「まどかよ、おじぎをするのだ!!」

「ヴォ、ヴォルデモートちゃん?」

 キュゥべえもいるよ


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概念がヴォルデモート卿を救いに行ったようです

 ここはホグワーツでもなければ、英国の何処かでさえない。何処でもない闇。

 

 ハリー・ポッターとの戦いに敗れたヴォルデモートは、上も下もわからない闇の世界に居た。杖を失い、分霊箱を全て失い、さらに身体を破壊されたヴォルデモートは、思念だけの状態で漂うしかなかった。

 そのヴォルデモートの前に現れたのは、膨大な魔力の塊。不可思議なピンク色の存在だ。

 

「貴様は、何者だ……」

 

「私は、あなたを助けにきたの」

 

 ピンク色はヴォルデモートの思念に寄り添って収束し、少女のような形をとる。

 

「馬鹿を言うな。私は全ての分霊箱を失い、我が物にしたはずの杖にも裏切られ滅んだ身だ。助ける者などあるものか」

 

「……そんな悲しいことを言わないで」

 

 少女は寂しげな顔で首を振る。

 

「貴様からは、恐ろしいほどの魔力を感じる。もしや、あの小僧の守護霊か。私の滅びを確実なものとするために……?」

 

「守護霊なんかじゃないよ。私はまどか。全ての魔法少女を救うもの」

 

「そうか、魔法少女などというものはよくわからぬが、救いとは我が道と最も遠きもの、相容れぬものだ」

 

「相容れないなんてことはない。あなたの傍にも、救いはあるんだよ」

 

「納得がいかぬか。ならば戦うしかあるまい。それほどの魔力を持つならば、決闘のやり方は学んでいるな? まずは互いにおじぎだ」

 

「私は決闘なんてしない」

 

「構うものか! この私が戦うと言っているのだ。年長者の言うことは聞くものだぞ」

 

「えっ……でも私は……」

 

「私はヴォルデモート卿。我が名誉にかけても、格式ある儀式は守らねばならぬ。貴様も魔法使いなら礼儀を守れと教わっているはずだ」

 

「れ、礼儀?」

 

「まどかよ、おじぎをするのだ!!」

 

「ヴォ、ヴォルデモートちゃん?」

 

 戸惑うまどかに対し、ヴォルデモートは本気だ。

 まどかはこれまで様々な魔法少女を救済してきた。救済を行うことは、相手の心と正面から向き合うことだ。

 まどかは哀れな思念体となっていたヴォルデモートに仮初の実体を与え、自らも魔法少女の姿をとって対峙した。

 

 もちろん、まどかは決闘などするつもりはないし、魔法少女を救済する概念としての行動を妨げるものには聞く耳をもたない。

 しかし、年長者とか礼儀とか言われると、素直な少女のまま時を止めたまどかはそれに従わなければならないような気もしてくるのだ。

 

 

 

 

 

 そして、闇の魔法使いとピンクの魔法少女は礼儀正しくお辞儀をした。

 

 

 

 

 

 ヴォルデモートは正しい角度のお辞儀を交わしたことで、満足げな表情だ。まどかのセンスで飾り立てられた姿で実体化していることなど、闇の帝王にとっては些事に過ぎない。ヴォルデモートはお辞儀の角度しか見ていない。

 

「良いお辞儀だな、まどかよ。では、始めるとしようか」

 

「それじゃ、話を聞いてくれる?」

 

「こうなれば、戦いの中で語り合うのが作法だ。――クルーシオ(苦しめ)!」

 

 ヴォルデモートは袖のフリルを靡かせながら素早く杖を振りかざし、躊躇なく許されざる呪文の一つを行使する。

 

「ちょ……待ってよっ!」

 

 まどかは魔力のエネルギーに圧されるように大きく後退するが、苦しんでいるようには見えない。

 

「ふん、どう耐えたか知らぬがっ、セクタムセンプラ(切り裂け)!」

 

「わわっ、私はあなたを救いに来たのにっ!」

 

インセンディオ(燃えよ)! アバダ・ケダブラ(息絶えよ)!」

 

