すいません。後半はかなり修正、追加しました。
「勝負?」
「ああ!この棒をつかってな」
オーガ及びガルマの抹殺任務を終えて数日。
幽香はブラートに勝負を挑まれた。
「負けっぱなしは嫌なんでな、力は敵わなくも技術で負けるつもりはねえ」
長棒を見せつけて、ニッ、と笑う。
加えて挑発的な笑み。
幽香は、ほう、と顎に手をやり、考える素振りを示した。
勝負内容は棒術。
単に身の丈以上の棒を使って戦うだけである。
純粋な身体能力はどう足掻いても勝てない。
これは人間と危険種。
生まれながらの肉体的限界が定められている故の絶対的な差である。
ブラートは身をもって痛感した。
なら、ルールを設けて勝負足り得る土俵に持っていこうと考えたのである。
負けたままにするのは柄ではない。
見方によっては、せこいと言われるだろう。純粋な戦いでは勝負にならないから得意分野で戦おうというのだから。
しかし、自身の力を、技術を、幽香に認めてもらいたいという気持ちが大きかった。
自身を打ち負かした彼女に。
彼女とはピリピリした関係でもある。
初対面時のことを気にして、彼自身が話しかけないというのが主な原因ではあるが。
彼はこのまま彼女と関係が変わらないことを嫌ったのであった。
「どうだ、嫌か?」
「いいえ、力では勝てないから技術に重点を置いて戦おうというのね。その考えは嫌いじゃないわ」
ブラートはお?とキョトンとした。
意外。
彼女の返答にそう思った。
力で勝てないから得意分野で勝負をしかけたのだ。
故に、男の癖に情けない、プライドを保つのに必死なだけだ、などと罵詈雑言を覚悟していた。
だというのに彼女の言葉は意外なものであった。
ブラートは彼女に対する評価が変わった。
「ほう?お前がそんなこというなんて珍しいな。棒術に覚えでもあんのか?」
「いいえ、ないわ。
ただ分際を弁えたことを褒めてるだけよ。勝てないことに挑み続けるより、可能性のあるものに挑む方がよっぽど建設的じゃない。ただそれだけよ」
彼女は薄く笑う。
本当に珍しい。
彼はそう思わずにはいられなかった。
普段無感情を思わせる無表情な顔が関心を示したのだ。
俄然、くすぶる闘志が高揚する。
「ハッ、やっぱり幽香は幽香だな!相変わらず言うじゃねえか!」
この機を逃させずにはいられない。
自身の実力を認めさせてやるのだ。
彼はそう意気込んで彼女に向かって構えをとり、
「俺の実力、見せつけてやろうじゃねえか!」
◆
「あら、やるじゃない」
力任せの突き。
怪力により驚異的な速度を伴っていた突きだが、ブラートは自身の長棒を操作し、その軌道を反らした。
しかし、反らした際に接触箇所から伝わるその振動は並みならない。
まともに食らえばどうなるか。
冷や汗が垂れた。
しかし、幽香はそんな彼を素直に褒めた。
彼女としては、とどめのつもりで放った一撃であるためだ。
「けっ、ピンピンしやがって!」
体力の消耗が激しい。
気合いを入れるため、憎まれ口を叩く。
対する彼女は疲れた様子はなく、汗すら掻いていない。
ジリ貧だ。
彼はキッ、と歯を剥いて構えをとる。
「一緒にするな、と言った筈よ?」
彼女も薄く笑い、構えをとる。
そして跳躍。地がひび割れると共にブラートの眼前まで接近し、音速を思わせる突きを放つ。
「くっ」
紙一重に横へと回避。
あの音速の勢いではそう簡単には止まれない。
そう思うのも束の間、回避した瞬間、横目の彼女と視線が交じ合い、全身に悪寒が走った。
来る。
音速の勢いを、咄嗟に姿勢を変えて片足で急ブレーキ。
慣性を完全に無視した彼女の方向転換にギョッ、とする。
なんて力任せだ。
気付けば、眼前には横凪ぎの一撃が迫っていた。
「いくら棒術で制限をかけてるからといって、身体能力の差は早々埋まらないわ」
