城下町のダンデライオン ~平凡次男の非凡な日常~   作:翼月

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勢いで書いてるからか矛盾してるところがあったりなかったりします…。

肝心の話数を間違っていました…4話です…。


第4話

 櫻田家は12人の大家族である。

 そして、そんな櫻田家は王族としての一面を持つが、基本的には一般家庭となんら変わりない生活を送っている。使用人とかも自宅には居ないから、当然ながら家事も自分たちで行わなければならない。

 だいたいは母さんがやってくれていたりしたのだが、12人分の食事、12人分の洗濯、その他諸々、さらにそれに加えて日々の公務もあるのだから、母さん1人にかかる負担は計り知れない。

 そこで、櫻田家には1週間という周期でくじ引きで家事の当番を決めるというシステムがある。くじの内容は掃除、洗濯、買い物、料理。引くのは、高校生組と中学生組。小学生以下は各々自主的にお手伝いをする。ということになっている。ちなみにくじを引いてそれらに該当しなかった――いわゆる休みを引いた人も、小学生以下と同じような扱いだ。

 

「毎週くじを引くのも面倒だな」

「母さんの負担を減らそうってのに、何てことを言うんだ兄貴は」

「毎週引くのが面倒ってだけだ」

「それなら、修ちゃんがずっと買い物やって! それ以外なら私、掃除洗濯料理、全部やるから!」

 

 手製のくじ引き箱からくじを引く兄貴に、茜は涙目になりながらもそんなことを訴えかけていた。

 お前はそこまでして外に出たくないのか……。

 

「茜姉さん、なにもそこまで言わなくても」

「だって外出たくないんだもん……」

 

 人見知りの激しい茜にとっては、買い物というものすら難易度が跳ね上がるらしい。

 

「お前、そんなこと言ってたら一生外出れないぞ」

「うっ……それはそれで嫌だな……学校行けないし」

 

 外に出るのは嫌がるのに、どうして学校には行きたがるんだろうか。いくらカメラがないからって言っても謎すぎる。

 

「まぁまぁ、あか姉の意思も固いんだし、やってもらうってのはどうかな?」

 

 茜の言葉をいいことにサボろうとする岬。葵姉さんがジト目を向ける。

 

「ダメよ、みんなで手伝うって決めたでしょ」

「そうだぞ。茜1人に任せるにしろ負担はかなりかかるんだ。ちゃんと分担しないと大変だろ」

「あき兄、発案者の言葉は違うねぇ」

 

 岬が大げさに溜息をついた。

 そう、何を隠そうこの分担くじ引きの発案は俺なのだ。

 子どもの頃から母さんの負担が大きいと思っていた俺は、中学に上がった年に思い切って兄弟たちに家事の分担を提案したのだ。もちろん、俺たちに可能な範囲内でだ。当時中学3年生だった葵姉さんも、2年生だった姉貴も、俺と同じく入ったばかりの茜も賛同してくれた。まぁ、もともとみんな自主的に手伝っていたりしたからってのもあるんだろうが。

 そんなこんなでくじ引きの再開である。

 

「俺、掃除」

「私は……洗濯ね」

「えぇー料理ぃー?」

 

 順に、兄貴、葵姉さん、岬がそれぞれ役割のある札を引いていた。くじは7枚中4枚が役割のある札だ。つまり、現時点で既に残りはあと1枚である。しかも残るのは茜の嫌う『お買い物』の札。

 札が引かれる度に、茜はごくりと喉を鳴らしていた。

 

「あっ、ラッキー」

「ごめん、茜姉さん」

「え、えっ……」

 

 姉貴と遥が引くと、その札には『休み』と書かれていた。

 残るはあと2枚。

 

「あきくん、わかってるよね?」

「いやぁ、こればっかりは運だからなぁ」

 

 俺が箱に手を伸ばすと、「ちょおっと待って!」と箱を振り回し始めた。おそらくシャッフルしているつもりなのだろう。無駄な足掻きを。

 振り終わった箱に手を入れてくじを引く。ごくりと、再び茜の喉が鳴る。

 

