私は、おかしな強盗犯と会いました
人質なう
ふと、そんなことをSNSでつぶやいてみたくなった。
もしつぶやいたとすれば私の多くない、いやむしろ少ない友達はどんな反応をするだろうか。
どういうことか気になって返信する?
バカなことと思ってスルーする?
読まれることなく画面外にスクロールする?
でもどれであったとしても、実際つぶやくことができない状況に今私はいる。だからそんな、たらればの話をしたところでなんの意味もない。
つぶやけない状況、今私がいる状況ってどんな状況? と聞かれたら、やっぱり私は人質なうと言うだろう。
だってそれが一番私の状況を的確に表現しているのだから。
それを踏まえてもう一度言おう。
人質なう
ある町の、ある銀行で、地べたに私は座っていた。椅子ではなく、地面に直接だ。床が冷房で冷やされて、どこか気持ちよく感じていた。今は真夏だから余計に気持ちよく感じてしまう。
周りの私と同じように座っている彼らは、なにやらボソボソと話している。私と同じように人質にされた人たちだ。職員、運悪く立ち寄った人とかいろいろな人がいる。
ざっと見て、人数は二、三十人だろうか。具体的な人数はわからなくてもいい。いっぱいいる、とだけわかることができればそれでいい。
もうこの状況になって、二時間くらいたったけど、まだなにも起こらない。警察仕事しろ、なんて思ってしまう。向こうだって迂闊には動けないことくらいわかってるのに。
今この場に聞こえるのは、人質の人達の無駄な相談くらい。
やれこれからどうするだの、誰かなんとかしろだの。
同じことの繰り返し。飽きないのだろうか。
私はといえば、極端に怯えるわけでもなく、ただただ窓から空を見ていた。別に私は怖いもの知らずだとか、ただ単にバカだとかではない。
ただの現実逃避。
ああ、今日もいい天気だ。
私の中で銀行強盗とは何人かのグループでやるものだと思っていた。なんでグループで行うか。グループで行うことで効率面でも効果があるし、なにより一人でやっているよりも精神的に楽なんだと思う。いや、私の勝手な想像なんだけど。
だけど今回、強盗犯ーーひょっとこのお面をつけた男は一人でやって見せた。
彼はあの時、あのお面をつけ、銀行に入って一言いった。銃を受付の女の人に向けながら。
「はーい、死にたくなかったら金出してー」
なんて強盗してるだなんて思わないような言い方だった。そうだね、あれは学校で先生が
「はーい、課題出してー」
って生徒に呼びかけるような調子だった。
ひょっとこのお面をつけたやつがいきなりそんなことを言うんだから受付の人も呆然としていた。あの時はなんだか世界の時間が止まったような感覚だった。
それを見かねた彼は銃を天井に向け1発発砲。
それでみんな本気だと悟った。もちろん私も。
そこからはよく覚えていない。いろんなところで叫び声が上がっていたのはなんとなく覚えている。私はといえば、状況についていけず、ただポカンとしていた。その結果がこれなわけだけど。
「おい、お前」
いやそれにしても早く警察も助けに来てくれないだろうか。早く帰りたい。サイレンは聞こえているから建物の周りは包囲してると思うんだけど。
「そこの女」
楽しみにしていたテレビを見逃しちゃったじゃないか。まったくすこしは人質にも気を使ってほしい。ずっと同じ体勢でじっとしてるだなんて辛いだけじゃないか。
「そこのアホヅラで外を眺めてる女」
「……それもしかして私ですか?」
「それ以外にだれかいるか?」
「……いませんね。はい、私ですね。で、何のようですか?」
「お前、ちょっとこっち来い」
「なんでですか?」
いきなり話しかけてきたひょっとこ野郎を私はジロリと睨んだ。強盗犯に呼ばれたんだ、ろくなことじゃないだろう。できれば関わりたくない。そんな意味を込めひょっとこを睨んだけど、彼はどこ吹く風だった。
「いいからこい。拒否権あると思ってるのか?」
「ほら、私縛られてますから自分で立てれません」
あーあ、残念だな、とわざとらしく振る舞ってみせた。正直こんなのただ相手を挑発するだけだろう。
周りの人もやめろ、とか私に小声で言ってくる。相手を刺激して何かされるのが怖いのだろうか。
でも私からすれば、私自身こんなに無謀なことをしていることも異常に思う。やっぱり私は思っているよりも動揺し、恐怖しているらしい。
でも自覚したところで感情は変えられない、行動は変えられないわけで、私はひょっとこ野郎を睨みつけたままだった。
