理想、夢、事件の三題噺です。
特に意味はなく、思いつくままに文章を書き連ねた産物です。
寿司のガリ感覚でどうぞ。

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理想の未来と妥協した現実

「そこの君、未来について考えてみないかい?」

 友人は唐突に言ってきた。読んでいた本から視線を友人に向け、無言のままに意味を求める。するともっともらしく考える動作の後に言った。

「そこの君、将来について考えてみないかい?」

「誰が『未来』を『将来』に変えて言いなおせと言ったタワケ」

 ズレた返答に思わず突っ込みを入れる。友人は反応らしい反応が見られたからか喜々として話し続けた。

「我々も今や高校最後の夏を目前に控えているわけだ。ならば将来という近『未来』について考えを巡らせるのもおかしくはないだろう?」

「高校最後の年に考えるのは遅い気がするが、夏っていうのが関係あるのか?」

「それはない」

ないらしい。

 ともかく、説明らしい説明はこれから始めるようだ。

「さて」

 どこから調達して来たのか、イギリスの探偵が被っていそうな帽子を取り出した。鹿撃ち帽と言ったか、それを被ってニヤニヤしているのが妙に腹立たしい。

「私はつい最近、自分が鳴りたいものに気付いたのだよ」

「お前は楽器になるのか?」

「地の文に突っ込むのはやめてくれないか。成りたいものだよ、成りたいもの。要するに将来の夢という奴さ」

「……」

 これは突っ込むべきなのだろうか。高校生にもなって将来の夢なんて遅すぎるだろうとか、高校三年生の夏に気付くなんて進路はどうするんだとか、今更友達に言っても仕方ないだろうとか、そういう突っ込みは放棄したほうが楽だろうか。

「さて、話をしよう。あれは今から36万……」

「ちゃんと話さないなら帰るぞ」

「すまない、ちゃんと話すから帰らないでほしい」

 

 友人は非常に熱く語ってくれた。それを要約すると以下の通りだ。

 自分が成りたいものはズバリ「名探偵」だと言う。怪盗と戦ってライバル関係になったり、主人公のようにトラブルに巻き込まれて殺人事件を捜査したり、全貌の見えない大きな組織を追ってスリルのある体験をしたり、そういうものになりたいらしい。

「世界一の名探偵に、私はなる!」

 眼鏡の少年も偉大な祖父を持つ高校生も超えると友人は豪語する。しかし分からない。この友人がそこまで推理力がある印象はないし、何よりも抱いている探偵像が理解できない。

「友人として一つ言っておきたいことがあるんだが、聞く気はあるか?」

自分の世界に入り込んでしまっているようなので、こちらの言葉も届かないかもしれないという懸念から確認してみる。

「なんだね?次期世界一位の私のサインが欲しいと言うのなら特別に描いてあげるが?」

「探偵は諦めろ」

 友人の妄言を無視して端的に意見を伝える。その意見に対して子供のような純粋さを持つ瞳で疑問を口にする。

「どういうことだね?」

「探偵の仕事にお前が考えているようなことは一切無い」

「……」

 思考が停止したと思われる友人に畳みかける。

「お前が理想とする探偵はドラマや小説や漫画の中にしか存在しない。現実の仕事は浮気調査、身辺調査、張り込み、ペット探しなどの地味なことばかりだ。全体の数パーセントとかじゃなくて0パーセントと言っても過言じゃない」

「……」

「仮に事件が起こったとしても素人に依頼するほど警察は無能じゃないし、お前と警察にパイプがあっても部外者に頼るような機関ではないぞ」

 自分が持っている情報と友人の理想の違いを述べていく。他にも色々と言おうとしたが

「…………」

 友人の眼からハイライトが消えていたので口を閉じた。

(馬鹿馬鹿しい)

 声に出さず思考する。こんなくだらないことを真面目に考える友人に呆れる。

 

