間違いながらそれでも俺は戦車に乗るのだろう。   作:@ぽちタマ@

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彼女は意外な一面を見せ、彼は自分の気持ちを再確認する

 雪ノ下が言っていた俺の噂。たぶんだが、戦車道のやつらも知っているだろう。そのせいで戦車道の全国大会に支障がでないとは限らない。

 とりあえず、西住たちから聞いていくか。誤解が解けるかどうかはわからんが。

 

「え? 比企谷の噂?」

 

「……ああ」

 

「それって、八幡くんが生徒会を脅して無理やり戦車道を選ばせたって言われてるあれかな?」

 

「そんな噂があるんですか?」

 

「華はそういうのに疎いからね」

 

「ちなみに私もその噂は知っているぞ、比企谷……」

 

「私もです、比企谷殿」

 

 つまり五十鈴以外は全員知っているわけか。

 

「そうか……。あのな、信じてもらえ――」

 

「ストップストップ! 比企谷、なにを言おうとしてるの?」

 

「なにって、そりゃあ……」

 

「自分がやってないってことを言いたいの? 私たちに?」

 

 なにが言いたいんだ武部のやつは?

 俺はなにも言わなかったが、それだけで武部のやつは察したのだろう。

 

「そういうの言わなくていいから」

 

 つまりは俺の言い訳も聞きたくないってことか……。

 この調子じゃほかのやつらもこんな感じかもしれんな。そうなると俺の所為でぎくしゃくする可能性がある、それならいっそ俺が戦車道を……。

 

「比企谷、なにを勘違いしてるかしらないけど、別に私が言いたいのはそういうことじゃないの!」

 

「は? なんで怒って――」

 

「信じてないから」

 

 だろうな。だから……。

 

「私たちは噂なんて信じてないから!」

 

「は?」

 

「そうですよ比企谷殿!」

 

「八幡さんがそんなことするなんて誰も思ってませんよ?」

 

「右に同じく……」

 

「ボコが好きな人に悪い人はいないから」

 

 西住よ、それが理由なのはどうなんだ? いや、言いたいことはわかるんだが。

 

「……じゃあ、なんで怒ってるんだよお前は」

 

「わからない?」

 

 わかってたら苦労はしてないんだがな。

 

「怒ってるのは私だけじゃないよ?みんな怒ってるんだからね?」

 

「だから――」

 

「ここまで言ってもわからないの!? 私たちは比企谷のことを信用してるのに、比企谷は私たちのことを信用してないから怒ってるんだよ!?」

 

 一瞬なにを言われてるかわからなかった。

信用してる? 誰が誰を? 西住たちが俺を? なんで……。

 

「なんでとか思ってるんじゃないでしょうね、比企谷」

 

「いや、なんで俺の考えがわかるんだよ武部……」

 

「比企谷がわかりやすいだけでしょ」

 

 そんなことはないと思うんだがな。むしろわかりにくいだろ俺は。

 

「あのね、私たちは今まで比企谷のことを見てきたの!

その私たちが今更変な噂が流れた程度で騙されるわけないでしょうが!」

 

「いや、そうは言うがな……」

 

「もう! 言い訳しない!!」

 

 武部のものすごい剣幕に俺は黙るしかなかった。

 

「いい、一度しか言わないからね! 私たちは比企谷を信用してるの! 異論は一切受け付けないから!!」

 

「お、おう……」

 

 武部はそう言い終わると真っ赤な顔で倉庫の隅っこへ行ってしまった。

な、なんだったんだ? そして、やだもー!とか叫んでるんだが。

 

「八幡くん」

 

 西住が俺に近づいてくる。

 

「とりあえず、すまんかった……。それでなんで武部は隅っこに行ったんだ?」

 

「青春ですね~」

 

 いや五十鈴さんよ。それは答えになってないんじゃ……。

 

「たぶんもう少ししたらもとに戻るから気にするな、比企谷……」

 

 冷泉が言うんなら間違いないと思うんだが。

 

