止める権利はないけど、間違ってもハングドとして活動はしないこと。以上、身支度を済ませたら速やかに帰宅して頂戴」

 司令がいった、刹那だった。

「わふーっ!」

 移動棚を勢いよく開け、ガルムが入ってきたのだ。

 司令は半眼で、

「ガルム。いま大事な話の途中だけど」

「あぅ、ごめん。だけど」

 ガルムは慌てた様子で、

「いまナガミっていう警察の人がやってきて、サキを指名に依頼したいって」

永上(ながみ)さんが?」

 訊ねると、ガルムはコクンとうなずく。

「断っといて」

 司令はいった。

「いや、話を聞くだけでも」

 私はいったけど、司令は、

「内容は分かってるわ。黒山羊の実への同行よ」

「それって、増田が死んだ依頼と同じ」

 いうと、司令は難しい顔して、

「今朝、霞谷から特捜課として連絡があったわ。護衛に鳥乃を連れて行きたいと」

「私を?」

「もう断ったけどね」

 司令は煙を吐いて、

「黒山羊の実から警察機関と一時的に協力関係を結びたいと連絡があったらしいわ。でもって、黒山羊の実と色々関わってきたアンタに白羽の矢が立って、一度は断られたけどアンタがいる時間帯を見計らってもう一度誘いにきた。そんな所よたぶん」

 と、いった。

「なるほどね」

 事情は何となくわかった。

「やっぱり、話を聞いてみるわ」

 そういって、私は資料室の外に足を向ける。

「ちょっと、聞いてるの? アンタはしばらく休みだって」

 司令はいうけど、

「その大本の原因を解決するチャンスって話じゃない」

 私はいった。

「増田を殺したトラウマは、増田を殺した依頼にリベンジして解決するっていうね」

 

 

 警視庁特捜課の永上 門子(ながみ かどこ)さんは、さっき私が荷物を置いてたソファに座り、ホットコーヒーを飲んで待っていた。

「お待たせしました」

 私は彼女の前に立ち、対面の席に座る。

「久しぶりだな。鳥乃」

 永上さんは、重い顔をしていった。いつもの脳筋が嘘のようなシリアスさだ。

「もう、私がきた理由も知ってるのだろう? 正直、断られるかと思ったぞ」

「実際、何度誘われようと断る流れだったわ。私以外は」

「やはりか」

 永上さんはうなずくと、バッグから1枚の文書を取り出し、机に置いた。

「フィール・ハンターズ側についたプライド派が正式に脱退したらしい。そこで、黒山羊の実は警察機関と一時的な共闘と協力関係を結びたいそうだ」

「その用紙、こちらでコピーを取っても?」

「元々コピーだ。好きに使って構わない」

 永上さんから了解を得た所で、私は文書を受け取りコピーをとる。まだ詳しく読み込んではいないが、どうやら今日18時より前回と同じ集会(MISSION12参照)が行われ、そこで警察機関と話し合いの席を設けたいという内容だった。

「加えて、鳥乃を懐柔して味方につけたいって魂胆もありそうよ」

 私が席を立ってる間に、入れ替わりで高村司令が席に座っていった。

「は?」

 私は驚き、コピーを終えた文書をもって慌ててふたりの下に。

「今日昼頃だけど、鳥乃の下に不正な手段でファイルが送信されてきたわ。鳥乃が受け取る前に受信先を操作しこっちで受け取った所、こんな文書が添付されてたわ」

 司令は懐から開けたままの封筒を1枚出し、中身を広げてみせる。

 そこに書かれていたのは、まさしく組織への勧誘を前提とした件の集会への招待状だった。しかも、永上さんが持ち込んだ文書は送り主が組織名義なのに対し、私宛ての文書は「黒山羊の実幹部グラトニー」まで明記されている。これって。

「もしかして、ハングド宛の文書は組織じゃなくてグラトニーが私的に送ってきた?」

「黒山羊代表としてじゃなくて、か?」

 訊ねる永上さんに私はうなずき、

「でも。だとしたらお笑いものって話よね。確かにグラトニーには増田の件でも事態の沈静に動いてくれたし、イリスの件でも明確に私たちの味方についてくれたわ。けど、過去木更ちゃんを殺そうとしたのもグラトニーの指示よ」

 私は自分宛ての文書に手を添える。このままぐしゃっと握りつぶしたくなったけど、何とか抑え、

「正直、私はグラトニーのことを信用できない。だからこそ逆に私は敵陣に踏み込んでもいいと思ってる」

 と、私は請ける満々で言ったが、

「って感じで、いまのこいつはメンタルが使い物にならなくなってるわ。それが、ハングドが今回の依頼に鳥乃を動員できない理由よ。オッケー?」

 と、司令はいう。しかし、私はなぜここで補足を入れられたのか全く分からない。

 正解は、私たちはまだ永上さんから正確な依頼内容を熟聞していない。にも拘わらず、私は段階を幾つも飛び越え「敵陣に踏み込む」とか言ってしまったのだ。一を聞いて十を知るとはいうも、今回のケースはむしろ一さえ理解してるか怪しい。

 当然、依頼人からすれば人の話を聞かず先走るような人間を護衛につけようとは思わないだろう。普通なら。

 しかし、今回は相手が悪かった。

「ん? 何か鳥乃おかしな事いったか?」

 そう。永上さんは平常運転でさっきの私レベルの事をしかねない、真症の脳筋なのだ。

「鈴音、ピッチャー交代」

 たまらず司令はいうも、

「先ほど裏口から帰られました」

 ちょうど近くにいた双庭 弓美(ふたば ゆみ)先輩が対応。鈴音さんも一児の母だ。家庭を顧みず仕事に打ち込み過ぎるわけにはいかない。毎日は無理でも、出来る限り夕食から娘が就寝するまでは一緒にいたいというのは親心だろう。

 何だかんだ、17時から22時くらいまでは鈴音さんも司令も事務所にいない時が多いのだ。

「チッ、逃げたか」

 舌打ちする司令。

「精神故障者と脳筋を同時に相手とかどうすればいいのよ」

「どう、と言われましても。……ひ、飛奈、飛奈~」

 あ、妹に助けを求めた。しかし残念。いまこの場に双庭 飛奈(ふたば ひな)ちゃんはいない。

「もういいから。話がややこしくなる前に自分の仕事に戻って」

 司令は双庭先輩を追い返し、

「とりあえず。依頼内容を一から説明し直してくれる?」

 実は私たち、まだ依頼内容を触りまでしか聞いてなかったのである。

「分かった」

 永上さんはいった。

「フィール・ハンターズ側についたプライド派が正式に脱退したらしい。そこで、黒山羊の実は警察機関と一時的な共闘と協力関係を結びたいそうだ」

 先ほどは、ここで説明が途切れていた。

 そして、ここから先は私たちが聞いてない内容だ。

「だから、鳥乃を護衛につけ、正面から話を聞きに伺いたい」

 司令はふむふむと頷いて、

「具体的には?」

「いや。以上だ」

 あ、依頼内容終わった。早い。

「了解」

 しかし司令は突っ込みを入れずにいう。まあ確かに、単刀直入かつ分かりやすい内容ではある。資料の内容を一通り熟読してるなら、ではあるけど。

「でも、こういう交渉の場なら、ちゃんと頭が働く子を配属させたほうが良さそうね。いま鳥乃は頭まわってないし、現在動員できる子だと双庭姉妹を推奨するわ」

 司令がいった。

「さっき口を挟んだ子が姉の弓美。ヤバいくらいに口下手だけど、ウチの常識人トップだから粗相がないのは保証するわ。逆に妹の飛奈はお調子者だけど、姉の口下手をサポートするには必要不可欠。今回みたいな依頼に手放しで任せられる貴重な人材よ」

「彼女たちの事なら知ってる。別件でお世話になったからな」

 永上さんはいった。しかし、

「だが、やはり今回は鳥乃を連れて行きたい」

「理由は?」

「勘だ!!」

 永上さんはいいきった。

「増田よく胃壊さなかったわね」

 司令は一回頭を掻きむしってから、

「そこは、鳥乃が招待されてるからとか、霞谷の推薦だとか、この任務の経験者だからとかあるでしょうに」

「全部ひっくるめて勘だ!!!!」

「もういいわ」

 司令は脳筋の相手を諦め、

「けど、さっきもいった通り、いま鳥乃は本調子じゃないわ。ちょうど今日から療養に休ませようと思ってた所だし」

「それに関しては木更ちゃんがいるだろう。鳥乃の手綱を握れる上、増田の後任と聞いている。加えて霞谷も彼女のことを高く評価してるらしいからな。増田の無念を晴らすには鳥乃と木更ちゃんがやはり適任じゃないか?」

「そうね。ふたりが本調子なら全く同意よ。でもね」

 司令は親指でクイッと木更ちゃんを指し、

「残念なことに、いま鳥乃が調子悪い原因ってのが、その藤稔がメンタルやられたせいよ」

「何があったんだ?」

 永上さんが訊ねる。司令は、タブレットを出し検索しながら、

「先日、北海道某市で藤稔 天神(ぜうす)って子が行方不明になったのは知ってる?」

「ああ」

 それって幼女だから? 一瞬疑ったけど、ややこしくなりそうなので私は言わないでおく。

「そのゼウスって子は藤稔の従妹よ」

 司令はタブレットから事件の概要を纏めたニュース記事を開き、永上さんに見せ、

「藤稔は過去にも親類をフィール・ハンターズに拉致されてるわ。で、今回の事件も奴らが関わってる可能性が高い。そんなわけで、トラウマを刺激されメンタルに即死技食らったわけ」

