間違いながらそれでも俺は戦車に乗るのだろう。   作:@ぽちタマ@

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やはり類は友を呼ぶのかもしれない

 さて唐突だが、妹の存在について話をしようか。

 俺にとっての妹、つまり小町のことを話そうと思う。自分で言うのもあれだが、世界一俺の妹が可愛いと思っている。シスコンだのなんだの言われようがこの事実は不変の理だ。

 そんな俺だが最初から小町を溺愛していたわけではない。信じられないかもしれないがむしろ嫌いだった。

 理由は至極簡単、小町が女の子だったからだ。いや別に、俺が女になりたいとかそういうことではなく。

 戦車道の家系で女の子として生まれてきた小町を俺の両親はすごく喜んでいた。

 それこそ俺が見たこともないような笑顔で。

 小町がある程度大きくなると戦車道の訓練として戦車に乗り出すようになった。

 俺はそんな小町が嫌いだった。

 親からの愛情を一身に受けていることや、戦車にしたってそうだ、俺にはなにもいわなかった親が小町にはあっさりと教えだしたのだ。

 今なら俺が男だったからだとわかるのだが、あの当時のなにも知らなかった俺はただただ小町に嫉妬していただけだった。

 だから俺は小町に近づこうとすらしなかった。

 だがそんな俺の思いとは裏腹に小町はなにが気に入ったのか、ひたすらに俺に構ってくるのだった。

 そしてあれはいつだっただろうか?

 小町が風邪をひき、家には誰もおらず俺と小町しかいなかったのを憶えてる。

 いつも元気にはしゃいでいる小町もさすがにこの時ばかりは大人しく布団で寝ていた。

 

「ねぇ、お兄ちゃん……」

 

「なんだ?」

 

「ううん、やっぱりなんでもない……」

 

 いつもならそっけなく返事をしても、それでも小町は俺に構ってくるのだが、どうやら風邪のせいで気が弱ってるらしい。

 

「どうした? なんか買ってきて欲しいのか?」

 

 どうやら違うらしい、小町は首を横に振っている。

 

「ならなにをして欲しいんだ?」

 

「……小町が寝れるまで手を握ってくれる……?」

 

 えらくもったいぶるからなにかと思ったが、そんなことか。

 

「そんなことなら別にいいぞ」

 

「……ホントにいいの?」

 

 なんだ? やけに遠慮がちだな、そう思っていたら……。

 

「だってお兄ちゃん……、小町のこと嫌いでしょ?」

 

「……っ!」

 

 なにを俺は動揺しているんだろうか? 俺は小町に優しくしたことなどなかったのだからそう思われていても仕方ないはずなのに。

 俺は小町のことが嫌いだ。そのことを小町に指摘されたからこんなにも気持ちがざわついているんだろうか?

  それとも、いつも俺に構ってくる小町がなにも知らないと勝手に思っていたからだろうか?

 いずれにせよ今の俺の心中は穏やかではない。

 そしてある一つの疑問が生まれる。

 

「……小町、ならなんで俺に構うんだ……。もし――」

 

 同情やら可哀想とかそんな理由で俺に付きまとうならやめろ、とそう続けようとしたら小町に遮られる。

 

「違うよお兄ちゃん、それは絶対に違う」

 

 さきほどまでと打って変わり、小町ははっきりとそう俺に言ったのだった。

 

「お兄ちゃんが小町が嫌いなのは知ってるけど、小町の気持ちまでお兄ちゃんが勝手に決めないで」

 

 小町のまっすぐな瞳が俺を見る。俺はたまらず顔を背けてしまう。

 

「……じゃあ、なんで俺に構うんだよ小町」

 

「小町がお兄ちゃんを好きだからだよ」

 

「は?」

 

 今度こそわけがわからなかった。小町が俺を好き? なにを言ってるんだ?そんなわけないだろ、だって……、

 

「ねえ、お兄ちゃん覚えてる?」

 