そう。
棒術であろうと、棒を扱う者の身体能力の差は、当然棒術戦にも表れる。
慣れない棒術であろうが、その怪力による身体動作と振り回される長棒は脅威に他ならなかった。
もろに防御すればへし折られる。
そう直観した。
今の体勢から回避の姿勢には間に合わない。
長棒を操作し、自身の長棒が横への一撃に触れると同時、直上へとその軌道をはねのける。
今だ。
横の一撃を抵抗のない直上へとかち上げられた幽香は無防備を晒した。
「っ!!」
彼女は驚きの表情を露にした。
視線がかち合う、一瞬の間。
表情はいつの間にか冷静へと戻っている。
しかし、同時に彼女はかち上げられた長棒を振り下ろした。
ここで引くわけにはいかない。
長年培った槍術。
それ故に、長棒操作の高速化を可能とし、同時に、構えから突出の神速動作を実現させる。
神速で繰り出された突き。
その長棒の先端は見事、幽香の鳩尾を突き飛ばすに至った。
◆
「私の負けね」
幽香はブラートにそう言った。
負けたと。
試合を観戦していたラバックとタツミとしてはにわかに信じがたいことであった。
あの化け物が負けた。
化け物。
帝具をものともしない頑強ぶりと、
それを含めたこれまでの経緯から、二人は彼女にその言葉のイメージがついたのであった。
故に、化け物と思っていた彼女が負けたことが、にわかには信じられないことであった。
「ブラート!スッゲェな!!あの化け物女をのしちまうなんて!」
ラバックは興奮気味に讃える。
興奮が覚めなかった。
手には汗を握っている。
一撃必殺の猛攻を掻い潜り、最後には見事、逆転の反撃で勝利をもぎ取ったのだ。
熱は冷めるに冷めなかった。
「へへっ、どんなもんだってんだ!!」
鼻を掻いては、ムン、と力こぶを見せつけるブラート。
ニカッ、とした笑顔。
幽香に一本取れたことが嬉しい。
彼の笑顔は見るからにそう物語っていた。
その様子にラバックとタツミは盛り上がるばかり、ブラートも益々調子に乗った。
「そんなに嬉しいものかしら?」
さも不思議といった顔。
盛り上がるこちらと打って変わって、悔しがる様子もなく平静であった。
服はボロボロであるが傷一つない。
対してブラートは勝者にも関わらず、打撲傷や擦り傷など全身がボロボロ。
しかし、それが逆に格好よかった。
そのボロボロな体が彼の勇猛さを示しているようにみえたからだ。
幽香とブラート。
会話しているが、これまでのピリピリした空気は嘘のようだ。
これは彼が変わったのだろう。
彼女の態度は今までと変わっていない。
今の試合でわだかまりが消えたのか、彼は快活そうである。
ラバックはふと思ったことを口に出した。
「つうか、風見が負けを認めるのが意外だな。そもそも適当に流してさっさと終わらせるかと思ってたぜ」
彼女は危険種であり、ナイトレイド含める人間を見下している。
それはこれまでの態度と口調から明らかだ。
故に人間という格下に負けたときどういう態度をとるのか、彼は冷や冷やしていた。
最悪、ブラートを腹いせに殺すのではないか、と懸念もしていた。
そんなことを言ってると、
「あなたは私を何だと思っているのかしら」
彼女はハァ、と呆れた顔だ。
「気難しい化け物」
躊躇いなく言った。
そう。言ってしまったのだ。
普段なら絶対に言わなかったが、この弛緩した空気がそうさせてしまった。
言った瞬間、頭をガシッ、捕まえられ宙ぶらりん。
なんて冷たい微笑み。
少し笑うだけでこうも変わるのか。
普段の無感情な顔が信じられないくらいだ。
しかし、全く嬉しくなかった。
その薄く開く瞳を目に強烈な怖じ気が走る。
言ってはならないことを言ってしまった。
ラバックはそう確信すると、
「あらそう。素直でいいわね。でも化け物に対するマナーがなってないわ。この気難しい私が直々に教えてあげるから安心なさい」