「そんな事があったのか」

 永上さんは驚きながら、

「だが、それでどうして鳥乃が」

「鳥乃は、まだ目の前で増田を失ったダメージが癒えてなかった。今まではそれを藤稔が手綱を握ることで何とかなってたけど、その藤稔を失ったことで当時ほどじゃなくてもダメージがぶり返してるのよ」

「そうか」

 珍しく、真面目な内容で意気消沈する永上さん。司令は続けて、

「その件に関してアンタはどうなのよ」

 と、いった。

「私か?」

「確か増田との付き合いは私や鳥乃なんかよりアンタが一番長かったはずでしょ。一見、問題なさそうには見えるけど、増田を失ってアンタだって何も感じてないはずはない。で、いまここで増田を失った原因が再び目の前に現れた。そんな現状における永上の精神状態を私は知りたい」

「それは」

「その返答次第では鳥乃を護衛にやってもいいし、逆に双庭姉妹でさえ力不足な場合もある。その場合は私が自ら任務に入ってもいいと思ってるわ」

 すると、永上さんは、

「恐らく万全ではない。しかし、だからこそこの捜査は私の手でやり遂げたいと思う。今度は自ら前線に出て」

「その心は?」

「無論、リベンジを果たし増田の死を乗り越える為だ。そして、お前が流した血がこれだけ実を結んだと、墓前の前で報告したい」

「分かったわ」

 司令は静かにうなずく。そして、いったのだ。

「鳥乃、向かってくれる?」

「え?」

「いい機会よ。ふたりで増田のトラウマを乗り越えなさい」

 そこまでいうと、司令は立ち上がり、双庭先輩に向かって、

「ガルムとフェンリルを呼んで頂戴。あいつらにも増田の償いに働かせるわ」

 こうして、私・永上さんペアと、ガルム・フェンリルペアによる共同作戦が開始されたのだった。

 

 

 現在時刻18:15。

 私たちは前回と同じ市内M地区の集会所に到着し、堂々と駐車場に車を停めた。なお、ガルムとフェンリルは潜入捜査の為、近くのコンビニで先に降りて貰っている。

『鳥乃、永上』『聞こえますね?』

 耳につけた無線から、高村司令と霞谷さんの通信が入ってきた。

 依頼を請けた後、永上さんを前線で動かすことになった為、司令は霞谷さんと改めて連絡を取り、あちらの通信指令室と双方からバックアップの下、作戦を行うことになったのだ。

「こちら肌馬。聞こえてます」

「ナガカド仮面。同じくだ」

 なお、現在永上さんはマスクを被って()()()()()()

 通信先から、霞谷さんが渇いた笑い声で、

『永上さん。本名で大丈夫ですよ』

「どうしてだ。私もコードネームでやってみたいぞ」

 永上さんが駄々こねだしたので、

『鳥乃、アンタも本名で応答して頂戴』

「了解。私は本名のほうが嬉しいんだけどね」

 司令からの指示で、私も肌馬の名は使わない方向に。

 ところで、私はふと気づく。

 今日、梓に向かって「島津先生以外のお姉さんに癒されたい」っていったけど、永上さんも除外しないといけない人じゃないかと。

 こっちは、ちゃんと性欲を抱くに見合う外見はしてるけど、とてもじゃないけど彼女で癒されようなんて発想には至れない。

『ふたりとも、準備はいい?』

 司令が確認する。私たちは、

「OK」

 と伝える。

『了解。これより作戦行動を開始。ふたりはそれぞれ書類を活用し、速やかに突入を開始せよ』

 司令の宣言と同時に、私たちは集会所の前に立った。

 宗教組織の建物なだけあって、そこは民家を改装したような町の集会所とは違う小規模の会館施設といった外観だった。

 大きなドアを開け中に入ると、まず私たちはエントランスに出た。左側には、長机とパイプ椅子による簡単な受付が用意されており、ワンショルダーのドレスを身に纏った20代後半くらいの綺麗な受付嬢が私たちに会釈する。それが、まさしく私が癒しを求める理想のお姉さんそのものだった為、

「抱いてくださ――」

 言い切る前に、私は永上さんに頭をガツンと殴られた。

 頭を抱え悶える私。そこへ受付嬢が、

「大丈夫ですか?」

 と、駆け寄ってくれた。だから私は、

「大丈夫じゃないです。だからお姉さん慰めて」

 受付嬢が手を伸ばしてきた所を見計らって、私はしがみつき、露出した脇に顔を埋めながら両手でお尻を撫でまくる。

「え? きゃああああああ!」

 悲鳴をあげる受付嬢。

「どうしましたか?」

 そこへやってきたのは、お馴染みゲイ牧師のボブとバイブル。

「こ、こっちの女性が、突然」

 青ざめた顔でいう受付嬢。ゲイ牧師は「なに!?」とこちらを見るも、私と知るとすぐ納得し、

「ああ、彼女ですか」

「異教の同志よ。ここは抑えて頂けませんか?」

「ええ、お気持ちはすごく分かります」

「私たちも受付が美青年だったら股間を擦りつけてたかもしれませんからね」

「はっはっは」「はっはっは」

 普段に増して機嫌の良いふたり。もしかしたら、すでに今日何人か食べた後なのかもしれない。

「つまり、牧師の女性版みたいな方なのですね。この方は」

 フィールを使ってまでして、自力で引きはがしながら受付嬢がいうと、

「左様」「左様」

 ゲイ牧師は口を揃えていった。

「それで、おふたりはどのようなご用件で、あれ?」

 受付嬢は辺りをきょろきょろし、

「婦警の方はどこに」

「え?」

 私も気づき、辺りを見渡す。すでに奥に行ってしまったのか、永上さんの姿は見当たらない。

「ちょ、あの脳筋」

 私は呟いてから、

「悪かったわ。私たちは黒山羊の実からこういうものを貰ってきた身なんだけど」

 私は内ポケットから文書を2枚だしていう。もしもの為に警察側のコピーも所持していて助かった。

「上に確認してくれる? ゲイ牧師は悪いけど永上さんを探して頂戴。いまは婦警の服を着てるけど、こんな人」

 私はタブレットからフォトファイルを探し、開いてゲイに見せる。

「了解しました」「了解しました」

 ゲイ牧師はうなずいて、奥へと戻っていった。……のを、確認した所。

「よし。これで二人っきりね」

「え?」

 素直にタブレットから上司に確認しようとしてた受付嬢は、私の言葉にはっと気づく。周りには助けてくれる人なんていやしない。

「大丈夫大丈夫。今日の私は寂しい兎さんって話だから。慰みが欲しいだけなのよ」

 なんて受付嬢の胸にしがみつこうとした直後、

『鳥乃、警察の監視下ってのを忘れてない?』

 無線から高村司令の通信。さらに続けて、

『これ以上、彼女に危害を加えるなら、こちらも警察として動かずにはいられません』

 と、霞谷さんまで。

「うっ」

 ぴたっと硬直。普段の自分ならそれでも性欲に動くんだろうけど。この日は、逮捕と聞いて梓の笑顔が脳裏に浮かび、天使としばらく会えなくなる恐怖が私の全身を支配した。

「引き続き、連絡をとってください」

 その場で膝をつき、真っ白になりながら私はいうのだった。

 程なくして、ゲイ牧師が永上さんを連れて戻ってきて、

「同志よ。グラトニー様がお待ちです。ついてきてください」

「りょーかい」

 意気消沈しながら私はうなずく。

「どうかされましたか?」

「いや何でも」

 私はゲイ牧師に答えてから立ち上がり、

「どうした、早くいくぞ」

 と、急かす永上さんを先頭にエントランスを後にした。

 ガラス製の自動ドアを潜ると、次に広がったのは広々としたホワイエ(ロビー)だった。エントランスからも見えてたので、ある程度は把握していたものの、1階の殆どのスペースを割いてるだろう空間になっており、そこで黒山羊のメンバーは立食パーティを行っていた。最奥には扉ひとつと2階に続く階段がみられ、また右側にもひとつ扉を確認。そのうちの右側の扉が今まさに開き、料理が運ばれてきた所から、たぶんそちらはキッチンに繋がってるのだろう。

「こちらです」

 と、ゲイ牧師が指したのは階段。促されるまま2階にあがると、以前モニター越しに見た白い壁の廊下にたどり着く。

 さらにゲイ牧師は足を進め、ある扉の前で、

「この奥にグラトニー様がおります」

 そこは、以前黒山羊の幹部たちが演説をしてたホールだった。

 ゲイ牧師がドアを開ける。中は、ステージにシュブ=ニグラスの絵こそ飾られてるが、祈りを捧げる信者の姿はなく、とてもがらんとしていた。

 静寂に包まれた空間の中、パイプ椅子が3つずつ対面に、計6席ほど設置され、奥の列の真ん中にグラトニーらしき人物が座っていた。フードのついた黒いローブを深く被り、さらに仮面を被って徹底的に体格や素顔といった情報を隠している。