「君は私のことを馬鹿だと思っているかもしれないが」

 いつの間にか持ち直したらしい友人は、読書に戻って間もないこちらに再び声をかける。ページ数を見ると10ページしか進んでいないから数分間は意気消沈していたのだろう。

「もしもジョセフよろしく思考の先詠みが出来ているのなら教えてもらおうじゃないか。君は自分の将来についてどのような考えを持っているのかね?」

「馬鹿馬鹿しい」

 思ったことをそのまま口にする。本から視線を逸らさず淡々と口にする。いったいどうしてこんな奴の暇つぶしに真面目な面して手伝わなくてはいけないのか。

「まあいいじゃないか、そうやって本を読んでいる辺り君も忙しいわけではないのだろう?」

「馬鹿真面目に馬鹿な話題を馬鹿と一緒に話すほど暇でもないぞ大馬鹿が」

「一度のセリフで一体何度罵倒するつもりだ貴様は。いったいどうして真面目に答えようとしないのだ」

分かりきっていることを聞いてくる。

 近未来だから、将来のことだからと自分の理想に胸を張って宣言する馬鹿者の相手をしている。ふざけるなと言ってやろうか。現実は高すぎる理想が恥でしかないというのに。あまりにくだらない、身の丈に合わない理想を追い続ける姿を見るのは滑稽さを通り越して目を背けたくなる。

 だから言ってやろう。

「現実には制限時間があるんだ、理想を捨てて浮上しろ」

「…………」

 どこぞの英雄の言葉をいじって切り捨てる。こいつのことだからしばらくすると復活するだろうが、少なくとも今日一日くらいは大人しくなるだろう。

 

「もし私たちが空想家のようだと言われるならば」

 

 気のせいだろうか、友人の口調が変わって空気が鋭くなった。本から顔をあげて視線を友人に向けた。

「救いがたい理想主義者だと言われるならば」

こいつはこんなに真面目なトーンで話すことができる奴だっただろうか?一切の冗談が通じなさそうな目をする奴だったか?

「できもしないことを考えていると言われるならば何千回でも答えよう

 『その通りだ』と」

「…………」

「理想を壊すのは他人の否定ではない、いつだって自分の諦めだけなのだよ」

(こいつは……ただの馬鹿じゃない……)

「貴様が何を言おうとも私は好きに生きるさ、結末が理不尽なものだったとしてもね」

(みんなが諦めた何かを諦めない愚者だ)

「さあ、君の思い描く近未来を教えてくれ」

「……」

 非常に面倒だ。しかし頭を使おう、こいつの先ほどの言葉にはそれくらいの価値を感じた。

 

 将来について思いを馳せるために現在までを掘り返そう。

 こいつのように大志を抱いていたことがないとは言わない。子供のころは規格外なまでの理想を持っていた。しかし成長するにつれてその理想は上等な理想になり、上々な理想へ落ち、それなりの現実へと妥協した。

 妥協に妥協を重ねて今に至った。しかし目の前の友人は目標を下げるつもりはないらしい。

「かつての理想を妥協して、これからという未来も妥協して、普通のサラリーマンがいいところだな。近未来というのならそれが一番現実的だ」

 こちらの解答を聞いて不満そうな友人に言い訳のごとく言葉を続ける。

「名探偵などといった主人公にはなれない、せいぜい語り部がいいところだろうよ」

「主人公ではない上で妥協した結論がそれだと言うのなら、もっと自分の望みに対して素直になってはいかがかな?」

 こいつが折れないというのなら、妥協することを妥協してみるとしよう。

「だったら」

 友人の鹿撃ち帽を自分に被せて応えてやる。

「俺が名探偵の助手、なんてのはどうよ?」

「未来に置いて事件を解決する私の助手が、君の理想と判断していいのかね」

「テメエが名探偵になれるってんならな」

 鹿撃ち帽を深くかぶって自分の顔を覆う。今の緩んだツラを見られてこいつを喜ばせるのは癪だ。


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