それはとてもきれいな空で   作:ルシアン(通説)

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いつもより少し長めです。


それはとても強い怒りで

アラスカ 地球連合総本部臨時総会

 

アズラエルの帰還から8日後。

地球連合は異例の速さで臨時総会を開くこととなった。もちろんそれは非常事態という名目行われていたジブリールへの権力の集中を、元の状態に戻すということであり、未だにジブリール派がアズラエルが健在な状態のブルーコスモス派を超えられていないことの証明であった。

しかし、全てがアズラエル失踪前の状態に戻ったわけではない。

 

「ですので、私及びロゴス全体の総意としましては、現在の総動員体制に近い状態の経済体制を早急に元に戻すべく、提案いたしましたように国民の意識を戦争から逸らすべく、戦争報道への規制を行ってもらいたいのです。」

 

「ふむ、ではその規制というものは戦果の限定的報道ではなく、一切の報道を一律に規制するということですか?」

 

「その通りです。勝利、敗戦いかんに関わらず戦争への意識の集中は購買意欲の著しい縮小を招きます。今大戦が長期戦になろうとしているのが明らかな今、経済状態を過度に戦争に特化させるのは得策ではありません。」

 

「アズラエル盟主の提言、反対意見はありますか?」

 

「その提案は受け入れられませんね。」

 

「ユーラシア連邦代表…ロード・ジブリール国防・経済担当大臣。発言を認めます。」

 

そう、アズラエルがいない間にユーラシア連邦において政敵の排除に邁進し、ロシア方面での戦線では自らの派閥の軍人に功を立てさせていたジブリールは、ユーラシア連邦を半ば牛耳る存在にまでなっており、地球連合内でもユーラシア連邦の代表という立場を手に入れていたのであった。

 

「アズラエル盟主が言うように、経済体制の見直しが必要であるとは思います。ですが、僕はそれは地球連合が一律的に行うことではないと思うんですよね。なぜなら、前線から遠く離れてぬくぬくとしている大西洋連邦と、僕たちユーラシア連邦では事情が違うんですから。」

 

むっとする大西洋連邦の軍人たち。

 

「経済体制の見直しは、加盟国各国が独自に行うべきでしょう。」

 

「発言は以上ですね?…では採択を取ります。

賛成は…大西洋連邦の1票。反対は…ユーラシア連邦の1票。残り2カ国は棄権ですか…。よって本件を不採択とします。」

 

その後もこまごまとした案件が消化されていき、いくつかの案件ではユーラシア連邦との若干の対立を見せながらも臨時総会は無事に閉会となった。しかし、連合内に対立構造が生まれたことは、それまでに大西洋連邦が持っていた国際的求心力が低下したことを示すことになった。

 

 

2日後

 

―――南アメリカ合衆国各地で暴動発生!!―――

―――反ジブリール派、親プラント派、まさかの結託!!―――

―――合衆国軍地方部隊、続々離反―――

―――合衆国大統領、国外亡命の模様―――

―――プラント評議会、反政府軍支援を表明―――

 

アズラエルによる南アメリカ合衆国の懐柔策は一足遅かったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

イザークにとってそれはあまり定かではない記憶。

コックピットの空調機能の限界を超え、上昇し続ける室温。

鳴り響き続けるアラート。

数を増やし続ける機体のレッドサイン。

耐久訓練で受けたどの想定状況よりも大きなG。

 

それらの悪条件が重なる中、イザークは意識を失うまいと必死であった。確かにこの状況下、はっきりといって意識を失った方が楽ではあったろう。

しかし、

 

「くそがっ!!降下予測地点の算出ぐらいとっとと終わらせろ、このポンコツがっ!」

 

おおよその概算地点が太平洋ではなく東アジアと表示された今、万が一にでも大都市に落下することを防ぐためにもイザークは意識を失うわけにはいかなかった。

 

ピピピッ!

 

「算出完了…降下地点…日本…東京だとっ!?」

 

ビーッ

 

――高度、10万フィート点突破

 

あわてて落下軌道を変えようとするイザーク。しかし推進剤が使えない現在、イザークにできるのは強襲降下時に使用するパラシュートを調整して、少しでも人が少ない地点を狙うことぐらい。

 

「何とか海上に……ダメかっ!他は、他にどこか人のいないところはっ!?」

 

そうして何とか人の少なさそうな地点へ降りるよう調整し終えると、イザークは気を失ってしまったのであった。

 

 

 

 

 

 

「………むっ…。ここは…。」

 

イザークが気がつくと、すでに機体は落下を終えているようであり、体を押さえつけるようなGはすでに感じられなかった。

 

