間違いながらそれでも俺は戦車に乗るのだろう。   作:@ぽちタマ@

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決勝戦は始まりを告げる

『撃てば必中 守りは固く 進む姿は乱れ無し 鉄の掟 鋼の心―――それが西住流』

 

 戦車道において有名な流派なのは説明するまでもない。

 統制された陣形で圧倒的な火力を用いて短期決戦で決着をつける単純かつ強力な戦術だ。なにがやりたいかが明確にわかる実にシンプル作戦でである。世の中もこれぐらいシンプルだったら俺もぼっちではなかったかもしれない。……いや、ないか。うん。

 あまりのシンプルさにサルでもできる戦車道と銘打ってもいいのかもしれない。

 が、だからといって誰も彼もが同じような戦術をとって勝てるかと言えば答えはノーである。単純であるがゆえに複雑なのだ。一見矛盾しているようにも思えるが、そうでもない。例えば料理、シンプルな料理であればあるほどその作り手の技量が如実に現れる。

 だから、西住流の戦法がやばいのではない。その単純でシンプルである戦法を対処できないほどにごり押しできてしまう西住流の実力が本当の意味でやばいのだ。

 攻めるタイミング、深追いしない状況判断能力、常に戦況を落ち着いて冷静に分析できるかなど、様々な要因を処理できるかの技量が問われる。

 それで言えば、まほさんは文句なしの実力だと言えよう。去年の全国大会で準優勝なのにMVPをとっているのだからまじやばい。なんで俺は喧嘩を売ったの?いやまぁ、売ったのは西住流であってまほさんではないんだが、どっちも結果的には同じである。

 さんざんいろいろと言った結果をまとめよう。

 

 ―――ニシズミリュウ、マジヤバイ。

 

 あまりにもやばすぎて、つい片言になってしまった。というか、なんかやばいしか言ってないな、俺。やばいを連呼とか今時の若い奴みたいじゃん。やばいを言ってれば会話が成立してしまうあれだ。テストやばい、勉強やばい、朝やばい、などなど。

 やばい、まじやばい、やばくね?の三段活用とかまじやばい。やばいのかやばくないのかどっちなんだよ。もはや何言ってるかわかんねぇよ。やばいを使い過ぎてやばいのゲシュタルト崩壊が起こってるまである。

 くぅ~、疲れた。……さて、現実逃避もここまでにするか。

 

「相手は恐らく、火力に物を言わせて一気に攻めてきます。その前に有利な場所に移動して長期戦に持ち込みましょう!相手との開始地点から離れていますので、すぐには遭遇することはないと思います。試合開始と同時に速やかに207地点に移動してください」

 

 そして西住の話がちょうど終わったのだろう。各々、自身の戦車へと向かって行っている。

 さて、俺も動くか。

 

「八幡」

 

 戦車へと向かおうとしたら話しかけられた。俺に話しかけてきたのは、戦場に舞い降りた天使、もとい、戸塚である。もちろん試合のため、女子の制服姿である。

 ……やばい。もうまじやばい。やばすぎますわ。戸塚は俺を狂わせようとしているのかもしれない。小町、お兄ちゃんは道を踏み外してしまいそうだよ。

 

「八幡?」

 

戸塚が小首を傾げながら俺の顔を覗き込んでくる。

 

「あ、ああ。大丈夫だ、気にしないでくれ。それで、どうした?」

 

「今日の試合、頑張ろうね!」

 

「それを言いに来たのか?」

 

「うん」

 

「……そうか。まぁ、お互い頑張ろうな」

 

 戸塚の笑顔の為にも、この学校を廃校にさせないためにも、そして……俺のいろんな意味においての負債を追わないためにも、いっちょがんばりますか。

 

 

 ====

 

 

「これより決勝戦だ。相手は初めて対するチームだが、決して油断はするな」

 

 お母様は言った「西住流の神髄を、容赦を一切しないように」と。あの時のお母様はめずらしく感情的だったと思う。それは八幡がお母様を煽ったからか、それとも……。

 もとより、私は誰が相手であろうと油断をするつもりも相手を見くびるつもりもなかった。

 エリカはよく「無名の学校のくせに」と大洗が勝ちあがるたびに不満を漏らしていたが、決勝に実力がないものはたどり着けない。「戦車道にまぐれ無し」この言葉が語るように、決勝に辿り着いたみほたちを侮ってはいけない。みほたちはここまで勝ち上がってきた。お世辞にも満足と言えない戦力で。