「とりあえず、俺はほかのチームのところに行って説明してくる」

 

 西住たちは勘違いしてないのはわかったが、ほかのやつらがどうかはわからんからな。

 

「私の言ったこと聞いてなかったの、比企谷!」

 

 お、おう……。武部さんよ、もう復活したのか。

 

「いや、ちゃんと聞いてたから、なんなら復唱して……」

 

「さっきのことは今はいいから!」

 

「いや、どっちだよ。言ってることめちゃくちゃだぞ」

 

「ほかのみんなも一緒だから!」

 

「なにがだよ……」

 

「私たちと一緒だから!」

 

 つまりはほかのやつらも俺のこと信用してるっていいたいのか。

 というか武部よ。どんどん語彙が少なくなっているのは俺の気の所為じゃないよな? あれか? まだ立ち直ってないのに無理に来たのか?

 

「いや、それはないだろ……」

 

「大丈夫だと思うよ、八幡くん」

 

「西住、そうは言うがな……」

 

「さっき会長さんたちがみんなに言ってたんだよ」

 

 は? 会長って、あの会長?

 

「なにを?」

 

「今流れてる噂は嘘っぱちだから、気にしないようにって」

 

「まじ?」

 

 西住たちはうんうん頷ている。

 あの人、今度はなにを企んでいるんだろうか? 俺になにかさせるつもりなのか?俺が疑心暗鬼に陥っていると。今度こそ復活した武部が。

 

「あれは私の見立てではそうとう怒ってたね、会長さん」

 

「そうでしたか? いつもと変わりはないように見えましたが」

 

「西住から見てどうだった?」

 

「え、私もいつもと変わらないように見えたけど……」

 

「あ、あれ? 私だけ? それなら勘違いなのかな?」

 

「そりゃそうだろ。そもそもなんであの会長さんが怒るんだよ」

 

「え、比企谷を心配してとか?」

 

「あの人がか? それこそ一番ありえないだろ」

 

 とりあえずはもう大丈夫そうだな、結局俺の一人相撲だったわけか。まあ、全国大会に影響がなくてなによりだな。

 

 

 ====

 

 

「河島~、情報は集まった?」

 

「はい。噂の出所を突き止めて、その首謀者と関係者をリストアップしております!」

 

「ご苦労だったね。干し芋食べる?」

 

「いえ、結構です」

 

「しっかし、今時腹いせに噂を流す奴もいるもんだねー」

 

「たぶん目的が、比企谷が戦車道をやめるようにしようとしたと思われますが……。そもそもあんなので比企谷が辞めるでしょうか?」

 

「川嶋もまだまだ比企谷ちゃんのことをわかってないねー」

 

「は? それはどういう…」

 

「あの子は自分が戦車道のみんなに迷惑をかけるぐらいなら自分から出ていくよ、絶対に」

 

「ぜ、絶対にですか?」

 

「うん! だからこんなことした人にはちょっとお仕置――っと間違えた、罰を与えないとね」

 

「ねえ、桃ちゃん。会長もしかして怒ってる?」

 

「もしかしてじゃない、怒ってらっしゃるんだ……」

 

「ん~、どうかした? 河嶋、小山?」

 

「い、いえっ、なんでもありません!」

 

「大丈夫です!」

 

「そう? ならいいけど」

 

「というか会長はなんでほかの男子を雑用として戦車道に入れなかったのかな?」

 

「選択授業にそもそも定員があるのは知ってるだろ?」

 

「そうしないと、偏っちゃうからだよね?」

 

「そうだ。そしてもともと戦車道の定員は設けられていない」

 

「うん。だからなんでかなーって?」

 

「それはあくまで女子の話だ。男子はそもそも枠が設けられていないんだ」

 

「え? じゃあ、比企谷くんはなんで……」

 

「会長権限で直々に入れたことになる」

 

「なんか会長がそういうことするのって珍しくないかな?」

 

