間違いながらそれでも俺は戦車に乗るのだろう。   作:@ぽちタマ@

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彼女は意外にも彼を認めている

「ねぇ、比企谷くん。一言、言っていいかしら」

 

「なんだ?」

 

「あなた、少し……いいえ、とても? ……物凄く? これも違うわね……度し難い? ……そう、度し難いほどに自意識過剰ね」

 

「ぐはっ!」

 

 俺の心に雪ノ下の言葉が突き刺さる。

 やはりこの女は容赦がない。しかも、なにも間違っていないのだから俺に反論する余地もない。

 というか、言い直すたびにどんどん酷くなっている。まったくもって言い直した意味がない。むしろ、もうちょっと本音を隠そうか雪ノ下。

 

「ゆ、ゆきのん! もうちょっとビブラートに包もうよ!」

 

 ダメージを受けた俺を心配してか、由比ヶ浜が俺をフォローする。

 だがな、由比ヶ浜。

 

「声を震わせてどうするんだよ……」

 

 今、震えてるのは俺の体と心だから。おかしくない?

  俺は相談に来たはずであって、罵倒されに来た覚えは一切ないんだが……。

 

「由比ヶ浜さん、正確にはオブラートよ」

 

「あ、そうなんだ」

 

「えぇ」

 

 雪ノ下の由比ヶ浜を見る目は、まるで小さい子をあやす優しい母親のような目になっている。いや、どちらかというと母性的という意味では、由比ヶ浜のほうが母親っぽいけどな。まぁ、どこがとかは言わないが。

 それに雪ノ下、それは断じて同級生に向ける目じゃないだろ。そして気づけ由比ヶ浜、お前は今、確実に馬鹿にされているから。

 罵倒された俺など放ったらかしにして、雪ノ下と由比ヶ浜は微笑みあい、百合百合な空間を作り上げていっている。

 別に見てる分にはいいんだが、そろそろ話を進めようか、お二人さん。

 どうしてこうなった。

 ちょっと、癒しを求めて今日を振り返ってみるか。いや、現実逃避じゃないよ? 戦略的撤退だから。

 

 

 ====

 

 

 今日の朝はここ最近見ていた夢を見なかった……のだが、俺はすこぶる寝不足だった。

 俺にメールをくれた人に返信したのはよかった。問題はその後だ。返信をすれば当然のごとく相手から返ってくるのだ。メールが。

 今までまともにメールが返ってきたことなぞなかったから油断していた。夜にメールを返すもんじゃない。布団に潜り込んだ後、ばんばん俺の携帯が鳴りだした。しかも何人も同時にメールがくるから、その対応をしていたら、気づけば深夜の3時。

 もう後半あたりは自分がなにを返していたか覚えていない、そして俺はいつの間にか寝落ちしていた。

 お陰で寝不足だ。こんな顔で小町に会ったらまた心配をかけるかと思ったのだが。

 

「おはよう、小町」

 

「あ、おはようお兄ちゃん。うん! 今日は大丈夫そうだね」

 

 と、なぜか太鼓判をもらった。

 あれ? おかしくない? 小町ちゃん、俺今絶賛寝不足なんですけど。もしかして俺ってこの顔がデフォルトなの? いやいやいや、それはさすがにないだろ。ないよね?

 まぁとりあえず、小町が用意してくれた朝飯でも食うか。

 

「それでお兄ちゃん、ちゃんと答えは見つかったの?」

 

 朝飯をもぐもぐしながら小町がそんなことを聞いてくる。

 ちゃんと口の中のものを飲み込んでからしゃべりなさい。

 

「ん? あぁ、なんとかな」

 

「そ? なら、よかった」

 

 それで小町の聞きたいことは終わったのか、自分の食事へと戻る。

 

「じゃあ、行ってくるわ」

 

「頑張ってね」

 

「あいよ」

 

 俺は朝食を終え、学校へと向かうのだった。

 

 

 ====

 

 

 その登校中、俺は見知った顔がいたので声を掛ける。

 

「戸塚、おはよう」

 

「おはよう、比企谷くん」

 

 そう、戸塚が返事を返してくれたのはいいのだが、なぜか俺の顔をまじまじと見つめてくる。

 

「どうした? 俺の顔になんかついてるか?」

 

「え? あっ、ごめんね? 別に深い意味はないんだけど、今日は比企谷くん、いつも通りだなーって思って」

 

「………」

 

「比企谷くん?」

 

 もしかして、戸塚にも心配をかけていたのだろうか?