 

「まずは迅速に行動をせよ。グデーリアンは言った『厚い皮膚より早い足』と……」

 

 もし大洗が負ければみほは勘当、八幡が私の婿養子となる。

 ……、……今、気づいた。私が勝ったら婿養子になるのか、八幡は。

 自身に余計なノイズが入ってきていることに気づき、私は頭を振り思考を冷静にする。

 

「行くぞっ!!」

 

 

====

 

 

 なにもしなくていいのは素晴らしい。一人乗りの時は常になにかしらをしなければいけなかった。働かないで乗る戦車はこんなにも楽なのか。これは働かないで食べる飯と同じぐらいの感動かもしれない。やはり俺の将来設計は間違っていない。専業主夫万歳である。

 

「比企谷?ちゃんと周り見てる?」

 

「大丈夫ですよ、ナカジマさん。ちゃんと見てますから」

 

「そう?ならいいけど。独り言いってたからちょっと心配になってね」

 

 どうやらいつの間にか俺の心の声が漏れていたらしい。

 いかんいかん、いつもと違ってぼっちじゃないのだ。周りに他の人がいるんだった、気をつけないと。

 現在、大洗は目標地点へと進軍中である。

 先程、西住は試合開始直後は遭遇することはないと言っていたが、実際のところはなんとも言えない気がする。もし相手が迅速に圧倒的火力でこちらを倒しに来るのなら、地形的に考えてこの森をショーカットするのが一番手っ取り早い。俺だったらそうする。

 まあ、そうじゃない可能性もあるし、とりあえず俺は隊列の後方にて状況に変化がないか逐一確認しているわけだが。

 

「雪ノ下、猫田、そっちはどうだ?なんか見えるか?」

 

 いつもの西住がやっているように倣い、戦車から頭を出し、周りを確認しながら無線で確認する。

 うむ、たしかにこれは状況がわかりやすい。

 

『こ、こちらアリクイチーム、こっちは問題ないよ……』

 

『こっちも今のところ問題は……いえ、どうやら来たようね』

 

 やだ早い。もう少しかかるもんかと思ったが、想像以上に相手方さんは本気のようだ。ならそうなると無線の周波数を変えてっと……。

 

 

====

 

 

『―――西住、思った以上に相手は本気のようだ。もう森のほうに戦車の影らしきものがちらほら見えているぞ』

 

 八幡くんからの無線が入ってきた。……思ってたよりも早い。お姉ちゃん、それだけ本気なんだ。

 

「沙織さん、みんなに無線を繋いで」

 

「え?」

 

「どうやらもう相手が来てるみたい」

 

「うそっ!もう!?」

 

「……早いですね」

 

「も、森をショートカットとか、相手はどれだけ本気なんでしょうか……。西住殿、どうしますか?」

 

「今、周りに遮蔽物が一切ないから……」

 

 このまま攻撃されたら危ない。それなら―――、

 

 

====

 

 

 戦車道全国大会決勝戦の開始は黒森峰の攻撃から始まる。

 電光石火の足並みで、獣道でもお構いなしで大洗へと進軍した結果がこれだ。そもそも、弱小校相手に強豪校がする手段ではない。

 なぜなら、あまりにも大人げない。それだけの戦力差、それだけの戦車の性能の違い。傍から見れば大人が子供に喧嘩を吹っ掛けいるようにしかみなえないだろう。実際、見ている観客はその感想を抱いているのがほとんどである。

 だが逆に、この試合がそう簡単に終わると思っていない人物もいる。

 それは実際に大洗と対戦した学校だったり、あとは一部、個人的に比企谷 八幡の実力を知っているものならこの試合がそう簡単に終わるだなんて思わないだろう。

 

 先手は黒森峰、そしてその攻撃に対しての大洗のアクションは―――、

 

『全車両、もくもく作戦です!』

 

『もくもく用意!』

 

 みほが指示を出し、沙織が全体にその旨を伝える。

 

『もくもく用意!』

 

『もくもく用意』

 

『もくもく用意!』

 

『もくもく準備完了!』

 

『ボコ&レオポンチーム、こっちも問題ないぞ』

 

