ストライク・ザ・ブラッド 〜白銀の夜帝〜   作:ichizyo

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一章 聖者の右腕
聖者の右腕 I


 茜がかった西の空から、未だ強烈な日差しが降り注ぐ夕方。

 

「熱い……焼ける。焦げる。灰になる……」

 

 そんな午後のファミレスに、テーブルと一体化している暁古城の姿があった。今朝、起こしてくれた暁凪沙の兄であり、彼女に寝坊助と呼ばれた張本人でもある。

 服装は制服。羽織った白いパーカーを除けば、どこにでもいそうな普通の高校生だ。顔の造りはそれなりにいいが、いつも浮かべている気だるげで眠たげな表情のせいで、どこかふて腐れたような印象を受けてしまう。

 

 八月最後の月曜日だった。

 天気は快晴。気温は人の体温を軽く上回り、夕方になっても未だ強烈な暑さが健在している。そんなファミレスの一角、店の奥にいる古城の席までは、フル稼働しているはずのエアコンも冷気を送りきれないらしい。それが古城を苦しめる原因でもあるわけだが。

 テーブルの上は、その半分が無造作に広げられた問題集で埋め尽くされており、古城はそれらを気怠げに睨みつけていた。

 

「今、何時だ?」

 

 テーブルに突っ伏した状態のまま、古城は顔だけ上げて呟く。その問いに答えたのは、彼の正面に座る友人の一人。どこか笑いを含んだような口調の少女だった。

 

「もうすぐ四時よ。あと三分二十二秒」

 

「……もうそんな時間なのかよ。明日の追試って朝九時からだっけか」

 

「一睡もしなけりゃ、まだあと十七時間三分残ってるぜ。間に合いそうか?」

 

 同じテーブルに座っているもう一人が、他人事のように気楽な声で訊いた。古城は沈黙。ただ無表情に未だ空欄の多い問題集を眺めている。

 

「なあ、なんで俺だけこんな大量に追試を受けなきゃなんねーんだろうな?」

 

 古城が命じられた追試は、英語と数学二科目ずつを含む合計九科目。プラス、体育のハーフマラソン。しかも夏休みの最後の三日間に、だ。世の中にこれほど、追試を受けなければいけない人間がどれだけいるだろうか。気の毒すぎて言葉も出ない、と優騎は思う。

 

「――ってか、この追試の出題範囲広すぎだろ。まだこんなの授業でやってねーぞ。おまけに週七で補習。うちの教師は俺になんか恨みでもあんのか!!」

 

 古城の訴えに優騎を含めた友人三人は互いに顔を見合わせる。同じ学校の制服を着た男子二名、女子一名。そのいずれの表情にも呆れという感情が伺えた。

 

「いや……そりゃーあるだろ。恨み」

 

 シャーペンを器用に回しながら答えたのは、単発をツンツンに逆立てて、ヘッドフォンを首にかけた男子生徒だった。彼の名前は矢瀬(やぜ)基樹(もとき)

 

「あんだけ毎日毎日、平然と授業サボられたらねェ。舐められてるって思うわよね、フツーは」

 

 優雅に爪の手入れをしながら、この中で一人だけの女子――藍羽(あいば)浅葱(あさぎ)が笑顔で言う。

 華やかな髪型と、校則ギリギリ間で飾り立てた制服が特徴の少女だ。センスがいいのか、不思議とけばけばしい印象はない。とにかく目立つ容姿の女子である。

 常に浮かべているニヤニヤ笑いのせいで色気がなく、男友達と一緒にいるように感じさせてしまう彼女だが、実は素直じゃなかったり、意外と嫉妬深かったりとなかなか可愛らしい部分もある。

 

「それに、夏休み前のテストも無断欠席したしな」

 

 優騎は浅葱に便乗するように付け足した。

 

「……だからあれは不可抗力なんだって。いろいろ事情があってだな。――ってかまず、何で優騎はそんなに追試が少ないんだ。俺と同じで結構いないこと多いだろ?」

 

「……古城。それは担任教師の『頼み事』で、だ。それに俺は朝からきつくても、居眠りしたりサボったりしてない」

 

 くっ、と悔しそうな声を上げる古城に、優騎は「いいから問題解きなさい」と付け加える。

 優騎が命じられた追試は、数学二科目だけだった。それも見計らったように、数学の時間だけ頼み事をしてくる担任教師のせいで、だ。

『何故、数学の時だけ?』と思った優騎が本人に聞くと、

 

『点数が良すぎて腹が立つからだ』

 