 唐突に小町がそう切り出した。

 

「なにを?」

 

「小町が遊園地で迷子になったこと」

 

「……覚えてない」

 

「……そうなんだ。じゃあ迷子になった小町を最初に見つけてくれたのは誰かわかる?」

 

 それこそ、親父かおふくろのどっちかしかいないだろう。そう思っていたのだが……。

 

「小町を見つけてくれたのはお兄ちゃんなんだよ?」

 

「俺が?」

 

「うん、その時に思ったの……。この人は小町のことをなんだかんだでちゃんと見てくれてるんだなって」

 

「それだけで俺のことを好きになったのか?」

 

「お兄ちゃんにはわからないかもだけど、迷子になってどうしていいかわからなかった小町の手を引いてくれたのはお兄ちゃんだったの。お父さんでもお母さんでもなくて」

 

「……偶々だろ」

 

「そうかも……。でも小町にとってお兄ちゃんが見つけてくれたのには変わりはないから」

 

「それで?」

 

「だから小町がお兄ちゃんのことを好きになったら、小町のこと好きになってくれるかなって」

 

「それは……」

 

 結果はご覧の通りなんだがな。

 

「お兄ちゃんはその年で捻くれてるから、小町もそう簡単にはいくとは思ってないよ」

 

 なんなの? 俺のこと好きじゃなかったの?なんで俺のことディスってるのかな?

 

「お兄ちゃんは捻デレさんだから……」

 

 そして小町は謎の造語を口にして眠りについた。

 

「小町の気持ちを勝手に決めないで……か」

 

 勝手に相手のことを知った気になって、自分の考えを押し付けてただけだと思い知らされたわけだが。

 どうしたもんかね? いや小町が言ったこともそうなんだが、この妹寝るときにしれっと俺の手を握ってきたのだ。しかもどうも手を離してはくれないようだし。

 このままずっと一緒だったら俺が風邪を引くかもしれんな。

 いや、それはありかもな。風邪引いたら学校休めるし……なんてくだらないことを考えていたらいつの間にか俺も眠っていたらしい。起きたら小町の布団の中だった。

 もうめんどくさくてそのまま二度寝したのがいけなかったのか次の日、俺は普通に風邪を引いた。

 そしてその日から小町が俺に付きまとうこともなくなり、逆に俺が小町を避けることもなくなった。

 そこ、ちょろいとか言わないでくれるかな?別に小町に好きって言われたのがうれしかったわけじゃないんだからね!

 その日から俺と小町はホントの意味で兄妹になったのかもしれない。

 正直、この時の俺はちょろかった。誰かにここまではっきりと好意を示されたことが一度もなかったので仕方がないといえば仕方がない。それが例え妹であったとしても。

 あとでそのちょろさ故に痛い目にあうのだがそれはまた別の機会に話すとしよう。まあ俺はそんな感じで小町と仲良くなり今に至るわけだが。

 それでなんで今この話をしているかというと、俺は一人の人物と話をしている。その人物にも妹がおり、そして俺と同様、妹のことを溺愛していると俺は思っている。

 そんな俺の話相手は西住 まほ、西住のお姉さん。なぜか俺はこの人と二人っきりで今一緒のテーブルに座っている。まあ二人っきりといっても少し離れた席に西住たちもいるんだが。

 

 なんでこんな状況になったんだっけ?あれはそう、抽選会が終わったとこまで遡る。

 抽選会が終わり、あとは学園艦に帰るだけとなったのだが、どうせならどこか店に寄っていこうとなったのだ。

 俺はもちろんめんどくさいのでさっさと帰ろうとしたのが、武部のやつに捕まり強制連行された。

 

「なあ、俺の財布に余裕ないんで行きたくないんだが……」

 

「今から行くのは喫茶店だから比企谷は飲み物だけ頼めばいいじゃん」

 

