■いつかの過去■
私は泣いていた。
理由は覚えていない。
誰かが死んだのか、誰かを死なせたのか。
理由は想像に難くないが、うまく思い出せない。
ただ泣いていた。両の目を真っ赤に腫らして、見つめる夕日を滲ませていた。
「何故深海棲艦と戦わなくてはいけないのですか」
身を震わせながら私は訴えた。流れる涙からは苦痛の味が滲み出ていた。
「深海棲艦はただの怪物ではありません。奴らの悲しみに満ちた瞳を覗いた事がありますか。何故戦うのです、何故殺さなくてはいけないのです」
我ながら若いと思う。
意味ある戦いを望み、意義ある戦争と信じ、誇りある兵隊を演じていた。
戦う事と戦わされる事を同一視し、殺す事と殺される事を別の次元で考えていた。
司令は私の横で、乾いた瞳で水平線を眺めていた。
「何も考えるな」
冷たい風が軍服を揺らす。腰にさした軍刀が、耳障りな音を響かせた。
「お前は兵器だよ不知火。拳銃は引き金を引かれさえすれば、標的に同情して弾道を曲げる事は無い。行き場の無い疑問や、「考える力」はきっとお前を苦しませ続ける。ただ殺し、時来たらば死ね。私はこれ以上に優しい言葉は思いつかない」
その声はとても乾いた質感で、私の心に残り続けた。
鉄の心は、乾いた精神と味気ない優しさの中から生まれた。
私はこの時、自らが与えうる全てをこの人に捧げると誓ったのだ。
だから…。
『変わりましたね』
あの人を変えた、名前も知らない誰かさんに…
私はきっと、嫉妬しているのだと思う。
◆おまけ◆
朝の陽ざしに手を透かす時に。
この殺風景な部屋から出る時に。
ふと、机の引き出しを振り返る事がある。
大淀さんの所に行く時に。
司令の所に行く時に。
陽炎の所に行く時に。
もう開かない引き出しを、振り返る事がある。
例の爆弾は、無造作に机の中に転がっている。
危険は無い。
信管が抜かれている。
でもその紐に指をかける事は、
「こわくて」
「こわくて」
今の不知火には、とてもできないのであった。
◆おまけ2◆
「ねぇ、不知火って寝るときいつもあの恰好なの?」
「あの恰好って…ああ、あのワイシャツ?なんかゆったりしたのがええっちゅうてて、新しいのとかしょっちゅう取って来てるみたいやで」
「ゆったりって、なにもあんな「よれよれ」のワイシャツ着なくていいのに」
「普段ピシッとしとるからやないの、オフではのんびりしたいんちゃうかなぁ」
「あんなもんどこで持って来るのよ…」
「男物のワイシャツなんて」
おしまい
「活動報告」のアンケートにもご協力ください。