第一機動部隊の出撃中、指令室に戻った日向は部屋の扉に背中を預けて、帰還した艦娘の報告を聞いていた。入口のドアに寄りかかり、腕を組んで目をつむっている。
ここでの話を、外に漏らすわけにはいかない。日向は今一度扉に鍵がかかっていることを確認して、部屋の中の二人に向き直った。
重苦しい空気の漂う司令室の中心に、提督本人と一人の艦娘が机を挟んで向き合っていた。提督は深く椅子に身を沈め、向かい合う少女は濡れた髪を揺らしながら、敬礼を解いた。
「報告は以上でち」
少女は一連の報告を終えると、腰の後ろで腕を組んで「休め」の姿勢を取った。スクール水着を模した特殊外装よりしたたる水滴が、裸足の足を伝って司令室の床を濡らした。
「…姫級が出たか」
報告を聞いた提督は、イスに寄りかかってため息をついた。向かい合って立つ潜水艦娘「伊58」通称ゴーヤは、即興で書き上げた報告書に視線を落としたまま口を開いた。
「しおいちゃんは先にドックに行ってもらってるでち。損傷が激しくて、しばらくは動けないでち」
特徴的な語尾とは裏腹に、その表情は真剣そのものである。
提督は机を上を経由して報告書を受け取ると、手に持ったハンコを強くねじ込む様に押し付けた。これでこのラクガキ紛いの拙い紙切れが、れっきとした報告書として受理される事になる。
それを引き出しの中にしまいつつ、提督はゴーヤに問いかけた。
「報告ご苦労。交戦したのはしおいだけか?」
その質問にゴーヤはやや難しい顔をする。今回の海域任務においてその一部始終を確認していた彼女であったが、自分の見た限り「交戦」という言葉があの場を説明する表現として適切だとは到底思えなかった。
ゴーヤは指先で自分の顎に触れながらしばらく目を伏せ、視線だけを上げて提督と目を合わせた。
「しおいちゃんは一切攻撃してないでち。ゴーヤ達を逃がして、ずっとアイツに叫んでたでち「一緒に帰ろう、提督が待ってる」って」
「…」
提督はそれを聞き、ため息を漏らしながらゆっくりと腕を組み直した。「しおい」こと伊401は古くからこの鎮守府に身を置く、古参の潜水空母である。鎮守府にまだ多くの工員が配備されていた頃から潜水艦として任務に就き、彼ら一人一人と深く関わっていたはずだ。命令だとしても、あの深海棲艦に魚雷を向けることはできないだろう。
「姫級に関しては、こちらで討伐隊を組む。「error」は後の敵工廠破壊作戦に備えろ」
「あいつをウチで沈めるの!?そんなのおかしいでち!」
淡々と支持を出す提督に、ゴーヤは食って掛かった。両手を机の上に叩き付けると、机の上の書類が音を立てて崩れた。ゴーヤの剣幕をぶつけられても、提督は表情を動かさない。
「誰かがやらなければ。ウチの尻拭いを
「じゃあ人間どもの尻拭いをさせられてる艦娘は、提督はどうなるでち!」
そのゴーヤの言葉に提督も牙をむいた。ゴーヤから目を逸らさずに腰を上げると、上から額がぶつかりそうになるほど顔を接近させた。
「お前も私も!その為にここにいる!艦娘は兵器だ!深海棲艦を根絶やしにする為だけにここで血反吐吐いてるんだ!わかるか、ゴーヤ!」
『糞提督!入電よ!』
二人の話を断ち切るように、突如指令室にアラームが響き渡った。
提督はゴーヤにデコピンして黙らせると「話は終わりだ」と一方的に話を打ち切った。通信機のスイッチを入れると、片手でボリュームをしぼりヘッドフォンに片耳だけを押しあてる。
「私だ…霞ちゃんか?」
提督は始めにそう声を上げると、うんうんと通信機に向かって2.3頷いた。一方的に報告を受けているのか、度々眉をひそめながらも、余計な口をはさむことなく相槌をうっている。難しい顔をして黙って話を聞いていたが、最後には「りょーかい」と大きくうなずいて口を開いた。
「了解した。第一機動部隊の大破撤退を許可する」