.
レーティングゲームが始まる少し前……観覧席に座って溜息を吐いている少女が居た。
眼鏡を掛けた黒髪ボブカットの少女で、シトリー家の次期当主であるソーナ・シトリーだ。
「ハァー」
「会長、先程から溜息ばかり吐いていますが、どうかしましたか?」
「椿姫……」
同じく観覧席に座っている黒い長髪に、眼鏡を掛けている少女──森羅椿姫がソーナに話し掛けた。
ソーナは駒王学園の生徒会長であり、椿姫はそれを補佐する副会長だ。
更にソーナ眷族を纏める女王(クイーン)でもあり、私的には親友の一人でもある椿姫としては、物憂げな表情で溜息ばかりを吐いているソーナの事を、放っては置けない。
「その、少し緒方君の事を考えてました」
少しばかり躊躇い勝ちに言うソーナを、椿姫は驚いた表情で見ていた。
「会長から、眷族や仕事と無関係に殿方の話が出るなんて……」
「どういう意味ですか? 私にだって、気になる男性くらい居てもおかしくはないでしょう」
「そうですね……」
「何故、目を逸らすのですか椿姫?」
そもそもにして、ソーナは生真面目が過ぎる。
しかも少し理想もあり、自分と〝会話が出来る〟男を相手に望んでいた。
ソーナにもリアスと同様に婚約者が居るが、ソーナと〝会話〟が出来ない家柄だけのボンクラである。
そのソーナが、自ら男の名を出して物憂げな表情をしていたのだ、椿姫でなくとも興味は尽きない。
「本当に、少し気になっただけですよ」
ソーナは語る。
それは数日前の事、仕事が終わらなかった為に深夜の学園に居残り、書類を片付けていた時であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふう、漸く半分ですか」
背凭れに凭れ掛かると、眼鏡を外すと目頭を揉む。
背凭れがギシギシと音を鳴らし、身体が跳ねる感覚が少し心地好い。
ずっと書類と睨めっ子していたからか、ちょっと目が疲れていた。
帰るべき時間は疾うに過ぎており、既に星々や月が煌めく深夜であるというのにソーナは未だ、学園の内に拘束されている。
少なくと、明日までには提出せねばならない書類だけでも処理しておかねば、次の仕事にまで差し支えが出てしまう。
「せめて椿姫が居れば……っと、居ない者の事を考えても埒が飽きませんね」
コンコン……
急に扉を叩く音が、無音にも近い生徒会室の空間に響き渡る。
「え?」
現在、この学園内に居るのは自分だけの筈、にも拘らず生徒会室の扉がノックをされた。
「警備員の方でしょうか? いえ、私が残っている事は伝えてあります。なら、灯りが点いていたとて確認に来る必要は……」
可能性として警備員を考えたが、それでも生徒会室に来てノックをしてくる様な理由が見当たらない。
「ハァー、これもまた埒が飽きませんね。どちら様ですか?」
兎にも角にも、扉の向こうに声を掛けてみた。
「やっぱりソーナ会長か。生徒会室に灯りが点いていたから見に来たけど、こんな時間まで仕事かな?」
「お、緒方君……ですか? 何故、貴方が」
「あー、説明はするけど入っても構わない?」
「あ、はい。そうですね。開いていますからどうぞ」
ソーナが入室を促すと扉がゆっくりと開いて声の主──飄々とした黒髪黒瞳の青年が室内に入って来る。
「机の上が書類に埋もれてるみたいだねぇ?」
苦笑いするその姿には、特に危険なモノ、少なくともソーナを害する意志は感じられない。
こんな夜中、上級悪魔であるとはいえどソーナとてか弱い? 少女である。
男子と二人きりになる様なシチュエーションでは、やはり警戒心が先立ちざるを得なかった。
自惚れる心算などは更々に無いが、これでもリアスと朱乃には一歩を譲って、【二大お姉様】というのには敵わないにせよ、男子の学生だけでなく女子にだって高い人気が有ると自覚をしている。
ユートとて男の子だし、二人きりになって豹変する可能性は捨てきれない。
まあ、本気でそれを心配するくらいなら、そもそも室内に入れたりしないが。
ソーナはユートから受けた疑問に答える。
