もし1㍉も乙女ゲーを知らないアタシが悪堕ち転生をしちゃったら?   作:ぴんぽんだっしゅ

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反逆の軌跡

「───面倒な事になったもんだな。……ううむ」

 

帝国の大都、ヴェリアリアーナの郊外の一角に荒れた庭が広がった、一際大きな邸宅がある。

アンダルネ公爵邸、だった。

 

現在は庭師も居ないのはその荒れた、荒れ果てた庭を見れば一目瞭然。

 

かつての整えられて美しい庭だったのだろうと判別するのもやっとなので、しばらく手入れはされていない。

 

続いて、その壮大で巨大な様は王城にも負けないこの広い屋敷には明らかに活気が足りない。

 

どうやら屋敷に働くメイドの数も少ないようで、気配とも生活感とも言える屋敷全体に漂う雰囲気は陰鬱と表現する他無かった。

 

誰の目にも、廃棄された館に映るそれは、実際に最近まで人がしばらくの間、足を踏み入れない環境で掃除はおろか門一つ開けられずに打ち捨てられていた、も同然な扱いで今日を迎える。

 

帝都・ヴェリアリアーナのすぐ北にひろがる広大な草原とその周辺をまとめて領する、アンダルネ領の改易により、屋敷の主はかの地へと左遷を受け、永きの間この帝都に両翼の如く王城と並び称されてきた歴史ある、時の王弟ヴェサテーの建てたアンダルネ邸は住むべき主を失ったのだったから。

 

現在のアンダルネ公爵は、改易を受けた不吉な屋敷と陰口にうそぶいて近寄りもしない、それにならってかこの屋敷が人手に渡るなどといった事は幸か不幸か今の今まで起きてはいない。

 

それはつまり、栄華の凋落の象徴とされるほどにまで、突き上げを喰らって語られるようなこのアンダルネ公爵邸に大物貴族たちが下した正当な評価でもあった。

 

元の主である、オーウェンの容姿とも併せて、呪いの館などと称するものも最近では少なからずいるような屋敷に、頼まれてもわざわざ住みたくないというのが大方の総意と言うのも嘘ではないのだろう。

 

かつてのアンダルネ邸だった、その屋敷に今は少ないが人の気配が戻っていた、元々の主であり王弟の家系であるところのオーウェン。

それと、その奴隷の少女が二人。

料理長は遅れて帝都に着く予定である。

 

もともと滞在は長くないつもりだった。

皇帝への謁見と、ティルフローズを名の通った学園に通わせた上で、近々、大々的に婚儀を済ませたらオーウェンは、現在の任地であり領地である荒れ地をどうにか経営出来るところに持っていきたい、といった算段もあったからだ。

 

オーウェンの任地である、ディボタルタと似たような土地は帝国領内にいくつもありはしたものの、経営の行き詰まり方はさすがのオーウェンも目を覆いたくなるような酷いもので、恐らく民心も領主からちぢに離れているのがありありと伝わる状況なのだから。

 

戦争に打ち勝って、蛮族から切り取った新しい土地とは言え、余りにもそれは酷いレベルで。

農地用に開拓中の用水路なども放り出されているのを視察で訪れたオーウェンは自身の目で見ていた。

 

これがなくては始まらないものが完成することもなく打ち捨てられているなど、開拓地にあってはならないことなのにだ。

 

だからこそ、帝都に腰を据えるわけにもオーウェンにはいかないので長居は出来ない。

 

婚儀を成功させて、周囲の評価を順当なものにまではせめて戻しておきたかったのは、そんな領地経営の見通しなど真っ暗で先が見えない、現在の状況を少しでも明るいものにしたかったからなのだ。

 

改易で、言うなればオーウェンは格を下げた、ずり落ちたのだ。

それは失いはしなかったものの、何も知らない貴族には能無しか腰抜けに今のオーウェンは見えているほどの重大な事態で、没落に皮一枚で耐えていると言っても差し支えない。

 

没落の憂き目にあえば浮上は無い、貴族としてその家が終わりを迎えたに等しいようなものだった。

 

後、ほんの少しで耐えていた皮一枚もほんのちょっとのミスで落ちてしまうかも知れない、そんなどん詰まり。

 

