間違いながらそれでも俺は戦車に乗るのだろう。 作:@ぽちタマ@
決勝戦に向かうにあたって、選手の不安要素などは出来るだけ消しておきたい。
俺が日曜日にも関わらず、こんなところに来たのだってそれが理由だ。俺が生け花の展示会とか似合わないにもほどがある。昔の俺がみたら笑いこけているだろう。
俺が珍しく、日朝タイムより早くから起きてるもんだから、小町が不思議そうな顔をしていた。「どこか出かけるの?」と聞かれ、「生け花の展示会」と答えた時の小町の、え…お兄ちゃん、頭大丈夫?と言わんばかりの小町の表情を朝から拝んで、俺はここに来た。
出かけるまで、何度もしつこく小町にねえねえどうしてなの?と聞かれ、俺は渋々「五十鈴のやつに呼ばれた」と言ったら、これまたなニヤニヤ顔で、小町はこっちを見てきた。確実になにか誤解している顔だった。
……だから言いたくなかったのだ。
別にお呼ばれしているのは俺だけじゃないのだ。西住たちだって来るんだし、特段、小町が思うようなことは一切ない。むしろ、俺自身、なんで呼ばれたのかわかってない。五十鈴の母ちゃんはなにを考えているんだろうか?……わからん。
わからんが、あの時に俺がビンタされたことでこうなったと言われれば、行くしかないのだった。俺はビンタされてすぐに部屋を出ていったから、五十鈴親子の間でどのような会話が行われたかは知らんが、武部の口ぶりじゃ、今回の展示会で勘当がどうなるか決まるらしい。
つまるところ、五十鈴が言っていた自身の華道をどこまでより高められたかということなのだろう。
五十鈴の母ちゃんが言っていた、戦車という野蛮なものに乗ってまで求めた結果を、五十鈴は示さないといけないわけだ。
でも、プラウダ戦の時は観戦しに来てくれたのだから、そこはもう素直になっていいんじゃね?とも思うのだが、それはそれ、これはこれ、なのだろう。
そんでもって、俺は西住たちとの指定時間より早めに展示会場に来ている。なぜなら……。
「すいません、八幡さん。こんな早くに来てもらって」
「……まぁ、三人で話し合いしたいっていわれたら、西住たちには聞かせられんしな」
五十鈴から俺の携帯に連絡が入り、『当日、早めに来てもらえないでしょうか』というメールをもらったからだ。
それにしても……。
「ふむ…」
俺は五十鈴を見る。生け花の展示会にあわせてだろうが、五十鈴のやつは着物を着ている。普段は大洗の制服姿しか見たことがなかったからな。なんとなく見てしまった。
「あの…八幡さん……?」
「ん?あぁ、すまん。ちょっと着物姿が珍しかったもんで、不快な気持ちにさせたか?」
「い、いえ、そうではないのですけど……。その…似合ってるでしょうか?」
なんでそんなことを聞いてくるのだろうか?五十鈴は何度も着物を着ているだろうに。
こういう時はどうしたらいいのだろうか?俺の記憶の中を探ってみる。俺にそのような経験はないので、必然的に小町が時々言っている言葉を思い出す。
『―――女の子の服装は褒めてなんぼだよっ!お兄ちゃん!!似合ってなくても、似合ってるよ!と言ってあげましょう!!』
いや、似合ってないのに似合ってるとか言ったらダメだろう、小町よ。
我がマイシスターの助言はどこかネジの一本が外れているな気がしてならない。大丈夫だろうか?変な男とかに引っかかったりしないだろうか?心配だ。
と、そんなことを考えていたらいつの間にか五十鈴の顔が下を向いていた。俺が答えを言わないもんだから、似合ってないと思われてしまったのかもしれない。
「あー…その、なんだ……。まぁ、悪くはないんじゃないか?」
「…っあ。あ、ありがとうございます」
俺なりに褒めたつもりだったが、どうやら五十鈴には伝わったらしい。別に小町が言うようになんでもかんでも褒めたわけじゃないんだからねっ!
