現在のキャラ付けとは異なる点も多いです。それに注意してお読みください。
現在考案中のオリジナル作品のキャラクターを使った短編小説。つまり、キャラクターの試運転。
主人公などは特に決めていませんが、永野みゆきというキャラクターが主体となっています。
ある日の午後、影は北東の方向へと傾き始めている。購買に群がる生徒たちはすでにその姿を散らし、廊下にはクラスの垣根を越えて談笑する人もちらほら。
そんな中、昼食を終えたこの二人も廊下にいた。
「みゆきみゆき~。今日、家に遊びに行ってええか?」
「え、なんでよ、いきなり」
体の大きい堂本依瑠美と橙色のショートヘアの永野みゆき、共通点は巨乳。同じ有智学園高等学校のの二年生である。クラスは別なので、二人が話し合えるのは休み時間の間だけ。
その貴重な時間、今日は依瑠光がみゆきに対して遊びの提案をしている。平日で部活もあるはずだが、この時期は部活はオフなのだ。
「なんでって、暇やからやん。ほら、テスト期間で陸上も休みになって無いやろ?」
テスト前の一週間、この間は部活動は禁止とされる期間だ。学生は勉強に専念し、できうる限り試験の得点を獲得するために努力する。そのための休暇を、依瑠光は道楽に使用しようとみゆきに提案しているのだ。
「しかも、今日短縮授業でガッコはよに終わるし」
「だからって、勉強を放ったらかしにしちゃ……それに、私じゃなくてもメグがいるじゃない」
みゆきは呆れ顔で、依瑠美のもう一人の親友、木野春メグの名を挙げる。私は忙しいのだ、遊ぶなら他に行ってくれと言わんばかりに。
だが、依瑠光はそんなことなど想定済みと、何食わぬ顔で返答する。
「うん、メグとも遊ぶで。みゆきんちで。 勉強道具も持っていけばええんやろ?」
すでにメグとは折り合いをつけている様だ。依瑠光は授業中にやり取りした電子メール、メグからの返信をみゆきに見せる。
「勝手に決めてくれちゃって」と口には出さないが、みゆきはため息をつく。
「……あまり家に入れたくないんだけど、あなた達は言っても聞かないわよね」
そして、苦笑いでそう答えた。どうやらまんざらでもないようだ。
「なんや、そんなに嫌そうちゃうやん」
依瑠光はみゆきが断るはずがないとわかっていた様で、ニヤニヤと彼女の顔を見ている。顔は少し紅く、右手は右耳たぶをいじりながら、みゆきはそれを否定する。
「き、気のせいよ、気のせい。勉強はちゃんとやるからね、忘れず持って来なさいよ」
「は~い。メグにもメールしとこ『みゆき、快くOKしてくれた!!!』……と。みゆき笑って~」
依瑠光はメールを打ち終えカメラを起動、携帯電話をみゆきに向ける。
「どこが快くよ……」
携帯のカメラがみゆきの顔を捉え、パシャリとスピーカーからなシャッター音が鳴る。
「あっ」
「あはは、仏頂面や。送信~」
みゆきの照れた複雑な顔が画面いっぱいに表示され、依瑠光は嬉しそうに送信ボタンを押した。メグの携帯電話に、みゆきの顔が受け渡される。
「もー……」
だが、みゆきはそれ以上は怒らない。このようなことは日常茶飯事なようだ。しかも怒るどころか、みゆき自信もどこかまんざらでもない様子である。
「みゆきってさ、やっぱ写真撮られるん好きなんちゃうん?」
「い、いつも言ってるけれど、そんなこと無いから」
みゆきはまた右耳を触る。何か心境にブレが現れると必ず行うその癖を依瑠光は知っているので、またにやりと悪い顔をする。
何かまたからかうようなことを言おうとするも、それは携帯のバイブ音に中断される。
「またまた~……あ、メグから返事返って来た。『すごくハッピーそうな顔! これはもう行ってあげるしかなさそうやな(^^)』やってさ」
「はいはい。『お茶でも何でも出してあげるから、おいでなさいな』、って送り返しといて」
「りょうか~い」
依瑠光は片手で器用に携帯電話のボタンをポチポチポチと圧をかけてメールを打つ。そして、送信。その間、わずか2秒。みゆきはそれを感心して見ていた。
「相変わらず見事な手際よね。そういえばメグは何故この場にいないのかしら?」
そして、ふと疑問に思ったことを口に出す。いつもならメグも一緒に頼み込みに来るはずと、みゆきは首を傾げる。依瑠光は少し考えて、その質問に答える。
「えーっとな、最後の仕上げで忙しいんやって」
「仕上げ?」
「案外凝り性やからな、メグは」
「肝心な所がわからないわね……」
