第一機動部隊が帰投した時、肩を支えられて港に入ってきたのは雷巡洋艦の「大井」であった。小型の潜水艦を抱きしめるように抱える彼女は、並び立つ衣笠に肩をあずけて足を引きずるようにしてよろよろと海からあがった。鉄柵を握る手は弱々しく、指先からは血の気が引いている。
提督は通信を受けてから、会議を打ち切ってドックで待機していた。消耗した大井を見て、慌てて階段を駆け下りた。
「ご苦労っ!」
肩を貸す衣笠にそう告げると、彼女は空いた片方の手で小さく敬礼した。提督は横でうなだれる大井を見て、ボロボロになった艤装と皮膚に残る機銃痕を確認した。
艦娘は『外装』と呼ばれる衣服のような薄い装甲を着込んでいる。これは耐熱性を重視した特殊金属で作られた、いわば「外の壁」である。この他、艦娘自身の肉体も強化細胞によって高い自己修復能力と耐ショック性を兼ね備えている。骨格や関節の一部には生体合金が埋め込まれており衝撃に強く、その常人の何倍という筋力を支えている。
しかし、今の大井は上部の外装のほとんどが焼け落ちていた。肉の抉れた内部装甲は自己修復が追い付かず、所々白濁した人工血液が漏れ出している。
肩を貸そうと傷ついた肩に触れると、彼女の細い指先が提督の上着に添えられた。弱々しくも握り込むように上着の裾を引っ張られる。不審に思い目を向けると、大井の懇願するような瞳が、提督をまっすぐに射抜いていた。
「雷巡「大井」、旗艦命令に背き大破いたしました。申し訳ございません…」
指先が小刻みに震えている。提督は掴まれた手を握りこむように自らの手を添え、左手で彼女の髪を軽く撫でた。
「わかった、先に入渠だ。後で霞ちゃんと一緒に報告書を出してもらう」
「申し訳ございませんでした…」
提督は満身創痍の大井の手を取って、ゆっくりと階段の上に導いた。衣笠と両脇から挟み込みように位置取りし、腕を大井のわきに通して体重を支える。肩を貸したまま階段を上りきると、大井から離れて衣笠の背中を押した。
「4番ドッグを空けてるからそこに」
「了解」
衣笠は小さく頷いた。
小さくなっていく衣笠の背中を見つめながら入口の鉄柵に寄り掛かると、どんと床を打つ音を聞きいて慌てて背後を振り返った。旗艦の霞は少し離れた位置から提督の様子をうかがっていた。大きな音を立てたのは戦艦の陸奥で、空母二人に手を引かれて海面から陸に上がるところであった。
「敵艦隊は高速船が多くて、開幕雷撃では狙いを絞りきれない。対潜装備の球磨を連れてきて、陸奥さんのメンタルの様子を見てから再出撃するわ」
霞は提督の手が空くのを待っていたかのように、一呼吸でまくしたてた。提督は一瞬何のことかわからず、霞の瞳の色を見返した後に、手のひらを向けて彼女の言葉を遮った。
「まて、今回の作戦は中止だ。再出撃は後日とする」
提督の静止を聞いて、霞がはじかれた様に声を張り上げた。拳を握りしめて、飛びかかるように提督に食って掛かる。
「はぁ!?まだやれる!こんな傷、どうって事無いんだから!」
肩を突き出すようにして負傷した外装を見せつける霞に対し、提督は深くため息をつきながら説明した。
「違うんだ霞ちゃん、
言い聞かせるような提督のもの言いに、霞はしぶしぶと身を引いた。それでも信じられないといった様相で握り拳を震わせている。その瞳は怒りに揺れ、ほんの少しではあるが目の縁に涙の粒が光っているようにも見える。霞は目を伏せてがっくりと肩を下ろすと、唇を歪めて、唾を吐くように言った。
「わかったわ」
肩を震わせながら霞はそう吐き捨てた。提督への不満も、任務への憤りもすべてをその言葉になすりつけて。
次に霞が顔を上げた時、そこに渦巻いていたすべての感情はきれいさっぱり消え失せていた。鋭い視線を提督に向けて、冷静に言葉を紡ぐ。
「入渠後、報告書を出しにいきます」
だが、それにも提督は首を横に振った。
「それも、後でいい。会議が控えてるから、大井の全快を待って一緒に来てくれればいい」
そう言い残し、提督は駆け足で去って行った。そのよそよそしい態度に霞は全てを察した。霞は奥歯を噛み潰して、指先を握りこんだ。拳の先がぶるぶると震えている。
自分の知らない所で、何かが動き出している。そして、その中に自分の居場所は無いのだ。