 それって俺が行く意味あるか? いや断じてない。むしろなさすぎて帰るまである。いや、勝手に帰ると次の日にめんどくさくなるだけなのでしないが。

 そして俺たちが来たのは戦車喫茶ルクレールという店。

 この店、戦車喫茶というだけあり店のあちこち戦車関連のものがいろいろ置いてある。入り口には戦車のハリボテなんかが置いてある。

 しかし、ものの見事にまわりには女性しかいないんですけど……、俺の場違い感がハンパない。まじ帰りたい。家に帰ってゴロゴロしながらゲームしたり漫画読んだりしたい。堕落した生活をエンジョイしたい。なんで俺はこんなところにいるんだろうか?

 

「比企谷、変な目で見られてるから」

 

「お、おう、すまん……」

 

 いかんな。いつの間にか現実逃避してたみたいだ。

 

「では注文しましょうか」

 

 ファミレスとかでよく見かける呼び鈴がこの戦車喫茶にもあるんだが、それが戦車の形をしており、押すと砲撃したときの音が鳴るようになっている。これには西住たちも驚いているな。

 というか呼び出しが砲撃の発射音とかマニアックすぎない? これは誰得なんだろうか? わからん。

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

「ケーキセットでチョコレートケーキ二つとイチゴタルト、レモンパイにニューヨークチーズケーキを一つずつお願いします」

 

「ご注文は以上でしょうか?」

 

「あ、すんません、ここMAXコーヒーっておいてますか?」

 

「MAXコーヒーですか? いえ、当店では扱ってませんね」

 

 やっぱないか、ならいつもの方法だな。

 

「そうですか、ならコーヒー一つと練乳を貰えますか?」

 

「れ、練乳ですか?」

 

「練乳です」

 

「承りました、少々お待ちください」

 

 若干店員の顔が引きつっていたような気がするが、まあいいか別に。

 

「このボタン、主砲の音になってるんだ~」

 

「この音は90式ですね」

 

「さすが戦車喫茶ですね」

 

「ああ……、もはやこの音を聞くと快感になっている自分が恐い♪」

 

 武部のやつは戦車に染まってんな完全に。いや別にそれが悪いとかは言わないが、あいつの目指すモテ道からは確実に離れていってるのに気づいているんだろうか?

 まあいいか、本人が楽しそうだしそれで。

 

「そういえば比企谷殿、コーヒーはわかるのですがなんで練乳なんですか?」

 

「ん? ああ……あれか、あれはだな」

 

 俺が説明をしようとしたらちょうど戦車がケーキを運んできた。

 

「あ……なにこれ?」

 

「これ、ドラゴンワゴンですよ」

 

「かわいい~」

 

 やっぱり西住の感性はどこかずれていると思う。このドラゴンワゴンを見てかわいいという感想が出てくるあたりがその証拠だな。

 

「ケーキもかわいいです」

 

 まあ、たしかにケーキはかわいいな、小町に食わせてやりたいからあとでテイクアウトできるか聞いてみるか。

 いやちょっとまて、五十鈴さん?あなた今、ケーキもって言いました?おかしいな、それだとドラゴンワゴンもかわいいみたいに聞こえるんだが、もしかして俺の感性がおかしいのか?

 そういえば五十鈴のやつも独特な感性をしてたな。

 なに? 家元のやつらは感性を対価にしないと才能を得ることができないの? 等価交換なの?

