15:00
日本軍『震電』部隊及び地球連合軍ストライク・ダガー隊は激戦区であるJOSH-A一帯へと到着した。
既に海上には地球連合軍の艦船は1隻も残っておらず、制空権に関してもほぼザフト側に移っている。そのザフトのMSは現在JOSH-Aに複数存在するゲートを攻略せん、と戦闘を続けていた。
「隊長、どうやら敵はゲートに掛かりきりでこちらに気付いていないようです。チャンスですよ!」
「そうですね…。ミツキ二尉と連携して一気に決めましょう。恐らく二尉はまず敵艦船を優先すると思いますから、こちらはMSから攻撃します。」
と、キラ達と併走していたミツキ二尉の乗る震電が大きくこちらへバンクしてみせた。彼らはそのままザフト艦へと向かって急降下していく。
「どうやら二尉は一気に決めるみたいですね。僕たちも行きましょう!」
「了解。…全機、敵MSへ突撃せよ!」
その姿を見たキラ達もまた、敵へと突撃を開始した。その少し後方には日本軍の人型戦車やウォードレスに身を包んだ歩兵も姿を現している。
パトリックが予想だにしていなかった地球連合軍の反撃が始まった。
結果から言えば、地球連合軍はJOSH-Aの防衛に成功した。
日本軍の増援はそれ単体では勝利に持ち込むには少なかったが、今回の作戦でこれ以上の援軍を持っていなかったザフトと比べ、JOSH-A守備隊には時間が経てば経つほど増援が来るのだ。奇襲攻撃だけで勝利にならなかった段階でザフトは敗北していた。
「…酷いものですね。」
アズラエルがサザーランドから戦闘の終結を聞き、JOSH-Aの外に出たとき、地球連合軍総司令部の周りには激戦の爪あとが生々しく広がっていた。
地上部分にも巨大な建物を有していた司令部は大きく損壊しており、地下部へと繋がるゲートはその過半が捻じ曲がって崩れていた。司令部の直ぐそばには度重なる砲爆撃で作られたクレーターが多数存在し、その中や周囲には敵味方の戦車、砲、MA、MSが原形をとどめずに転がっている。湾にも多くの艦船が座礁、沈没していた。
「現在集結中の部隊と共に司令部機能を復旧中です。緊急回線を除く大半の通信網、レーダー網は破壊されております。基地防衛能力も大きく低下していますので…。」
「分かりました。…通信網の復旧を最優先に。幸い地下のファクトリーを破壊されなかったのですから、G計画は計画通り進めます。そのためにも通信は必須です。」
「了解しました。」
サザーランドの報告は途中で止め、アズラエルは指示のみを伝えた。未確認情報だが、ワシントンやブリュッセルにもザフトは奇襲攻撃を仕掛けたらしい。規模がここほど大きくなかったために撃退こそできたらしいが、双方ともJOSH-Aとは違い大都市である。被害はかなり甚大であろう。
アズラエルの視線の先では日本軍が連合軍や各地から集められた州軍と共に復旧作業に当たっている様子が見られた。ロボットを使って最優先でどかすべき瓦礫や戦車をどかしており、ウォードレスを着込んだ歩兵が身の丈以上ある仮説資材を運んでいる。
「アズラエルさん!」
物思いに耽っていたアズラエルの耳に、少年の声が聞こえた。振り向いてみれば、未だにパイロットスーツに身を包んでいるキラの姿が目に映る。
「どうしました?・・・ああ、報酬でしたら今月のお給料と一緒に振り込んでおきますよ。」
「いえ、その…。ありがとうございます。おかげで友達を守れました。」
「…?それでしたら私のほうが礼を言わなければいけませんよ。あなたのおかげでこちらも助かりましたからね。」
「でも、それでも僕に力を貸してくれたのはアズラエルさんです。僕だってMSがなければ守れませんでしたよ。」
アズラエルの言葉をキラは否定し、自分の気持ちを伝えた。その言葉に照れくさそうな顔をしたアズラエルは、視線をまた復旧中の軍人たちに戻し口を開いた。
「そういうことにしておきましょう。ただ今回は、本当に運が良かった…。私はその運を上手く利用できた、ということなのでしょうね。
…それはそうとキラ君、カガリさんはまだ中で君を待っているはずです。顔を見せてきてはどうですか?」
「あ…。分かりました。ちょっと行ってきます。」
