間違いながらそれでも俺は戦車に乗るのだろう。   作:@ぽちタマ@

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それでも、比企谷 八幡の考えは変わらない

「……いや、宿泊って。それなら俺は尚更いらなくないですか?」

 

 というか、必然的に俺の居場所がないだろ。女子だらけのところに放り込まれるのはいろんな意味であきらめてはいる。もはや俺が戦車道に入った時から避けられないことだからな。けど、それにしたって今回の宿泊に関しては俺は余計にいらない。

 

「君はなにか問題でも起こすつもりなのか?」

 

「いえ、ないですけど」

 

 余計な疑いを掛けられたくなかったのでスパッと言ってやった。

 

「なら問題はないな。ほら、さっさと行くぞ。彼女たちは先に行ってる」

 

 いやおかしい。どうしてそうなる。

 

「平塚先生は仮にも教師ですよね?それなら普通は止める立場なんじゃ……」

 

 この人は俺がなにかやっかいごとを起こすとは思わないのか?平塚先生の立場ならむしろ面倒ことはしょい込みたくないだろうに……。

 

「仮にもはとはなんだ、仮にもとは。失礼な奴だな。比企谷、私は君を信用しているんだよ」

 

 俺は不覚にもちょっと感動してしまった。たぶん、疲れていたせいだろう。その証拠に、俺の感動は直後にボッシュ―トされることになる。

 

「あと、君が来ないと宿泊代を払わないと行けなくなる。切実に我が校にお金はない。よって君は来るしかないわけだ」

 

 ないわー。その理由は聞きたくなかったわー。いや、めっちゃ納得したけども。あまりにも説得力がありすぎて自分でも納得してしまったほどに。というか、俺が宿泊する条件とかホワイ?と首を傾げるんだが。

 

「……ちなみに、わざわざ大洗の分の宿泊費を払ってくれるという奇特な方は?」

 

「西住流の……」

 

「あ、もうわかったんでいいです」

 

 平塚先生が最後まで言いきる前に被せる。

 いや、だいたいは予想出来てたけどね、うん。……しかし、しほさんはどういうつもりなんだろうか?なんの意図があってわざわざ俺を指名なんてしたのか。

 たぶん、今回ので西住家のわだかまりというか、そんなのはある程度払拭できたはず、であると思う。少なくとも姉妹の間のすれ違いは消えたと思われる。

 ま、それは関係ないとして、理由は……うん、さっぱりだな。疲れているせいか上手く思考も回らんし、本人に直接聞くか。……聞けるかな?

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 

 失敗した失敗した失敗した。

 どうして……なんで、こんなことに……。こんなはずじゃなかった。こうなるなんて思いもしなかった。これは……全部俺のせいなのか?俺が、俺が招いた結果なのか?軽はずみな俺の行動のせいで……。

 

 最悪の事実に気づいた俺はめまいを覚える。

 これはあんまりだ。最悪だ。世界に神がいるとしたら俺に嫌がらせをすることしか考えていないんじゃないかと勘ぐってしまうほどに、それほどに俺は打ちのめされていた。

 もう進んだ針は戻らない。溢れた水はもとに戻らない。こんなにも自分を許せないのは初めてだ。

 ああ、くそっ。本当に、本当になんでこんなことに……。

 

 

 

「―――寝過ごしちまった」

 

 本当になんで寝過ごしてしまったのか。戸塚とのお風呂タイムが、俺の唯一の楽しみが無残にも消え去ってしまった瞬間であった。

 俺はゆっくりと時間を巻き戻す。いや、物理的にではなく、記憶をという意味で。

 飛べよーー!!!と心の中で叫んで俺は思いだす。

 

 あのあと、平塚先生と一緒にこの宿に来てチェックインを済ませた俺は自分の部屋へと向かった。

 そして俺の部屋には先にもう人がいた。もちろん俺と相部屋である。もちろん女子ではない。もちろん戸塚である。

 ひゃっほー!やったぜ!俺はなんて運がいいんだ!とその時、心の中ではしゃいだものだ。今に思えば絶望はこの時に俺に迫っていたのだ。くーるー、きっとくるー、というやつだ。あれなんで医療番組なのに貞子なんだろうか?謎だ。