 島田さんちのあいつも西住と一緒で独特な感性してるし、あながち俺の考えは間違ってないのかもしれないな。

 

「ごめんね……、一回戦から強いとこと当たっちゃって」

 

 どうやら西住は先程の抽選会のことをまだ気にしてたようだ。

 

「サンダース大付属ってそんなに強いんですか?」

 

「強いっていうかすごくリッチな学校で、戦車保有台数が全国一なんです!」

 

「ある意味では初戦に当たること自体はそこまで悪くはないだろ、西住もあんま気にすんなよ」

 

「比企谷殿の言う通りですよ、なんせ相手は一軍から三軍まであるらしいですし」

 

「たしかにそうだね。公式戦の一回戦では戦車の数が十両までって限定されてるから……砲弾の総数も決まってるし」

 

「でも十両って……、軽くうちの倍じゃん!それって勝てないんじゃ……」

 

 まあそこがネックなところではあるな。

 

「単位は?」

 

「負けたらもらえないんじゃない?」

 

 武部の言葉を聞いたとたん、冷泉はフォークを片手にケーキをおもいっきり突き刺す。それを無表情でやるもんだから少し猟奇的に見えたのは俺だけじゃないはずだ。

 

「それより全国大会はテレビ中継されるんでしょ? ファンレターとか来たらどうしよう~」

 

 安心しろ武部、それは絶対にない。

 

「生中継は決勝だけですよ?」

 

「うんじゃあ、決勝に行けるようガンバロ~」

 

 そういいながら武部はケーキを頬張る。

 まあやる気を出す分には構わないんだが……、こんな理由で全国大会の決勝を目指す奴なんて武部ぐらいだろうな。

 

「ん? ほら、ミホも食べて食べて!」

 

「あ、うん」

 

「――副隊長?」

 

 副隊長? なんだ? いきなり。そんなやつこのメンバーにいたっけか?

 声のした方を見てみると二人の女子生徒が立っていた。

 ん?片方の女性になんか見覚えがあるようなきがするんだが、俺の気の所為か?

 

「あ、元、でしたね」

 

 そしてなんとも含みのある言い方だな。

 その一言でなんとなくわかった。こいつら黒森峰か。たしか西住は副隊長をやっていたはずだ。

 そうなると今しゃべっている方ではなく、どことなく西住に似ているこの人が……。

 

「お姉ちゃん……」

 

 ……になるわけか。西住もまさかここで会うとも思っていなかったのだろう、驚いている。

 そしてなんか西住の姉ちゃんから一瞬視線を感じたんだが……、どことなくこの視線には覚えがある。なんだっけな?

 ……思い出した。俺と小町が一緒にいるときによく感じる視線だ。その発生源が親父なのには今は触れないどこう、今はそっちではなく視線の意味。

 親父の場合ならかわいい娘に近づいてんじゃねー、みたいなニュアンスになるんだろうが、この人の場合はというと……、簡単だな。かわいい妹に近づく不埒な虫を排除しようとする目だ。

 俺も時折、小町が同級生の男子と話しているときなどにその視線を送るからよくわかる。

 父さん! 妖気です! ばりに俺のアホ毛にびびっと来た気がする。つまりこの人は俺と同様シスコンってわけか。

 まじで?なんか西住から聞いてたイメージとだいぶかけ離れている気がするんだが……。

 

「まだ戦車道をやっているとは思わなかった……」

 

 その言葉、西住を含めほかのやつらも額面通りに受け取ってるんだろうな。ところがどっこい俺からすれば意味が全然変わってくる。

 これは西住が戦車道をやっていること自体に文句があるのではななくむしろ逆、あんなことがあったのに戦車道を続けて大丈夫なのか ?的な感じに心配をしているのだ。

 俺が言うのもなんだがはっきり言ってわかりにくすぎるだろ。もうちょっと言葉を付け加えるだけでだいぶ変わると思うんだが。

 たぶんこれ、西住は自分が嫌われていると思ってるんだろうな。そして西住のその態度で西住の姉ちゃんも西住から嫌われていると思っていると……。

 なんかすごくすれ違ってるんだがこの姉妹。いっそのこと気づきたくなかったなこの事実。なまじわかってしまった所為で見ていてもどかしく感じるんだが。

 

「お言葉ですが、あの試合のみほさんの判断は間違っていませんでした!」

 

「部外者は口を出さないでほしいわね」

 

「……す、すいません」

 

