それはとてもきれいな空で   作:ルシアン(通説)

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それはとても複雑な問いかけで

『アグニ』射撃後の混乱でザフト軍強襲部隊は一時的に後退し、アークエンジェル艦内では情報の整理が行われつつあった。

 

 

「コロニーの構造に深刻なダメージが加わっています。恐らく早急に応急処置を施しても1日持たないかと…。」

 

「司令部スタッフ及び艦内の仕官の大半の死亡を確認しました。引き続き調査を継続しますが、あまり期待は持てません。」

 

「フラガ大尉より通信です。これより帰投する。確認した友軍Gもこちらに向かわせた。だそうです。」

 

次々と伝えられる現状報告。ブリッジ内の情報機能が復旧しつつある証拠であったが、その報告に良いものはあまりない。報告を受けるナタルも顔の固さを緩めることができずにいた。

 

「そうか、ご苦労。…閣下、ザフトの攻勢は続くでしょうか。」

 

「そうですね、恐らく逃したG1機を確保または破壊するまでは攻撃してくると思いますよ。しかし…G計画の防諜にはかなり力を注いでいましたから、諜報力で圧倒的に弱いはずのザフトが察知できるとは思いません。最悪…。」

 

「内部からの手引き…ですか。信じたくは無いですが。」

 

アズラエルの予想にナタルは更に顔を顰めさせる。コーディネーターとの戦争の切り札候補の情報が筒抜けとなれば、地球連合軍としてはかなりまずい。加えて、これまで情報戦において圧倒的有利であったことからもショックは大きい。

 

「バジルール少尉!フラガ大尉のメビウス・ゼロが着艦しました。Gの方からも着艦要請が来ていますが。」

 

「分かった、Gにも許可を出せ。それと一応パイロットの確認ができていないのだから保安班からも何人か着てくれ。私も行く。」

 

「はっ!」

 

「私はここで待っています。会議をするのでしたらこちらにつれて

きてください。」

 

 

30分後、ブリッジに戻ってきたバジルール少尉が連れてきたのは地球連合軍の軍服を着た男女二人であった。

 

「一応揃ったってなら自己紹介をしようか。俺はムウ・ラ・フラガ。地球連合軍特殊教導部隊の大尉だ。といっても、ひよっこどもはみんな死んじまったけどな。」

 

「あなたが…!エンデュミオンの鷹って呼ばれていますよね、私も聞いたことがあります。あ、申し遅れました。私地球連合軍第8艦隊所属、マリュー・ラミアス大尉と申します。アークエンジェルの副長として先日配属されました。」

 

「ナタル・バジルール少尉です。ラミアス大尉と同じく、先日アークエンジェルCIC担当として配属されました。それから…」

 

「ああ、私はムルタ・アズラエルです。今回は視察ということで来ていたんですが、巻き込まれてしまったようです。」

 

アズラエルの発言を聞いたフラガ大尉は「あちゃあ…。どっかで見たことあると思ったわけだ。」と言い、ラミアス大尉は突然の大物の出現に呆然とした。予想通りではあったが、時間的余裕があまりない現在ラミアスの驚きに付き合ってはいられない。

 

「ま、私のことはさて置くとして…。この艦の責任者はどうするんですか。逃げるにせよ戦うにせよ責任者は必要でしょう。」

 

「はっ!そうだ、艦長達はどうなさったんですか、バジルール少尉。」

 

「艦長、いえアークエンジェル内の仕官の大半は先の襲撃で戦死なさいました。確認できている限りでは士官はここにいる人だけです。」

 

「そんな…。」

 

「あちゃあ。ってことは、司令部のほうもだめだったのね。」

 

「はい。司令部のほうは特に念入りに攻撃されたようで、スタッフで生き残った方はみつかっておりません。」

 

「んー、じゃあこの中で最高階級の人が艦長代理ってことか…。」

 

フラガの言葉にその場の人間が顔を見合わせる。

 

「フラガ大尉ですか?」

 

「まさか。もっとずっと偉い方がそこにいらっしゃるじゃないですか。アズラエル中・将・殿。」

 

「やめてくださいよ。私は名誉中将であって士官学校を出たわけじゃないんですから。」

 

振られたアズラエルは迷惑そうな顔をした。実際彼は兵士を一時的に指揮したことはあっても、指揮官としての通常業務を経験したことはない。加えて実戦においても有能な参謀官が多く周りにいたため、細かな指示を出すことはなかった。