「お待ちしておりました」

 と、グラトニー(仮)が立ち上がり一礼した。途端、並の体型なら性別ごと覆い隠せそうなローブの胸元が、グラトニーの膨らみによって持ち上げられる。この時点で、彼女がよほどの爆乳をお持ちの女性であることが伺えた。

「初めまして、グラトニーといいます」

 加えて、相変わらずボイスチェンジャーを使ってるが、言葉遣いに女性ならではの柔らかさを感じる。しかし、彼女から感じるフィールは、地縛神ような黒い闇。母性と狂気が冒涜的に入り乱れ、長い間一緒にいると正気が削れてしまいそうだ。

 恐らく、このフィールは彼女だけのものではないのだろう。背後のシュブ=ニグラスの絵から不気味な後光を放たれており、グラトニーの周りがゆがんで映ったからだ。

「警視庁特捜課の永上 門子だ」

「ハングドの鳥乃 沙樹です。今回は永上の護衛として来ました」

 私たちはそれぞれ名乗り、

「お掛けになってください」

 と、促される形で対面の席につく。

「先日はプライド派の元同志たちがご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 グラトニーは一度席についてから、改めてその場で頭を下げた。

「特捜課はともかく、ハングドとしては別にいいわ。グラトニー派は私たちの側に回ってくれたし、あの件に限ってはそれでチャラって話」

 私はいい、続けて。

「それよりグラトニーさん、会談の前にちょっと場所を変えて親睦を深めてかない? ベッドの上で」

 直後、永上さんにグーで殴られた。むしろ殴り飛ばされた。

 私は床を転がった挙句、思いっきり壁に衝突してから、「痛たた」と立ち上がり、

「何するのよ永上さん」

「高村さんから、お前が何かしたら暴力で制裁しろと言われてる」

「ちょっ」

 そういえば、さっきの受付嬢のときもグーで殴られたっけ。

「仕方ないじゃない。レズの勘だけど、グラトニーの仮面の下は絶対美少女って話よ。それもボインボインの」

 私はいうも、

『だから何よ。元々駄目といったのを許可して行かせたんだから、しっかり仕事しなさい』

 司令から通信で言われてしまったので、

「分かったわ」

 と、仕方なく席につく。

 どうやら、誰も気づいてないらしい。今回私にとって重要だったのは、場所を変えることだったのだ。

 この部屋に飾られてるシュブ=ニグラスの絵。あれは間違いなく普通の絵じゃない。たぶん、絵自体が天然のフィールを持っており、美術展で部屋中にフィール・カードで満たしたときのように、いまこの部屋はあの絵が持つフィールに満たされているのだろう。

「とりあえず、特捜課(われわれ)も霞谷が先日感謝の言葉を送った通り、件については気にしていない。それよりも」

 永上さんは険しい顔でいった。

「早速本題に入るが、プライド派が正式に黒山羊の実を抜けたそうだな? 特捜課としては、黒山羊からの要件を判断する材料としても、その件について詳しく伺いたい」

「あの方は、謎の人でした」

 グラトニーはいった。

「プライドは黒山羊の実の幹部であると同時に、技術部の責任者でもありました。登録上では本名鷹野(たかの) メイコ。元々フィール・ハンターズで研究をしていた科学者だったそうで、方向性の違いで離反し、持ち出した技術を黒山羊の実に提供する代わりに匿らせて貰ったのが入信までの経緯だと聞いてます。でも、真実かは分かりません」

「その技術部の研究でガルムの素体となった鱒川 妙子(ますがわ たえこ)の遺体を入手したり、ロストの成分を求めて墓荒らしをした事については?」

 私の問いに、

「知ってます」

 と、グラトニーはうなずく。

「なら、知ってて何故止めなかった! 鬼畜の所業ではないか」

 永上さんはいうも、

「私も当時から良くは思ってませんでしたけど仕方ないんです。愛と願いと幸せの為に、生贄さえも許されるのが黒山羊の実ですから」

「なっ」

 驚く永上さんの横で、

「ま、そうって話ね」

 知ってた私はうなずく。

「倫理観の話はこの際置いとくわ。それよりプライドの目的は何? そいつは何の願いを叶える為に黒山羊に入信し、どうして裏切ったのか分かる?」

「私の知る限りですけど」

 と、前置きしてグラトニーはいった。

「プライドは人形性愛者だそうで、クローン、アンドロイド、サイボーグ、人造人間に改造人間、リビングデッド、あらゆる観点から自分の理想のパートナーを作り出そうとしていました。同時に、フィール・ハンターズから持ち出した技術によって、黒山羊の実は急速に規模を発展させました。いま黒山羊の実が繁栄してるのは、プライドによる貢献の賜物といって過言ではありません」

「そういえばフィールで動く機械人形(MISSION1参照)もいたわね。美術展の話だけど、犯人のデッキから見るに多分あなたの管轄だと思うけど」

「はい。それもプライドが開発し私に提供下さった戦力です」

 なるほどね。あれ以後全然姿を見せないと思ったら、元々プライドのものだったわけだ。

「だけど、今度は我々の技術とそれを扱う人員を持ち出して、プライドはフィール・ハンターズに戻っていきました」

「まさか」

 私が訊ねると、

「はい。プライドは技術部のメンバーを全員引きつれ離反した為、黒山羊の実は一度技術の大半を失いました」

「これは朗報だ。一斉逮捕のチャンスじゃないか」

 興奮し、立ち上がる永上さんを私は、

「待って待って」

 と、抑え、

「全て失ったわけじゃないんでしょ? それに、一度失ったってことはいまは?」

「はい。それなりの復旧は完了しています。それでも、プライドがいた域には達してはいないですけど」

 それが虚勢なのか真実なのかは分からないが。もし本当なら組織が弱体化したからと甘くみるわけにはいかない。

「ですから、いまの黒山羊の実でフィール・ハンターズとプライドを同時に相手をする力は残っていません。その為、警察機関と連携を取ろうという話になりまして。ただ、今日を逃すとこちらから話し合いの場を設ける事が困難になってしまい、このような突然の連絡になりました」

「なるほどね」

 私はうなずき、

「じゃあ、プライドが裏切った原因は?」

「はい」

 グラトニーはいった。

「恐らく、今度は黒山羊の実で願いを叶えることができなくなったからだと思います」

「牡蠣根ドラッグが手に入らなくなり、逆にフィール・ハンターズのロストが完成しだしたから?」

 私が訊ねると、

「多分」

 グラトニーはうなずく。

「プライドの嗜好や事細かな活動履歴はともかく、掻い摘んだ情報に関しては、残念ながら私も皆さんと大差ない程の情報しか持っていません。もし持っていたら、すでにアンを通じて情報が皆さんの下に届いてるはずですので」

 そういえば、以前アンちゃんにプライドと同じ苗字をもつ鷹野 明光(たかの あけみつ)というフィール・ハンターズの人間について調べて貰っていた(MISSION26参照)はず。まだ報告を貰えてないけど、調査を依頼した直接の原因が解決してるから調査を打ち切ったのか、それともまだ有力な情報を獲得していないのか。

 私は続けて、

「その事細かな活動履歴を確認しても?」

「ごめんなさい。そこはプライド以外の機密にも関わりますから」

 と、グラトニーは断る。

 ここで永上さんが威圧的な目で、

「強制捜査でもか?」

「いえ。我々は今回、警察機関その他への協力は惜しまないスタンスでいくことになっています。もちろん」

「共闘・協力につくならか」

「はい」

 うなずくグラトニー。通信機から霞谷さんが、

『多分ですが、黒山羊の実が真に味方につけたいのはNLTだと思います。警察機関の後ろ盾があれば自然とNLTとのパイプも繋がったようなものですし、NLT名義で活動すれば、利害が一致する限り法的な便宜も図いやすくなる。そうやって活動してる節のある組織ですから。そして、黒山羊の実には“鱒川さんの件”という警察上層部の首を縦に振らせるだけの交渉のカードがあります』

 なるほど。かつて警察機関の腐った上層部は、妙子の遺体を黒山羊の実に売却した。当時の主導はプライドだったとはいえ、記録自体は当然黒山羊の実が所有している。

 正直、なぜNLTではなく特捜課に話を入れたのかと思ったけど、確かにそう考えると先に警察機関を飼ったほうがやりやすい。

「分かった」

 永上さんがいった。でもって、まさに棒読みで、

「この件に関しては一度こちらで会議を行い、共闘するかを話し合おうと思う。しかし、間違いなく協力関係を結ぶことに反対する者は少なからずいる事は理解を頂きたい」

 たぶん、霞谷さんが永上さんだけに通信し、彼の言葉をそのまま代弁させてるのだろう。

「分かりました。今日お会いした価値に見合う十分な言葉です」

 グラトニーはいった。

『なら、ここから先は私たちのターンね』

 今度は通信先から高村司令がいった。

『鳥乃。奴らがわざわざアンタをヘッドハンティングしようとした理由を聞き出しなさい』

(了解)

 私は心の中で伝え、

「特捜課と手を組みたい理由は納得したわ。でも、黒山羊の実が信用できる組織だと判断するには、材料が殆どないって話なのよね」

 私はいった。

「黒山羊の実の教義については、下層程度の情報なら手に入れてるわ。なにせ、元プライド派が2名ハングドについたからね。表向き、あなたたちの目的はシュブ=ニグラスの加護の下、各々が幸せになること。神は信者に目的を叶えたり幸せになる為の力を授け、信者は神の落し子である黒い子山羊(ダーク・ヤング)となり、培った愛と幸福を神に捧げる。その為にあらゆる手段が許されている。訂正点や他に補足すべき所はある?」