というか、なんか少し変な空気になってしまった。さっきから互いにそれ以上の言葉を発していない。……気まずい、慣れないことはするもんじゃないな。
「華さん」
「あ、お母様…」
「あなたも来てくださったのね」
俺は、何をしたらいいからわからなかったので空を見ていたら、五十鈴の母ちゃんが俺たちを見つけこっちに近寄ってくる。
俺はとりあえず、ぺこりとお辞儀をする。
「あの…話があるって聞いたんですけど……」
「華さんの作品は見たかしら?」
「?いえ、まだ来たばかりなので」
「そう。では、見に行きましょうか」
ということで、俺たちは五十鈴の作品が展示されている場所へと向かうのだった。
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五十鈴の作品は一目見てわかった。いや、俺に生け花の知識なんてないが、それを加味しなくても、五十鈴のやつのは異彩を放っている。他とは明らかに違うのだ。なにが?うん。戦車なのである。……いや、なに言ってるのとか言わないでもらいたい。本当に戦車なのである。花器が。
また斬新なものを作ったものである。あれの花器とかはどうしたのだろうか?ナカジマさんたちに頼んで作ってもらったんだろうか?あの人たちなら余裕で作れそうだし。
「どうかしら?」
「なんて言ったらわからないですけど、いいんじゃないんですかね?なんというか、五十鈴らしさがでているというか……」
俺に生け花や華道の知識なんてないし、こんな感想しか思いつかなかった。
が、それでよかったのか。
「そう。素人目のあなたがそういうのなら間違いないのでしょう」
五十鈴の母ちゃんはそんなことを言ってくる。
「なにがですか?」
「この子の活けた花はまとまってはいるけれど、個性と新しさに欠ける花でした……。こんなに大胆に、そして力強い作品ができたのは戦車道のお陰、なのかもしれませんね。それか、もしくは……」
なんでこっちを見てくるのだろうか?なんか前にもこんなことがあったな。
「……俺は、なにもしてませんよ」
「いえ、あなたにはお礼……、お詫びを言わないといけないわ。もし、あの時のことがなかったら、真剣にこの子の話を聞けていたかわかりませんでした」
それはどうだろうか?さっきの話を聞く限り、この人も五十鈴の華道に何かが足りないのはわかってたみたいだし、正味、俺がああしなくても結果は変わっていないような気もする。
「そんな謝らなくていいです。俺こそ、あの時煽ったんですから文句は言えませんよ」
「……そう。なら、この話は終わりね。……華さん」
「…はい、お母様」
「いつでも家に戻ってらっしゃい」
「…!はい……っ!」
とりあえず、これで五十鈴のやつの問題は解決だな。俺が必要だったか定かではないが、五十鈴の肩の荷は下りただろう。これで気兼ねなく戦車に集中できるだろうし。
親子水入らずだろうしな、俺は少しの間トイレにでも行きますか。
「すいません。トイレってどこですか?」
「あそこの突き当りを曲がったすぐにありますよ」
「ありがとうございます」
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「気を遣わせてしまったかしら?」
「八幡さんはああいう方です、お母様」
彼はいつも周りを気遣っている。それこそ、自分を蔑ろにしてまでしようとする時があるから困ったものでもあるけど。
「それで?」
それで?とは、どういう意味でしょうか?お母様の意図を計りかねる。
「えっと…なにがでしょう?」
「彼はいつ、五十鈴家に来るのかと聞いているのよ?」
お母様は突如としてそんなことをいってくる。
「お、お母様!?私と八幡さんはまだそういう関係では…っ!」
「”まだ”ということは、いずれそういう関係になりたいと?」
「―――っ!」
どうしようもなく、顔が赤くなっているのを自覚する。鼓動は早くなって、少し動悸が激しくなる。できることなら、遅く戻ってきてほしいと思ってしまう。あの人に、八幡さんに今の顔はあまりみられたくない。
「やっぱりそうなのね」
「あ、あの…その…」
なにか言いたいのに、なにを言っていいかわからない。
「華さん。あなたには、そろそろお見合いをしてもらおうと思ってました。でも、それも必要はなさそうね」
お見合い。言われればそういう話がきてもおかしくはない年ごろにはなっている。16歳。法律上では結婚できる年齢だ。
でも、必要ないとは……?