 

「しかし、常に数百人の部下を直接指揮して執務を行っていると聞きます。それこそ今ここで必要な能力ではないでしょうか。」

 

「…ラミアス大尉ではだめなんですか?私はアークエンジェルのことは詳しくないんですが。」

 

「い、いえ。私なんてもともと技術将校ですから指揮なんてしたこともありませんし…。あの、艦の構造や武装については自信があるので私が副長で、中将が艦長ということではどうでしょう。」

 

「…仕方ありませんね。ではラミアス大尉、バジルール少尉、とりあえず武装についてだけでも今すぐに教えてください。最低限それぐらい知らなければ指揮なんてできません。それからフラガ大尉。」

 

事情が事情である、と自らに言い聞かせて話は受け入れるが、アズラエルは負担を自らで全て何とかする気はない。士官全てに通常以上の責任を持ってもらうことにする。

 

「あ?俺?」

 

「ええ、確かこの艦には以前お話した新鋭機の『アエロー』が格納庫にあるはずです。一緒に搭載した5機のハルピュイアも指揮できるようになっているはずなので、受領して一度チェックをしておいて下さい。」

 

「了.解。ようやく新鋭機に乗れるってか。」

 

こうしてアズラエルというイレギュラーを加えつつ物語は進みだし

たのだった。

 

 

 

 

 

 

「…ですから『ゴットフリート』のチャージが終わるまでが勝負かと。」

 

「ふむ…。おそらく敵も全力で攻撃してくるでしょうし、もう少し早くチャージできませんか?」

 

「難しいかと…。」

 

 

ひと通り自己紹介と作業分担を決め、士官は各自自分のやるべきことをすることとなった。

フラガ大尉はアエロー及びその子機となるハルピュイアのチェックへ。ラミアス大尉は生き残ったクルーへの今後の方針の伝達とMSパイロットへの事情説明と協力要請へ。そして私とナタルはとりあえずの直近的危機状態を乗り越えるための作戦会議を行っていた。

 

現在アークエンジェルはドック内におり、しかも出入り口がコロニーの崩壊の危機を察知したコンピューターの命令で閉じられてしまっている。このままではアークエンジェルまでコロニーの崩壊に巻き込まれてしまうのでアークエンジェルの主砲『ゴットフリート』で隔壁を吹っ飛ばして脱出するしかないのだが、問題は始動したばかりのアークエンジェルでは主砲を使えるようになるまで時間がかかるという所だ。ザフトだって馬鹿ではないのだからこちらが逃げるまで攻撃してこないはずが無い。しかもこちらは半ば密閉空間に近いドック内にいるのであまり派手に反撃はできないのだ。

 

「…。」

 

「やはり鍵はフラガ大尉とMSパイロットですね…。」

 

 

シュンッ

 

そんな会話をしていたとき、唐突にブリッジ内に入ってくる人影があった。

 

「とにかく僕は、そんな脅迫じみたことを言われたって乗りませんから!責任者にまずは会わせて下さい!」

 

「そ、そんなこと言われても…。」

 

入ってきたのはラミアス大尉と年若い、見たところ民間人の少年。

 

「どうしました、ラミアス大尉。」

 

「は、それが…「この人が僕にMSに乗れって強要してくるんです!責任者に、いえ、艦長に会わせて下さい!何で僕が人殺しの道具に乗らなきゃいけないんですか!」

 

ラミアス大尉はおろおろしている。この分では強要という言葉には若干の語弊があるようだ。

 

「まあまずは落ち着いてください。わたしはまだ君が誰かすら知らないんですから…。バジルール少尉、彼は?」

 

「はっ、彼、キラ・ヤマトはヘリオポリスの工業カレッジ生だそうで、先ほどの戦闘では偶然乗ったストライクで戦闘を行ってくれました。」

 

「バカな!Gはかなりの訓練を積んだ兵士でも満足な戦闘ができないものです。民間人に扱えるはずがありません。」

 

「彼はその、コーディネイターなので…。」

 

コーディネーター、という単語にブリッジ内の空気が若干固まる。何と言っても自分たちが戦っている相手の人種なのだ。緊張感が高まるのも仕方がないといえる。

とはいえ、これから自分がしなければならない交渉を考えればその空気は不都合だ、と考えたアズラエルのみはその表情から笑顔を消すことはしなかった。ホルスターに手をかけかけたナタルにも手振りで警戒を解くように伝える。

