特級人型危険種『風見幽香』   作:歩く好奇心

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思いつきで書いてみました。


特級人型危険種『風見幽香』

 

「幽香さんはどこからきたんですか?」

 

帝国に向かう荷車。

その後部に座るタツミは、隣に腰掛ける女性にそう尋ねた。

 

その女性の名は風見幽香、肩まで伸びたクセのある緑髪に赤と白を基調とした薄手の上着とロングスカートが特徴的だ。

今は優雅に傘をさし、隣で馬車に揺られている。

 

「さあ、どこかしらね」

 

彼女は興味無さげにそう答える。

顔も彼に向ける様子はなく、前方を見続けている。 

タツミは気まずそうに苦笑した。

 

聞いて欲しくないことを聞いてしまったか。

タツミはそう思い、自身に対して少々自己嫌悪に陥った。

 

しかし、幽香自身としてはそういう訳ではなかった。

自分がどこから来たのか本当にわからず、事実のままに答えただけである。

ただ、その質問に興味がないことは事実。

また、彼女は他人を配慮する心持ちなど持たない。

それ故に、素のままに答えた結果、タツミが勝手に勘違いをするに至っただけなのであった。

 

タツミは仲間とともに故郷から帝国に稼ぎに来ていた。

しかし、道中山賊に襲われ仲間とはぐれてしまう経緯を持っていた。

 

「無事でいてくれたらいいな」

 

タツミは仲間を心配して小さくそう呟いた。

幽香は特に何も感じることはなかったが

「だといいわね」ととりあえず慰める。

 

タツミは首を横に振る。

関係ない彼女にこんな話を聞かせては彼女に悪い。

 

「俺、帝国では兵士として働いて稼ごう思っていまして……」

 

そう思い、彼は意気込むように帝国に着いてからのことを話し出した。

場の空気をなんとかしようと話す彼に、幽香は適当に相槌を打った。

彼女は彼の意図を全く気付いていなかった。

話に関心があるわけでもない。

ただ、暇ではあるため彼の話は聴いてやることにしただけであったのだ。

 

 

その後、荷車での道中危険種である土竜に襲われたが、タツミが難なく打ち倒した。

彼の闘いぶりは「帝国の兵士として稼ぐ」と豪語するだけのことはある。

幽香は彼の戦闘技術をそう評価する。

 

帝国に着き、タツミは「これが帝国か」と街並みを羨望の目で眺める。

これからここで稼ぐことに、彼は心が高揚した。

目をキラキラとさせる。

すると、

 

「これからあなたはどうするのかしら」

 

幽香が彼にそう尋ねる。

彼女は帝国に着いても、特に目的はない。

ただ何と無く来ただけであった。

それ故に彼女は興味本位に尋ねたのだ。

 

タツミはやや意外そうな顔をする。

これまでの彼女の素っ気ない態度から、てっきり会話をすることもなくお別れするのでは、と思っていたのだ。

 

「とりあえず兵になれる手続きが出来るところへ行こうかと」

 

タツミの答えに、「そう」と静かに頷くと彼女も一緒についていくことにした。

 

 

結果は門前払い。

「田舎者にはなれない」といった差別的な罵詈雑言も受けた。

「そんなぁ」とタツミは落ち込むが問題が起きたのであった。

 

門前の兵士に付き倒され尻餅をつくタツミを、幽香はふーん、と傍観していたのだったが、門前の兵士が彼女の美貌に見惚れて欲情したのだ。

 

「そこの女はちょっと俺と話そうぜ」と下卑た笑いをして手を出そうとしたところを、

「ちょ、ちょっと」とタツミが困惑するのも束の間。

 

幽香は躊躇いなくその兵士を痛め付ける。

加えて顔面が陥没する暴虐をなした挙げ句、首を絞め出すといった暴挙にまで出たのだ。

その際、彼女は無表情ながらも、どこか微笑んでいた。

 

その圧倒した暴虐を見てタツミは絶句するが、

「これを見られるのはまずい」と慌てた彼は、兵士の首を絞める幽香を引っ張りだし、その場を逃げ出したのであった。 

 