「珍しいという話じゃないだろ。会長は基本的に横暴に見えるがその実、ちゃんと私たちのことを考えて行動してらっしゃる」

 

「じゃあ比企谷くんは……」

 

「たぶん会長のお気に入りなんだろうな。それに手を出したやつらがどうなるかは考えないでおこう」

 

「それじゃあ、もし私たちが比企谷君にちょっかいだしたら怒られちゃうの?」

 

「それはないだろ。たぶん今回は比企谷を戦車道から引き離そうとしたから会長の逆鱗に触れたんだ」

 

「どういうこと?」

 

「自分のおもちゃが取られたら子供は怒るだろ?そういうことだ」

 

「あ、いーけないんだ桃ちゃん。会長のこと子ども扱いしたら」

 

「い、今のは言葉の綾だ、問題ない! というか桃ちゃんと呼ぶなっ!」

 

「ほらっ、河島、小山、いつまで無駄話してんの? さっさと行くよ!」

 

「わ、わかりました!」

 

「は~い」

 

「絶対、さっきのことを言うなよ……!」

 

「それは桃ちゃん次第じゃないかな~」

 

「ぐぬぬ、人の足元を見おってからに」

 

 

 

 ====

 

 

 そして次の日。俺は今、奉仕部に来ている。

 今日は戦車道のやつらが戦車の色をもとに戻しており、その間暇になるので休憩がてら部室を使っている。こういう使い方が出来るなら、この部活もありっちゃありだな。

 

「比企谷くん、ここは喫茶店ではないのだけど……」

 

「気にするな雪ノ下、飲んだらすぐに出ていくから」

 

「そういう問題かしら?」

 

 そういうもんだろ。だいたいこの部活動は基本的に暇なのだ。依頼がない限り、俺たちが動くこともないしな。のんびりできる。

 

「やっはろ~! あれ? 今日はヒッキーいるんだ?」

 

「ああ、今戦車を塗り替えてるんだが、俺は別にやる必要がないからなここで一服してる……。あとヒッキー言うな」

 

 なぜか由比ヶ浜は何回言ってもヒッキーと言うのをやめない。今も俺が言ってるが、ほとんど聞こえてないんじゃないかってレベルで無視をされる。別に耳が悪いわけではなく、俺が小声で悪口など言ったりするとすぐさまに文句を言ってくるのだ。

 まあ悪口ってなんでか小声でいってもわかる時があるよな? 小学生のころ相手は聞こえてないつもりでも、こっちには普通に聞こえたりするだよなー。

 

「ヒッキー、なんかいいことでもあった?」

 

 なんだ? 藪から棒に。

 

「どういう意味だ?」

 

「なんかいつもより目が腐ってないよ?」

 

「気のせいだろ」

 

 俺の目がそう簡単に治るわけがない。年季が違うんだよ、年季が。

 

「うーん、そう言われるとそうかも?」

 

 なんで疑問形なんだよ。無駄に俺を期待させるな由比ヶ浜。

 

「あ、そうそう、あの噂聞いた? ヒッキー」

 

 さっきのことはもう興味がなくなったのか。

 

「なんだ、また俺の噂かなんかか?」

 

「ううん、今回はなんか違うみたい」

 

「そうなのか?」

 

「うん、なんかねヒッキーの噂を流してた人が自分から白状して校内周ってるらしいよ?」

 

「は?」

 

 なにそれ? 普通に怖いんですけど。なにがあったらそうなるんだよ。

 

「……比企谷くん、あなた何をしたの?」

 

「いや、俺を疑う気持ちもわからんくもないが。マジで俺はなんもしてないぞ?」

 

 しかし誰がなんの目的でこんなことしたんだろうか?