依瑠光の漠然とした答えに、みゆきの首の角度は戻らない。軽音楽部のメグだから、作曲が佳境に入っているのだろうと、一人で勝手に納得してやっと首が縦に戻る。
ーーそして、昼休み終了十分前の合図を知らせる鐘がなる。
「ありゃ、せやった。短縮で休み時間もちょっと早いんやったな」
「じゃ、私はこれで。次、体育だから」
「また放課後な~」
依瑠光は手を振り、みゆきを見送る。
「放課後が楽しみやな……うへへ」
そして、みゆきが教室に入ったのを確認して手を下ろすと、依瑠光はにやりとほくそ笑んだ。
◆ ◇ ◆
「相変わらずお金がかかってそうな家やな~。派手ではないけど」
「さすが、みゆきお嬢様、って感じやな!」
学校近くの駅から十一分地下鉄に乗り、その駅からまたバスで七分ほどかけた場所にあるそれなりにいい家が立ち並ぶ住宅街。その内の一軒がみゆきの自宅だ。
家は2階建て、大きなベランダが目立つ大きな白い一軒家だ。家主の趣味なのか、窓からは大きなサボテンが外を眺めている。玄関も広々としていて、土間には靴が一つもおかれていない。
「そ、そんなんじゃあないわよ……ただいま、ママ」
みゆきは自宅を褒める友人二人の言葉に照れながら、母親に帰って来たと挨拶をする。
「おかえりなさい、みゆきちゃん。あれ? お友達も一緒なのね」
「うん。テスト期間だから、一緒に勉強することになってね」
放課後。依瑠光とメグは学校から帰宅すること無くそのままみゆきに着いて、彼女の自宅へと直行した。
玄関で出迎えたみゆきの母、永野ちなみに依瑠光とメグはそれぞれ挨拶を交わす。
「こんにちは、おじゃまします~!」
「みゆきちのお母さん、元気やった~?」
「こんにちは、依瑠光ちゃん。ふふ、私は元気よ、メグちゃん」
ちなみはにっこりと笑顔で返す。月の光のように優しい微笑みだ。二人はいつも彼女に癒やしを感じている。
「癒やされるなぁ」
みゆきは一通り挨拶が済んだと判断し、鍵と鞄を依瑠光に渡す。
「それじゃあ、これ部屋の鍵。私はシャワーを浴びてから向かうから、鞄を持って先に部屋に行ってて」
「おっけ~」
五限目の体育でかいた汗を洗い流したいらしいみゆきは、自分の部屋に客人を先に行かせて、身支度を整えようということだった。
「それと……」
その指示の後、みゆきは二人に顔を近づけ、眉間にしわを寄せて小さな声で言う。
「分かってる分かってる。そんな怖い顔せんでも大丈夫や」
「……ママを絶対に部屋には入れないでね。何を言われても、よ」
みゆきは理由あって両親を自分の部屋に入れたくないので、少し引き気味な依瑠光に詰め寄る。顔の影が濃くなり、目つきも鋭くなっている。鬼気迫る表情というやつだ。
「た、頼むわよ。その、あなた達にしか引っ越した後の私の部屋は見せていないんだから……」
そして、みゆきはその顔のまま母のちなみの方に振り向き、念押しに言う。
「ママ、お菓子とかお茶は私がお風呂あがりに持って行くから、ママは用意するだけでいいからね」
「う、うん。わかったわ。みゆきちゃん、顔怖いよ?」
ちなみは娘の鬼気迫る表情に押され気味だ。それを指摘されたみゆきははっと我に返り、顔を赤くして体の向きを脱衣所の方向に向けた。
「え、えっと……それじゃあ、体を流してくるわ」
その足取りはどこかぎこちなかった。依瑠光とメグはやれやれと苦笑いの表情を浮かべている。その逆に、母親のちなみは心配そうな様子だ。
「大丈夫かな、みゆきちゃん……依瑠光ちゃんとメグちゃんが来るといつもあの調子なの」
これもいつものことと、依瑠光とメグはちなみ安心させるべく、陽気なテンションで言う。
「心配無いと思うで、みゆきちのお母さん。みゆきちはいらん緊張してるだけやと思うよ」
「そうそう、最後はいっつも笑ってウチらを送ってくれるやろ?」
しかし、二人の言葉に首を傾げるちなみ。やはり母親としてはどこか引っ掛かる部分があるのだろう。
「だといいんだけど……あ、二人共、ゆっくりしていってね!」
「は~い! ルミルミ、行こ!」
「お茶、楽しみにしてますね!」
ちなみは二人が二階に上がるのをを笑顔で見送った。だが、その心は少し穏やかではない。
「あの子たち、悪い子ではないと思うんだけど……やっぱり、家族会議がいるのかな? 栄彦くんと相談したほうがいいのかなぁ……」
一抹の不安を胸に抱きながら、珈琲を淹れる準備を始めたのであった。
「いつも通り、電気つけへんと何も見えへんな」
