それはとてもきれいな空で   作:ルシアン(通説)

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それはとても密やかな作戦で

3月5日 02:20 メンデル奇襲部隊旗艦 ドミニオン

 

 

 

ピーン……ピーン………

 

 

「アクティブ・レーダー、減少。敵MS、離れていきます。」

 

「機関始動、微速前進!」

 

「僚艦へ発光信号送れ!」

 

「コンディション、イエローに下げろ。」

 

「了解、コンディション・イエロー発令!無線封鎖解除!」

 

 

何度目かの緊張時間が過ぎ去り、ブリッジではそこかしこでため息が吐かれた。司令官として提督席に座るアズラエルも、無意識のうちに強ばっていた全身から力を抜く。

何度経験しても慣れない嫌な緊張感にため息を吐きつつ、アズラエルは今回の作戦方法の細部を詰めた会話を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2月5日 アルザッヘル基地 

 

 

「動員兵力は3隻の戦艦と機動兵力のみ。……奇襲以外不可能なのは確かですが、問題はどのようにしてメンデルまでたどり着くか、ですね…。」

 

 

アルザッヘル基地内にある比較的小さな会議室にアズラエルの声が響き渡る。室内にはアズラエルとクルーゼしかいないが、いつもと同様会議自体にはモニター越しに複数人が参加している。

モニター越しの参加者は地球連合軍参謀本部にいるが、アズラエルと同じ宙域図を見ていることだろう。

 

 

「ザフト側はボアズ―月間の制宙権巡って我が軍と激戦を続けております。メンデル方面の警戒は薄いのでは…?」

 

「しかし全くの無警戒というわけではないだろう。奴らは船こそ足りていないが、MSは既に半ば量産体制を確立できているのだ。長距離偵察ぐらいしているはずだ。」

 

「偵察機を適宜迎撃すれば?」

 

「そんなに容易く落とせる迎撃機など見たことがないわ!」

 

 

アズラエルが提示した問題は切実であった。

何せ今回の作戦で連合軍は前代未聞の小戦力しか用意できないのだ。これまでのようにとにかく質より量、圧倒的物量で短期決戦という作戦は使えない。

 

悩む参謀たち。

それを救ったのはクルーゼであった。

 

 

「なに、奴らの道具を逆手に取ればよいのではないかね?」と。

 

 

 

ザフトの拠点宙域では、地球連合軍の核攻撃を恐れ常にNジャマーが散布されている。その副産物として無線や精密レーダーが封鎖されてしまう当該宙域では、警戒する方法が限られていた。

 

 

「奴らが見つけられるのは高温を発する物体と、自ら強力な電波を発している存在だけだ。逆に、我々からすれば偵察機は強力な電波を出しっぱなしの存在に過ぎん。」

 

「なるほど!では奇襲部隊はパッシブ・レーダーのみを起動させ、敵が接近し次第機関を停止させるだけで回避できるのか!」

 

「無論、一定以上近づけばレーダーに反応されてしまうだろうがね…。……機関を停止させればこちらは迎撃も満足にできん。」

 

「いえ、もともとこの作戦は奇襲でなくなった瞬間に失敗なのです。そしてこの作戦が失敗すれば、戦争の勝利も難しくなる。……失敗後の保険は不要です。」

 

 

アズラエルの発言に画面越しの男達も頷く。

かくして、地球連合軍の精鋭部隊をかき集めた作戦部隊は、目標までコソコソと這いよって行くことが決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……確かに今のところ順調ではありますね。」

 

 

回想をやめ、現在に戻ってきたアズラエルは改めて現状を評価した。

これまでの道のりでザフト側の長距離偵察機を3回やり過ごしている。時間こそ通常航行より掛かっているものの、安全が保障されていることは何にも代えられない。

 

 

 

「アズラエル中将、目標ポイントまで残り15時間を切りました。」

 

「分かりました。パイロットに最後の休憩をとらせてください。艦隊は規定通りに。」

 

「了解しました。」

 

 

奇襲部隊は目標のすぐそこまで迫りつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3月5日 17:00

 

「アクティブ・レーダー感知!敵、こちらを補足しています!」

 

「迎撃態勢!……中将!」

 

 

メンデルに近づいた奇襲部隊は、戦闘行動へと移れる通常航行へ移行していた。当然、大規模な熱量を発する戦艦をザフト側が見逃すはずもない。クルーの報告はその動きを示すものだった。

 

 

「できればもう少し近づきたかったのですが……。仕方ありませんね。……予定通り、メンデル奇襲部隊を出してください。」

 

「了解!対空迎撃態勢!MS及びMAを出せ!!」

 

 