 凶悪なまでの魔力の奔流に煽られ、ヴォルデモートのスカートのフリルがざわめき、裾が少しずつ浮き上がる。

 しかし、まどかデザインの深い紫のティアードフリルに大量の黒いコサージュを撒き散らした重量感のあるロングスカートはまさに鉄壁のお花畑だ。その配色は、思念体となってもなお近寄りがたい闇の帝王の風格に対する、様々な魔法少女を救済してきたまどかなりの答えとも言うべきもの。

 ロングスカートは、闇の帝王の凶悪な力に大きく煽られながらも守るべき部分を完璧に死守する。それは闇の帝王の正装に相応しい働きだ。

 

「大丈夫だよ、私はあなたを魔女にはさせな――」

 

セクタムセンプラ(切り裂け)! クルーシオ(苦しめ)! クルーシオ(苦しめ)! アバダ・ケダブラ(息絶えよ)!」

 

 ヴォルデモートが魔法を放つたび、袖のフリルが呼吸をするようにぱくぱくと蠢く。体幹の動きと連動したレースのリボンが躍動する。

 

「わわわわっ、だから、私は救済の概念で――」

 

アバダ・ケダブラ(息絶えよ)! セクタムセンプラ(切り裂け)! ペトリフィカス・トタルス(石になれ)! アバダ・ケダブラ(息絶えよ)!」

 

 ヴォルデモートの思念に合わせた実体には、最初から杖が存在していた。最後の戦いで杖さえ使えていればという思いのあらわれだ。

 逆に言えば、杖さえ手の内にあれば何でも良いという精神状態のために、全身へのまどかデザインの侵食を許したということでもある。

 ただ、鉄壁のロングスカートへと連なるヴォルデモートのドレスは、レースとフリルに囲われた格式あるスクエアネックを胸元にあしらった黒レースの大振りなリボンで柔らかく見せてはいるものの、全体としてはなかなかの重厚感を持つ。

 それは、ヴォルデモートの存在と同様、これまでまどかが出会ったどんな魔法少女の衣装よりも威厳に満ちたもの。敬意に満ちたデザインだ。

 

 しかし、ヴォルデモートの苛立ちは促進される。闇の帝王の威厳にはこんなドレスでは到底及ばぬということだ。

 

 まどかの仮初の肉体にヴォルデモートの魔法が雨あられと降り注いでいく。まどかは魔法少女であった頃の習慣の残滓で回避に専念するが、仮初の肉体に攻撃を受けたところで、既に救済の概念と化しているまどかには何の影響も無い。肉体の損傷はあるが痛みは無く、その回復は早い。

 次第に回避の失敗が増え、幾度も魔法を受けながらヴォルデモートに語り掛けるまどか。その姿にヴォルデモートは瞠目する。

 

「魔法が――効かぬのか?」

 

「あれは仮初のものだけれど、魔法少女の身体みたいだね。魔法がいくらか効いていても、簡単には壊れないのさ」

 

 そんな言葉とともに足元にちょろろと現れたのは、白い獣。

 

「僕はキュゥべえ。たぶん、君は僕と契約をした方が――」

 

「貴様、どこから現れた! ――コンフリンゴ(爆発せよ)!」

 

 白い獣――キュゥべえは爆発四散した。

 

――ふむ、生命の気配を感じなかったからつい使ってしまったが、本当に生き物ではなかったようだな。 

 

 ヴォルデモートが使った魔法は生物には効果の無いものだ。

 

「君に恨みを買った覚えはないんだけどな」

 

 別の方向から、全く同じ姿をした白い獣がちょろりと現れる。ヴォルデモートが爆破した残骸はそのままで、幻術などではないようだ。

 

「使い魔の類か? それより、魔法が効いても死なないというのはどういうことか。説明するのだ」

 

「説明して欲しいのならいきなり爆破しないでほしいね。まあいいや、魔法少女というのはね――」

 

「ふむ、話を聞いてやろうではないか」

 

 キュゥべえに向けられたはずのその言葉に耳をぴくりと動かすピンク色の魔法少女まどか。一方的な魔法戦でせっかく引き離した距離を、喜々とした表情で駆け寄ってくる。ただし、脚の動きの三倍増で滑るように接近してくるのが非常に気持ちが悪い。人間ではなく概念だというのは本当なのかもしれない。

 

「ヴォルデモートちゃん、やっと話を聞いてくれる気になったんだね。私はあなたが魔女になる前に救済を――」

 

