「ラクス、一体どうしたって言うんだ?」
「しっ。…どこで聞かれているか分かりませんので、私の名前はあまり呼ばないで下さいませ。」
「聞かれてるって…。」
まるで追われてるみたいじゃないか、と続けようとした青年はそこで少女に口を手で抑えられた。思わぬ接触に赤面する青年にニコリ、と微笑んだ少女は口を耳元に寄せると囁いた。
「みたい、じゃなくて追われていますの。だからこうして変装しているのですわ、アスラン。」
「なっ!?」
少女―ラクス―の囁きに青年―アスラン―は驚く。つばの大きな帽子にゆったりとしたワンピースを着こなしているだけのラクスのどこが変装なのだ、というのもそうだが、ラクスが追われているということは初耳だったのだ。
アスランが先のオペレーション・スピットブレイクからアプリリウスへと帰還したのが昨日。司令部から休暇許可が下りたのが今朝。それまではフェイス隊長として様々な仕事を片付けていたため、ニュースなども確認していなかった。
「…どういうことです?」
「先日の作戦以来、私たち反戦活動家の取締が厳しくなっておりますの。お父様の自宅謹慎命令と一緒に私にも令状が出されましたの。」
「令状?ですがラクスは法に触れることは何も…。」
「治安維持条項が追加されたのだそうですわ。政府への集団的批判行為を一切罰するのだとか…。」
「…。」
婚約者であり、好きな女性を罰する法律に不快感を覚える。長らく前線にいたこともあり国内の情勢に疎くなっていたこともあるが、プラントはこんなにも違和感を感じる国だっただろうか。そんなことを考えるアスランを、ラクスはじっと見ていた。
「…。」
「アスラン。」
「!す、すまない。考え込んでいた。」
「いいえ、構いませんわ。…アスランにお見せしたいものがありますの。」
「見せたいもの?」
「ええ、付いて来てくださる?」
問いかけつつもラクスはアスランの手をぐいぐいと引っ張っていく。それに慌てつつもアスランはラクスに歩調を合わせた。目的地を知っているのはラクスだけなので、アスランとしてはおとなしく付いて行くより他はない。
その時、アスランは自分より背の低い制服保安官がある建物から出てきたのを確認した。自分たちが前線を守っている間銃後を守ってくれていた保安官を嬉しく感じ、よくその顔を見てみようと思ったアスランは驚いた。保安官は自分より、いや、隊内最年少のニコルよりも幼い顔立ちをしていたのだ。驚き、思わず歩みを遅らせてしまうアスラン。
「?」
急に腕にかかる力が増えたことに驚いたラクスであったが、その原因に気付くとアスランに向けて何とも言えないような視線を向けた。アスランはその視線に気付き、同じく視線を向ける。
ラクスが軽く頷くのを確認したアスランはまた歩き出した。この時アスランはラクスの見せたいものというのがそこまで大きなものだとは考えてもいなかった。ただ、彼女の反戦活動に関係するものであろうと漠然と考えていたに過ぎなかった。
C.E.71年 5月15日
地球連合、及び地球連合軍は合同記者会見を行い、それまで憶測や断片的情報しか飛び交っていなかった先のザフトによる作戦について公式発表を行った。衛星軌道上に存在する軍事衛星までも動員した発表であり、地球圏であれば全ての地域で見ることができた。
放送は2週間前にザフトによる大規模攻撃があったこと、軍総司令部や両大国の首都が大きな被害を受けたこと、ザフトの動員兵力が異常に多かったこと、彼らが生体科学の禁術中の禁術である技術を用いていたことを語った。連合軍の発表が終わると、加盟各国の意見表明がなされた。
「ヒトを兵器の材料にした団体を容認することはできない。」
ヒトを兵器とした国はこれまでにもあった。
戦争が悲惨になれば、抵抗勢力が弱小になれば、人権を正義で正当化できれば、多くの国・指導者はヒトそのものを兵器とした。対戦国はこれを非難しつつも、一定の理解は示してきた。だが、それは「ヒト=兵器」の関係だったからであり、「ヒト<兵器」の関係ではない。兵器に制御されるヒトを認めることはできないのだ。
当たり前のように聞こえる宣言であるが、この宣言は世界で初めて行われた、世界で初めての事象に対する人類の答えであった。
