それはとてもきれいな空で   作:ルシアン(通説)

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それはとても意外な体制で

CE71年2月18日

その日、世界は驚きをもってそのニュースを聞き、同時に今次大戦が新たな局面に移行しつつあることを認識した。

 

同日 プラント アプリリウス市

 

この日、最高評議会に出席しようと執務室で仕度をしていたシーゲル・クラインは突如部屋に乱入してきた黒服の兵士たちと睨み合っていた。

 

「君たちは何者だ!?どこの指示に基づいて行動している?」

 

黙して語らない兵士たち。それに業を煮やし、再び声を荒げようとしたシーゲルの前に新たな人物が現れる。

 

「そう怒鳴らないでやってくれ、彼らは私の命令に従って動いているだけなのだ。」

 

「な!?パトリック、お前がだと?」

 

驚愕の表情を浮かべるシーゲル。そんな彼に向かい表情を変えることなくパトリックは言う。

 

「シーゲル、貴様はいったい何を目指しているのだ?」

 

「何を?…いったい何のことだ、私は今も昔もコーディネーターの地位向上と独立のために頑張っている。お前もそうだろう?」

 

「本当にそれだけか?」

 

「それだけだとも!当初こそ自慢していたがすぐに疎みだした親に見捨てられ、社会でも認められず、ただ迫害され続けていただけだったあの頃からずっと、私はそれだけを目指していた。パトリック、お前もそうだろう!?ともに立ち、ともに戦ってきたではないか!?」

 

そう激しく主張するシーゲル。しかしその話を聞いたパトリックは表情を変えず、いや、顔をしかめるだけであった。

 

「シーゲル、なぜ考えを改めない?状況の変化をお前も知っているだろう?」

 

「改める?パトリックこそ何を言っているんだ?迫害し続け、非道なる手段までをもためらいなく使用するナチュラルに一度目に物を見せてやり、独立し、対等な条件で講和する。何を変える必要があるというんだ?」

 

その言葉を聞いた瞬間、パトリックの表情は豹変した。

 

「目にものを等と言っていられる時期がとうに過ぎ去ってしまっていることになぜ目を背ける!!」

 

「…!!」

 

「分からぬか、シーゲル!?ウロボロスが事実上失敗し、戦争が短期で終結できなくなり、戦線を拡大させ続けたのはお前だろう!?ここまで拡大した戦争で、目に物を見せて終わらせるなどという甘っちょろい結末がありえると思っているのか!?貴様のその甘い思考が、すでにプラントにとって見過ごせないほどの害になりつつあるのだ!!」

 

そう怒鳴りつけるパトリック。

浴びせられたシーゲルはもとより、まだ近くに所在無げに立っていた黒服たちも怯んでいた。

 

「シーゲル、お前の考えを聞いていると懐かしくなる。確かに私は、かつてお前とともに同じ理想を抱き、同じ目的に向かって行動をしていた。だが、だが今の我々は指導者となったのだ!かつての理想と、今の現状に不適合があるのなら、今に合わせなければならんのだ!

…シーゲル、私は今日お前に辞任要求を持ってきた。サインしてくれ。」

 

悄然としたシーゲルは力無く、その書類にサインをするのであった。

 

 

 

 

CE71年2月20日発行 プラント最高評議会発表 新規閣僚及び戦時法

 

本日をもってプラント最高評議会議長はパトリック・ザラとする。戦時法に基づき、最高評議会議員及び評議会議長選挙は終戦までの無期延期となる。

 

最高評議会議長兼国防委員長

パトリック・ザラ

内務委員長兼外務委員長

エザリア・ジュール

教育委員長

パーネル・ジェセック

開発委員長

マックス・ローデンス

人的資源問題対策委員長

ギルバート・デュランダル

 

戦時緊急特措法

以下に挙げられる改革は最高評議会で審議にかける必要は無い。

 

1.戦時体制の見直し、人的資源枯渇への対策としてのみクローン技術の使用を特別に許可する。

2.戦意鼓舞、勝利への国家的威信を目的として、最高評議会議員の子息のみで構成する部隊を創設する。管轄は国防委員長直轄とする。

3.旧来の戦時特措法を見直す。

 

