アラスカ JOSH-A
JOSH-A地下に存在する会議室では、10人近くの男たちが声を潜めて話し合っていた。別に潜める必要は無いのだが、脳裏に広がる漠然とした不安感が自然とそうさせていた。
「…予想外でしたな。」
「確かに…。だが不自然だ。今のプラントにあれほどの兵力は用意できないはず。」
「わしは科学のことはよく分からんのだが、クローンとか言うやつはこれほど早く兵士を調達できるのか?」
地球連合軍総司令部には、世界各地の戦局がほぼリアルタイムで伝えられるようになっている。彼らは情報をまとめ、今回のザフトの動員兵力をほぼ正確に算出していた。
「そんなわけがありません。」
陸軍の老将の疑問に対し、それまで何か考え込んでいたアズラエルは唐突に口を開いた。
「そう、そんなことはありえません。クローン技術は確かに人間を半人工的に作り出すことを可能とはします。ですが、それは簡単なことではありません。10ヶ月かけてようやく出産へと至る私たち人間を、ここまで短期に、ここまで大量に作り出すことなどできるはずがありません。」
「じゃが、実際に彼らはここにおりますぞ。閣下の仰ることは正しいですが、現実は異なっておる。」
「そうです、それが分からない…。…ですが、あまりこのことを考えても仕方がありません。…君、サザーランド君につないでもらえませんか?」
JOSH-A 工廠区
彼は走っていた。
真新しい制服に身を包み、真新しいプレートを胸に付けたその青年は、ただただ走っていた。
せっかく取り戻した、せっかく友達に渡すことができた、この平穏を守る。そう、決心して。
だから、別に彼はこんな展開を望んでいたわけではない。
こんな、
ビスケットを口に挟んだ女の子と通路の角でぶつかるような展開は…。
ゴチッ!!!
「☆★☆ッ!!?!」
全力で走っていた青年、キラ・ヤマトの前に視界外から急に飛び出してきた少女を、彼は避けることができなかった。少女のほうは少女の方で曲がり角から人が出てくることを考えていなかったようで、結局2人は思いっきりぶつかる羽目になった。
「つーッッ…ったいな!誰だよ!?」
「痛たた…。ごめん、大丈夫?」
とっさに気遣った相手を、キラはどこかで見たことがあった。
「あの、君はもしかして…?」
「ん?あれ、お前…どこかで…。」
「やっぱり!君、ヘリオポリスで会った!」
「ああ、あの時の!ん?でも何でこんな所にお前がいるんだ?」
それは、キラ・ヤマトとカガリ・ユラ・アスハの2度目の出会い。
「ふーん…。そうか、お前も苦労したんだな。」
「あはは、カガリほどじゃないよ。でも、そうだね。僕はこの生活を守りたい。自分で手に入れた、この快適な生活を。」
「自分で…か。」
キラとカガリはお互いの事情を話しながら、司令部に向かっていた。敵襲と聞いたキラは、もともと職と生活、そして戦友から同僚に変わった友人たちを守るために戦うつもりであった。司令部にはその許可を得るために向かっていたのだった。
カガリは、そもそもあまり基地の地理を把握していなかった。ゲストルームで午前のおやつの時間を過ごしていたところ、急に周りが騒がしくなったので、とりあえず様子を見ようと何も考えずに飛び出しただけだ。今頃ゲストルームでは、駆けつけた連絡員が途方に暮れているだろう。
「そういえば、何でカガリはヘリオポリスだったりアフリカだったりJOSH-Aだったり、変な所ばかりいるの?」
「へ、変だと!?アフリカはともかく、ヘリオポリスもJOSHAも変じゃないだろ!?」
「うーん…。でも、何の理由もなしに言ったわけではないんだよね?」
「当たり前だ!私だって暇なわけじゃないんだ。ただ、お父様が…」
「お父さん?オーブの首長の?」
「そうだ。…キラ、お前は、今のオーブをどう思う?」
そう問いかけながら、カガリはそう問いかけた自分に対して疑問を持った。自分の心、頭にある疑問、不安、猜疑…それらをなぜかこの男には隠す気にならない…そんな自分が、カガリには不思議で、だが、特に不安にもならなかった。
「オーブ?平和で、良い国だと思うよ。あそこには戦いも、湧き上がる憎悪も無い…。」
「そうだ!私もそう思っていた。オーブの理念、他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない。それを誇りに思っていた。だが!だが…実際には誇りなんてものは無い…!モルゲンレーテの件でお父様に疑念を持って、私は自分自身で外を見てみた。
アフリカで、私は見たんだ!
