何の意味もひねりもない作品で続きもありません。口直し程度にどうぞ。
例年通りに梅雨が来た。日本特有のじめじめとした空気、夏が近づいていることを嫌でも分からせる暑さ、今年もまた梅雨が来た。
空は陽が出ているけど、雲が多くて降るんだか降らないんだかはっきりしない天気だ。雲の流れを見ても風が強く吹いていないことしか分からない。
「…………」
みんな授業に出席こそしているけれど、真面目に受けているような生徒は見受けられない。この時期はどうしても頭や体を働かせるのが億劫になる。それに先生もどこか気怠そうに授業をしているしお相子だ、などと勝手に折り合いをつけておく。
(暑いなあ)
頭に浮かぶ言葉は同じで、たぶん他のクラスメートも考えていることに大差はないだろう。
あまりに暑くて眠る気も起きない。たぶん今寝ても起きた時はもっと怠くなる。でも授業は退屈だし教科書の内容を言ってるだけみたいなものだし、という言い訳を頭の中で何巡もする。それでも眠れないことに変わりはないし、真面目に授業を受ける気がないのも同じだ。
(仕方ない)
結局は諦めて板書に専念するという普通の、どちらかと言うと真面目な行動になった。復習するつもりがないから丁寧に書くつもりはない。
放課後になった。窓際の後ろという最も居眠りがばれにくい場所は、昼から暑くなる。午前は日陰だったけど正午からは日向になる。
「……雨でも降らないかな」
別に雨が好きなわけじゃない。でも梅雨になりやすい六月という時期は真夏日みたいに暑いことがたまにある。そんな時は傘を持っていなくても降ってほしいと思う、こともある。
部活に所属していないから家には真っ直ぐ帰る予定だ。もし所属していても試験前だから今はどの部活も活動禁止らしいけど。
教室でぼおっとしていた時間が思いのほか長かったらしい、下駄箱付近にはもう自分しかいなかった。学校内ならだれかいるかもしれないけど、そんな暇人がいるとは思えない。
「いや、ここにいるか」
思考がものの見事にブーメランとなっていることに気付いた。
見られて困ることもないけど、とどまっても良いことはないしさっさと帰ろう。そう思って自分の靴を履いて校舎を後にする。
「……あれ……」
頭に何かが当たった気がする。当たった場所を触ってみるとちょっと濡れていた。
空を仰いで手のひらを上に向けると、案の定降ってきた。
「うわあ・・・」
いったん校舎に戻る。どうせ降らないと思って折り畳みも普通の傘も持ってきてない、このままだと教科書とかノートが全部濡れてしまう。
しばらく待っても雨が止む様子はない。それどころかどんどん強くなっている。今の状態だと傘を借りパクしてもどうせ教科書は濡れるしロッカーに入れてこよう。
「戻ってきたら弱くなってるとかないかなー」
戻ってきたらより強くなってるとかになっていた。もうドシャ降りで台風でも来たんじゃないかというくらいだった。主観だけどこれはたぶん大雨警報とか出ているレベルだと思う。
「これが朝にあったら……」
授業はなかったのに、という言葉を飲み込む。今更何を言っても仕方ない、これからやることは決まっている。
「……よし」
少しだけ気合を入れて深呼吸を一つ。
(位置について)
カバンを落とさないようにしっかりとつかむ。
(よーい……)
ドン!と頭の中でピストルが鳴る。それと同時に雨の中へ走りだす。
全身はあっという間に濡れてしまい、確認するまでもなく下着までびっしょりだ。とにかく走る、走って走って走って走り続ける。頭の中に授業でやったメロスと自分が一瞬だけ重なった。でもすぐに消えた。
「はは、ははは、あはははは!」
雨の冷たさが心地いい。肌に張り付いていた嫌な暑さを引きはがし、自分の中で何かが弾けた。頭のネジがどっかに飛んでいった、テンションがどうしてだか上がりまくりだ。走って火照る身体をすぐに雨が冷ます、笑い声をあげながら全力疾走を続ける。
「は……はは……は……」
落ち着いて考えたら分かることだったのに、酸欠で足がいきなり思うように動いてくれなくなる。
「はっ……はっ……はぁ……いたっ」
脚がもつれてこけてしまう。アスファルトの地面が目の前に近づいてくる。
咄嗟に手をついてこける場所をずらした。
「わ、わわっ……!」
ずらした先は原っぱだった。こけただけでも勢いはあったから二転三転しながら川のほうへと落ちていく。
転がっている身としてはジェットコースターだかコーヒーカップのアトラクションの乗っているような気分で頭がぐわんぐわんいっている。
「…………」
ギリギリ川に落ちる手前で止まった。軽量型な身体だけど全身がなんだか痛い。動く気になれない。おかげで思考が冷静さを取り戻す。
「なーに考えてるんだよー」
自分で自分に突っ込みを入れる。さっきの自分はなんだ、雨の中を笑いながら走りまくるなんてばかみたいじゃないか。何が「よし」だ、気合を入れるにしたって笑いながら走るなんて変人と思われても仕方ない。
寝転がったまま辺りを見渡すと、学校近くの河川敷だった。歩けば10分ちょっとの場所だ。
「あーあ」
こんなところまできて何をしているんだという気持ちと、やりきったぜという気持ちが入り混じって不思議と愉快な気分だ。
ふと気づくと雨が止んでいる。雲の隙間から光が零れていく。少しずつ広がっていく晴れ間から太陽の光が降り注ぐ。なんとも神秘的な光景に息をすることさえ忘れてしまう。
「……あぁ」
雨上がりの陽で出来上がる綺麗なそれにため息を漏らす。七色の光を持つそれはとても綺麗で、芸術作品にも思えた。
「おーい、そこでなにやってんのー!」
河川敷の上にあるアスファルトの道から、傘をさしたクラスメートが声をかける。方向からして学校から来たのだろうか、となると自分の他にもあの時校舎にいたのか。
どうでもいいことに頭を巡らせてから、身体を起こして立ち上がる。そしてクラスメートに負けない声で返す。
「青春してんのー!」
こっちがバカでかい声でそんなことを言うもんだからクラスメートはキョトンとして、笑い出した。呆れたのかもしれない。
いい加減に全身びしょぬれは気持ち悪いし帰るとしよう。アスファルトの道まで登っていく。
「ねえ」
わざわざ自分が上がって来るのを待つお人よしに言う。
「綺麗な虹だね」
視線の先にあるそれを見てお人よしが答える。
「こっちとしては青春ってやつのほうが綺麗だと思うな」
(違いない)
言葉にはせずに、こっちも笑ってやった。