 西住のことを庇おうと秋山が突貫したがあっけなく撃沈。しょうがない、助けてやるか。俺もさっきから聞いていて少しだけイラッと来てたしな。

 

「なら、部外者じゃなきゃいいんだろ?」

 

「なんなのあんた? いつからそこに?」

 

 いやいや最初からいたよね? 俺のことなんか視界にも入ってないってか。

 まあ、今はそんなことはどうでもいい。

 

「俺のことはどうでもいいんだよ。さっきの話、つまりは関係者なら口を出していいってことだろ?」

 

「関係者? そんなのがどこにいるってのよ」

 

「ここにいるだろ。おい、西住」

 

「……え、私?」

 

「お前以外に誰がいるんだよ。ここであの時やったことの気持ちを言ってやれ」

 

「ふーん、聞かせて貰おうじゃない」

 

 こいつ、絶対西住がなにも言えないとか思ってるんだろうな。

 最初俺に指名されて戸惑っていた西住も自分がなにをすべきかはわかったのだろう。左手を胸のほうにやり、ギュッと握る。

 

「わ、私は……あの時やったことは、間違ってないと思ってます」

 

 最初にどもりはしたこそ、西住のその言葉に迷いはない。

 

「あなたの所為で10連覇を逃したのをわかって言ってるの?」

 

「……それでもあの時、私がやったことに後悔はないです」

 

「……っ!」

 

 黒森峰から戦車道から逃げ出した西住のままならそうだったのかもしれないが、生憎今いるこちらの西住はボコのように何度やられても立ち上がるんだよ。

 そして少なからずその言葉には動揺が隠せないよう。お姉ちゃんのほうはそうでもないんだが、えっと……名前がわからんな。

 

「なぁ秋山、あいつなんて名前なんだ?」

 

「たしか、逸見 エリカ殿だったかと。今の黒森峰の副隊長ですね」

 

 なるほどイッツミーね。

 

「一回戦はサンダース付属と当たるんでしょ? 無様な戦い方をして西住流の名を汚さないようにね」

 

 見事な捨て台詞を言うもんだ。

 

「なあ、一つ聞きたいんだが、西住流がそんなに偉いのか?」

 

「さっきからなんなのあんた? 男は戦車道に関係ないんだから黙ってなさいよ!」

 

 先程の西住の件でだいぶ苛立ってらっしゃる。だが残念だったな、俺は関係してるんだよ。だから言わせてもらう。

 

「いやいやそれが関係あるんだよ。なんせ俺、戦車道の全国大会に出るもんでね」

 

「は? なにを言って……まさか、あんたが今噂になっている張本人なの?」

 

 どんな噂が流れているかは知らんが、どうせ碌なもんじゃないだろうしどうでもいいけど。

 

「俺からもひとつ忠告しといてやるよ。視野は広く持った方がいいぞ。一つのことに固執しすぎるとどっかの誰かに足をすくわれるぜ?」

 

「それがあなたたちとでもいいたいの? それじゃあ言わせてもらうけど、戦車道に対して失礼じゃないの?」

 

「は? なにがだよ?」

 

「無名校のくせに……。この大会はね、戦車道のイメージダウンになるような学校は参加しないことが暗黙のルールなの。しかもよりにもよって男なんて連れてくるなんてなにを考えてるのかしら、あなたたちは?」

 

 なんか最近普通に受け入れられてたから久しく忘れていたが、普通男が戦車道とか言ったらこの反応が当たり前なんだよな。

 それにしても暗黙のルールねぇ。

 

「強豪校が有利になるように示し合わせて作った暗黙のルールとやらで負けたら恥ずかしいな……」

 

 冷泉のやつが俺の思ってたことをそっくりそのまま言ってくれた。あとでケーキでも追加で食わせてやるか。あ、今、金がないんだった。

 

「えっと逸見だったか?」

 

「なに? 気安く呼ばないでくれるかしら」

 

 それだと「おい」とか「お前」になるんだが、まぁいい無視しよう。

 

「とりあえずあれだ。もし俺たちが勝ったら西住に謝れよ。俺が負けたら土下座でもなんでもしてやるから」

 

「は、八幡くん! それはいくらなんでも……」

 

「いいわよ別に、万が一にもそんなことはないでしょうけど」

 

 よほど勝つ自信があるのだろう、その表情には微塵も敗北の二文字はないな。

 

「隊長そろそろ行きましょうか、……隊長?」

 

 なんだ? どうしたんだろうか? 何かを考え込んでいるのか?

