間違いながらそれでも俺は戦車に乗るのだろう。 作:@ぽちタマ@
――誰かが言った。
『比企谷さん、あなたのやり方は嫌いです』
いついかなるときも凛と立ち振る舞っている芯の強い少女は言う。お前のやり方は間違っていると。
――誰かが叫んだ。
『比企谷! 人の気持ちをもっと考えてよ! なんでいろんなことがわかるのにそれがわからないの!?』
いつも人のことを気にかけている優しい少女は叫ぶ。
お前は人の気持ちがわかっていないと。
――誰かが呟いた。
『八幡くん……』
なんどやられてもあきらめないこころを持った少女はそれ以上なにも言わなかったが、その表情は今にも泣きだしそうであった。
なにかを言われるより、それが一番堪えたかもしれない。
その誰かたちの表情は往々にして暗い。
そんな顔にさせてしまったのはいったい誰か? 言うまでもない、俺自身だ。俺の選択が、俺の行動が、この状況にしてしまったのだ。
だから俺は……。
ーーー
ーー
ー
ピピピピピピ!!
朝の起床のアラームが鳴り響く。
またあの夢か。俺はアラームの音でさっきまでのことが夢だと自覚する。
ここ数日、俺は同じような夢を見ている。たしかにさっきまで見ていたの夢だが、その出来事は本当にあったことだ。夢幻の類いではない、それだけは変わりようがない、変えられない真実。
もう終わったことだ、今さら気にしてもしょうがない。朝飯でも食っていつも通り学校に行こう。
あの試合、そして、俺が戦車道をやめてもう3日が過ぎようとしていた。俺の日常はたいして変わっていない。ただ前に戻っただけだ、なにも問題はない。
俺は着替えを済ませ、小町が作ってくれているだろう朝食を食べるために居間へと向かう。
「あ、おはよう、お兄ちゃん」
「ああ、おはよう」
「………」
「どうした?」
「お兄ちゃん、ちゃんと寝れてる?」
なんだ、いきなり?
「いや、ぐっすりだが?」
俺は小町にそう返事して、小町が用意してくれている朝食に手を付ける。トーストに目玉焼き、ウィンナーにサラダ。うむ、今日も実においしそうだ。
俺が小町の朝飯を堪能していると、小町は自分の朝飯には手をつけず俺に声をかけてきた。
「……ねぇ」
「ん?」
今は忙しいから後にしてくれと小町に視線を送ったが、気づかなかったかシカトしているかは知らんがそのまま話を続ける小町。
「なんか、あった?」
「なんもねぇよ。……むしろなんもなさすぎて最近ちょっと暇でもあるな。人間、平和なときは日常に刺激を求めるが、戦争とかになれば穏やかな日常を求める。まったくもって矛盾してるよな。いや、ないものねだりと言ってもいいのかもしれん」
小町はそんな俺をまじまじ見たあと。
「は? 何言ってるの?」
この一言である。
小町ちゃん? もうちょっとほかになにか言葉はなかったの? いくらなんでもその反応は俺でも傷つくんだが……。
「ねぇ、知ってる?」
「なに? マメシバ?」
最近だとあまり見かけないが、今もCMとかで流れているんだろうか? ああいう流行りものはなぜかいつの間にか流行りだして、いつの間にかブームが終わっている。
そういうのに疎かったりするとクラスで自分だけがそのネタを使い、何言ってんのこいつ? みたいな顔をされる。
「お兄ちゃんが暇なのはおかしいことなんだよ?」
待て、小町。それはいくらなんでもおかしい。
「なんでだよ、俺は働いていないんだから別に朝ゆっくりしたっていいだろうが」
俺がそう言うと小町はさらに顔を険しくする。
「じゃあ、朝練は?」
「ない」
「放課後、帰ってくるのが早いのは?」
「特にやることがないからな」
「……なら、戦車道は?」
「……やめた」
そう言うと小町は一瞬顔を歪ませた。が、それもすぐに戻る。
「それ、本気で言ってるの?」
「俺は嘘はつかん」
「そうだね、お兄ちゃんは嘘はつかない。しょうもないことはいうけど」
小町の俺にたいする評価が厳しすぎる。身内なんだからもうちょっと甘くてもいいのよ?
