提督の布団にもぐりこむ駆逐艦の話   作:しらこ0040

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【特別な君と】

 

  霞ちゃんは普段私が使っている枕を抱き締めながら、うずめた顔をそらして片目で私を見上げた。

 

「ねえ、提督ぶとん」

 

 霞ちゃんがそうささやくと、やわらかな香りが広がる。淡い柑橘系の、シャンプーの匂いだろうか。

 

「ねぇ聞いてる?提督ぶとんって、忘れたの?」

 

 不愉快そうに眉をひそめる霞ちゃんに、私は自分の背後に丸まっていた掛け布団をむんずと掴み、寝転がったまま両手で大きく広げた。それを霞ちゃんの小さな肩に引っ掛けると、余った端の部分を自分の脇の下に通した。ベッドの下にした腕で彼女に腕枕して、布団の内側の隙間を埋めるようにその頭を軽く抱きしめた。

 霞ちゃんはしばらく大人しく丸くなっていたが、突然不機嫌そうに私を見上げると、両手で私の胸を押して二人の間に大きく距離を取った。

 

「何かご不満かい?」

 

 霞ちゃんはぷくりと頬を膨らませた。

 

「なんか、想像してたのと違う。なんか、昔はこうじゃなかった」

 

 霞ちゃんは唇を尖らせたまま、寝返りを打って私に背を向けてしまった。背中にとまったホックを見つめながら、はてと私は首をかしげる。

 「昔は違った」とはどういう事だろうか。提督ぶとんはかねてより私が駆逐艦に行ってきた遊びの一環だ。この【もぐりこみ】に合わせて復活したとはいえ、以前とそれほど違いがあるものでもないはずだが…。ふむ。

 

 私は霞ちゃんに気付かれないようにゆっくりと起き上がり、ベッドの上に胡坐(あぐら)をかいた。かけていた布団を背中に回して、上着を羽織るように肩にひっかけた。静かに息を吐くと、素早い動きで油断している霞ちゃんの背中に飛び掛かった。

 

「ちょっ!何よ!このクズ、変態!」

 

 羽交い絞めにするように背後から霞ちゃんを抱きしめ、無理やり膝の上に座らせる。暴れる彼女を押し込めるように、羽織った布団で上から包み込んだ。灰色のセミロングが揺れるたび、シャンプーの柔らかい匂いがする。その香りに顔をうずめながら、体の前で組んだ腕に強めに力を込めた。

 

「うんっ、あっ…!」

 

 霞ちゃんは一瞬苦しそうに身もだえし、大きく肩を震わせた。私が腕の力を緩めると、ゆるゆると膝の上に鎮座しする。私の胸に背をもたれ、やや猫背気味に首を前に突き出している。私はずり落ちた布団を正面で組んだ手で引き寄せた。

 

「こんなかんじかい?」

 

「し、しらないわよっ!」

 

 霞ちゃんは顔を真っ赤にして縮こまっている。

 かつて提督ぶとんは定時に目を覚まさない初雪を「起こす為」に行われていたものだ。 以前この行為がその目的に準じて行われていた際は、こうやって彼女を抱きしめながら朝日を浴びていたのを覚えている。

 

 私は霞ちゃんを抱えたまま、ベッドの端へ移動し壁に寄り掛かった。それに合わせて、霞ちゃんも体を180℃回転させて私と向かい合った。そして少しためらった後に、私の胸に頬を寄せて小さく納まった。二人の体重を受けてベッドが軋み、ぎしりと音を立てた。

 

 しばらくの間二人とも無言で窓の月を眺めていた。私が子供をあやすようにゆらゆらと体を揺らすと、腕の中の霞ちゃんも少し遅れて頭を揺らし、とろとろと重い瞼を擦った。すっかり抵抗するこ事も忘れた霞ちゃんの頭を撫でながら、灰色の髪を指先で梳く。手入れの行き届いた髪はするすると指の間を抜けて、頭の動きに合わせて左右に揺れた。

 

「ねぇ、なんでアタシなの。いや、なんであたしを選んだの?」

 

 霞ちゃんの唐突な質問に、私は向けられた瞳を覗き返しながらしばらく硬直していた。しばし考えた後に、「えっ」と驚いて口を開く。

 

「…もしかして第一機動部隊の事かい?」

 

 霞ちゃんは返事の代わりに、向けた視線を私を射抜くような鋭い物へと変えた。私は霞ちゃんの髪を梳きながら、やんわりとその視線を受け流す。

 

「旗艦撃墜数No.1の君を遠征に回すのは惜しいと思ったんだ」

 

「はぐらかさないで、私の撃墜数が上がったのはつい最近の事。私は第一に配属されるまで、撃墜数はドベから数えた方が早かった」

 

より睨みを利かせてくる霞ちゃんに、私はやれやれと頭を掻いた。嘘をついたつもりは無かったが、当時の本心ではない事は確かだ。本人に伝えるべきではないと思っていた事だが、霞ちゃんの無言の催促に長く耐えられるほど私は隠し事が得意ではなかった。

 

「かつての水雷戦隊で、君はとても窮屈そうに見えた。羊の群れの中に、一匹だけ優しい獣が混ざっている様な、言いようのないもどかしさと苛立ちで、いつも周りにつっかかっていた」

 

 私の正直な答えに霞ちゃんは少し驚いたように目を丸くした。一通り頭の中で私の言葉を反芻すると、軽く息を吐いて皮肉っぽく口元をゆがめた。

 

「…よく見てるのね」

 

「目立っていたからね」

 

 私の答えに何か合点がいったのか、霞ちゃんは視線を落として私のシャツのボタンをいじくっている。どこかもどかしいその様子に、私は彼女が何を話すためにこの【もぐりこみ】を計画したのかわかり始めていた。