「いいえ、それが我々の教義の全てです」

 グラトニーはいった。

「なら続けて。そんな黒山羊の実が、どうして私をスカウトしたの?」

 私は懐から封筒を出し、中の文書を開いて提示。

「せっかくだから、この場で聞かせて頂戴。やましい考えが無いなら、警察の前でも堂々といえるはずでしょ?」

 さて、黒山羊の実はどう来るのか。

「勿論です」

 グラトニーはいった。

「鳥乃 沙樹さん。我が神シュブ=ニグラスは、あなたを私たちの新しい幹部“ラスト”として受け入れたいと申しています」

色欲(ラスト)……」

 私は呟く。通信先から司令が、

『まさにアンタにピッタリの大罪を出してきたわね』

 正直いって、全くだ。でも、

「いきなり幹部クラスね。反感持つ人もいるんじゃないの? なのに、そこまでして私をハングドから引き抜きたい理由は?」

「あなたの願いをサポートしたい、ではいけませんか?」

「問題外ね」

 私はいった。

「シュブ=ニグラスが私の願いを何と想定したかは知らないけど、私は自分の願いを黒山羊の加護を借りて行おうとは思わないし、黒山羊の加護で叶うとも思わない。仮に叶ったとしても、それで得た愛も幸せも黒山羊に捧げる気はないわ。だって、そういうのは全部一晩のベッドを共にした相手って決めてるもの。だから、もし還元するとしたら、それはシュブ=ニグラス本人とベッドインするときだけ。でも、調べた所シュブ=ニグラスは女神だけど男神の側面がある以上、その時は絶対にありえないって話でしょ?……それに」

 と、続けていいかけた所、

「黒山羊の実には、あなたを地縛神から解放する準備があります」

 グラトニーはいった。

「あなたは体が地縛神の眷属になってるせいで、それを抑える為にハングドの手で半機人でいるのを強いられているのではないですか? 地縛神さえ取り除く事ができれば、生命を維持するためにハングドに所属する必要もなく、もっと自由になるはずです。黒山羊の実はまずその時点からあなたをサポートしようと」

「地縛神抜いたら死ぬから」

 話を途中で遮り私はいった。

「そもそも、一度死んでるから眷属化してるって話なのよ。一応、取り除いた上でかつてガルムやフェンリルにしたような生命維持技術があれば生きるかもしれないけど、いまの黒山羊にそんな力ないでしょ?」

「それは……」

 グラトニーの口が止まった。つまり、肯定の意味。

 私は続けて、

「それに、黒山羊の実は増田を殺し、アンを意識不明の重体にし、その前に私の友達をひとり殺そうとしている。その友達を殺そうとした実行犯とは和解してるけど、殺せと命じたグラトニーと和解した覚えはないって話。つまり私の中であなたは敵。交渉したいならそれを胸に刻んで頂戴」

「でしたら、こちらも考えがあります」

 と、グラトニーは立ち上がった。

「沙樹さん。私とデュエルをして頂けませんか?」

「……」

 私は、微妙な間の後、

「え?」

 と、いった。

 だって、まさかこの流れでいきなりデュエル脳が発動するとは思わなかったのだから。

「今すぐ入信しとは言いませんけど、私が勝ったら、せめて地縛神の摘出を受け入れてください。その上で一旦ハングドの方々に引き渡します。そちらの技術ならば、地縛神を抜いた後も生命維持する技術はあるのでしょう?」

「それを、あなたの神や組織は容認するの?」

 私は疑ってかかったが、

「はい」

 グラトニーは断言。

 正直いって、摘出できるなら以後の生命維持費は減って生活は楽になる。入信を条件にされてるわけではないので、私としてはメリットしかない。黒山羊の実とグラトニーを信じ切るならという話ではあるけど。

 もちろん、私は信用してない以上、摘出を受け入れるわけにはいかない。

 が、

「分かったわ」

 私はいった。

「本当ですか? では」

「けど、私が勝ったら、他の信者の機密に抵触しようともプライドの情報を細部まで全て提供して貰う。この条件でならデュエルしてあげるって話」

『意外ね』

 ここで、通信先から司令がいった。

『アンタの事だから、ここで仕事より性欲を優先すると思ったけど。グラトニーの素顔を晒してもらい、美人の女性と判明次第ラブホテルに強制連行だとか』

「あ」

 すっかり忘れてた。

 そんな反応を見てか、通信先で双庭先輩が司令に、

『相当、精神状態が不調みたいですね』

『まだマシなほうよ。残念なことに、鳥乃のメンタルと性欲は正比例してるもの。残念なことに』

 そんなに大事なことなのだろうか。

「分かりました」

 グラトニーはいった。

「その条件までなら大丈夫です」

「MATTE!」

 私はいうが、その前にグラトニーは私のデュエルディスクに干渉し強制デュエルモードに。これはもう、諦めてこの条件でデュエルするしか選択肢はない。

 ……。

 その豊満そうなおっぱいに、顔埋めてみたかった。

 

沙樹

LP4000

手札4

[][][]

[][][]

[]-[]

[][][]

[][][]

グラトニー

LP4000

手札4

 

 こうして、かなりショックを引きずりながら始まったデュエル。

 デュエルディスクの自動裁定の結果、先攻は私に決まった。

「先攻は貰ったわ」

 私は言いながら、最初の手札となる4枚を引き、

「まず私は、手札から《幻獣機オスゴリラ》を通常召喚」

 直後、フィールドに現れたのは機首がゴリラの濃ゆい顔を模り、機翼の傍にゴリラの両腕が伸びた異様な幻獣機。しかも攻撃力2000のゴリラで、航空機の元ネタがオスプレイとくれば、

「《幻獣機オスゴリラ》のモンスター効果。このカードの召喚成功時、このカードを破壊する」

 オスゴリラはフィールドに出現してはいきなり墜落し、床に落ちて爆発。しかし、煙の中から光が二つ真上に伸び、中から2機のホログラムが出現。

「そして、《幻獣機オスゴリラ》はフィールドから墓地に送られた場合に幻獣機トークンを2体発生させる。そして、座標確認、私のサーキット。ロックオン!」

 2機のホログラムは一旦床に着陸すると、

「召喚条件は機械族モンスター2体。私は幻獣機トークン2体をリンクマーカーにセット! リンク召喚! 起動せよ、リンク2《プラチナ・ガジェット》!」

 私の前方にリンクマーカーが出現し、ホログラムはカタパルトから射出されるようにマーカーに搭載され、出現したのは白金色のガジェットモンスター。

「《プラチナ・ガジェット》のモンスター効果。メインフェイズに1度、手札からレベル4以下の機械族モンスターをリンク先に特殊召喚する。私は手札の《幻獣機オライオン》を特殊召喚」

 続けて召喚されたのはライオンの顔を模った宇宙船の幻獣機チューナー。

「さらに、私の場のモンスターは機械族の効果モンスター2体。魔法カード《アイアンドロー》を発動。カードを2枚ドロー」

 ここで私は魔法カードで手札を補充し、

「カードをセット。ターン終了」

 と、最初の手番を終えた。

 

沙樹

LP4000

手札2

[][][《伏せカード》]

[][《幻獣機オライオン》][]

[《プラチナ・ガジェット》]-[]

[][][]

[][][]

グラトニー

LP4000

手札4

 

「私のターンですね。ドロー」

 ターンはグラトニーに移り、カードを1枚引き抜かれる。

 さて、堕天使デッキを部下に支給しているグラトニー様は、一体どんなデッキを使ってくるのだろうか。

「私は」

 グラトニーは、手札を2枚墓地に捨てていった。

「《堕天使イシュタム》の効果を発動。自身と手札の《堕天使スペルビア》を捨てて、デッキからカードを2枚ドロー」

「幹部も堕天使デッキ!?」

 私は驚いた。しかも、効果処理の際に一瞬出現した2体の堕天使のビジョンを見て、私はさらに「え」となる。

(あれって、天然のフィール・カード?)

