間違いながらそれでも俺は戦車に乗るのだろう。 作:@ぽちタマ@
戦車は走り、ただ道を掛けていく。
いや違うな、嬉しくないことに砲弾の雨あられだ。集中砲火と言ってもいい。
三両いる中であきらかに俺たちの戦車が狙われている。
「ねえ、比企谷気のせいかな! さっきから狙われてるのがこっちの戦車ばっかりな気がするんだけど!」
あまりにも自分たちばかり狙われている状況がおかしいと感じたのか、ナカシマさんの悲痛な叫びが聞こえてくる。
「大丈夫です。狙われている原因は俺ですから」
そりゃ狙われる。
「それは全然大丈夫じゃないよね!?」
この作戦の狙いはイッツミーだ。だから、必然的にポルシェティーガーが狙われているこの状況はむしろばっちこい。だってイッツミーがいることの証明に他ならないからなこれ。
まぁ、思いのほかに攻撃の圧がすごいのは、それほどにあいつが頭に血が上っているからだろう。そんなイッツミーには悪いが、ここで退場してもらう。
わざわざこうやって西住たちとバラバラになってまで相手を、詰まるところはイッツミーを誘き寄せたのには理由がある。
副隊長は基本的に隊長のサポート役だ。決勝戦は戦車の投入量が最大になる。戦車道の技能がピカイチだからと言っても一人で20近くの戦力を自己判断で逐一対応するのは無理があるだろう。だからイッツミーもある程度の作戦指揮を任されているはずだ。
ここでイッツミーを倒せればまほさんの負担が増えるし、実力至上主義の黒森峰ならば、副隊長がやられるという事実は少なからず相手に動揺を与えることができる。
『雪ノ下、猫田、そろそろ目標地点に着く頃だ』
『わかってるわ』
『お、オッケーだよ』
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逃げる大洗と追いかける黒森峰、その鬼ごっこももうすぐで終わることになる。
『速やかに敵を排除して、隊長の元に戻るわよ!』
最初、エリカは新戦力であり強力な戦車であるセンチュリオンを警戒していた。
だが、牽制しているのか、或は本当に下手なのか、センチュリオンの攻撃がほとんどあさっての方向に飛んでいっている。
そうなると残るは故障しやすいポルシェティーガーと三式中戦車、もはや様子を見る必要がないと判断をくだす。
『もしもし由比ヶ浜さん? たしかに俺は牽制しろと言ったが、あそこまでド派手に逸らさなくていいと思うんだが?』
『ちゃんと狙ってるし!』
『そうよ、比企谷くん。由比ヶ浜さんは真面目にやっているわ。牽制ではなく、きちんと狙ってあの結果よ』
『ゆきのん! ……ってその後の言葉おかしくない!? ていうか、私を砲手に選んだのはヒッキーでしょ!?』
センチュリオンの装填手は体力のある戸塚、操縦手は経験者である一色、車長兼通信手は適任者である雪ノ下、そして余った由比ヶ浜が砲手となっている。
由比ヶ浜も少ない練習時間の中で頑張ってはいた。いたが、やはり短期間でそうそう上手く照準があうようにはならない。
戦力として致命的だが、それ故に、センチュリオンという戦力だけで見るなら相手が由比ヶ浜の実力を知るわけでもないのでハリボテの脅威になる。
だからこそ、戦力分断を行った際に相手が放置できない理由となる。それが八幡の一つの狙いである。
『そろそろ目標地点に着くぞ。さっき言った通りに動いてくれ。何度も言うが、くれぐれも落ちるなよ』
ポルシェティーガー、センチュリオン、三式中戦車が行動を起こす。三両の戦車が一気に加速し、エリカたちから距離を引き離す。
その際に、さきほど使われていた煙幕で視界が遮られる。
『副隊長!』
『慌てる必要はないわ。どうせ苦し紛れの抵抗よ。煙幕が晴れれば一気に叩くわよ!』
煙幕が晴れるとポルシェティーガーのエンジン部から白い煙が上がっていた。
あれは先程の煙幕とは違う、エンジンの故障での白煙だ。一気に加速した際に過負荷がかかり故障してしまったのだろう。
そしてセンチュリオンと三式中戦車はそんなポルシェティーガーより先に進んでいた。
「ふん、そんな欠陥品なんて使うからよ」
チェックメイト、少なくともエリカはそう思った。