この放送が全世界に発信されると世界中、特に親プラントよりの地域・国家で混乱が起こった。
戦勝国側の勝ち馬に乗ることで国際社会のリーダーになることを望んだ国でも、人権の完全否定、いや、人の『ヒト』であることの否定をすることはできなかった。国家指導部が容認したとしても、国民はそのことに対する生理的嫌悪感を我慢することはできなかった。
地球連邦、ザフト支配地域では抗議デモが頻発し、各地の過激な宗教指導者、人権団体はテロ、ゲリラ戦を活発化させた。鎮圧する側の兵士にしても自分達の正義を確信できず、これらを抑えつけることができなかった。現地部隊は上層部に問いただし、連邦各国では離反部隊が現れるまでになった。
…地上からの問いかけに、プラントは沈黙のみを返した。
5月20日
ザフト総司令部は地上に展開する舞台の大半を、復員又は艦隊勤務へと交代させることを決定。地上部隊には生体CPU搭載兵器(クローン兵器)を配置することとなった。司令部スタッフや整備兵といった裏方以外を無人化することが目的であり、地上部隊の完全交代までに3ヶ月要することになっていた。
基地スタッフに加えて艦船に関しては生体CPUに対応できないため、今後も人による運用が継続される。それでも、プラントの国力は大幅な増強が見込まれる。
地球連合軍参謀本部はそのように見解をまとめると、戦略目標の優先順位として、ザフトによる人員配置転換を阻止すること、即ち地球―プラント間の連絡線を断つことを第1にすべきであると報告した。
地球連合軍総司令部は合議の末、マスドライバー奪還作戦を急ぐこととなった。
6月1日 アラスカ JOSH-A
「ウラル要塞線、完全制圧。」
「東ロシア共和国構成国で新たに4の地域で反乱。」
「アフリカ共同体陸軍より、ジブラルタル共同攻撃案が提起されています。」
地球連合によるプラントへの弾劾より2週間。地上では戦線に大きな変化が見られていた。親プラント陣営の各国家では軍人、市民による反乱やデモが多発。中には国家単位で地球連合軍へ旗を変える国まである。
地球連邦はまだ存続し地球連合との戦闘を続ける方針を示していたが、加盟国は事実上戦争の続行が不可能な状態にあった。
「ビクトリアのマスドライバーは?」
「アフリカ共同体軍と南アフリカ統一機構軍の共同作戦により奪回した模様です。ザフト残存部隊は軌道上を経由し、プラントへと撤退しました。」
そのような状態下でザフト地上軍は昨日までの友軍や地球連合軍から攻勢を受け続けており、戦線を後退させ続けた。
現在地上でザフト勢力下にある都市はジブラルタルとカーペンタリアのみ。南北アメリカ方面軍は解体が宣言されており、ザフト南アメリカ派遣軍は見捨てられている。
ザフトは地上軍の無人兵器転換が間に合わなかったのだ。
そのような状況下で、地球には国際社会の二局面化に未だ抗い続けている国家が存在していた。
「…オーブからの返答は?」
「…『我らは他国の争いに介入せず、常に中立国である。』との返答が大使館よりよせられています。正式な国書は各国の大統領へ送られたそうです。」
「まだそのようなことを言っているのですか…。ザフトへの弾劾決議にも同意していないんでしたよね?」
「はっ。経済的、その他各種制裁要請にも拒否しております。」
呆れたことに、オーブは国際情勢のここまでの変化を目にしても体制を変えないつもりらしかった。かつてのように中立国が多数存在していたならまだしも、唯一の中立国となってしまった現在では外交的対立をプラントも地球連合も恐れていないことに彼らは気づいているのだろうか。
地政学的にも、未だ親プラント体制をギリギリ堅持し、カーペンタリアへのザフト駐留を認め続けている大洋州連合攻略の際に邪魔な位置に存在するオーブを、もはや地球連合としては見逃すつもりはない。
「…彼女に問題はありませんね?」
「はっ。0607計画の準備は整っております。問題ありません。」
「サザーランド大佐、オーブ攻略作戦に変更はありません。予定通りお願いします。」
「了解しました。」
「勝利することは動きません。地球連合加盟国間の連携を取ることを忘れないでください。」
「はっ。」
こうして、オーブの未来は決定されたのであった。
6月7日
地球連合総会において、1つの国家が新たに構成国として認められた。