「…アークエンジェルに叩き落されて…俺は…そうだ!周辺への被害は!?」

 

ナチュラルが憎いとはいえ、いくらなんでも開戦すらしていない国の、それも民間人を殺すことに罪の意識が無いわけが無く、イザークはデュエル周辺の状況を把握することにした。

 

「メインカメラは…確かアークエンジェルからの流れ弾で壊れていたな…。サブカメラは…熱に耐えられなかったか…。仕方が無い…。」

 

外部の情報を得る手段が無くなっている現在、残された手段はハッチを開けて直接見るしかない。

しかし…

 

(開けたとたんに暴徒に襲われなければいいが…。こればかりは運か…)

 

非戦闘員を大量に殺したとなれば、怒り狂った群集にイザークは殺されるであろう。いくらコーディネイターとはいえ、数の暴力に勝てるとは思えない。

 

「とはいえ、いつまでもここにとどまれるわけでもなし。しょうがない、一か八か…!!」

 

ロックを解除し、思い切ってハッチを開けるとそこには…

 

「………。」

「………。」

「………。」

「………。」

 

制服姿やら背広姿やらの人間が大勢いた。上空を見上げると、多くのヘリコプターが飛んでいる。しかし、周囲には小規模なクレーターはできているが倒壊したビルやら、死傷した民間人やらといった姿は確認できなかった。

想定外の状況に混乱するイザーク。

とりあえず、一番自分から近いところにいた背広服に訊いてみた。

 

「ここは、どこだ?」

 

その後いくつか質問をした結果分かったが、どうやらここは都内にいくつかある森林公園の一つらしい。日本政府側も大気圏外から落下してくるデュエルの姿を確認しており、直ちに都内全域に戒厳令を敷こうとしたのだが、間に合わなかったそうで、現在も通常通りに経済活動が行われているそうだ。

で、ひと通り質問をして最後にイザークは尋ねてみた。

 

「俺はこの後どうなるんだ?」

 

と。

最後に質問をした途端、周囲の男たちが途端に騒ぎ出した。なにやらもめているらしい。

 

「おい、いったいどうなってるんだ!説明しろ!!」

 

「いえ、なにぶん今回のことはイレギュラーなことでして、管轄が決まっていないのですよ。」

 

「はあ!?そんなの軍が捕虜として引き取るに決まってるだろう?」

 

「しかし現在日本はプラントと開戦していませんので捕虜が取れないのです。となるとあなたの扱いは非合法工作員もしくは密入国者なのですが…。」

 

「私どもとしては超法規的措置としてあなたの身柄を拘束したいのですよ。」

 

「誰だキサマ。」

 

「内閣調査室のものです。ちなみにこちらの方は警視庁から、あちらの方は東京都入国管理局から来ています。そのほかにもあなたを拘束するために、厚生省検疫局、陸軍、東京都関税局、東京都陸運局、総務省通信課の方々等が動いています。」

 

ずらずらと並べ立てられる組織の名称に頭の痛くなるイザーク。最悪これらの組織の全てに引きずり回されると考えると、それだけで悲しくなった。

 

「何でそんな面倒なことに…。」

 

「なにぶん非常時ではないですので、平和時の法に基づいて動かなければならないんですよ。」

 

「…1時間前まで戦地にいたんだぞ。」

 

「ここは平和なんです。」

 

 

 

その後、関係各施設に行く羽目になりこの国のトップとは翌日に会うということになった。

 

「お疲れ様でした。明日までは指定されたホテルでお休みください。」

 

「…全くだ。そういえば俺のデュエルは?」

 

「…自然公園に置きっぱなしでは?」

 

「馬鹿かキサマは!」

 

公園にたどり着くとそこにはすでに機体がなくなっており…

 

――――レッカー移動告知書 最寄の警察署長からの許可証を得てから○○区○○の駐機場に取りに来てください

※レッカー代、駐機場代が掛かっております。所持金を多めにお持ちください。

 

 

「畜生!!」

 

平和の虚しさを感じたイザークであった。

 

 

 

 

結局一度尋ねた警視庁へともう一度足を運ぶことになり、事情を説明してレッカーの費用を免除してもらうこととなった。

 

「まあ仕方ないですね。不可抗力ということで裁判でも負けそうですし、不起訴という形で罰金を免除しておきましょう。」

 

「すまない。正直、払えといわれてもこちらの通貨は持っていなかったからな…。」

 

「大変ですねえ。…あ、罰金とレッカー代の免除はできますがデュエルの操縦は私有地以外ではできませんから。」

 