「本当なら椿姫が一緒に片付ける筈でしたが、急用が入ってしまったんですよ」
「それで、連鎖的に仕事が遅れて今に至る……と?」
「ええ」
この駒王学園は、本来なら一生徒である筈のソーナとリアスに大きな権限が与えられている。
実際リアスは他に使う者の居ない旧校舎を独占し、本来なら付いていなかったであろうシャワールームまで付け、尚且つ教室を丸々ギャスパーの封印場所として活用しているくらいだ。
況してや、今回など学校を一〇日間も欠席しておきながら、総てが出席扱いとなっている。
勿論、それで成績を落とす事は赦されまいが……
謂わば旧校舎とはリアス・グレモリーの城。
生徒会長のソーナはこの生徒会室が城、相応の権力を持たされている。
そして、強い力にはそれに付随して責任が伴う。
匙 元士朗が花壇の世話をしているのも、生徒会の権限から来る責任の一端という事だ。
本人はそれなりに楽しんでいる様ではあるが……
「ふーん、会長の決裁無しでも通る書類、此方は決裁が必要だな」
勝手に書類を見ながら、仕分けを始めるユート。
「緒方君? 貴方、いったい何を……」
「僕もよく書類仕事はしていたから、こういうのって得意なんだよ」
「は、はぁ……」
決裁の要る書類と要らない書類を選り分けつつも、更にバインダーで付箋を貼り種別に分けていく。
生徒会のメンバーでもないと云うのに、その仕事は的確でしかも早い。
先程まで、それを一人で行って仕事が遅れていたのが嘘みたいに片付いた。
「す、凄い……椿姫も斯くやの正確さと速度ですね」
腕利きの補佐役、副会長の森羅椿姫と同じくらいの仕事をしてくれた。
「内情を知らなければ出来ませんよ、これは」
「一応は僕も駒王学園に通う生徒だよ? これくらいは知っているさ」
一般生徒が知る情報ではないのだが……
とはいえ、ハルケギニアの時代も書類仕事はやっていたし、前回は教師としての仕事で書類と格闘をしていたユート。
いつの間にか、書類整理のノウハウが蓄積されていたのである。
「って、そういえば緒方君はどうして学園に?」
「僕の弟子の面倒を見て、帰ろうと思ったら生徒会室の灯りに気が付いて、気配を探ったらソーナ会長だったからね」
「弟子?」
ソーナは首を傾げたが、今は言及はせずにおく。
コポコポ……
「? この薫り」
先程から何やら作業をしていたユートだが、行き成り香しいものが漂う。
薫りの元を辿るとユートがサイフォンでコーヒーを煎れており、妙に手慣れていると感じた。
「緒方君……?」
「コーヒー、飲む?」
「え、はい。戴きます」
カップにコーヒーを並々と注ぎ淹れ、ミルクと砂糖をソーサーに載せてソーナの机に運ぶ。
「味の調整はお好きに」
言われる侭に、ソーナはカップへと口を付けた。
口の中に入ってくる黒い液体が、ソーナの喉を心地好い熱で焼く。
そのコーヒーは仄かな甘味があり、糖分を足さなくとも充分に飲める代物だ。
「美味しいですね」
「知り合いがとんでもないコーヒー好きでね、お陰様で僕も煎れるのが上手くなってしまったよ」
「とんでもない……とは、いったい?」
「一日に、最低でも七杯は飲むらしいよ」
「コーヒーは刺激物の一種ですし、余り飲み過ぎるのもどうかと思いますが」
「アハハ……」
ソーナの指摘にユートは苦笑いするしかなかった。
仕事も終わって後は帰るだけだが、もう帰るよりも生徒会室に泊まってしまった方が早そうだと考える。
「ソーナ会長、良ければだけど家に泊まる?」
ユートの家は比較的に、この駒王学園にも近い場所に有った。
「泊まりって……」
頬を紅く染め、声が少しばかり上擦る。
「僕は一人暮らしじゃないから、心配なんてしなくて良いよ。客室なら幾らでも在るしね」
「そ、そうですね……」
その日、結局はユートの家に促されるが侭、宿泊してしまった。
何故か翌朝アーシアから恨めしそうな目で睨まれてしまったのだが、それ以外は概ね平和裏に済んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「私が急用で先に帰った日の事ですね、ですがそれが何か?」
