L4コロニー メンデル
「…はあ。」
「ザラ隊長?どうかしましたか?」
「ん、いや、何でもない。」
ボアズ攻防戦が勝利で終わり、アスランはフェイス隊長としてメンデルに配属されていた。任務受領当初こそ廃棄コロニーのはずの任地に首をかしげたものの、今では任務の重要性ははっきりとしている。
それでも、アスランはため息を吐かざるを得なかった。
(見てください、アスラン。これが、この戦争の真実なのです…。)
アプリリウスでの短い休暇以来脳内で木霊するラクスの言葉。そしてその際見せられたビデオ映像。アスランにはそれを頭から離れさせられなかった。
「ラクス、これは一体?」
ラクスに腕を引かれ、連れられたある建物内で見せられた映像は衝撃的なものであった。
隠しカメラで捉えられたのであろう、画質の荒い映像ではあるが、それでもそれが異常な映像であることはアスランにも分かる。
「…アスラン、あなたなら分かると思いますわ。本国に戻りつつある兵士と反対に、MSが次々と量産されている今の異常性。」
「議長がクローン兵士の導入を決断したと聞いています。…まさか、これがその?」
「そうです…。兵士を量産することだけを突き詰め、作り出された哀れな命。その成れの果てが、MSに乗っているのですわ。」
ラクスの淡々とした、しかし激情を秘めた声にアスランは呆然とする。画面では人間の脳を搭載し終わった箱をMSのコックピット部分に詰め込む作業が行われている。外からは中身をうかがい知れない黒い箱と、MSから伸びている多くのチューブが接続され、最後にハッチが閉じられ、ラインを流れていく。外見からはジンにしか見えない、『友軍』の完成だ。
「…アスラン、私はこの命を弄ぶ兵器を許すことができません。ザラ議長の言う、戦争による自由の獲得も、そのための犠牲も…。武器を捨て、平和を、子供たちにも誇れる平和を作るべきですわ。」
その言葉に答えられないアスランに対し連絡先を記した紙を渡すと、ラクスはその場を立ち去った。アスランは唐突にして衝撃的な情報に、混乱するしかなかった。
その後のボアズ攻防戦で奮闘したアスランであったが、無限とも言える友軍の正体を想像するだけで背筋を寒気が走りもした。
戦闘後の友軍MSのデブリからブラックボックスの中身が漏れ出しているのを見つけてしまった時など、思わず吐いてしまいもした。
今でもその光景は鮮明に覚えている。
部下が立ち去った後の室内で、アスランは1枚の紙片を睨みつけた。そして大きく息を吸い込み、電子端末に番号を入力した。
C.E.72年 2月15日 プトレマイオス基地
「第5艦隊出撃!」
「同じく第12艦隊出撃!」
オペレーターの叫びを聞き、アズラエルはため息をついた。この4ヶ月、プトレマイオス基地ではなんとか再編した艦隊が出撃し、ボロボロになって帰ってくることが続いていた。既存の地球連合軍宇宙艦隊で完全編成のものは既に殆ど無くなっており、司令部では「危険な状態」にあると判断されている。
「…はあ。」
「アズラエル司令、お疲れですか?」
「いえ、艦隊配置図を見てしまっただけです。…本当に、碌な状態ではありませんね。」
「ははは。…それでも戦い続けられているだけ、まだマシでしょう。ジブリール殿の言葉は嘘ではなかったようですな。」
士官の言葉にアズラエルは頷く。
そう、大敗北以来危機的状態にある連合軍であったが、未だにボアズからのザフトの圧力を跳ね返し続けてはいるのだ。ボアズ攻防戦でザフト側が艦艇を多く失ったことも一因ではあるが、それ以上にジブリール自ら率いる部隊が前線を支え続けている。
「強化人間、でしたか。数を揃えられないのが難点ですな。」
「それ以前に倫理や人道上許されませんよ。…たった3人の成功の裏に、一体いくつ死体が転がっているか分かりませんからね。…それに頼らざるを得ない、という私達は、あちらと何が違うのでしょうね。」
アズラエルの言葉に士官は黙る。分かってはいる。それでも、今は使わざるを得ない。
「…今の状態を許容しない、という点で異なります。我々は、彼らのように逃げません。」
「そうですね。そう、心に刻みましょう。」
「ええ。…それより司令、そろそろでは?」
士官の言葉にアズラエルが時計に目を向けると、会議をはじめる時間に迫っていた。
「そのようですね。では行きますか。…君、ありがとうございます。」
「いえいえ、閣下のご武運を祈っております。」
士官からの敬礼を背中に受けながら、アズラエルは会議室へと向かう。
会議室では既に参加者が全員揃っていた。
「皆さん揃っているようですね。それでは会議を始めましょうか。…メンデル奇襲作戦会議を。」
プトレマイオス基地 第4会議室
会議室前面に立ったアズラエルは、儀礼的に挨拶を述べるとすぐに作戦について話し始めた。
「皆さんもご存知のとおり、ボアズ攻防戦以来私達は劣勢に立っています。今でこそジブリール殿を先頭に残存艦隊で敵の圧力を抑えていますが、それもあまり長くはもちません。地球連合軍総司令部は敵の新型兵器生産施設を攻撃する作戦を立てました。それが私たちの従事する作戦です。」
そこまで一息に話すと、アズラエルは椅子に座る仮面の男に目を向ける。それを受け男は立ち上がる。
「幸いなことに、私達は敵の生産施設に関する情報を手に入れられました。…ミスター・クルーゼ。」
「クルーゼで結構。元ザフト南北アメリカ方面軍総司令官、ラウ・ル・クルーゼだ。故あって今回の作戦に協力することとなった。
