間違いながらそれでも俺は戦車に乗るのだろう。 作:@ぽちタマ@
「あ、あの、これ……」
小学生の頃、俺は女子に頬を赤らめられながら、遠慮がちにそう言われて手紙を渡されたことがある。
「え? 俺に?」
いわゆるラブレターなのだと、その時の俺は勘違いしていた。
が、次に放たれる言葉によってその幻想は儚く砕け散る。
「は? 違うから。あんたの隣の席の高橋くんに渡してよね!」
こいつはなにを言ってるんだろうか? 勘違いした俺も俺だが、こいつもこいつでどうなんだよ……。
そんなに大事なものなら自分で直接渡せ。ましてや、人を経由して渡すなど言語同断である。今回の俺のように勘違いする男子だって少なくないだろ。
「あ……、うん」
だが悲しいかな。その時の俺はそんな言い返す勇気などもなく、素直に隣の席の高橋くんに手紙を渡した。
そのせいでなんか変な噂が流れたのを覚えている。
やれ、「ひき×たか」や、やれ、「たか×ひき」など、一部の女子がキャーキャー騒いでいた。あの頃の俺は純粋だったから意味なんてわからなったが、今に思うと、わかっていたら、お前らなんでその年にして腐ってんだよ!とツッコミを入れていたに違いない。心の中で。
あと、高橋くんがまんざらでもない顔をしていたのは、たぶん、俺の記憶違いだと思いたい。……いや、そうであってくれ。
話が逸れすぎたな。
結論。俺がなにが言いたいかというと。男子は勘違いする生き物であり、女子は勘違いさせる生き物なのだ。悲しいかな。自分じゃないとわかっていても、男子は女子の行動に胸に期待を膨らませ、渇望してしまう。今度は自分の番なのだと。
だが、俺はそんなことにはもう勘違いはしない。しないというか、しなくなった。
メールが届いたり、ふとした時に身体に触れられたリ、授業中に目が合って微笑まれたり、誰かが俺を好きだなんて流れてきたり、たまたま席が隣でよく話したり、いつも帰る時間が同じだったり、そのたびにまちがえ、勘違いをしてきた。
とどめに告白なんてこともあったが、やっぱりそれもまちがいであり、勘違いの極みと言えたのかもしれない。
だから、目の前にいるまほさんの、「私の部屋に来ないか?」という言葉もたいして意味はないのだろう。
いや、男を部屋に連れ込むことがたいしたことじゃないっていうのは些か無理があるか?
俺とまほさんの関係を振り返ってみるか。
ファーストコンタクト。喫茶店で遭遇。大好きな妹の近くにいる不穏な影(俺)。
セカンドコンタクト。戦車道全国大会の一回戦の終わりに遭遇。困っている大好きな妹を助けようとしたら、余計なおせっかいで邪魔をする男(俺)。
サードコンタクト。西住流の本家からの呼び出しにより、強制エンカウント。自身がやっている流派の家元、もとい母親に喧嘩を吹っ掛ける大馬鹿野郎(俺)。
あれ?うーん?これ考えるまでもなくダメなやつじゃないか?アウト三つ、トリプルプレーだな。
むしろなんでこれで嫌われてないのだろうか?わりと不思議である。
「あの、まほさん」
とりあえず今は、事の真意を本人に確認してみるか。
「部屋に来ないかって、どういう意味ですか?」
「どういう……?」
俺の質問にまほさんは小首を傾げ、キョトンとしている。いやいいやいや、なんで言った本人が不思議そうにしてるんですか。
っべー、っべーはこの人。自分が言ったことの意味をまるで理解していない。西住といい、まほさんといい、西住家の教育はどうなってんの?さすがにこれはあかんでしょ!特に今回は西住の時とは比にならないぐらいにあかんよ。
なにがあかんって、俺、お泊りしてるんだよ?そんな俺を自分の部屋に呼ぶことの危険性をまるでわかっていない。
「まほさん、いいですか? 大事な話をします」
「……大事な?」
「俺なんかを部屋に呼んだらダメです」
「……なぜ?」
まるでなんでそんなことを言ってるのか理解できない、という顔で、まほさんは俺を見てくる。
なぜ? なぜときたか。え? これ、俺が説明しないといけないの?冗談でしょ?嘘だといってよ、バァーニィー!!と叫びたい気分なんだが……。
でも説明しないと、この会話が延々とループする未来しか見えない。
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いやー頑張った。頑張ったよ俺。いかに男を部屋に呼ぶことが危険なことなのか、まほさんに説明することができたな。
「適当なところに腰かけてくれ」
とりあえず座るか。
…………いや、言い訳させてくれ。俺は頑張ったんだよ? ホントダヨ? ハチマン、ウソツカナイ。
冗談抜きでね、ちょっとした無理ゲーだったんですよ……。さすがにまほさんに保険体育の授業(意味深)をするわけにもいかず、言葉を濁しつつもなんとか男を部屋に呼ぶことの危険性を説明できはしたんだよ?したのはいいんだが……。
『八幡なら大丈夫』
という、まほさんのよくわからない根拠のない発言に俺は、あ……、はい、というしかなかった。自分で言うのもなんだが、押しに弱すぎるな、俺。
それと、これって俺は男として見られていないということでファイナルアンサー?西住もなんかそんな理由で俺を部屋に呼んでたしな。
まほさんの部屋は今時の女子のようなふわふわした感じのイメージの部屋とは違い、いたってシンプルな感じである。
今時の女子のイメージは具体的に言うと、花柄のカーテンとか、花柄の枕とか……、とにかくぽわんぽわんしていそうなのである。
……俺の今時って花柄ばっかだな。いや、だってしょうがないじゃん! 大洗の戦車道に入るまでまともに女子と会話したことなんてなかったし!