『ネコチームも問題ないわ』

 

『あ、アリクイチーム、こ、こちらも大丈夫です!』

 

 全員の作戦への準備が完了する。

 

『みんな準備オーケーだって』

 

『もくもく、開始……!』 

 

 大洗の面々は、戦車に備え付けれれている硝煙筒を起動させ、煙をあたり一面にばらまき始めた。風向きも相まって黒森峰側から大洗の車両が一切見えなくなる。

 

『煙!?忍者じゃあるまいし小賢しい真似を……!撃ち方用―――』

 

『全車、撃ち方やめっ!』

 

 視界が悪い状況にもかかわらず、すかさず追撃を命令しようとするエリカに、まほの抑制する声が飛んでくる。

 

『――っ!一気に叩きつぶさなくていいんですか!?』

 

『下手に向こうの作戦に乗るな。無駄玉を撃たせるつもりだろう。弾には限りがある。次の手を見定めてからでも遅くない』

 

 まほの言う通り、この「もくもく作戦」は無駄玉を使わせる意図もある。だが、この作戦は撃ってくれば儲けもの程度ぐらいの考えでしかない。八幡もみほも、まほがこの程度での作戦に引っかかるとは思っていない。この作戦の本当の意味での真意は――、

 

「くそぉ、逃がすもんですか……!」

 

 大洗が発生させた煙に向かってエリカの戦車が機銃で攻撃を行う。

 これは別に八つ当たりで撃っているわけではなく、機銃で煙を撃ち、その際に少しだけ煙が晴れ相手の位置が確認できるからやっているだけである。

 ……本当に八つ当たりで撃っているわけではない。

 

『敵、11時方向に確認!』

 

『あの先は坂道だ。向こうにはポルシェティーガーがいる。足が遅いから簡単には登れない。十分に時間はあるはずだ』

 

 戦力に乏しい大洗が黒森峰と戦うのなら先に有利な場所で陣地を構築するしかない。

 今、エリカが言った方向には高地がある。そこに陣地を形成して黒森峰と戦うつもりなのだと、まほは睨んでる。

 しかし、先程言った通り、足の遅いポルシェティーガーがいる。そう簡単には陣地構成は叶わないだろう。……まぁ、ポルシェティーガーがそこに向かえばの話だが。

 

『煙、晴れました!――なっ!?』

 

『これは……』

 

 まほの読みは間違っていない。大洗は高地にて陣地構築を目指していた。そこまではあっている。そこまでは――、

 

『相手のポルシェティーガー、三式中戦車、センチュリオンが別行動をとっています!』

 

『……ここにきての戦力分散?なんの意図が……』

 

 ただでさえ少ない戦力、それを分散させる意味をまほは見いだせない。

 しかし、だ。この戦局において意味のない行動はしないだろう。なにより、火力の高いポルシェティーガーとセンチュリオンを放置することは得策ではない。なら……、

 

『エリカ、私たちはそのままフラッグ車を追う。あっちを頼めるか?』

 

『わかりま―――』

 

 わかりました、とそう答えようとしたエリカの視界にフラッグが見えた。普通、フラッグと言え戦闘続行負不可の白旗しかない。が、違うのである。白ではなく黒、ポルシェティーガーから八幡が身を乗り出して黒のフラッグをまざまざ見せつけるかのように振っていた。

 それを見て、エリカは理解する。

 

『――あいつ……!』

 

『エリカ……?』

 

『すいません、大丈夫です。隊長、任せてください』

 

『?そうか、頼んだぞ。くれぐれも油断はするな』

 

 そのまほの言葉は、もはやエリカには届いていなかった。今のエリカの頭の中にはただ一点、八幡を倒すことしか考えていなかった。

 黒とはつまり、そういうことなのだ。西住邸で起こったあの出来事を指す。比企谷 八幡は喧嘩を売ったのだ、逸見 エリカに。

 

 

====

 

 

 ふぅ、こんなもんかね。しかし、割と旗ふるってのも疲れるんだな……。

 

『ねえ、比企谷くん』

 

『なんだ?雪ノ下』

 

『こんな作戦で黒森峰の戦車は本当に追いかけてくるの?』

 