 私がいままで見た堕天使使いは計4名。美術展を襲った黒コート(MISSION1参照)水姫ちゃんを襲った変質者(MISSION18参照)、そしてゲイ牧師(MISSION3参照)である。

 4人が使ってたのは、どれも複製コピーされたフィール・カードだった。つまり、考えられることはグラトニー派の信者たちが使ってたデッキの正体は、まさにグラトニーのデッキを複製し支給されたものという可能性。そして、グラトニーが使う堕天使カードは全て天然のフィール・カードである可能性が極めて高いということ。

 だとしたら、間違いなくフィール量は私より高い。

「続けて手札から《堕天使の戒壇》を発動。墓地の《堕天使スペルビア》を守備表示で蘇生し、スペルビアが蘇生された事で《堕天使イシュタム》を攻撃表示で蘇生しますね」

 でもって、やっぱりきた。堕天使特融のインチキ蘇生コンボ。《死者蘇生》じゃなかっただけまだマシだろうか。

「カードをセット」

 グラトニーの場に魔法・罠カードが1枚敷かれ、

「バトルに入ります。《堕天使イシュタム》で《プラチナ・ガジェット》に攻撃」

 イシュタムが放つ暗黒のエネルギーボールをまともに喰らい、《プラチナ・ガジェット》はその場で四散。しかし、

「《プラチナ・ガジェット》のモンスター効果。このカードが破壊された場合、デッキからレベル4のガジェットを特殊召喚する」

 私はタブレット画面からカードを指定、直後デッキから目当てのカードが1枚押し出され、

「私は《サイバース・ガジェット》を特殊召喚」

「このカードは増田の」

 驚く永上さん。その通り、この《サイバース・ガジェット》は元々増田が持ってたカードである。というより、私が所有してるサイバース族はほぼ全部増田の借り物だったりするしね。

 とはいえ、

 

沙樹 LP4000→3100

 

 《プラチナ・ガジェット》は攻撃表示だった為、超過ダメージ分が私のライフを削る。フィールは込められてなかった。

「私はこれでターンを終了します」

 グラトニーはいった。

 

沙樹

LP3100

手札2

[][][《伏せカード》]

[《サイバース・ガジェット》][《幻獣機オライオン》][]

[]-[]

[《堕天使スペルビア(守備)》][][《堕天使イシュタム》]

[][][《伏せカード》]

グラトニー

LP4000

手札3

 

「私のターン、ドロー」

 言いながら私はカードを1枚引く。よし、これで初手の時に思い浮かべてた盤面を現実にできる。

「私の場に幻獣機が存在する場合、このカードは手札から特殊召喚できる。《メディクレイン》!」

 ディスクに読み込ませ、フィールドに出現したのは鶴の仮面を被ったバードマンタイプの機械人形の衛生兵。

「座標確認! 私のサーキット、再度ロックオン!」

 私は再びリンクマーカーを発生。

「アローヘッド確認。召喚条件は効果モンスター2体以上。私は《サイバース・ガジェット》《メディクレイン》《幻獣機オライオン》の3体をリンクマーカーにセット、サーキットコンバイン!」

 私は場のモンスター3体すべてをリンクマーカーに搭載。出現したのは1本のソードを握る増田のフェイバリットモンスター。

「リンク召喚! 起動せよ、リンク3《デコード・トーカー》!」

 直後、私の場にはさらに2体のモンスターが出現する。

「墓地に送られた3体の効果を発動。このカードが墓地に送られた場合、《サイバース・ガジェット》はレベル2のガジェット・トークンを、《幻獣機オライオン》はレベル3の幻獣機トークンをそれぞれ特殊召喚し、《メディクレイン》は墓地の幻獣機1体を手札に加える。私は《幻獣機オライオン》を手札に加え通常召喚」

 こうして《デコード・トーカー》を出したに関わらず、私のメインモンスターゾーンには引き続き3体のモンスター。私はこの3体を場から取り除き、

「続けて私はレベル2ガジェット・トークンとレベル3幻獣機トークンに、レベル2《幻獣機オライオン》をチューニング」

 オライオンが2つの光の輪に変わると、2体のモンスターは内側を潜り計5つの星になり、輪と混ざり合う。

「未だ穢れに染まらぬ無垢なる翼よ。その透明さで敵を討て! シンクロ召喚! 飛翔せよ、レベル7! 《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》!」

 といった流れで、私の場に2体のモンスターが並び立つと、

「おお! 増田のエースと」

『鳥乃さんのエースが並び立ちましたね』

 永上さんと霞谷さんがそれぞれ反応。

「増田、力を貸して頂戴。《デコード・トーカー》のモンスター効果。このカードは自身のリンク先に存在するモンスターの数×500アップ。リンク先にはクリアウィングがいる以上攻撃力は2300から2800に」

 

《デコード・トーカー》 攻撃力2300→2800

 

 これで《デコード・トーカー》の攻撃力はイシュタムの攻撃力2500を上回った。

「バトル。《デコード・トーカー》で《堕天使イシュタム》に攻撃。デコード・エンド!」

 つい、らしくなく攻撃名まで叫んでしまったのはともかく、《デコード・トーカー》はイシュタムの体を両断して破壊。

 

グラトニー LP4000→3700

 

「続けて《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》で《堕天使スペルビア》を攻撃。旋風のヘルダイブスラッシャー!」

 クリアウィングは一度天井近くまで飛翔すると、ジャイロ回転しながらの急降下突撃でスペルビアに風穴を開けて破壊。

 私はいった。

「悪いけどこのデュエル、勝って情報を持ち帰って、増田のリベンジにさせて貰うわ。私はこれでターン終了」

 するとグラトニーは、

「ひとつ、訊ねてもいいですか?」

 と、訊ねてきた。

「沙樹さん。あなたは同性愛者のはずですよね。そんなあなたが、どうして異性である増田の想いを背負おうとするのでしょう。まるで私たちを恋人の仇みたいに」

「ああ、それ」

 私はいった。

「それなら、あなたたちにとって一番分かりやすい言葉があるわ。同志だから」

「何っ!」

 反応する永上さん。いや、脳筋と増田の繋がりとは全然違うから、むしろ。

「増田が死んだ日、あいつは言った(MISSION12参照)のよ。お互い恋愛対象の外だから私とは気楽に接せれるって。言われてみればそうだった。増田がいうように、私たちはお互い恋愛感情を抱きようがなく、ストライクゾーンが被ることさえない。だからこそ安心感や信頼感を築きあってたのよ。増田は最高のビジネスパートナーで相棒で頼れる先輩だった。それを、私は失って初めて気づいた」

 私は当時を思い返しながら、

「増田が死んだあの日、実は私があいつの後方支援に入ってたのよ。いつもと前線と後方を逆にしてね。……で、増田は死んだ。そういえば、あいつはこんな事(MISSION12参照)も言ってたっけ。大切な人は手放すな。人生を通して本当に大切だと思えれる人間は思ったより多くないって。言われた当初、私は梓と木更ちゃんを思い浮かべたわ。でも、増田もすでにその位置にいたってことに、あいつを失って気づいたのよ」

 そこまで言ってから、私は改めてグラトニーをまっすぐ見据える。

「だから、せめてあいつの死が無駄にならないように頑張りたい。これで十分?」

「……はい」

 微妙にはっきりしない物言いで、グラトニーはうなずく。しかし、続く言葉は。

「沙樹さん。あなたが必要ない絆に囚われてるとはっきり分かりました」

「何で!」

 私は思わずギャグっぽいリアクションで返した。質の悪い冗談と受け取らないと私のメンタルがどうにかなる。予想外の反応を前に、私の脳が一瞬で判断したのだ。

 

沙樹

LP3100

手札2

[][][《伏せカード》]

[][《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》][]

[《デコード・トーカー》]-[]

[][][]

[][][《伏せカード》]

グラトニー

LP3700

手札3

 

「私のターン! ドローします」

 グラトニーはカードを引き抜き、

「手札から《ヘカテリス》を捨てて効果を発動。デッキから《神の居城-ヴァルハラ》をサーチして発動します」

「このカードって」

 梓も《アテナ》を召喚する為に使ってる永続魔法カード。そういえば堕天使も天使族だからサポートは共有できるのだ。

「ヴァルハラの効果、1ターンに1度、私の場にモンスターが存在しない場合に手札の天使族モンスター1体を特殊召喚します。色欲を司りし魔の王よ、居城の導きによりこの地に降臨せよ。特殊召喚! レベル8《堕天使アスモディウス》!」

 フィールドに出現したのは攻撃力3000の堕天使モンスター。このまま戦闘に入られると、正直私は痛手を負う。しかし、

「《堕天使アスモディウス》のモンスター効果。1ターンに1度、デッキから天使族モンスターを墓地に送ります」

 と、グラトニーはアスモディウスの効果の使用を宣言。だけど私の場には、

「《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》の効果。1ターンに1度、フィールドのレベル5以上のモンスターの効果を無効にして破壊する」

 アスモディウスが魔力を開放するも、クリアウィングがそのエネルギーを吸収し翼に取り込む事で、アスモディウスは魔力を失い破壊される。

「あなたたちがラストとまで言う私の前で並の色欲が通じるわけないって話よ。《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》は自身の効果で相手を破壊した場合、ターン終了時までその数値分攻撃力をアップする」

 

《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》 攻撃力2500→5500

 

 一気に攻撃力を跳ね上げるクリアウィング。が、グラトニーは動じることなく。

「でもアスモディウスも破壊され破壊され墓地へ送られた場合に、アスモトークンとディウストークンをそれぞれ特殊召喚します」

 フィールドに出現する2体のトークン。

「そして、この瞬間。クリアウィングを相手にするに相応しい、私の切り札をお見せする準備が整いました」

「切り札?」

「私は魔法カード《置換融合》を発動」

 グラトニーは、ここでまさかの融合召喚に出たのだ。

「色欲より分裂せし二柱。いまこそ再び混ざり合い、暴食(グラトニー)の名の下、飢えし牙の触媒となれ」

 いつものように、上空に出現した渦によって2体は混ざり合う。が、中から出現したのはどこかで見たシルエット。

 毒性を感じさせる瘴気を放ち、長い尾跳ねさせ、次第にそれは一体の紫の竜の正体を現す。

「融合召喚。降臨せよレベル8《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》!」

「このモンスターは」

 私は驚いた。だって、このカードは美術展で《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》と共に展示されていたフィール・カードの1体。普通の人ではフィールを引き出しきれないとされるモンスターだったのだから。

「どうして、グラトニーがそのカードを」

「元々クリアウィングを除く3枚は黒山羊の実が回収しています。その中の1枚に私が選ばれたのなら、そのまま私が使っても変ではないですよね?」

「うっ」

 そうだった。最近色々あってこの事実から離れてたけど。

「ってことは、まさか私の勧誘はクリアウィングを手にするために」

「違います」

 グラトニーはいいきった。

「あの襲撃は、元々クリアウィングをあなたの手に届けるために行ったものです」

 私に届ける?