「陽の光を忘れた部屋には明かりをつけましょう~」
蛍光灯に電気が流れ明かりが付き、闇だけの部屋に影が生まれる。二人の視界に、みゆきの部屋の全貌が映された。
「ひゃあ、相変わらず凄い部屋」
「ホンマにな~。引きこもりの城って感じやもんな、みゆきちの部屋」
二人は何度かここに来ているが、それでも珍しそうにキョロキョロと部屋を観察する。みゆきの部屋は依瑠光とメグ以外の他人が知らない未知の領域だった。
いい家に住んでるだけあって、広めの部屋であるのも目を引く要素の一つではある。だがそれよりも、その内装に二人は目を奪われているのだ。
壁の一角にある大きな本棚にはびっしりと『マンガ』や『同人誌』、その他『サブカル』の本がうめつくされている。最下段の扉付き収納スペースは中が見えないようになっており、取っ手には鎖と南京錠がガッチリと施されている。パンドラの箱である。
その横には小さなショーケース。筋骨隆々としたキャラクターが美術品のようなポーズを取っている『フィギュア』が無造作に並べられている。すべて、『極彩色の景色を目指して』というみゆきの大好きなマンガのキャラクターがモチーフだ。
そして、壁一面には同作品ののタペストリーやポスター。雨戸を閉めているので外の目も気にせずに『痛』カーテンで部屋を彩っている。そして何かから隠れるかのように、その裏の壁一面に防音材が張り巡らされている。
そう、永野みゆき、彼女は『隠れオタク』なのだ。それも、かなり重度の。彼女が親に部屋を見られたくないのはこのためであった。
「散らかってへん、整理されてるのはみゆきの性格が出とるな。生真面目さがにじみ出とる」
しかし、勉強机には一切そういった趣味のものは置かれておらず、趣味と勉強でしっかりと分けている様だった。みゆきの学力が高いからくりの一つなのかもしれない。
「せやけど、あんまり女の子のやってええ趣味や無いと思うけどなぁ。こんなお嫁にいけなくなりそうなダサい趣味」
そんなみゆきの部屋を見て、メグが毒を吐く。メグは相手が誰であろうと毒舌を叩きつける悪癖がある。依瑠光はメグの幼なじみなのでそれが親の影響であることも知っている。
そして、いつものように、依瑠光はメグに注意をうながすのだ。出てしまうのはわかるがその癖はやめたほうがいい、と。
「メグ、いっつもゆーてるけど、それみゆきの前で言うのやめたげや。みゆき、へこむから」
「え~、でもみゆきちのへこんでる所面白いやん。涙目になって、クールぶってるあの顔が子供みたいに崩れるんやで?」
だが、メグはみゆき相手には割と意図的にやっている部分もあるようだ。みゆきに親しみを持っているからこその毒舌、ということなのだろうか。
依瑠光も、その点には少し共感する部分があるようで、腕を組んで考える。しかしやはり、あまりみゆきに可哀想なことをしてはいけないという結論に至る。
「わからんでもないけど、可哀想やん。みゆき、ウチラが押しかける形で友だちになったみたいなもんなんやから。内側にいろいろ貯めこんでるかもしれへんで?」
実は三人の友情は、半ば強引に依瑠光とメグがみゆきのプライベートに入り込んで、そのまま成り行きで構築していったものなのだ。一年経った今でも、「みゆきはどこかでストレスをためているのではないか?」と、依瑠光は少し心配していた。
「うーん、まあ、ルミルミがそう言うなら、善処はするわ~」
「それはしない時に言う口ぶりやな」
しかし、メグは軽い口調で受け答えする。間違いなくちゃんと考えていない時の答えである。依瑠光は「まあわかっていたけれど」という呆れた表情。
その顔を横に振って、依瑠光は気を取り直す。そして、自らの鞄から何かを取り出した。
「……ま、それは今はええとして、準備するで、メグ! メグから言い出したことやねんからな、これ!」
依瑠光が取り出したのは何やら衣類のようなもの。メグもそれを見て、同じく鞄から何かの衣装を取り出す。こちらはエナメル質だ。
「はいよ、わかっとりますがな親方!」
「誰が親方や!」
そして、二人は早速と言わんばかりに制服のベストを脱ぎ、着替えを始めた。
「シャワー浴びてる途中、埃なんて立ってるはず無いのにくしゃみが出たわね……風邪かしら?」
みゆきは母が入れた珈琲と、父が勤める会社の新製品のチョコレート菓子をお盆で運びながら階段を登る。
「うーん……なんだろうこの感じ」
彼女は不穏な空気を感じていた。つまり、『悪い勘』というものだ。