「彼は味方と認識している者には優しいですが、その反面で敵にはとことんまで冷酷に、残虐なまでに恐怖を振り撒きます」
レイナーレ達を敵として相手取り、一切の呵責なく容赦も無く叩き伏せた。
「彼は、緒方君はその二面性に蝕まれていくのでは……と、そう思って少し怖くなりました」
「成程……」
話をしている内にレーティングゲームは始まって、序盤戦(オープニング)まで駒は進む。
一誠と小猫と……それにユートの三人が体育館へと堂々の侵入。
ライザー側は四人で待ち構えていた。
小猫は右腕に装着されている白い手甲爪を駆使し、敵の戦車(ルーク)を相手に善戦をしている。
一誠は棍使いの兵士(ポーン)の攻撃を躱しつつ、服に魔力を籠めた手を触れさせた。
「必殺、洋服崩壊(ドレスブレイク)ッ!」
パチン! と決め顔で指を弾くと、棍使いの少女の服が跡形も無く破れ去ってしまい……
「キャァァァァァッ!」
最早、戦い処ではなくなった少女は大事な部位を手や腕で覆い、涙ぐんだ。
「見たか、これぞ俺が開発した新必殺技……洋服崩壊(ドレスブレイク)だっ! 俺は脳内で女の子の服を消し飛ばすイメージだけを、延々と妄想し続けたんだ。魔力の才能を、全て女の子を裸にする為だけに使ったのさ!」
「……最低です、見損ないました」
小猫はまるで汚物でも視るかの如く、絶対零度に至る視線で一誠を射抜く。
その呟きは、流石に一誠の心へと突き刺さった。
「幻朧魔皇拳!」
ユートの声が響き渡る。
そして、ユートが何事かを囁くと双子のイルとネルが互いに向き合い、手にしたチェーンソーで斬り合いを演じ始めた。
観戦をしていたソーナと椿姫だけでなく、四大魔王達やフェニックス家の者達まで驚愕し、その双子の姿に戦慄してしまう。
それは余りに凄惨過ぎ、目を覆わんばかりだ。
お互いがチェーンソーの一撃を当て、身体から大量の出血をしたかと思えば、顔が悪鬼にでも取り憑かれたかの如く染まり、まるで憎み合う者同士だと言わんばかりに、チェーンソーを振り回し始めたのである。
刃が当たる毎に新たな血が噴き出し、痛みに呻き声を上げながらもイルとネルは退こうとしない。
かといって服を消し飛ばされたミラは当然として、雪蘭もあの異様な雰囲気に呑まれてしまい、止めに行けずにいた。
イル? の一撃がネル? の左手首を斬り落とした瞬間に、今度はネル? の一撃が袈裟懸けにイル? を引き裂く。
トドメに、痛みなど知らぬと言わんばかりに、お互いの脇腹をチェーンソーによって引き裂かれた。
「がはっ!」
「ゴボッ!」
流石の双子もチェーンソーを取り落とし、ダウンしてしまう。
脇腹からははみ出してはいけないものがはみ出し、イル&ネルの双子は致命傷となって倒れ伏す。
それを見計らったかの様に双子が、血塗れとなった戦場──バトルフィールドから消えた。
〔ライザー・フェニックス様の兵士ニ名、戦闘不能〕
審判役であるグレイフィアが、双子の撃破(テイク)を告げる。
「……今です、せいっ!」
「ぐあっ!?」
無表情で無感動な声と共に黒髪の【戦車】、雪蘭は吹き飛ぶ。
【山猫の爪(リンクス・ブリンク)】により、逆袈裟に肉体を引き裂いての傷は深く、雪蘭も光の粒子となって消えた。
「……撃破(テイク)です」
〔ライザー・フェニックス様の戦車一名、リタイア〕
再びグレイフィアが撃破宣言をする。
「さて、残るはミラ……だったかな? 君だけだが、その格好でまだやるか?」
「ヒッ! ヒィィィッ!」
ライザーの【兵士】ミラは裸体を晒し、恥じも外聞もかなぐり捨て大事な部位が見えているのも構わず、モニターに映されているのも解らずに、腕の力だけで後退った。
ライザー眷属の中でも、最も弱いミラは身を守ってくれる衣服は変態に吹き飛ばされ、敵を討つ棍棒すら落としてしまい、助けてくれる仲間はこの場に居ないという最悪な状況。
衣服を消し飛ばした変態とイル&ネルを惨殺──死んでません──した凶悪な人間と、更にはつい先程に雪蘭を斃した色々と小さな少女に囲まれ、絶望感に苛まれ喘いでいた。
