思い付きで書いてみました。

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とある放課後

「間違いないでやんす。ロッカーの下でやんす」

 アキオは4カ月前まで自分達が使っていたロッカーに手を掛けてオレを呼んだ。

 最後の夏が終わったあの日から、まだ4カ月しかたっていないのに野球部の部室は懐かしく感じられた。夜10時の部室はとても静かで、後輩達の汗のにおいがまだ少し残っている。

 

 冬期講習の帰りにオレは学校へ向かうアキオを見つけた。なんでも、インターネットの某巨大掲示板を見て家を飛び出してきたらしい。とても信じるに値する話ではなかったが、当てが外れてがっかりとうな垂れるアキオの姿を写真に収めるのも悪くない。そんな悪戯心もあって、結局オレは付いてきてしまった。

 高校3年間、悪ふざけをするにしたって何をするにしたって、オレとアキオはいつでも一緒だった。お互いに親友と呼べる間柄をお互いに認めている。そんな仲だ。

 

 アキオに促されてロッカーのふちに手を掛けると、ゾクッと背筋に緊張が走った。もしも、アキオの言っている事が、つまり、その掲示板の内容が本当ならば一体どうすれば良いのだろうか。「やっぱりやめよう」そう言って、このまま家に帰って来週の模試に備えた方が、どれだけ堅実な事だろうか。

 しかし、その一方で、いま目の前でこぼれ落ちそうな笑みを浮かべている親友にそれを告げて何もせずに帰ろうものならば、後々何を言われるかわからない。一瞬の迷いもあったが、オレはアキオにそれを悟られないように足腰に力を込めた。ゆっくりと、そのロッカーを動かしていく。

 

 

 ドスン! 夜中のグランドにその音は大きく響いたような気がした。

 

 

「やっぱり、何もないじゃないか」溜息交じりにオレは言った。

 しかし、アキオは息をつく間もなく隣のロッカーに手を掛けた。冗談じゃない。

「こっちかも知れないでやんす」

 オレは渋々応じる事にした。どうせ、何も出てこないだろう。いずれにしても、次からは元に戻すのが面倒くさいとか適当に理由を付けて断ればいい。そう決めて、オレは再びロッカーに手を掛け足腰に力を込めた。ギギギギッと金属が軋んで嫌な音を立てる。少しずつ、少しずつ、オレ達の身長よりも少し高いロッカーを移動させていく。今度は慎重にそれを床に置いたつもりだったが、アキオの握力が先に力尽きて、またグランドに「ドスン」と音が響いた。

 その音は、何かの合図のように夜の校内をこだまして響き渡った。きっと隣のロッカーも、その隣のロッカーも動かせば同じように大きな音を立ててオレ達の存在を皆に知らせることだろう。OBの問題児2人組が夜の部室で何かを企んでいると。

 

「あったでやんす!」

 

 突然大声を出したアキオに驚いてオレは振り返った。

 校内には当直警備の辻さんと秋山さんしかいないはずだ。彼らは悪ガキ2人を黙って見逃してくれた。野球部の部室は正門から一番遠い所にあるから、オレ達がどんなに叫んでも彼らに聞こえる事はないだろうけど、この事実は誰かに知られてはいけない気がした。

 国内はおろか、今や世界中に愛読者のいる大ベストセラー「野球超人伝」最後の1ページ。野球超人伝は超能力を持った主人公が球界の常識を次々に覆していく人気長編シリーズなのだが、しかし、物語の作者はある日突然失踪してしまい、物語は完結することなく、今や様々な憶測の飛び交う伝説的な野球小説となっている。担当編集者の急死も記憶に新しく、皮肉にも、この一件で野球超人伝は社会現象にまで発展し知らない人はいない程の知名度を誇るようになったのだが、そんな折に世界各地で野球超人伝最終章の原稿がほとんど同時期に発見された。一部の原稿は高値で取引されて、国際警察や各国の政府までも巻き込む大騒動となったが、ある日本の企業が散り散りになった原稿を一手に買い取って事態は収束しつつある。

 世界中のファンがその最終章の出版を待ち望んでいるが、一部の原稿はまだ見つかっておらず、その最終章はまだ出版されていない。こんな事情もあって、未発見の原稿には高額な懸賞金が掛けられていた。もちろん「最後の1ページ」も例外ではない。

 

 オレとアキオはもう一度顔を見合わせた。アキオの目には明日になれば数億円になるであろうこの1枚の紙切れがどの様に映ったのかはわからないが、少なくともオレは金のことよりも物語の結末の方が気になっていた。オレは野球超人伝最後の1ページに手を伸ばした。

 

「待つでやんす! 最初に発見したのはオイラでやんす! その原稿はオイラのものでやんす」

 