 

「霞ちゃんは第一が嫌かい?」

 

 視線をあげず、霞ちゃんは私のシャツに頬を擦りつけるように首を横に振った。

 

「まさか、私にはもうあそこしか残されてないもの。あそこだけが、私の「特別」なんだから」

 

 霞ちゃんはボタンを弄る手を止めて、ぎゅっとシャツの裾を握りこんだ。胸に顔をうずめるように押し当て、ゆっくりと息を吐いた。

 

「別に、第一だけが「特別」じゃない。他部隊との違いなんて、大きなもんじゃないんだ。主力でこそあれ、ほかのどんな部隊だって鎮守府にとって大切なのは変わらない」

 

 霞ちゃんはそれにも首を横に振った。物悲しそうに窓の外に目をやる。

 

「第一が「特別」なのは、私が駆逐艦だから。私が貧弱な駆逐艦だから、不釣り合いな艦隊はとても歪で不安定な物にこの目に映る」

 

 自分で呆れたようにそう言って、霞ちゃんは小さく笑った。

 彼女をダイチに迎え入れたのは、私の采配ミスであっただろうか。いや、彼女の語り口から察するに、そんな単純な話ではない気がする。

 

「私はこの鎮守府でずっと不安を抱えてた。配属後すぐに水雷戦隊に指名されて戦った。戦って戦って戦って戦って、でも隊の皆は私を残して、次々に別の隊に移動していった。私と不知火だけが残されて、あの娘は冷たい目で私に言った」

 

 霞ちゃんの視線がゆっくりと横に流れる。覗き見たその瞳の中の光は、「少女」から逸脱した鈍い金属の色をしていた。

 

「何も考えるな…って」

 

 私は黙って彼女の横顔を眺めていた。霞ちゃんの貴重な弱音、と言えるのだろうか。霞ちゃんの輝かしい戦果は第一線を奔る唯一の駆逐艦という「誇り」と、それに伴うプレッシャーによって支えられている。駆逐艦同士では得られない責任と緊張感が彼女の力を高みへと押し上げている。

しかし、そこにかかる重圧に、駆逐艦の軟な装甲は悲鳴を上げている。彼女の精神は摩耗し、少しずつ崩壊へ向かう。

 

 この娘は私と同じ道を歩もうとしている。自らの寿命を縮める選択肢だと知りつつも、自分だけの居場所を守るために戦い続ける。

 

 周りからの「期待」に押され、駆逐艦であるという「重圧」が身の内より溢れ出す。迫りくる圧力に板挟みにされ、叫び出したいのを必死に我慢している。

薄暗いドックの中で、たった一人で「鉄の羽音を聞いている」。

 

 彼女に対し私にしてやれる事は限られていた。霞ちゃんへの「期待」を和らげるか、彼女の「重圧」を共に支えるか。選択肢は一つであった。

 

「明日、日向に声をかけてみるといい。じきにでかい作戦がある。水雷戦隊及び駆逐艦達にも総力を出してもらう」

 

 彼女を私の「特別」に、一駆逐艦ではなく第一航空部隊副艦「霞」であると自覚させる。彼女に寄せられる期待が大きくなるのは仕方ない事なら、私は彼女の目指す先を切り開いてやるだけだ。

 

「駆逐艦にも多くを知る者が必要になる」

 

 私の言葉に霞ちゃんは目を見開いた。

 

「雷蛇は!?」

 

「らい…北上には別の仕事を受け持ってもらう。君は彼女のフォローもする事になるんだ」

 

 霞ちゃんは私にもたれかかりながら、両手で小さくガッツポーズをした。「よし、よし」と口の中で小さく唱えているのが聞こえる。今すぐにでもはしゃぎ出したくなるのを、必死に押さえているかのようだ。

 

「わかった。やってあげるわ。別に嬉しくは、ないけどね」

 

 腕の中の少女は、ニヤリと口角を上げて微笑んだ。その瞳は青空のように澄み、輝いている。

霞ちゃんにプレッシャーを与えていたのは競争相手の艦でも、誇りある第一機動部隊でもない、それはきっと「私」だ。

思えば今日一日彼女はずっと私を意識していた様な気がする。私はそれをどれだけ裏切ったのだろうか、考えるだけでも胃が痛い。

 それでもこうやって霞ちゃんの笑顔を引き出せたのだから、私としては頑張った方だと思う。【もぐりこみ】を通して霞ちゃんの真意を引き出し、私がそれに答えた。

 

 駆逐艦の待遇改善をと思って【もぐりこみ】を続けているが、実際に艦娘と語り合い、変わっているのはきっと私の方なのだろう。彼女たちの直の思いに触れ、私はこんなにも艦娘たちの事を深く考えるようになっている。確かな価値があり、「神聖」な儀式だ。自分の命をかける意味があると、本気でそう思っている。

 

 私が一人考えに浸っていると、霞ちゃんが腕の中でもぞもぞと体を動かした。私に向かい合う形で脇の下に手を入れて、私の背中をつかんで体を固定した。

 

「?」

 

 私が不審に思っていると、霞ちゃんは鼻先をこすりつけるように私の胸元にすり寄った後、心臓の上にそっと口づけた。シャツの上からではあるが、やわらかな唇が私の胸元に触れ、わずかな水気と熱を残して離れた。

 

「か、霞ちゃん!?」

 

 唇が離れた後も、心臓が熱を持って鼓動し続ける。霞ちゃんは赤くなった顔をそらして、もごもごと口の中で小さくつぶやいた。

 

「なんかしなきゃ、でしょ?我儘を聞いてもらったんだから…ね」

 

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