「あ、休みだ」

「………………と、いうことは?」

 

 手を震わせながら最後の1枚を引くと、そこに書かれていたのは、

 

「うわぁぁぁぁぁ、買い物ぉぉぉぉぉ!?」

「引くまでもないわね」

 

 見事買い物を引き当ててしまった茜は、フラフラとテーブルまで歩いていくと、そのまま倒れるようにしてテーブルに突っ伏した。

 

「でかけたくないぃ……」

「そうは言うがな茜、冷蔵庫空っぽらしいぞ」

「なぁんでぇ~……」

 

 ピクリとも動かなくなってしまった。

 そこへ光がやってきた。

 

「はいはーい! 茜ちゃん、私カレーが食べたいな!」

「……カレー?」

「なんなら一緒に付いて行ってあげるから」

「だから、出かけたくないんだってば……」

「茜ちゃん! そんなにカレーが嫌いなの!?」

「カメラが嫌いなの!」

 

 茜を外に連れ出すのは至難の技だ。たぶん引きずっても外に出ようとしないもんな、こいつ。

 何か餌でも持って連れ出す……には、餌が思いつかんな?

 

「あきくん、今失礼なこと考えてたよね?」

「何でわかるんだ」

「双子だからね――ってだから否定してよ!?」

 

 双子だからって、俺はお前の考えてることわからないぞ。今は外に出たくない、買い物嫌だって思ってるだろうけど、それはもうみんなわかることだろうし。

 

「茜ちゃん、カメラいやー! っていつも言ってるけど、この前バッチリ映ってバッチリ目立ってたじゃん。ウラヤマシー」

「そんなつもりじゃなかったの、これ以上世間に恥を晒したくないのよぉ……」

 

 先月のことを思い出したのか、茜は頭を抱え始めた。

 それに追い打ちをかけるように光が続ける。

 

「全国ネットでパンツ見られたんだし、今さら気にすることないのに」

「それをいわないでぇえぇぇ……!?」

 

 またもテーブルに突っ伏した。

 まぁ、先月だけで何度もお茶の間にパンツをお送りしてしまったわけだからな。茜でなくてもショックだろうとは思う。

 完全に心が折れたのか、死んだような目で「おそとでたくなぁいぃ……」と念仏のように言っている。これが双子の姉の姿か……哀れだ……。

 一応だが姉は姉だ。そんな姉のこんな姿を見ているのはちょっと嫌だ。だから仕方なく買い物を引き受けてやろうと思ったら、兄貴が一歩早く「仕方ない」と声をかけた。

 

「俺の掃除当番と代わってやろう」

「マジですか!?」

「立ち直りはえーな」

 

 少しでも心配した俺の気持ちを返してほしい。

 

「ただし、明日から1か月、ツインテールの位置を高くするならな」

 

 なんだそれ条件か? と思ったのは俺だけのようで、茜は嫌そうな顔をしていた。嫌なのか、外に出るのと天秤にかける程には。

 

「割に合わないよ、当番は1週間で変わるし。それだけのために、そんな子どもみたいな髪型……そん、な……の……」

 

 数秒の沈黙、そして、茜が指を3本立てた。

 

「…………どうか、3週間で」

「いいだろう」

「やるんかい」

 

 それにしても、どうして当番交代の条件が髪型の変更だったのだろうか。

 まぁ、別に気にすることでもないか。

 

 

 と、そんなことがあったのが数日前。

 そして、兄貴のその条件に関係するかはわからないが、そうだろうと確証が得られる出来事に遭遇したのは、案外早いものだった。

 その日、珍しく俺は寝坊をしてしまっていた。

 

「嘘だろ……なんで目覚ましならなかったんだよ……」

 

 毎日寝る前にちゃんとセットしているか確認して、昨夜もちゃんとセットされていたはずなのに、目覚ましが鳴った記憶がない。

 それもそのはず、目覚まし時計を確認すると、針が4時を指してずっと動いていなかった。

 

