間違いながらそれでも俺は戦車に乗るのだろう。   作:@ぽちタマ@

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比企谷 八幡の抱く思い、彼女たちの決意

 必須選択科目の授業のこの時間。

 いつもなら戦車が走行する音や主砲から放たれる砲弾がとびかっている、もしくは楽しさがあふれる談笑が響く倉庫前。

 しかし、今日はいつもの賑やかな雰囲気とは違いこの場所に似つかわしくもない静寂が空間を支配していた。

 普段とは違う空気、不安そうにしている戦車道のメンバー。

 その中でいつものように変わらないのは、俺と会長だけのように思える。

 まるでその静寂は、俺が放った一言を書き消してしまったのではないかと錯覚する。

 誰もが口を開かないのは、喋ってしまうことで事実が確定しまうからか。

 なら、俺はもう一度言葉を紡ごう。ゆっくりとしかしてはっきりと、これが現実であることを再確認するように。

 

「戦車道、やめていいですか?」

 

 静かなせいで嫌に俺の声が響く。そして俺の言葉に返事をくれたのは会長だった。

 

「比企谷ちゃん、戦車道やめたいの?」

 

「……まぁ、そういうことになりますかね」

 

「こりゃまた唐突だね」

 

「前から考えてたことなんで」

 

 プラウダ戦のあと、自分の気持ちに気づいたときから決めてたことだ。優勝したらやめる。

 

「……無理やり入れたのはこっちだから比企谷ちゃんをとめることはできないけど……それでいいの?」

 

 いつもの飄々とした雰囲気ではなく、わりと真面目に会長がそんなことを聞いてくる。

 はいともいいえとも言わず、俺は会長の問いにただ静かに頷く。

 だって良いも悪いもない。戦車道は女子の嗜みで俺は男で、いるのがおかしくて間違いだらけだ。

 もともと戦車に乗れたこと自体が奇跡といってもいい。それで尚且つ公式の試合に出れて、最後だけだったが全力で試合をすることができた。ならこれ以上はもう俺には充分すぎるし、贅沢だ。

 ずっと昔から戦車に乗りたかった。そのために頑張ってきたし、そのためだけに頑張ってきた。だが、それは正しくはなかった。戦車は女子の嗜み、だから、戦車に乗るために頑張るのは間違えている。

 間違って間違って間違って、否定されても間違って、挫折しても間違ったままで。俺はずっと間違えてきた。

 けど、その間違いの中で、大洗を優勝させたことは誇っていいのかもしれない。それだけは……間違いじゃないのかもしれない。

 ふと、奉仕部で雪ノ下に言われたことを思い出す。

 

 ―――比企谷くん。あなた、度しがたいほどに自意識過剰よ。

 

 雪ノ下の言うとおり、俺は自意識過剰なのだろう。

 誰もが俺を気にかけて、誰もが俺のことを気にしていると感じるのはあまりにも滑稽な話しだ。ナルシストにも程がある。

 男である俺が戦車に乗ることを否定をされ、悪意を向けられるのは自業自得だ。俺だって間違っているのをわかってて戦車に乗っている。それはいい。だが、その悪意が向けられるべき俺ではなくこいつらにむかう可能性がある。

 それは俺の考えすぎで、勝手な徒労なのだろう。実際にそういうことが起きるとは限らない。けど、起こるかもしれない。

 なら、自意識過剰と言われようと俺は鈍感ではいられない。過剰に過敏に、人の悪意の可能性を考えることをやめることができない。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

「どしたの、澤ちゃん?」

 

「ど、どしたのって……なんで比企谷先輩を止めないんですか?」

 

「どうしてもなにも、ランキング戦で比企谷ちゃんが負けなかったら好きな願い事が叶って、逆にみんなが比企谷ちゃんに勝てたら願い事が叶う。なにか間違ってる?」

 

「そ、それは、そうですけど……」

 

「で、でも、やっぱり納得いかないですっ……!」

 

「だってさ、比企谷ちゃん。理由、説明してあげたら?」

 

 会長が俺に説明するように促してくる。

 たぶん、説明をしてもこいつらは納得はしないだろう。けどまぁ、聞きたいというなら聞かせてやるのが世の情け。

 俺がやめる理由なんていろいろあるが、一番の理由は……そうだな。

 

「俺がもう戦車道にいらないってことだな」

 

 この一言に尽きるだろう。

 

「せんぱいはいらなくないですよ! 今まで私たちをいっぱいたすけてくれたじゃないですか!」

 

「そうですよ!」

 

 澤たちが必死の表情でこちらを見てくる。その姿は、自分が如何に懐かれていたかを如実に教えてくれる。

 それにしても懐かれたもんだ。俺って年下に好かれやすかったりするんだろうか?