もう正味、戦車道のやつらが勘違いしてないと分かった時点で俺はこの噂のことはなんとも思ってなかったからどうでもいいんだがな。

 

「ね、ねえ、ヒッキー、今日は時間があるの?」

 

「ん? ああ、少しなら余裕はあるが、なんでだ?」

 

「私のクッキー作りを手伝ってくれないかな?」

 

 それなら雪ノ下に頼めばいいだろうに。そういえば雪ノ下がこの話になった時珍しく遠い目をしていたな。なんかそれはそれで由比ヶ浜の料理が気になるな。

 

「雪ノ下、お前も来い。とりあえずお前らの作業を見せてもらって判断するわ」

 

「言われなくても、あなたと由比ヶ浜さんを二人きりにするつもりは最初からないわよ?」

 

 こいつまじでぶれないな。いや俺も由比ヶ浜と二人きり無理だから、別に嫌いとかそういうわけではなく。普通に無理、そもそも俺と由比ヶ浜はほとんど接点がないのだ会話が続くわけがない。むしろ雪ノ下に来てもらわないと俺が困る。

 そして調理室へと向かった。

 由比ヶ浜たちにいつもどおりやってくれと頼んだのだが、これまじ?なんか調理場がなんといえないぐらいにカオスになっている。正直俺の語彙力じゃこの惨状を表現できない。とりあえずできたクッキーは真っ黒焦げである。

 

「なぜか途中からクッキーが違う物体に変わるのよね?

なぜかしら?」

 

 むしろなんで生地だけでそこまでいけるのかが不思議すぎる。

 

「う~、やっぱり私、才能ないのかな?」

 

 これは本人のためにきちんといっとかないといかんな。

 

「まあ、無いだろうな。問題はそこじゃないけどな」

 

 由比ヶ浜たちの調理を見ていて気付いたことがある。

 

「やる気とでも言うつもり? それは……」

 

 俺は雪ノ下が最後まで言い切る前に被せる。

 

「だれも由比ヶ浜にやる気がないと言ってないだろ。むしろそんなことは最初から分かりきってることだ」

 

「どうしてそう思うのかしら?」

 

 雪ノ下は俺から遮られたことにご立腹なのか、イライラしてるな。

 

「簡単な話だ。由比ヶ浜は俺が来るより前から奉仕部に依頼に来てたんだろ? それで由比ヶ浜にやる気がなかったら、雪ノ下、お前が今も手伝ってるわけがないからな」

 

 雪ノ下は頑張ろうとしないやつを手伝うほど優しくはないはずだ。それがたとえ見知った相手ででもそれは変わらないと思う。むしろ知っている分厳しい。……もっと俺に優しくしろ。

 

「それは……そうね」

 

 どうやら俺は間違っていないらしい。というか問題はそこじゃないのだからさっさと進めよう。

 

「で、でも、ヒッキー、それなら何が問題なの?」

 

「由比ヶ浜の才能でもないやる気でもない、なら残るのは一つだろ」

 

「……つまり、あなたは私が原因だと言いたいのね、比企谷くん?」

 

 まあつまりはそういうことになる。

 

「ああ、もちろん全部雪ノ下が悪いと言うつもりはないが」

 

「あら、どういう風の吹きまわしかしら?」

 

「変に勘繰らなくていい。別に事実を言ってるだけだ」

 

「でも、ゆきのんの説明に変なところはないと思うよ?」

 

 そりゃあそうだろ。雪ノ下の説明は模範通りとも言える。故に問題でもあるんだがな。

 

「簡単な話、由比ヶ浜と雪ノ下じゃ練度が違うんだよ」

 

「れ、れんど? どういう意味ヒッキー?」

 

 由比ヶ浜にはわかりにくかったか。

 

「そうだな、レベルっていったらわかるか?」

 

「そ、それならなんとか……」

 

 逆に雪ノ下がわからないような顔をしているが今は由比ヶ浜に理解してもらうのが最優先だ。

 

「じゃあ由比ヶ浜、雪ノ下がレベル100、お前がレベル1だとするだろ?」

 

 俺の発言に落ち込んでいるんだが由比ヶ浜のやつ。

 

「たとえだからいちいち気にするな」

 

 まあ、多分実際もそんぐらい差がありそうではあるけど。

 