「電池切れ……だと……」

 

 さすがにそれは予想外だよ。というか、姉さんたちも起こしてくれればいいのに。

 ずっと目覚まし時計を眺めているわけにもいかず、気を取り直して登校の支度を済ませると洗面所に向かった。

 

「あれ、兄貴も寝坊?」

「そんなところだ」

 

 洗面所には兄貴が居た。ってか、兄貴も寝坊なら起きた時に起こしてくれればいいのに。

 とにかくさっさと顔を洗って、リビングへ向かうと朝食を食べる。時間もないので食パンにジャムを塗ったくるだけの簡単なものだ。

 そうして俺が急いでいるというのに、兄貴はのんびりと朝食を食べていた。

 普段からマイペースだとは思ってたけど、なんでこんなに落ち着いてるんだ。あれか、もう間に合わないと思って逆にゆっくりにしているのか?

 

「兄貴、そんなんじゃ遅刻するよ?」

「お前は兄の能力を忘れたか?」

「能力って……はっ!?」

 

 そうだ、兄貴の能力は『瞬間移動』! 読んで字の如く、瞬時に目的の場所へと移動することができる能力だ。

 だからこんなに落ち着いてたのか……能力を使えば一瞬で教室まで行けるからな。ギリギリになっても問題はないだろう。

 

「あ、兄貴、俺も一緒に連れて行ってくれない?」

「仕方ないな」

 

 さすが兄貴だ、話がわかる。

 ――と思ったのもつかの間、「ただし条件がある」と言われた。

 なんだろう、とても嫌な予感がする。そしてどこか既視感。

 

「1週間、俺のことは『お兄様』と呼べ」

「なん……だと……」

 

 何て条件をだしてくるんだこの兄は……お兄様と呼べ、だと……。

 くそ……嫌な予感が当たってしまった、何で俺の嫌な予感はいつも当たってしまうんだ……。だけど、これを呑まないと俺は遅刻……。

 

「くっ……わかったよ……お、おに……い、さま……」

「そんなに嫌か!?」

 

 とりあえず、兄貴の能力を使って遅刻は免れることはできた。

 瞬間移動というのは、茜の重力を操作する能力と違ってあまり経験がない。だから家の玄関から、視界が光ったかと思うと一瞬で学校の教室に移動した時は、ちょっと不思議な感じがした。

 

「助かったよ――」

 

 兄貴、と続けようとしたら、なぜか兄貴は飲んでいた牛乳を吹き出していた。それはもう盛大に。しかもその吹き出された牛乳は、兄貴の前の席に座っていたツインテールの女生徒に浴びせられていた。牛乳にまみれてしまった先輩は、目をぱちくりとさせていた。

 あれ、この先輩どこかで……と思ったら、佐藤先輩か。兄貴の前の席だったんだな。

 俺と佐藤先輩が知り合ったのはほとんど偶然だった。なんせ出会いは、本屋で料理の本を探している時に手にかけた本が偶然同じだったというものなのだから。

 まぁ、それで運命を感じたとかそういうのは互いになく、先輩の方は俺が王族だからと畏まったり、俺は俺でそんな畏まる先輩を宥めるのに必死だった。その過程で先輩が口を滑らせたのか、何故か兄貴の好物を聞いてきたのがきっかけで、先輩が兄貴に好意を寄せているというのを知ったのだった。

 兄貴のことを好きになるなんて物好きだなぁ、と思わないでもないけど、俺は佐藤先輩を応援しているのである。

 

「す、すまん佐藤、大丈夫か?」

「えっ、は、はい! 牛乳、好きですから!」

 

 真っ白になった先輩は、笑顔でそんなことを言っていた。

 いやいやいや、そういう問題じゃないでしょ。

 

「先輩、兄がすみません。これ使ってください」

「あっ、晶くん。ううん、全然いいよ、気にしないで。むしろ嬉しい」

 