…情報についてだが、敵生産施設はL4コロニー、メンデルにある。私がプラントにいたとき奴、ああ、デュランダルがそこで研究をしていた。まず間違いないだろう。」
仮面の男、クルーゼの発言に一同は驚かない。…どうやらクルーゼがいることに対する驚きからまだ戻っていないらしい。
その様子にアズラエルはため息を吐くと、説明を始めた。
「クルーゼ氏は南アメリカでザフトによる『切り捨て』をされた後、現地人からの支持で南アメリカ合衆国で活動していたのですよ。今作戦に協力することを条件に、地球連合側もクルーゼ氏を元首として認める取引を結んでいるのです。」
「プラント側に別に忠誠を誓っていたわけではないので、な。」
2人の言葉に一同は一応頷く。その反応にアズラエルは満足し、説明を先に進める。
「ともかく、これで作戦目標は判明しました。当然ザフト側も警戒しているでしょうから、少数部隊での奇襲を行います。ここにいるメンバーで、ですね。」
「ザフト側も隠蔽のためボアズのような防衛力は持っていないはずだ。問題はあるまい。」
クルーゼはアズラエルがスクリーンに映し出したメンデルの構造地図に自らの知っている防衛施設を書き込んでいき、説明した。元が廃棄された研究コロニーだったこともあり、軍事要塞として建設されたボアズのような防衛力はない。
と、そこで大人しく説明を聞いていたフラガが立ち上がる。
「アズラエルさんよ、そこまで分かってるんなら奇襲じゃなくてもいいだろ。少数で奇襲なんて博打もいいところだぜ。」
その言葉に会議室の面々は頷いた。
この場にいるメンバーだけ、ということから推察される戦力は艦艇3、機動兵力も少数となる。少数精鋭とばかりに、キラやクルーゼ、イザークといったエースが揃っているとはいえ、やはり博打の要素は高いと言える。
数を集めての正攻法こそ連合軍流なのだ。フラガの疑問は全員の疑問でもあった。
「質問は挙手をしてから…まあいいでしょう。フラが少佐の発言も最もですが、それができない事情がこちらにもあるのですよ。
まず1つ目の理由ですが、地球連合軍の総兵力は現在減少傾向にあります。ジブリール殿の奮闘で戦線の維持こそ出来ていますが、機動兵器も艦艇も損耗著しく現行の艦隊の維持すらできかねています。
そしてもう1つの理由ですが…。…これを見てください。」
アズラエルはそれまでメンデルの見取り図を映し出していたスクリーンを切り替え、ある巨大人工物を映し出した。
「これは…?」
「プラントにいる情報班より報告された、ザフトの切り札です。その名も『機動要塞ジェネシス』です。」
機動要塞を映し出す映像と共に別のスクリーンに情報班が手に入れたデータが表示される。その情報から、ジェネシスは大規模なMS格納力を持つ機動要塞であることが読み取れる。
「現在ジブリール殿らが戦線を維持できているのは敵の艦艇、すなわちMSの母船が少ないからです。それでも私達はジリ貧状態なわけです。そこにこのMS1000~2000機格納可能な機動力を持つ要塞が投入されたらどうなるか、皆さんならお分かりですよね?」
アズラエルの言葉に会議室のあちこちから呻き声が上がる。2週間前、急にこの情報を告げられた地球連合軍総司令部で見られた現象と全く同じ光景だ。質問したフラガ少佐も呆れたような苦笑いのような表情を浮かべている。
アズラエルも苦笑したが、それでも会議を先に進めた。ここで呻いていても仕方がないのだ。
「ですから、この機動要塞が本格的に運用される前に敵のMS生産力を奪う必要があるのですよ。…作戦開始は4日後です。とにかく時間との勝負ですからね。」
あまり良い反応はなかったものの、もともと少数部隊でのメンデル奇襲攻撃は予定されたものであったので質問などは見られない。変更点は期日が大幅に前倒しとなったことぐらいなのだ。
「…特に質問もないようなので、今日の会議はここまでとしましょう。解散して結構です。」
会議が解散されると、アズラエルは早々に部屋から出ていった。後に続く者もいるが、雑談をはじめる者もいる。イザーク等は真っ先にクルーゼの元へと向かう。
「隊長、政府から作戦後の出国許可が下りました!これで俺もまた隊長の下で戦えます!」
イザークの威勢のいい声に、クルーゼは仮面の下で微かに表情を緩める。
「そうか、喜ばしいことだな。君を頼ることも多くあるだろうからな。」
「はい!今回の作戦でも日本軍所属に一応なってはいますが、裁量行動が認められました。」
元ザフト組2人の後ろでも、久々に一同集まることとなった旧アークエンジェル組が会話に花を咲かせている。
「まあこうして集まってるとラミアス少佐を副長って呼びたくなっちまうよなー。」
「そ、そんな…。今回は私は一介の技術将校なんですよ。」
「少佐、フラガ少佐は冗談を言っているだけですので間に受ける必要はありません。」
「お、言うねー。そういう君もラミアス少佐に敬語を使ってるじゃないか、バジルール艦長?」
「そ、それは…。」
「あはは…。変わってないのは僕だけってことですね。」
「いやいや、お前が一番変わってるから…ヤマト大尉。」
懐かしい人との慣れない階級を使った会話にギクシャクしているものの、そこには素直に会話を楽しむ集団が存在している。
他にもオーブ戦では肩を並べられなかった各国の宇宙軍士官がお互いの国について話し合ったりと、困難な作戦を前にした良くない緊張感は漂っていない。精鋭の名に恥じぬ、心身ともに精強な部隊が会議室にいる面々なのであった。
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