その際彼女の薄い微笑みを見て「そんな笑顔見たことないんですけど」と思わずにはいられなかった。

 

 

「…どうしよ」

 

タツミは顔を青ざめて絶望する。

兵士が半殺しにされるといった先の騒動は多くの者が見ていた。

顔は間違いなく覚えられたであろう。

 

「俺、まだ帝国に来たばっかなのに…」

 

兵士の夢が半ば潰れた事実に、彼は意気消沈となる。

 

「どうしたのかしら。手続きに行かないの?」

 

見ると、さも不思議といった表情で聞いてくる彼女。

「誰のせいですか」と彼は少々恨みがましく視線を向けた。

しかし、彼女は全く視線の意図に気付いた様子はなく、無表情に見つめるのみであった。

彼は彼女の鈍感さにため息をついたのであった。

 

「そんなところで何をやってるんだいアンタら?」

女性の声が掛かる。

見ると、金髪で胸の大きい女性が、やあ、と片手を挙げて挨拶をし出す。

飄々とした雰囲気だが歳上の色気が満載である。

幽香に出会う前のタツミであればその色気に戸惑っていたであろう。

タツミは事情を説明すると、いい話がある、と二人はある酒屋に案内された。

いい話と聞いて、彼は内心高揚する。

彼女の姉貴分な雰囲気からその話を疑うこともしなかった。

幽香も黙ってついてくるがまるで興味なさげだ。

しかし、今はいい話があるというので彼女のことは置いておこう。そう思ってウキウキとレオーネについて行くのであった。

 

「じゃあお前さんらのこと、私がしっかり話つけてきてやるよ」

酒屋の席で豪快に酒を飲む彼女、レオーネという女性は活気良くそう言い出す。

帝都で上手く生活するためには偉い人と繋がりを持つ必要がある。この女性はその偉い人と上手く話をつけてやるから金を渡せ、とそう言ってるのであった。

へー、と口を開けて話を聞くタツミ。

その目は全く疑う様子はなく、彼女を信用した。

幽香は話に全く関心がなく水を啜るだけである。

ちなみに二人は何も注文していない。レオーネはそれに構わずどんどん注文し出すが。

 

関心を示すのはタツミだけであることからも、ほぼ彼とレオーネが話す形となっている。

そして、じゃあお願いします、と彼が金の入った小包を渡そうとした時、

 

「下手な詐欺師ね」

幽香は無表情でそういい放つ。

小包を渡すタツミの腕が止まり、その場の空気が固まる。

レオーネは、「えっ?」と口を引くつかせる。

 

「そんなみすぼらしい格好でお偉いさんと知り合いだなんてよく言えたわね。滑稽だわ。職業は道化師か何かかしら?」

幽香は見下すように薄く微笑み、レオーネを見つめる。

眼前の彼女の服装は露出が多く、またお世辞にも清潔とは言いがたいものであった。

 

「な、何おう」と幽香の皮肉に怒りを示すが、口は引く付き、汗も見受けられ図星をつかれたことは明らかであった。

分かりやすい奴だ、と彼女は詐欺師としての程度の低さにため息をはいた。

 

 

「タツミ、そんなことに金を使うくらいなら私の宿代のために使いなさい」

そう言って、隣のタツミの腕を引っ張り席を立ち、この場を去ろうとする。

彼はその様子に、何が何だか、と唖然とするばかり。

ちょっと待てよ、と横を通り過ぎようとする幽香をレオーネは慌てて引き止めるが、ガシッ、と肩を押さえつけられる。

動けない!?何て力だ。そう内心驚く彼女だが、すぐに耳元に幽香の顔が近づき、

 

「あなたはちゃんとお金を払いなさいね。私達は何も頼んでないんだから」

楽しそうにそう囁いて、タツミと共に幽香は酒屋を出ていった。

二人が出ていく様を呆然と見送る。

眼前にはジョッキの山。

レオーネは顔を青くした。

そう、彼女は無一文であった。

 