頼みの領地経営にも光明は見えず、手っ取り早く再興に手を掛けるならばどんな真っ暗いカードでも今のオーウェンは切ったとしてもおかしくない精神状態とも周囲には映るだろう。

 

そこで、婚儀なのである。

王弟の家系とはいえ、繋がりは薄く血も薄くなって離れていた関係を一気に縮めて、濃く強くする事により長年色惚けして公務を疎かにする皇帝にもオーウェンは義理の息子として発言する機会を得るというものだった。

 

しかし───当のオーウェンの顔色は酷く浮かない。

大きくない瞳を細め、虚空を見つめては、ううむと唸って顎に当てた手をしごく。

 

「どうなさいますか、ご主人様?」

 

側に控える、オーウェンの今いる部屋の壁沿いに立った奴隷少女の一人が声を掛ける。

すらっとして、筋肉質でない体つきを見るにもう一人と比べるとそれが誰だかよく解る、ジルリットだった。

 

ひどく事務的に聞こえる声だが、艶のある、聞いていて不快にさせる声では無かった。

 

「仕方あるまいよ、出向く。折角……帝都にまで足を運んだのに無駄足になったのは痛い……が、な……」

 

屋敷の三階にある一室の窓際にオーウェンは立っていた。

そこは、両親が、家族が共に住んでいた頃の彼の私室。

 

書庫は別にあるわけで、それでも書棚は本がいっぱいに積まれている。

 

かつて彼が本の虫だったことがその量を見れば、想像に固くない。

 

「俺が、行かねばなるまい。そうだろう?」

 

オーウェンはそう言ってジルリットに振り返る。

 

ジルリットの隣にはもう一人の奴隷少女が無口に声を発するでもなく直立していたのがオーウェンの視界に映る。

 

いつものことだった。

ゼリエは主人であるオーウェンの前では無駄口を叩かず、用命が無いのなら、立ったままひたすら命が下るのを待っているだけなので、知らない者には酷く不気味に見えたことだろう。

 

「ふふ、お供します」

 

「何を言ってる?お前とゼリエには残って貰う。姫殿下の世話を頼む。いいな?ティルフローズを任せたぞ」

 

ジルリットの返事を袖にするオーウェンの反応。

それがジルリットの心を揺らしたのか、仮面の下で彼女は頬を酷く歪め、その少し前まで微笑んでいた表情も、残されていく寂しさからか苦しそうに見えた。

 

「はい!」

 

返事だけは普段と変わらず。

 

「ご主人様の御心のままに……、行ってらっしゃいませ」

 

 

 

 

 

 

『オーウェン様、どうして私ではダメなのです?ご一緒したかった……、「それと言うのもあのうだつの上がらないメスガキのせいですわ』」

 

「おーい、心の声が漏れてるぞ。いいのか?」

 

屋敷を後にするオーウェンを見送りながら、仮面の下でギリギリと音を鳴らして悔しがるジルリットは、無意識に心の声を口に出していた。

 

「ゼリエっ!」

 

そこを隣の、同じような衣装に身を包んだ奴隷少女、ゼリエに盛大に聴かせていたというのを突っ込まれ、……ジルリットは怒りを顕にゼリエの首もとを掴みにかかる。

その手は軽く払われてゼリエの肌にも触れることはなかったが。

 

しかし、それによって更にジルリットの怒りはヒートアップしたようで唸り声を上げて彼女らしく無いほど怒りに身を委せてなんどもゼリエに食らいつこうと掛かっていった。

 

「そう噛みつくなよ、恩義があるのは何もお前だけじゃ無いんだぜ?」

 

そんな、取り乱すジルリットをたしなめるように、ゼリエは何度目かに掴みに来た手を手首の辺りで捻り上げて捕らえながらそう言ってジルリットの瞳を覗き込む。

仮面の下で黒い瞳が怒りの熱を発していた。

 

「恩義だけではありませんっ、父を子が思って何が悪いと言うのです!」

 

ジルリットは、異性として恋人のようにオーウェンを見ている一方で、父を知らないためにか父親としてもその瞳に映して長い間見てきた。

そんな秘めた想いもあってか、取り乱した今、声に出して伝えてしまった。

相手はゼリエだったが、それはジルリットとしても気づかないほどの極々小さな想いだったので口にしてしまった事で改めてジルリットはその事に気づかされてしまった。

 

(わたしは、ご主人様を……父として……?)

