「いっその事、司令のパンツ履きます」
「不許可だ」
落ち着きなく椅子に座る不知火を嗜めると、私はクローゼットからバスタオルを取り出して不知火の髪に押し当てた。わしゃわしゃと音を立てて、毛羽立った髪の毛をかき混ぜる。
「し、司令。ゴムを外すのでちょっと待ってください!」
不知火は指を髪の中に突っ込み、するりと髪をほどく。瞳の色と同じマリンブルーの石のはまったゴムを、己の手の中に握りこんだ。ピンクのちょんまげがほどけ、水を吸った髪が重力に従いすとんと落ちた。
「というか部屋帰れよ」
「雨が強くなってきたので寮には帰れません。ここで寝ます」
「私のパンツは貸さんぞ」
「しょうがないのでワイシャツだけ借りる事にします」
不知火は私の手の中から抜け出すと、クローゼットまで歩いて行き、かけてあるハンガーの一つを手に取った。しばらくボタンのつなぎ目を見ていたかと思うと、ぎらりと鋭い視線を向けられた。
「出て行って、どうぞ」
「私の部屋なんだが…」
不知火の視線がより鋭く突きつけられる。
私はその鋭さが物理的なものに切り替わる前に、そそくさと部屋を退散した。
「どうして司令のワイシャツはこうも大きいものばかりなのですか」
「そりゃ、素肌の小娘が着る事は想定してないからだ」
私のワイシャツを着こんだ不知火が、「だぼだぼ」な肩幅を袖の余った腕で几帳面に整えている。甘えんぼ袖どころか指の先まで服の中にすっぽりと埋まってしまっている。その姿は、どこぞの駆逐艦娘の姿を髣髴とさせた。名前は忘れたが、ジェットなんとかというやつだ。
「変な菌がついても知らんぞ」
「年頃の女子が絶妙に嫌がる事を言うのやめてください」
不知火は露骨に眉をひそめてベッドの上に腰かけた。私も続いて毛布の上に仰向けに転がる。
「もう寝るぞ」
「本当にここで寝るのですね」
「今更だな」
寝転がりながら見上げる不知火は呆れたように肩をすくめると、少し距離を置いてベッドに横になった。暗がりの中でお互いしっかりと目を合わせているので、なんだか妙な気分だ。
「恥ずかしくは無いのですか?」
不知火が問いかける。
「……」
考えた事も無かった。駆逐艦なんて皆子供みたいなものだと思っていた。だが不知火ほどの精神年齢となると、あまり子供扱いするもの問題か。
「それもそうだな」
言うや否や私は不知火の手を取った。力を込めて引き寄せると、枕の上で不知火と私の顔が急速に接近した。
「おいで、不知火」
「いえ、レディ扱いして欲しいのでも無くて…」
「不満の多い奴だな」
「貴方に聞いたのが馬鹿でした、と言わせていただきます」
不知火は腕を振りほどくと、機嫌を損ねたのかふいと私に背を向けて膝を抱えてしまった。
しばらく無言でその背中を見つめる。見慣れたワイシャツにから透ける柔肌、肩から腰にかけての華奢なラインについ目を奪われてしまう。
「……」
実に
何故駆逐艦相手にこんなドギマギしなければいかんのか。こんな事では、もし今後改陽炎型でも来ようものならどうなるかわかったもんじゃない。
私は意を決して不知火の背中に手を伸ばした。腰の下に指を差し入れて、自分の方に抱き寄せる。予想に反して不知火は大した抵抗も無く、私の腕の中におさまった。けだるげな声でつぶやく。
「どうしましたか、不知火に欲情でもしましたか」
私は不知火の言葉を無視して、腕に力をこめてより体を密着させた。
「お前は絶対に守ってやる」
「……」
脇の下を通していた腕をスライドさせ、首の後ろから腕を通す。そのまま包み込むように胸の前で腕を組んだ。ひっかかった不知火の指が、私の腕を強く握っている。ぎゅっと腕を圧迫され、私もそれに反応するように強く肩を抱いた。
背後から不知火の髪に顔をうずめる。乾燥した雨と煙草の匂い。
「私は厄介者を匿うのには慣れてるんだ」
「…変わりましたね」
「どうだろうな、自分ではわからないが」
表情の見えない向こう側で、不知火が小さく笑った気がする。
「私の知らない貴方になってしまうのは、少し寂しい気もしますが」
腕の中で不知火がもがいた。回した腕に小さく頬ずりする。
「眠るまでこうしていてください。まだ、体が冷たいので」
そう呟いて、腕にかかる負担が少し大きくなる。
不知火の指先が、回した私の指に触れている。どちらからとも無く指を絡ませ、お互い求め合うかの如く手のひらを重ねた。
愛しい体温。心地よい欲望が夜を深めさせる。
雨の音が、する。