間違いながらそれでも俺は戦車に乗るのだろう。 作:@ぽちタマ@
「はぁー」
吐く息が白くなる。
子供の頃は俺は純真だった。寒くなって吐く息が白いだけで大騒ぎしていた時代が懐かしい。今じゃなんとも思わんくなったからな。これを大人になったというかは人それぞれだろう。今の俺は……いや、考えるのはよそう、涙が出てくる。わりとガチで。
季節は冬、というわけではなく、俺は今、プラウダ高校の学園艦に来ている。
この学園艦は比較的高緯度の海域を航海するため、比較的気温は低めであり、そのせいで吐く息が白くなっている。
正直もう少し厚着でくればよかった。いつもの大洗に行くときの格好のまんまだからな、コンビニによってネックウォーマーでも買おう。焼け石に水かもしれんが、それでもないよりはましだろう。
そして俺はコンビニより目当てのネックウォーマーと暖かいマッカンを購入。ちびちびとマッカンを飲みながらそのままプラウダ高校へと向かうのだった。
「どうも、今回の案内役のノンナです」
「えっと、比企谷 八幡です」
「では、案内をするので着いてきてください」
「あ、はい」
この、俺を案内してくれている黒髪美人のノンナさんは別に隊長というわけではなく、副隊長だそうだ。
今まで案内してくれる人が隊長だったからてっきりそうなのかと思ったのだが、どうやらプラウダの隊長は今ちょうどお昼寝タイムらしく代わりにノンナさんが来たとのこと。いや、お昼寝タイムて、子供かよ。
そしてひとしきりプラウダ高校の案内が終わり。
「プラウダ高校はどうですか?」
「とりあえずあれですかね。寒いです」
学校の案内をされて最初に言う感想がこんなのになってしまうのもしょうがないと思う。いや、だってガチに寒いのだ。
「そうですね。私たちは慣れていますが、やはり他の高校の人からするとこの気候は少し厳しいかもしれませんね」
俺のどうでもいいような返答に律儀に答えてくれるあたり、この人はいい人なのかもしれない。こんなこと言ってるとチョロインとか言われそうだな。いや違うよ?
「俺の妹もわりと寒さに弱いですからね。冬とかこたつの取り合いによくなりますよ」
「仲がいいんですね」
「そうですか?」
わりと普通だと思うんだけど。
俺は話す内容がこれ以上見つからなかったので適当に窓の外を見ていたらノンナさんの携帯が鳴りだした。だが、俺を案内しているからか電話に出ようとしないな。いや、嫌いな相手かもしれんが。
「大丈夫ですよ」
俺は別に気にしていないことを伝える。それで伝わったのだろう、ノンナさんはこくんと頷き電話に出る。
そして一言二言会話をした後。
「え? あ、はい、そうです。えぇ……一緒に? いいのですか? むしろ連れ来てくれと?」
一体何の話をしているんだろうか? ちらちらとこちらをノンナさんが見てきているのは気のせいだと思いたい。なんだろう、すこぶる嫌な予感がする。
そしてどうやら話が終わったようで。
「なにかあったんですか?」
「どうやら同志カチューシャのご友人が来たようで、今からお茶会をするのですが……」
ノンナさんが言い切る前に俺は被せる。
「それなら俺はもう帰った方がいいですね。邪魔するのもなんですし」
早く帰って温かいものでも食べよう。いや、あっちに戻ったら普通に暖かいからそれだと逆に熱くなるのか?