 

「……そうか、心配かけてすまんかった、戸塚」

 

「ううん。比企谷くんが元気ないのは気づいてたけど、ぼく、なにもできなかったし……」

 

 戸塚がシュン、となる。誰だ! 戸塚にこんな顔をさせるやつは!あ…、俺か。いかんいかん、はやくフォローしないと。

 

「そんなに気にしなくていいぞ。なんなら心配かけたお詫びをしたいぐらいだ。なんかあるか?」

 

「いいよいいよ、別に。……あっ」

 

「なんかあるのか?」

 

「え、えっと……もし比企谷くんが良かったらなんだけど……」

 

 戸塚は顔を赤らめながら上目使いでそう言ってくる。

 なんだ? なにを俺は言われるんだ? いかん、なんか動悸が激しくなってきた。落ち着け、こういう時は一句読もう。

 

 ――病気かな、病気じゃないよ、病気だよ。

 

 もうあれですね、一句読んでる時点で病気である。

 

「比企谷くん?」

 

 いかん、いつの間にか考え事をしてしまった。

 

「あ、あぁ、大丈夫だ。それで?」

 

「う、うん……良かったらぼくと……」

 

「お、おう」

 

「連絡先を交換してくれないかな?」

 

 戸塚は遠慮がちにそう言ってくるのであった。

 え? 連絡先?

 

「そういや、交換してなかったけか。別にそんぐらい大丈夫だぞ?」

 

 むしろ俺はなぜ今まで戸塚と連絡先を交換してなかったのか。くそっ! 今まで俺はなにをやっていたんだ!

 

「え? 本当に!? ありがとう比企谷くん!」

 

 眩しい、戸塚の笑顔が眩しすぎる。あまりの神々しさに俺の腐った目が浄化されていくようだ。え? 気のせい? いやいや、そんなわけがない。

 ……あとで確認したが、なにも変わってはいなかった。

 そして、互いに連絡先を交換する。

 なんだろう、おかしいな。今までもらったどんな連絡先よりも嬉しいと感じている自分がいる。

 戸塚がえへへ、とハニカミながら笑っている。くそっ! 可愛すぎる。だが男だ!

 あれだな、戸塚は男とか女とかそんなレベルの話ではないのかもしれない。戸塚は戸塚、それでいいのかもしれない。かわいいは正義だな。

 

「そんなに嬉しいのか?」

 

 あまりにも戸塚が嬉しそうにするので、ついつい俺は質問をしてしまった。

 

「うん。ぼく、男友達とか出来たことがなくって、こういうのに憧れてたんだー」

 

 つまり、俺は戸塚の初めての相手と……、俺は心の中でガッツポーズをする。嬉しさのあまり、コサックダンスを踊ってしまいそうだ。いや、踊らないけどね。戸塚に引かれたくないし。

 

「部活のやつらとは交換してないのか?」

 

「それは交換してるけど、友達としては比企谷くんが初めてだから」

 

「……そうか。そういや戸塚、結局、部活の方はどうなったんだ?」

 

 そういえば雪ノ下に頼んで以来、戸塚に聞くのを忘れてたな。

 

「最初は雪ノ下さんや由比ヶ浜さん目当てで練習に参加してる人もいたんだけど……」

 

 そうか、言われてみればトップカーストの由比ヶ浜、顔だけはいい雪ノ下。そんな二人が居ればたしかに男子は練習に参加するな。

 

「最初はってことは、あとからは違ったのか?」

 

「うん。練習に参加する人が増えてきたら、雪ノ下さんが練習メニューと、あとはあなたが頑張りなさい、って言って、それ以降はぼくにまかせてくれたんだよ」

 

 雪ノ下のやつ、そこまで計算してやったのか、もしかして。最初はどうなるかと思ったが、雪ノ下にまかせて大丈夫だったようだ。

 

「そうか。よかったな、戸塚」

 

「うん!」

 

 守りたい、この笑顔。むしろ守らせてほしいまである。

 その後、俺は戸塚と会話しながら学校へと向かうのだった。そんな戸塚との楽しい時間が終わり、授業を受け、昼休みになった。

 さて、いつもの場所に行きますかね。俺は自分の席を立ち、ベストプレイスへと向かおうとしたら、事件が起きた。

 

「ヒッキー、ちょっといい?」

 