「あ、わかった! みほさんたちの誰かと喧嘩したんでしょ、お兄ちゃん」
小町はなにやら一人で勝手に納得してうんうん頷いている。
「もう、しょうがないなぁ。ほら!小町も一緒に謝ってあげるから、なにがあったか話してみそ?」
「なんで俺がやらかしたっつー前提で話が進んでるんだよ……」
それとお前は俺の母親かよ。なんで謝りに行くとして小町を連れていかないといかんのだ。シスコンだと思われるだろうが。
「お兄ちゃんがやらかさない時なんてあるの?」
さすが俺の妹、俺のことをよく理解している。だがな。
「……別になんもない。俺がやめたかったからやめただけだ」
「そんなわけあるわけないじゃん! だって……!」
「……小町、いい加減にしろ。しつこい」
「…………」
俺はそこまで強く言うつもりはなかったが、聞こえた来た俺の声は酷く低く、そして冷たかった。
「最初はあの試合のあとだから休んでるのかと思ってたけど違うんだね、本当にやめたの?」
「さっきからそういってるだろ」
「あっそ、お兄ちゃんがそういうんならそうなんだろうね。小町、もう知らないから!」
「そうしてくれ」
俺は中断していた食事をそのまま再開する。
「………嘘つき」
そして最後に小町はそう付け加えて扉を思いっきり閉めて朝食も食べずに学校へと向かっていった。
……嘘つきね。それはなんにたいしてか。それは俺がさっき言った言葉にたいしてだろうか? それとも……。まあいずれにせよ、小町を怒らせたことには変わりはない。
小町と喧嘩なんていつぶりだ? いや、小さい喧嘩ならしょっちゅうしてるが、小町をあそこまで怒らせたのは初めてかもしれん。帰ってきて顔をあわせるのがビミョーに気まずいが、それはそれである。
だがな小町、本当になにもないんだよ。
俺がやらかしたのまではあっている。それでも結局、俺が一人で勝手にやって一人で勝手にやめていっただけなんだから、いわゆる自業自得。小町が気にすることじゃない。
それにこんな俺があの場所に戻れるわけないだろ。
――戻ったとしても、また誰かを傷つけるだけだ。
====
大洗学園はプラウダ戦のあとからすごい賑わいを見せている。三日たった今でもみんな口々に話しているのは戦車道のこと。
無名校が初出場で戦車道の全国大会、しかも決勝まで駒を進めたのだ。普段から戦車道に興味がない奴でも否応なしにこの話題には敏感になる。これで人員の方もどうにかなればいいが。
……なにを考えているんだ俺は、もう関係がないんだからそんなことどうだっていいだろうに。
戦車道をやめた俺の最近の学校生活は遅刻ぎりぎりの登校から始まり、普通に授業を受け、休み時間は基本寝たふり(戸塚に話しかけられたとき以外)、昼休みはいつものようにベストプレイスでボッチ飯。そして放課後は……。
がらがらと扉を開き、目的の場所へと着く。
「あら、また来たのね。サボり谷くん」
雪ノ下は本を読んでいるにも関わらず、わざわざ中断して俺にその一言を放つ。
「俺は別に部員だから別に来てもいいだろうが。それにサボりじゃない、戦車道ならやめたからな」
俺は放課後にこうして奉仕部に来ている。
別に特段ここでやることがあるわけではないのだが、暇つぶしの場としてはここはとても優秀だ。マッカンを飲みながら小説を読むのが、今俺が奉仕部で行っている活動と言っても過言でない。結論から言えばダラダラしてるだけだがな。
ここは俺の第二のベストプレイスになれるのかもしれない。一人、口うるさいのがいるのを除けばだが。
雪ノ下には散々説明しているのだが、一向に俺のことをサボり谷というのをやめない。
なにが彼女をそこまでさせるのか? いや、単純に俺のことがきらいなんだろう。考えるまでもなかったな。