アズラエルの作戦開始命令を聞き、バジルール艦長はすぐさま指示を出す。

ドミニオンからの指令を受けた僚艦ローレライとウンモからもMSやMAが飛び出していく。

メンデル奇襲作戦は連合軍側の奇襲成功という形で始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「敵、続々とMSを排出中。……現状50機。毎分5機増加中。」

 

「敵MS照合……ゲイツです!」

 

 

奇襲部隊の存在に気付きつつも先手を奪われた形となったザフト側だが、それでも迎撃態勢を急ぎ完成させつつあった。

船こそないものの、メンデルは兵器と兵士の生産施設。そこらの都市やコロニーと比べて段違いの兵力を有しているのだ。時間さえ稼げば勝てるとザフト側指揮官は踏んでいるだろう。

 

当然、アズラエルとてその程度のことは分かっている。

 

 

「規定通りに!機動兵器はメンデルへ!ウンモを下げ、我々だけで敵MSを止めてください!」

 

「了解!対空火器システム、接続状態確認!」

 

「アイ・マム!ドミニオン対空火器システム、接続確認!ヘルダート、グリーン!ウォンバット、グリーン!バリアント、グリーン!イーゲルシュテルン、グリーン!……システムオールグリーン!」

 

「ウンモ感応頭脳と接続!……キララ、ユーハブコントロール!」

 

『こちらキララ。アイハブコントロール。ローレシアとの接続も順調よ。』

 

 

 

日本側の最新鋭宇宙戦艦ウンモには、スーパーコンピューターの化物と言える感応頭脳『キララ』が搭載されている。この人工知能を搭載するために戦艦としての兵装の大半を失っているため、ウンモ単体の戦闘能力は激減しているが、それでもアズラエルはウンモを今回の作戦に無理矢理参加させた。

……感応頭脳『キララ』は並のスーパーコンピューター以上の計算力を備えているからだ。

 

その『キララ』に、アズラエルは今回の作戦に参加する艦艇の対空兵装を全て委ねさせる。

結果は目で見える形となって現れる。

 

 

 

「敵MS接近!数、20!」

 

「対空兵装起動中!……迎撃5機!凄い、命中率2割です!」

 

 

最適射線の計算のみならず、未来予測をも最速で正確にこなす『キララ』の迎撃は対空兵器の物量を効率的に用いており、これまでにない艦船有利な状況を作り上げる。

 

 

「エゲツナイですねぇ……。」

 

『あら、そちらが頼んできたことよ?……それに、効率性には限界があるわ。このペースで敵が増えたら……そうねぇ、もって後2時間かしら…。』

 

「それまでにメンデルを潰せるか、ですね……。」

 

 

アズラエルが見やったレーダー・レンジではメンデル周辺での戦闘の様子が映し出されている。各艦を飛び立ったMSやMAは必死にメンデルを守ろうとするゲイツの相手をしつつ、次々と内部へと侵入していく。

敵の司令官はこちらから加えられる対艦ミサイルなどの攻撃にも翻弄されているらしく、防衛設備を用いた迎撃が散発的となっている。MSの防衛に余程の自信を持っていたのだろう。

 

 

「あなたを使えば短期戦には勝てるのかもしれませんねぇ……」

 

『無茶を言わないで頂戴。流石に5000機の無人MSなんて操りきれないわ。』

 

「ウンモ級は確か……」

 

『まだ1隻しかないの。この船の建造にいくらかかるか知ってるでしょ?』

 

 

ウンモ級はもともと外宇宙探査船として設計されていたらしく、量産性やコストパフォーマンスというものが度外視されている。今回の戦争の戦局を変えられるほどの数は揃えられない。

それでも、メンデルの攻略が成功し、ジブリールの言う戦略が成功するのであれば何も問題はない。

 

そう、アズラエルは頭の片隅で思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同刻 メンデル 防衛司令部

 

 

ラクスから預かった番号との宙間連絡をとり、いくつかの話し合いをしたアスランは心を穏やか……という程ではないが、それでもそれまでのような強迫的な葛藤に苦しむことのない状態でいられた。

部下たちもそんな隊長の様子にほっとした様子を見せている。

 

 

(独立は悲願だが、そのために正義も志も失っては唯の野盗と同じ……。まずは父の説得。……そのためにも、状況を変える必要が有り、ちょうど都合がいいように連合軍がこの拠点に奇襲をかけてくる……か。)

 

 