 なにが起きたか?由比ヶ浜が俺に話しかけてきた。

 特段、普通のことだろうって?いやいや、十分に異常事態だろ。

 だって、トップカーストの由比ヶ浜が俺みたいなモブに話しかけたらおかしいだろ。しかもあだ名で。

 いや、大半のやつは悪口と思ってそうだが。それでもクラスの注目を集めていることには変わりはない。

 俺はさっさとこの視線から逃げたかったので、由比ヶ浜に聞く。

 

「なんだ?」

 

「昨日、消しゴム貸してくれてありがとう」

 

 そう言って、由比ヶ浜は俺に消しゴムを渡してくる。この際、なんで由比ヶ浜が俺に借りてるんだとかいろいろツッコミたいが、クラスのやつらはそれで興味が薄れたのか、各々、自分達の昼休みに戻っている。

 

「それで、話ってなんだ?」

 

 俺は消しゴムを受け取りながらそう聞く。

 消しゴムに関しては俺の記憶にないから、これは由比ヶ浜なりの気遣いなのだと思う。

 

「今から奉仕部に来れる?」

 

 つまりは、昼休みに相談しろってことか。放課後だと都合が悪いのだろうか。

 まぁ、いいか。

 

「わかった。由比ヶ浜は先に奉仕部に行ってろ、俺はあとから行くから」

 

 さすがに今のさっきで二人して出ていくのはダメだ。由比ヶ浜に変な噂とかついてもいかんしな。

 由比ヶ浜もそれでわかったのだろう。こくんと頷いて教室を出ていった。

 俺は頃合いを見計らって奉仕部へと向かうのだった。

 

 

 ====

 

 

 こんこんと扉をノックする。

 

「どうぞ」

 

 雪ノ下からの返事があったので、俺は扉を開ける。

 

「あら比企谷くん。どうしたの?」

 

 いや、どうしたのって。

 

「由比ヶ浜から来るように言われたんだが」

 

 なぜか由比ヶ浜がいない。飲み物でも買いにいってるのか?

 

「そう」

 

「というか、サボり谷くんとは呼ばないんだな。最近はその呼び方しかしてなかったのに」

 

「それはあなたが……」

 

 雪ノ下の言葉は戻ってきた由比ヶ浜によって書き消される。

 

「ゆきのん、ジュース買ってきたよ!」

 

「ありがとう由比ヶ浜さん」

 

 それ以上雪ノ下はなにも言おうとしてこなかったから、そこまで重要な話でもなかったのだろう。

 

「お前らに聞いてもらいたい話と相談がある」

 

 以上、回想終わり。

 そのあと俺は雪ノ下たちに今回なにがあったかを説明して冒頭のあそこに戻るわけだ。

 

「さて、冗談はさておき」

 

 由比ヶ浜と百合百合していた雪ノ下はこちらを向いてきた。

 冗談? どっからどこまでがかな、雪ノ下。まるで俺を罵倒したのはデモンストレーションとでも言わんばかりのいいぶりである。

 

「比企谷くん」

 

「なんだ、雪ノ下」

 

「平塚先生からあなたに課題が出ていると思うのだけど、あなたはそれを終わらせてきたの?」

 

 課題、それは平塚先生が俺にだした1つの問い。

 俺が何のためにそこまでして勝つことに拘ったのか。その理由。

 

「自分なりの答えは見つけたつもりだ」

 

「聞かせてもらってもいいかしら」

 

「あぁ……」

 

 俺の答えはいたってシンプル。

 

「俺は自分が思っていた以上にあいつらのことが気に入ってたみたいだ」

 

「……それで?」

 

「だから、あいつらが居るこの学校を、あいつらの居場所を守りたかった」

 

 そう、守りたかった。その居場所を、自分なんかを受けいれてくれたあいつらの大切な場所を。

 だから、勝つためと言って、問題を解決しようとした。あのままでは決勝に進んでもダメだと思ったから。

 だから、あいつらの気持ちを一つにまとめるために廃校のことを知らせ、一致団結を図った。

 俺は本当にどうしようもなくあいつらを気に入っていた。

 あまりにも自分の中で当たり前になり過ぎていて気付くのに時間がかかるくらいには。

 誰かの為に行動しているんだと思っていた。でも、違った。あいつらの為じゃなく自分の為に今回は動いたのだ。

 

「……比企谷くん、あなたは……なぜ戦車道をやめたの?」

 

「理由はさっき説明しただろ?」

 

「いえ、聞き方が悪かったわね。あなたはどうしたいの? 先程、相談したいと言っていたようだけど」

 