変態には薄い本みたいな事をされそうだし、凶悪な人間は一〇日前にも顎を砕いてくれた上、イル&ネルの様な小さな女の子にすら情け容赦無く、色々と小さな少女は……
「……」
何故か滅茶苦茶、恐ろしい表情で──色々小さなと考えていたから──睨んできていた。
四面楚歌である。
元々はそれなりに整い、可愛らしい容貌だった少女の顔が、涙と鼻水に塗れて見る影も無い。
「完全に戦意を喪失してるみたいだね」
ユートが見る限りでは、ミラは完全に心を折られてしまっていた。
「な、なあ……この子ってどうするんだよ?」
あられもない姿を曝しているミラに、鼻血を噴きながら訊ねる一誠。
「後で邪魔されても面白くないし、トドメを刺すさ」
「そ、そっか」
まるで表情も変えずに、気負う事もなく言い放たれてしまい、そしてどういう訳か小猫がユートの目を手で覆っている事実に一誠は閉口する。
「システム【シャブラニグドゥ】を起動……」
仮令、結界に覆われていようともそれさえ越えて力を届かせるシステム。
これによりユートはいつでもスレイヤーズ系の魔法を使える、より正確には、神聖魔法と黒魔術を。
凍れる森の奥深く
荒ぶる存在を統べる王
滅びを誘う汝の牙で
我らが道を塞ぎし存在に我と汝が力以て
滅びと報いを与えん事を
それは、彼の獣神官(プリースト)ゼロスの直属の上司にして母、深い群狼の島を守護せし誇り高き女帝──獣王(グレーター・ビースト)ゼラス・メタリオムの力を借りた呪文……
「獣王牙操弾(ゼラス・ブリット)!」
緻密に動く雷球がミラに目掛けて飛翔する。
「ギャン!」
避ける事すら叶わずに、モロに喰らったミラは悲鳴を上げて消えてしまった。
〔ライザー・フェニックス様の兵士一名、リタイア〕
静謐なグレイフィアの声がミラの撃破を宣言する。
「作戦だと、此処に集めた連中ごと体育館を朱乃先輩の雷で破壊だったか……」
最早、自分達以外に存在しない体育館にそれは無意味でしかない。
「リアス部長、ライザー眷族の四名は撃破。作戦には朱乃先輩の雷で体育館を破壊する筈だったけど、勿体ないから僕の方で破壊しておくよ」
〔わ、判ったわ〕
「聞いての通りだ。ニ人は体育館を出ていろ」
「オッケー」
「……了解」
一誠と小猫が外に出たのを確認をすると、ユートは小宇宙を燃焼させていく。
聖闘士……それはこの世に邪悪が蔓延る時、必ずや現れるという希望の闘士。
その拳は空を裂き、その蹴りは大地を割ると云う。
「でりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!」
ユートが体育館のど真ん中で拳を叩き込むと、轟音が体育館は疎かバトルフィールド中に轟いて、隕石でも墜ちたかの如くクレーターが出来上がる。
その衝撃が体育館全体を揺るがし、支柱や壁を砕いて完全に崩れ落ちた。
ドガーンッ!
その直後、少し離れた位置で爆発の音が鳴り響く。
「誰か墜ちたか?」
それは体育館が崩れ落ちたのとほぼ同時の事。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ユートが体育館を破壊したと同時に、外では大爆発が起こっていた。
一誠は小猫に突き飛ばされながら、大きく目を見開いてその様子を見やる。
着ていた服がボロボロとなって、爆風により宙を舞う小猫の姿を。
「こ、小猫ちゃん!」
庇われた……
それがハッキリと判る。
油断していた、未だレーティングゲームは始まったばかりなのに。
一誠は悔しさなどより、情けなさで一杯で小猫の許へと駆け寄った。
「撃破(テイク)」
女の声が聴こえ、そちらを見遣れば翼を広げて空を浮遊する者が居る。
フードを被り、魔導師然とした格好の女性には見覚えがあった。
ライザー・フェニックスの擁する女王(クイーン)。
「フフフ……獲物を狩る時は獲物が何かをやり遂げた瞬間を狙うのが一番隙だらけとなっていて、狩り易いもの。此方は、多少の駒を【犠牲(サクリファイス)】にしても貴方達を一つ狩れば充ぶ……っ!?」
ズドンッ!