 

「……君、名前は?」

 

 西住のお姉さんは考えが終わったかと思ったらいきなりそんなことを言ってきた。

 

「は? え、俺ですか?」

 

「ああ」

 

「……比企谷、八幡ですけど」

 

「なるほど……。エリカ、私は彼と話があるから先に行っててくれ」

 

「な!? 隊長! で、ですが……!」

 

「エリカ」

 

「わ、わかりました……。そこのあんた、隊長に変なことしたら承知しないから!」

 

 いやしないから。

 

「ここではなんだから席を移動しようか」

 

「あ、はい」

 

 ということで冒頭に戻るんだが、まじなんなんだろうか? 俺はこの人と面識はないはずだが……、もしかして小町が関係してるんだろうか?

 

「それで話というのは……」

 

「俺の妹、小町のことですか?」

 

 俺から切り出すと、すこし意外だったのか表情が一瞬変わったがまたすぐに戻る。

 

「ああ、今黒森峰だけではなくほかの高校もこぞって君の妹を入れたがってるのは知っているだろ?」

 

「まあ…それはさすがに。でも小町は大洗に入るつもりですよ?」

 

「それも知っている。頭が痛い話だが、どうやら私の高校含めほかの高校もあきらめてはいないらしいんだ」

 

 小町のやつをそこまでして入れたいのか。

 

「それで?」

 

「たぶんだが、もう君の家に各高校の招待状が届いてるはずだ」

 

「招待状?」

 

「簡単に言うと、体験入学という形で学校を知ってもらい、あわよくば入学してくれることを期待しているのだろう」

 

「それはまた……」

 

 小町がめんどくさがるわけだ。戦車道がある学校がいくつあると思ってるんだ? 少なくとも二桁は超えるだろうからそれだけでも嫌になるな。

 それを全部体験入学とか現実的に無理だろ。

 

「君に言ってもしょうがないのだが、一言謝っておこうと思って話をさせてもらった」

 

 この人もわざわざ律儀だな、自分は関係ないだろうに。

 

「それはどうも。それより西住……妹さんの学校のこととかは俺に聞かなくていいんですか?」

 

「なぜ?」

 

 なぜもなにもないんだが、あくまで自分は西住に興味がないと言わんばかりの態度である。

 

「だって好きでしょ?」

 

 ガタッ!!

 お、おう、すごく動揺してらっしゃる。今のは俺の言い方がまずかったか? いやでもなぁ、正直こんな反応をされるとは思ってもいなかった。

 

「どうしてそう思う」

 

 冷静なふりをしてるけど握ってるカップが微妙に震えてますよ? まさか他人に指摘されるとは思わなかったんだろうな。

 

「なんて言ったら……えっと、仕草、目線ていえばいんですかね。あなたが妹さんを見るときの目でなんとなくそうなのかと」

 

「それだけで?」

 

 これにはさすがに西住のお姉さんも驚いている。長年培ってきた人間観察の賜物だな。

 

「あとは俺のことを一瞬睨んだでしょ?勘違いだったらすいませんけど」

 

「……君は人のことをよく見ている」

 

 どうやら俺は間違っていなかったらしい。そもそも俺が間違ってるとは微塵も思ってなかったけど。

 

「俺の意見でいいなら学校でのことを答えますよ?」

 

「そうか……。なら、単刀直入に聞こう。君とみほは付き合ってるのか?」

 

 思わず飲んでいたお手製MAXコーヒーを吹き出しそうになった。最初に聞く質問がそれですか……。いや俺でもたぶん最初にそれを聞くと思うんだが、この人隠す気がなくなったんだろうか?