 いや、今はどうでもいい。その絶望の名前は「睡魔」、俺はこいつによってこんな状況に陥れられたのだ。

 最初は軽く眠るつもりだったのだ。だってめちゃくそ疲れてたし、軽く頭痛かったしで体調が最悪だったのだ。戸塚との楽しい宿泊ライフを過ごすために俺は仮眠という選択肢を選んだ。……いや、選んでしまった。

 途中、たぶん飯かなんか戸塚にゆさゆさと体を揺すられたような記憶がある。けど俺はたぶん無意識で「後で行くから」と朝に小町に起こされる時と同じことをいったような気がする。

 それで起きた試しは一度もない。

 結果俺は爆睡。あまにも眠りが深すぎて戸塚も俺を起こすことをためらったのだろう。なんて慈悲深い。マジ天使。小町だったら寝てる俺の上にまたがってくるからな。勘弁して欲しいものだ。だって重いし。

 そして起きたら夜中1時だった。

 

 はい、回想終わり。

 ウソだどんどこどーん!

 ……思わずオンドゥル語がでてしまった。

 

 しかしあれだ。こんなにも絶望しているのに腹は減る。ひとしきり寝たおかげか体調は悪くない。けど、今から飯といっても夜中だ、コンビニに行くしかないか。

 いや、その前に風呂入るか。そのまま寝たから汗が気持ち悪い。

 

 俺はそっと動く。寝ている戸塚を起こさないように慎重に。

 たしか、ここの宿の温泉は24時間入れたはず、チェックインのときにそんなことを平塚先生が言ってたと思う。

 飯のことは風呂に入りながら考えるか。晩飯……いや、もう夜中だから夜食か、それをなににするか、そもそも周りにコンビニってあるのかしら?

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

「あ~、生き返るぅ~」

 

 露天風呂からみる夜景はキレイなもんだ。

 ここの風呂、というか温泉、混浴である。いや、ちゃんと普通のほうは男女に分かれている。

 けど、普通のほうは入れる時間が過ぎていた。24時間入れるのは混浴である露天風呂しかなかった。

 正直、俺に入らないという選択肢なかったので、時間も時間だし大丈夫だろうということで入っている。

 ちゃんと入る前に誰か入っていないかはチェックした。

 もちろん俺がのぞいたわけじゃない。従業員の人に確認してもらったのであしからず。

 

 ゆったりと湯に浸かりながら考える。

 飯のことじゃなく、今後のことを。いや、飯も大事ではあるんだが。

 俺がやろうとしていることはあいつらからすれば裏切りそのものだろう。それをわかってる上で俺はやる。もう、そう決めたからな。

 

 かれこれ30分ぐらいゆっくり湯船に浸かり、俺は温泉を上がる。

 いい湯だった。心なしか大分疲れも取れた気がする。なんかそういう効能でもあったんだろうか?あとで調べてみるか。

 それよりも今は風呂上がりの一杯をどうするかだな。MAXコーヒーがあれば最高なんだが……。

 

 適当にぶらぶらと、旅館内の自販機を探していたら運よくMAXコーヒーを発見できた。

 それだけで俺のここの旅館の評価は最高値になった。

 俺は迷わずコイン連打、とりあえず二本だけ買って涼みがてら旅館の外にでる。

 外は夜中ということもあり静まり返っている。ただ鳴り響くのは虫の声だけだ。

 そして俺はさきほど買ったMAXコーヒーを開けグイっと飲む。慣れ親しんだ甘さがいい感じに俺になじんでいく。

 やっぱ疲れた時にはこれだな。MAXコーヒー最高である。

 

 俺はMAXコーヒーの一本目を飲み終え、なんとなくあいつに迷惑がかかるだろうと思ったが電話をかける。

 ぷるる、ぷるる、ぷるると三回のコール音が鳴り、相手に繋がる。

 

『……お兄ちゃん、今何時だと思ってるの?』

 

『夜中の二時だな』

 

『わかってるならいいんだけどさ……。で?どうしたの?』

 

