「報告書は読ませてもらった。
…それで、本当にこのプランを実行するつもりなのか?」
アズラエル財閥本社の総帥執務室。
そこにある2つのモニターは現在、2人の人物を映し出していた。
大西洋連邦事務次官、ジョージ・アルスター。及び同国海軍参謀官、ウィリアム・サザーランド。
アズラエルと同じくプラントに対して危機感を持っている人物であり、アズラエルの考えに共感を持つ人物としては最高ランクの政府内権限を持つ人物たちである。
現在はアズラエルから大西洋連邦議会に来週提出するはずの新エネルギープランを1通り読み終わったところで、画面越しにアズラエルに対して幾つかの疑問を述べていた。
「ええ、その通りです。
月面、アルザッヘル基地への巨大ソーラープラント及び赤外線変換・送信基地の建設。加えてアラスカでの受容基地建設。
この2つを3年以内に行えば、5年後に完了・始動する予定の北米総合開発プロジェクトのエネルギー源とできます。」
「しかし、このシステムはまだ実験的段階にあるものだろう。軍事使用であればともかく、より精密なコントロールが必要なエネルギー使用としては些か冒険じゃないか?
サザーランド参謀官もそう思わないか?」
アルスター次官はそう言うと、話をサザーランド参謀官にも振った。
アズラエルの2人に提出した計画案。
それはソーラー発電を地上ではできない規模で月面で行い、それを赤外線に変換して地球の受容基地に照射。それによって膨大なエネルギーを得ようというものだった。
成功すれば発電効率は現在の原子力発電の数千~数万になるとも試算されており、まさにプロジェクトが求めているような夢の新エネルギーと言えた。
だが、これには大きなリスクも伴っていた。
月面から照射される赤外線が万が一にでも都市にでも当たれば、そこは一瞬にして蒸発することとなる。
現在の技術力からすれば事故で起こることはありえないが、3人の考えるプラントとの戦争。それによってアルザッヘルが占領されれば人為的に行われる可能性はかなり高い。
アルスターはその点を気にしていた。
「……アルザッヘル基地の大規模な要塞化が必要となります。ですが、もしプラントと開戦となればもともと現在の基地では規模が小さすぎます。これを機に改修というのはありかもしれません。」
ただ、サザーランドはそう述べてアズラエルに賛意を示した。
もともと彼は現在の大西洋連邦軍の宇宙戦闘力の低さを憂慮しており、その状況を好転させるものであればなんであれ利用したいところなのだ。
「アルスター次官、言いたいことはわかります。ですが、レーザー核融合炉には15年前のビクトリア暴走事故という失敗例があります。しかも我々はあの失敗を恐れて今まで碌に研究を進めてきませんでした。
15年前と変わらない安全技術で同じものを作るなど、議会は許してくれないでしょう。」
「…確かにそうだ。
だが、現在のユーラシア連邦を仮想敵とする状況ではアルザッヘルの大幅な要塞化は困難だと思うぞ。
もともと北米総合開発プロジェクトにはそれこそ天文学的な予算が投入されているんだ。これ以上の予算追加は予算委員会が認めないだろう。」
アズラエル、アルスター、サザーランドはお互い情報を交換しながら議論を進めていく。
幾つかの関門、問題。
それらをある時は経済的に、ある時は政治的に、ある時は軍権で。どう解決するか算段をつけていった。
「……では、コーディネーターによる失業者対策に関してアズラエル財閥は主導権をとりましょう。これに呼応する形でアルスター議員、新党派の結成をよろしくお願いします。」
「分かった。…25議席を越えた辺りで参謀本部にもそれとなく声をかける。その辺りでサザーランド参謀官も動いてくれ。」
「分かりました。こちらはそれまでは宇宙空間におけるユーラシア連邦軍との戦闘を想定した戦闘研究班を中心に動きます。」
2時間半に及ぶ会議はそれをもって終わり、画面は切れた。
アズラエル自身もモニターカメラの電源を切ると、執務卓へと移る。
対プラント戦略はこうして小さな活動を始めたのであった。
C.E.60年6月
大西洋連邦予算委員会はアズラエル財閥の提出した新エネルギーの実用化プランを承認。
これに伴って北米総合開発プロジェクトが実質スタートされた。
あまりに巨大な特需に世界中から労働、資本が集まったが、その中で労働に関しては深刻な問題が生じることとなる。
すなわち、コーディネーターとナチュラルによる確執である。
高収入が約束される仕事には能力の高いコーディネーターが雇われ、危険であったり低報酬の現場にはナチュラルが雇われる。
多くの企業がそれを行ったため、労働現場を中心に更にはその家族、彼らの住む住宅地区で人種的衝突が頻発するようになっていた。
コーディネーターを狙った無差別殺人、抗議デモ、そしてそれに対する報復テロが相次ぎ、自然と住み分けができ、それが一層彼らの対立を煽ることとなった。
この問題は世界中に飛び火し、日頃からコーディネーターを妬ましく思っていたナチュラルによるコーディネーターへの攻撃、更にはそれに対する報復攻撃が世界規模で起こることとなる。
各国政府は対応に苦慮した。
優秀なコーディネーターを失うのは国家の損失と言える。
しかし、国民の圧倒的多数はナチュラルなのだ。そしてその代弁者たる政治家もナチュラルである。
ではコーディネーターをどうするか?
その答えを多くの政治家は出せずにいた。
C.E.60年9月
人種問題の混迷が加速する中で、アズラエル財閥は世界に先駆けて自らの立ち位置を明確にした。
アズラエル財閥はその参加の企業全体に「人種問題対策課」を創設させ、ナチュラルを優先した雇用の確保、及び既に雇用しているコーディネーターの監視を行うと発表。
世界はそのことに賛否両論となった。
人種差別を認めるのか?
ナチュラルの労働権をどこまで認めるのか?
コーディネーターは危険なのか?
そんな議論がなされる中、世界を震撼させるある事件が起こった。
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