 さあ、ここからが本番だ。俺が今からこいつらに頼むことは俺のわがままだ。エゴだと言ってもいい。

 

「依頼がしたい」

 

「依頼?」

 

「ヒッキーが私たちに?」

 

「ああ」

 

「いいわ。聞いてあげましょう」

 

 なんでそんなに上から目線なんだ、雪ノ下。まあいい、いや全然よくないけど。今は頼れるのがこいつらしかいないからな。

 

「あいつらと話し合う機会の場をつくってくれないか?」

 

「それって……戦車道の人たちってことでいんだよね?」

 

「なぜそれをわざわざ私たちに?」

 

「言っただろ、俺はあいつらを傷つけたんだ。そんな俺があいつらと話をしたいと言っても取り合ってもらえないかもしれないからな」

 

「話し合う機会の場をと言ったわね、あなたはそれでどうするの?」

 

「戦車道に戻らせてもらう」

 

「え!?」

 

 由比ヶ浜が驚くのもしょうがない。俺は自分でやめといて、また戻ろうとしているんだ。

 

「自分が都合のいいことを言ってるのはわかってる。でも―――」

 

「彼女たちがあなたと話したくないと、戦車道に戻ってきてほしくないと言ったらどうするの?」

 

「ゆ、ゆきのん、その言い方は!」

 

「由比ヶ浜さん、これは大事なことよ」

 

 雪ノ下の言う通り、あいつらに拒絶されるのかもしれない。

 けど、それでも。

 

「それでも構わない。そうだとしても俺は戦車道に戻るつもりだ」

 

 あいつらに否定されてもいい。もう逃げない。俺はボコボコにされようと、必要にされていないとしても、あいつらに否定されようと構わない。

 

「……ねえ、ヒッキー」

 

「なんだ、由比ヶ浜」

 

「それって話し合う必要ってあるのかな?」

 

「は?」

 

 話し合う意味がない? やだなー、いやいや、そんなわけないじゃないですか由比ヶ浜さん。

 俺は確認をとるために雪ノ下の方を見たが、どうやらこっちも意見は同じらしい。

 

「確かに、由比ヶ浜さんの言う通りね。話し合ってもあなたの答えが一緒なら意味がないわね」

 

 ふむ、と納得するように、雪ノ下は顎に手をあてながらそう言う。

 ちょっと待とうか君たち。なんでいきなり俺の依頼を全否定してるの?

 

「おい、お前ら―――」

 

「でも、いいわ。その依頼を受けましょう」

 

「へ?」

 

「なにをそんなアホ面をしているのかしら」

 

「いや、てっきり断られる流れだと思ってたんだが……」

 

「忘れたの? 奉仕部は来るものは拒まずよ」

 

「そりゃそうだが……」

 

「それに彼女たちの依頼があるから、今更あなたが依頼を取り消したいと言っても受け付けはしないのだけれども」

 

 依頼? そういえば昨日、なんかそんなことを言ってたような……?

 

「比企谷くん。放課後、生徒会室に行きなさい」

 

「生徒会室?」

 

 どういうことだ? 依頼となんか関係があるのか?

 

「そこで彼女たちが待っているわ」

 

 雪ノ下のその一言ですべてがわかった。

 平塚先生は昨日言っていた。この依頼は今の君には関係ない、と。

 そして雪ノ下はこうも言っていた。今の彼を彼女たちに会わせても意味がない、と。

 だから、奉仕部に来た依頼はあいつらなのだろう。

 さすがにその内容まではわからないが、俺が関係していることは間違いはないはずだ。

 

「なあ、雪ノ下、由比ヶ浜」

 

「どうしたの、ヒッキー?」

 

「何かしら、比企谷くん」

 

「もし、俺があいつらの依頼を断ってたらどうしてたんだ?」

 

 俺は疑問に思ったことをぶつける。だってそうだろ。あいつらがした依頼の内容がなんにせよ、それは結局、俺が関係しているみたいだし、俺自身が拒んでしまえばそれまでだ。

 あくまで奉仕部は本人の意思を尊重するのであって、無理強いはしない。ここはそういう場所だ。

 

「……そうね。あなたがうん、と頷くまで、調教……いえ、拷問……いえ、説得をしたでしょうね」

 

 でしょうね、じゃねーよ! いろいろ言い換えてた単語の中に不穏なものが混じってるじゃねーか!