『なんとなく小町の声が聞きたくなってな』

 

『何言ってんのお兄ちゃん。明日……ってもう今日か、帰ってきたら普通に小町に会えるんだからわざわざこんな時間に電話しなくてもいいじゃん。小町がこれいじょう大きくなれなかったらお兄ちゃんのせいだからね!』

 

『大丈夫、俺は今のままのお前で十分だと思ってるから』

 

『小町的にはもうちょっと大きくなってほしいんだけど……』

 

『……人の夢って儚いよな』

 

『夢も希望もあるんだよ!―――んで、お兄ちゃん。もう一度聞くけど、どうしたの?』

 

『いや、だから小町の声が……』

 

『それもあるんだろうけどさ。それだけじゃないでしょ?』

 

 さきほどまでの陽気な小町の声がワントーン落ちる。いや、真剣味がました感じか。

 我が妹ながら鋭い。この鋭さを勉強の方に活かせれればいいのに……。

 

『まぁ、なんつうか、今日いろいろあったからな』

 

『優勝したんだもん、そりゃいろいろあるでしょうよ。あ、そうそう。お兄ちゃん、カッコよかったよ。みほさんの次にだけど』

 

 余計な言葉をつけないでくれない?素直にカッコよかったって言ってくれよ……。

 

『西住はイケ魂だからな』

 

『イケ魂?なにそれ』

 

『イケメンの魂』

 

『……お兄ちゃん。それ、絶対にみほさんの前で言ったらダメだからね』

 

 え?ダメか?

 

『ちょっと話がズレちゃったね。それで?』

 

 小町がはよ話せと急かしてくる。話題を逸らせるかと思ったがダメらしい。

 

『小町、俺の話を聞いても怒るなよ?』

 

『それは話しの内容次第』

 

 それなら俺が今から話すことは100パー怒られる内容なんだが……。

 

『戦車道、やめようと思ってる』

 

『………どうして?』

 

 思いのほか小町の反応は淡白だった。話題に興味ないか、俺の発言を予想していたか、たぶん後者だな。

 

『それが一番いい結果になるから』

 

 俺は自分が思っていることをそのままいう。

 

『なるわけないじゃん!そんなわけないよ!お兄ちゃん、間違ってるよ!』

 

『知ってる』

 

『知ってるって……なんで……戻ったのに……』

 

『別にそこまで気にすることじゃないだろ』

 

 俺は言い聞かせるように言葉を発する。

 

『別に今生の別れってわけでもないし、転校するわけでもない。ただ、俺が戦車道をやめるだけだ。なんなら戦車には頼めば乗せてもらえるだろうし、別になんも変わんねーよ』

 

『……もう、決めたの?』

 

『とっくの昔にな』

 

『お兄ちゃん、小町がこのことみほさんたちに話すとか思わないの?』

 

『別に話したいなら話していいぞ。早いか遅いかの違いでしかないし』

 

 まぁ、できるなら俺自身でちゃんとあいつらに伝えたいけど、小町がそうしたいなら止めはしない。

 

『話す……わけないじゃん。話せるわけないよ、こんな話。だってこんなの……』

 

 小町はその先を言わなかった。けど、俺はそのまま小町が言おうとしたことを言う。

 

『裏切り……だろ?だから知ってるって』

 

『……わかった、小町はこれ以上なにもいわない。けど、お兄ちゃん』

 

『なんだ?』

 

『みほさんたちがただで黙ってると思わない方がいいよ』

 

 それも知っている。けど……。

 

『俺がなにも対策しないと思ってるのか?』

 

『対策とかそういう話じゃないし!お兄ちゃんのバカ、アホ、ニブチン、八幡!』

 

 一方的に悪口をまくしたてられて切られてしまった。

 あと八幡を悪口のカテゴリーにいれるのやめてくれない?