「私もまだまだね。人は見た目ではない……。言ってる意味はわかりますね?」
たぶん、八幡さんのことを言っているのでしょう。
「……はい」
「彼になら、あなたを任せることができるわ。だから、華さん。頑張りなさい」
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「――だから、華さん。頑張りなさい」
俺がトイレから戻ってくると、ちょうど話が終わったのか、そんな話声が聞こえてきた。
どうやら、俺が心配するまでもなく親子関係は良好のようだ。なぜか、五十鈴のやつの顔が赤いのはよくわからんが。
「話、終わりましたか?」
「八幡さん!?」
「お、おう……。どうした?五十鈴」
「もしかして、さっきの話を聞いてましたか?」
話?あぁ、あれか。
「すまん。戻ってきたら聞こえてしまったんだが…聞いたらダメだったか?」
「いえ…あの…それで?八幡さんはどう、思われてるんですか?」
「頑張ったらいいんじゃないか?」
「!」
「戦車道」
俺がそういうと、見る見る五十鈴のやつが落ち込んでいく。え?頑張れってそういうことじゃないの?違ったのか?
なぜか五十鈴の母ちゃんには、これは手強そうね、みたいな顔でこっちを見られた。どういうこっちゃ。説明してくれよ誰か。
よくわからない五十鈴親子の反応を見ていたら、どうやら西住たちが来たようで。
「わぁー、素敵!」
「お花の香り~」
「いつも鉄と油の香りばかり嗅いでますからね、私たち」
「華さんのお花は……」
「あ…あれじゃないって、ハチ!なんで先に行ってるのよ!昨日、みんなで行こうって言ってたでしょ!」
「なんで女子と仲良く一緒に生け花の展示会に行かないといけないのか。普通に恥ずかしいから無理って言っただろうが」
ボッチ舐めんなよ!俺のメンタルが、そこらへんのイケメン男子みたいにタフネスなわけがないだろ!
「ご、ごめん……って、なんで謝ってるんだろう、わたし?」
お前が悪いからに決まってるだろう。
「は、八幡くん、落ち着いて。ね?」
「というか、八幡殿。戦車道に入ってるいる時点で女子と一緒どうのこうのって言うのはおかしくないですか?」
「それはそれ、これはこれだろ」
少なくとも、一緒に行く理由はないはずだ。
「ハチなんてほっといて、華のお花をみよう!」
「沙織……今のは……」
「なにもかけてないから!ていうか、それを言うならさっきみぽりんも言ってたでしょ!」
「え?私?」
女子は三人寄れば姦しいというが、これは些かにぎやかすぎるだろ。お前ら、もう少し静かにしろよ……。
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そんなこんなで五十鈴の展示会も見終わり、昼になったということで途中サイゼで昼食を済ませ。俺たちは大洗町にある冷泉の自宅へと向かっている。
あと余談なのだが、五十鈴のやつがこれでもかってぐらいに昼飯を食っていた。あまりにも注文しすぎて、料理もってくる店員が若干顔が引きつっていたレベル。なんかあったのか?
もちろん、俺は一人で食べてたよ?ひとつ離れた席で。
というか……。
「なぜに俺は冷泉をおぶっているのか……」
「麻子がお昼ごはん食べたら寝ちゃったからねー」
子供かっ!あ、いや。子供か。
「これ、冷泉が道案内しないといけないのに、いいのかよ……」
「まあ、私が麻子ん家知ってるから、問題ないと言えば問題はないんじゃない?」
いや、だいぶ絵面に問題があると思うのは俺だけなのだろうか?できれば西住たちの数メートル後ろを歩きたかったのに……。これだと無理である。
「……ねえ、ハチ。華となんかあったの?」
武部のやつがほかのやつに聞こえないようにぼそぼそっと言ってくる。
「なんかってなんだよ」
「いや、それは私に聞かれても困るんだけど……私たちが来る間になにかなかったの?」
なにかって……。
「五十鈴のやつが着物着てたから褒めた……はっ!まさかそれか!?」
あとからになって俺に褒められたのが嫌になったのかもしれん。
「いやいや、絶対に違うでしょ……」
そうは言うがな、武部。俺は小学生のころを思い出す。あれはそう……。
女子1「わたし、新しい服買ってもらったんだぁ!」
女子2「えーホントだ。かわいいね!」
俺「まぁ、似合ってるんじゃね?」
女子1「え…うん」
女子2「あ、ありがと?」
この時の俺はシャイだったのだ。こういうだけで精一杯。
そしてそのあと。
女子2「あれ、なんだったの?女子1ちゃんの友達?」
女子1「え、知らない。どうしようこの服…」
女子2「もう着ない方がいいよ」
という会話をたまたま聞いてしまったのだ。あれは男子トイレで一人泣くしかなかった。
「……それ、あきらかにハチが悪いんじゃない?その子とは仲良くなかったんでしょ?」
いやまぁ、その女子もどうかと思うけど、という武部。
「朝にあいさつされる程度だったな」
「なんでそれで服を褒めたし……」
「あいさつされてるだけで好かれていると思ってたんだよ。勘違いしやすいお年頃だったんだよ」
言わせんな。恥ずかしい。
まじ、あの時の俺ちょろすぎな。そのせいでいろいろとあったのは言わずもがな。
「でもさ、その子たちと華が一緒だと思う?」
「……思わんな」
よくよく考えれば五十鈴はそんなやつじゃなかった。なら、なんでちょっと俺は避けられているんだろうか?