キラはアズラエルに頭を下げ、そのまま走っていく。その様子をしばらく見ていたアズラエルは、キラと同じく司令部へと戻る。ただ、行き先は違う。彼が向かったのはMSが出撃していった秘密ゲートから程近いラボだ。そこには今回の戦いで鹵獲された比較的状態の良いザフトのMSが運び込まれ、調査が行われている。詳しいデータを得るには時間が掛かるが、最初の短時間で分かるデータも多いはずであった。
ブイーン
区画ごとに設置されているカードリーダーにカードを通し、部屋に入る。
MSの周りには多くの整備兵、技術官が取りついており、短時間で驚くほどの勢いでバラしていた。
彼らから少し離れたところには基地司令官であるサザーランドが立っていた。
「何か分かりましたか?」
アズラエルの問いかけに対し、そこでようやく気付いた、とでも言うような表情を浮かべてサザーランドは振り返る。その顔には驚きと不快、そういった感情が浮かんでいる。
「アズラエル様…」
サザーランドは何も言わず、MSの脇に存在する機材群を指差した。そこにはMSから取り出された様々な機器が置かれており、その詳細な調査が行われるのを待っていた。
サザーランドが指差したのはその中では異彩を放つ、1つの黒い箱であった。多くのチューブで繋がれたその箱は上部を開けられているのだが、ここからでは内部を確認することができない。アズラエルはサザーランドの様子に首を傾げつつも、箱へと近づいていく。軽快な足取りには躊躇いも何も感じられない。だがそれも、箱を見下ろすまでであった。
「ッ!!!」
息を吸い込み、目を見開く。彼の視線の先、箱の中には……
5月2日
未だ復興中のJOSH-Aではあったが、通信機材などが優先的に配備・復旧され、アズラエルは地球連合各国とテレビ会議を行った。会議には各国の軍・政トップが参加しており、先日のザフトによる強襲攻撃に対してどのような対応をとるかにつきそれぞれの意見を提示する。
まずはそれぞれの被害の報告。ブリュッセル、ワシントン、JOSH-Aの被害は大きく、また国民への衝撃も大きなものとなった。両国とも多くの議員を失っており、かろうじてアズラエルやジブリールといった大物こそ生き延びているものの政治力の大きな低下は否定できない。特にアズラエルにしてみれば盟友とも腹心ともいえるアルスター議員を失ったのが痛かった。
軍事的被害は首都防衛隊などの精鋭部隊の壊滅で済んだものの、こちらに関してはアルザッヘルの被害が甚大であった。
「提督、それは本当のことですか?」
「本当だとも!アルザッヘルは駐留艦隊の過半を失った!!第1、第3、第8艦隊を残して他は壊滅だ。その艦隊にしても損耗が激しい。…訓練中だったのが災いした。」
「馬鹿な、ハルピュイアは何をしていたのだ!」
「…それほど敵の数は多く、技量も高かったのだ。」
ハルバートンからの報告は地球連合軍の宇宙艦隊の事実上の壊滅を示していた。これで現状実働可能なのはプトレマイオス基地の第16、17、18艦隊だけになるのだ。通商破壊作戦の継続は艦隊の再建速度を落とすが、これを停止させるわけにもいかない。しかも今回の攻撃でザフトが圧倒的な数のMSを保有していることが判明したのだ。半年後の攻勢など、夢のまた夢と言っても良い。
「日本の艦隊が加わってくれますので、2個艦隊をアルザッヘルに加えられますが…また当面は攻勢は難しいでしょう。幸いG計画は順調ですので、ストライク・ダガーの配備も進めてください。…ユーラシアはどうですか?」
「こちらは軍事的には大きな問題は発生していない。一時的な情報網の混乱はあったが、幸い東部戦線で大きな問題はなかったようだ。…スカンディナビアの解放については亡命政府、及び日本、汎ムスリム会議との連携強化の上で行う。」
ユーラシア連邦大統領はそう発言する。同様に旧中立国がスカンディナビア優先の方針を発言し、大西洋連邦大統領もこれを支持すると発言した。そして今回の会議の目玉である情報を話すべく、アズラエルは立ち上がる。
「皆さんもお気づきだとは思いますが、今回のザフトの作戦には不可思議な点があります。…そう、動員兵力です。これまでに確認されたところ、ザフトはこの作戦で200万人以上の兵力を動員していますが。これがいかにおかしな数字であるかは皆さんご理解いただけるでしょう。
先日、JOSH-Aにてザフトの使用したMSの調査を行いました。…結果、彼らのMSが無人機であることが判明しました。」