そしてそんな私を見る彼はといえば、めんどくさいものを見る目で私を見つめていた。お面をつけているから厳密には目は見えないけど、なんというか、雰囲気が私をめんどくさがっているのがひしひしと伝わってきた。
なんか深いため息をついてるし。
「な、なによ」
彼は突然、なにも言わずに私に近づいてきた。なんだろうか。殴られるんじゃないかって身構えてしまう。
でもそんなことはされなかった。
彼は私を担ぎ上げたのだ。
どうやら私を運んでいくらしい。
でもどうせならお姫様抱っことかが良かった。肩に担ぐだなんて女の子の扱いがなっていないと思います。
「ちょ、ちょっと下ろしなさいよ」
私もなんとか抵抗を試みるけど、絶賛私は縛られ中。そんな中でろくな抵抗もできないわけで、体を変にくねくねさせることしかできなかった。彼はそんな私は御構い無しに、私を肩に担いだまま歩き出した。
私を見つめる他の人質たちの同情の目線がなんだか不快に感じた。
「ねえ」
「なんだよ」
「なんで私をここに連れてきたの?」
彼が私を連れてきたのは、さっきの場所からさほど離れていない場所。
所詮同じ部屋の中だから彼らとはそれほど離れていないわけで。彼らが黙ってしまったことも相まって、私たちの会話は彼らに筒抜けというわけだ。
でもまあ……彼らとはこれから会うことはないからどうでもいいか。
私には彼がどうして私を、ここに連れてきたのか見当もつかなかった。
てっきりどこか別の部屋に連れて行かれていろいろされるかもしれない、なんて思っていたんだけど部屋の外にすら連れて行かれなかった。なんだか拍子抜けだ。
いろいろが何かは言わないよ。はしたない。
「だって暇じゃん」
「は?」
彼から帰ってきたのはそんな返答。いや、全然繋がってないんだけど。
「いいか? 俺の要求に応じるにしろ、ここを制圧するにしろ時間はかかる。いきなり考えなしに突っ込むわけにもいかないからな」
「そうね」
「じゃあ俺はその間何をすればいい? することが何もない!」
「だから私はその時間つぶしの相手に選ばれたと?」
「その通り!」
ふざけるな、なんて言って彼の顔をぶん殴ってやりたかった。この人は頭がおかしいんじゃないか。ひょっとこをかぶって強盗するし、人質で暇つぶししようとするし。
そもそも強盗をしている時点で頭が正常とは言い難いんだけど。
「あそこにうじゃうじゃいる人質見張ってればいいじゃない」
「手足も縛ってあるし何もできねえよ」
「たまたま持っていたナイフをああだこうだして縄切るやつがいるかもよ?」
「漫画じゃあるまいしいねえよそんなやつ。いたとしても何もできないさ。そのために一度脅したしな」
準備不足なのか、意図的なのかはわからないけど、私たちは口を、目を塞がれていない。
だから最初の方は中途半端な正義感を持った人が彼を説得しようとした。状況を理解していない人がなにかをわめき散らした。
親御さんが悲しむ、だとか。
早く家に帰して、だとか。
それを彼は銃を私たちの横に撃った。それだけで彼らは一気に静かになった。
まあ確かにあれだけ怯えたんだからどうにかしようなんて考える人はいないかもしれない。
彼はこれで脅したんだ、と銃を取り出してクルクルと人差し指で回し始めた。エアガンとかならともかく、そんなのでやらないでほしい。誤って撃っちゃったらどうするつもりなんだろう。
そんな心配事が的中するように彼は銃を回すのに失敗し、銃を落とした。
幸いなことに発砲はしなかったけど、私は寿命が縮む思いだった。
「脅しは有効だったみたいね。あれだけうるさかったあの人たちを黙らせることができたんだから」
「それにしてはお前よく話すな」
「諦め癖があるの、私」
「ああ、なるほど」
彼はどこか納得したように頷いた。
私がこんなに冷静でいられるのもこの性格のせいだったりする。
もうここで死んだら死んだでしょうがないかな。そこまでの人生だったってこと。
なんて具合に私はどこか諦めてしまっていた。
「その方があなたとしては好都合でしょ?」
「そりゃまたなんで」
「こうしておしゃべりして時間潰せるじゃない」
「いや確かにそうなんだけど……なんだかなあ」
「なに?」
「強盗犯を前にその落ち着きって……ちょっと、いやかなり引くぞ」
「いやいや、なんでよ」
「俺が言うのもなんだけどさ、もうちょっとおびえろよ。女らしく」
「うるさいわね。ならちゃんと怯えてあげるから私を解放しなさい」