 そんなことを考えながら、俺は自分の考えをまとめる。今までは助けになれた。けど、今後がそうとは限らない。

 

「戦車道の全国大会で優勝できた。それで廃校する心配もない。勝ちに拘る必要もない」

 

 俺がここに戻ってきた理由を思いだせ。

 

「俺は優勝するために会長に呼ばれただけだ。別に戦車道に入りたかったわけでもない」

 

 もう一度戻ってきたのは優勝するため、廃校を防ぐためだ。

 

「それに知っての通り、戦車道は女子の嗜みだ。男の俺がいていい理由は優勝したから消えたんだよ」

 

「で、でも、そんなの私たちは気にしません。私たちはせんぱいがいい人だってわかってますし!」

 

 私たちは気にしないから男の俺でもいても問題はないと坂口は言う。そういう問題じゃないし、そもそも俺はいい人でもないんだがな……。

 

「お前らがどう思うかなんて関係ない。問題はまわりがどう思うかだ」

 

「そんなの気にしなくても―――」

 

「噂、流れてるだろ?」

 

 どんな噂かまではわからない。けどやはり、それは今までと似たり寄ったりだと思う。

 俺の言葉で澤たちは押し黙る。自分たちのなかでいくつかこころあたりがあるのだろう。

 

「戦車道を楽しく続けたいなら不確定要素は消せ。俺はお前らの邪魔にしかならない」

 

「で、でも……」

 

 それでも納得がいかないのか、澤たちが必死になにかを言おうとしている。

 

「こ、コーチ? やめるって嘘ですよね?」

 

 そして今度は近藤が俺に話しかけてくる。

 

「話聞いてただろ。嘘じゃねぇよ」

 

「比企谷、根性が足りないんじゃないのか!」

 

「根性で解決するほど単純な話じゃないだろ、磯辺」

 

 お前はいい加減根性でどうにかしようとする癖をどうにかしろ。

 

「私たちのコーチをするって話は嘘だったのか!」

 

 いやいや、そんな約束してないよね?……してないよな?

 あまりにも自信満々で言われたせいで言ってないはずなのに自分を疑ってしまう。

 

「そんな話いつしたよ……というか、それは俺が戦車道やっていようがやってなかろうが関係ないだろ……」

 

「ん? そういえばそうだな」

 

「納得したか?」

 

「納得した!」

 

「「「キャプテンっ!?」」」

 

 納得しちゃったよ。なにがしたかったんだこいつ……。

 

「―――ねぇ、八幡くん」

 

「なんだ、西住」

 

 今までが不気味なぐらいに大人しかった西住が俺に話しかけてくる。俺に何を言うか決めたってところか。

 西住や武部たちとはいろいろあった。本当にいろいろと。だから俺の行動に対して一つや二つ恨み言を言われてもおかしくはない。その権利はこいつらにある。

 

「生徒会室で私が八幡くんに話したこと覚えてる?」

 

 不安そうに、なにかを確認するように、そう西住は俺に聞いてくる。生徒会での出来事を忘れるわけがない。黒歴史的な意味も含めてだが。

 

「……覚えてる。それがどうした?」

 

「八幡くんはいつだって誰かのために頑張れるすごい人だよ」

 

 西住が言うほど俺はそんなに上等な人間じゃない。

 

「……なにがいいたい、西住」

 

 いまいち西住が俺に言わんとしていることがわからない。

 

「えっと、ごめんね? 要領がわるくて」

 

「いや、それはいいんだが……」

 

 えーと、うーんと、西住は自分の中の答えを明確にしていく。そして、

 

「きっと八幡くんがさっき言ったことは正しいんだと思う。戦車道は女子の嗜みで、男の人が乗るのは普通のことじゃなくて、世の中では間違ってることなのかもしれない」

 

 けど、と西住は言葉を続ける。

 

「それでも、八幡くんと一緒に戦車道をやりたいって思う私の気持ちも間違ってるのかな?」

 

「――――。西住……」

 

「八幡くんがやめるのはとめない。けど、最後にチャンスをくれないかな? それがダメだったらあきらめるから」

 

 西住はまっすぐにこちらを見つめてくる。

 

「……それが全員の総意ってことでいいのか?」

 

 西住が全体を見まわし、各々が肯定するように踵を返す。

 

「―――ってことみたい、かな」

 

「はぁ、わかった」

 

 よくわかった。お前らがどういうつもりなのかも、このまま俺がやめたとしても納得なんてしないことも。

 まあこうなることはなんとなくだが予想はしていた。

 俺が戦車道をやめるには一つ問題がある。だからこそわざわざランキング戦の報酬を使ってまで戦車道をやめようとしたのだから。それで納得してくれれば話は簡単だったのだが……。

 結局、問題というのは、俺が勝手にやめてしまった場合こいつらのことだ、そのことを気に病んで戦車道を楽しめなくなる可能性があった。

 なら、今ここで西住の提案を受け入れることは悪いことじゃない。ことじゃないが……。

 

「……西住、そのチャンスをやるには条件がある」

 

 もちろんただとは言わない。なんせもともとは俺が受けなくていい提案だ。

 

「もし俺が勝った場合は今後一切戦車道には関わらない、それが条件だ。それでも飲むか?」

 

 俺の提案を受け、西住の瞳が一瞬揺れる。しかし揺れたのはほんの一瞬で、覚悟を決めた瞳が俺を捉え見つめてくる。

 

「もともとないチャンスだもん。……受けるよ、八幡くん」

 

