提督の布団にもぐりこむ駆逐艦の話   作:しらこ0040

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【キャラメル艦隊抜錨す】

 

 海は目が痛くなるほどに晴れ渡っていた。緩やかな海面に沿って、遠くの海岸線までがはっきりと見渡せる。

 第一機動部隊はそんな穏やかな海を羅針盤に沿って進行していた。鎮守府を出て30分、まだ敵機発見の報告は無い。

 

 隊列は単縦陣。旗艦である霞を先頭にして、皆が一直線に並んで陣を組んでいる。

 機動部隊を活かす為に輪形陣での航行も提案されたが、霞が却下していた。第一機動部隊はその名前とは裏腹に、必ずしも航空戦を主力とした隊では無い。恵まれた雷撃火力や優秀な観測能力を十二分に活かす為、敵機発見から随時陣形を変えていく方が戦略性が高いという理由からであった。

 

 軽空母「龍驤」は前後を僚艦に挟まれる形で航行していた。自分の前方を進む飛龍の背中を見て距離、速度を調整する。しかし、その飛龍の艦間距離がいまいち安定しない。航行速度こそ一定を保っているものの、前後のバランスがバラバラで頻繁に主機の回転数を上げたり下げたりを繰り返している。

 

 龍驤は不審に思って、飛龍を超えてより前方を見据えた。飛龍の前、雷巡大井のさらに先に、背の高い戦艦が緩やかな波に揉まれて激しく上下しているのが見える。

 

「おいこら新人、肩の力抜けや。なんや、初出撃かいな」

 

 陸奥は重心を落として、耳にはめたインカムを手で押さえた。視線を足元から外さずに、全身で大きくバランスをとりながら答える。

 

「い、いえ。前の鎮守府で、じゅ、10回ほど」

 

「霞ちゃんのケツ追っかけとけばええんや、艦隊運動も霞ちゃんが隊で一番うまいんや」

 

 陸奥はふらふらと危なっかしく波に揺られながらも、龍驤の特異な言葉選びにふと違和感を覚えた。 

 

「艦隊運動『も』、ですか」

 

 陸奥の返しに、龍驤はゆっくりと頷く。

 

「そや、駆逐艦かて舐めへん方がええで」

 

 龍驤は声量を一つ下げて、囁くように言った。

 

「正直日向の旦那なんて「戦艦」で「秘書艦」やから旗艦やってるようなもんや、指揮能力はともかく、戦果や撃墜数では霞ちゃんのが上や」

 

 ひそひそと隠し事を漏らすようにそう呟いた後、思い出したかのように付け加える。

 

「あ、あんま本人に言ったらんてな、気にしとるようやし」

 

「本人って、日向さんにですか…?」

 

 秘書艦である日向が一駆逐艦の霞にコンプレックスを持っているというのはわからなくもない。しかし龍驤はしばらく考えたのちに、ぼそりとひとりごちた。

 

「…どっちもや」

 

 龍驤の声はどこか遠くに向けられたような、不思議な哀愁を感じさせた。

 

 陸奥だってもちろん「駆逐艦 霞」の名は知っている。鎮守府間の表彰で何度もその名が呼ばれたのを聞いている。しかし、それは駆逐艦内での話だ。艦隊と言うものは艦種によって役割がはっきり分かれている。それが駆逐艦と戦艦という異なる艦種が、同じ土俵に立って張り合っているというのはいまいち納得できない。

 

 「ここ半年、一度も撃墜数1位を譲ってへん駆逐艦ゆうたら多少は分かりやすいか」

 

 龍驤は陸奥の疑問を承知していたように語り始めた。波に揺られながら、陸奥は無言を以て龍驤に話を促した。

 

「1位霞ちゃん、2位が日向の旦那や、それでも毎月大型艦4隻ほど差が出とる。今第一線を引いとるアンタのお姉ちゃんかて、霞ちゃんを超えるのは無理やろ」

 

 鎮守府内の戦果報告は全艦種がないまぜになって集計されている。そのため戦艦と駆逐艦が撃墜数で競う事もあるわけなのだが、鎮守府内10位に駆逐艦が入ることなんてごく稀だ。しかもここほど大所帯の鎮守府ともなれば、上位争いの熾烈さは計り知れない。

 