馬鹿な!ありえない!アズラエルの言葉は列席者に衝撃を与える。MSはMA以上に操縦、戦闘が難しい。汎用性の高さ、機動力の高さは操縦者により高い技術を求めるため、CPUはおろか人間ですらもなかなか制御しきれないのだ。仮にCPUを搭載したところで、まともな戦闘は期待できないはずである。
「…お静かに。代わりにコックピット部分に厳重に保護、封印されていたブラックボックスが存在しました。これが操縦者の代わりをなしていたようです。…今映し出しましょう。」
アズラエルはそう言うと、モニターに映像を映し出す。
コックピットと何本ものチューブでつながれているブラックボックス。それには半透明状のジェルが満たされている。そしてジェルに包まれるようにして…
ヒトの脳があった。
謎は解けた。クローン技術は禁術であったが、パトリックとデュランダルは更なる禁忌を犯していたのだ。
クローンの難点は、人的資源を大量生産はできても、短時間生産はできないことだ。急速な成長は負荷をかけ、人の身を破壊してしまう。そこでデュランダルは考えた。
宇宙戦闘に首から下、いや脳以外は必要なのだろうか、と。
生身がなくとも、もともと脳はMSの機体が守ってくれる。逆に、機体が壊れれば生身があろうとなかろうと死ぬだろう。そう考えたデュランダルは脳の成長、特に反射など動物的本能を司る部分と命令を理解する機能の成長のみの完了を待って完成品とした。最後に作られる大脳新皮質など、物事の推理、論理的思考を司る部分はない。完全に動物、いやそれ以下の脳のままMSに搭載した。
かくして、数ヶ月で培養の完了する即席兵士は完成した。いや、兵士というより生体CPUといった表現の方が正しいかもしれない。優秀なるコーディネーターの動物的本能を持つ、機体から離れることすらもできない兵器。それが200万『人』の正体であった。
正体を知った地球連合は恐れた。強化人間という非人道的兵器を導入したジブリールですらも背筋を震わせたほどだ。
自分たちはこれから人間ですらないモノ達と戦うことになる。
人種という枠を超えた、未知の戦争が始まったのだと、生物の誇りをかけた戦争なのだと、決意を固めた。
C.E.71年 5月11日
プラント アプリリウス市
オペレーション・スピットブレイクはザフト側の大規模な軍事展開が同時多発的に行われた、今世紀最大の作戦であった。各国中核都市への攻撃は一定の成果を挙げ、また、アルザッヘルへの攻撃も目標こそ達成できなかったものの敵艦隊の壊滅という明確な結果を示した。
ユーラシア連邦首都ブリュッセルが立ち上らせる黒煙、大西洋連邦首都ワシントンに広がる大火、地球連合軍総司令部JOSH-Aの無残な破壊痕は連日プラント各都市の大型スクリーンで放送され、市民たちの戦意を高める。
加えて作戦終了からしばらくすると本格的な復員作業が行われ始め、戦地へと赴いた少年少女らが家族の下へと帰還。クーデターという非合法な手段で権力を得たはずのパトリックは市民の熱狂的支持を獲得した。
パトリックはその支持を背景にかつての盟友シーゲルを自宅軟禁させ、国内で一気に勢力を弱めていた和平派の鎮圧にかかった。
バタン!!
「二階制圧完了!対象いません!」
「探せ!まだ近くにいるはずだ!!」
アプリリウス市にあるシーゲルら和平派活動家の拠点では、パトリックの命令である人物の捕縛を急ぐ治安局が建物内を捜索していた。シーゲルは公の活動を全て停止させられ、自宅軟禁されているためにこの建物も閉鎖されている。それでも治安局がこの建物を捜索するのは、目的の人物が未だに発見されていないからであった。
「くそっ、どこに隠れたっていうんだ!」
治安局の一団を率いていた少年はそう言うと、ポケットから携帯端末を取り出す。そこにはこれまでに捜索した場所、現在他の部隊が捜索を行っている区画などが示されている。マップのポイントは大半が塗りつぶされており、どこにも対象が存在しなかったことが分かる。
「後いるとしたら…軍か政治家、か。誰が匿ってるのかしんねーが、馬鹿なことしやがって。」
建物の外に出て、上空から降り注ぐ光の下に立つ。その彼の直ぐそばを若い男女の2人連れが通り過ぎていったのだが、彼はそちらに注意を払うことは無かった。
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