「なんでそうなるんだよ」
「いたっ」
彼は呆れた顔で私の額を小突く。この前見たドラマに似たようなシュチュエーションがあった気がする。少しバカなことを言ってしまった主人公の女に男が、なにバカなこと言ってるんだよ、と額を小突くのだ。なかなか憧れるシュチュエーションだった。
私の手足が縛られてて、小突いたのが銃であるから全くもって嬉しくないけど。
それから色々な話をした。この前見た映画の話、つい先日にあった面白い出来事、挙げ句の果てにはそれぞれの知人の愚痴まで。
普通の友人とするような会話をした。これはもしかしてあれだろうか。ストックホルム症候群。たしか犯人と長時間一緒にいることでそいつに情が移って有利になるように行動する……みたいなやつだった気がする。
ふと外を見てみると、もう暗くなりはじめていた。
私は意外とこのおしゃべりを楽しんでいたらしい。時間を忘れてしまっていたんだな、なんて意外に思った。それに、こんなに長い時間人質でいたんだな、とうんざりした気分になった。はやく警察助けに来てよ。
「いやうん。こうして話してみたけど、なかなか話し合うじゃないか」
「まあ、確かにそうかもね。似たような趣味も多いし」
「俺たち友達になれると思わないか?」
「無理」
「即答……なんでだよ」
いやなんでって言われても……
むしろここでOKを出す方が異常だと思う。
彼自身まさか断られるとは思っていなかったのか驚いた声を上げている。
「あなたバカなの?どこに強盗犯と友達になる人質がいるのよ」
「いなくてもなれるさ。世の中にはボールが友達とかいうやつもいるんだぜ? 俺たちは人間同士。ボールと人間よりははるかに現実的じゃないか」
「いやそれとは話が違うでしょ……」
「違くない。俺たちは友達だ。な?」
「いやでも……」
「友達、な?」
「はあ……わかったわよ」
もういいや……なんて諦め癖が発動してしまった。
どうせもう今後絶対に会わない相手だ。この事件が解決するにしろ、逃げられるにしろ。
なら一時の身の安全のために友達になってあげてもいいかもしれない。
嬉しそうにしているひょっとこ野郎を見て、罪悪感を感じないことはないけど。
「強盗犯と友達ねぇ……笑えないわね」
「話のタネくらいにはなるんじゃないか?」
「絶対信じないし、私の株が落ちるわ」
「ひどいな……」
彼はしょんぼりと頭をうなだれた。
全然ひどくないしむしろ事実だと私は思うけど。
「それにしてもあなた、なんで強盗なんてしてるのよ」
ふとそんなことが気になった。この人は話してみて思ったけど、別にサイコパスというわけじゃない。少し子供っぽいけど、いたって普通の男性だ。
そんな人間がどうしてこんなことをやったのか、なんとなく気になった。
「ん?強盗を起こした動機か?」
「そう」
「簡単なこと。刺激が欲しかったんだ。なにか大きなことがしたかった。それだけだよ」
「驚いた。本当にそんなことで強盗なんてする人いるのね」
「軽蔑とか……しないのか?」
「しないわよ。動機なんてどうでもいい。大切なのは私が巻き込まれている事実。動機なんて関係なしにあなたのことは軽蔑してるわ」
「……そうか」
そう言う彼の目線がどこか変わった気がした。どう変わったかはうまく表現できないけど。
それから彼はなぜかはわからないけど黙ってしまった。
饒舌だった彼が黙ると結果的に会話が途切れるわけで、沈黙。
なんとなく気まずくなって窓から外を眺めていた。
暗くなり始めていた空はもう完全に黒。
ーーいつもあんなに星多かったっけ?
ふとそんなことが頭に浮かんだ。でも、私が普段空なんて見ないから知らないだけだろうと頭から疑問を切り離す。
「ねえ」
「ん?」
「顔、見せてよ」
「顔?」
結局この沈黙が耐えきれなくなって話しかけたのは私だった。
「そう、顔。友達なんでしょ?友達の顔も知らないなんて聞いたことないでしょ?だから、そのふざけたお面脱いで」
「いやこれは……」
「なによ。あなたから言い出したのよ?」
「……わかったよ」
そう言って彼はひょっとこのお面に手をかけた。なんとなく話のタネに選んだことだけど、実際気になっていたんだから得した気分。
ちょっと強引だったかもしれないけど、まあそのあたりはこちらはひどい目にあわされているんだから勘弁してほしい。
彼はゆっくりと仮面を外そうとした。
なんだかこちらがドキドキとしてきた。
どんな顔だろうか。イケメンだろうか。それともブサイク?