「貴様は黙れ。――ペトリフィカス・トタルス(石になれ)! レダクト(砕け散れ)! アバダ・ケダブラ(息絶えよ)! アバダ・ケダブラ(息絶えよ)!」

 

 

 ヴォルデモートはこうして時折まどかに魔法を乱打しながら、キュゥべえの話を聞き続けた。

 

 

「貴様の言う魔法少女という存在については、納得はできないが理解はした。――ロコモーター・モルティス(足縛り)! セクタムセンプラ(切り裂け)! クルーシオ(苦しめ)!」

 

 迫るまどかを魔法で退けつつ、ヴォルデモートは核心に迫る。

 

「――しかし、こやつは何者なのだ。その魔法少女とも違うのではないか。分霊、いや、()()()()()()とやらも持っていないようだが。……それと私は魔法少女などではなく、当然ながら魔女になることなどありえないということを、こやつにわからせる方法は無いのか?」

 

 ()()()()()()なるものの存在は説明を聞いて知っただけのものだが、そのようなものが存在しているならヴォルデモートに感知できないはずはない。そんな自信から出た言葉だ。

 そして、ヴォルデモートは困惑していた。魔女になどならないし、女でさえないのに、「魔女にさせないために救済する」などと言われても困るのだ。適当に魔法を浴びせて追い払っているが、それでもまどかは怯み一時的に後退するだけでしつこく縋りついてくる。

 

「今のまどかは概念だから、まともに話の通じる相手と思わない方がいい。魔女になる直前に魔法少女を救うというただの概念でしかないまどかが、君を救うと決めたんだ。概念に諦めなど無い。まどかが君を救わずしてこの場を去ることは永遠にあり得ないよ」

 

「馬鹿な! 魔法少女など何処に居るというのだ!!」

 

「概念にそんな理屈を言っても無駄さ」

 

「貴様! こやつの関係者ならどうにかしろ! ――インペディメンタ(妨害せよ)! クルーシオ(苦しめ)! アバダ・ケダブラ(息絶えよ)!」

 

「それは願いかな? ……釈然としない表情だね。では順を追って話をしよう」

 

 迫るまどかを魔法で退けたヴォルデモートは、願いと聞いて顔を歪める。

 ここまでのキュゥべえの話で、魔法少女とは少女が願いをかなえることで成るものだと聞いてはいるが、ヴォルデモートは少女ではないのだ。話を聞いている間にふとそのことを忘れそうになるのは、キュゥべえの術中にはまっているのか、あるいは我が身の本質が脳さえ無い思念体であるせいか。

 

「――ヴォルデモート。君がこの概念との関係を断ち切るには二つの方法がある。まず一つ目はまどかに救われること。これは無理だ。……確かに君は戦いに敗れて肉体を失い、絶望的な状況にある。しかし、魔法少女ではない君は魔女にはなれない」

 

「当たり前だろう!!」

 

 ヴォルデモートは一喝する。話の内容の突飛さもさることながら、それをキュゥべえの諭すような口調で言われることの不快感が加われば苛立ちは果てしなく大きくなる。

 

「まあ聞いておくれよ。彼女は魔法少女を救う概念だから、今の君はどうやっても救うことができないんだ。たとえ君が浄化されてきれいなヴォルデモートになったところで、君はどうにもならないし、まどかも救済の終わりを認識することができない」

 

「ヴォルデモートちゃん、心を楽にして私を受け入れ――」

 

「冷やかしか!! ――セクタムセンプラ(切り裂け)! インセンディオ(燃えよ)! アバダ・ケダブラ(息絶えよ)!」

 

 ヴォルデモートは湧き上がる怒りを、空虚な救済を口にして迫るまどかにぶつける。

 周囲を見回すと、キュゥべえが増えていた。そして今も、ヴォルデモートの激高に合わせたかのようにちょろりと一体現れた所だ。

 

「冷やかしなんて、今のまどかはそんな生易しいものじゃない。君たち人類の――正確には君を倒した者たちの時代の人類の言葉を借りると、今のまどかと君の関係は『ハマりバグ』という状態なんだ。概念のまどかは助けなければ立ち去らず、君は助からない。言わばこれは永遠に抜けられない概念の狭間の牢獄だよ」