彼女の言葉に絶望した。
◆
コブをつくって倒れるラバック。
幽香が彼にマナーを教え終わったのだ。
全く、と手を叩いて呆れている。
コブのでかさに同情しつつも、タツミは気になったことを口にする。
彼の二の舞にはならない、と恐る恐るたずねる。
「そ、それで幽香さん、さっきのラバックの質問ですけど、実際のところどうなんですか?」
そう。
普段の彼女なら適当に終わらせそうである。
にも関わらず面倒くさがらず相手をしているのだ。
彼女と一番長く接してきた故に不思議でならない。
ついでに勝敗については、彼女のことは信用していたため、逆ギレして殺す、なんてことはさすがに思わなかった。
彼女は答えるのをやや面倒くさそうにするが、
「俺も聞きたい」と、ブラートも興味を示しだしたため、観念して答えた。
「別に、暇だから付き合っただけよ。そうじゃなかったらそもそも無視してたわ。
あと私子どもじゃないのよ?ルールを決めた試合で負けたから殺すだなんて、そんな頭の悪そうなことしないわ。むしろプライドの問題ね」
「がははは、なるほどな!」
ブラートは納得したように笑う。
「ははは、思ったんですけど、暇といったら幽香さんはナイトレイド入ってなかったら、何してたんですか?」
ここで、前々から純粋に思っていたことを聞いた。
そもそも彼女は無一文で帝国に来たのだ。
今に至っては何となくナイトレイドにいるといった状況。
加えて彼女は危険種。人間ではない。
考えれば考える程、彼女の目的が掴めなかった。
「さあ?花屋でも開いてるか、郊外の何処か自然があるところにでも行ったんじゃないかしら」
「な、何で花屋なんだ?お前を知った今としては全く花を愛でるイメージがしないんだが」
「あら、失礼ね。私花は大好きよ。一輪の花と百人の人間、どちらを見捨てるって言われたら迷わず人間を選ぶくらいに」
物騒な表現な上に有り得ない選択。
常識的に考えれば、もはや花好きの程度に収まらない。
しかし、彼女は危険種だ。
この選択の違いが人間と危険種の違いを示しるのであろう。
「いや、どんだけだよ!!狂人かお前!!」
驚きを隠せずそう叫ぶブラートだが、
「だから人間じゃないわよ。何度も言わせないで頂戴。
」
幽香は憮然と呆れる。
「なんで花が好きなんですか?」
「単純にキレイだからと言うのもあるんでしょうけど、私が花の妖怪というのもあるからかしらね」
「花の妖怪?」
妖怪。
タツミにはあまり聞き覚えのない言葉だ。
「ああ、こっちでは花の危険種とでも言えばいいのかしら?私は何時でも何処であろうと花を咲かせることが出来るの。」
タツミは驚いた。
聞くだけで凄まじい力である。
自然を操るなど、帝具というものにあるのかも疑わしいほどだ。
同時に、彼女にはあまり似合わないイメージも持った。
あれだけ圧倒的な戦闘能力があるのだ。
不思議な力を持っていたとしても、それも戦闘に関わるものだろうと思っていた。
「そ、それはとんでもねぇ力だな。でも、ブフッ、似合わねえ、あんな怪物で花とか」
いつの間にか隣でラバックが復活していた。
哀れ。
その一言に尽きる。
似た思考を持ちながら、どうして彼は自身から酷い目に身を投じるのか、不思議でならない。
明らかに怒りを買う言葉だ。
何故さっきの制裁で学ばなかったのか、とタツミは同情し、彼の行く末を静かに見守った。
冷たい微笑みをする幽香が目に入る。
タツミは、彼に内心合掌するしかなかったのであった。
◆
「イヲカル?知らないわね」
「我輩の名を知らんとは不敬な!」
イヲカル。
眼前の彼は幽香にそう名乗った。
彼女にとって知らない人間である。
そして、態度のでかい男だ、その程度の印象しか残らない。