そしてまたがらがらと、今度は勢いよく扉が開かれる。
「やっはろー!」
「こんにちは、由比ヶ浜さん」
来たのは由比ヶ浜。まあ当たり前だな、ここの部員だし。
「……ヒッキー、今日もいるんだ……」
由比ヶ浜は俺の顔を見るなりいきなりそう言ってくる。なんで俺は挨拶代わりにいきなりディスられてるんだ。
「……いて悪かったな」
俺はいつも以上に目を腐らせ、由比ヶ浜の方を見る。
「え? いやいや、いるのが悪いって意味じゃないし!なんでいるんだろうなーとか思ってないから! あれだし、むしろいてくれて嬉しいから!」
由比ヶ浜は俺に睨まれて、よくわからん言い訳をしてくる。ところどころ本音が見え隠れしてる気がするんだが。特に前半部分。
「落ち着け、変なこと口走ってるぞ」
「え!? なしなし! 今のノーカンだから!」
なにがノーカンなのだろうか? まあいい、小説の続でも読むとしよう。
俺がパラパラと本をめくっていると、由比ヶ浜が話しかけてきた。
「……ねぇ」
「ん? なんだ?」
「……ヒッキー、戦車道は?」
さっきまでわちゃわちゃとしていた由比ヶ浜が、突如としてそんなことを聞いてくる。
「……お前もか」
「え?」
由比ヶ浜からすればまったく関係ないんだが、俺は雪ノ下に同じようなことを言われている。雪ノ下といい、由比ヶ浜といい、なんでそんなに俺のことを気にするのかね。
「何度も説明してると思うが、俺はもう戦車道はやってないって言ってるだろ」
その俺の言葉に雪ノ下も由比ヶ浜も、納得なんてできないみたいな顔でこちらを見てくる。
お前らは俺にどんな返答を期待しているんだよ。
「で、でもさ……」
いつもならそれで話が終わるのだが、今日の由比ヶ浜はそれで終わらなかった。
「なにかあったの?」
朝の小町と同じようなことを聞いてくる。
「……なにかって、なんだよ」
「そ、それはわかんないけど。でも、ヒッキーが戦車道やめるぐらいだからよっぽどのことがあったんじゃないの?」
なんでこいつは、いつもはアホの子のくせしてこういうところは妙に鋭いんだか。
「あるわけないだろ、俺にとってそんなもんだっただけだ。お前らが気にすることじゃない」
「……ご、ごめん」
なんで由比ヶ浜が謝っているんだ。
そんな俺と由比ヶ浜のやり取りを見ていた雪ノ下が口を出す。
「由比ヶ浜さん、その男にそれ以上言っても無駄よ」
「で、でも、ゆきのん!」
「あなたの言いたいことはわかっているわ。でも、今の彼を彼女たちに会わせても意味がないもの」
「そ、そうかもだけど……」
いったい雪ノ下たちはなんの話をしているんだ? 会わせるだの意味がないだの、なんかあるんだろうか? また依頼かなんかか?
そんな二人のやりとりを見ていると、またしても奉仕部の扉が開く。
「入るぞ、雪ノ下」
奉仕部の扉を開いたのは平塚先生だった。どうしたんだろうか?
「平塚先生、ノックをしてくださいと……」
「今日は大目に見てくれ、ちょうど比企谷もいるようだな」
どうやら、平塚先生は俺に用事があるようだ。俺、なんかしたっけか?
「彼を借りていきたいんだが、大丈夫だろうか?」
「ええ、どうぞ好きにしてもらって構いませんよ」
そんな平塚先生の問になぜか雪ノ下が答える。
というか平塚先生もなんで雪ノ下に許可をとってるんですかね。俺の意見はどこにいってしまったのか、なんか前にも似たようなことがあった気がする。
「おい、なんでお前が――」
「そうか、すまんな、雪ノ下」
「いえ、どうせいても備品以下だったので気にしないでください」
「今お前が気にするべきは平塚先生じゃない、俺のことをもう少し優しく扱え雪ノ下」
いくらなんでもその扱いは納得いかんぞ。
俺が反論すると、なにいってんだこいつみたいな目で見られたんだが。え? 俺がおかしいの?