 どうして私に? いや、その前に、

「ならどうして、残りの3枚も」

「プライドの取り分として狙いました」

 つまり、あくまでグラトニーの目的はクリアウィング。それを4枚全て略奪する話にすることで、自分以外の信者の協力を得たって話か。しかも結果、要らない残りの3枚のうち1枚にグラトニーは選ばれ、いまに至ると。

「じゃあ、次! どうして信者でもない私のために勝手なことしようとしたのよ」

「黒山羊の実は沙樹さんの味方。それだけです」

 グラトニーは言い切り、

「《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》のモンスター効果。このカードが融合召喚に成功した場合に、相手モンスター1体を選んでその攻撃力分だけ、ターン中スターヴ・ヴェノムの攻撃力に加算します。この効果は対象を取る効果ではありません」

「だがクリアウィングはレベル5以上のモンスターに圧倒的な性能を持っているはずだ、この程度」

 永上さんはいうも、

「駄目よ」

 私はいった。

「クリアウィングの効果は『レベル5以上のモンスターの効果』と『レベル5以上のモンスター1体のみを対象とする効果』をそれぞれ1ターンに1度無効にする。でも、対象を取らないなら後者の効果は使えない」

「なら最初に言ったほうの効果で」

「悪いけど、もうアスモディウスに使った」

「何いっ!? あれがその効果だったのか」

 驚く永上さん。私はしてやられたと一回頭を抱え、

「使われたわけね。クリアウィングの効果を。その上、破壊される事も利用して融合素材を残したと」

 それだけでも、正直私は「うわっ」と思ったのだけど。

「まだあります」

 グラトニーはいった。

 直後、スターヴ・ヴェノムが粘液を垂らしながら口を開くと、エネルギーをむしゃむしゃと取り込み、

 

《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》 攻撃力2800→8300

 

「まさか、クリアウィングの攻撃力がアップすることまで利用して!?」

 アスモディウスの攻撃力を取り込んだクリアウィングの攻撃力を、さらにスターヴ・ヴェノムが更に取り込むことで、眼前のモンスターの攻撃力はさらっと8000を超えてきたのだ。

 やばい。

 この人、クリアウィングの対策を心得ている。

 加えて私の場にはクリアウィングの他に攻撃力2800の《デコード・トーカー》が。

「私はカードを1枚セット」

 グラトニーの場に、さらに伏せカードが1枚敷かれ、

「私は《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》で、増田という方のエースモンスターを攻撃します」

 攻撃力の差分は5500。これをそのまま通したら一瞬でライフが尽きてしまう。

 私は伏せカードをオープンし、

「罠カード《シフトチェンジ》! 効果によって攻撃対象を《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》に移し替える」

 罠カードが発動すると、ビジョン上私のモンスター2体の位置が一瞬にして入れ替わり、クリアウィングがスターヴ・ヴェノムの攻撃を受け破壊される。

 私のライフは一気に減少し、

 

沙樹 LP3100→300

 

 《雷鳴》でさえ終わるような数値になるも、何とか敗北は免れる。

「これで勝てるとは思ってませんでした。私はターンを終了します」

 グラトニーはいった。強がりには見えなかった。

 

《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》 攻撃力8300→2800

 

沙樹

LP300

手札2

[][][]

[][][]

[《デコード・トーカー》]-[《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》]

[][][]

[《神の居城-ヴァルハラ》][《伏せカード》][《伏せカード》]

グラトニー

LP3700

手札0

 

「私のターン」

 と、私はいうも。現在の手札は《クリ瑞雲》と《ビットロン》。この2枚では例え普通にドローしたとして逆転できる気がしない。

 やるしかない。私はドローする手を掲げ、指先を闇色に輝かせる。

「来ますね」「来るのか」

 グラトニーさんと永上さんがいう中、

「暗き力はドローカードをも闇に染める!――ダークドロー」

 私は残りのフィールの殆どを込め、カードを1枚引き抜く。

「私は《幻機獣エンジニー》を通常召喚」

 フィールドに現れたのは、ランプの精のようなホログラムが航空機のエンジンから浮かび上がった形状のモンスター。たったいまダークドローで引いた新たな幻機獣だ。

「《幻機獣エンジニー》のモンスター効果。このモンスターの召喚に成功した場合、デッキから風属性・機械族チューナー1体を手札に加える。梓、力を貸して。私は《幻獣機エンジェル・シンクロン》を手札に加える」

 私は以前(MISSION26参照)梓と一緒にダークドローして手に入れたモンスターを手札に引き寄せ、

「座標確認、私のサーキット。ロックオン!」

 私は本日三度目のリンクマーカーを前方に発生。

「アローヘッド確認。召喚条件はモンスター2体以上。私は《幻機獣エンジニー》とリンク3《デコード・トーカー》の2体をリンクマーカーにセット! リンク召喚! 増田の魂、無垢なる翼に宿れ! 起動せよリンク4《クリアウィング・ラピッド・ドラゴン》!」

 フィールドに出現したのは、増田が最期に遺した3Dモデリング風のクリアウィング。

「クリアウィング・ラピッドはリンク召喚時に、リンク先にトークンを出せるけど今回は使わない。代わりに私は墓地の《幻獣機オライオン》を除外し効果発動。私は手札から幻獣機モンスター1体を召喚できる。来て、《幻獣機エンジェル・シンクロン》!」

 こうして私の場に先ほどサーチした私の天使が出現。

「《幻獣機エンジェル・シンクロン》のモンスター効果。このカードの召喚成功時に墓地の風属性・Sモンスター1体を特殊召喚する。再び飛翔せよ《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》!」

 私は再び自らのエースを展開。さらに、

「エンジェル・シンクロンの効果で特殊召喚したモンスターの攻撃力・守備力は0になる。だけど今回は関係ない! 私はレベル7《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》に、レベル1《幻獣機エンジェル・シンクロン》をチューニング!」

 エンジェル・シンクロンが1つの円に変わると、クリアウィングが潜って7つの光になって混ざり合う。

「穢れさえ光を透す聖なる翼よ。その神々しさで敵を祓え! シンクロ召喚! 飛翔せよ、レベル8! 《クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン》!」

 フィールドに出現したのは、水晶を思わせる翼や外装をしたクリアウィングによく似たドラゴン。

「増田と私のダブルエースで駄目なら、次は増田から授かった新たなクリアウィングと、私の天使から想いを継いだクリスタルウィングで行くって話よ」

 並び立つクリアウィング・ラピッドとクリスタルウィング。想い補正で考えるなら、間違いなくいま私が出せる最大の布陣。

「《クリアウィング・ラピッド・ドラゴン》のモンスター効果。スターヴ・ヴェノムの効果を無効にし、クリアウィング・ラピッドの攻撃力を500アップ」

 

《クリアウィング・ラピッド・ドラゴン》 攻撃力2500→3000

 

 効果の発動は成功。これで、万が一スターヴ・ヴェノムが変な効果を持っていても無意味になった。

「バトル! 《クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン》で《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》を攻撃。そしてクリスタルウィングは、レベル5以上の相手モンスターと戦闘を行うダメージ計算時のみ自身の攻撃力をその相手モンスターの攻撃力分加算する」

 この攻撃が通れば、クリスタルウィングの攻撃力は瞬間的に5800になり、グラトニーのライフを一気に700まで減らすことができる。

 が、

「そのバトルフェイズ開始時に、スターヴ・ヴェノムを破壊して罠カード《堕天使の浸食》を発動します」

 先ほど伏せられたばかりのほうの、グラトニーの伏せカードが表向きになる。

「このカードは、手札またはフィールドに存在する私の闇属性モンスター1体を破壊する事で発動できます。この効果によってフィールドに存在する全てのモンスターの属性を闇属性に浸食させます」

「闇属性に? だけど、例え属性を変えても」

 私は引き続き攻撃宣言しようとするも、

「そして、このターン沙樹さんは闇属性モンスターで攻撃宣言できません」

「えっ」

 攻撃を封じれた!?

