私の一日は稽古から始まる。朝四時に起き、白玉楼のお屋敷の周りを、軽く5週程ランニングをする。そして、お屋敷の庭で剣の素振りを百する。その後目を瞑り精神を集中する。
「ハッ!」
精神が研ぎ澄まされた最高の瞬間に刀を抜く。コトンと小さな音がして前方にある丸太が真っ二つになる。私は近づきその断面と断面を重ね合わせる。ほぼ中心だが僅かに一ミリの半分程ズレてしまっている。
「まだまだね。」
如何なる時でも寸分の違いなく切れるようにならなくては。私はあの方の剣なのだから。
「そろそろ朝食の支度をしなければ。」
あまり遅くなると朝食の時間が遅くなってしまう。私は風呂でさっと汗を流し、すぐに朝食の支度に取りかかる。幽々子様は起きてくるのが遅いので急ぐ必要はなさそうに見えるが、食べる量が多いので早いうちから準備しなければならない。
ご飯を炊いている間にお味噌汁を作る。これまた、たくさん作るのだが、ここで一つポイントがある。味を薄めにし、具を少なくしておくのだ。
幽々子様の身体の健康を気にかけつつ、食費を軽減できるというまさに一石二鳥の作戦だ。あれだけ食べるお方に対してはあまり意味がなさそうに思えるが、こういう小さなことの積み重ねが大事なのは剣術修行と同じだろう。塵も積もれば山となる。
「っと危ない。」
気が付くとお味噌汁が沸騰しかかっていた。私はすぐに火を消すと、アクを取る。これを怠ってしまうとお味噌汁が苦くなってしまうのだ。そしてご飯の具合も確かめる。ふむ、もう少し蒸らす必要がありそうだ。私は厨房を見渡す。
「あったあった。」
端にある虫取り網を手に取る。…別に虫取りをするわけでない。これは生け簀の魚を取りに行くだけだ。私はお日様が昇り始めた庭に出る。今日は少し熱くなりそうだ。手早く魚を掬うと再び厨房に戻る。そして魚の粗を取るとそのまま姿焼きにする。これでおかずが出来た。後は漬物を出してお味噌汁を温めてっと。
「幽々子様―。朝食が出来ましたよ!」
私は一声かけると皿にご飯を盛り付け居間に持っていく。
「あら今日はお魚ね。好きよ私。」
「幽々子様はなんでも好きじゃないですか。」
「ええ。いいじゃない。好きなものが多いのは良いことだと思うわよ?」
「またそんな意味深なこと言って…。」
「フフッ。」
普段はゆっくりとしているのに食事となれば早い。綺麗な箸使いであれよあれよという間に吸い込まれるようになくなっていく。
「だから妖夢も好きよ。ご飯作ってくれるしー。」
「それなら料理人でもいいでしょう。」
「それじゃあ駄目よ。だって私をここまで甘やかしてくれるの妖夢くらいだもの。妖忌はむしろ厳しかったしぃ。礼節と色々。」
「でも妖忌おじいちゃんには卓越した剣術がありました。それは今の私にはないものです。まだまだ修行しなければ。」
そこで幽々子様は箸を置き私の目を見て言った。
「比較する必要はないわよ。妖忌は妖忌、妖夢は妖夢だもの。それだけで十分なのよ。ない頭で無理に考えることないわよ。あなたは私の鞘だもの。」
そうしていつもみたいに微笑むのだった。
「鞘?」
「ええ鞘。」
私は少し沈黙してしまう。
「それはやはり私の力不足ということですか?」
幽々子様は朗らかに続ける。
「それは違うって言ったでしょ?鞘っていうのは、いつも私を包んでくれる大切なものって意味よ。鞘がないと刀はすぐ錆びてしまうでしょう?」
「ええ。錆びてしまって刀が使い物にならなくなってしまいます。」
私は困惑しながら答えた。そして問いかける。
「幽々子様という刀を守る鞘というわけですか?」
「いえ私は刀じゃないわよ。刀身なんてないわ。だって私幽霊だもの。だからそうねぇ。妖夢は存在しないはずの刀身を守る鞘かしら。いいわね、この言い回し的確だわ。」
楽しそうに一人で笑い出す。
「幽々子様の話は難しすぎます。」
意味はよく分からなかったけれど、私の顔は自然と笑顔になっていた。もしかしたら私はただ幽々子様の笑顔が見たかっただけかもしれない。お代わりと差し出された茶碗にご飯をよそいながら私はふと思った。
みょんみょん。