 

「なるほど…。ああ、申し遅れましたが私はムルタ・アズラエル。名誉中将で今はこの艦の臨時艦長を勤めています。…それで君はもうMSのパイロットをしたくないと言うことでしたっけ?」

 

「そうです!僕はもうあんな、あんな…。」

 

「人殺しをしたくないと…。まあ、気持ちは分かりますよ。好きで人殺しをするような人間はそうはいませんし。ですが私たちも今君がいないとちょっと困ったことになってしまうのですよ。」

 

「知りません、そんなこと!とにかく、僕は人殺しをしようとは思いませんから!」

 

いかにも一般人。いかにも子供といえる発言。…それ故に正しく、否定のできない言葉であった。人を殺すのは良くない。人を殺したくない。それを否定することはできないし、アズラエルとしてもそれを肯定する人間とは付き合いたくはない。だが、今のアズラエルはその純真な少年を兵士―殺戮者に変えねばならなかった。

 

「そうですか…。では、お友達を助ける手伝いをしてもらいませんか?」

「え…?」

 

「ですから、あなたのカレッジでのお友達、名前は聞いてませんが、もこの艦には乗っているんですが、私たちだけではこの艦は守りきるのは非常に難しいのです。ですから、力を貸してほしいと。」

 

それは、誰が聞いても分かるような稚拙な言葉のあや。守るために殺す。偽善、いや、それ以下でしかない言葉。だが、アズラエルはあえてその言葉を口にした。不安定な精神を持つ少年を不確かな言葉で、心構えで戦わせようものなら、敵に更なる偽善者がいた場合に寝返りかねない。

 

「そんな…。卑怯だ!あなたたちは結局僕の友達を利用しているだけじゃないですか!」

 

「ではこう考えたらどうです。『自分ひとりでは守れない友達を地球連合軍を利用してやることで助けるんだ。』とね。…同じことだと言いたそうですが、私たちが卑怯だろうとあなたがずる賢いのだろうと、結果が同じなら一緒です。考え方にこだわって友達を見殺しにすることほどあほらしい事は無いでしょう?…君のような年の子に言うことではありませんが、利用しなさい。大人であろうと、どんな組織であろうと。その上で自分の大切なものを守るのです。」

 

「……。」

 

「軍に利用され続けるのがいやでしたら、この戦いが終わった後に私の社にでも来なさい。お友達を含めて平均よりは高い給料で雇ってあげますよ。…納得できたのならパイロットルームへ行きなさい。…フラガ大尉、聞こえますか?」

 

『ん?どうしたんだ?』

 

「今から行くパイロットにいろいろ教えてやってください。技術はあっても子供ですから、お忘れなく。」

 

『わかった。…そうだな、子供…か。』

 

ヤマトとの問答が終わって30分ほどすると、索敵をしていたトノムラ伍長からザフトのMSの接近を伝えられた。

 

「ザフトMS5機接近!奪取されたG4機に加え、シグー1です!」

 

「そんな、もう実戦に使用するなんて!」

 

「おそらく実戦を通じてのデータが欲しかったんでしょうが、落とされない自信を持てるほどの技量はあるようですね…。フラガ大尉とヤマト君を出してください。副長、チャージは後どのくらいですか?」

 

「あ、えと、もう後20分かかりません!」

 

「ふむ…5対2ですが、ヤマト君の技量とアエローの子機をフラガ大尉が有効に使えるかが鍵になりそうですね。」

 

 

 

 

戦闘ではかろうじて互角を維持し続け、ついにゴットフリートのチャージが完了。アークエンジェルは外部エネルギープラグを解き放ち、ついに動き始めた。

 

「ゴットフリートで前面の隔壁を破壊してください。その後、最大船速で逃げます。両パイロットにはコロニー崩壊の危険性を通達してください。」

 

「了解。両名に通達後、ゴットフリートを使用します。オペレーター、急げ!…ラミアス大尉!」

 

「ええ、ゴットフリート照準、前面の隔壁へ…撃てぇー!」

 

瞬間、轟音とともに隔壁は吹き飛び、コロニーの骨格部までもが歪み始める。

 

「機関最大!急いで!!」

 

「オペレーター、急いで両機を誘導収容しろ!」

 

 

こうして、まずは目前の危機からアークエンジェルは逃れたのだった。

 

 

 




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