 

 

「え?ここも満室ですか!?」

酒屋を出て宿屋を探す二人であったがどこも満室の様子。

久々に柔らかいベッドで寝れる。

そう思ってたタツミは、「今日は野宿か」と落ち込んだ。

横目で彼女を見るが全く気にした様子はない。

「女性なのに何で心配しないのだろう」と彼は甚だ疑問に思った。

 

「というか幽香さん、無一文なんですか?」

 

この人お金は持ってるだろうか。

ふと疑問に思い、彼はそう尋ねた。

しかし、彼女は気にした風もなく、「ええ」と返す。

 

「やっぱり」

 

タツミは彼女の返答と呆れる。

先ほど、昼食をとる時に払わされたので、ふと疑問に思っただけだが、本当に予想通りとは。

お金もなしにこの人は帝国に何をしに来たのだろう。

彼はホトホトそう疑問に思うが、それについては聞いても無駄な気がしたため尋ねることはしなかった。

 

 

宿を出て外にでてしばらくうろうろと歩き回る。

夜に差しきったところで、幽香は突然話しだした。

 

「じゃあ、寝転がるのに丁度良さそうなところを探しましょうか」

 

「え?幽香さんは本当に野宿するんですか」

幽香の発言にタツミは驚く。

時間的には野宿を覚悟するしかないが、彼女から言い出すとは思わなかった。

彼女の服装は傍目からして一般人だ、とてもじゃないが野宿する人には見えない。

またそれだけじゃなく、彼女のような美人を野宿させるのはいいのだろうか、と抵抗もある。

しかし、本当に寝床を探そうとする彼女を見て、仕方ないか、と色々諦めたタツミであった。

 

「どうされたのですか?」

声が掛かった。

大人しく優しそうな口調で尋ねる金髪の少女。

品のある服装と兵士を連れていることから上流階級の者であろう。

タツミは躊躇いがちに泊まる宿がないことを伝える。

すると、

「ではお二人共、是非私の家にお泊まり下さい!」

少女は嬉しいそうにそう返した。

その提案に申し訳なく思い断ろうとするも、少女は「是非是非」と引く様子はない。

加えて幽香が「それじゃお言葉に甘えましょう」と案に乗ったため、じゃあそれなら、と遠慮がちに少女の招待を受けることにした。

 

ちなみに幽香としては野宿であろうが宿であろうがどちらでもよかった。

 

 

少女、アリアの屋敷に招待されて翌日。

タツミはアリアの買い物に付き合うことになった。連れの護衛兵士と共に大量の包みを運び、次なる店へと向かっている。

タツミは前方が見えない程の包みを抱えて、ひい、ひい、と疲労を隠せない。

客なのになんでこんなこと、と思わなくもないが、アリアの厚意で泊まらせてもらってるのだ。

これくらいの労働はやるべきだろう、と彼はムンと包みを持ち直す。

ちなみに幽香も暇潰しに来ているが、当然荷物など持とうとしない。ふーん、と適当に店の冷やかしに付き合っているだけだ。

 

「ゆ、幽香さん、少しでもいいから手伝って下さいよ。俺より力強いんですから」

 

「あら、嫌よ。女性に持たせる気なの?頼り無いわね」

 

「そ、そんな~」

彼女はまるで助ける気がなくさっさと前に行ってしまう。

もう少し気遣ってくれてもいいのでは、と思わなくもない。

タツミは、ハァとため息をつきガックシと項垂れた。

 

 

買い物に出掛けた夜、ふと幽香は目が覚めた。

悲鳴が聞こえたからだ。

部屋を出て暗い廊下を進むと死体の数々が目に入る。

キンッと金属音が耳に届き、音の発生源だと思われる庭へ足を進める。

すると、

 