「そうだな、焼き肉ぐらいは奢ってもらうか」

 

 一切金に興味がなかったと言えば嘘になるが、言い出したらアキオは聞く耳を持たないだろう。こんなつまらないことでケンカはしたくなかった。オレの気を知ってか知らずがアキオの表情は緩みっぱなした。

 

「お安いご用でやんす」

 

「約束だからな。でも、その前に……」

 

 オレは野球超人伝の結末を知りたかった。世界で一番最初に最後の1ページを読める。オレにはその優越感だけで充分だった。

 

「勿体ないでやんす。今までの伏線や展開があってこそのラストでやんすよ」

 

「でも、他の原稿が今後見つかる保証はどこにもないんだ。だったら、今読んだ方がいい」

 

「オチのわかってる話じゃ面白さは半減してしまうでやんす」

 

 正論を並べたてるアキオの制止を無視してオレは読んだ。しかし、そこにはオチと呼べるような内容はなく断片的な描写があるだけだった。ラストの台詞も誰のものなのかわからない。オレは黙ったまま最後の1ページを折り畳んでアキオに手渡した。

 

「んじゃ、よろしく」

 

「合点承知でやんす!」

 

 オレ達はお互いに目的を果たした満足感に浸りながらロッカーを元の場所に戻していく。今度はドスンと床に落ちる音もそれ程気にならなかった。

 

「何してるの? こんな夜中に。あら、良く見たらうちの生徒じゃないの。確か、野球部だったわよね」

 

「実は、ちょっと忘れ物をしちゃって……」

 

 オレは適当に誤魔化したが、アキオは明らかに動揺していた。夜中の部室に突然現れたのは保健室の加藤先生だ。3年間世話になったがいまだに年齢は不詳だ。30代前半で彼氏なしではないかとオレは勝手に予想している。いつもルーズに着ている白衣の間からのぞく見事なおっぱいは推定Fカップと男子生徒の間ではもっぱらの噂だ。およそ教育現場には不必要な紅のルージュに理性が揺らぎそうになる。

 

「下校時刻はとっくに過ぎてるわよ。どこから入って来たの?」

 

 正門からと言っては秋山さんたちに迷惑が掛かるだろう。オレは黙っている事にした。しかし、この不良保健教師もいつの間にやって来たのだろうか。

 

「せ、正門からでやんす」

 

「あら、アキオ君は正直でイイ子ね。先生からご褒美よ♪」

 

 そう言うと、加藤先生はオレの横を通り過ぎてアキオの前に立つと、おもむろにアキオの顎を手にとって、あろう事か唇を重ね合わせた。アキオのモテない武勇伝は嫌というほど聞かされていたから、彼にとって、これがファーストキスとなったのは間違いないであろう。アキオはその場にへなへなと座り込んだ。

 

「さあ、次はあなたの番ね」

 

 真っ赤なピンヒール。白く艶めかしい大人の太腿と黒いタイトスカート。白衣が少しはだけて白い谷間が紫色のブラウスに強調される。全く目のやり場に困った。加藤先生は不敵な笑みを浮かべてオレを抱きしめる。

 

「さすが野球部。いいカラダしてる」

 

 加藤先生がオレの背中に手を回してFカップを押しつけてくる。彼女とキス以上まで進んでいないオレの鼓動はいよいよ早くなった。

 

「渡してちょうだい。見つかったんでしょう?」

 

「な、何の話でしょう?」

 

 吐息交じりに耳元で囁かれて、このまま華奢な加藤先生の身体を押し倒してしまおうかとも考えたが、内なる冷静なオレがこのオイシイシチュエーションを制した。しかし、シラを切るには向こうの方が役者は上だ。

 

「私もあの掲示板見たんだから。遅かれ早かれ噂は広まるわ。そうなれば大騒ぎよ。学校を巻き込んで、いや、それどころじゃないかもね。そうなる前に事情を確認して、きちんと対処するのが私たち教師の仕事なの」

 

 生徒を誘惑するのも仕事の内ですか。と、皮肉を言おうとしたところで淫乱女教師は唇を重ねてきた。AVかよ。近頃の草食系男子高校生の理性はこの期に及んで勝るらしい。こんな事では彼女に愛想を尽かされるのも時間の問題だろうか。

 オレは雑念を振り払って加藤先生を突き飛ばすと、まだ目を白黒させている矢部の頬を叩いて現実へと引き戻した。毎日走り込みを欠かさなかった元野球部員と、ピンヒールの保健教師とどちらの足が早いか語る必要はないだろう。

 

 正門をくぐる時、秋山さんが居眠りをしていたのは幸いだった。

 

 完


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