 

「そんなことは言ってないんだが、聞かなかった事にして置いてやる。それで、だ。金貸して?」

 

ゼリエのその一言が、センチな気持ちに浸っていたジルリットの脳裏を叩くように衝撃を与えた。

 

彼女にとって、ジルリットがオーウェンを好きだろうとなんだろうと余り気にしてないのだから、ジルリットの怒りが弱まったのが解るとそれまでの話などどーでも良かったのかも知れない。

 

「えっ?ああ、私ったら……で、どうしてそれで金の無心に繋がるのですかっ」

 

「姫殿下は任す。こっちは帝都近辺の情報集め」

 

どうやら怒っていた事などどこかに流されてしまったようにジルリットは普段そのままの口調に戻っていた。

話題変えに成功したことが解ると、言葉少なく用件をへらっとした口調で伝えるゼリエ。

 

「……酒、なんですね?酒、ですかっ……ゼリエは忘れたのですか?そんなには強くはないでしょう」

 

ゼリエが無心をしてくる理由はひとつだ、とジルリットは素早く言い返す。

 

ジルリットは酒は呑まれる方じゃ無いのだが、逆にゼリエは呑まれてフワフワした感覚を味わうのが他には無い楽しみでもあった。

「普通だろ。酒場には商人に雇われてる使用人だって来る。欲しい情報だって、これがなかなかに落ちてるもんなのさ」

 

しかし、ゼリエはさも自分の仕事だと言うかのようにジルリットの心の扉と、緩くは無い彼女の財布の紐をほどこうと一芝居打って見せるのだった。

本心を言えば、財布から銀貨は転がり出てはこないのだから。

 

「仕方ありませんね……って、返ってきた試し無いですよね?」

 

「返す、返すよ。……旦那様にいいように話つけとくから、な?」

 

財布を取り出しながら何かに気付いたようにジルリットは仮面の下で眉を跳ねあげる。

今までも、ゼリエにこうしてお金を貸しても返って来てなかったことを思い出した、一切がうやむやにすぐされてしまって回収できてないのだ。

 

ジルリットの声が荒がったのに気付きつつ、全く怖じけないゼリエもまた強心臓の持ち主と言える。

 

「……それ、で……ご主人様の、……気持ちが、心が動く、……訳ではないでしょう、ですのに。ゼリエ……ずるい」

 

「はははっ。確かに受け取った。じゃぁな」

 

ようやく掌の上に差し出された財布を受けとるとゼリエは仮面の下でほくそ笑み、口約束以外の何物でもない軽い約束を交わす。

 

 

「……ずるいよ」

 

 

後には、へなへなと倒れ込むジルリットの姿だけが残された。

それからすぐ、ゼリエの開けた屋敷の玄関の扉がギギィと重い擦れる音を発てながらそのままの勢いでバタンと閉じた。

 

 

 

 

 

オーウェンが危急に圧されて向かった先はタルタ西、獣人たちのコロニーのある一帯。

 

帝国の圧力に耐えて我慢してきた彼らの限界が来たのだ。

手に手に武器になるものを取って襲ってきた。

計画されてきた一斉蜂起が実行された。

 

今の帝国は内々にも良く思われてなかったようで、魔法使いや、はたまた帝国兵士からも蜂起に加わった者が出る始末だったのだ。

 

全ては王や王妃を軽んじた側室派や声の大きな貴族たちの自惚れからの大きな大きな動乱へと広がる、序章に過ぎなかった。

 

良い目を見ている貴族たちを疎ましく思いながら、見てみぬふりをしてきた軍上層からも帝国を憂う余り、裏切りが噴出し収集が着かない。

 

魔道を極めたオーウェンですら、かつての同胞の裏切りに成す術がなく、また戦場に着くまでに時間を取られた事で、指令系統はズタズタでお世辞にもそれは軍隊として姿を留めているものではなかった。

気付けば不敗と豪語し近隣の国々を食い物にしてきた帝国軍は、戦線を維持することもろくに出来ず、満身創痍のていで命からがら散り散りに逃げ惑うような大敗を喫したのだった。

 

 

 

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