「ヒイッ、た、助けてくれえ!!」

兵士達の悲鳴と共にズバッと肉を裂く音。血飛沫をあげて上半身がドサッと倒れる。

殺された仲間を見て他の兵士は怯えた。

兵士達の他にも見慣れない姿がちらほら見えるが、その所業からして彼らは侵入者に違いないだろう。

血の臭いが漂う空間に高揚し、彼女は戦闘の場へと足を進めた。

 

 

同僚が目の前で殺された。

兵士は、次は自分がああなるのか、と怯えて剣を構える。

カタカタと剣先が震え緊張が治まらない。

死にたくない、そう思い必死に敵を睨んでいると、

 

「何をしてるのかしら」

肩をポンと叩かれた。まるで軽い談笑でもするかのような声音だ。

あまりにも場にそぐわない声かけに、は?と困惑するが、振り向くとそこには例の客人の女性。

畳んだ傘を片手に、こんにちは、と優雅な挨拶。

彼女の行動がまるで理解できない。

その顔はニッコリ微笑んでいるが、状況との温度差におぞましさしか感じない。

そのあまりの場違いな問いかけに、え?と兵士は反応に困るも、すぐに気を取り直し、

 

「な、何をしてるんですか!!ここは危険です!早く逃げて…」

言い終わる前に兵士の視界がぶれた。

 

そして、兵士はいつの間にか自分が倒れていることに気付いた。

 

 

 

「あなた、何のつもりですか?」

誰かと話し込む兵士を背後から抹殺しようとするも失敗。

長髪、紫髪の女性、シェーレは眼前の正体不明の女性と拮抗する。

自身の背丈以上ある巨大鋏の一撃をその女性は片手で食い止める。

あり得ないことだ。

その光景にシェーレは驚愕した。

彼女の持つ大型鋏、万物を両断する帝具『エクスタス』。

その万物を切る大型挟の刃を握りながらも、眼前の女性は微動だにしない。

距離を取ろうと試みるが、全く動くことができなかった。何て怪力と頑丈さか。

鋏を握る女性の手がそれを許さなかったのだ。

眼前の女性に対し警戒度を最大にする。

 

「あなた、何者?」

情報では前日に少年と宿泊に来た一般人としかされていない。

なのに、今はその一般人に必殺の一撃を軽々と受け止められているのだ。

これが一般人なんてあり得ない。

もはやこの者を保護すべき一般人とは認識できなかった。

彼女は鋭い眼光でもう一度問いかける。

 

「答えなさい。あなたは何者なの?」

沈黙。

女性は無視しているのか、何も答えない。

緑の前髪が目元を隠し、女性の表情は伺えない。

拮抗した体勢に緊張が高まる。 

いくら力を入れて引いても全く大型鋏が離れる様子はないのだ。

変わらない状況に不安が大きくなる。

しかし、

 

「話しかけるなんて随分余裕なのね?」

 

 

今まで見えなかった女性の視線と交わった。

 

 

「ッ!?」

顔を見て全身が総毛立った。

 

何て冷たい笑顔。

 

細められた瞳と薄く笑う口元からはおぞましい怖じ気を感じた。

 

過去に体験したことのない殺気。

彼女は危険だ。

逃げなければ、シェーレの本能が最大級の警報を鳴らした。

惜しむことなく帝具を離し距離を取ろうとする、しかし、

 

──ザシュッ

 

彼女の判断は一歩遅かった。

 

 

 

何が起きている。

全身に異形の鎧を纏い、筋骨隆々の男、ブラート。

暗殺対象である兵士達を狩っているが、彼は戦況に違和感を持った。

順調に計画は進んでいるが、何かおかしい。

長年の戦闘経験か、彼の直感がそう告げている。

目を凝らし、周囲を観察する。

何か異変はないか。

 

そして、その異変はすぐに見つかった。

 

──シェーレ!!!