「う、うん……。わかった、それで?」

 

「二人とも魔法使いとしよう、その場合同じ炎の魔法を使ったとして同じ威力になると思うか?」

 

「え? 何言ってんのヒッキー? なるわけないじゃん」

 

 そう、なるわけがない。レベルもとい経験値とでもいえばいいのだろうか? それに差があるのだ。

 

「ならそのまま今の状況に当てはめてみろ、由比ヶ浜」

 

「え? えっと……どうなるの?」

 

「すまん、俺が説明するわ……」

 

 由比ヶ浜に任せた俺が馬鹿だった。

 

「ご、ごめん」

 

「この場合は魔法が調理、レベルがまあ練習した数だと思え。そして炎がクッキーに、威力が味になるわけだ」

 

 へぇーと由比ヶ浜は言ってるが、きちんと理解してるんだろうか?

 

「で、さっき言ったことを踏まえて同じことを聞く。雪ノ下と由比ヶ浜、同じクッキーが出来ると思うか?」

 

「あれ? ……できない」

 

 そいうことだ。それともうそろそろ雪ノ下も気づいただろう。俺が何を言いたいか。

 

「つまり比企谷くん、あなたは私のやり方では由比ヶ浜さんがクッキーを作れないと言いたいのね?」

 

「ああ……」

 

「でも私はレシピ通りに由比ヶ浜さんに教えてるだけよ?」

 

「だから、そこがそもそも間違ってるんだよ」

 

 理由は簡単。

 

「お前の常識と由比ヶ浜の常識を一緒にするな」

 

「ねえヒッキー、それって私に常識がないって言ってるの?」

 

「違うから、そういう意味じゃねぇよ」

 

 あと由比ヶ浜、お前が今持っているフライパンはなにかな? 先生は怒らないから正直に言いなさい。

 

「じゃあどういうことなの?」

 

「由比ヶ浜のクッキー作りを俺に任せてくれ。そうすればわかるぞ」

 

「え? ヒッキー料理出来たんだ」

 

「まあな、専業主夫目指してるからな」

 

「え、それって……」

 

「それ以上はなにも言うな」

 

 正直、武部に言われてるからなにを言いたいかは大体わかる。

 

「で、どうだ雪ノ下? この勝負受けるか? 負けるのが恐いなら別に無理にとは言わんが」

 

「いいわ。あなたのその安い挑発に乗ってあげるから感謝しなさい」

 

 やっぱりこいつ負けず嫌いかよ。うすうすそうじゃないかと思ってはいたが……。それにしてもちょろい、ちょろすぎますよ雪ノ下さん。そして煽り耐性なさすぎだろこいつ。

 

 

 ====

 

 

「入ってきていいぞ、雪ノ下」

 

 俺に言われて雪ノ下が調理室に入ってくる。で、そこにはクッキーがあるわけだ。

 形は多少歪だが、黒焦げにはなっておらず、クッキーと言っても差し支えないものがそこにある。さっきまでと比べると雲泥の差だな。逆に言うとさっきまでのやつが下手すると食べ物というカテゴリーに入れていいかすら怪しいとこだけどな。

 そして少なからず雪ノ下のやつも驚いてるな。

 

「……あなた、これはなにをどうやったのかしら?」

 

「お前とやったことはたいして変わらん。由比ヶ浜にクッキーの作り方を教えただけだ」

 

「……それなら、私と一体なにが……」

 

「由比ヶ浜、この際正直にいってくれ。俺の説明はどうだった?」

 

「えっと、ゆきのんには悪いけど……。すごくわかりやすかった」

 

 その由比ヶ浜の発言に雪ノ下は顔を歪める。まあ俺みたいなやつに負けたのと、由比ヶ浜に言われたのが堪えたんだろうな。

 

「で、さっきの話に戻るが、雪ノ下と由比ヶ浜、二人の常識が一緒じゃないって言ったよな?」

 

「……ええ、そうね」

 