依瑠光の学校での漠然とした態度、メグの『仕上げ』、今になって二人はなにか企んでるんじゃないかとみゆきは気になってきたのだ。
そうやって勘ぐっていると、すでにみゆきは自室の扉の前。
「……こぼしちゃまずいから、お盆はこっちの台に置いてから扉を開けよう」
親を部屋に入れまいため、「そこに置いておいて」と言って立ち去らせるために設置した物置台の上にお盆を乗せる。二人になにか仕掛けられそうで怖いからだ。こぼしたら大変である。
そして、右耳を一度触り、息を吐く。自分の部屋なのに何を緊張しているんだと思いながら、ドアノブに手をかける。
「ふぅ……入るわよ、依瑠光、メグ」
みゆきはドアノブをひねり、ゆっくりと扉を開けた。みゆきの目に写ったのは……
「「じゃじゃ~~ん!」」
「…………へ?」
何の事はない、友人二人、依瑠光とメグだ。だが、みゆきはそれを見て固まってしまった。
「みゆきち、これどう? すごいやろ~」
「ウチらも、みゆきの真似してコスプレしてみてん!」
そう、二人は『コスプレ』をしていたのだ。依瑠光は東洋の剣士の様な出で立ち、メグは何故か際どいバニーガール。二人はその服をみゆきに見せつけるような仕草をしている。
「え? な、なん、何やって……ええ? 嘘でしょ?」
みゆきの頭はこんがらがる。あまりにも予想外な友人の行動に状況が飲み込めない。
一体何故二人は妙な格好をしているのか。何の作品のコスチュームなのか。そうじゃない、そもそも二人は一体何を考えているのか。
そんな状態のみゆきの肩を依瑠光が押し、みゆきが置いたお盆をメグが部屋に運びこむ。
「さあさ、みゆきも早く入って入って!」
「配膳はバニーちゃんのお仕事~」
みゆきはされるがまま。自室へと招き入れられていく。
「ちょ、ま、説明が……」
「お姫様のお帰りぃ~!」
そして、みゆきの城の門は固く閉ざされた。
「そそそそ、それでで、こ、こ、コス、ココスプッ」
二人は部屋の中心にあるちゃぶ台を囲んで、みゆきに事情を説明していた。依瑠光とメグはコーヒーを飲み、みゆきは正座をして、顔を真っ赤にしながら顔を伏せて聞いている。
「みゆきち、どもりすぎて面白いことなってんで」
「ややや、やかましいわよッ!」
みゆきが親に隠していることはオタクだけではなく、もう一つあった。それは、みゆきが『コスプレ』の趣味を持っていることだった。
自分を模したキャラを作り、いろんなファンタジーを参考に服をデザイン・制作をし、それを自分で着て自分で考えた設定を元になりきって一人で遊んでいるのである。
そのための『防音材』である。休みの時や夜中になりきるのだが、なりきっているところを音で聞かれないようにするためのものなのだ。全て自分で両親不在の時に取り付けた。ちなみに鍵も。自分の空間のためにはものすごいバイタリティを発揮するのである。
しかし本来、それは依瑠光たちにも隠していたが、彼女らと仲良くなっていく過程でそれがバレたのだ。
そして、それを踏まえてメグが悪乗り。自分たちもコスプレをしてみゆきを驚かせようと提案し、依瑠光がそれにノリノリで乗っかったことでこうなったのだ。
「うぅ~、いい、一体、あなた達は、な、何のつもりで……」
なので、みゆきはどもりながらも彼女らのその真意を問う。
「いやぁ、みゆきが柄にもなくあんな楽しそうな顔してるのを見たら、なぁ?」
「うろたえるみゆきちの顔も見れるし、私らもいつもとちゃう遊びができるし、一石二鳥やもんな~」
早い話が『楽しそう』という単純明快な答えである。難しく考えがちなみゆきはその理由では腑に落ちない。サプライズで二人にコスプレ趣味がバレた恥ずかしい瞬間を思い出させられる思いをさせられているからだ。
「だ、だからって、こんな、急にッ!」
「みゆき、事前に言ったら絶対止めにくるやん。恥ずかしいからって」
「当たり前よ! ここ、こんな辱め!」
依瑠光の答えに声を荒げるみゆき。だが、そんなことはお構いなしに話は進む。メグが何かを思いつく。
「でもあれやなぁ、これでハロウィーンとか、三人でコスプレして歩けるかもやで~」
「ハハ、ハロウィーン!? いいい、嫌よ! 恥ずかしすぎてしん、し、しんじゃうわよ!」
みゆきはその様子を想像して、さらに顔を熱くする。三人で大通りをノリノリで練り歩く姿。彼女にとって、心臓が止まりそうなほどの光景だ。
「今でも相当、き、キツイのに! こんなにほじくり返されて、わ、忘れかけてたのに……うぅ」