 

シェーレの姿を確認した瞬間、彼女の腹部が貫かれる。

血飛沫をあげるのが目に入った。

 

轟音。続けて彼女の顔面が強打される轟音が響く。

 

全く容赦ない殴打だ。

 

強打音がここまで届く威力に晒され、遥か先まで転がっていく。

その光景を目にした瞬間、足が動き、全身が怒りに満ちた。

 

気付けば、彼女を傷つけた敵の眼前へと来ていた。

 

「てんめええええええ!!!!!!!」

許さない。絶対に殺してやる。

怒りに支配された彼は渾身の一撃を敵に放つ。

 

風切り音。

 

全力の拳を放った彼は目を見張った。

 

自身の攻撃は当たっていない。敵は体を反らし、渾身の一撃を避けている。

 

驚愕した。

最大限に発揮した全力を、加えて不意討ち気味に放った攻撃を、彼女は容易く避けてみせたことに。

 

驚愕に固まるのも束の間、

 

衝撃。そして轟音。

 

館が破壊される衝撃と轟音。

館の壁にめり込む程に彼は背中を強打することになった。

 

「がッ!?」

背部と腹部に痛撃な衝撃と圧迫。

内臓が抉られる痛みに吐血が止まらず、顔を盛大に歪める。

 

敵の膝蹴りが鳩尾に入ったのだ。ここで初めて彼女に反撃を受けたことを認知した。

 

痛みに耐えながら、自身に認知できない速度の一撃を放つ敵に警戒を最大限にする。

 

しかし、

 

 

 

顔を上げれば敵は既に目の前にいた。

 

「ぐっ」

抵抗する間もなく、首を掴みあげられ、呼吸が出来なくなる。

 

逃れるためにも必死に抵抗するが、眼前の敵は全く手を放そうとしない。

 

掴む腕を殴り、敵の胴を蹴りあげる。

放せ、放せ、と全力の反撃。

 

しかし、眼前の敵は微動だにしない。

 

「どうしたのかしら?ほら、頑張りなさい。さっきの一撃は危なかったけど、それに比べて今は随分弱々しいわね」

 

見ると、敵は、眼前の女性は、おぞましい程に薄く、不気味な笑みを張り付けていた。

 

何て冷たい笑みなのか。

 

その薄い笑みを見て背筋が凍る。

得体の知れない恐怖に晒されたのがわかった。

 

眼前の化け物は一体何なのか、そんな疑問と恐怖に頭がごちゃごちゃとなった。

 

首を絞める力も強くなり、意識が薄れる。

 

徐々に視界と意識が遠くなり、もうダメか、そう思われた時、

 

フッ、と首に入る力が抜けたのを感じた。

 

 

 

 

少女は眼前の敵の腕を切り落とした。

躊躇いはない。

 

元は保護対象であったが、仲間が殺されかけるのを目に、そんな意識は霧散した。

 

長髪、黒髪の少女、アカメは刀を鞘に納める。

 

少女の表情は平静だが、その瞳は憤怒に満ちていた。

 

仲間の彼が吐血し、窒息されかけている。黙って見過ごすことはできない。

 

ましてや、苦しむ人間を笑っているような輩、ヘドが出る。

死んで当然。彼女はそう思い、これから死んでいく眼前の敵を冷徹に見つめた。

 

彼女の装備する妖刀、帝具『村雨』は一撃必殺。切られた傷口から呪毒が入り即座に死に至らせる。

解毒法はない。

 

故に眼前の敵は死ぬしかないのだ。

 

しかし、

 

「…あら、やってくれるわね」

 

すぐに倒れゆく筈の敵は悠然と目の前に立っている。

微笑んで少女に視線を向けてすらいた。

 

そんな馬鹿な。目の前の敵は確かに妖刀で切られたのだ。生きている筈がない。

 

アカメはあり得ない現状に目を瞠目させる。

 

少女は歴戦の暗殺者であった。故に今のように動揺するも、すぐに警戒へと意識を向ける。

 

警戒を最大に、再び目の前の敵へと妖刀を構える。

 

すると、

 

「お、おいアンタ!今度は風見に何してんだよ」

 

丁度その時、タツミがその他数名を連れてこの場に駆けつけたのであった。

 

 

 

 