「さらにスターヴ・ヴェノムが破壊された事で、《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》の効果を発動。相手フィールドの特殊召喚されたモンスターを全て破壊します」

「げっ」

 そんな効果まで持ってたなんて。だけど。

「《クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン》のモンスター効果。その効果を無効にして破壊」

 そっちの効果には何とか対応。

 まさか、フリーチェーンでいつでも仕掛けれる二重の罠を用意してたなんて。任意のタイミングでスターヴ・ヴェノムを自壊させ、対処されなければそのままフィールドを焼け野原にし、仮に対処されても攻撃は封じられる。しかも、今回の破壊はコストによるものだから、例えカウンター罠でも破壊自体は許してしまうと。

(待って)

 私はふと思った。グラトニーの狙いは本当にそこなのだろうか。仮に相手がクリスタルウィングの効果を知っていたら、そうでなくても名前と見た目でクリアウィングに類似する効果だと読んだ上で使っていたとしたら。

 もしかしたら、私はまたクリスタルウィングの効果を使わされていたことになる。

「私はこれでターン終了」

 とはいえ、私はこれ以上何もできない。色々考えた所で、次のターンに何も起こらない事を願うばかりだった。

 ダークドローを行使した以上、相手のドローをフィールで妨害することは難しいのだけど、

 

沙樹

LP300

手札2

[][][]

[《クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン(闇属性)》][][]

[《クリアウィング・ラピッド・ドラゴン(闇属性)》]-[]

[][][]

[《神の居城-ヴァルハラ》][][《伏せカード》]

グラトニー

LP3700

手札0

 

 と、このようにグラトニーの手札は0枚。まだ希望は残されてるはずなのだ。

「私のターン」

 グラトニーはいった。

「ここで私はスキルを使用します」

「え」

 ここでスキル!? まさかデスティニードロー? しかしあのスキルはライフが2000減らないと使用不可能。加えてドローセンス系も1500ライフ減っていないと使用不可能だ。

 グラトニーのライフは300しか減っていない。私は、この状況でドロー時に使用できるスキルに心当たりはなかった。たったひとつを除いて。

 おもむろにグラトニーはドローする手を掲げた。

 すると、奥のシュブ=ニグラスの絵から禍々しい色彩の光線が放たれ、それを浴びたグラトニーの指が闇色の輝きを放つ。

「まっ」

 まさか、いまから使用するスキルっていうのは。

 グラトニーはいった。

「暗き力はドローカードをも闇に染める!――ダークドロー」

 ドロー。直後、有り余ったグラトニーのフィールがガッツリ減少するのが伝わった。

『なっ』『まさか、そんな』

 通信先から、司令や霞谷さんからも驚きの声が漏れる。

「どうして。なんでグラトニーがこのスキルを」

 私は呟きながら、ハッと私はシュブ=ニグラスの絵を見る。まさか邪神の力ってものは絵越しでさえ信者に冥界の力を与えれるものなのだろうか。もしくは私のダークドローとは別原理のスキルを生み出したのか。

 それとも。

「墓地の《置換融合》をゲームから除外して効果を使用します」

 グラトニーが動き出した。

「この効果によって墓地の《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》をEXデッキに戻し、私はカードを1枚ドロー」

 言いながら、グラトニーはカードを1枚引く。そして、引いたカードをすぐさま墓地に送って、

「そして、手札を1枚捨て、速攻魔法を発動。《超融合》!」

「ちょ……!?」

 《超融合》だって!? これがグラトニーがダークドローで引き当てたカード。

「このカードの効果で、私は自分・相手フィールドから、融合素材となるモンスターを墓地に送り、融合モンスター1体を特殊召喚します」

「私の場から!?」

 ダークドローを挟む以上確実とはいえないものの、やっぱり私の予感は当たっていた。

 前のターン、私はクリスタルウィングの効果を使わされていたのだ。私自身の手でこの結果を招き寄せるために。

 でも、一手甘いって話よ。

「なら、その発動にチェーンして《クリアウィング・ラピッド・ドラゴン》の効果で自身の効果を無効にする。さらに、その効果を《クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン》の効果で無効にし、クリアウィング・ラピッドを破壊する」

 これで私の場にモンスターは1体。素材モンスターの数が足りなくなり《超融合》は不発になる。

「無駄だよ」

 グラトニーがいった。

「《超融合》の発動に対してプレイヤーは魔法・罠・モンスターの効果は発動できない。この絶対的な力の前には、あらゆるものは無力! 色欲(ラスト)に従われる透明な翼を持ちし二柱の竜よ。いまこそ再び混ざり合い、暴食(グラトニー)の供物となれ。再び顕現せよ、飢えし牙! 融合召喚! 降臨せよレベル8《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》!」

 こうして、一度デッキに還ったことで再び降臨するスターヴ・ヴェノム。それも、私のクリアウィング・ラピッドとクリスタルウィングを喰らう形で。

 あと、ところで。

 さっき一瞬、グラトニーの口調が変わってた気がするのは気のせいだろうか。

「バトル! 《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》で沙樹さんに攻撃。そのライフを喰らいつくして」

 指示を受け、その身で襲い掛かるスターヴ・ヴェノム。

 私は手札を捨て、

「相手が直接攻撃を宣言したこの瞬間、手札の《クリ瑞雲》を墓地に送り効果発動。私の場に幻獣機トークンを特殊召喚し、スターヴ・ヴェノムの攻撃対象をこのトークンに移し替えてダメージ計算を行う。さらにこの戦闘によって幻獣機トークンは戦闘では破壊されな、っ!?」

 言いかけた私の言葉は、グラトニーがチェーン発動した《メテオ・レイン》によって止められた。

 《メテオ・レイン》。あのカードは、発動ターンの間自身のモンスターに貫通能力を与えるカード。そんな私の幻獣機に相性抜群なカードを、グラトニーは初手からずっと伏せてたのだ。

 発生した幻獣機のホログラムは、スターヴ・ヴェノムの口から漏れる瘴気だけで消滅し、モンスターの牙のビジョンが私に届いた瞬間。

 

沙樹 LP300→0

 

 私のライフは尽きた。

 

沙樹

LP0

手札1

[][][]

[][][]

[]-[《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》]

[][][]

[《神の居城-ヴァルハラ》][][]

グラトニー

LP500

手札0

 

 結局、グラトニーは一度もダメージのリアル化をしてこなかった為、私の肉体は傷ひとつ付かずに済んだ。

 しかし、デュエルに負け私のフィールが全損した瞬間。

「うっ」

 私は胸を押さえ膝をついた。

 突然、思考がぐにゃりと歪みながら胸が激しい動悸を訴えたからだった。

「鳥乃!」

 永上さんの声が遠くで聞こえる。直後、今度は心に穴が空く感覚に襲われた。全身の血の気が一気に引く代わりに動悸が消え、思考の歪みが吹きざらしに流され頭が冷静を取り戻す。

 気づくと私は地縛神に守られるようにビジョンの内側にいた。肌を見ると死者のように青白くなっており、自分が地縛神の眷属としての姿に変わってる事を自覚する。

『大丈夫カ?』

 地縛神がいった。

「モウ少シでシュブ=ニグラスにSAN値ヲ直葬され、正気ヲ失ってタ所だったゾ」

「え?」

 言われ、私は絵を見る。警戒は忘れてないつもりだったけど、この一室はいわばシュブ=ニグラスの腹の中も同然なのだ。

「なるほどね」

 私はいった。

「元々デュエルでフィールを全損された瞬間を狙って洗脳する算段だったわけね。グラトニー」

「え?」

 グラトニーは、なぜか茫然としていた。白を切るつもりか、それとも。

『どちらにしてもこれ以上の作戦は無理です。撤退しましょう』

 通信先から霞谷さんの声。続けて、

『そうね。ガルム、フェンリル! 直ちに馬鹿と脳筋を回収して撤退して』

 と、司令からの命令。直後、部屋の壁がミシミシと音を立て、亀裂が入ったと思うと、

「りょーかい!」

 外側から拳一本で壁を破壊したガルムが乱入。さらに後ろからフェンリルが続いて、

「みんな。あそこの壁から逃げるよ」

 と、部屋の角を指さしいった。直後、指定された箇所からは彼女のフィールで発生した瘴気が昇り、

『懸命な判断ダ』

 地縛神はいうと、永上さんまで内側に取り込み、ふたりを連れたまま空中を泳いで向かいだす。こいつ、こんな便利な能力まで持ってたって話なの?

「おおおっ」

 そして永上さんは子供みたいに興奮しないで。

「待ってください! 待って」

 グラトニーが数歩ほど駆け寄り、声をかける。

 私は振り返りいった。

「グラトニー。あなたにとっての神様はシュブ=ニグラスなんでしょうけど、私の傍には、すでに天使がいるのよ。会う度に私をハンマーで制裁して、ちょっと私が他の女の子を追いかければ嫉妬し、仕事を優先すると不機嫌になる。そんな私の天使様。そのくせ、あの子はノーマルだから、絶対に私に抱かれてくれないっていうおまけ付き」

「沙……」

「さっきのが、どこまであなたの意志かは聞かないでおくわ。でも、さっきの洗脳みたいな、私の天使を悲しませる事をしたら、あなたの性別関係なく容赦しないから」

 地縛神がフェンリルのゲートを潜った。

 

 

 気づくと、私たちは研究所前の駐車場に転がっていた。集会所に停車したはずの車もそこにあり、フェンリルに限らず任務中に誰かが移動させたものと思われる。

 逆に、地縛神の姿はすでになかった。私の肌も血色を取り戻している。

『とりあえず任務は終了ですね。お疲れ様です』

 通信先から霞谷さんがいった。

「成果はゼロだけどね」

 私が半身起こし伸びしながらいうと、

『とんでもありません。誰も犠牲にならず事が済んだ。それだけでも上々の成果ですよ』

 と、霞谷さんはいってくれる。

『それに何も情報を得れなかったわけでもないわ。奴らが洗脳を辞さない危険な集団であることと、多少戦力も技術力が減ってること。逆にフィール・ハンターズはいよいよプライド派を吸収して最大の脅威になってることと、あとはまあグラトニーのデッキ内容?』