 

「さすがに冗談だよな?」

 

 俺は恐る恐る、雪ノ下に確認をする。

 

「……えぇ、冗談よ」

 

 ちょっと待て、なんだ今の間は。今の逡巡はなんなのかな、雪ノ下さん。

 君の冗談はちょっとサイコパスすぎやしませんかね?ドミネーターを使えばかなりの数値を叩きだしそうな勢いである。

 まあ今は、雪ノ下の言葉を信じるとしよう。そうでも思わないと、俺が平静を保てるか自信がない。

 

「というか、珍しくないか?」

 

「なにがかしら?」

 

「なんでそこまでするんだ? 基本的に奉仕部は無理強いはしないだろ? それなのに説得だなんて……」

 

 俺がこいつらにそこまでされる理由がない。そんな俺の質問に雪ノ下は答える。

 

「あなたはもう少し人に影響を与えていることを自覚した方がいいわよ?」

 

 なにを今更なことを言ってるんだこいつは。

 

「俺が人を不快にしていることぐらいは自覚してるぞ」

 

 昔からそうだ。男なのに戦車に乗ろうとしていたんだから、周りからすれば俺は気持ち悪かったはずだ。理解できなかったはずだ。

 

「それを自分で言っちゃうの!?」

 

 俺の発言に驚く由比ヶ浜と、なぜかため息をついている雪ノ下。

 その雪ノ下の俺を見る目は、まるで憐れんでいるように……いや、前言撤回だ。蔑んでいる目だった。

 

「あなたのその卑屈さも大概ね」

 

「俺から卑屈さを取ったらなにも残らんぞ、雪ノ下」

 

「いやいや、そんなことないでしょ!?」

 

 なぜかツッコんできたのは由比ヶ浜だった。

 

「ほう、由比ヶ浜。じゃあ、なにが残るんだ?」

 

 答えれるもんなら答えてみろ。

 

「…………えっと……優しさ?」

 

 由比ヶ浜は悩んだ挙句、そう回答してきた。

 俺はバファリンか何かなの? 半分は優しさで出来てますってか。というか、疑問形で言うぐらいなら言わないで良かっただろ別に。

 

「比企谷くん。私は、すべての人があなたを気に掛けて、嫌っているなんて自意識過剰だと言っているのよ」

 

 俺と由比ヶ浜の微笑ましくもなんともないやり取りに、雪ノ下が割って入ってきた。

 ここでも自意識過剰か。つまり、どういうことなんだってばよ。俺はわからなかったので、雪ノ下に説明をするように視線を投げかける。

 

「あなたは、自分が嫌われることがさも当然のように言っているけれど、逆は本当にないのかしら」

 

 その逆ねぇ。俺は自分でも言うのもなんだが、相当に捻くれている。そして、こじらせている。そんな俺を好きになってくれた奴なんて小町と愛里寿ぐらしか覚えがない。いや、そこに戸塚が入ってくれていると俺的にはとても嬉しいんだけどな。

 話が逸れたな。

 

「……まぁ、ゼロではないんだろうよ」

 

「そうね、宝くじで一等を当てるよりは簡単じゃないのかしら」

 

 つまりは、それぐらいに好かれる可能性がないと言いたいんですね雪ノ下さん。

 しかし、妥当といえば妥当だな。16年ちょっと生きてきたけど、俺を好きでいてくれている奴は二人しかいないわけである。

 約8年に一人、俺を好きになってくれるやつが出てくる計算だな。それはあくまで現状はであって、それ以降、数が増えない可能性もあるわけだが。

 その逆? いやいや、それこそないだろ。

 

「それと俺を説得するのとなんの関係があるんだ? まさかお前が俺を好きだなんて言わないよな?」

 

 これ、質問する意味なかったな。雪ノ下がなんて答えるかなんてわかりきってるじゃないか。

 

「……そうね。嫌いではないわ」

 

 は? 今、何て言った? なんかあり得ない単語が飛んできた気がするんだが……。

 

「雪ノ下、今日はエイプリルフールじゃないぞ」

 

「比企谷くん。これでも私は、あなたの努力する姿勢と考え方についてはそれなりに認めているのよ」

 

「お、おう?」

 

 今、俺の目の前にいるのは誰なんだろうか? 少なくとも俺の知っている雪ノ下は、俺のことを褒めたりしないんだが。

 はっ!まさか偽物?