タツミは暗殺集団『ナイトレイド』に入隊することになった。

かつての仲間が帝国の貴族に惨殺されたのを目にして、帝国の腐敗を理解したためだ。

貴族のあのような残虐を許す帝国を彼は許すことができなかった。

 

かつての仲間の惨殺を目撃した現場で再び居合わせたレオーネ。

そして『ナイトレイド』の仲間、主にレオーネにやや強引ではあるが、手を差しのべられ『ナイトレイド』に入ることを決意した。

 

 

「なるほど。事情は把握した。タツミ、幽香、ナイトレイドに加わらないか」

 

ナイトレイドのボス、ナジェンダがタツミと幽香にそう告げた。

その場にはマイン、レオーネ、アカメ、ラバックが居合わせている。その他にシェーレ、ブラートといるがそれぞれ治療のためこの場にはいない。

 

その他にいたメンバーは彼女の言葉に驚愕する。

それぞれが信じられない、といった顔で食って掛かった。

 

「ボス本気か!?」

 

「そうよ!タツミはともかく、コイツは絶対ダメよ!シェーレとブラートにあんな酷い怪我を負わせた張本人なのよ!!」

 

「本気だ。彼女の戦闘力はブラートと同等かそれ以上じゃないそうか。ナイトレイドは常に人員不足なんだ、これ程の戦力を見逃す手はない。それに彼女が仮に帝国についたらそれこそ厄介だ」

ナジェンダは理屈も含めて説明する。

 

タツミだけでなく幽香もナイトレイドのアジトへと来ていた。

当初、仲間に重傷を負わせた彼女をナイトレイドの団員は連れてなど行かなかった。無論、彼女も自発的に行こうともしなかった。

しかし、ブラート、シェーレを圧倒する戦力の報告を受けたナジェンダは自ら幽香の元まで赴き、アジトに来るよう説得したのだ。

軍略家のナジェンダとしては彼女程の戦力は大変魅力的であり、また帝国に放置するには危険な存在でもあった。

 

 

しかし、この場にいないシェーレ、ブラート以外の他のナイトレイドは説明に納得できず、口々に幽香の入隊を拒絶した。

 

中でも桃色のツインテールを結えた少女、マインは際立った。

親友のシェーレが数ヶ月の治療を要する重体にした幽香が許せないのだ。治療が遅れていたら命を落としていた。

その事実を知ってる故に彼女への憎しみは深かった。

 

「私は絶対に認めない!そんなやつが仲間なんて!!シェーレは……」

 

「グチグチうるさいわね。仲間が一人二人怪我を負ったくらいで喚かないで貰えるかしら?」

マインの更に不満を訴えようとするが、幽香に遮られる。

煩わしい。ただそれだけの意を込めた言葉。

その言葉に場の空気が固まった。

 

「…アンタ、今何て言った?」

 

「喚くなと言ったの。…二度も言わせないで頂戴」

 

「あ、アンタねッ!!!」

 

ため息をつくような口調だ。

我慢の限界を迎えたマインは、身の丈以上の銃器を構える。

彼女のこれから為そうとすることに全員が驚愕する。

 

「ちょっ!!マイン!タンマタンマ、それはやめろ!」

いち早く止めに入ったのは緑髪にゴーグルが特徴のラバック。

今にも引き金を引きそうな彼女を必死に押さえつける。

 

「は、離して!ラバック!!コイツは、コイ…」

 

「暗殺者の癖にいざ自分達が死にかけると喚くなんて、滑稽ね。弱いなら尚更ね」

 

「黙りなよ」

レオーネが静かな怒気は孕み、口を挟む。

 

「一人一人目的は違うかもしんないけど、あたし達は腐った帝国を変えるという正義のために暗殺なんて汚いことやってんだ。殺される覚悟だってしてるさ」

 

レオーネは続ける。

 

「…でもな、仲間が死にかけて怒ることがそんなに悪いことか!!!」

 

怒りの目をもって幽香を睨み付けそう言い放つ。

仲間を侮辱された。

彼女はそれが許せなかったのだ。

 

「悪くはないわ。ただ見苦しいだけよ。言ったでしょ、滑稽だって」

 