 司令も言ってくれるけど、

「けど、一歩情報が足りないな以上潜入捜査としては失敗でしょ」

 私がいうと、

『依頼者が私ならそう判断するわ』

 と、遠慮なく返された。

「判断はまだ早いかもしれないよ」

 ここで会話に割り込んだのはフェンリル。

「鳥乃さん。車の扉を開けずに慎重に中を確認してくれる?」

「え?」

 どうしてと思いながら、私は言われるまま窓越しに中を覗いてみる。すると、パソコン、ハードディスク、書物の類など情報の宝庫が車内いっぱいにごった返してたのだ。

「これって」

 驚き訊ねた所、

「これでも黒山羊の実それもプライド派の元メンバーだからね。資料室とか倉庫とかそういう場所に潜入して片っ端から車内に放り込んでみたよ。って、言いたいんだけど」

「ってことは違うの?」

「あんまり上手くいきすぎてたから、もしかしてわざと押し付けられたのかも」

「誰に?」

「グラトニーに」

 フェンリルはいった。

「ボクの知ってるグラトニー像でみるに、多分グラトニーも本当は提供したいけど立場上提供できない情報とか色々あったと思うんだよ。だから情報を盗まれたって体にして渡したい情報を押し付けれるだけ押し付けてきた。そう考えると一番しっくりくるんだ」

「いや、だから車内いっぱいに情報媒体を渡すのはありえないでしょ」

 むしろここまでくると、一周回って致命的に組織の管理がずさんだったって説のほうが信憑性が出てくる。

 私はそう思ったんだけど。

「だからこそだよ。暴食なだけに、たまに限度を知らないんだ。あの幹部」

 だそうだ。

『ならフェンリル? ひとつ聞いてもいい?』

 ここで司令はいった。

「なにかな?」

『グラトニーは今回、デュエルでフィールを全損した鳥乃を邪神の力で洗脳しようとしたわ。けど、それを責めた時のグラトニーはまるで「違う、クリボーが勝手に」とか言いそうな態度だった』

 その例えに、内心私は噴きそうになったけど、

「ここからは私が。どう? フェンリルとしては本当にグラトニーが私を洗脳しようとしてたと思う? それとも、シュブ=ニグラスもしくは別の誰かがやった線が高そう?」

「ボクとしては」

 フェンリルは少し考える。が、そこへガルムが。

「やってないわ。だって、あの人まだ私たちを逃がさない位にはフィールがまだ残ってたもの。壁を破壊して、グラトニーの気配を視た瞬間、私バッチリ分かったわ。『この人、逃がしてくれるつもりだ』って」

「ガルムほど確信はないけど、そこはボクも同意かな」

 と、フェンリルもいった。

「正直、ボク的にグラトニーはそこまで悪い人ではないと思うけど洗脳も含めて何やらかしてもおかしくない人だと思う。でも、さっきのグラトニーに限っていえば、洗脳しようと考えてたとは思えない」

「そっか」

 第六感が鋭そうなガルムも同意したのだ。たぶん、あの洗脳行為は本当にグラトニーが関与してない出来事だったのだろう。

「まあ、それはあとで考えるとして」

 私は車を指さし、

「これどうしよう」

 と、話を戻す。

「一応正式な捜査を通さず押収したものだから、警察的には盗品になるのよね。一旦ハングドで預かるにしても、いま木更ちゃんがあれだから、そこからNLTに届くようにしたほうがいいんだろうけど」

『ハングド預かりで問題ないでしょ』

 司令がいった。

「どうして?」

『鈴音の首を縦に振らせて研究所に調べさせるわ。ちょうど、いまいる場所も研究所だし移動の手間も省けるでしょ』

『確かに、車内がこうなってると移動の手間もありますね』

 霞谷さんも同意し、

『皆さまさえ宜しければ、ハングドのほうで調べて頂いてもよろしいでしょうか?』

『了解』

 と、ふたりの間で合意されたことで、私たちは車内のものを慎重に施設に運び出し、今回の依頼はひとまず完了になった。




フェンリルとガルム。味方キャラとして出すと有能で色々助かります。

ところで、今回で何かに気づいた方がいましたらMISSION1から読み直すと面白いかもしれません。
答え合わせはもっと先になります。


●今回のオリカ


幻獣機オスゴリラ
効果モンスター
星4/風属性/機械族/攻2000/守1000
(1):このカードが召喚に成功した時、このカードを破壊する。
(2):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合、自分フィールドに「幻獣機トークン」(機械族・風・星3・攻/守0)2体を特殊召喚する。
(3):このカードのレベルは自分フィールドの「幻獣機トークン」のレベルの合計分だけ上がる。
(4):自分フィールドにトークンが存在する限り、このカードは戦闘・効果では破壊されない。
(ゴリラ+オスプレイ)

メディクレイン
効果モンスター
星4/風属性/機械族/攻1600/守1800
(1):自分フィールド上に「幻獣機」モンスターが存在する場合、このカードを手札から表側守備表示で特殊召喚できる。
(2):このカードがフィールドから墓地に送られた場合、墓地の「幻獣機」モンスター1体を手札に加える事ができる。

幻機獣エンジニー
ペンデュラム・チューナー・効果モンスター
星1/風属性/炎族/攻 300/守 200
【Pスケール:青0/赤0】
このカード名の(1)(2)のP効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。
(1):自分が「幻獣機トークン」を特殊召喚した場合に発動できる。デッキからカードを1枚ドローする。
(2):トークン1体をリリースして発動する。デッキからレベル4以下の「幻獣機」モンスター1体を特殊召喚する。
この効果を発動したターン、自分は風属性モンスターしか特殊召喚できない。
【モンスター効果】
このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。
このカードはルール上「幻獣機」カードとしても扱う。
(1):このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分フィールド上のトークンは戦闘及び効果では破壊されない。
(2):このカードの召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから風属性・機械族チューナー1体を手札に加える。
その後、このカードのレベルをそのモンスターと同じレベルにできる。
(エンジン+ジニー=ジン)

幻獣機エンジェル・シンクロン
チューナー・効果モンスター
星1/風属性/機械族/攻 250/守 200
(1):このカードが召喚に成功した場合に発動できる。自分の墓地の風属性・Sモンスター1体を特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの攻撃力・守備力は0になり、相手はエンドフェイズに1度、そのモンスターを破壊できる。
この効果の発動後、エンドフェイズまで自分は風属性モンスターしか特殊召喚できない。
(2):自分フィールドにトークンが存在する限り、このカードは戦闘・効果では破壊されない。
(3):相手が魔法・罠・効果モンスターの効果を発動した場合、トークンを全てリリースして発動できる。自分のモンスターは、その相手のカードの効果を受けない。
(4):1ターンに1度、「幻獣機」モンスター1体をリリースして発動できる。
レベルの合計がリリースしたモンスターのレベル以下となるように、「幻獣機トークン」(機械族・風・星3・攻/守0)を任意の数だけ特殊召喚する。
この効果は、墓地に存在する「幻獣機エンジェル・シンクロン」1体をゲームから除外する事で、相手ターンでも使用できる。
(エンジェルフレア+シンクロン)

クリアウィング・ラピッド・ドラゴン
リンク・効果モンスター
風属性/サイバース族/攻2500/LINK-4
【リンクマーカー:上/左/右/下】
モンスター2体以上
「クリアウィング」Sモンスターをリンク素材にリンク召喚する場合、そのモンスターはLINK-2として扱う。
(1):このカードのリンク召喚に成功した場合に発動できる。このカードのリンク先に、「クリアウィング」Sモンスター以外のリンク素材の数まで「ラピッド・ドラゴントークン」(サイバース族・風・星3・攻/守0)を表側守備表示で特殊召喚できる。
(2):1ターンに1度、このカードのリンク先のモンスターの数まで、フィールド上のモンスターを選択して発動する。選択したモンスターの効果をターン終了時まで無効化し、1体につきこのカードの攻撃力を500ポイントアップする。この効果は相手ターンでも使用できる。

堕天使の浸食
通常罠
(1):手札及び自分フィールドの表側表示モンスターの中から、闇属性モンスター1体を破壊して発動できる。
フィールドの全てのモンスターを闇属性にする。
このターン相手は闇属性モンスターで攻撃宣言できない。

クリ瑞雲
ペンデュラム・効果モンスター
星1/風属性/悪魔族/攻 300/守 200
【Pスケール:青1/赤1】
(1):相手が直接攻撃を宣言した時、このカードを墓地に送って発動する。
自分フィールドに「幻獣機トークン」(機械族・風・星3・攻/守0)1体を特殊召喚し、相手モンスターの攻撃対象をそのカードに移し替えてダメージ計算を行う。
「幻獣機トークン」はその戦闘では破壊されない。
【モンスター効果】
このカードはルール上「幻獣機」カードおよび「クリボー」カードとしても扱う。
(1):相手が直接攻撃を宣言した時、手札・エクストラデッキからこのカードを墓地に送って発動する。
自分フィールドに「幻獣機トークン」(機械族・風・星3・攻/守0)1体を特殊召喚し、相手モンスターの攻撃対象をそのカードに移し替えてダメージ計算を行う。
「幻獣機トークン」はその戦闘では破壊されない。
(瑞雲+クリボー)

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