 

 俺は買っていた二本目のMAXコーヒーを開ける。

 なんでか、いつもより少し苦く感じたの気のせいだろう。

 

 

 ====

 

 

 ハッピーエンドとはなにを指してハッピーエンドというのか。

 ありていに言えばゲームのエンディングだとかだとそういう表現がある。

 魔王を倒して世界は救われました、ハッピーエンド。囚われの姫を救いだすことができ、ハッピーエンド。

 そのほかにもまぁ、いろいろあるが、結末の一部分だけを切り抜きハッピーエンドといっているわけだ。

 しかし、だ。ハッピーエンドのあとが幸せだと決まっていない。

 

 例えば勇者。魔王を倒したがゆえに、倒してしまったが故に恐れられる。恐怖の存在として。世界を支配していた魔王を倒せるそいつは魔王以上の脅威とも見て取れる。だから恐怖し、疎まれる存在となるかもしれない。

 

 例えば囚われの姫。助けられた後に重い病気にかかり死んでしまう。

 

 極端といえば極端だが、ない話とは言えない。

 つまり俺がなにがいいたいかと言うと、ハッピーエンドにはあとがあり、手放しに喜んでいいものじゃないということ。その一部分だけを切り抜けば確かにハッピーエンドだろう。けど、その後がハッピーエンドとは限らない。

 

 これを現在の大洗に当てはめる。

 無事に戦車道全国大会を優勝できた。これは素直に喜んでいいことだ。そこを否定する気はない。が、先のことを考えると俺という存在は邪魔になる。

 一重に、俺という存在が西住たちの戦車道の妨げになるということ。

 

 今回の戦いはテレビ中継されている。尚且つ、うちの生徒も大多数試合を観に来ていただろう。

 だから、否応にも俺の存在が知れ渡ることになる。たぶん、変な噂なんかも流れ出しているだろう。別に俺はそれに慣れているし気にもしない。

 

 けど、そういうことじゃない。俺がいることで西住たちにとばっちりがいくのは嫌だ。

 戦車道は女子の嗜み、往々にしてそれが世界の常識だ。だから俺はこの世界には相容れない。

 そういうやつがいるというだけで戦車道が敬遠され、あいつらが戦車道を楽しめなくなる可能性がある。

 それが絶対にそうなるという確証はない。だが、絶対にそうならないという確証もない。

 なら、俺の取る行動は一つだった。

 

 

 ====

 

 

 あの激闘の決勝戦が終わり三日がたち、西住たちは一躍時の人なった。

 無名の高校が強豪校を打ち破り優勝。字面だけでもやばい。

 もはや学校はお祭り騒ぎ、とくに西住は隊長ということもあってか校内での人気がこれでもかというぐらいに鰻登りとなっていた。

 ラブレターやら告白まがいの行為が日々敢行されていた。

 しかし本人は付き合う気はないらしく、告ったやつは例外なく全員全滅している。時にはサッカー部でキャプテンでしかもイケメンというリア充爆発しろと言いたくなるようなスクールカーストの上にいるようなやつの告白も西住は断っている。

 そんなことがいろいろと起きている今日この頃である。主に西住しか話していないが、それだけ西住の日常が激変したわけだ。

 ほかのやつらはまぁ、いつもより人に話しかけられるようになった程度。西住ほどの変化はない。

 あと余談だが、武部にも念願のファンレターが来た。差出人は商店街の人たちからだったけど、本人も喜んでたしそれでいいのだと思う。

 

 それがあいつらの話。ここからは俺の話だ。

 

「どったの比企谷ちゃん、話があるっていってたけど」

 

 戦車道の授業前、俺は会長にあることを頼んだ。

 

「ランキング戦のあれを決めたんで」

 

「あー、結局誰も比企谷ちゃんに勝ってなかったんだっけか。まあ、約束は約束だしね。いいよ」

 

「ありがとうございます」

 

 ずっと、考えてた。

 全国大会の決勝戦が終わったあの時から。

 

 ずっと、考えてた。

 何がいいのか、わるいのか。

 

 ずっと、考えて考えて考えた。

 俺にとっての最適解。西住たちの戦車道にとっての最適解。

 いまだに明確な解答を導きだせそうにはない。だが、ひとつだけわかりきっていることがありはする。

 

「―――戦車道、やめていいですか?」

 

 俺が胸に抱くこの思い。きっと、この願いは歪だ。

 


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