幽香は平然としている。

レオーネの憤怒の視線を受けても動じる様子はない。

変わらない冷徹な瞳、もはや興味もないと言っているような表情だ。

 

「仲間のためだなんて知ったことではないわ。滑稽は滑稽よ。嘲笑の的にしかならない。弱いなら尚格好悪いわ。これが笑われないとでも思っているのかしら?」

 

「やめろ。幽香」

ナジェンダが幽香にそれ以上言わせないよう止めに入る。

これ以上に続けると本気で仲間が帝具を使いかねないからだ。

現に今は幽香に対しタツミ以外が険悪な空気を出している。もはやいつ誰が彼女に掴みかかってもおかしくなかった。

タツミは幽香が何故こんなことを言い出すのか分からず、困惑していた。

 

「これ以上の口論は止めてもらおう。幽香。お前も仲間が不快に思う言動は慎んでくれ」

 

ナジェンダは何とか場を収めようと話を切り上げようとかかる。

 

しかし、

 

「不快なのは私よ。そもそもあれは正当防衛に入る上に私は兵士の命を助けたのだから、むしろ私が正義と言ってもおかしくないわ。知りもしないゴミ二匹をあの時見逃してやったことに感謝して欲しいくらいだわ」

 

額の血管が切れる音と共に、マインは巨大な銃器を幽香に構える。

もはや我慢などとっくの昔に越えていた。

怒りの感情に呼応するように銃器に光が走る。

 

「だったら私達が弱いかどうか身をもって知るがいいわ!!!」

 

 

マインの怒号と共に極光が一閃。 

 

極大な光柱が銃口から放たれ、幽香に直撃。

 

極光の中、彼女の姿が消えた。

 

 

マインの抱える帝具、浪漫砲台『パンプキン』

精神エネルギーを衝撃波として打ち出す特徴があり、使用者のピンチ、もしくは使用者の感情に比例して破壊力が増減する。

 

故に、仲間の侮辱に我慢を越える怒りを抱えた彼女に射出されたその威力は想像を絶する。その筈だった。

 

 

しかし、

 

 

 

「……嘘」

 

 

信じられない。

これ以上ない怒りを込めた一撃。

これに耐えられる者などいやしない。

 

絶対の確信があったマインはその場に崩れた

 

周りの全員もその光景に絶句した。

 

光線の放出を終えた今もなお、幽香はそこにいる。

 

無情な無表情をもって。

 

変わったとすれば服がボロボロになったことと、髪が煤けているぐらいであろう。

 

彼女はただ立っているだけだが、その異常性に場の空気が異様なものへと変わった。

 

「気は済んだかしら?」

 

彼女はつまらなさそうにそう言った。

 

「…化け物が」

 

「それは誉め言葉として受け取っておくわ。…それにしても人間ってのはどこに行っても一緒なのね。弱いったらありゃしない」

 

「…な、なんだコイツは。化け物って言われて嬉しいのかよ」

 

彼女はラバックの言葉に薄く笑っている。

彼はそんな彼女の言葉と態度に呆れるしかなかった。

マインの全力を正面から受けても悠然と立っているのだ。

もはや彼女の異常性に内心呆れしか沸かない。

 

「当然じゃない。あなた達人間ごときと同格に見られるなんて妖怪としてのプライドに関わるわ。一緒にしないで頂戴」

 

「妖怪?なんだそれは?幽香、お前は人間ではないのか」

 

胸騒ぎがした。

ナジェンダの聡明な頭脳は彼女の言葉に引っ掛かりを覚えたたのだ。

一緒にするな、という言葉。単に周囲の人間を見下しているだけの言葉なのか。

それとも、人ではないという意味であれば、それはつまり……

 

 

「ああ、あなた達には伝わらないのね、この言葉は」

 

ナジェンダは固唾を飲んで彼女の言葉に耳を向ける。

 

嫌な予感に緊張が高まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は危険種よ。人間じゃないわ」

 

 

 

 


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