 こんな作戦……西住たちと別れて黒旗をふり、相手の戦車を誘き寄せるという作戦に雪ノ下が疑問に思ったのだろう。まぁぶっちゃけ、わけがわからんとは思うしな。

 

『まぁ、普通なら追いかけて来ないかもな』

 

『なら―――』

 

『話は最後まで聞け、あくまで普通なら、だ』

 

『どういうこと?』

 

『戦略会議の時にも言ったが、今回の相手は別格だ。それこそ、例えるならプロレベルだと言ってもいいだろう』

 

『話が見えてこないのだけど……』

 

 プロレベル。それこそ、まほさんはやばいレベルの戦車道の相手だ。なんせ西住流の次期後継者、そんじょそこらへんの相手とは比べ物にならない。

 が、それ故に……。

 

『相手が格上であるからこそ使えるものがあるんだよ』

 

『……つまりはブラフが使えると、そう言いたいのね?』

 

『そういうことだ。この戦力の分断に意味があるか聞かれればないとは言えない。いや、ないからこそ無視ができないわけだ。追いかけて来なかったらそれはそれで後ろから追撃しにいけばいいしな。だが、まぁ……』

 

 追いかけてくれないと俺が用意したアレが無駄になるから出来るなら追いかけて欲しいものである。アレが無駄になったら絶対にあいつに文句を言われる。

 

『作戦の趣旨はわかったのだけど……けどやっぱり、黒旗をふることに意味を見いだせないのだけど』

 

『あれか?あれはダメ押しみたいなもんだ』

 

『ダメ押し?』

 

 理由は説明しないぞ、雪ノ下。言ったら確実にお前は俺を罵倒する。……いや、この場合、誰でも一緒かもしれんが。黒旗の意味がわかるやつなんてそれこそあの日、あの場所での出来事を知っている奴にしかわからないだろう。

 

『さぁ、黒森峰ホイホイ作戦を始めるぞ!』

 

『…………』

 

『…………』

 

『……おい、返事しろよ』

 

 なんで誰も返事を返さねぇんだよ。雪ノ下と猫田から返事が返ってこないんだが?まるで俺が独り言してるみたいになってるじゃねぇか。あれか?(イッツミーバージョン)ってつけなかったのがだめだったか?……いや、関係ないか。

 

「いやー、比企谷、その作戦名はないんじゃない?」

 

「なんかダメでした?」

 

 なんでナカジマさんは若干引きつった顔をしているのだろうか。ほかの人たちもうんうん頷いているし。

 

「いや、ダメっていうか……なんかそれ、色も相まってゴキ―――」

 

「「「それ以上はいけない」」」

 

 あ、そういうことね。

 

『比企谷くん』

 

『なんだよ』

 

『来たわ』

 

 雪ノ下はなにがとは言わなかったが、そうか、どうやら相手は俺の誘いに乗ってくれたようだ。あわよくば、その中にイッツミーがいれば尚のよし。

 

『ちなみに何両だ?』

 

『三両来ているわね』

 

 ……ふむ、三両か。こっちと同じ車両数で十分と判断したか、それともこっちを舐めているのか。

 

『雪ノ下、猫田、相手を目標地点にまで誘い込むぞ。あんまり時間もかけれる状況でもないしな。俺たちを追ってきている黒森峰をサクッと戦闘不能にするぞ』

 

『で、でも比企谷くん、こっちはほとんど素人のあつまりだよ?さくっと倒すのは無理じゃないかな……』

 

 猫田の言う通り、西住たちのほうと違ってこっちは戦車道を始めたばかりのやつらしかいない。まぁ、あえてそういうチーム編成にしたのは俺だけど。

 

『猫田、勘違いするな。倒すんじゃない、戦闘不能にするだけだ』

 

『え?それってなにが違うの?』

 

『というか、比企谷くん。いい加減作戦の内容を教えてもらわないとこちらが困るのだけど……』

 

『言ってなかったか?』

 

『言ってないわ』

 

『い、言ってないよ?』

 

 そういや、相手が追ってこなかった場合無駄になるから言ってなかったな。

 

『そうか、すまん。作戦の内容はだな―――』

 

 そして俺は作戦内容を伝える。

 さぁ、イッツミー(いるかは知らんが)勝負しようぜ!

 




戸塚の制服姿のイラスト。


【挿絵表示】


これが作者の精一杯です。

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