「ついでに言えば、砲撃戦的中率1位も霞ちゃんや。ちゅうてもこっちは1~3位は駆逐艦やけどな。でも、2位の夕立の命中率66.8%に対し、霞ちゃんは91.2%。どんだけ霞ちゃんがバケモンかわかろうもんやろ」

 

 陸奥は今一度、自分の前を先導する小さな駆逐艦の後姿を見やる。あの小さな背中にどれだけの影を秘め、あの細腕でいくつの屍を積み上げてきたのか。そしてそれを駆逐艦という小さな体で背負うプレッシャーはどれほどの重圧であろうか。

 着任したての陸奥にはとても想像できないものである。

 

「ホンマゆうたら、この鎮守府で霞ちゃんのこと子供扱いできるやつなんておらへんよ。こと「殺し」に関しては一級品や、まさに深海棲艦殺すために生まれてきたって…そらウチら皆そうか」

 

 「アハハ」と笑う龍驤に、陸奥はどう返事していいかわからなかった。何とか苦笑いを浮かべる陸奥の内線に、突然の横やりが入る。鋭く研ぎ澄まされた声が向かう先は…。

 

「姉さん、無駄話」

 

 龍驤は「あいた」と頭を抱えながら、舌と見せて笑った。

 

「新人さんリラックスさせとったんやで」

 

「なら固定回線じゃなくて、隊全員に教えてあげてください。そもそも…」

 

 龍驤はやれやれと長く息を吐いた。

 話が長くなりそうだ。初めてこの場に居合わせた陸奥ですら、同様の雰囲気を感じ取っていた。

 

「姉さんは自覚が足りません。第一は鎮守府でも「特別」な艦隊なんです。私たちも「特別」の自覚と誇りを持って作戦にあたるべきなんです」

 

「陸奥さん、わかりますか」

 

 突然話を振られて、陸奥は慌てて返事をした。

 

「は、はいっ!」

 

 霞は陸奥の反応に一瞬怪訝そうに言葉を区切ったが、深くは追求せずに話を続けた。

 

「陸奥さんにもその自覚が必要です。てっとり早くそれを実感するには…これが我々の「特別」です」

 

 霞はそう言いながら航行中に突如180度回頭した。霞の後ろを進んでいた陸奥は驚いて咄嗟に主機の回転数を落とす。しかし霞はそんな陸奥のスピードにあわせて、進行方向に背を向けたまま航行を続けていた。

 

 二人の間隔が変わらないまま、お互いの目を見つめ合うという異様な航行をしばらく続けた後、霞は突然陸奥に急接近した。

 

「か、かすみちゃっ!」

 

 むぎゅ

 

 霞の指が陸奥の唇に触れている。

 一瞬の出来事であったが、霞が手に持っていた「何か」を陸奥の口の中に押し込んだのだ。

 

(あ、甘い)

 

 陸奥は口の中で甘くとろけるそれを、舌の上で転がした。

 

「第一は全艦隊で唯一、作戦中にお菓子を食べることを許されているんです。これは第一が提督の絶対的信頼のもとにある事を表しているんです。我々の「誇り」なんです」

 

「ふぁい」

 

 陸奥はキャラメルを口に入れたまま大きく頷いた。

 周りから次々に笑い声が漏れる。

 

「信じたらあかんよ、ムツゴロウ。駆逐艦ジョークやで」

 

 インカムから笑い声に交じって龍驤の声が響く。

 

「ホンマやったら作戦中のお菓子は始末書もんなんや。「何故作戦中にキャラメルを食べたのか」の経緯書を2枚も書かされるんやで、屈辱もんやぞ」

 

「うちの副艦殿はキャラメル報告書の常習犯なのよ」

 

 大井が笑いをこらえながらそう漏らす。それに霞は何故か胸を張って答えた。

 

「今年に入ってからもう8枚提出してるわ」

 

 霞はドヤ顔のまま、自分用のキャラメルを取り出して、口の中に放り込んだ。

 苦笑する陸奥に対し、霞はゆっくりと話し始めた。

 

「第一は「特別」な艦隊です」

 

 その視線はまっすぐに陸奥に向けられている。しかし、陸奥は自分の背後で並みいる軍艦達がしんと静まり返っているのを感じた。

 霞は一呼吸おいて、今度は隊全員に語りかけるように声をあげた。

 