俺がそんなことを考えていたら。ノンナさんは驚きの一言を放つ。
「先程の電話ですが、あなたをお茶会に連れてくるようにと」
いや、会話の内容である程度察しはついていた。むしろ問題はその相手だ。お茶会、それと尚且つ俺を指名したことを踏まえても俺の知り合いの中で該当する人が一人しかいない。
「ちなみに俺に拒否権は?」
「できれば手荒なことはしたくありません」
何気ない振る舞いからの臨戦態勢。うん、逃げ場はどうやらないようだ。俺は逃げることをあきらめた。
「……わかりました」
「では、行きましょうか」
そして歩くこと数分、俺たちは目的の場所へと着いた。
「ここですか?」
「はい」
ノンナさんに連れられ中に入ったのだが、広い、とにかく広い。下手するとうちの生徒会室と同じかそれ以上だな。
そんな広い部屋に小さいテーブルがちょこんと置いてあり、俺を呼んだであろう人物がそこに座っている。ノンナさんは同士カチューシャなる人を起こしに行くそうで、俺と一緒に部屋に入ったあと一回お辞儀をしてそのまま行ってしまった。
「……お久しぶりね」
「前にあってからそんなに経ってないでしょ、ダージリンさん」
そう、俺をこのお茶会に呼んだ人物とはダージリンさんだったのである。いやまぁわかってたし、さほど驚くこともないんだが。なぜかダージリンさんは、してやったりという顔をしている。
ここは驚いた方がいいのか俺が迷っていたら、先にダージリンさんのほうから話を振ってきた。
「二回戦、突破おめでとう」
「え? あ、それはどうも」
考え事をしていたせいでそっけない返事になってしまった。そのことにはダージリンさんは特に気にした様子もなく会話を続ける。
「やっぱりあなたたちの戦車道は面白いわね。できれば公式戦で戦ってみたかったのだけれども……」
それはどういうことですか、と聞こうとしたら、部屋の扉が勢いよく開いた。
「ダージリン! 黒森峰に負けたってホント!?」
ついでに俺が知りたかった情報を教えてくれたその来訪者は、これまたなんともえらく小さかった。いやマジで小さい。ノンナさんが連れてきたということはこの人物が同士カチューシャなる人なのだろう。とりあえず俺が思ったことは。
「小学生?」
「誰が小学生よ!?」
カチューシャなる人物から鋭いツッコミが来る。
どうやら俺のこころの声がダダ漏れだったらしい。隣でダージリンさんがお腹を抱えて笑っている。そんなにツボったんですか? 俺ってそんなおかしいこと言いましたかね。
そうしてようやく笑いが収まったのか、ダージリンさんが俺に説明してくれた。
「八幡さん。一応、彼女はあなたより年上よ?」
「へ? まじですか?」
「マジもマジ、真剣と書いてマジと呼ぶぐらいにはマジよ」
俺より年上ということは三年生になるのか? え? いやホントに? 冗談とかどっきりとかじゃなくて?
「……人体の神秘ですね」
「……そうね」
俺とダージリンさんは二人して頷きあう。
ちなみにどれぐらい小さいかというと。俺も目測ではたぶん130cmもないんじゃないかと睨んでいる。9歳児の平均身長がだいたい128cm。それとどっこいどっこいな時点で、カチューシャがどれくらい小さいかわかっていただけるだろう。
「の、ノンナ! あの二人がカチューシャをいじめるわ!」
「大丈夫ですよ、同志カチューシャ。あなたはかわいいです」
あの二人のやり取りを見ているとどうも疑ってしまうんだが。だってどうみても良くて姉妹、下手すると親子に見えるぞあれ。
そしてノンナさん、あなたはあなたで何言ってるんですかね。戦車道をやっている人でまともな人に会えたと思ったのに……。
ノンナさんは自分によってくるカチューシャをそれはもう愛おしそうな目で見てらっしゃる。あれは大丈夫なのか? いや、いろんな意味で。
そんなやりとりがあり、お茶会が始まるのだった。もうすでに俺は帰りたいんだが……。
戦車道をやっている女性は個性が強すぎる。ゆえに男どもは近寄りたくても近寄れないんじゃないか? 良妻賢母の育成とは……、たぶん、そんなのないんだろう。理想は理想、現実は現実だな。
ーーー
ーー
ー
「準決勝は残念でしたね」
「去年、カチューシャたちが勝ったところに負けるだなんて」
すごい皮肉たっぷりに言ってるな、性格の悪さがにじみ出てる気がするんだが。え? 人のこと言えない? いやいや俺ほどの人格者(自称)はそうはいないだろう。
「勝負は時の運というでしょ」
ダージリンさんとカチューシャが話している間、ノンナさんは紅茶、そしてジャムとお菓子を配ってくれた。
「どうぞ」
「ありがとう。ノンナ」