 

同日 パトリック・ザラによる表明演説

 

20日午後に行われた記者会見で、パトリック・ザラは吼えていた。

 

「我々は、長らく続く戦いに多くの負担を受けてきた。特に、若き人材を、年端のいかぬものにまで戦争へと参加させている現在の体制を容認させ続けることには不満も大きいであろう。私とて、妻をユニウスセブンで失い残された息子までをも戦場に立たせている身であり、皆の心にも共感できるところは大きい。

また、物資不足からくる純粋な生活レベルの低下に加え、最近では都市インフラの維持に当たる人材の少なさからくる市民への負担も目をつぶれる数値とは言えなくなってきている。

そこで、我々進化した人類であるコーディネーターの英知を結集しこの問題の解決に当たろうと考える。人的資源問題対策委員長のデュランダル君に説明してもらおう。」

 

画面に現れるいかにも学者然とした人物。隣で先ほどまで覇気を示していたパトリックとは違い、温厚なイメージを人々に与えていた。

 

「このたび人的資源問題対策委員長に就任させていただきました、ギルバート・デュランダルです。今回ザラ議長の提案に基づいて行う解決策とは、端的に申し上げればクローン技術の使用です。

ご存知の通り、全ての生物が持つDNAを複製することで新たな生物を作り出すこの技術ですが、今回の政策に当たっては現在の人口を3倍にする方向で調整を進めております。もちろん、クローン技術には賛否両論があることは知っていますが、あれらは大半が間違った情報に基づいたもので、すでに時代錯誤といえる妄想の産物でしかありません。我々コーディネーターの技術を用いることで、将来的には人口減少の問題にも有用な効果を期待できると信じています。」

 

その後、再び画面中央に戻ったパトリックの話は続いた。

曰く、人口問題が解決できれば現在戦場に立っている市民の子息たちの大半が親元に帰れるであろうと。

曰く、人口問題が解決できれば、市民の権利を制限している婚姻統制についても撤回できるかもしれないと。

曰く、現在プラント本国で発生している問題の大半は人口増加で解決できるであろうと。

また、軍事の面でも前任のシーゲルトの違いを明確に出した。

 

・地球圏での積極的戦線の拡大は一時的に止めるが、すでにここまで広がっている以上、人口問題が解決し次第ヨーロッパ及び北米に進出する。

・地球連邦との関係は存続するが、中立国に関しては積極的友好政策は採らない。

・アフリカ、ユーラシア方面軍総司令官としてアンドリュー・バルトフェルドを、オセアニア、南北アメリカ方面軍総司令官としてラウ・ル・クルーゼを就任させるとした。

 

 

 

2月20日 南アメリカ合衆国派遣軍前線総司令部

 

そのニュースは、クルーゼにとって予想外以外の何者でもなかった。いや、パトリック・ザラによる政権交代劇自体は予想していたことであり、また自分の脚本に沿う良い流れでもあった。

しかし、

 

・親友?デュランダルのまさかの裏切り。(デュランダルはクルーゼとタリアを比べてタリアを選んでしまった)

・自らの地上軍司令官就任。(つまりは宇宙にしばらく戻れないことを意味する。)

・デュランダルから最近もらった薬の効き目が目に見えて良くなったこと。(パトリックの秘密指令でクローン技術の使用が認められたから)

 

これらの3つの事情がクルーゼの脚本に大きな波紋を浮かべていた。これでは人類の滅亡が今大戦中に起こせるかどうかは賭けとなってしまう。

 

クルーゼは悩んだ。

かつてないほど悩んだ。

 

脚本の初心を貫徹するかどうかで悩んでいた。なぜなら、薬の効果により、不都合に短すぎたテロメアが再生できると分かったからだ。

寿命がないからこそ、自らの命を弄んだ人類に復讐しようと考えていた。しかし、自分が生き続けられるのならば話は別である。しかも今の自分には生きる目的もあった。

 