「そして、俺はさっきの由比ヶ浜のクッキー作りに特段特別なことは一切してない」

 

「それは私が無能と言いたいのかしら、比企谷くん」

 

「話は最後まで聞け雪ノ下。俺がやったことは一つ、由比ヶ浜に質問しただけだ」

 

「そうなの? 由比ヶ浜さん?」

 

「う、うん」

 

「……それだけであそこまで変わるものなの?」

 

「それだけと言うがな雪ノ下。逆に聞くがお前は由比ヶ浜のことをどこまで理解してたんだ?」

 

「それはどういう……」

 

「俺ははっきり言って由比ヶ浜のことなんてほとんど知らん」

 

 じゃあ、なんでそんな俺が由比ヶ浜にクッキーをちゃんと作らせることができたのか。

 

「だから質問した。いまどこまでわかっていてどこまでわかっていないか、ってな」

 

 案の定、由比ヶ浜は手順はなんとなくわかっていたがその理由まではきちんと理解をしていなかった。俺はそれを一個ずつ修正しただけだ。

 まあ、それでも由比ヶ浜は途中途中自分なりのアレンジをしようとしてたからな。どう頑張っても桃缶を入れる必要性はなかったと思う。

 

「それが私と由比ヶ浜さんの常識が一緒じゃないってことの意味?」

 

「ああ。お前にとって当たり前でも、由比ヶ浜もそうとは限らんからな」

 

 気づけばなんてないことだが、意外と人はこのことを忘れる。基本的には自分の考え方が正しいと思うからな。

 だから人になにかを教えようとするなら自分の常識は一旦捨てた方がいい、これだ、という固定概念は教える時に邪魔にしかならない。

 

「……あなた、そういう考えをしだしたのはいつ頃なのかしら?」

 

 なんで雪ノ下はそんなことを聞くんだろうか?

 

「そうだな、あれは小学生のころ――」

 

「え! 小学生!?」

 

「おい、由比ヶ浜……」

 

「ご、ごめん、つい驚いちゃって」

 

「続けるぞ……。俺に戦車のことを聞きにくる変わったやつがいてな。そいつは戦車道をやっていたんだが、とにかく馬鹿だった」

 

「そ、そんなに?」

 

「そいつは俺より上級生だったが馬鹿だった」

 

「なんで二回も言ったの、ヒッキー……」

 

 重要なことなので二回言わせもらった。

 

「その人はどうして比企谷くんを頼ったのかしら?」

 

「その学校に俺と俺の妹しか戦車に詳しいやつがいなかったからな。さすがに上級生が一年に教わりにいくのは躊躇ったんだろ」

 

「いえ、それはいいのだけど、そもそもなぜその人はあなたが戦車に詳しいと知っていたのかと思って」

 

 ああ、そういうこと。

 

「俺が戦車関係でいじめられてたからな。たぶんそのせいだろ。そこを話すと長くなるからカットするぞ。俺も最初は冷やかしで教えてほしいと言われてるんだと思ってた」

 

「思ってたってことは違ったの?」

 

「ああ……何度断っても、どこからともなくでてきてこう言うわけだ。戦車のことを教えてくれって」

 

 それこそ授業中以外ならすべてといっていいほどに。そのせいで夢にまで出てくる始末、あのツインテールのお化けは怖かった。

 

「そしてそいつは、相手を打ち負かすには作戦しかないって俺にその作戦を見せにくるんだが、それが酷くてな」

 

 とにかくあいつが持ってくる作戦は定石無視の奇抜なものばかりだった。

 

「何度説明しても、同じような作戦ばかり持ってくるからこう言ったんだよ。なんでわからないんだよってな」

 

「そ、それで?」

 

「それでこう返ってきたわけだ、私が比企谷じゃないんだからわかるわけないだろって」

 

 まあ普通に考えたらただの逆ギレなんだが、それで俺は気づいた。俺とこいつは同じじゃないんだから考え方が違うのは当たり前。なら俺が常識と思っていてもそいつのなかでは常識じゃない。