「何!?操縦資格であればこの部隊証に…。」

 

さらりと告げられた衝撃発言に慌てて部隊証を取り出そうとするイザーク。が、それに対する刑事の対応は非常にそっけなかった。

 

「いや、独立も認めてない国の部隊証では身分証にもなりませんよ…。それと人型の大型ロボットはわが国では特殊戦闘車両、つまりは大型特殊免許を必要としますからどちらにせよ運転できません。」

 

「大型特殊車両…。いやいや、どう見てもあれを車両というのには無理があるだろう!!」

 

「しかし道路交通法ではそう規定していますので…。あと、通信機系統も国内では特別な許可が無い限り使用すると電波法に抵触しますので。」

 

「無線もか…。ではそちらから本国に連絡を…。」

 

あれもダメこれもダメと言われ、自分が本当に外国にいるのだと言うことを強く噛みしめる。国家の加護がないということがここまで大変なのだとは、実際に体験するまでは思いもしなかった。

 

「いえいえ、警視庁にそんな権限ありませんから。もちろん、日本国内で捜索願が出されていれば別ですけど…。」

 

「では外務省にやってもらえばいいだろうが!そのくらい気を利かせろ!」

 

「うーん、ですがそれも難しいと思いますよ。何せ日本はプラントとの国交どころか独立すら認めてませんし…。戦争前にプラントにあった連絡施設は勝手に接収、破壊されちゃってますし…。中立宣言出していますから下手に連合や連邦に頭下げるわけにも行きませんし…。」

 

「…おい、俺は家に帰れるんだろうな?」

 

あまりにあまりな言い草にかなり不安になる自分の立場。

 

「…あ、国籍法は3年前に変更されまして、両親のどちらかが日本人でなくとも国民の権利の一部制限と一部の義務の負担によって永住権が得られるようになっておりまして…」

 

「おい!?」

 

どうやら不安で済む話ではないらしかった。

 

 

 

翌日

 

指定されていたホテルで目が覚め、今日の予定を考える。

 

(今日は…たしかマキシマ首相との会談があったな。)

 

国交どころか独立すら認められていない国の軍人なわけなのだから、今日の会談如何では強制送還すらされずに、この国で骨を埋めることになってしまうかもしれない。

…日本に永住してしまった自分を想像してみる。

 

(とりあえず学歴が無いから…大検を取得して、大学に行くか。学部は…法学部、いや、確か権利の制限で参政権と一部の職業選択が無くなっていたな…。となると理工系か…。電子工学系統の学部で、日本のロボット技術に関わるのも確かにありだな…。卒業後は民間企業に入って、プラントと違った終身雇用態勢の会社で会社のためにしっかり働いて、日本美人のきれいな奥さん手に入れて、戦争の危険のない静かな世界で子供を育てる…。…ありだな。)

 

…………はっ!何を考えているんだ、俺は。

俺はナチュラルに虐げられてきたコーディネイターのために祖国を作ると誓ったんだ。その決意を忘れて一人だけのうのうとなど…

いやしかし、どうしても帰れないのであればこれも仕方ないのか?

いやいやだが俺は…

 

ふと、部屋の時計が目に入った。

 

「な!?」

 

考え事に時間を取られすぎたようである。

 

 

 

何とか当初予定していた電車には乗れたものの、なんだか居心地の悪い思いをすることになったイザーク。今日の彼は、コックピット内にいざというときの備えとして収納されていたザフトの制服を着ている。(国際法上、捕虜に対する人権規約が適用されるのは制服を着ている軍人に関してのみだから)

 

つまり、あの斬新なデザインの、しかも赤服。

非常に目立っていた。

 

(…なあ、あれ誰?こんな平日の朝からコスプレ?)

 

(うわ、それってちょっと残念すぎない?)

 

(でもあの人、なんか外人っぽいよ.)

 

(今時日本に対してあんな偏見を持ってるっていうのも珍しいよな。)

 

…非常に目立っていた。

 

(…?なぜこちらのことを訝しげに…まあ確かに中立国とはいえ戦争中の国の軍人がいれば不審には思うか。しかし日本は平和ボケした国だと思っていたが…あの若者たちが着ている統一的なデザインの服。しかも何種類か存在するらしいな…。恐らく一定年齢までの若者に軍務を課しているのだろうな。…先の大戦で大国を相手にして生き残ったことだけはあるということか…。)

 

イザークはイザークで何か誤解をしていた。

 

 

日本国 首相官邸

 

