提督の布団にもぐりこむ駆逐艦の話   作:しらこ0040

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喫煙艦娘注意


【移り行く火】

 あまりに眠りが深すぎると、目を覚ました瞬間に眠りについた時の記憶をはっきりと覚えている時がある。

 朝の陽ざしを浴びてこの感覚を覚えた時は、思わず「寝た気がしない」などと呟きたくもなるものだ。しかし私の眠りを妨げたのが目をさす太陽の光では無く、冷たい風の音であったため、不快感より先に疑問を強く抱く結果となった。

 上体を伸ばし、首を動かして部屋の窓へ顔を向ける。

 カーテンが風に揺れ、月明かりがテーブルを照らしていた。吹き込む風に乗って、粉っぽい匂いが鼻を突いた。深く吸い込むと、鼻の奥がじんわりと熱を持つのを感じる。

 

 私は上半身だけをベッドから起こし、月明かりに照らされる桃色の少女へ目を向けた。

 

 駆逐艦「不知火」はゆるりと紫煙を燻らしながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

 

「おい」

 

 私が声をかけると、頬杖をついたまま顎の位置をずらすようにして顔を向けた。

 

「おはようございます司令」

 

 悪びれた様子もないその横顔に、私は呆れてため息をつく気にすらならなかった。

 

「『もぐりこみ』だな。私は聞いてないぞ」

 

「その方が面白い…と」

 

「北上か」

 

「大井さんが」

 

「まったく」

 

 大井の奴め。

 私は悪態をつきながら、ぼりぼりと頭をかいた。大あくびをかましながら、固まったまぶたを擦り上げる。ぼんやりと揺らめいていた不知火の姿が、はっきりとその印象を明確にする。

 

「貴方のそんな姿を見れただけでも、ここに来た「かい」があります」

 

 彼女はだらしない私の寝姿を見てなのか、口の端を歪めて楽しそうに紫煙を揺らした。

 そんな彼女に、私はお返しのごとく呟いた。

 

「私も君のそんな姿を見れるとは眼福だ」

 

 不知火は不思議そうに自分の服装を確認すると、ぎっ、と歯茎を剥き出しにして鋭い歯をのぞかせた。

 

「これは不知火の寝衣です!」

 

「そうかい」

 

 私は自分の顔がみるみる嫌らしい笑みで染まっていくのを止める事ができなかった。しかし世の男性諸君であれば、誰も私を責める事などできなかっただろう。

 

 不知火は素肌の上にワイシャツ一枚の姿で、月明かりに肌を透かしていた。華奢な肩のラインから、下に身につけているブラの青い紐がうっすらと見えている。

 

 にやにやと嫌らしく笑う私に対して、不知火は顔を真っ赤にして抗議の声を上げた。

 

「し、不知火に何か落ち度でもっ!?」

 

「いんや、ただ私の部屋を出ていく時は人目を気にした方がいい。変な勘違いをされるぞ」

 

「んなっ!」

 

 不知火は私のニヤケ面がよほど気に入らないのか、机の上に灰が落ちるのも気にせず、ガタンと音を立てて立ち上がった。

 

「不知火には殿方のYシャツを拝借するような、破廉恥な趣味はありませんっ!」

 

「そこまで言ってないだろう」

 

 生真面目さ故の色気の無さは、むしろ彼女らしいと言えるのだろうか。

 不知火は怒りに任せるまま煙草を灰皿に押し付け、脇を占めてシャツの襟を正した。

 

「これは不知火が自分の「点数」で購入したものです。ついで言えばレディースです!」

 

 そう言いながら、ぐいとボタンのつなぎ目を見せつけてくる。なるほど左ボタンだ。

 

 彼女が言った「点数」と言うのは、鎮守府内のみでやり取りされている通貨の事である。艦娘は金銭を持つことを許可されていない。その為、撃墜数や戦果に応じた点数が毎月支給されている。彼女たちはそのやりくりの内側だけで趣味を楽しむのだ。

 

「断じて、ご期待のようなエロエロな趣味は持ち合わせておりませんので」

 

 不知火は念を押すように言うと、音を立てて再び椅子に座り直した。

 新しい煙草を取り出し、もう片方の手でマッチを擦る。煙を吐きながら指先でこするように素早く火を消した。

 

「初めて吸うやつの動きじゃないぞ、普段どこで煙草なぞ吸ってるんだ」

 

 私は机の上に置かれた紙箱に手を伸ばす。随分軽くなったそれからは、湿気った葉の香りが立ち上っていた。

 

「購買では煙草の販売を禁止しているはずだろう。いつもどこからギンバイしてくるんだ」

 

 不知火は、つんと窓の外を眺めていて話そうとしない。露骨にシラを切るのは駆逐艦の得意技だ。普段は大人ぶっていても、こういう技は抜け目なく使って来る。

 私はため息を飲み込む為に、箱の中から煙草を一本歯で抜き取った。

 

「火」

 

 短く言って、不知火に目配せする。

 不知火は手元のマッチ箱を左右に振りながら、先ほどのお返しのようにニヤリと口の端をつり上げた。

 

「生憎今のが最後の一本です」

 

「仕様が無いな」

 

 私は布団から這い出すと、おもむろにベッドから腰を上げた。今まで少し高い位置にあった不知火の頭を上から見下ろす形になる。

 不知火は私が何をするのかわからず、きょとんと目を丸くしている。細く立ち上る紫煙が、彼女の心情を表すかのごとく不安げに風に揺れていた。

 

 机の上に手をついて、ゆっくりと重心を寄せる。不知火に顔を近づけると、不自然なほどぴたりと目が合った。

 瞳の奥に見える私の姿は、彼女のかすかな不安を受けて細かく震えている。細い肩をつかんで抱き寄せると、不知火の体がびくりと縮こまった。手のひらを通して、その緊張が私にも伝わってくる。

 

 なんだコイツ。可愛いな。

 

 指先で顎を寄せて上を向かせる。口からこぼれ落ちそうになっていた煙草が、くっと押し上げられた。赤く燃える先端に私の煙草を合わせ、不知火の頬に触れながら軽く押しつけた。

 

 暫しの沈黙。

 

 躊躇いがちに不知火の瞳が揺れる。その表面には薄い涙の幕がきらめいていた。その輝きを閉じ込めるように、唾を飲んで薄く瞼を閉じた。

 

 彼女が自覚せぬ間に、少しずつ、火は燃え始めた。

 

 

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