あいつらの武器は、オーブ製だった。
アフリカ共同体軍の埋めていた地雷も、オーブ製だった。
ザフトが物資輸送に使っていた地上車も、オーブ製だった!!
平和だ、中立だ、って言って、関係が無いって言って、私たちは、人を殺していた…!地球連合が戦争を終わらせるって、皆の犠牲を無駄にはしないって言ってる横で、私たちだけは、善人面して、他人面して、人の命をお金にしていたんだ…!!!」
「カガリ…。」
心に溜めていた感情を吐露しきったのか、カガリはその後ただただ泣き続けるだけだった。そんなカガリを、どう慰めれば良いのか、キラには分からなかった。ただ、司令部のスタッフに案内されて乗った、アズラエルらのいる地下会議室まで続いているエレベーターの中で、キラはカガリを抱きしめ続けるしかなかった。
「……どうも。」
「何をやってるんですか、キラ君。」
会議室の扉が開く音に気付いたアズラエルが視線を扉へと向けると、そこには1人の少女をお姫様抱っこで抱える少年が佇んでいた。思わず呆れてしまうアズラエル。キラとしても、今の格好はどうかな、と思ってしまうので何とも言えない。
「話はサザーランド君から聞きました。…君も戦いたいのですか?」
アズラエルの問いかけに対し、キラは何か考えているようだった。その様子をアズラエルは意外に思った。彼なら即座に否定し、守りたいのだと言うだろうと思っていたからだ。
「僕は…、僕は、守ります。でもこれは、契約ですよね?だから、僕は、戦います。戦って、お金を貰って、…カガリに何か買ってあげます。」
アズラエルの目をしっかり見て、キラはそう答えた。
「何でそこでカガリさんが出るかは知りませんが…どうやら完全に吹っ切れたようですね?」
「はい…。カガリに、オーブが綺麗ごとを言いながら人を殺しているって聞かされて、言葉で誤魔化すのは止めることにしました。お金を貰っといて、正当防衛なんて言えませんから。」
「ふっ…。なかなか言える事ではありませんけどね。……ではアズラエル財閥開発部SE課ヤマト研究員、あなたに1つの契約外契約を提案します。MS部隊を率い、増援部隊の上陸援護をしてください。」
「分かりました。…報酬はいつもの口座に、でしたっけ?」
「君、スイス銀行の口座なんて持ってないでしょう。」
「雰囲気は大切にしたいんです。」
にこやかに話すキラとアズラエル。駄々をこねる子供でもなく、言葉を飾ることで責任から逃れようとする半人前でもなく、1人の大人として対等な関係をアズラエルと結べるようになったキラには、気負うものは無かった。
その様子を、キラの腕の中でカガリはこっそりと見ていた。ヘリオポリスで見たときのようなおどおどした少年ではなく、1人
の大人となった青年に見えるキラ。そんな彼はカガリにはかっこよく見え、その彼に抱かれ続けている自分が無性に恥ずかしくなった。
「では、僕はこれで…。」
「お願いします。…日本軍上陸まで2時間ほどあります。君のストライクは023区にありますので、チェックして置いてください。」
「分かりました。」
そう言ってカガリを抱っこしながら立ち去ろうとするキラ。それに苦笑しながら、アズラエルは呼び止めた。
「そのままじゃパイロットスーツも着れませんよ。カガリさんを置いていきなさい。後でゲストルームに返しておきますから。」
「そうですね。…じゃあすみません、よろしくお願いします。」
そう言ってキラはカガリを会議室のソファーの上に置くと、アズラエルと会議室の面々に軽く会釈し、エレベーターへと走って行った。
「随分としっかりとした青年だったようじゃな。」
キラが部屋を立ち去ってしばらくすると、それまで2人の会話に口を挟んでいなかった会議室の面々が話し出した。