「ぎゃぁぁぁぁっ!」
ライザーの【女王】が空で演説をしていると突然、大爆発が起こった。
ライザーの女王は何とか躱したものの、ダメージの方はゼロではない。
もう少し爆発の規模が大きければ、確実にライザーの女王を撃破していた。
ライザーの女王はダメージを受けた右腕を押さえ、キョロキョロと周囲を見回しながら叫ぶ。
「誰だ? 出て来い!」
「あらあら、残念」
巫女装束を着込んでいるポニーテールの女性、それはリアスの【女王】である姫島朱乃だ。
「【雷の巫女】か、随分とセコい真似をしてくれるじゃないの!」
「あら? 貴女が言ったんですのよ。何かをやり遂げた獲物が一番隙だらけで、とても狩り易い……とね。それに、同じ事を為された方に文句を言われる筋合いもありませんわ」
「くっ!」
正論で返され、悔しそうに歯軋りをするユーベルーナだが、朱乃のターンはまだ終わらない。
「それにしても、折角のチャンスでしたのに外してしまいましたわ」
困った様な表情で右手を頬に添える、余り表情に出していないが朱乃も少し焦っていた。
体育館に使う予定だった雷を使い、彼女を落とす予定だったが避けられたのでは意味を為さない。
チラッと下を見ると小猫の許に駆け寄る人影……
爆発で小猫が墜ちて直ぐユートから連絡が入った。
『ライザーの女王が油断を見せたら、直ぐに体育館を破壊するのに使う筈だった雷をぶっ放せ』
ユートの方も体育館崩壊で空が開けた際にライザーの女王が浮いているのを見付けていた為、相手方と図らずも同じ戦法になるが、『小猫が犠牲となった事は無駄に出来ない』……そう判断をした朱乃はユートの指示に従った。
外したのは予定外だが、それならば普通に戦った上で勝てば良い……
「小猫」
「……ユウ先輩」
一誠より早く駆け寄り、ユートが小猫を抱き起こすと既に転送が必要なくらいのダメージの為、光となって消え始めている。
つまり、此処から回復させる術が無いと云う事だ。
「……ごめんなさい、言われていたのに……油断してしまいました」
「ダメ、許さないからね。ゲームの後で確りお仕置きをするよ」
言いながらも優しい表情と声に……
「……はい、お仕置きして下さい」
無理矢理に笑顔を作り、涙を流しながら消え行く。
「……もっと、皆さんのお役に立ちたかったです」
そう言うと完全にバトルフィールドから消えた。
〔リアス・グレモリー様の戦車一名、リタイア〕
グレイフィアが、猫が墜ちた事をアナウンスする。
事前説明はされていた、ある一定以上のダメージを負うと、プレイヤーは医療設備のある場所に転送される事になるのだと。
「朱乃先輩! ライザーの【女王】は任せるから」
「判りましたわ。どうあれ確実に落としますから」
朱乃は力強く答える。
「行くぞ、一誠」
「け、けどよ!」
「此処でモタモタしていても仕方がない、小猫の犠牲を無駄にする気か?」
「うっ、判ったよ」
何気に怒りを湛えた声に一誠も腰が引けてしまい、頷くと一緒に駆け出した。
ユートと一誠が走り去ったのを確認すると、朱乃はライザーの【女王】へと向き直り、いつもの作り笑顔を浮かべて見遣る。
「では参ります、ライザー・フェニックス様の女王、ユーベルーナさん。それとも【爆発王妃(ボム・クイーン)】とお呼びすればいいのかしら?」
「その二つ名はセンスが無くて好きではないわ、【雷の巫女】さん。貴女と戦ってみたかった」
お互いに魔力を練ると、朱乃は雷を、ユーベルーナは爆発を起こして戦う。
雷鳴と爆音が轟く中で、先へと進むユートと一誠。
「一誠、ゲーム前にも言った通り僕は此処から見ているだけだ。此方に相手の方から仕掛けてこない限りは戦わない」
「わ、判った」
勿論、ユートがライザーの眷族と戦えば、直ぐにでも全滅させる事が可能だ、あの日にライザーの眷族が部室に現れた時、相手方の戦闘能力は大体判った。
同じ駒なら少し頑張れば今の一誠でも落とせる程度でしかなく、恐らく今までのゲームではライザー個人による種族特性でごり押しして来たのだろう。
弱い眷族は弱い侭。
とはいえ、一誠がよもやあんな手段で相手を無力化するとは思わなかった。
【洋服崩壊(ドレス・ブレイク)】
「(あれじゃあ、只の痴漢と変わりないな)」
成程、あれだけユーキが嫌がる訳である。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ゲームは中盤戦(ミドルゲーム)に突入、木場の待つ運動場へと二人は移動をしている最中……
〔ライザー・フェニックス様の兵士三名、リタイア〕
グレイフィアによる撃墜アナウンスが響いた。
「誰が?」
