彼は、理不尽な仕組みに敗れ去るそのチームを見て、そのチームに貢献せんと努力した。
彼は、理不尽な仕組みに乗っかり頂点を極めたチームに入らざるを得なかった。
だから彼は、今宵全てを断ち切る、己の願いの為に。
彼は振りかぶり、この試合の一球目を投じた。
「なんと言うことでしょうか!クライマックスシリーズ導入初年度にして、シーズン一位のウィングスが敗退してしまいました!」
実況が虚しく響く。マウンドに膝をついて立ち上がれないエース。ずっと同点をしのぎ、最後の最後に一点だけを取られた、サヨナラ負け。罪悪感からマウンドに近寄れない野手たち。
この年のウィングスは、鬼の如き強さを見せて、レギュラーシーズンをぶっちぎりの一位で通過した。誰もが日本シリーズに行けると確信していた。
しかしそこに立ちはだかった新制度、クライマックスシリーズ。シーズン三位まで含めてトーナメントをし、その結果で日本シリーズ進出を決める仕組み。
短期決戦での勢いは、一位で待機しているチームより三位から勝ち上がったチームの方がある。チーム間の相性もある。ウィングスはそこをうまく突かれ、日本シリーズ進出を逃した。
彼は初回を三者凡退、それも三人連続三球三振に切ってとる。
ウィングスの今宵の勝利のためには、出鼻を挫かれる訳にはいかないと、彼の腕はバットに擦りもしない快速球を投げ込んだ。
「シャークス、一位指名、◯◯」
日本プロ野球のドラフトは少し特殊だ。最初に指名したい選手だけは、チーム成績が下位のチームから順に指名していくウェーバー制ではなく、複数球団が競合すれば、くじ引きという形で交渉権を得る。
彼は、優れた投手となった。ウィングスのクライマックスシリーズ敗退から数年、応援するウィングスの力になればと、厳しい努力を重ねてきた彼は、ついに一位指名をされるほどの実力となった。
プロでも投げられない快速球を投げられる彼を指名した球団は、六つにも及ぶ。その中にはウィングスも含まれていたが、数年前にクライマックスシリーズで日本シリーズ進出をして、そのまま日本一になったシャークスもあった。
四回表、両チーム共に無得点。
最初の打者が打ったのは、平凡な外野フライ。しかし照明が目に入ったのか、外野手がフライを取り落とす。打球がかなり高くまで上がっていたせいで、打者走者は二塁まで進む。
焦った彼は、次の打者には進塁打すら打たせまいとボール球を連発する。
無死走者一、二塁。打順はクリーンナップ。何度手を拭いても手汗が吹き出るこの状況で不用意にストライクを取りに行こうとしたのは間違いだった。
球がど真ん中に吸い込まれる。
相手打者が選択したのは、バント。ヒットならば同点を崩されていたところだろうが、今日の彼の投球には手が付けられないと踏んだ相手打者に救われた。
とはいえ走者二、三塁。ヒットがなくても点を取られる可能性は格段に上がる。彼は、暫し間をとった。
当たりくじを引いたのは、シャークスだった。
彼にとって仇とも思える球団。三位からしか日本シリーズに出られない卑怯者。そんな印象しかないチームだが
「基本的に、どこにでも行きます」
ドラフト前の発言を今更撤回などできなかった。
ピンチをチャンスに変えるべく、彼が選択したのは「併殺に打ち取る」
初球、外角低めに速球を投げ込む。ストライク。
二球目、外角低めのボール球を見送られる。
三球目、内角高めを狙う。走者が一斉にスタートを切るのが見えた。
「あっ」
放たれたボールは狙っていたコースと焦りから、予定より高めにずれる。しかし打者がファウルとしてくれた
もう一度間をとり、ロージンを付け直す。四球目に狙うのは、やはり外角低め。しかし今度は変化球をそこに投げ込む。強い打球だったがショートが飛びつき、狙い通りのゲッツーでピンチを切り抜けた。
彼の初登板は、皮肉にも、入りたかったウィングスのホームでの試合だった。
試合前の複雑だった心境は、すぐ消えた。初回からウィングス打線に捕まり、被本塁打二本の七失点で一イニング持たずマウンドを下りたためだ。
向こうはこちらを相手と認識して向かってきている。対し自分は、頭では相手と思えても、どこか心の奥底で認識できていなかった。
ウィングスのチャンステーマの中にシャークスファンの野次が聞こえた時、彼の目は涙を抑えることはできなかった。
七回、マウンドに上った彼には大きな声援と、小さな野次が飛ぶ。
相手のシャークスの「ラッキーセブン」などなかったとでも言わんばかりに、威力の衰えない速球を投げ込んでいく。
ツーアウト走者無し。キャッチャーのサインを見ていると、客席から…
「この裏切り者」
言葉は聞こえたし、少なからず動揺もした。しかし試合中、それもこの一戦で日本シリーズ進出チームが決まる試合中。気を取られている暇はない。
普段より少しだけ力を込めた投球は、打者のバットをへし折り、平凡な内野ゴロに打ち取る。
ベンチに戻る途中、FA権を行使した頃のことを思い返した。
「本日、私◯◯はFA権を行使します。希望するチームは、レギュラーシーズンを勝ち抜けるチームです。」
フリーエージェント、簡単に言えば一定年数活躍すると他球団との契約交渉権を得られるシステム。
しかし、生え抜き信仰の高いこの国ではあまり好まれない傾向にある。彼も、FA移籍して「金の亡者」呼ばわりされた選手を何人も見てきている。
それでも、我慢の限界だった。
シャークス在籍七年、85勝50敗、防御率2.57、エースとして活躍し、日本シリーズMVPに輝いたこともある。だが、チームがレギュラーシーズンで一位を取ることはなかった。
殆どのシーズンでBクラス、しかしギリギリ三位に食い込めば日本シリーズ。自分で卑怯だと思っていながらそれをする。プロとはそういうものだと理解していても受け入れたくない彼にとっては一条の希望。
決してお金を希望したわけではない。しかしシャークスのファンに真意は届かない。球団に抗議の電話が何回もきたと聞いている。道行く人達に後ろ指差されたことも数えればきりがない。
生え抜きがいなくなれば、過剰反応する人がいることくらい覚悟していたが、願いのためにはこの歩みを止める訳にはいかなかった。
九回表ツーアウト走者無し。、一点リード。適時打を打ったのは、四回にフライを落球したあの外野手だった。
八回裏に味方が決死の攻撃で掴み取ったリードを勝利に繋げる義務がある。
ここで勝利して、ウィングスをシーズン一位から日本シリーズへ進出させることは、彼自身の願いでもある。
彼の前には、せめて同点にと目をぎらつかせるバッター。
彼の後ろには、点をとってくれて、好守で彼を助けた野手たち、そして彼の勝利を望むウィングスファン。
そして再び正面を向いたとき、彼の目に映るのは、どんな無茶な投球でも捕球してくれた相棒のミットだけだった。
「ここで終わらせる」
1ボール2ストライク、彼は全力を以て白球を投じた。
スピードにして150km/hを記録した弾丸は全くバットに触れることなくミットにおさまった。
この勝利を以て、理不尽は断ち切った。自分とチームの願いを叶えた。皆がマウンドに集まってきたのが見えてそれに気づけた彼は、一際大きく、歓喜の叫びを上げた。
なんとなく思いついた設定と勢いだけで書きました。
みなさんはクライマックスシリーズについてどう思いますか?