 

「でも、最近のあなたは見ていて不快でしかなかったわ。意味もなく奉仕部に来るだけで、会話もほとんど生返事だったもの」

 

 やっぱりこいつは雪ノ下だった、この毒舌、八幡覚えがある。

 

「だから、平塚先生に相談したのか?」

 

「えぇ、あのまま奉仕部に居られても空気が淀む一方だったから」

 

 平塚先生、やっぱりこいつは俺のことなんて心配してませんでしたよ。

 

「なら、空気洗浄機でも買った方がいいんじゃないか?」

 

 ほらだって、俺はまだいるわけだし。

 

「そうね。でも、今のあなたのは正しい目の腐り方をしているからいらないんじゃないかしら」

 

 目の腐り方に正しいとかあるの?

 

「それと、比企谷くん」

 

「……なんだ?」

 

 こいつ、まだ俺に追い打ちをかけるつもりなのかしら。

 

「あなたが戦車道をやめた理由は、本当にあれだけ?」

 

「……」

 

 いや、なんというか。こいつやっぱり、あの人の妹だな。別にもう隠す意味はないし、正直に話すか。

 

「どうなの?」

 

「……あぁ、お前の言う通りだよ。俺のせいで優勝してもいちゃもんがつけられると思ったんだよ」

 

「あなたが男だから?」

 

「そうなるな」

 

「ヒッキーの考えすぎじゃないの?」

 

 甘いな、由比ヶ浜。世の中、いちゃもんをつけたがるやつらばかりなのだ。それこそ叩く理由があればなんだって叩く。

 

「でもあなたは、それでも戻るつもりなのね」

 

「まぁな。いざとなれば、俺が学校をやめるつもりだ」

 

 問題となるやつがその学校にいなければ、いくら叩かれようと問題はないはずだ。

 

「だ、ダメだよ!」

 

「あなたは本当に……。でも、その問題ならどうにかできるかもしれないわ」

 

「どうにかって、どうするんだよ」

 

「そうね。癪だけど、その時は姉さんの力を借りるわ」

 

 雪ノ下さん? あの人がなんか関係あるのか?

 

「陽乃さん?」

 

 由比ヶ浜も俺と同じことを思ったのだろう。雪ノ下に聞き返す。

 

「えぇ。姉さんは戦車道連盟に深い繋がりがあるから、どうにかできるはずよ」

 

 まじであの人はなにもんなんだよ。出来ればあの人の力は借りたくないな。普通に後が怖そうである。

 

「そうならないことを祈るしかないな」

 

「……そうね」

 

 これであらかた話すことは話したな。

 とりあえず今、俺がこいつらにやるべきことは……。

 

「雪ノ下、由比ヶ浜、……その…、なんだ、ありがとう、助かった」

 

 平塚先生は言っていた、この二人が心配して相談してくれたから動いたと。なら、二人に礼を言うべきだと思い言ったのだが……。

 

「……」

 

「……」

 

 二人の反応がまさかの無言である。いや、無言て。

 

「なんか反応しろよ……」

 

 その言葉に真っ先に反応したのは由比ヶ浜だった。

 

「ご、ごめん! な、なんていうか、ちょっと意外だったから……」

 

「俺がお礼を言うのがか?」

 

 たしかに俺は捻くれてはいるが、礼ぐらいちゃんと言えるぞ。

 

「それもなんだけど、ヒッキーの顔が……」

 

 顔? まさかの二人が無言だったのは俺の顔のせいだったらしい。まじかよ……そんな変な顔してたのか俺……。

 

「なんかすまん」

 

 もう、自然に謝ってしまっていた。

 

「べ、別に、顔が変だったとかそういうことじゃなくて!…………いきなりそんな優しい顔するなんてずるいよ……」

 

 どうやら変な顔はしてなかったらしいのだが、後半は由比ヶ浜がボソボソとしゃべっていたせいでよく聞こえんかった。

 だから、聞き直そうとしたら。

 

「こ、この話はこれで終わり! ね? ゆきのん!」

 

「そ、そうね。お昼をそろそろ食べましょうか」

 

「お、おい、お前ら?」

 

 それでもう、あなたと話すことなんてないわと言わんばかりに昼飯の準備を始める雪ノ下たち。

 西住たちとの話の場を設けてもらっただけでもありがたいし、これ以上つっこむのは野暮かもしれん。

 しかし、あれだ。すこぶる行くのが気まずい……。放課後までに覚悟を決めないと、そのまま家にエスケープするまである。

 とりあえずはベストプレイスに行って昼飯でも食うか。

 


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