なんとか時間通り到着できたイザークは、不審げな目つきで自分を見る警備員や官僚からプレッシャーを与えられつつ待ち合わせの部屋へと案内された。室内には既に首相がおり、こちらに気付くと直ぐに愛想よく握手を求めてくる。

 

「これはこれは、ようこそいらっしゃいました。」

 

「お招きありがとうございます。ザフト、クルーゼ隊所属のイザーク・ジュールです。」

 

「日本国内閣総理大臣の牧島です。…どうぞおかけください。」

 

「はっ。ありがとうございます。」

 

勧められた椅子に腰掛け、目の前の人物をよく観察する。一国のトップにしては若そうに見えるが、どこか喰えない、狸のような底の深さを持っているように感じられる。

 

「…ふむ、まあまずは今回の件ですが、不幸な事故としか言えないでしょうな。まさかわが国の領土の、それもど真ん中に墜落するとはこちらは想定もできませんでしたからな。」

 

「仰るとおりです。低軌道会戦での戦闘の特性上、重力の影響は考えられてはいましたが、姿勢制御その他の落下修正装置が不能となることは完全に想定外でしたので…。ところで、私の扱いは今後どうなるのでしょうか?」

 

駆け引きの苦手なイザークは単刀直入、自らの最大の心配事を首相に尋ねる。それに対して首相は苦笑をもって答える。

 

「難しいところですな。…ご存知の通りわが国は今回の一連の戦闘行為に関して中立の立場を採っております。つまり、現在発足している地球連合側の声明も、プラントの独立勢力側の声明も、どちらか一方だけを受け入れるわけにはいかないのです。ですので現在わが国は臨時の措置として、開戦前の状況に加えて、プラントにおける現地住民が独立運動を武力を用いて展開しているという解釈をしているのです。

だからこそ、民放などの一部のメディアが使用している『戦争』は誤った表現であり、公式発表では今回の一連の戦闘行為は『紛争』としています。

……ここまではよろしいでしょうか。」

 

「…まあ、中立国としては妥当な判断かと…。」

 

「ああ、一つ言っておきますがこれはわが国に限った見解です。中立国全てが同じような解釈にのっとって動いているわけではありません。…現に、オーブ首長国連邦ではプラントは国家として承認されています。

さて、これらの前提にのっとってイザークさんの立場について説明しなければなりませんが、まず、国家の体制には『有事』と『平時』が存在します。平時の際にのみ効果を発揮する法律も存在すれば、有事の際にしか効果を発揮できない法律も存在します。『捕虜に関する法律』通称『捕虜基本法』も有事法の一つです。なので、イザークさんがいくらザフトの軍人であると主張しても、捕虜として対応することはできません。捕虜でない人物が不正の日本国内に侵入した場合に適応されるのが『入国管理法』です。ですが、こちらを採用するにしても問題があります。

現在わが国の公式的な見方をすると、プラントは地球連合加盟国各国の合同出資によって作られた旧国際連合の管理地域です。当然のことながらプラントの居留民は全て地球圏のいずれかの国家の国籍に所属していることとなります。イザークさんはプラント内でも中々の名族扱いだそうですね?恐らくご両親は大西洋連邦ないしはユーラシア連邦の国籍なのでしょう。イザークさん自身も開戦前に生まれたのでしょうから、地

球連合側に籍が置かれているはずです。

入国管理法に則るならば、不法入国者は国籍を保有している国に強制送還しなければならないのですよ。」

 

「しかし!先ほどあなた方は中立の方針を採っているといっただろう!?その対応をとるということはプラントを国家として認めず、地球連合側の意見に賛同するということになるだろう!?」

 

長々とした説明を聞きつつ、しかしあまりな発言につい声を張り上げてしまう。

 

「そこが難しいところなのですよ。私たちは中立的な方針を一貫したい。しかしあなたに対して何らかのアクションをとるとどちらかの意見に賛同することになってしまう。

……いっそわが国に移民という形をとってもらえれば有耶無耶のうちに誤魔化せるのですが。」

 

「ふざけるな!同胞が命を懸けて祖国を守らんとしているのに平和ボケした国に移民しろだと!?

 所詮は自分の命が可愛いだけの臆病な国家ということか!先の大戦を生き残ったのは形だけで、中の精神は腐りきっているようだな!この国は!!」

 

首相の軽い話し方に自らの立場を軽く見られたかのように感じたイザークは、現在の立場、状況を忘れ思わず怒りの声を上げた。

自分がどのような決意で戦っているのか。何のために戦友は死んだのか。それら全てが軽く扱われるなど、イザークには到底許しがたかった。

 

 




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