「若干綺麗好き過ぎるような気がしましたが、あのくらいの若さならちょうど良いぐらいでしょう。アズラエル殿、確か彼は?」
「ええ、最後のGを確保しててくれた少年です。コーディネーターですが、どちらかというと私たちの価値観に共感を持ってくれています。」
「ふむ…。ま、自分たちの家を壊した勢力に共感なんぞなかなかできはせんじゃろうな。」
しばらくキラについて話が続いたところで、アズラエル以外の面々が席を立ち始めた。恐らくアズラエルがカガリと話すに当たって気を利かせてくれるのだろう。
「では我々はしばらく別の部屋にでも移ります。…アズラエル殿、オーブに関してはやはりその少女が鍵だと?」
「ええ、まあそう思いますよ。ようやくかの国の歪さに気付いてくれた貴重なオーブ国民ですからね。」
「くくく…アズラエル殿も人が悪いですな。…では、我々はひとまずお茶でもしてきましょう。」
最後の1人も会議室から出て行き、この部屋にはアズラエルとカガリが残るのみとなった。
「さて、アスハ嬢。もう寝ているふりはしていただかなくても結構ですよ。」
「な、気付いていたのか!?」
そうアズラエルが声をかけると、カガリはソファの上でパッと身を起こし叫んだ。その様子に思わず笑ってしまうアズラエル。
「いえ、声をかけてみただけです。これでアスハ嬢が本当に寝ていたら、私は今間抜けな状態になっていたでしょうね。」
「な!鎌をかけたな!?」
「ご気分を害したようでしたら謝ります。」
「む…まあそこまでじゃないが…。」
どうやらカガリは単純すぎる己の行動に不満を持っているらしかった。それに関してはアズラエルとしては何とも言いようがないので、彼は黙っていた。
「まあいい。それより、ミスタ・アズラエルに対して聞いてみたいことがあったんだ。」
「アズラエルで結構ですよ、アスハ嬢。…一体どのようなことを聞きたいので?」
「ああ…こういう事を他人に訊くのはどうかと思うんだけどな、その…私は、どうすれば良い?」
抽象的な問いかけをするカガリ。恐らく彼女の中で渦巻く様々な疑問、葛藤を包括した結果なのだろうが、質問としては答えづらいものであった。
「と、言いますと?」
「キラは、ヘリオポリスであったときは何を考えていたのかは分からないけれど、今のキラは、戦うことの意味を知って、それで、それでも戦う道を選んでいた。私には、まだ戦う意味も、守りたいものもよく分からないし、何も知らないからキラを止めることはできなかった。キラも、自分でしっかり考えてたみたいだから、私が何か言えばいいってわけでもなかっただろうし…。
でも、私は今何をすればいいのかが分からない。お父様のもとで戦争についてただただ悪いことだ、って考えるだけじゃ駄目だとは思う。だけど、だったら今何をすればいいのかが分からない。」
もしこれをカガリが自分の父親にぶつけていたら、彼女の父親は彼女に親身になって、彼女の納得できる形の答えを探してあげていただろう。ただ、彼女は自分の父親に対して疑いを抱いていた。そして、アズラエルとしてはわざわざ自分たちに敵対するような答えをあげる気は毛頭無かった。
「カガリ嬢…どうやらあなたは私が考えていた以上に周りに目を向けてらっしゃったようですね。」
故に、アズラエルはカガリに麻薬を与える。
「あなたは今ようやく、ご自身の周りに存在する檻に気付き、そこから飛び立とうとしているのです。」
「檻?」
それは耳障りの良い、カガリが心のどこかで願っていた単純な答え。
「安全な地に閉じ込め続け、周りに対して目を向けられなくする檻です。
…その檻を、アスハ家といいます。」
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