「木場だろうね。朱乃先輩は女王と戦闘中だろうし、リアス部長とサポーターの夕麻はまだ移動している。多分、トラップに上手い事嵌めたんだろうな」
「そっか」
ライザー方はこれで都合七人がリタイアした事になるが、此方も小猫を失っているのだ。
九対六……
ユートは此方が【王】を除き全滅した場合の保険、実質は五人だと考えねばなるまい。
運動場に走る一誠が誰かに引き込まれ、直ぐに身構える一誠だったが、爽やかにスマイルを向ける木場が其処には居た。
「な、何だ……お前かよ」
「うん」
「すまん、木場。小猫ちゃんは……」
「アナウンスを聞いてるから僕も知っているよ。無念だったろうね。いつも何を考えているか判らない子だけど、今回は張り切っていたよ。森にトラップを作る時も一生懸命だった」
「勝とうぜ!」
「勿論だよ、イッセー君」
お互いの拳をぶつけ合いその意志を確認する。
運動場が見える位置からユート達は隠れながらも、敵側の観察していた。
「此処を仕切っているのは騎士、戦車、僧侶が一名ずつの合計三名だよ」
「すげー厳重じゃねえか」
「それだけ警戒されているんだろう」
木場の齎す情報に驚いた一誠だが、ユートは落ち着いて分析をする。
「緒方君の言う通りだよ。只でさえ、体育館を破壊された訳だから、此方に力を集中したんだろうね」
この駒王学園で目ぼしい侵入ルートは二つ在った、それが体育館からのルートと新校舎裏手の運動場からのルート。
片方はユートが破壊してしまい、相手側が護るべき場所は運動場のみ。
観察をし続けていると、恐らくは【騎士】であろう剣の持ち主が、行き成り声を張り上げる。
「私はライザー様に仕える【騎士】カーラマイン! こそこそ腹の探り合いをするのも飽きたっ! さあ、リアス・グレモリーの騎士よ! いざ尋常に剣を交えようではないか!」
ユートは呆れてしまう。
こんな安っぽい挑発に乗るバカなど……
「名乗られてしまったなら騎士として、剣士として、隠れている訳にもいかないかな?」
「(居たぁぁぁぁっ!?)」
ユートの内心での驚愕を余所に、木場は物陰から出て行ってしまうとその侭、奇を衒うでもなく真正面から堂々と野球のグラウンドへと向かう。
「あの莫迦っ!」
文句を言いつつ一誠も後を追った。
「意外と熱い性格なのな、木場って……」
一人て残っていても意味は無いと考えて、ユートもまたグラウンドに出ると、既に木場とカーラマインの戦闘は始まっている。
「暇そうだな」
一誠の近くに現れたのは顔の半分を仮面で覆っている女性、情報ではライザーの【戦車】の一人である。
更に、その傍にはピンクのフリフリなドレスを着込んでおり、凡そ戦場に似つかわしくない御嬢様ルックな金髪ドリルヘアの少女が立っていた。
「まったく、頭の中まで剣剣剣で塗り潰された者同士って、泥臭くて堪りませんわ。カーラマインったら、兵士を【犠牲(サクリファイス)】にする時も渋い顔をしていましたし、主である【王(キング)】の戦略が御嫌なのかしら?」
呆れているのが判る顔で少女は溜息を吐く。
「どうやら、ライザーの【僧侶】の一人みたいだね」
「優斗!」
中盤戦(ミドルゲーム)は始まったばかりであるが、それも既に佳境に入っている様だ。
木場が相手をする【騎士】カーラマインと、一誠が相手の【戦車】イザベラとの戦闘に入る。
「あら、貴方は戦いませんの?」
ピンクでフリフリ付きなドレスを着た、金髪ドリルヘアの少女が自分を棚上げしてユートに訊ねる。
「そっちも戦っていないみたいだけど?」
「私は戦いませんわ。そもそも数会わせで居るのですもの」
ハッキリと数会わせという少女に苦笑して、ユートもスタンスの説明をした。
「僕が戦えば単に無双するだけだよ。レーティングゲームはチーム戦。僕だけが強くても将来的に意味を為さない。だからこそ今の内に経験を積んで貰うんだ。今回、僕無しでも勝てたらそれに越した事はないし、全滅し掛かったら僕が出るだけだよ」
「随分な自信ですわね? イルとネルを不思議な術で退けたみたいですけれど、そんなモノがお兄様にまで通用するとは、努々思わない事ですわ」
「お兄様?」
ライザーの眷族に男は居ないとなれば、必然的に【お兄様】という単語に合うのはライザーのみ。
即ち、この少女は……
「君はライザー・フェニックスの妹か?」
「正解ですわ。私の名は、レイヴェル・フェニックスと言います」
「ふーん、妹ね……」
「何か?」
「いや、僕にも義妹が居るけどさ、戦わないなら戦場には出さないよ」
ユーキは戦うが故に戦場に出るが、ライザーは果たして戦いもしない駒を何の為に入れているのか、それが理解出来なかった。
「さて、戦わないと言われてもライザー戦を邪魔されると面白くないな。此処で排除しておくか?」