帝都を散策していたら、突如道をふさいで現れた彼は、
家に来い、と言ってきたのだ。
当然のように彼女は断った。
すると彼はさらにいい募り、加えてオネスト大臣の親戚にあたる者らしく、逆らうと後でどうなるか保証しない、とも言ってきた。
「さあ!とっとときたまえ!!私はオネスト大臣の親族であるぞ!私の館に招待してやると言っているのだ。光栄に思え!」
傲慢な振舞いと口調。
人間風情が。
彼女は煩わしく感じざるを得なかった。
彼女はオネスト大臣がどれ程偉いのか知らない。
それどころか、権力といったものに興味もなかった。
当然である。
彼女は人間ではなく、人外だ。
生まれ持つその圧倒的な力に権力による統治など何一つ意味をなさない。
故に、彼女には権力の恐ろしさというものが分からなかった。
人間に殺られる発想すらないのだ。
彼の保証は彼女に何の役に立たなかった。
その証拠に彼女は、保証?と首を傾げる。
彼女は再び面倒くさげにその命令は断ると、どこから現れたのか、同時に護衛四人が彼女を囲った。
武力による脅しに入ったのだ。
しかし、彼女は微塵も反応を示さなかった。
蟻と象。
彼女はそれだけの力量差を一目で察した。
何の脅威にもならない。
それ故の無反応である。
「ヒヒッ、あんたも運が悪いね。さっさと諦めな、じゃないと後でどんな目にあうやら」
下卑た笑いで、おどけるように護衛達は口々にそう言った。
上玉だ、と舌舐めずりする者もいる。
彼女の瞳に剣呑さが増した。
苛立ちが募る。
分際を弁えろ、そう思い、見せしめに手を出そうとするが、ふと思い留まった。
一応彼女はナイトレイドに属している。
暴れて顔を知られるのは得策ではないでろう。
ナイトレイドのメンバーにグチグチ言われるのも面倒だ。
そう考えると彼女は抵抗をやめ、大人しく付いていくことにしたのであった。
◆
イヲカルは帝都の散策に出ていた。
新たな女を探すためであり、意外に貧民層にも掘り出し物はあることを彼は知っていた。
出会いは偶然であった。
ふと道を歩いていた女性が視界に入ったため、どれどれ、といつもの癖で横から無遠慮に顔を覗いたのだ。
彼は失礼などと思っていない。
大臣の遠縁なのだから、それが許される。
そう信じて疑わなかったのだ。
「何?人の顔を覗き見るなんて失礼ね」
驚いた。
何となしに覗いた顔が、過去に見たことがないくらいの絶世の美女といっても差し支えないくらいなのだ。
一目で見惚れた彼はすぐに行動に移した。
服装からして中流階級が精々であろう。
それなら自身の命令でも難なく通るはずだ。
彼はそう考え、彼女を家に来るよう命じると、
「嫌よ、何でアンタの家に行かなくちゃならない訳?暇じゃないのよ」
平坦な口調で断られた。
微塵も動じず、はっきりした拒絶。
立場を分かっているのか。気の強い女だ。
そう思い腹を立たせる彼だが、すぐに冷静になる。
所詮権力の下では誰も何もできないのだ、と彼はオネスト大臣の親戚である事実を使って、自身に逆らうと後の保証はしないと、高圧的に脅した。
しかし、
「オネスト大臣?どこのお偉いさんよ」
なん足ることか。
彼女は自身の名前どころか大臣も知らない様子であった。
何処の田舎からきたのか、と彼女の無知っぷりに頭を抱えたが、
彼女程の美女は逃す手はない。
武力で訴えるか。
彼はそう考えると、どこの田舎者だ、と怒鳴るとともに護衛を使って脅した。
暴力には逆らえまい。
にやり、と彼女の返答を待つと、
「仕方ないわね。ならさっさとそこに連れて行きなさい」
期待した通りの答えが返ってきた。
ふん、と鼻を鳴らして満足げに彼は頷く。
所詮女。暴力をもって脅せば容易い。
そう思い彼はご機嫌になると、今夜の凌辱に思いを馳せて、ぐふふ、と下卑た笑いを漏らすのであった。