しかし、ぽわんぽわんとか、いかにも馬鹿っぽい単語だな。由比ヶ浜にとても似合いそうである。
まほさんの部屋にはそういうぽわんぽわんとした物はなく、代わりに、と言っていいのかはわからないが、トロフィーやら賞状などがかなりの数飾られている。
これ全部、戦車道関係のものばかりなんだろうな。っと、いかんいかん。俺は別にまほさんの部屋を鑑賞しに来たわけじゃないのだ。
「それで、俺をわざわざ部屋に呼んだのはどうしてですか?」
「八幡、君に話しておきたいことがある」
話? わざわざ部屋に呼びだしてまで?
「なんですか?」
「……戦車道の全国大会決勝、私は全力で君たち大洗を倒すと思う」
そこで妹の為に手加減をすると言わないあたり、まほさんらしいな。でも、それならわざわざ俺を部屋に呼ぶ必要はあったか?
だが、それは俺の早合点であり、次のまほさんから放たれる言葉で全てだった。
「だから、八幡。全力で私たち黒森峰を倒してくれ……。みほのために」
そう言ったまほさんの顔は、なんともいえない、複雑な表情をしていた。
あぁ、なるほど。確かにほかの人には聞かせられんな、こんなこと。前半部分が西住流の西住 まほとするならば、後半部分が姉としての西住 まほなのだろう。
そりゃそうだ。いくらまほさんでも、自分が勝ってしまえば妹が勘当になってしまうのだ。いくら無表情を装っていても、心中は穏やかではなかったのだろう。
でもそれは、西住流としては相応しくない、だからこその俺だ。だって俺は、その西住流に現在進行形で喧嘩を吹っ掛けている大馬鹿野郎である。こんなに頼みやすい人間もそうはいないだろう。
「俺なんかにそんなこと頼んでいいんですか?」
「八幡、君だから頼むんだ」
あの時の生徒会室での西住と同じように、まほさんは真っ直ぐな瞳で俺を見てくる。
それだけで、この人がどれだけ真剣に頼んでいるかがわかってしまった。
――あぁ、やっぱり姉妹なんだな。こういうところも似ている。
「なら、そっちの作戦とか教えてもらうってことは……?」
「できない」
ですよねぇ。知ってた。知ってたけど、なんとなく聞いてしまった俺であった。
「じゃあ、ただでお願いを聞くのもなんですから、もし大洗が勝てたら俺の言うことをなにかひとつ聞いてくれませんか?」
「いいだろう」
「えっ!?」
即答だった。あまりにも即答だった。逡巡やためらいもなく即答である。あまりにも潔すぎて話を持ち掛けた俺の方が動揺してしまっている。もう少しシンキングタイムとかあったほうがいいんじゃないの?
