「じゃ、私は寝るぞ」
ぼんやりとベッドに倒れている霞ちゃんを放置して、私は布団を肩にかけなおした。壁に向かい合う形で、霞ちゃんに背を向けてベッドに横になる。
私が呼吸を整えたところで、背後で霞ちゃんが起き上がった気配がした。のそのそとベッドを膝立ちで歩く音が響き、私のすぐ後ろで停止した。小さい手が私の肩に置かれ、ぐっと力を込めて仰向けに押し倒された。霞ちゃんが腰の上にまたいで座り、マウントの体制で私の体を固定した。
「何やったっていいって言ったのはあんたよね」
「(言って)ないです」
「うるっさいのよ、このクズ」
「いたっ」
静止の為に差し出した私の指に、霞ちゃんが噛み付いた。アマガミとは呼べぬ顎の力に、私は空いた右手を挙げて降参のポーズをとった。正直超出力艦娘顎筋を駆使すれば指を食いちぎられる可能性も無くは無いので、表情とは裏腹に冷や汗ものである。
「何がしたいんだ、いたいって!」
霞ちゃんは一旦私の指を開放し、糸を引く唾液を拭う事もせずに怒鳴り散らした。
「男噛むのにいちいち理由はいらないの。おわかり?」
私は予想外の言葉に愕然とした。
ドS。
霞ちゃんの本心をすっかり忘れていた。普段彼女は艦隊の和を保つ為、面倒見のいい頼れる駆逐艦を演じてくださっているのだ。しかしそういう考え方のできる優しい精神が彼女の本心だと考えるのは、いささか甘い考えと言わざるを得ないだろう。
「がぶがぶ」
「いたいよ霞ちゃん」
霞ちゃんの標的は私の指から、柔らかい二の腕に移動している。肉の弾力を楽しむように、思いっきりハミハミされている。いかん、可愛い表現を使ってしまった。漢字で書けば「喰み喰み」である。
先ほどまで対象にされていた指の付け根にはくっきりと歯形が残っている。顎の圧力で血流が止まっていたのか、指先は赤く腫れ上がっていた。
「噛みグセがあるから、お菓子を食べて口寂しさをまぎらわせていたのか」
「甘いものは好きよ、でもお肉も好き」
二の腕から唇を離し、霞ちゃんが耳元でささやいた。吐息が肩にかかるのと同時に、露出した首筋にガブリと食らいつかれた。痛いような、くすぐったいような。私は抱きかかえるように彼女の頭を撫でた。指に触れる柔らかな髪の感触、指先を髪の根元に差し入れると、私の手の動きに反応するように彼女の歯がいっそう深く首筋をえぐった。
霞ちゃんの小さな心臓の音を聞きながら、私は目を瞑る。視覚を無くすと首筋がいっそう熱く、じわじわと痛みが広がっていくのが感じられた。その痛みの中心に、彼女の舌が触れた。舌先が蛇のようにぬらぬらと動き、傷口をくすぐった。そして空気に触れて冷たく痺れる傷痕に、少女の柔らかい唇が押しあてられた。
「霞ちゃん?」
驚いて目を開ける。霞ちゃんは何も言わずにただ私をにらんでいた。視線が「何も言うな」と告げていた。それが羞恥からくるものなのか、怒りなのかは分からなかったが、私はおとなしくそれに従った。
霞ちゃんは私の体の上に乗っかったまま、ゆっくりと上体を傾けた。心地よい重みが、私の胸の上にかかる。
暖かな吐息が首筋にかかる。私は彼女がずり落ちないように腰に手を添えてその体を支えた。小さな寝息が、夜の静寂の中に淡々とそのリズムを刻んだ。
「……」
言いたい事言って、好き勝手暴れて、疲れたら眠ってしまった。先ほどの行動は、もしかして私に甘えているつもりだったのか。
艦娘は、兵器だ。
彼女たちは建造されてから短期間で成長し、戦いと殺しについて身につけていく。では彼女たちが「娘」である部分とはなんなのか。それは「かつてのものたち」が兵器の中に見出した微かな「望み」。それは彼女達のかけがえの無い個性となって、その中で得られなかったはずの「命」を生み出している。
霞ちゃんが子供扱いを嫌がる理由。それはきっと、彼女が他の駆逐艦よりよっぽど子供らしく、無邪気な面を持つからに他ならないのだ。