 先輩的には全然いいのか……というか嬉しいのか……。

 ティッシュを渡しながら微妙な気分になった。この人も結構変わってるよな……。さすがうちの兄貴を好きになるだけはある。

 

「お前、佐藤と知り合いだったのか?」

「前にちょっと話す機会があってな」

 

 俺が先輩と話したのが意外らしく、兄貴がそう耳打ちをしてきた。俺が答えると、「そうか」と言ってそれ以上は聞いてこなかった。

 

「修! なにうちの花に白いのぶっかけてんのよ!」

「言葉を選んでくれないか!?」

 

 いつの間にか他の先輩も牛乳まみれの佐藤先輩に気づいて、兄貴に微妙な視線を向けていた。まぁ、牛乳ぶっかけたらそうもなるよ。先輩の発言もどうかと思うけども。

 とりあえず、このまま2年の教室に居るとそれはそれで遅刻扱いになりそうなので、兄貴に一言声をかけてから教室から離脱する。

 

「って、玄関から直接ここに来たから靴も履き替えないとなのか……」

 

 仕方がなく、一度昇降口まで行って靴を履きかえてから自分の教室へ向かった。

 自分の席に着くとようやく一息をつけた。なんやかんやあったけど、とりあえず遅刻しないでよかったな。

 ホッとしていると、鮎ヶ瀬がこちらに近づいてきた。

 

「あれ、茜は一緒じゃないんだ?」

「は? まだ来てないのか?」

 

 そう言えば、俺の目の前の席には誰も座っていない。

 そんな話をしていると、「間に合った―!」と勢いよく茜が教室に入ってくる。

 いつもと違ってツインテールの位置が高いのは、まだ兄貴の言った条件を守っているからだろう。

 

「あ、あれ? あきくん何で教室に居るの?」

「寝坊したから兄貴に送ってもらったんだよ。ってか、何で寝坊した俺よりも遅いんだよ。そもそも、そんなこと言うなら起こせ」

「ごめん、忘れてた」

 

 忘れてたって……なんかちょっと悲しい。

 その後も、何故か鮎ヶ瀬に遅刻のことをいじられ続け、授業が始まる前から俺の体力は底をついてしまったのだった。

 

 

*  *  *  *  *

 

 

 学校に居る間は、流れる時間が加速でもしているのかと思うくらいには早く、もう放課後になっていた。

 イキイキとしていた茜は今にも倒れそうに――というか、机に突っ伏している。

 

「あきくん、帰ろ」

「悪い、ちょっと図書室に寄らないといけないんだ」

「んじゃ待つよ」

「どれくらいかかるかわかんないし、先帰ってろよ」

 

 この日はタイミング悪く、図書委員の仕事を手伝うことになっていた。

 10分やそれくらいで終わるならともかく、いつ終わるかわからないのに茜を付き合わせるのは申し訳ない。

 

「今日はお姉ちゃんもカナちゃんも一緒に帰れないんだもん」

「兄貴が居るだろ」

「…………」

 

 あからさまに嫌な顔をする。そんなに兄貴と帰るのが嫌か。と思いながらも、そんなことは無視して兄貴にメールを送る。内容は、今日は茜が一緒に帰ってほしいと言っているということだ。

 途中で気づかれたがもう遅い。メールは兄貴に送信してしまった。

 

「これで兄貴と一緒に帰れるな、良かったな」

「はぁ……仕方ないか」

 

 全然納得のいかない表情をしていたが、とりあえずは折れてくれたようでなにより。

 茜と教室で別れると、俺は予定通りに図書室へと向かった。

 

「失礼します」

 

 中に入ると、図書委員だろう生徒が数人机を囲んでいた。机の上には真新しい本が数冊置かれている。

 特に忙しそうな空気ではないのは誰が見ても明らかだった。

 

「えっと、人手が足りないって聞いてきたんだけど」

 