国名はオーブ連合共和国。カガリ・ユラ・アスハを臨時大統領とする亡命政権国家であった。
オーブ連合共和国はまず地球連合総会において全会一致で国家としての正式承認、更には地球連合加盟決議が採択された。そしてその場で、アスハ臨時大統領は『国土』を占有しているオーブ連合首長国に対し武力制裁を加えることを訴えた。
「オーブ連合共和国に存在する国民は、私を含め、この惑星で多くの人と共存してきたヒトである。にも関わらず、連合首長国政府は己の利のみを追求し、ヒトとしての義務を怠り、国民にその責務を忘れさせている。
今!国民は自らのことのみを考え、他人の痛みを忘れる恥知らずな存在になってしまっている。その責任は連合首長国政府にある!国としての誇りも、責任も失ってしまったオーブを、…お父様を!どうか、皆の力で取り除いて欲しい!」
涙ながらに訴える彼女の演説に、記者席から無数のフラッシュが焚きあがる。各国の代表は真剣な顔をして相槌をうち、ガラス窓越しではリポーターが大声でカメラに向かって喚いている。
アスハ臨時大統領の演説が終わると、アズラエルがスッと立ち上がり、壇上に登る。議長はまるであらかじめそう取り決められていたかのようにそれを咎めず、代表団も何も言わない。ただ注目のみが集まる中でアズラエルは口を開いた。
アズラエルの演説は普段のものと異なり、なかなか本題に踏み込まないものであった。地球連合に多くの国家が参加するようになったことの栄誉、人類の努力、地球連邦との不幸な争い。それらに言及し、それらを乗り越えた現在を賛美した上で、ようやく本題へと踏み込んだ。
「…これまでの争いは、地球連邦と地球連合、そしてプラントという幾つもの権利・権益の絡まりあった従来通りの争いと見ることも可能でした。確かに、私が以前言った『種としての争い』は言いすぎであり、過激なプロパガンダであり、中道を探すことこそが正道と見ることも可能でした。これに関して私は、批判することはあれど否定は致しません。万の人がいれば万の思想が有り、万の正義が存在しえ、全てに共通する正義が私の考えであるとは言いません。
しかし、今この局面に至り状況は大きく変わりました。ザフトはいかなる状況下でも使用の許されない『絶対的悪』である禁術を用い、プラントはそれを民意でもって許諾したのです。絶対悪を、私達は許して良いのでしょうか?絶対悪を、私達は見過ごして良いのでしょうか?絶対的正義を疑うことはありえても、絶対悪の阻止に疑う余地はないのです。いわばこの戦争は、コズミック・イラの十字軍なのです!
十字軍は、権利・利益に縛られてはならない。一方で!権利・利益を考えて参加を拒むことも許されない!絶対悪を取り除くまで、私達は戦わねばなりません。
今日この日から、アズラエル財閥は地球連合軍のために無利で兵器を提供しましょう!今日この日から、兵士たちには戦うための絶対的大義が与えられるでしょう!今日この日から、私達一人ひとりが十字軍であり、地球連合であるのです!」
アズラエルの演説は普段にない、感情に訴えかけるような演説であった。理を説くのではなく、利を与えるのではなく、ただただ圧倒するための演説。
1人でやれば、よほどの天才でない限り道化となる。だが、この舞台には役者を支えるための環境が揃っていた。即ち、予め演説内容に同意し、同調することを約していた代表団の一部、熱気を高めるためにわざわざオブザーバー席に多めに来てもらっていた地球連合軍軍人。そして、発せられた異様な熱気を瞬時に世界中に伝えるためのマスコミ陣。
結果、アズラエルによって地球は一気に熱せられた。企画者の中の目的には様々なものがある。それは例えば選挙支持率であったり、経済対策であったり、戦争の短期終結であったりだ。それでも地球は、人類は地球連合軍を彼らの『十字軍』へと変化させた。
そして『十字軍』には最初の任務として、異端審問という仕事が与えられた。
お久しぶりとなります。忙しかったのもありますが、話の流れに自分で混乱してしまい、書く気が激減し、遅れていました。これからもよろしくお願いします。
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