「平塚先生、この男をお願いします」
雪ノ下はそのまま俺をシカトして話を進める。
「もとよりそのつもりだ、まかせてくれたまえ」
本人がなにも言ってないのに話だけが勝手に進んでるんだが……。
誰か、誰か俺の味方はここにはいないのか? 藁をもすがる気持ちで由比ヶ浜の方を見たのだが、目を逸らされてしまった。
ですよねぇ、俺なんかに見られたら目を逸らすよね。知ってた、知ってたけどちょっと精神にダメージが。
「ほら、なにしてるんだ比企谷、行くぞ」
「平塚先生、ちょっと待ってください。今、精神に多大な被害が」
「なにを言っているんだ君は。それと雪ノ下、由比ヶ浜、この後のことを頼むぞ」
「はい」
「任せてください!」
やっぱりこの後なんかあるのか。
「俺は手伝わなくていいんですか?」
「ん? どうした。君にしてはえらく積極的じゃないか」
まるで俺がいつも消極的みたいに言わないでくださいよ、平塚先生。たしかにいろいろとめんどくさがってはいますけども。
「いや、別にそういうんじゃないですけど」
「今回の依頼はまだ君には関係ないから気にしなくていいぞ」
まだ? どういうことだ?
「さて、我々もそろそろ行くとしよう」
俺は有無を言わせない平塚先生に連れられて行くのだった。
====
「で、なんで俺はラーメン屋に連れてこられてるんですか、平塚先生」
「いや、話の前に腹ごしらえでもと思ってね。ラーメンは嫌いかね?」
「……いえ、好きですけど」
「なら、よかった」
俺はてっきり平塚先生から話があるもんだとばかり思っていたんだが、なぜにラーメン屋。
「平塚先生、まさか……一人でラーメン屋巡りとかしてませんよね?」
「ギクッ」
おいおいギクッてなんだギクッて。俺初めて見たぞ、本当に言ってる人。
「ま、まあ、いいじゃないかそんなことは」
俺はよくても平塚先生がよくないんじゃ。結婚、遠のきますよ?
「ヘイ、お待ち!」
そんな平塚先生の未来を案じていたら、ラーメン屋の店員が俺と平塚先生が注文したラーメンを持ってきた。
「では、頂こう」
「……いただきます」
感想、ラーメンは普通にうまかった。今度からは一人でも食べにいってみるか。
「平塚先生。結局、なんで俺を呼びだしたんですか? まさか本当にラーメンを食べに来ただけとか言わないですよね?」
いくらなんでもさすがにそれだけではないだろう。
ラーメン屋に来たのはたぶん、この人がラーメンを誰かと食べたかっただけなんだと思う。なんか自分で言ってて泣けてきた。誰かこの人もらってやれよ。
「そうだな、ここではなんだし、どこか静かな場所にでも行こうか」
そうして俺はまた平塚先生の車の助手席に乗る。
「さっき聞きそびれたんですけど、この車どうしたんですか?」
「ん?ああ、これは私の愛車だよ」
「まじですか!? これ結構高ったんじゃ……」
俺が今乗っている車は、アストンマーティン・ヴァンテージというそれなりに高い車だ。気になる人は調べてみると言い。正直、桁がおかしいから。まじで。
「ローンだよ、ローン」
「俺なんかが助手席に乗ってよかったんですか? こういうのって普通大事な相手とか乗せるんじゃ……」
「君は私の大事な生徒だよ」
「いや、そういうんじゃなくて」
「……それ以上は聞かないでくれ、比企谷」
「……なんかすいません」
なんともいえない空気になってしまった。どうしよう? 小粋なジョークでも挟むべきなのか?
そんなことを考えていたらどうやら目的地に着いたようで、俺の小粋なブラックジョークは披露せずにすんだ。……いつのまにかブラックに進化していた。
危ない危ない、平塚先生の傷を抉るところだった。
俺たちは車から降りる。
「それで、話ってのはなんですか?」
「比企谷」
「はい」
「君は、あの準決勝でなにがあったんだ?」
は? え? 準決勝? なんで今その話が?