どうせならイケメンがいいな、なんて身も蓋もないことを考えた。
イケメンだったらあわよくばこのまま……なんてバカなことも一瞬考えてしまった。イケメンだったら大概のことを許せるから不思議。
彼が取るまでの時間がやけに長く感じた。
もう少しで見える。そんな時だった。
いきなり視界が真っ暗になったのは。
「なに!? なんなの!?」
「落ち着け。電気を落とされただけだ」
「電気?」
「電気を落として視界を奪う。その間に俺を制圧みたいな流れだろう」
「ということは警察が動いたの!?」
「そういうことらしい。よかったな、解放だぞ?」
他の人質たちも突然の消灯で軽いパニックになっているらしくて騒いでいる。
それでも耳を澄ましてみると、暗闇の中で誰かの走る音、たぶん警察のものである声も聞こえた。たしかに警察がこちらに向かっているようだ。
解放。
私が待ち望んだこと。
のはずなのになぜだろうか。どこか残念に感じているのは。名残惜しく感じているのは。
「……あなたは、どうするの?」
「ん、もう終わりかな。逃げられそうにないし」
「そう。じゃあお縄ってわけね。気が向いたら面会にでも行ってあげるわ」
強盗の心配をするなんて、私も少しおかしくなったのかもしれない。とくに嫌には思わないけど。
もしかしたら私も彼を友達だなんてどこかで思っていたのかもしれない。
まったく笑える話だと思う。
「いや、その必要はない」
「え?」
「俺は捕まらないんだ」
「なに言ってるの?もう終わりって……」
「……強盗した理由さ、説明不足なんだよな」
「どういうこと?」
「俺は刺激が欲しかった。大きなことをしたかった。死ぬ前に」
「死ぬ前ってまさかあなた……」
「ありがとうな。楽しい時間を過ごせたよ」
そう言う彼の声は、こんな叫び声とかでうるさい中でも、不思議とはっきりと聞こえた。
彼のどこか覚悟を決めたような声。それを聞いた瞬間に嫌な予感がした。
はっきりとはしていないけど、なにか取り返しのつかないことをしでかしそうな予感が。
「ちょっとまっーー」
私のそんな制止も意味をなさずに、突然の銃声で掻き消された。
私が撃たれたわけじゃない。だけど私は驚きとかで意識を失ってしまった。
あの事件から三日後、私は病院のベッドにいた。
今は夜であの時ほどではないけど、星がちらほらと見える。
とくに怪我をした、なんてことはないけど、一応ということらしい。
あれから私の元にいろんな人が来た。両親や友達など。誰もが私のことを心配してくれていた。両親なんて涙を流してくれさえした。
そんな彼らには悪いけど、私の頭は他のことでいっぱいだった。
『うん、協力ありがとう。聞きたいことは大方聞けたよ』
『……あの、強盗犯はどうなったんですか?』
『あいつかい? 安心してくれ。亡くなったよ。自殺だったらしい』
死んでしまった、自殺してしまった、なんてことはある程度予想していたけど、やっぱり少し悲しくなってしまった。
それに、彼が死んだことをまるでいいことのようにいうこの警察が、ひどく気味が悪く感じた。
強盗なんてする奴が死ぬことは、生き残って逃げられるよりかは断然いいことなんだろう。
それでもいい気分にはなれなかった。
自分にひどいことをした彼をざまあみろ、とか自業自得だ、とか言う気にならなかった。
むしろそんな言い方をした警察のことが嫌いになった。
『友達』が死んだことを喜ばれているようで。
あの時私は、気がついたらシーツを強く握りしめていた。涙が溢れてきていた。
それが悔しさからくるのか、悲しさからくるのかはわからないけど。
……なんだ。なんだかんだいって私も彼を友達と思っていたんじゃないか。
「結局、名前も顔もわからなかったな……」
私はこれからひょっとこを見るたびに彼を思い出すんだろう。
「友達なら、さよならくらい言いなさいよ……」
なんとなく空を見ると、星が一つ流れて消えた。