 と、何とも私怨の混じった理由でひと蹴りされた。あまりにも横暴すぎて、逆に言葉を失ってしまったくらいだ。

 さらに、『頼み事』と言うのがなかなか物騒なもので、かなり大変。点数も下がって、さらに体力と精神力も減らされて。踏んだり蹴ったりにもほどがあると優騎は思う。

 

(……でも、那月ちゃんには頭が上がらないんだよなー)

 

 現在……約三ヶ月前から担任教師は後見人となってくれている。何故か三ヶ月より前の記憶が曖昧なのは気になるが、家族のいない優騎が暮らしていけるのは、彼女のおかげと言っても過言ではないのだ。それをわかっているので、優騎は多少難しい『頼み』でも受けようと思っている。

 

「……全く、あの担任。今の俺の体質に朝イチのテストはつらいって、あれほど言ってんのに……」

 

 古城が苛ついた口調で言い訳する。

 かすかに目が血走っているが、それは怒りのせいではなく、単なる寝不足のせいだ。

 

「体質って何よ? 古城って花粉症かなんかだっけ?」

 

 浅葱が不思議そうに訊いた。

 それに対し、『しまった』と言いたげに唇を歪める古城。

 

(そして、何故俺の方を見る……)

 

 優騎はそんな薄情な友人に呆れながらも、

 

「あれだよ、浅葱。夜型なんだよ古城は。だから、今のは単なる言い訳な」

 

「なによそれ。体質の問題? 吸血鬼でもあるまいし」

 

「だよな……はは」

 

 引き攣った笑顔をしながら、古城が感謝の意を示してくる。

 この街では、吸血鬼は花粉症患者並みにありふれた存在だ。そのことが今の優騎と古城にとって、逆に問題ではあるのだが。

 

「あたしは那月ちゃん好きだけどね。いいセンセーじゃん。出席日数足りてない分、補習でチャラにしてくれたんでしょ?」

 

 まぁな、と。

 悔しげながら同意する古城に優騎はやや苦笑い。

 

「それにあたしも、あんたを憐れに思ったから、こうして勉強教えてあげてるんだし」

 

「他人の金でそんだけ好き勝手飲み食いしといて、そういう恩着せがましいこと言うな」

 

 テーブルの半分に広げられた問題集。もう半分には、積み上げられた料理の皿が存在していた。大きな皿からデザートの皿まで。そのうち三枚は男達が食べたものだが、それ以外全て一人で食べきったのだ。

 ほっそりとした身体のどこに入るのかはわからないが、浅葱はかなりの大食らいなのだった。だから、彼女に食事を奢るのはあまりオススメしない。

 優騎は心の中で静かに古城に手を合わせた。

 

「あー……もう、こんな時間? んじゃ、あたし行くね。バイトだわ」

 

 携帯電話を眺めていた浅葱が、残っていたジュースを一息で飲み干して立ち上がった。

 

「バイトって、あれか?人工島(ギガフロート)管理公社の……」

 

「そそっ。保安部のコンピュータの保守管理(メンテナンス)ってやつ。結構割がいいのよ」

 

 気楽に言う浅葱だが、管理公社の保安部は一般人がおいそれと出入りできるような場所ではない。

 

「送るよ」

 

 そんな彼女の後に続くように、優騎も立ち上がる。

 

「別にいいのに。……ま、いつものことだし。断っても無駄なんでしょ。それなら今日もお願いね」

 

 おう、と返事をする優騎に矢瀬が意味深にニヤつく。それを一睨みして、じゃね、と手を振って店を出て行く浅葱に続き、優騎も店を出た。

 

「いつも思うんだが、あの見た目と性格で天才プログラマーってのは、反則だよなあ。信じられんっつうか……確かにガキの頃から成績はぶっちぎりで良かったんだが」

 

 店を出て行く浅葱の後ろ姿を見ながら、矢瀬がだらしなく頬杖をつく。

 矢瀬と浅葱は、小学校になる前からの古い知り合いなのだという。十年以上前からこの島で暮らしている二人は、優騎達の世代では、もっとも古くからの絃神市の住人ということになる。人工の島の上に造られたこの街は、完成してまだ二十年も経っていないのだ。

 

「俺は試験勉強さえ手伝ってもらえるならなんでもいい」

 

 顔も上げずにそう言う古城に、矢瀬は何気ない口調を装って、

 

「そういや、浅葱が他人に勉強教えるなんて意外だったな。あいつ、そういうの嫌いだから」

 

「嫌いって……何で?」

 

「頭がいいとかガリ勉だとか思われるのが嫌なんじゃね? ああ見えて、ガチの頃には結構苦労してんだ、あいつも」

 