「どうしたんですか? いきなり」
「……いきなり、というわけでもないんだよ、比企谷」
「それは一体どういう……」
俺は平塚先生がなにを言おうとしているのかがわからない。
「準決勝のあとの君は様子が変だった。それこそ、付き合いの短い雪ノ下たちでさえその事に気づいていたぐらいだ」
「なら、雪ノ下たちの気のせいでしょ。俺はいたって普通ですよ」
「普通、ね。君のいう普通は大体の確率で普通じゃないよ」
「……ひどくないっすか、いくらなんでも」
「比企谷、今のは君はいつも以上に普通で……そして、いつも以上につらそうだよ」
つらい? なんで? 俺はいつも通りの日常を謳歌してるだけだ。むしろ楽しんでる。
「それも平塚先生の気のせいでしょ、俺は別になんとも……」
「君をいつから見ていると思っているんだ」
「いつからって、それは……」
あれは、そう、俺が一年の時、担任だった平塚先生に呼ばれたのが最初だっけか。たしか、呼び出された理由が。
「比企谷、君はなんでもそつなくこなしているが、それ以上は頑張ろうとしない。なにか君にはやりたいことはないのか?」
いわゆる生徒指導。俺はめんどくさかったこともあり、戦車に乗ることを夢見て今でも努力はしてますよ、といった。
そうすれば、大抵の相手は俺のことを変なやつと認識して相手をしなくなる。この先生もそうなると思ったのだが、返ってきた反応は意外なものだった。
「ほう、戦車を。そうか、なら今後も頑張りたまえ、いつか君が戦車に乗れる日が来るだろう」
「……馬鹿にしないんですか?」
自分から話を終わらせようとしていたのに、いつの間にか俺は質問をしていた。
「どうして馬鹿にしないといけないんだ?」
「いや、だって……」
俺は男じゃないですか、と続けようとしたら。
「比企谷、たしかに人の価値観というものは時として残酷だ。どうしようもなく君を傷つけてきたのだろう。だが、それがすべてじゃないよ」
平塚先生は俺の目を真っ直ぐ見ながらさらに言葉を続ける。
「君の周りには君を否定する人間しかいなかったのかな?」
平塚先生に言われ、思い浮かんだのは、小町と愛里寿だった。アホのあいつはその中には入れなくていいだろう、別に。
たしかに俺を否定するやつらばかりじゃないのかもしれない。けど……。
「……いえ。でも、俺は間違ってますよ」
それでも男が戦車に乗るのは間違っているのだから。
「間違わない人間なんていないよ、比企谷。いるとすれば、そいつは自身の間違いに気づいていないだけだ。それに……」
「それに?」
「君のその間違いがいつかは正しく評価される時が来るよ」
平塚先生は言う、俺は間違っていないと。
「……そうはなりませんよ」
「なぜそう断言できる ?君のことをちゃんと理解してくれるやつはいるよ。今は私なんかで悪いが」
俺は首を横に振る。そんなことは、そんなことはないですよ平塚先生。
「比企谷、君の進んでいる道は並大抵とはいかないだろう。それでも頑張りたまえ、少なくとも私は応援している」
正直に言えば俺は告白しそうになっていた。
だが、もう自分の感情にまかせて行動はしないと決めていたし。なにより、俺なんかがこの人にふさわしくないと思った。
平塚先生は俺がこの学園艦に来て初めて俺のことを肯定してくれた人だった。
今思えば、俺はこの人に甘えていただけかもしれない。
あの二つの感想文、今思い返してもなかなかに酷い内容だと思う。それでも、あの内容のまま出したのは、きっと平塚先生なら大丈夫だと思ったのだろう。
まあその結果が奉仕部への入部と、感想文を会長や雪ノ下に読まれることになるとは思ってもいなかったが。
しかし、俺は甘えるにしてもとことん捻くれているな。人に甘えたことがなかったということで許してください、平塚先生。
「あれからもう一年がたつんですね」
「なにを君は年寄りみたいなことを言ってるんだ」
あの出会いは俺にとってはそれだけの価値があったんですよ。
「……平塚先生、俺はどうしたらよかったんですかね?」
もうこの人の前では隠し事は意味ないか。
「まずはなにがあったか私に話してみたまえ、話はそれからだろう」
それもそうか、まずはあの準決勝のことを話すとしよう。
準決勝に至るまでの俺の行動。そして、その最後になにがあったのかを。