 あとどうでもいいが、MAXコーヒーは先程持ってきてもらった練乳とコーヒーで作れるので覚えておこう。

 

「どうしてそう思うんですか?」

 

「みほはああ見えて人見知りが激しい。だから男子と一緒にいるのはよっぽどのことがない限りないと思ってな」

 

 まあたしかに、西住は人見知りなところがあるとは思うが、そこまではないと思うんだが。俺が言うのもなんだが過保護すぎない?この人。

 

「まず俺とはそういう関係じゃないんで安心してもらっていいですよ」

 

「そうか……」

 

 よほどそのことが気になっていたのだろう。すごくホッとしている。わかりづらいけど。

 

「でも、一つ謝っておくことが」

 

「なんだ?」

 

 こわっ! ちょ、まじでその目はやめてください。下手すると視線だけで人を殺せそうな勢いである。いや、まじで。

 

「え、えっと……、西住が戦車道を大洗で始めた原因が俺にあるんですよ」

 

「君に?」

 

「ええ、だから謝っておこうかと」

 

「……そうき。みほが選んだことだ、君が気にすることもないだろう……。しかしあのみほがまた戦車道を始めるとはな」

 

「そんなに意外ですか?」

 

「みほが黒森峰を離れる原因になった試合は知っているだろうか?」

 

「……ええ」

 

「みほが黒森峰を離れた時は戦車道をやめるものだと……。みほは優しすぎる、西住流とはもともと相いれなかったのだろう」

 

「…………」

 

「どうした?」

 

「いえ、俺にそんなことまで話してよかったんですか?」

 

 俺に言われて気づいたらしい、意外な顔をしてらっしゃる。

 

「言われてみるとそうだな。そもそも私がみほのことで誰かに話をしたことがなかったからかもしれない。それに……」

 

「それに?」

 

「君はなんとなく信用が出来る。みほも心を許しているようだし」

 

「そんなことは……」

 

「そんなことはあるよ。みほは人を見る目がある。君はよほど信頼されてるよ……。それこそ私よりも」

 

 それはいくらなんでもいいすぎだろう。

 

「それに先程のみほには驚かされた。大洗に転校したことはみほにとって間違いではなかったようだな……」

 

 一瞬、本当に一瞬だが、そこには西住流の西住 まほでなく、一人のお姉ちゃんとしての彼女が垣間見えた気がした。

 

「俺のことはこの際置いときましょう。西住とは話をしないんですか? 西住のお姉さん」

 

「ん? あぁそういえばまだ自己紹介をしていなかったな。私は西住 まほだ」

 

 いや、俺は名前を知らなかったから呼ばなかったわけじゃないんですよ。ただ単純に西住と呼び分けるときに名前呼びをしないといけなくなるからしなかっただけなんで。

 

「それより話を戻しましょう」

 

「私がみほと話をしないかだったか?……それはしない方がいいと思う」

 

「それはまたなんで?」

 

「みほはあの試合以来、私と顔をあわせるとつらそうにする。だから……」

 

「だから、近づかない方がいいってことですか?」

 

「あぁ、私はみほに嫌われてるようだしな」

 

「そんなことはないと思いますよ? 西住のやつ、お姉ちゃんやお母さんに認めてもらえるよう自分の戦車道を探すって言ってましたし、嫌いな相手ならそんなことしなくていいでしょ?」

 

「……みほがそんなことを」

 

「ええ」

 

「君も物好きだな。私たちのことなど放っておけばいいものを」

 

 そういえば俺はなんでこんなに関わっているんだろうか?