「とりあえず……って言ってたら麻子ん家着いたね。ハチ、麻子起こして」
「おい、起きろ。冷泉」
「ん…あと、五分」
「それ、伸びるやつだから却下」
「麻子。おばぁに怒られてもいいの?」
「おばぁっ!」
ちょっと?俺の背中でびっくりしないでもらえます?俺もつられてビクッとなったじゃねぇか。
そして冷泉を背中から降ろすと。
「……八幡。一人で行ってくれ」
「ふざけんな。怒られるのが恐いからって逃げようとしてんじゃねぇぞ」
「ぬぐぐ…」
うなっても一緒だから。
「じゃあ、私たち、外で待ってるから」
ということで、俺と冷泉は、通称おばぁと呼ばれる冷泉のばあちゃんがいるであろう家の玄関の扉を開けるのだった。
「おばぁ。連れてきた……」
「やっとかい。いつまで待たせて――」
呼び方がわからないのでおばぁと呼ぶが。おばぁは俺を見るや否や動きが止まった。え?俺、なんかしたっけ?
「……俊彦?」
俊彦?誰だそれ?
「おばぁ。違う」
「あ、あぁ、すまなかったね。気にしないでおくれ。……それで?あんたがこの前この子を病院に送ってくれたんだって?まったく。余計なことをしてくれたもんだよ。おかげでこの子が何日も病院にいるっていって聞きやしなかったんだから」
「お、おばぁ!」
ツンデレとはまさしくこの人のことを言うのだろう。言葉だとわかにくいが、表情が微妙に嬉しそうに変化している。冷泉も冷泉だが、おばぁもおばぁで互いに大事に思っているのだろう。
というか、ばあちゃんのツンデレをみせられるこっちの身にもなってほしいんだが……。
「……あんたは戦車に乗ってるのかい?」
「え?あ……はい」
「そうかい。この子のことを頼んだよ。昔から愛想が悪いからね」
「気持ち悪くないんですか?」
「あんたが戦車に乗ってることがかい?あんたの面構えなら、私がなに言ってもかわらんだろう?そういう目をしている。……本当に、そっくりだよ」
「え?」
最後の方がよく聞こえなかった。
「この子と話があるから、先に外で待ってやってくれるかい?」
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「麻子。あんたは私をびっくりさせて殺すつもりだったのかい?」
「そんなつもりじゃなかった……」
「あんたが頑なに連れてこようとしなかった理由がわかったよ。そういうことだったんだね」
そういうおばぁは懐かしむような、悲しいような顔をしている。
「八幡は八幡」
「わかってるよ。でも、麻子……」
「なに?おばぁ?」
「父親似はやめときな。ろくなことにはならないよ」
「!……別に、そういうのじゃない……」
「本当かい?なにかにかこつけて頭とか撫でたりさせてないだろうね……」
「…………してない」
「嘘をつくならわからないようにつきな!…ったく」
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「おばぁとの話し終わった……」
そう言って冷泉のやつが家から出てくる。
「決勝戦見に来るって……」
冷泉のやつはほんの少し嬉しそうにそう言ってくる。
「あと、おはぎ。みんなによろしくって言ってた」
これで冷泉も終わり。……あとは、学園艦に戻って秋山のやつか。正味、これが一番めんどくさそうなんだよなぁ。
「よ~し。じゃ、学園艦に戻ろっか!」
武部の掛け声と共に、俺たちは学園艦に戻るのだった。