 

「ふ、ふ、ふざけるな!! コンフリンゴ(爆発せよ)! コンフリンゴ(爆発せよ)! コンフリンゴ(爆発せよ)! コンフリンゴ(爆発せよ)!」

 

 ヴォルデモートの溜まった怒りが爆発し、増えていたキュゥべえが次々と爆発四散する。

 怒りが収まった時、このことを予め計算していたかのように一体のキュゥべえがその場に残った。

 

「だから、ぼくが来たんだよ。君のおかげで、ぼくはまどかによって恐るべき速度で行われていた世界の改変に追い付くことができた。これは一つの奇跡だ」

 

「ヴォルデモートちゃん、私の目を見て――」

 

「それで、貴様はこの鬱陶しい状況をどうにかできるのかね? ――インぺリオ(服従せよ) アバダ・ケダブラ(息絶えよ)! セクタムセンプラ(切り裂け)!」

 

 ヴォルデモートは迫りくるまどかを様々な魔法で退けながらキュゥべえに問う。腹立たしい存在だが、まどかよりはマシだ。

 

「もう一つの方法は、君にはまだ救いが必要ないことを示すことだ。幸い、僕は君の願いを叶えて、君を絶望から救うことができる」

 

「なんだと! 貴様ごときがそんなことをできるというのか。――アバダ・ケダブラ(息絶えよ)! ロコモーター・モルティス(足縛り)!」

 

 緊張感の無い小動物のような姿のものにそのような力があることに口先では文句を言うヴォルデモートだが、これが生物ではないことは理解している。

 

――裏には強力な魔法使いがいるのだろうな。いずれは雌雄を決することがあるやもしれぬが、今は利用するしかなかろう。

 

「特例なんだけどね。君は魂を分け過ぎたこともあって、今や性別などを超越した思念体となっている。その点では、人間よりむしろ僕らに近いかもしれない」

 

 ヴォルデモートは考える。この魔法使いは、この獣のような物体を介さねば他者に干渉できないのではないかと。

 気が付けば、物体であるキュゥべえはその数を増やしている。物体と割り切れば、それは特に気にしても仕方のないことだ。

 

――言葉を伝えるだけの使い魔の類に、いちいち腹を立てても意味がないな。

 

 ヴォルデモートは心を落ち着ける。まずは、相手の出方を見なければならない。

 キュゥべえは話を続ける。

 

「――しかし、君には僕らと決定的に違う部分もある。君は、些細なことでも簡単に青筋を立てて怒り、効くか効かないかわからないような状況でも魔法を乱打することができる。それは、まるで思春期の少女のようにヒステリックで、繊細で、じめじめしていて、粘着質で、素晴らしく強い精神のエネルギーを持っているという――」

 

コンフリンゴ(爆発せよ)!  インセンディオ(燃えよ)! レダクト(砕け散れ)! エクスパルソ(爆破)! ディフィンド(裂けよ)! レダクト(砕け散れ)! コンフリンゴ(爆発せよ)! レダクト(砕け散れ)! ……ぜー、はー、ぜー、はー」

 

 ヴォルデモートは破壊の限りを尽くすが、それでも一体は必ず残るのがキュゥべえだ。

 

「だから、君には資格がある。魔法の力でやり残したことがあるんだよね? ……僕と契約して、魔法少女になってよ!」

 

 それは、志半ばで散った闇の魔法使いへの復活への誘い。苛立ちを全て魔法に乗せて冷静になったヴォルデモートには、その誘惑への抵抗の術は無かった。

 

 ヴォルデモートはキュゥべえの説明を聞き、すぐに契約を決意する。再び英国魔法界へ舞い戻り、すべてを奪い返さねばならぬ。

 

「良かろう。私もその魔法少女とやらを踏み台に、改めて英国魔法界を、そして世界の全てをこの手に掌握してくれよう」

 

「契約は成立だ。しかし、君の本来の姿は失われている。元々の姿か、君が望む姿を思い浮かべておくれよ」

 

 そこで、ヴォルデモートはミスを犯した。目の前のまどかの姿と、まどかが作り上げた自らの仮初の姿――それらの服装を目にして、それらの形状を意識してしまった。

 

――せめて、もっと色々削ぎ落して動きやすく、シンプルにだな……。

 