やだどうしよう。いまさら冗談でしたとは言えない雰囲気になってしまった……。
「え、えっと、じゃ、じゃあ、ですね……」
「あぁ」
「デートしてください」
「……君と?」
「あ、いや、俺じゃなく、西住と」
「みほと?」
「えぇ」
「普通そういうのは男女同士でやるものだと思うのだが」
「最近はそうでもないらしいですよ? 女子同士の普通の買い物でもデートって言うらしいですし」
実際のところは知らないけどね。だって俺、ぼっちだし。
デート、買い物、ようするに出かける口実があればなんだっていい。俺がまほさんにお願いしたことは……。
「つまりですね。いい加減に仲直りしてくださいってことなんですよ」
「……仲直り」
たぶん、西住とまほさんはあと一歩なのだと思う。きっかけがあればいけると思う。
一緒にヘリにのって俺が思ったことは、互いに互いを気にしているってこと。もっといえば気にしずぎである。
余計なお節介なのはわかってはいるが、同じシスコンとして、これ以上はちょっと見過ごせない。互いに嫌いあって仲が悪いのなら俺だってこんなお節介はしない。
「……どうして?」
「なにがですか?」
「どうしてそこまで私たちのことを気に掛けるんだ?」
どうしてって。
「前にも言ったと思いますけど、昔の小町と俺に似ているんですよ。だからですかね」
俺は小町が嫌いで、小町もそんな俺が嫌いなのだと思っていたあの時期。西住とまほさんはそういうのじゃないのはわかっているが、やはりすれ違っているのはもどかしい。
「……そうか。しかし、どうしたものか……」
なにか懸念することがあるのか、まほさんはなにやらうんうんと考え込んでいる。
「もしデートすることになったら、みほとなにを話したらいいかわからない……」
あー……うん、そこかぁ。
「無理に話そうとしなくていいんじゃないですかね。適当に歩いて、適当に店とか行ったりとかしたりする。特別ななにかをする必要はないと思いますよ?」
「……そうだろうか?」
「強いて言うなら、あれですかね。西住の話を聞いてやってください。学校のことでも、好きな人ができたかだとかでも、そんな普通の会話を」
それだけでいいと思うのだ。特別ななにかを、西住は求めていないと思う。
「……好きな人?」
ちょ、こわっ!
まほさんの雰囲気が、大事な妹に手を出した下手人の名前を教えろ、と訴えてるように感じられるのは気のせいじゃないだろう。
あれか、"好きな人"という単語に反応しちゃたのね。まぁ、わかる。俺も小町からそんな単語がでたら反応するだろうし。
「た、たとえばの話ですよ。実際にはいないんじゃないですかね」
俺が知るかぎりではだが……。
「……そうか」
その言葉で安心してくれたのか、まほさんの雰囲気が元に戻る。
ふぅー、これだからシスコンは。……、綺麗なブーメランだな。おい。
唐突だが、西住 まほは優しい女の子なのだと思う。
テレビでみたまほさんは、印象こそしほさんにそっくりで、自身がが言っている『西住流そのもの』をまさに体現していた。
西住から聞いていた人物像も大体そんな感じだった。だがそれも、ルクレールでまほさん本人に会うまでの話である。
ルクレールで会ったまほさんは、どうしようもなく妹が好きで好きでたまらない、俺と一緒でシスコンだった。それに気づいたのは俺だけで、妹である西住もそのことに気づいてはいなかった。
すれ違っている。一目見てそれがわかった。
だからだろう。妙にこの姉妹のことが気になって、柄にもなくお節介をやいてしまったのは。
最初の話に戻る。西住 まほは優しい女の子である。それはなぜか?簡単な話だ。まほさんが頑なに西住流であろうしているのは一重に、西住の為なのだと思う。
西住流から、戦車道から逃げ出した西住になんのお咎めもなかったのも、まほさんという次期後継者がいたからだろう。
まほさんがもし、西住流として相応しくなくなったら、今度は西住が西住流としてやらないといけなくなる。だからこそ彼女は、誰よりもなによりも西住流であろうとしている。
それこそ、大好きな妹から嫌われようとも西住流であり続けるのだろう。
とまぁ、いろいろ言ったわけだが、これが合っているかは知らん。俺が今まで見てきた結果を考察した結果でしかないからな。
「『月が綺麗ですね』、夏目漱石はI Love Youをそう訳したんですよ」
「?」
俺の言葉にまほさんはまだ頭に疑問符を浮かべている。
「まほさんはこれについてどう思います?」
「どう、とは?」
「俺はぶっちゃけると意味がわからないです」
だって、なにがあったら、愛しているが月が綺麗ですね、になるのか。
「それで俺が何が言いたいかというと、言葉なんてただの飾りなんです」
それこそ、口ではなんとでも言える。
「I Love Youが月が綺麗ですねになるんですから、大事なのは言葉自体じゃなく、その本人がどう思っているかだと俺は思うんですよ」