どうしようもなく羞恥の感情を処理できないので、みゆきはちゃぶ台に突っ伏してしまう。メグはそれを見て励ましの言葉をかける。
「そんな言いふらす分けちゃうんやからどもないって、みゆきち。私らの間でネタにするだけやし」
だが、毒が混じって薬にならない。
「それも恥ずかしいわよ! 大体、あなた達ねぇ……」
当然、みゆきは怒る。好き勝手しやがって、と。だが、メグは顔色変えずに言う。
「でも、みゆきち好きなんやろ? こういうの」
その一言で、みゆきの表情が固まる。二人から目をそらしたり目を向けたり、チラチラと視線を動かしながらモジモジし始める。少し沈黙した後、みゆきは答えた。
「……それはまあ、うん……嫌い、ではないけど」
ニヤついているのか不安がっているのかよくわからない口元で、ゆっくりと絞り出した言葉だった。素直に好きと言えない複雑な感情である。
依瑠光はそれを聞いて、その場から立ち上がり、みゆきに得意げな顔で言った。
「せやったらさ、もうちょっと楽しんでもええと思うで、ウチは。ほら! この衣装なんかどうや? 自分では結構凝って作ったんやけどなぁ。ベースはまあ、売りもんの衣装やけど」
くるりと回転して自分の衣装を見せる依瑠光。水色を基調とした服装、前掛けにはサクラの柄がアイロンプリントで施されている。下は赤紫色のズボンを履き、腰にはおもちゃのサーベルが帯刀されている。それをみゆきはまじまじと見つめている。
続いて、次はメグが立ち上がって、自分の衣装を披露する。
「私のも今日やっと、学校でも作業して仕上げられたんやで! 一からサイズ合わさんと、このレオタードは合わんからな~」
ツインテールに縛った頭にはうさみみ、朱色のレオタードスーツはエナメル質の素材でテカっている。その下には網タイツを着用し、手には小さな杵を持っている。月のうさぎのつもりなのだろう。これを今日学校で『仕上げ』ていたというのだ。
「ていうか、メグはよーそんな恥ずかしいの着れるよな~」
依瑠光はメグの股間と胸元を見て指摘する。大胆に谷間が強調されすぐにめくれてしまいそうな胸元と、食い込みが強調されるハイレグ。みゆきもどこか恥ずかしそうに見ていた。
メグ自身は平然としている。軽音楽部のライブで過激な衣装を着ているからなのかは知らないが、慣れているようだ。
「えへへ~。どう、みゆきち? 似合ってる~?」
そして、メグはみゆきに改めて感想を聞く。二人分の衣装を見た感想を。
「いや、まあ……よく、できてる……と思う、けど」
やはり恥ずかしそうに、みゆきは静かにゆっくりと答えた。
「おお、誰が見ても素直じゃないとわかる反応」
「あはは、『デレ』ってやつやな!」
依瑠光とメグはニヤニヤとしながら言う。だが、みゆきはそれに怒るでもなく、ただ恥ずかしそうに頬を紅潮させ続けながら本音を漏らした。
「……こういうの、な、慣れてない、から。変な気分、だわ」
腕を組んでモジモジと目を背けながら答えるみゆきを見る二人。先に言葉を発したのは依瑠光だ。
「……なあ、メグ?」
「何、ルミルミ?」
「男って、多分こういうのに弱いんやろな。ギャップっちゅうんかな? ……ウチ、今ちょっとおかしなっとるわ」
「あ~、今のみゆきち、クッソあざといもんな~」
みゆきのその仕草は普段の彼女を知っているならとてもギャップの激しいものだった。しおらしく、恥ずかしそうに言葉を発するその様子に、ちょっと二人は変な気分になっていた。
そこで依瑠光はみゆきの後ろに、メグはその前に、みゆきを挟み込む位置に移動した。
「な、なに?」
みゆきはうろたえるが、依瑠光とメグの両手はワキワキと蠢きだす。逃げ場はない。
「せやから……ウチ、もっとおかしなる! うりゃあ!」
雄叫びを上げると、依瑠光はみゆきを羽交い締めにした。みゆきは身動きが取れなくなる。
「きゃあっ!?」
「メグ!」
「おうよ~!」
依瑠光が合図をすると、直ぐ様メグもみゆきに飛びかかり、両手では収まらない胸の膨らみをむにゅりと鷲掴みにする。下着はつけていない事が、自由に変形するシャツの形でわかる。
「なななな、なん~~!?」
「観念しておっぱい見せんか~い、みゆきち!」
そして、左上は胸を掴んだまま、右腕でダサいシャツの裾を掴むメグ。
「そりゃぁ~!」
「い、いやぁ~っ!!」
みゆき、今年一番の大声であった。
「……ゃぁ~っ!!」