「でも固くなる必要なんてないわ。私達だって失敗する事もあるし、お菓子を食べて怒られるのも皆と一緒。私達の「特別」は単純な戦果や技術では語れない所にある。【護るために戦う】事と【絶対に生きて帰る事】、この二つを見失わなければ陸奥さんにもきっとわかる時が来るわ」

 

 霞はまっすぐに陸奥を見据えて、ゆっくりと言い聞かせるように語った。彼女の瞳は純粋で、最前線で引き金を引く者の「それ」ではない。

 殺すための戦いではなく、護るための戦いとその誇り。そんな事を堂々と言い放つ彼女の「駆逐艦らしさ」に、もしかしたら皆引っ張られているのかもしれない。

 やはり第一は「特別」だ。その内にひそむ誇りの強さは、並の艦隊がおいそれと自覚できるものではない。彼女たちは戦いの理由を意識の中で統一し、ストイックにそれと向き合っている。

 

「納得できたかしら?」

 

 霞はいたずらっぽく首をかしげて、陸奥に聞き返してきた。可愛い。

 

「はいっ!」

 

 陸奥の迷いのない返事に、霞は満面の笑みでそれを迎えた。普段見せない霞のしぐさに、インカムの中は黄色い声援が飛び交う。

 

「霞ちゃん可愛い!」

「さすが、ダイチの可愛い代表!」

「餌付けしたいわ!!」

「あ、敵艦隊見ゆ」

 

「え」

 

 突如降ってわいた開戦の狼煙に、動揺を見せたのは陸奥ひとりであった。霞は素早く回頭し、魚雷のセットを確認しながらインカムに怒鳴りつける。 

 

「ガッサ!状況報告!」

 

「偵察機より入電!ワレ敵艦隊発見ス!」

 

 報告を入れた衣笠は偵察機からの暗号を随時解読しながら、すぐさま隊全体にそれを通達する。

 

「戦艦1、重巡2、空母1、駆逐2。距離は15000、左30度!」

 

 霞はガツンと主砲を叩きつけた。しんと静まり返る一同に、霞は矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「各艦第一戦速!戦闘機隊、発艦始め!」

 

「「了解!」」

 

 龍驤と飛龍が戦闘機の発艦体制に入る。

 飛龍の腕に取り付けられた飛行甲板に整備を終えて出てきたのは、羽に日の丸を携えた精鋭達。「烈風」と呼ばれる空の狩人達であった。

 妖精達によってエンジンに火を入れられ、たちまちのうちに第一攻撃隊36機が高空に放たれた。美しい弧を描き上空で集結し、隊列を組んで敵機めがけ突撃する。

 

「いくで!」

 

 龍驤は背負った巻物を展開し、扇状に広がった甲板より艦載機を飛ばす。ヒトガタとよばれる念紙に宿った彼女の言霊が、在りし日の英霊と共鳴し「流星」の名を冠する攻撃機として具現する。

 

「攻撃隊、発進!」

 

 艦載機たちは一糸乱れぬ動きで並行し、上空を一瞬にして戦場の色に染め上げた。

 

「大井!甲標的を出して、5000まで接近して雷撃開始」

 

「りょ、了解」

 

 霞は休むことなく指示を飛ばす。小型潜水艦を抱えた大井を先行させ、背後で固まっている戦艦に声をかけた。

 

「陸奥さん、やるわよ。雷撃着弾と同時にぶちかまして!」

 

「は、はい。了解しました!」

 

「霞ちゃん!敵艦隊、距離10000!」

 

 衣笠の観測報告。

 それを受けると同時に、前方に黒い影が揺らめいて見えた。徐々に全貌を表す敵艦隊。水平線の向こうに、その第一陣が顔を出した。

 霞は目を細めて艦種を確認する。黒々とした巨体が海水に濡れて、異様なほどギラギラと輝いている。

 

「敵艦見ゆ!砲撃用意…」

 

 霞自身じっくりと的を絞るように息を止めて、時を待つ。

 甲標的から放たれた魚雷は無雷跡な為、この距離では目視で確認する事は出来ない。

 

 先頭の重巡リ級と目があった。瞬間。

 

 立ち上る水柱が全てを覆い尽くした。敵位置はすでに把握済みだ。霞は堰がきれたように声を張り上げる。

 

「てーっ!」

 

 霞の最後の号令は、畳み掛ける爆音に紛れて最後まで聞きとる事はできなかった。

 

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