「ラウー、ゴハンデキタヨー。」

 

寿命に余裕ができ、心にも余裕ができるとヒトは恋をする、と最近知ったからであった。

 

 

 

 

CE71年2月21日 ニューヨーク 地球連合本部

 

プラントが発表した突然の政権交代と、それに伴う戦略方針の転換は地球連合内で重要な問題として認識されていた。これまで対立的だったアズラエルとジブリールも、それぞれの立場からプラントに対して警戒心を強めたからだ。アズラエルは軍事的な側面から、ジブリールは敵性種族の数が増大するということからであった。

 

「コーディネーターの戦力が補強される前に、なんとしてでも攻勢に出るべきだ!」

 

「バカな!守勢にまわっている奴らを現有戦力だけで突破できるものか!」

 

「クローン人間などという非人道的行為を地球連邦は見過ごすというのか?」

 

「中立国の戦力をかき集めれば最低でもビクトリアとカオシュンぐらいは落とせるのではないか?」

 

軍内部でも、ザフトがクローン兵を用い、これまで以上の物量で攻め寄せてくることに対する不安は大きい。というのも、これまでアズラエルが主導で行ってきた兵器の無人化・多量化はザフトの部隊が少数であることを前提にしてからだ。圧倒的物量でなければ、性能面で劣る無人機などコーディネーターの前では壁にもならないだろう。

 

「直ちに空軍戦力を増大するべきだ!制空権さえ磐石であれば陸も海も多少の不利ぐらい何とかなるだろう。」

 

「馬鹿を言うな!シーレーン防衛こそ戦時下の経済で最も重要なのだ!沿岸しか飛べない空軍など当てになるものか。」

 

「空軍が使用する飛行場を確保しているのは誰だと思っているのだね?軍の主役は陸なのだ。脇役は黙っていたまえ。」

 

そんな紛糾する会議の中、映像通信越しに会議に参加していたハルバートン提督の発言がまた1つの勢力を作っていた。

すなわち、

 

「今こそG計画を実行するときではないか?」

 

というものだ。

 

G計画。

 

それは今回の戦争の比較的初期の段階でハルバートン提督によって唱えられた計画で、ザフトの決戦兵器であるMSを地球連合軍にも取り入れるという計画であった。

オーブのモルゲンレーテ社の協力の下作られた5機のMSは、内4機をザフトに奪取されてしまったものの、それでもかなりの戦闘力を示していた。実際、同時に作られた最新宇宙戦艦のアークエンジェル級はその戦闘力を認められ、2番、3番艦の着工が決まっていた。ところが、MSについては反対意見も多かった。

 

・地球連合よりも早期に取り入れた地球連邦軍のMSが大気圏内で目立った戦果を挙げられなかったこと。

・アズラエル推進の無人兵器による物量戦術が宇宙戦においてもなかなかの戦果を上げたこと。

 

これらがMS不要論を生み出していたのだ。ハルバートンとしてもパイロットが無駄死にすることがないのであれば、無人機でも構わないと考えてしまったために、現在までMSの開発は積極的には推進されてこなかった。あらかた意見が出揃った…というより議論が水掛け論になりつつあったそのとき、アズラエルは会議に出席しているメンバーに注目するよう言った。

 

「そろそろ皆さんの意見も出揃ったようですし、いったん話をまとめましょうか。…ジブリール氏、ユーラシアさんとしては今後の戦略方針をどうお考えですか?」

 

するとそれまで優雅に水を―当然のことながら公式会議なのでワインは置かれていない―飲んでいたジブリールが口を開いた。

 

「僕たちの当面の敵はモスクワ方面の連邦軍とアフリカ方面のザフトです。ザフトの攻勢転換がいつなのかにもよりますけど、それまで地球連邦軍を押せるとこまで押しちゃいたいですね。それから中立国は当然、連合側に加わってもらいます。」

 

周りではユーラシアの軍人たちが「おお、ジブリール様がアズラエルとまともに…」などと話しているが、当然のことながらアズラエルは無視した。

 