しかしなんで俺はこの場にいるんだろうか。正味いらないでしょ。
とりあえず紅茶を飲むか。冷めたらもったいないし。俺は出されたものを受け取らないほど天の邪鬼でもないんでな。
俺はダージリンさんに倣って同じようにジャムを紅茶にいれようとしたら、どうやらそれは違うらしく。
「違うの! ジャムは中に入れるんじゃないの! 舐めながら紅茶を飲むのよ」
そう、俺たちに説明しながらカチューシャは紅茶を飲む。
いや、そうやって飲むのはいいんだが、あれだから、口の周りがジャムだらけだからな? 盛大にジャムってるから。いや、これだと違う意味になるか。
「口の周りにジャムついてるぞ、ちょっと動くな」
「ん……」
あまりにもみすぼらしかったので、俺は自前のハンカチでカチューシャの口周りを拭く。
よし、これで綺麗になった。
俺は一仕事やり終えた達成感でいると、不意に視線を感じた。というかノンナさんだった。
いつものように表情は変わっていないのだが、まるでその瞳は絶対零度といっても過言ではなく、俺を恨めしそうに見ているのは俺の気のせいではないだろう。というか正直いうと怖いです。はい。
一方のカチューシャはカチューシャでいうと。一旦呆けた顔をしたかと思えば、にやりとそれはもう誰から見てもわかるぐらいの悪い顔をしている。
「なに? 私の下僕になりたいの? それなら土下座したら考えてあげてもいいわよ」
なにを盛大に勘違いしたかはしらんが、俺は別に下僕になりたいわけではないし。しかもなぜ土下座をしないといけないのか。それにしたところで考えるか考えないかのシンキングタイムしかもらえないならやる意味ないだろ。むしろこれでやりたがるやつは精神科に見てもらった方がいい。いや、たぶん手遅れだと思うが。
「ちっともなりたくないのでお断りします」
「なっ!? この偉大なるカチューシャの下僕になれるのよ? 光栄でしょ!」
たぶん、このプラウダ高校におけるスクールカーストにおいてこのカチューシャはトップの存在なのだろう。それだとこのわがままっぷりにも説明がつく。いや、なんというかいろいろこじらせすぎだろう。見ていて将来が不安になってくるんだが……。
あのノンナさんの心酔っぷりを見るに、カチューシャが雪を黒と言えばあの人は迷わず黒と言いそうである。
「次は準決勝なのに余裕ですわね。練習はしなくていいんですの?」
先程から紅茶タイムに浸っていたダージリンさんがやっとしゃべりだしたかと思ったらそんなことをいいだす。
「燃料がもったいないわ。それに相手は聞いたこともない弱小校だもの」
まぁ、俺がその聞いたこともない弱小校から来ているのは言わない方がいいだろうな。うん、黙っとこ。
「でも、隊長は家元の娘よ。西住流の」
「え!? そんな大事なことなんで先に言わないの!」
カチューシャはまるで自分が初めて聞いたかのようにノンナさんに詰め寄っている。しかしそんなことであの人の表情が崩れるわけでもなく。
「何度も言ってます」
「聞いてないわよ!」
この場合、聞いてないではなく、覚えてないが正しいんだろうな。
「ただし、妹の方だけれど」
「え? ……なんだ」
先程の慌てぶりはどこにいったのか。ダージリンさんが妹の方というと大人しくなったな。
もしかしてあの試合で黒森峰にいた西住のフラッグ車を撃破したのはこいつか? それならさっきの動揺ぶりと妹いう単語で落ち着いた理由にも納得がいく。西住流で動揺したのはたぶんまほさんと戦って実力を知っているから、そして妹と聞いて落ち着いたのはフラッグ車を西住が降りたからだろう。
「黒森峰から転校してきて無名の高校をここまで引っ張ってきたの」
なんか説明の途中、俺のほうをちらちらとダージリンさんが見てきたのはなんでだ?
「そんなこといいにわざわざ来たの? ダージリン」
「まさか、おいしい紅茶を飲みに来ただけですわ。それに……」
「それに?」
「彼がいると聞いたので呼ばせてもらったの」
「あぁ、それでこいつがここにいるのね」
ダージリンさんの説明に得心がいったのか、カチューシャはなんどもうんうん頷いている。
今頃俺がいることに疑問に思ったんかい。遅すぎだろ。
「というか、あなたたちどんな関係なの? 知り合い?」
俺とダージリンさんの関係が気になったのか、それはもうキラキラと目を輝かせながら聞いてくる。とにかく女子はこういう話が好きだよな。あれなんなの? このカチューシャもその例外にもれず、好きなようだ。
「あぁ。わたくしと彼はボーイ――」
「ただの知り合いだ」
ダージリンさんはさも当然のように言おうしていたが、言わせませんよ? というか言わせねーよ?