砲撃が当たらないセンチュリオン、もはやエンジン故障で息の根のポルシェティーガー、そして相手にもならない三式中戦車。
『一気に畳みかけるわよ。前進!』
エリカの判断はなにも間違ってはいないだろう。隊列を組んでセオリー通りに倒しにいく。普通ならそれでいい。もし相手が八幡でなければの話ではあるが。
この決勝戦、大洗が黒森峰に仕掛けた作戦。
もはや正攻法ではどうにもならないほどの戦力の差、覆すには厳しいの一言ではあまりにも足りない戦力差だ。
統一された乱れなき陣形、戦略、それに馬鹿正直に挑めば負けることは必須である。
だからこそ、八幡は戦略会議の時に言った、「まともには戦わない」と。
一つ、相手は対プラウダ高校用に備えていた重戦車。相手を撹乱することによって距離を走らせ、足回りを攻める。
これによってただでさえ重い重戦車だ、履帯が外れそっちに手を回さないといけなくなるだろう。
二つ目、統一された陣形と言ってもそれはマニュアル通りの戦法とまほが指揮しているがゆえに、つまりは指示待ちである。
言われことを言われたとおりに、たしかにこれは強いのだろうが、自己判断が弱いともいえる。結局は、まほエリカが実質黒森峰を動かしているに過ぎない。
なら、マニュアルなんてない、予測不能で、でたらめでトリッキーな攻撃を仕掛ければいい。そうすれば一時的にせよ、相手は混乱し、上手く隙を突けば撃破できる可能性が上がる。
三つ目、八幡がわざわざエリカを煽ってまで追いかけさせた理由は二つ目に当てはまる。つまりは指揮系統の一つ、逸見 エリカを序盤にて潰すこと。これによってもたらされる影響は大きいと八幡は見積もっている。
問題はどうやって倒すか、答えはすぐにわかるだろう。
ありえない、そんなことが起きる。戦車道の試合でこんなことをやろうと思うものなどいないだろう。だからこそ、そもそもそれが起こることをを考えもしない。
前進をしたエリカたちの戦車に異変が起こる。一瞬の浮遊感。普通に戦車を動かしているれば味わうことのない感覚。
なにが起きたか? 答えは簡単だ。落ちたのだ、物理法則に則って。
八幡が仕掛けた罠、それは―――、
自分を囮に相手の戦車を落とし穴に落とす。 これが黒森峰ホイホイ作戦の概要だった。
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結論からいえば作戦は成功したといえる。逸見 エリカは俺の煽りに乗ってきた。
「いやー、上手くいったね比企谷」
「ドンピシャっすね」
ちょっとうまく行き過ぎた感はあるが、ナカジマさんの言う通り作戦は上手くいった。もくもく作戦で残った硝煙筒を使い相手の視界を遮り、目標地点を避ける瞬間を見られないようにして移動、とどめにポルシェティーガーのエンジントラブルで相手を引き付ける。もちろん、このエンジントラブルはわざと。
そして相手はこちらが用意した落とし穴に見事落ちてくれた。
落ちた戦車はどれも白旗判定は上がっていない。だって落としただけだしな。けど、自力で落とし穴を這い上がることは不可能なので実質的に倒したことと同義である。
これでとりあえず第一フェーズは完了、あとは俺の野暮用を済ませてこよう。
「ナカジマさん」
「はいはい、なにかな比企谷」
「ロープとかってありますか?」
「ロープ? あるけどなにに使うの?」
「ちょっと野暮用に」
「ふーん。ま、詳しいことは聞かないけど手短にね。西住さんたちを助けに行かないとだし」
「わかってます、そんなに時間もかけるつもりもないので。……あ、ついでに今のうちにエンジン直してもらっててもいいですか?」
「それならもうやってるよ」
さすが、仕事が早い。ナカジマさんからもらったロープを手に取り、合図を送ったら引き上げてもらうように指示をする。さて、行きますかね。
というか、イッツミーはどの戦車に乗ってるんだろうか? まぁ、いいや。三両しかいなんだし、適当に探してもすぐに見つかるだろう。ノックしてもしもーし、と。
そして運がいいのか悪いのか、どうやら俺は一発でお目当ての相手がいる戦車を引き当てたようだ。ノックして出てきたのがイッツミーだった。ついでにいうと、俺の顔を見た瞬間すごく嫌な顔をされた。