「……みゆきちゃんの声!?」
ドタドタとした物音とともに、一階までみゆきの声が響く。それは、彼女の母の耳にも届く。
「みゆきちゃんに何かあった!?」
不安が的中したと、ちなみは焦りを覚える。
飲んでいるブラックの珈琲を置き、彼女は急いで二階のみゆきの部屋の扉の前まで駆け上がっていった。
そして、ガチャガチャとドアノブをひねりながらちなみは声を張る。
「ちょっと、みゆきちゃん!? 大丈夫なの!?」
だが、鍵が閉められているので開くことはない。
「みゆきちゃん! みゆきちゃん!!」
「だ、大丈夫! 大丈夫、だから、ママ!」
しばらくそうしていると、扉の向こうから娘の声。その声は息切れを起こしている。大丈夫と言われても、母親は心配で仕方がない。
「みゆきちゃん! 本当に大丈夫なの!?」
「本当、に、大丈夫だから! ママは、珈琲でも、飲んで、ゆっくりしてて!」
再度確認しても、みゆきは大丈夫だの一辺倒。
「……みゆきちゃん、何か隠してない?」
「う……」
ちなみがそれを聞くと、少しみゆきは沈黙する。ちなみはつばを飲み、一言叫んだ。
「隠してるんでしょ!」
「ほんとに大丈夫なの、ママ! 信じて!」
しかし、やはり大丈夫と返ってくる。そうまで隠したいことがあるのかと、ちなみは心に影が降りる感覚を覚えた。
「……わ、わかったわ、みゆきちゃん。ママ、降りるわね」
「う、うん。大丈夫だからね、ママ。ほんとうに大丈夫、なの」
だが、ちなみにみゆきの最後の一言は届かない。ちなみはすでに踵を返して階段の前。
そして、トボトボとちなみは階段を降りながら、一言呟いた。
「……やっぱり栄彦くんに相談しよう。みゆきちゃん、私達が守らなきゃ」
「……ああ、どうしよう。絶対にママは大事にするわ、これ。絶対パパに話すわ」
一通りやり取りを終え、扉にうなだれるみゆき。その様子を依瑠光とメグが見ているが、その間に何処にも不穏な雰囲気など無い。先ほどの組み合いの空気など微塵もない。
「親やねんから隠さんでもええんちゃうん?」
「複雑なのよ。私も、パパも、ママも」
「いっそ、その服で出て行ってみたら?」
しかし、その服装は変わっていた。今みゆきが来ている衣装、これが彼女が作った彼女の分身、『正義の魔道士 ミユキ・エヴァレスト』の衣装である。先ほどの揉み合いで依瑠光とメグが着替えさせたのだ。
大きな魔法使いの帽子をかぶり、マントを羽織る魔女のような服装。その下には腋を露出したトップスに、短めのフリフリスカートを魔道書ホルスターと一緒にベルトで固定している、と言った衣装を着ている。
みゆきはいつも、これを着て一人でロールプレイを楽しんでいるのだ。もちろん、親には隠して。
しかし、今の騒ぎで母にいらぬ誤解を与えてしまったようで、隠し通すことに限界が訪れようとしている。みゆきは青ざめている。
「……絶対無理ね。私がプレッシャーに耐えられないわ、こんな、ふざけた衣装」
当然、親に打ち明けられるはずないと、みゆきはうつむく。
父親の永野栄彦はお固く真面目な人間。みゆきに対して特に怒鳴りつけるとかそういうことはない寡黙な男。自分のことを考えてくれているのはわかるが、みゆきは彼が少し苦手なのだ。
母親の永野ちなみも少し変わったところがある女性だ。優しすぎて、どこか子供っぽい大げさな反応をする時がある。決まってその時は家族会議になる。優しくしてくれるのはありがたいが、少し秘密を打ち明けにくいとみゆきは思っている。
そして、みゆき自身もそんな親に育てられてきたので、遠慮しがちな性格に育ってしまった。抱え込みやすい性格なのだ。
「その、ゴメンな、みゆき」
依瑠光は騒がしくしてしまったことを謝る。メグも申し訳無さそうな顔をしている。
「……大丈夫よ。もうこうなったらなるようにしかならないもの」
みゆきはそう言って顔を上げるが、どう見ても大丈夫という顔ではない。終わってしまった、この世の終わりだ、というような絶望の表情。
依瑠光とメグを見るその目には影がかかっていた。
「み、みゆき?」
「どしたん、みゆきち?」
二人はその眼に圧倒されてしまう。普段マイペースなメグまでもが、少したじろいでいる。
「……うふ、うふふ」
「大丈夫か、みゆき?」
「そ、そんな気持ち悪い笑い方したらアカンで、みゆきち?」
おかしくなってしまったのかと、急に笑い出すみゆきを心配する二人。
しかし、キレたみゆきはもう止まらない。溜め込んでいたものが一気に爆発する音が聞こえるようだった。