この人なんなの? なんで毎度そのネタで俺をからかおうとしてんの? もしかしてまだあの手紙のこと根に持ってたりするの? あれはダージリンさんから仕掛けてきたんだから自業自得だろ。俺は悪くない。
というか俺もやられっぱなしというのも癪なので反撃をしよう。
「二人は親友でいいんですよね?」
「どうしたの藪から棒に?」
ダージリンさんは俺が最後まで言わせなかったせいか、少し不機嫌になっている。いやいやそれは理不尽でしょ。
「いえ、ただ単に意外だと思ってですね」
「それはどういう……」
「前に試合したときに言ってたじゃないですか。『サンダースやプラウダみたいな下品な戦い方はしませんわ』って。だからてっきり嫌っているのかと思って」
「あ、あら。そんなことも言ったかしら?」
あからさまに動揺しているのを誤魔化そうとしているが、どこぞの政治家よろしく、知らぬ存ぜぬは通用しませんよ? なんせもう、形勢はこっちに傾いた。
いつの世も少数になったら圧倒的不利になると相場が決まっているからな。
「な!? どういうことダージリン、説明しなさい!!」
この小さい暴君があとはどうにかしてくれるだろう。俺は紅茶でも飲みながらゆっくりその様子でも眺めていよう。
え? いい趣味してるって? よせやい褒めてもなんにも出ないぞ?
五分後。
「……やってくれますわね、八幡さん」
「なんのことですかね?」
ようやくカチューシャをなだめ終わったのか、ダージリンさんは疲れきった様子でそう言ってくる。
俺はなんにもしてないですよのアピールですっとぼける。
「これはあなたに責任をとってもらわないといけないわね」
なんかとんでもないことを言いだしたぞこの人。聞く人によっては誤解を生むような発言はやめましょうか、ダージリンさん。
「は?」
「今度、私たちの高校にも来てもらおうかしら」
「いやいやいや、女子校じゃないですか、行きませんよ?」
「そう……。残念ね」
いきなり携帯を取り出してなにをしようとてるんだこの人。ちょっと待とうか、それ以上はダメだ。
「なにするんです、それで」
「いえ、みほさんに電話でもしようかと」
まぁ、そうだよね。携帯は電話するものですもんね。問題はその相手と言う内容なんだがな。
「……ちなみになんて言うつもりなんですか、ダージリンさん」
「八幡さんに傷物にされたのでそれを伝えようかと」
「………」
「では……」
「わかりました。行かせていただきます」
「あら、無理はしないほうがよろしくてよ?」
いや、ホントにやめていただきたい。俺が地獄を見ることになる。まずあれだから、西住にその情報がいったとしてそこから武部に伝わるだろ?そこからはバイオハザードよろしく戦車道のやつら全員が知ることになるまで見えた。もう死亡フラグにしか見えない。
うん、実にやばい。具体的になにがやばいまではわからんが、とにかくやばいもんはやばいのである。
そしてダージリンさんはとても勝ち誇った顔をしている。年上じゃなかったら今頃チョップをしてただろう。
「ふふっ♪ ちょっといじわるが過ぎたかしら」
それはもういい笑顔でダージリンさんはそう言ってくる。
ちょっとなの? あれでちょっとなら本気出したらどうなっちゃうの? ……考えたくもないな。
「そんなことされたら学校にいられなくなるんでやめてください」
「その時はわたくしの高校に……ふむ、その手が」
「……冗談ですよね?」
「え、えぇ、冗談よ」
ちょっ、なんで今、目を逸らしたんですか!?
「あなたたち、ホントにどういう関係なの?」
カチューシャが改めてそう聞いてきた。
俺とダージリンさんの関係? 知り合いと言ったな、あれは嘘だ。正確には意地悪な上級生といじめられている後輩だな。うん、マジで。