「なるほど、確かに連邦軍も無視はできませんからね…。後は中立国に関してですか…。おそらくですが、オーブ以外は組み込めると思います。なんといってもスカンジナビアが連邦に占領されているのですからね。クローン技術など、彼らの非人道的行為を前面に押し出せば連合への参加も認めるでしょう。…問題はオーブ、ですね。」

 

その言葉に議場がざわめく。

あの偏屈め、とか、引きこもりはこれだから、という声がそこかしこで聞こえたためだ。するとユーラシア側の席の一角で怪しげな笑い声が聞こえ始めた。

 

「ふふふ…ハーッハッハッハ!」

 

無視すべきか声をかけるべきかで迷うアズラエル。ちらりと議長のほうを見ると、

(司会役やるんだったら最後まで責任を取れ)

というありがたい目線が帰ってきた。ユーラシアの高官たちも「ジブリール様の病気が…」などと呟いている。覚悟を決め、アズラエルはジブリールに言った。

 

「どうしました、ジブリール氏。…癲癇であれば救急車を呼びますが。」

 

突如笑い出したジブリールに対し、議場の面々は若干引いていた。アズラエルとしても無視はしたかったが、仮にもユーラシア連邦の代表であるジブリールを無視するわけにはいかなかったのだ。

 

「オーブについてですが、僕たちに任せてもらえませんか?」

 

一通り笑った後、ジブリールはそう提案した。

 

「それは…。もちろん結構ですが、何か妙案がお有りで?」

 

「当たり前じゃあないですか!僕だって勝算もなしに何かをやろうとは思いません。」

 

(いや、お前ならやるだろう。)

 

このとき、議場の中にいる人たちは同じことを思ったという…。

 

「これを見てください。」

 

そう言ってジブリールがスクリーンに映し出したのは、砂漠地帯で撮られた現地民とザフトとの交戦風景であった。MSで固められたザフトを相手取り、バズーカとジープで戦う現地民は勇ましくあったが、彼らからしてみればおろかな行為以外の何者にも見えなかった。

 

「確かにザフトの占領統治に不満を持つ住民は多いようですが…、これが何か?」

 

議場の人間の感想を代表してアズラエルは訊いたが、ジブリールは自慢げな顔を崩さなかった。

 

「ふふ、確かに皆さんそう思うでしょう。…ここをよーく見てください。そう、このジープに乗っている人間です。ああ、このままだとよく分かりませんね。拡大して精度を上げます。」

 

自慢げなジブリールの言葉にイラッとしながらも、皆その映像を見ていた。すると、ある程度拡大したところで大西洋連邦国務省のある高官が叫んだ。

 

「こいつ!オーブの首長の一人娘じゃないか!!」

 

その言葉に議場は喧騒に包まれた。

 

「なるほど、では特殊部隊を投入してこの娘さんを確保し、その後にオーブに対して同盟を迫る…と。」

 

議場の騒ぎに収拾がついたところで、ジブリールは具体的にどのようにオーブと交渉を行うかを説明しだした。それはそこまで複雑なものではなく、

 

オーブの姫の確保

   ↓

オーブの姫の交戦映像と身柄を武器にオーブと交渉開始

   ↓

渋るオーブに先んじて交戦映像を世界に公開

   ↓

プラント側から信頼されず、泣く泣く連合側に立つ

 

というものであった。当然、

 

「国家の代表たるものがたかが娘1人のために政治を左右させるものか!」

 

という反対意見はあったものの、この結果ザフトに組するのなら堂々と宣戦布告し早期に攻め立てればよく、中立のままでも今までと変わることは無いとされた。ただ、どのように外交をするかによって戦後の地位が変わるだけである、と。

戦略についての話が終われば、後はとんとん拍子で話はまとまっていった。G計画を大西洋、ユーラシア共に推進し、定期的に技術交流を行うこと。有人兵器の配備を加速し、対ザフト戦が本格化するころまでには戦力を整えること。これらについてが決定し、その会議は閉会となった。

 

 

 

 

 

 




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