「へえ……それは知らなかったな」

 

 古城が絃神島に引っ越してきたのは四年前。中学入学直後のことである。矢瀬達とはそれから間もなく知り合って、たまにつるんで行動することになった。その後すぐに優騎とも。

 

「あいつ、俺には文句言わずに教えてくれるけどな」

 

 その一言に矢瀬はニヤリと笑い、

 

「ほほう。それは不思議だなあ。何で古城だけ特別なんだろうなぁ。気になるよなあ?」

 

 わざとらしく呟く。

 しかし古城は当たり前のように、そして目の前の皿の塔を恨みがましく見つめ、

 

「だってあいつ、きっちり見返り要求してんじゃん。メシおごらされたり、日直とか掃除当番押し付けられたりで、こっちも苦労してるんだからな」

 

 それを聞いて、さっきまでニヤニヤしていた矢瀬はガックリと気を落としたように頭を下げた。そして、ダメだこいつら、と目元を覆う。

 

「どうかしたか?」

 

「いや、なんでもねえ。じゃあ、そろそろ俺も帰るわ。宿題も写し終わったし、浅葱も帰ったしな。まあ、後は自力で頑張ってくれ」

 

 じゃあな、と荷物をまとめて席を立つ矢瀬。古城はぽかんと間の抜けた顔で、店を出て行く彼を見送った。

 残ったのはテーブルの上の問題集と、未だ手付かずの宿題だけ。一人になった今、自力でこれらを終わらせて、追試の準備をするなど無理に等しい。その現実は古城の心を折るには十分なものだった。

 

「やる気なくすぜ……」

 

 またしても、テーブルに突っ伏する。しかし、今度は反応してくれる友人はいない。

 彼の憎々しげな呟きは、ファミレスの賑やかさにかき消されて、誰にも届くことはなかった。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 吸血鬼は太陽の光を浴びると、灰になって消える――。

 

 伝説や小説の中ではそう書かれていることもあるが、実際にはそんなことはない。そもそも日が当たって消えてしまうなら、ここ絃神島に吸血鬼など存在するはずがない。しかし、太陽による影響が全くないわけではないのだ。個々の差はあるものの、日に弱かったり、朝に弱かったりする。

 

「優騎。いつも思うけど、それ暑くないわけ?」

 

 浅葱の視線の先。

 隣を歩く優騎は青色のパーカーを着て、目深にフードを被っていた。そんな彼に浅葱は純粋な疑問をぶつける。

 

「……そりゃ、あついけどさ。俺は朝とか日に弱いんだよ」

 

「古城みたいなこと言うわね。さっきも言ったけど、吸血鬼でもあるまいし」

 

 いや、吸血鬼なんだけど……と優騎は思う。

 優騎は浅葱に自分が吸血鬼だということを話していない。というか、那月と古城以外にこのことは話していない。那月はそもそも知っていたし、古城には、その那月から古城が第四真祖だと聞かされて、その時に自分のことも伝えた。

 

 話していない理由は大きく分ければ、二つある。

 一つは、危険に巻き込んでしまうかもしれないこと。

 これは絶対にいけない。一般人である彼女を危険にさらすことはできない。しかし、これは他の誰にでも当てはまることだ。凪沙や学校の友人など、誰にでも。

 

 そして、もう一つは――。

 

「そういえば、古城もいつもパーカー着てるわよね」

 

 浅葱がすこし先を歩きながら、こちらを振り向く。

 

 浅葱は古城のことが好きだ。

 本人は隠してるつもりなのかもしれないが、多分クラス全員にバレていると思う。

 

 容姿は美人で目立つ。

 しかし、問題はその性格だった。彼女はまるで素直じゃないのだ。勉強教えることに、見返りを求めてしまうほどに。

 だから、相手の古城にも気づかれない。彼が鈍感だということもあるのかもしれないが、さすがにその調子ではこの先も気づかれないだろうと優騎は思う。

 

「そうやっていつも見てるんだから、素直になればいいのに」

 

「ちょっ! いきなり何言うのよ!」

 

「いや。いつもだけど、素直に勉強教えれば良かったのになってさ。そうすれば、古城も少しは気付くんじゃないか?」

 

「そんなの……わかってるわよ」

 

 浅葱は目をそらしながら、少し拗ねたようにそう呟いた。

 彼女はおそらく分かっている。自分が素直じゃないことを。わかっていても、それでもこういうやり方しかできないのだ。

 

 目的地への道を歩きながら、優騎は考える。

 

「まあそれが悪いとは言わないけど。古城の近くにあいつの好きなタイプの女の子が現れないとも限らないだろ?」

 