「うふ……あなた達! こうなったらとことん付き合ってもらうわよ! この『ミユキ・エヴァレスト』の旅路のお供になりなさい!」
「「!?」」
爆風で永野みゆきは吹き飛ばされ、今ここに居るのは『ミユキ・エヴァレスト』だった。みゆきとは違い、切れのある動きでマントを翻す。顔は常に不敵な笑みを浮かべている。
二人はみゆきの変わりように驚きを隠せない。二人共、口が空いたままふさがらない。
「こ、壊れてもうた……」
「えらいこっちゃ……」
ミユキはそんな二人を見てまた不敵に笑う。
「うふふふふ……あなた! 『東洋の流浪人 イルミ・バークライト』!!」
「は、ハイッ! って、え? ば、ばく?」
これまたキレの有る動きで指を差されて背筋が伸びる依瑠光。耳慣れない言葉にたじろいでしまう。だが、ミユキは構わず続ける。
「『バークライト』、よ! 貴方は私の用心棒になるの!」
「ばーくらいと? 用心棒? ホンマに大丈夫か、みゆ……」
「チッ」
「「!?!?」」
そして、なにか口を挟もうとすると舌打ちが返ってくる。普段見せないみゆきのドス黒い部分、そのギャップに依瑠光とメグは恐怖を感じる。
「うるせーウスラボケ。それ以上覚めるようなこと言うんじゃあねー」
「ひぃっ! は、ハイッ!!」
そして、これまた普段絶対に言わないような暴言。その瞳から覗かせる深い闇に、依瑠光は怯えて従うしかない。
「そう、わかればいいのよ! うふ、うふふふ!」
「あは、あははは……」
その様子を見たみゆきはミユキに戻り、またも文字をそのまま発音するかのような妙な笑いを口に出す。依瑠光もそれに合わせてひきつり笑っている。
次に、メグが声をかけようとするも、
「み、みゆきち……」
「あ!? 何よ?」
「ひっ……!」
ドスの利いた声で応えるみゆきに威圧されてしまう。
「こ、怖いよぉ……いつものダサいみゆきちじゃないよぉ……」
普段マイペースで、だれにも臆することのないメグだが、みゆきの変貌ぶりに涙声になってしまう。毒を吐くのは忘れないが。
そんなメグを、睨みつけたままミユキは言う。
「そうねぇ……あなたは兎さんなのよね?」
「そ、そうやで、みゆきち」
みゆきは品定めするかのように注意深く覗きこみ、そして何かをひらめいた。
「……そうね、正義の魔道士にはマスコットが必要! うふふ、光栄に思いなさい! あなたは『撲殺毒舌マスコット メグメグ・ラビット』よ!」
メグは目を見開く。軽音楽部の部長として、スターのように前に出たがるメグはその扱いに驚いた。
「ま、マスコット!?」
「そう! あなたは私達の旅の癒やし担当よ、メグメグ! 文句は……な、い、わ、ね?」
「は、はいぃ……」
しかし、そのプレッシャーをかけられる中で、それにみゆきをこんなにしてしまった原因の一部はこちらにあるというのに、文句など言えるはずもない。メグは弱々しく返事をした。
しおらしく従う二人に気を良くしたミユキ。メリハリの有る動きでポーズをつけた後、天井に指を指し、叫んだ。
「さあ、二人共! 清き世界のために、今日も悪を倒すのよ! うふ、うふ、うふふふふふふ!」
その様子に、その用心棒とマスコットはただただ従うほかなかったのだった。
◆ ◇ ◆
「じゃ、じゃあ、みゆき、また明日~……」
「お、おじゃましました~……」
「え、ええ。ま、また明日……」
日は落ちかけて、西の空が紅く染まっている。それとは逆にみゆきは玄関で顔を青くしながら、同じく顔の青い友人二人を見送る。
どうやら、みゆきは正気に戻れたようだが、それまでに何が起こっていたのかは三人の青い顔を見れば大体予想がつくだろう。
「……はぁ~~~~ッ」
扉が閉まり、依瑠光とメグが見えなくなると、みゆきは力なくその場でへたり込み、ため息を大きく付く。
やってしまった、何もかもやらかしてしまった。自分はこれからどうすりゃいいんだと、先のことを考えると冷や汗が流れる。もはや恥ずかしさよりも、その絶望感のほうが勝ってしまっているのだ。
「……み、みゆきちゃん。お友達は、帰ったの?」
「あ……ママ」
その背後から声。母のちなみがこれまたみゆきと同じくらい青い顔で声をかけてくる。
「みゆきちゃん、その……あ、後で、パパが帰ってきたら皆でお話、だからね」
「……うん、わかった」
みゆきは振り向かずにそのまま返事をした。
「無理しちゃダメだからね……じゃ、じゃあ、ご飯、作るね」