 理由は至ってシンプルだった。

 

「昔の俺と小町を見てるようでもどかしかったんですよ」

 

「……そうか、今日は話を聞いてくれてありがとう」

 

「西住とは話していかないんですか?」

 

「エリカを待たせているし、なにより私の気持ちの整理がまだつきそうにない」

 

「……そうですか」

 

「みほのことを頼む、八幡」

 

「いや、えっと……、とりあえず、なんで名前呼びなんですか?」

 

「なにかおかしかっただろうか?」

 

 おかしいよね?え?おかしくない?というか西住といいこの人といいなんで基本的に名前呼びなの?

 

「いえ、なんでもないです」

 

 俺はあきらめた。だってどうやっても説得できそうな気がしないのだ。西住以上に頑固そうだしこの人。

 

「今日はエリカがいろいろ失礼なことを言ったと思うが許してやってくれ。それと連絡先を交換しておこう。もしみほのことでなにかあったら連絡をくれると助けになれると思う」

 

 そういって西住のお姉さんは去っていった。

 そしてなぜだか俺の連絡先が増えた。

 まぁいい、俺も帰るか。なんか忘れてる気もするが…そうだったテイクアウトできるか聞かないと。

 

「ひ~き~が~や~、私たちに何の説明も無しに帰るつもり!」

 

 そういえば武部たちもいたんだっけか。

 

「すまん忘れてた」

 

「それは話すことを?それとも私たちのことを?」

 

 両方です! とか答えたらなんかやばさそうなのでやめておこう。俺だって命は惜しい。

 

「だいたい敵の大将となにを話してたの!」

 

「まあまあ、沙織さん落ち着いて」

 

「まあ基本的には世間話とか小町のことでな」

 

「小町ちゃん?」

 

「ああ、なんか小町宛てにいろいろな高校から体験入学の招待状が来るらしいからそのことで話してた」

 

「小町ちゃん、比企谷と違ってすごいんだね」

 

 あの武部さん? わざわざ俺を引き合いにださなくてもいいよね? 小町のことだけ素直に褒めといてくれよ。俺に被弾させるのはやめてくれ。

 

「あ、それと西住」

 

「どうしたの?」

 

「……いや、やっぱなんでもない」

 

 これは俺がわざわざ言うことじゃないな。きちんとあの人から直接聞いた方がいいだろう。

 

「そう?」

 

「ああ……」

 

 

 ====

 

 

 あの時、八幡君なんて私に言おうとしたんだろ?ちょっと気になるな、お姉ちゃんとも話してたみたいだし……。

 

「寒くないですか?」

 

 私は今、学園艦のデッキにいる。優花里さんがどうやら心配してわざわざ来てくれたみたい。

 

「あ……うん、大丈夫」

 

「全国大会……、私は出場できるだけで十分です。他の学校の試合も見られるし、大切なのはベストを尽くすことです!それが例え負けたとしても……」

 

 勝つことがすべてじゃない、のかな?どうなんだろ、私は今まで勝つことでしか西住流としての自分が存在しないと思ってたけど。大洗のチームのみんなを見ていたらそれだけじゃないのかもしれない、と思っている自分もいる。

 

「それじゃあ困るんだよね~」

 

「絶対に勝て!」

 

「え?」

 

「我々はどうしても勝たないといけないのだ!」

 

「そうなんです、だって負けたら……」

 

「しーっ!」

 

「あ……、」

 

「まあとにかく!すべては西住ちゃんの肩にかかってるから。今度負けたら何やって貰おうかな~、考えておくね」

 

 そういって会長さんたちはこの場を去っていきました。

 

「あ、だ、大丈夫ですよ!頑張りましょう!」

 

 サンダース付属に勝つには……。

 

「初戦だからファイアフライは出てこないと思う……。せめてチームの編成がわかれば戦いようがあるんだけど」

 

 この時私が何気なく言った一言で優花里さんがあんなことをするなんてその時の私は思ってもいなかったんです。

 


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