アスランとしては前議長、シーゲル・クラインが目標としていた地球連合との講和による戦争終結というシナリオに別段文句はない。

彼が軍に入った動機は父の命令と、母のような犠牲者をこれ以上生み出さないという思いだけだ。ナチュラルに報復やら、正義のありかたとやらにはそこまで興味はない。……と、いうよりそんな事は分からない。何せ義務教育も中途半端に軍学校に入学したのだ。そこそこ頭の回ったアスランは、教官たちによる思想教育には染まらなかったが、だからといって独自の価値観なんてものは築けていない。

 

 

(……ともかく、まずは自然な感じで連合軍にここを破壊させる必要がある。接収されない程度の激戦……ラクスは厳しいな。)

 

 

ラクスからの『お願い』を思い出したアスランは思わず頬を緩ませる。

 

 

と、司令部内に慌ただしい雰囲気が流れ出したことに気づく。

 

 

 

 

ヴィーーッ!ヴィーーッ!

 

 

『コンディション・レッド発令!コンディション・レッド発令!全兵員は直ちに所定の配置に就くように。繰り返す……。』

 

 

警報とともに始まったアナウンスを聞いたアスランは、司令室へと走り出す。

ラクス所属のザフト兵として、戦う時が来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「状況は!?」

 

 

司令室に駆け込んだアスランは手近なところにいた司令部付きスタッフに声をかける。

室内はてんやわんやといった感じで、司令官を始めスタッフは大声を上げ、走り回っている。

 

 

「ザ、ザラ隊長!敵襲です!」

 

「ああ、それはアナウンスから分かった。それで、敵の位置と規模は?」

 

「戦艦3隻と機動兵力だけのようですが、距離2千を切っています!」

 

 

兵士の指差すスクリーン上に映るレーダー・レンジを見ると、確かに敵表示の艦船3隻が、ここから非常に近い位置に表示されていた。

 

 

「なぜここまで近づかれるまで気づかなかったんだ!?」

 

「ふ、不明です~。」

 

 

思わず本気で怒鳴りつけてしまい、怒鳴りつけられた兵士は我がことのように萎縮してしまう。

そんなアスランの怒鳴り声に、ようやく彼の存在に気づいたらしい防衛司令官がアスランへ声をかける。

 

 

「おお、ザラ隊長!……ご覧の有りさまでして、ナチュラルのアホどもに見事に奇襲をかけられました。一体どんなペテンを使ったのやら……。」

 

 

眉間に青筋まで浮かべて忌々しげに言い放つ司令を見て、逆にアスランは落ち着くことができた。よくよく考えれば連合軍の兵力の少なさから言って奇襲でもかけられなければラクスとの約束は守れない。

 

 

「司令、ともかく連合を迎撃しなければ。」

 

「まったくこれだからCICは……はっ!そうでしたな!現在ゲイツのスクランブル発進を急がせております。なぁに、近寄られはしましたが奴らは少数。新鋭機ゲイツを前にすればすぐにも蒸発してしまうでしょうな。」

 

 

ウハハハハ!と、今度は一転して豪快に笑い出す司令官に、アスランは少しだけザフト上層部の未来を心配してしまう。

アスランも愛想笑いを返しておいたが、さてこれから自分はどうするかと悩む。前線へ出てしまえば乱戦を理由に味方の足を引っ張ることぐらいできるだろうが、ここにいては何もしようがない。

 

と、悩んでいたところでタイミングよくレーダーの監視を続けていた兵士から叫び声が上がる。

 

 

「し、司令!敵機動兵力、ゲイツの迎撃を振り切ってこちらに向かってきます!敵母船も対空攻撃力が異様に高いらしく、なかなか落とせません!」

 

「なに~ッ!!」

 

 

司令が慌ててレーダー・レンジを確認すると、確かに敵艦船から飛び出たであろう機動兵力がほとんど何の障害も無いかの様にここへと向かってくる様子が映っている。

追いすがるゲイツの数が減っていることからして、どうやら相当の手練が乗っているらしい。

 

 

「どういうことだ!ゲイツは我が軍の最新鋭機体だったはずではないか!」

 

「わ、分かりません!しかし実際に敵は接近しています!」

 

「ぐぐぐぐぐ……。」

 

 

歯ぎしりする司令官。そこにアスランは可能な限り真面目な顔をして声をかける。

 

 

「司令、私も出ましょう。」

 

「ザラ隊長!……そうですな、一騎当千と言われるフェイスの方々に出て頂ければ

安心ですな!」

 

「いや、そこまで言われるほどではありませんが……。」

 

 

パッと顔色を変えられ、ここまで単純に頼られると何だか罪悪感が湧いてしまうが、可愛いラクスとムサイおっさん司令など比べるまでもなく優先順位がつく。

 

ともかく、アスランはメンデル宙域へと飛び出すことに成功したのであった。

 

 

 

 




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