「私は【僧侶】ですから、戦闘を得意とはしませんが人間を相手に、遅れを取る程弱くない心算ですが?」
レイヴェルが目を細めながら言う。
「とはいえ、本当に戦う気はありませんし、そんな事をするくらいならギブアップして去るだけですが」
「本気?」
「ええ、お兄様はご不満でしょうけどね」
「妙な真似をしたら容赦なく落とす」
「ご自由に」
ユートはレイヴェルから目を放し、一誠と木場の戦いを観戦する事にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
木場の剣──光喰剣(ホーリー・イレイザー)が砕かれて霧散した。
光喰剣(ホーリー・イレイザー)とは、刀身が闇に包まれた光を喰らう魔剣。
属性は闇、この剣は堕天使の光の槍や悪魔祓いの光の剣などを無力化出来る。
ユートはあの五日間の内にそう聞いていた。
だが、カーラマインの持つ剣は炎に包まれており、炎の属性だと判る。
光の属性ならば兎も角、炎の属性にはこの魔剣では意味を為さない。
「これは、カーラマインの勝ちの様ですわね」
「どうかな?」
「どういう意味ですの?」
「見ていればすぐ判るよ」
木場は不敵な笑みを浮かべると新しい剣を出す。
周囲の温度が下がって、剣は凍気を発する。
「炎凍剣(フレイム・デリート)。この剣の前では、如何なる炎も消え失せる」
「ば、莫迦な! 神器(セイクリッド・ギア)を二つも有するというのか?」
カーラマインは、焦燥感と共に横薙ぎに炎の剣を繰り出すが、木場の炎凍剣(フレイム・デリート)に当たった瞬間に凍り付くと、刀身な砕けてしまう。
そんな様子を見て、流石に驚愕するレイヴェル。
「ど、どういう事ですの? 何故、別の剣が……」
「教えても良いけど、この戦いの最中に味方へ伝えたりするなよ?」
「何故です?」
「それをするって事は戦闘に参加するも同義。教える素振りを見せたが最後……その素っ首を叩き落とす。ま、フェニックスなら再生するんだろうけどね」
「理解しましたわ。伝えたりしませんから、解説をして頂けます?」
「木場も調子に乗ってるみたいだし、敵に能力を教えてしまいそうだけど」
ユートはそう前置きしてレイヴェルに解説する。
「木場の神器(セイクリッド・ギア)の銘は【魔剣創造(ソード・バース)】……それにより木場は、任意に魔剣を創り出せるんだよ」
「な、成程……神器所有者(セイクリッド・ギア・ホルダー)から奪った後天的な所持者(ユーザー)ではありませんのね」
カーラマインは刀身の砕けた剣を捨て、腰に佩いていた短剣を抜き放ち天に翳して叫んだ。
「我ら誇り高きフェニックスの眷族は炎と風を司る! 受けよ、炎の旋風を!」
カーラマインと木場……二人を中心として、熱風がグラウンドに巻き起こり、周囲すら焼いている。
高温の熱風を受けた木場の氷の剣が融け、その刀身が失われた。
「成程、熱風で僕らを蒸し焼きにする心算か。だけど……止まれ!」
新しい魔剣を創り、木場が叫ぶと熱風が円状の特殊な刃剣に吸い込まれる。
「風凪剣(リプレッション・カーム)、一度の戦闘で二本以上も魔剣を出したのは久しぶりだよ」
「複数の神器所有者(セイクリッド・ギア・ホルダー)から獲物を奪い、自分の物としている後天的な神器所持者(セイクリッド・ギア・ユーザー)か?」
カーラマインが驚愕しながら訊ねると、木場は首を横に振った。
「元より僕の神器(セイクリッド・ギア)は一つだ。【魔剣創造(ソード・バース)】……僕は任意に魔剣を創り出せるのさ!」
言うが早いか木場が地面に掌を向けるとグラウンドから複数の剣が飛び出る、それは色とりどりで様々な刀身の魔剣群。
「ハァ、やっぱりね。何を親切に自分の能力を教えてやってるんだよ……」
【情報は力也】といい、情報戦もまた立派な戦術である、相手側が知らないという事はそれだけで一つのアドバンテージだ。
わざわざ教えてやる義理など無いと云うのに。
「ブーステッド・ギア! 爆発しろっ!」
《Explosion!》
一誠の方にも動きがあった様だ、恐らく一誠は百秒以上の増幅(ブースト)を、イザベラの攻撃を躱しながら行っていた。
体力が上がり、駒の力を解放した事によって増幅が可能時間も増えている。
一誠は両手を広げると、付け根から上下に合わせてエネルギーを集めた。
「(必殺、ドラゴン・ショットッ!)」
一誠が相手に気付かれない様に、心の中で必殺技の名を叫ぶと魔力の塊が掌から勢いよく飛び出す。
「どわっ!」
技を出したのは良いが、威力に自身が押し負けてしまい後方に吹き飛んだ。
然し、魔力弾そのものは真っ直ぐイザベラへと向かって飛んでいく。