「…………はぁ~~~~~~ッ」
要件を伝えたちなみは台所に戻っていく。足音が聞こえなくなったのを確認して、みゆきはまた大きなため息を付いた。
そして、少し声を張って、嫌なものを吐き出すかのように言った。
「ああ、もう! 何もかも間が悪いわ! どうしようもないわ!」
言った後に腕を顔に当て、玄関の地べたにうなだれるみゆき。すこし眼には涙が溜まっている。
「…………でも」
しかし、その心にはどこか満足感があった。
「みゆきち、すごかったな」
帰路につく依瑠光とメグ。二人はやはり、今日のミユキのことについて話していた。
「うん……やっぱあれ、色々溜め込んでたんやで。ウチらがいじりすぎたんやで、きっと」
「そうなんかなぁ……」
依瑠光は少しうつむいて言う。反省しているようだ。メグも空を見上げながら遠い目をしている。
少しの沈黙の後、メグが顔をおろし、依瑠光の方を向いて言う。
「……でもさ、楽しいのは楽しかったな。いつもと違うみゆきちも見れたし」
メグの言葉に依瑠光も顔を上げながら言う。
「どこかみゆきも楽しそうな顔してたもんな、アレやってる時は。実を言うと、ウチらもちょっと楽しかったし」
「あ、ルミルミも? なりきるってなんかいつもと違う自分になってるみたいで気持ちええ感じがしたよな」
二人はみゆきとのコスプレ遊びを思い出し、歩きながらもその時の素振りを再現する。
「悪党め! この魔導書が目に入らぬか~!」
「正義の魔道士、ミユキ・エヴァレストの名のもとに、お前たちを成敗する~! ってな!」
「あはは、そんな感じそんな感じ!」
そして、二人は向い合って笑い合う。
「また遊びに行かんとな。今度はちゃんと、事前にこれするって言ってから」
「せやな~」
今度は三人で笑いながらそんな遊びができると良いな、二人はそう思いながら先に見えるバス停を目指すのだった。
みゆきもその時のことを思い出していた。
やけくそになって友人に悪態をついた時、今思い返せば罪悪感もある。だが、やっている最中のみゆきの心はとても満たされていた。
三人でキャラクターになりきっている時、自分は始めて自分を出せたのだと実感したのだ。
「フシギな気分ね……絶望感や羞恥心がひどいというのに、同時にせいせいした気持ちや満足感も入り混じってる」
みゆきは思った。もしかしたらこれはチャンスなのではないかと。今までの自分を変えていく絶好のチャンス、引っ込み思案で、親にも何も打ち明けられない情けない自分を。
今なら親にも自分のことを伝えられるかもしれない。今なら同じ趣味を共有できる友人が作れるかもしれない。そんな気持ちがどこかで生まれていた。
「……依瑠光やメグみたいに、その場の勢いに任せるというのも大事なのかしらね」
そんな複雑な感情に、みゆきは思わず苦笑いをこぼした。
「ただいま……みゆき?」
そうしていると、父親の栄彦がお帰りである。玄関で寝そべるみゆきを見て、彼の眼は見開いている。
「どうしたんだい? こんなところで寝転んで、行儀が悪いぞ。子供じゃないんだから」
当然、親としては注意しなければならないと、軽く言いつける。しかし、みゆきはそれにちょっと反抗してみることにした。
「……ねえ、パパ。私はまだ子供よ」
「……? みゆきらしくない答えだな。何かあったのかい?」
栄彦はきょとんとした表情である、みゆきは寝転びながら彼の顔を見上げて、クスリと一笑する。
「色々と」
栄彦はその硬い表情を少しだけ和らげる。久々に自分の気持ちを露わにしてくれた娘への安心感を感じたのだ。
「そうか。だが、玄関で寝転ぶのはダメだ。晩ごはんを食べながら、久しぶりにお説教だな。ほら、どいてくれないと靴が脱げない」
だが、すぐに厳しい表情に戻り、靴でトントンと地面を鳴らす。
「……うん、わかった」
みゆきはゆっくりと体を起こし、服を手で払った。そして、靴を脱いで、ネクタイを緩めながらリビングへと歩く父の横に並んだ。
「今日は家族会議だよ、パパ」
「そうなのか? みゆきが何かしたのか?」
「ううん、ママがちょっと騒いじゃって……でも、私にも関係有ることだから。私も、そう、言わなきゃならないことがあるから……」
「……そうか。ママからも話を聞くよ」
こうして、みゆきは新たな第一歩を踏み出すことが出来たのだ。なりきることで自分自身を変える一歩を。
その後の話はまたいつか……
TO BE CONTINUED……?