 そのまま、眩い光に包まれる。

 

 

 キュゥべえには、人の本音を覗き見る能力など無い。たとえあったとしても、そこまで人に関心を持たない。

 少女の願いを叶えるという行為も、表層的な願いを叶える過程で、少女の本音など知ったことではない。

 キュゥべえにとっては、闇の帝王ヴォルデモートといえども、まどかによって体裁を整えられた姿と本来の人格、そして願いを含むその場の思考で出来ている、一人の魔法少女適性者に過ぎない。

 

 ヴォルデモートの願いはただ一つ、復活だ。もちろん、それは魔法少女としての復活となる。そして、その復活の場は――。

 

「綺麗……ほむらちゃんみたい」

 

 気が付けば、至近距離に目を潤ませたまどかが居る。

 魔法少女となったヴォルデモートの姿は、生前の姿とは程遠い。

 ヴォルデモートは、不覚にも魔法少女となる瞬間、まどかがデザインした仮初の姿を意識してしまった。その結果、今の姿はまどかが「ヴォルデモートちゃん」をイメージして作り上げた瀟洒で豪勢な闇の魔法少女の服装をかなりシンプルにしたものだ。そして、どうやらそれはまどかの知り合いと似ているらしい。

 

 もちろんそれは服装の話で、顔はそのままだ。

 

「良かった……ヴォルデモートちゃんは、まだ穢れがたまっていなかったんだね」

 

 そう言ってまどかは微笑み、ゆっくりと消えていく。向かってくる気配が無いのを見て、ヴォルデモートは心から安堵した。

 ヴォルデモートは消えゆくまどかに語り掛ける。

 

「私に救済など要らぬ。絶望など未来永劫ありえぬ。貴様は時の果てまで空しく待ち続けているがいい」

 

「さて、君は晴れて魔法少女ヴォルデモートとなった。僕らは君を見守りたい」

 

 キュゥべえの言葉にヴォルデモートは不快感を隠さず顔を歪める。

 

「これ以上このヴォルデモート卿を辱めるというなら、そこでお辞儀をするのだ!」

 

 キュゥべえは丁重にお断りして、魔法少女として生きていくために必要なことを説明していく。

 その内容は、他の魔法少女にするものに比べ、いくらか親切なものだ。必要の無いことまでは説明を省くキュゥべえだが、目の前の魔法少女は弱肉強食の理を好む。心弱き者が魔女となって、それを倒しグリーフシードとしたものを魔法少女が喰らうという事実は、予想通りヴォルデモートには喜ばれた。「少女」という言葉が使われるたびに顔をしかめるのが気になったが、今のヴォルデモートは少女ではないが魔法少女である。慣れてもらわなければならない。

 

「僕らはまどかとは違う目的を持つ者だ。これまでまどかを追ってきたが、ただ追跡を続けては後手に回るばかりということを知った。だから、君を見守る。君が絶望し魔女となった時、まどかは再び現れるだろう。その時、イレギュラーな存在である君が何を成すのか見極めたい」

 

「無駄骨だな。この私が絶望などするものか」

 

 ヴォルデモートは髪をかき上げるような動作で、無毛の頭部を彩る黒いカチューシャの位置を直す。

 

 上も下もわからない闇の世界と思っていた空間には、魔法少女となった途端に進むべき道筋が見えるようになった。

 ヴォルデモートが目を向ける闇、その向こうから僅かな風に乗って漂うのは、故郷の英国を思わせる紅茶の香りか。

 そのまま振り返ることなく、魔法少女ヴォルデモートは颯爽と歩みを進める。

 まず黒いストッキングの爪先が闇へ吸い込まれ、白いフリルの付いた薄紫のミニスカートと変形セーラー襟の白い上着が躊躇なく闇へ飲まれていく。

 ミニスカートの端と背中の紫色のリボンが飲まれると、その場には何も残らない。ヴォルデモートには後ろ髪など無いからだ。

 

 キュゥべえは後を追い、闇の中へ飛び込んだ。次々と現れ、ぞろぞろと飛び込んだ。

 

 

 

 これは魔法少女ヴォルデモートの、はじまりの物語。

 




 これは闇の帝王ヴォルデモートの、激おこの物語

<END>


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