「……なにしに来たわけ」
警戒心バリバリである。
「あの店、ルクレールでした約束覚えてるか」
用件をちゃちゃっとすませよう。西住達がどうなっているかが気掛かりだ。
「……それが、なによ」
どうやら覚えてはいるらしい。なら話は早い。
「お前が負けたら西住に謝る……覚えてるだろ」
「わざわざそんなことを言いに来たってわけ? 言われなくても―――」
ほう、ちゃんと言うことは聞くつもりだったようだ。ふむふむ、関心関心。けど……。
「それはもうどうでもいい」
「……は?」
すまんな、そっちは後回しだ。お前にはこっちに協力してもらう。いや、協力せざるを得ない。
「大洗が負けたら、まほさんがどうなるか知ってるか?」
無駄なあがきをさせないために、俺はこいつを脅す。
ーーー
ーー
ー
イッツミーとの悪魔の取引(意味深)を終わらせ、ナカジマさんに合図を送ってロープを引き上げてもらう。ふぅ……これでイッツミーの方は大丈夫だろう。あとはまほさんをどうにかするだけだな。
「エンジン直しておいたよ」
「ありがとうございます」
俺が戻ってきたらナカジマさんにそんなことを言われる。タイミング的によかったみたいだな。ポルシェティーガーも問題なく動くようだ。
「あ、そうそう。比企谷、落とし穴なんていつの間に用意したの?」
「ああ、あれですか? 別に俺が用意したってわけじゃないんですよ」
基本的に置いて選手が試合会場に来るのは試合当日である。だから俺が落とし穴を用意するのなんて時間的にも物理的にも無理なわけだ。が、だからこそ落とし穴なんてあり得ない作戦を使うことでイッツミーを嵌めることができたわけだ。
じゃあ結論、俺がなんで落とし穴を用意できたのか? その答えは至ってシンプルである。頼みました。うん、頼んだのである。誰に? ノリと勢いの学校に。
安斎のやつから試合会場に前日入りするとメールが来た時に、「なら、落とし穴掘ってくれね?」と頼んだのだ。最初は安斎のやつも渋ったが、交換条件として報酬内容をあっちが決めるということで同意させた。
だから試合前にあいつが来ると思ったのだがなぜか来なかった。なんでだろうか? 寝落ちでもしてんのかね……大いにあり得そうだ。ついでにそのまま報酬内容の方もすっぽり忘れてくれればなおのよし。ウィンウィンの関係である。え?違う?
というか、落とし穴である。深さもそうなのだが、掘ったあとのカモフラージュが異様に上手かった。たぶんあらかじめポイントを教えてもらっていなかったらわからないレベル。これは素直にすごかった。
というか、大洗といいアンツィオといい、戦車道以外でのパラメーターが振り切っている奴が多すぎない? もはや戦車道やっていなければ有名になれそうなレベルで優秀なやつが多い。羨ましい限りである。俺なんて戦車のことぐらいしかできないのにそれすら人に誇れるようなもんでもねぇしな。ま、いいんだけどね別に。
「とりあえず、西住達のところへ向かいましょう」
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――遡ること少し前。
「やった!」
「次は一時のラングだ」
「ラングってどれだ?」
「ヘッツァーのお兄ちゃんみたいなやつ!」
空に砲弾の雨が降り注ぐ。大洗と黒森峰の戦車が次々と砲撃を行っている。カバチームことカエサルたちが一両撃破し、白旗があがる。
現在大洗が陣地を構築し、黒森峰がそれに攻め込む形だ。地形の理は大洗にある。
「五十鈴殿、やりましたね!」
今度はフラッグ車のⅣ号の砲撃が当たる。
大洗の攻勢は順調のように見える。実際に攻撃の面においては先程から優勢に立てている。だが……。
『ヤークトティーガー、正面へ』
黒森峰率いるまほの表情に一切の焦りはない。
まほが行った作戦はいたってシンプル。重戦車を盾にし進軍するということだけ。
みほたちもそれをさせまいと必死に攻撃を行うが、重戦車の堅い装甲にその進軍を止めあぐねている。
一瞬。ほんの一瞬で状況が変わる。
勢いでいえば大洗はまさにノリに乗っていたであろう。しかし、それも単純なごり押しで状況が変わる。まるでみほたちの頑張りを嘲笑うかのように。