言わなきゃわからないのかもしれない。でも、言ったからと言ってわかるだなんてのは、言った本人の自己満足でしかないのだろう。
「だから、まほさんも変に西住と会話しようとしなくていいんじゃないですかね? 前の……一回戦のあとのあの時みたいに笑って、西住の話を聞いてやれば大丈夫だと思いますよ」
言葉なんて交わさなくても、それだけでいいのだと。そう、俺は思うのだ。
「………」
「まほさん?」
まほさんは、いきなりボーッとして、俺の方を見てくる。え?俺の顔になにかついているんだろうか。
「……弟がいたらこんな感じなのだろうか……」
そんなことをボソッと呟くまほさん。
え? はい? 弟? どうしたんだろうか、いきなり。
「八幡」
そして、まほさんはなにを思ったのか。
「お姉ちゃん、と呼んでみてくれないか?」
――なんてことを言ってきた。なしてお姉ちゃん呼び……。
「……あの、まほさん?」
「お姉ちゃん」
「いや、あのですね……」
「お姉ちゃん」
「いや、あ―――」
「お姉ちゃん」
もはや、その単語しかしらないんじゃないかってくらいにお姉ちゃんと連呼してくるまほさん。
最初は冗談かと思ったが、まほさんの目は真剣そのものだった。……もう一度言うぞ。まほさんの目は真剣そのものだった。
ダメだこの人、早くなんとかしないと。……なんなの? シスコンの禁断症状かなんかなの? 弟が欲しくなったんですか? それなら、しほさんに……いや、ダメだな。ちょっとした騒ぎになりそうだ。
……そんなことより。これってもしかして、俺がお姉ちゃんと言うまでずっと続いたりするの?いいえのコマンドは受け付けませんってどこのRPGだよ……。
「ま、まほ……ねぇ、さん」
俺がそうぽしょりと呟くと、まほさんは優しく俺に微笑み返してくれた。
あれ? なんだろこの気持ち……、嬉しい……?やばい……なんかハマってはいけないなにかにハマってはしまいそうなんだが……。
はっ! いかんいかん! 俺には小町がいるんだっ! そ、そろそろ時間も時間だし、お暇させてもらおうかな。
「じゃ、じゃあ、まほさん。俺はそろそろ戻りますね」
「あぁ、おやすみ」
そうして俺はまほさんの部屋を退出、そのまま用意されている自分の寝床へと向かった。
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いやー、よく眠ったわー。まぁ、朝5時なんだけどね。だって今日、普通に学校あるし、ヘリでの移動を考えるとこんな時間に起きないとダメなんだよな。いつもならまだ寝れるのにと思うと、ちょっとだけ憂鬱だな。
それと、昨日のアレは現実だったのか? いっそのこと夢の方がいい気がするのは俺の気のせい?
「おはよう、八幡くん」
「……おう。おはよう、西住」
な、なんとなく後ろめたい……。別にやましいことなんてしていなはずなんだが……。
俺たちは今、ヘリに乗るために集まっている。
「おはよう。みほ、八幡」
どうやらまほさんたちも揃ったようだ。揃ったのはいいんだが……。
「エリカさん、どうしたのかな?」
西住の言う通り、イッツミーは様子がおかしい。というか、俺を睨んできているだよなー。やっぱり昨日のことを根に持っているのかしら。
「……さぁ? 虫の居所でも悪いんじゃないか?」
さすがに西住に昨日あったことを説明するわけにはいかんしな。ということで触らぬ神に祟りなし!
ーーー
ーー
ー
そして何事もなく大洗に到着、俺と西住はヘリを降りた。
さて、なんだかんだでまで朝飯も食ってないしな。家に帰って飯でも食おう。
「みほっ!」
しかし、どうやらまだなにかイベントが起こるようだ。まほさんが西住に話しかける。
「どうしたの? お姉ちゃん?」
「私も、負けないから」
「え?」
ぽかんとした顔を西住を置き去りに、俺たちをここまで運んでくれたヘリは大洗を去っていた。
「ねぇ、八幡くん」
「ん? どうした?」
「さっきのお姉ちゃんの言葉ってどう思う?」
「どうって……普通にそのまんまの意味じゃないのか?」
もしくは西住が西住邸で言った「私……負けないから……!」という言葉にまほさんが答えたかだな。いやぁ、姉妹の仲が進んでなによりである。
それはいいんだが、西住はなにか気に入らないのか、さっきのイッツミーみたく俺を睨んできている。
え?どうしたの?お腹痛いの?正露丸なめる?
「……八幡くん、お姉ちゃんとなにかあった?」
「……イヤ、ナンニモナイヨ?」
言えない、昨日のことは絶対に言えない。だってなんでああなったのか未だにわかってないんだもの……。
「……八幡くん?」
西住がジト目で俺を見てくる。
「とりあえず西住も学校の準備とかがあるだろ?さっさと帰ろうぜ」
これ以上はダメだ。なんかボロだしそうだし……。撤退だ撤退!
しかし、やることがいっぱいだな。とりあえず目下は戦力の補強と、まほさん率いる黒森峰を撃破するための作戦を考えないとな……。