 もう少しぐらい悩むそぶりを見せくれてもいいんじゃない? ほんと西住って生まれてくる性別が違ったらモテモテだろうに。あ、いや、今もモテモテか。

 

「あ、みんなの意見を聞かないで勝手に決めちゃった……」

 

 あんだけ意気揚々と俺に宣言した姿はどこへやら、西住はあわあわと取り乱し始める。

 

「うむ、隊長殿の判断なら我らも同意見だ」

 

「そうですよ西住先輩! なにもしないであきらめるぐらいなら私たちはあがきます!」

 

「つまりは根性だな!」

 

「キャプテン、それは違うかと……」

 

「まぁ西住ちゃんの決定ならみんな文句はないと思うけどねー。勝負内容を聞かずに受けたのはどうかと思わなくはないけど」

 

「……勝負内容があのボードゲームなら詰んでるな」

 

「あっ」

 

「あって、みぽりん、もしかして……」

 

「き、気づいてなかったんですか西住殿!?」

 

「なんともみほさんらしいですね」

 

 やだ西住さん、即答したのはどんな内容でもやってやるという自信じゃなかったの?

 西住がお慈悲を……という潤んだ目でこっちを見てくる。

 いや、うん、まあいいけどさ。もともとどういう勝負内容にするかは決めてたしいいんだけどね。

 

「勝負内容は模擬戦、というより実戦だ。それでそっちが勝てば俺は戦車道に残る、俺が勝ったら今後一切戦車道には関わらない。シンプルだろ?」

 

「え、実戦って……」

 

「八幡殿、まさか戦車一両で我々に勝てるとでも?」

 

「あほか、そんなのどうやっても無理だろうが」

 

 アホなことを言う秋山にツッコみをいれる。

 

「で、ですよね……。しかしそうなると試合のほうはどうするのですか? 八幡殿の言うう通りなら我々と戦うんですよね?」

 

 たしかに今の状況で俺が使える戦力はあの戦車だけになる。

 秋山の言う通り、このままでは勝負にすらない。まぁ、このままなら、ではあるがな。

 

「比企谷くん」

 

「なんだ雪ノ下」

 

「私たちを戦力に数えてるならやめなさい。あなたの手伝いはしないわよ」

 

「いや、別に戦力に数えてないからそんなに睨むなよ……」

 

 ただでさえお前の目つき怖いんだからそんなに睨まないでくれる? お前らの力を借りようとか虫のいいことは考えてないから。

 

「じゃあ、あなたはどうするつもりなのかしら?」

 

 雪ノ下の問いに対する答えは簡単だ。

 俺はその問いに対する答えを持っている人物に振り向いた。そう、会長に。

 

「8月のエキシビションマッチ、それを利用させてもらってもいいですか?」

 

 エキシビションマッチ。大洗が優勝した記念に他校との合同でエキシビションマッチが行われる予定……であるはずだ。俺の記憶が間違いなければ。

 

「なるほどねー。たしかにそれなら比企谷ちゃんの戦力はどうにかなるか」

 

 会長はうむうむと頷く。

 その話を横で聞いていた河嶋さんが会長に尋ねた。

 

「しかし、あれはまだどこの学校とやるかは決まってなかったかと思われますが」

 

「たしか、たくさんの学校から参加の申し込みが来てるんだっけ?」

 

 河嶋さんの言葉に小山さんが補足をいれた。まじか、そんなに参加希望者集まってるのか。

 

「じゃあ比企谷ちゃん、ついでに頼むよ」

 

「いや頼むって、いきなりなんですか」

 

「参加する学校を決めてきてくれない?」

 

「は?」

 

「どのみち比企谷ちゃんをリーダーにすることを認めてもらわないとだし」

 

 うわ、これ体よく面倒ごとを押し付けられているパターンじゃねーか。しかも質が悪いことに俺に拒否権がないのである。

 

「日程が決まり次第、比企谷ちゃんに連絡するからよろしくね。さ、じゃあいつも通り練習を始めよっか、悔いを残さないために。西住ちゃん、号令よろしく~」

 

「え? あ、はいっ!」

 

 そうしてさきほどの静けさは消え、いつも通りの騒がしさが戻ってくる。

 西住の号令が響き渡り、各々練習へと向かいだす。

 さきほど、会長が言った「悔いを残さないために」という言葉が耳に残っていた。

 西住たちは今日からエキシビションマッチまでの短い時間であるが練習をやる。それが西住たちの悔いが残らないようにするための一歩なのだろう。

 なら俺はどうだろうか?

 俺は……俺はたぶん、どうやったって悔いが残るような気がする。エキシビションマッチの結果がどっちに転ぼうと、俺が望む結果が来たとしても、たぶん後悔はするのだと思う。

 結局、俺がやっていることはただの精神が未熟なガキのわがままだ。

 知りたいものがある。欲しいものがある。ただそれだけのために西住たちを振り回しているのだから。

 たぶん、周りから見ればさぞ酷く醜いに違いない。自分でもそう思う。

 

 ―――だって、俺が抱く思いはいつだって間違っているのだから。

 


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