迅速な行動と機動力、高い火力、そして貫くことが難しい堅い装甲。パワーバランスでいえばこれほどわかりやすいものはない。純粋に戦えば大洗に端から勝ち目などない。
「せっかくここまできたのに……このままだと撃ち負ける……!」
「さすが黒森峰……」
「マルタの大包囲戦のようだな……」
「あれは囲まれたマルタ騎士団がオスマン帝国を撃退したぞ!」
「だが……我々にそれができるか?」
大洗の面々に不安がよぎる。このままではやららてしまうのではないか?という不安が。
一方で、会長率いるカメチームが戦場となっている場所から少し離れたところで戦況を観察していた。
「すごい砲撃戦……」
「真綿でじわじわ首を絞められているようだな」
「こっちもあそこを要塞にするって見越していたようだね~。……まぁ、当然っちゃ当然か」
状況は刻一刻と動いている。現状の状況を判断し、みほは次の行動を決めた。
「二両は撃破できた、これだけ潰せれば……。ここから撤退します!」
「でも、退路は塞がれちゃっています!」
相手は囲むようにじわじわと攻め込むと同時に退路もきちんと相手は断ってきていた。抜け目はない。
『西住ちゃん! 例のアレやる?』
『はい! おちょくり作戦始めてください!』
カメチームからの作戦コール。それにみほは迷わず答える。
確かに抜け目はない。けど、抜け目がないのなら作ってしまえばいい。
「準備いい?」
「はい」
「はいっ!」
「おちょくり開始~」
意気揚々と殺伐とした戦場へ向かう38⒯、その向かう途中、もくもく作戦の際に履帯が壊された黒森峰の戦車がやっとこさ戦場に復帰しようとしていたので、丁寧にもう一度壊す。これでもう少し復帰するのに時間がかかるだろう。
「うわああっ! 直したばっかりなのにぃ! このぉ、うちの履帯は重いんだぞ!!」
なんとも悲惨な声が聞こえた来たが、そんなこと露知らず会長は声高らかに叫ぶ。
「突撃~~!」
「こんなすごそうな戦車ばかりのところに突撃するなんて、生きた心地がしない……」
「今更ながら無謀な作戦だな」
「あえて突っ込んだ方が安全なんだってよ? 比企谷ちゃんが言ってた」
「それ嘘じゃないですよね!? 本当に信用していいんですか会長!」
「大丈夫大丈夫!……たぶんだけど」
「会長!?」
おちょくり作戦の内容はこうだ。戦場に突撃して、相手の隣に張り付いてみましょう。あーら不思議、戦場が大混乱になるでしょう(八幡談)。
ヤークトティーガーの横に止まる38⒯……もといヘッツァー。はた目から見ると兄弟みたいに見えるが、現場はそんなのほほんとはしていられない。
『11号車、15号車! 脇に、脇にヘッツァーがいるぞ!!』
だがしかし、隣にいるからといっておいそれとは攻撃できない。
なぜなら味方が密集しているのだ。そんななか攻撃などしようものならフレンドリーファイア待ったなしである。
けど、そんなことなどお構いなしにヘッツァーは戦場を駆け回る。徐々に徐々に、今度は有利であったはずの黒森峰の面々が慌てふためくことになった。
ヘッツァーを倒すために仲間の視界に入らないようにとするせいで陣形が崩れる。その隙をつく。
『申し訳ありません! やられました!!』
『私が……』
『待て! Ⅲ突がくるぞ!』
ヘッツァーが戦場にもたらしたのは混乱。基本マニュアル通りにしか動いていない黒森峰は、この状況にどう対応していいのかわからず混乱する。未知の答えにアンサーを出すのは容易ではない。常日頃にそういう行動を見せつけられているか知っているかでもないとすぐさまに行動できないであろう。
そいうい意味では大洗はプロフェッショナルであるといえよう。なんせランキング戦で戦っていたのはあの八幡だ。すぐに気を抜こうものなら一瞬にて倒しにかかってくる、判断を間違えようものなら倒しにかかってくる、状況が理解できなければ倒しにかかってくる。
そんな理不尽の塊ともいえる相手をすれば否応なしに考えるしかなくなる。どう動けばいいのか、と。
「右側がグチャグチャだよ!」
『右方向に突っ込みます!』
判断は一瞬、行動は迅速に、みほたちは相手の陣形が崩れたところを抜け、黒森峰の包囲網を脱出することに成功したのだった。