 とりあえず同じクラスの図書委員の生徒にそう言うと、その生徒は申し訳なさそうな表情をした。

 

「ごめん櫻田君。新しく入荷した本の整理に人手が足りなさそうだから頼もうと思ってたんだけど、実際にはそんなに冊数がなかったんだよね」

 

 机の上に置かれているのが、今回新しく入荷した本らしい。簡単に数えて20冊ほどだろうか。決して少なくない冊数だと思うが、今この図書室に居る図書委員の人数は5人。十分人では足りているようだった。

 

「だからごめん、手伝いはいいよ」

「人手が足りてるなら仕方ないな。また何かあった時に言ってくれ」

「うん、助かるよ」

 

 そう言葉を交わして、俺は図書室を出た。

 ……茜にあんなことを言ったけど、一瞬で終わってしまった。

 

「まぁいいか、帰ろう」

 

 嘘は言っていない。いつ終わるかわからないって言っただけだし、早めに終わる時だってあるさ。

 昇降口に向かい靴を履き替え校舎を出ると、校門付近に見知った後姿――佐藤先輩だ――を見つけた。それもなぜかこそこそしている。

 この時、俺は追いついて声をかけることもできた。だが、俺の直感が佐藤先輩の跡を付けろと告げていた。なにやら面白そうなことが起きる気がする。確信はないが、そんな気がした。

 だから後ろを気づかれずに追い始めたわけだが、そんな佐藤先輩がなぜこそこそとしているのか、理由はすぐにわかった。

 佐藤先輩の視線の先、そこには兄貴と茜の姿があった。それだけならおそらく先輩も後を追おうとは思わなかったろうけど、今の茜はいつもの低い位置のツインテールではなく、高い位置にツインテールをしている。後姿だけだったら、もしかしたら茜とは気づかないかもしれない。そして、佐藤先輩は茜とは気づかずに、仲睦まじく兄貴の横を歩く知らない女生徒に見えているのだろう。もしかしたら兄貴の彼女と思っているのかもしれん。

 そこで、茜と先輩の後姿を同時に見て気づく。

 兄貴が茜にツインテールを高い位置にしろっていう条件。あれってまさか、佐藤先輩を意識して言ってたのか? 2人の後姿が見えているからか比較は容易い。若干似ている気もしなくはないし、やっぱり兄貴、先輩を意識して言ったんじゃなかろうか。だとしたら先輩、これはもしかしたらもしかしますよ!

 先輩と兄貴たちを観察しながら考えていたら、突然兄貴たちが路地に入った。佐藤先輩もそれを慌てて追いかける。あの動き、兄貴たちはたぶん、佐藤先輩の尾行に気づいたからあんな行動に出たんだろう。

 俺も後を追い、見つからないように路地を覗き込む。そこでは、茜と兄貴に挟まれて佐藤先輩がしどろもどろになっていた。

 

「ちゃんと理由を言ってくれ。でないと、俺たちの立場上クラスメイトとはいえ……」

「……き、だから……」

 

 兄貴が責めるように言うと、先輩は震えながら声を絞り出そうとしていた。ちょっと距離があるから聞きづらいけど。

 

「わ、私……櫻田くんのことが、好きだから……っ!」

「へっ!?」

「おぉ……」

 

 窮地に立たされた佐藤先輩の口から出てきたのは、まさかの告白だった。予想もしていなかったのだろう、兄貴の動きが止まっている。そして、奥の方で茜が顔を赤くして視線を逸らしていた。

 俺も思わず声を出してしまったけど、佐藤先輩、まさかここで告白するとはな……。

 さて、兄貴はどう答えるんだ?