 そこからはあとは簡単だった。俺はとにかくそいつに質問をぶつけた。なにがわからないのか、どうしてそう考えるのが、どうしたいのか。

 そしてこれは、そのまま実戦の方にも当てはまると思った。相手がなにを考え何をしようとするか、さすがに試合途中で相手に質問なんてできないから戦車の動きで予想をつけるしかないが、それでも大分変わるはずだ。

 戦車に乗れない俺は体を鍛えることと、思考することしかやれることがないのだ。だからこのことに気づけたのは正直ありがたかった。もしそのままだったら、今ほど相手の動きが予想できてなかっただろうからな。

 そのお陰で小町とのボード盤のシミュレーションはほとんど負けなしだったな。まあ、小町があまりにも負けすぎて泣き出してしまい親父に怒られたりもしたこともあったな。

 

「それであなたは今に至ると」

 

「そういうことになるな」

 

「ヒッキーってすごいんだね」

 

 なんか由比ヶ浜が俺を尊敬の眼差しで見てくるんだが、一つ言っておこう。

 

「由比ヶ浜、俺はすごくないんだよ」

 

「え、だって……」

 

「雪ノ下、お前が前に言ったこと覚えてるか?」

 

「なんのことかしら?」

 

「持つ者と持たざる者の話だよ」

 

「なんの話?」

 

 由比ヶ浜は知らないのか。

 

「そのまんまの意味だよ、雪ノ下の言うとおり俺は持ってない。戦車道の家系に男として生まれて、なおかつ戦車に乗ることに憧れてしまったんだから尚更質が悪いんだろうな」

 

「それは……」

 

「でも、それでも乗りたかったんだよ」

 

「それとヒッキーがすごくないってのとなにが関係あるの?」

 

「男の俺は戦車に乗れなかったんだ。だから技術も実戦で得られる経験もゼロに等しい。ならもし乗ることになったらなにで役に立てるか?」

 

「それがさっきの話に繋がるわけね」

 

「ああ、正直あれでもまだ全然足りないと思ってるんだがな」

 

「え? あれでもなの?」

 

「いくら思考したところで答えが合う保証なんてないんだよ。それこそ初心者なんて何をしでかすかわかったもんじゃないしな」

 

「あなた……それをいつからやってきたの?」

 

「まあ、始めたのは多分小学校に入る前だな。作戦をきちんと意識しだしたのがあいつに会った3年生のころになるかな」

 

「でも戦車に乗れる保証なんてなかったでしょうに……」

 

「まあな。実際、今戦車に乗れてること自体不思議でしょうがないし」

 

「途中でやめたくならなかったの、あなたは?」

 

「やめたくならなかった、って言えば嘘になるな」

 

「じゃあどうしてやめなかったの?」

 

「…………」

 

「ヒッキー?」

 

「ん? ああ、たぶんだが妹、小町がいたからだろう」

 

「そう、あなたたち兄妹は仲がいいのね……」

 

 そう言った雪ノ下の顔にどことなく見覚えがあった。たしかあれは戦車ショップの時、西住が……。

 

「ごめんなさい、先に帰るわ。比企谷くん、部室の施錠をお願いできる?」

 

「あ、ああ……」

 

 そう言って雪ノ下は俺に部室の鍵を渡して調理室を出ていった。

 

「なんか様子がおかしくなかったか、雪ノ下のやつ?」

 

「う、うん。あんなゆきのん見るの初めて……」

 

「追いかけなくていいのか?」

 

「で、でも……」

 

「ここは俺が片付けておくから気にするな由比ヶ浜」

 

「ありがとうヒッキー、いつかこのお礼はするから!」

 

 そう言って由比ヶ浜は雪ノ下を追いかける。

 さてと、俺は今からクッキーでも作って戦車道のやつらに差し入れでも持って行ってやるか。

 

 俺はその後、調理室を片付けて奉仕部の鍵を閉め、いつもの倉庫前へと向かった。

 


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