イザベラはそれを受け止める構えを執った。
「イザベラ、避けろ! 受け止めるな!」
そんなイザベラに対し、カーラマインが叫ぶ。
イザベラはカーラマインの忠告に従って即刻、回避運動を行うと魔力弾はその侭イザベラの遥か後方へ飛んで、テニスコートに着弾をすると凄まじい轟音を響かせて、突風が赤い閃光を伴い巻き起こった。
視界が戻るとテニスコートが消滅している。
「な、何ですのアレは!」
「【赤龍帝の籠手】だよ」
「なっ! アレは単なる【龍の手(トゥワイス・クリティカル)】ではありませんでしたの?」
忌々しい赤龍帝(ウェルシュ・ドラゴン)のドライグを封じし神器(セイクリッド・ギア)、それは十秒毎に力を倍化する。
一誠が力を溜めた時間は一五〇秒で、それは単純に一五倍にする訳ではなく、倍化された力を含めて倍化していく。
つまり今の一誠のパワーは元の力×二の十五乗で、仮令一誠の元の力が一しか無くとも、十五回の倍化によって単純計算でも三万二千七百六十八にまで上がっている。
パワーだけなら上級悪魔と同格だ。
イザベラはカーラマインからの警告を受け一誠を落とすべく戦ってはいるが、上級悪魔と同格の今の一誠は【戦車】のパワーをも受け止めて、互角以上の戦闘を見せている。
どうやら、合宿で少しでも戦闘経験を増やしたのが功を奏したらしい。
一誠の手がイザベラの服に触れ、なけなしの魔力を籠めて術を行使。
「喰らえ、【洋服崩壊(ドレス・ブレイク)】ッ!」
その名の如く服が弾け飛んでしまった。
「な、何だこれは!?」
服を弾き飛ばされてしまったイザベラは、羞恥心から内股になり右腕で大事な部位を隠し、反対側の左腕は割と胸を隠す。
戦闘中に決定的な隙。
「征っけぇぇぇぇっ!」
一誠はイザベラに魔力の波動をぶつけた。
「くっ、こんな事で!」
衝撃と共に吹き飛ばされたイザベラは、光の粒子となってバトルフィールドから消えていく。
《Reset》
【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】の効力が切れ、『ふぃー!』と溜息を吐いたその時……
〔ライザー・フェニックス様の戦車一名、リタイア〕
グレイフィアのアナウンスが響く。
「ぃよっしゃぁぁぁっ!」
歓喜に沸く一誠。
そんな一誠をレイヴェルは呆然となって観ていた。
「じょ、女性を裸にする技だなんて、巫山戯ていますわっ! 破廉恥です!」
だがすぐにも我に返ると憤慨する。
「酷い技ではあるけどね、割かし理には叶っている」
「どういう意味ですの?」
「あの技を受ければ、等しく女性は服を弾き飛ばされて裸体を曝す。裸で生活する裸族か、或いはよっぽど羞恥心が無い恥知らずか、若しくは鋼鉄の精神力の持ち主でもなければ、間違いなく一瞬とはいえ隙を作るだろうからね」
そう、先程のイザベラとてそれに耐えられず、決定的な隙を作ってやられた。
理には叶っているのだ。
尤も、味方すら敵に回しそうな技ではあるが……
具体的にはユーキを。
万が一にもユーキにこれを使い、裸にしようものなら一誠は確実に殺される、情け容赦なく一片たりとも慈悲も与えずに、最大級の奥義を以て確実に葬られてしまう筈、そうなったなら肉片が残れば御の字か。
ユーキは同性か、今は亡きコルベールか、愛する兄のユート以外に裸を見せたいとは思わないから。
閑話休題……
何故か木場がカーラマインに謝っていた。
その直後、カーラマインの言葉に凍り付き、剣呑な気配を漂わせる。
「? 木場の奴、どうしたんだ……」
ユートは木場の変化に首を傾げ、一誠も突然の気配に戸惑っている様だ。
「ここね」
「あっれぇ? イザベラ姉さんは?」
「まさか、やられちゃったのかな?」
ライザーの眷族達がこの場に集結して来た。
しかも朱乃と戦っている女王のユーベルーナ以外、全員がである。
騎士が一人に僧侶が一人に兵士がニ人。
「シーリス、美南風(みはえ)、ニィ、リィ」
ご丁寧にもレイヴェルが全員の名を教えてくれた。
大剣を背負ってワイルドな出で立ちをしている女性が騎士のシーリス、十二単を着た和風な黒髪の少女が僧侶の美南風、獣耳と尻尾を生やしている獣人のニ人が兵士のニィとリィだ。
因みにトラップと木場によってやられた三人の兵士はシュリヤー、マリオン、ビュレントと云う。
「ふむ、生き残り集合か」
「どうします? これだけの人数を貴方だけで捌けまして?」
「僕は基本的には一誠達の経験値稼ぎの為、全滅に近い状況までは見に回るが、襲ってくるならその限りじゃあない。襲撃して来たら潰すまでだよ」
ユートは気負いもなく、瞑目しながら冷静に言う。
その時ユートの居る場所より少し離れた空で、大きな爆音が鳴り響いた。
.