「いや、そんなことあるわけ――」

 

「ないって言い切れるか?」

 

 浅葱は俯いて黙り込んでしまう。

 

「それが嫌なら、もう少しだけでも素直になるべきだろ。俺はいつでも相談乗るし、応援もしてるからな。何か困ったことがあったら言えよ?」

 

「うん、いつもありがと」

 

 たまに弱々しくなる彼女のことを堪らなく可愛いと思う。こういうところを古城の前で出していけば、コロッといくかもしれないのに、とも。

 

「優騎は頼りになるわね」

 

「浅葱が、手がかかるだけだろ」

 

 ペシッと額に軽くチョップすると、「何よもう!」とちょっとムキになったような反応を返してくれる。そして、二人で笑い合う。

 彼女とのこういうやりとりが優騎は好きだった。そして、そのたびに思うことは、

 

(……古城と浅葱がくっついたら、もうこんなやりとりできないんだろうな)

 

 ズキッ――と。

 心に何か刺さったような感覚を覚え、そしてそれを誤魔化すようにずり落ちてきたカバンを再び肩に掛ける。

 

「浅葱はさ」

 

「何よ?」

 

「――もし知り合いや友達に魔族がいて、それを自分に隠して生活していたとしたら……どうする?」

 

 例えばの話だけど、と優騎は薄く笑顔を浮かべる。

 それは純粋な疑問。

 別に保険をかけようとか、それを訊いたからどうしようとかは全く考えていなかった。ただ純粋に浅葱ならどう思うのか、が気になってした質問。

 

「例えば? うーん……」

 

 そうねぇ、と悩む浅葱。

 華やかな金髪の毛先を指でクルクル弄りながら、眉をハの字に歪めて考えている。

 そりゃ悩むよな、と思う。そんな状況滅多にあることではないし、あったとしても自分がその立場となるかどうかはわからない。

 

 あたしは、と。

 答え始めた浅葱に、優騎は視線を向ける。

 例えこの返答が良いものでも、悪いものでも、自分はいつか必ず浅葱に本当のことを話さなければいけない、と思いながら。

 

「……別に気にしないかな。そもそも、この街では魔族なんか珍しくもないし、それまでつるんできたわけだしね。別に態度は変わらないと思うわ」

 

「……そうか」

 

『気にしない』という返答に優騎は少しの安堵を覚えた。

 

 だけど、と。

 

「秘密にされてたのは、やっぱりショックだわ。信用されてなかったのかなとは思う。……まあ、隠してたってことは何か理由があるんでしょうけど」

 

「これで満足?」と最後に付け足す浅葱。

 その顔にはいつものニヤニヤとした笑顔が浮かんでいるが、答えている最中は真剣味を帯びた表情をしていた。おそらく本当にそう感じるのだろう。

 優騎はいつになるかわからない『その時』に、少しの不安を覚えた。

 

「おっ、着いたわね。今日もありがと。じゃあまたね」

 

 いつの間に着いていたのか、目の前には高い塔のような建物が存在していた。

キーストーンゲートだ。

ここの地下十二階に浅葱のバイト先、人工島管理公社の保安部がある。

どうやら考え事をしていて気づかなかったらしい。優騎からすると、浅葱と一緒だったというのも大きいかもしれないが。

 

「ああ、またな」

 

 じゃね、と手を振る浅葱に手を振り返し、彼女の後ろ姿が見えなくなるまで見送った。

 

 一人になった優騎は自宅への帰路につく。

 

 浅葱に自分が吸血鬼だということを話していない理由――。

 

 そのもう一つは、

 

『浅葱に拒絶されるのが怖いから』

 

 優騎は足元に落ちていた空き缶を拾う。

 少し首を動かして探せば、少し先にゴミ箱が見えた。

 そこに目掛けて、手に持った空き缶を投げる。

 

 ――『その時』が来ることへの不安と恐怖を誤魔化すように。

 

 その直後だった。

 ショッピングモールのある方向から、警報が聞こえてきたのは。

 

 魔力の波動を感じる。

 それは紛れもなく、吸血鬼の眷獣の魔力だった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「だ……第四真祖!」

「若雷っ――!」

「俺には、その日の記憶がないんだ」

「先輩方は"白銀の夜帝"って知ってますか?」

「監視役ですから」

「私からの『頼み』だ。ありがたく思え」

「――命令受諾」

次回、『聖者の右腕 II』





第一話でした。
どうだったでしょうか?
後書き次回予告に挑戦してみました!
次もやるかはわかりません!

読んでいただきありがとうございました。
感想、評価待ってます!
それでは、また次回。
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