 

「すまん、佐藤。佐藤の気持ちは本当に嬉しいできることなら、俺も……」

「それじゃあっ……」

「だ、だが! 今は選挙に専念したいんだ」

 

 兄貴の方も好印象――かと思いきや、そんなことを言っていた。

 いやいやいや、兄貴あんた王になる気ないだろ。選挙に積極的なところまったく見たことないぞ。

 

「奏を王様にしないためにも、妨害工作で忙しいんだ!」

 

 何だよその理由はーっ!? と、叫びそうになるのを必死でこらえる。

 今ここで雰囲気をぶち壊してはいけない。そんな気がする。

 

「なら、待っていてもいいですか……」

「え?」

「選挙が終わるまで、待っていてもいいですかっ……」

 

 顔の赤い先輩の口から発せられたのは、そんな言葉だった。

 ほとんど断られたに近いことを言われたのに、先輩は選挙が終わるまで待つのだという。先輩、本気で兄貴のことが好きなんだな……。

 

「終わるまでって、少なくとも後2年は先のことだぞ」

「良いんです。私は全然平気です!」

 

 その言葉に、兄貴は片手で口元を覆った。

 これは兄貴も予想外だろう。あんなこと、並大抵じゃ言えない。すごいな、佐藤先輩。これで兄貴が答えなかったら、その時は殴ってやろう。

 いや、別に羨ましさからくるものではないぞ、断じて。

 

「わかった、約束しよう。必ず佐藤の想いには応える」

「……!! は、はい……! ありがとうございましゅ……」

 

 良く言った兄貴! この一瞬だけは尊敬しそうになった。

 佐藤先輩もその言葉に、顔を覆って涙を流していた。

 

「きょ、今日のところは送ってあげなよ修ちゃん。私は1人でも大丈夫だから」

 

 と、そこに茜がそんなことを言って割って入った。今まで顔を赤くしているだけだったが、ナイスフォローだ茜。

 俺も助け舟を出してやるか! 兄貴と先輩の恋のためにも!

 

「あれ、兄貴たちこんなところで――」

「あきくんいいところに! それじゃあ私はあきくんと帰るからー!」

「なにしてぇぇぇぇ――」

 

 助け舟どころか、言葉を言い切る前に茜に引っ張られてその場から去ることになってしまった。あまりにも一瞬のことすぎて振り払うこともできなかった。というか、わざわざ能力を使ってまで俺を浮かせて走っていた。

 ま、まぁ……これで兄貴も先輩を送るしかなくなったわけだから、それで結果オーライなのかもしれない。

 しばらく成すがままに茜に掴まれていると、いきなり浮遊感がなくなり地面に落ちてしまった。

 

「いってぇ……」

「ご、ごめんあきくん」

「いやまぁ、別にいいけど」

 

 辺りを見回してみると、もう家の付近だった。

 カメラもいくつかあったと思うんだけど、それ以上に慌てていたからなのか、茜がカメラに怖がっている様子はなかった。

 まぁ、後で悶絶するんだろうけど。

 

「それにしてもあきくん、タイミング良かったよね。まさか、見てたとか?」

「よくわかったな」

 

 「まさかね~」と言う茜に被せるようにそう答えると、しばらくの間真顔を向けられた。

 な、何だこの反応……?

 

「み、見てたっていつから!」

「学校出るところから」

「がっ……ほとんど最初からじゃん! 何で止めてくれなかったの!」

「え、止めるって何を?」

「それは、ほら……えっと……」

 

 止めるっていうのは、佐藤先輩が尾行するのをだろうか。それとも告白の部分だろうか。どちらにしても同じ事か。

 考えていると茜が頬を膨らませていた。

 

「な、なによー、その顔」

「いや、なんだかんだお前もお兄ちゃん子なんだなと」

「は、はぁ!?」

 

 指摘した瞬間、茜の顔が真っ赤に染まった。

 

「だって佐藤先輩に兄貴が取られるって思ったんだろ?」

「そそ、そんなわけないしぃ~! 何言ってんのもうあきくんってば!」

 

 顔をさらに赤く染めて俺の背中をバシバシと叩いてきた。力の加減をまったく考えていないのか結構痛い。それにしても、茜もわかりやすいやつだな。

 それから、茜は驚くことにカメラを気にすることなく帰宅ができた。その代わり、ずっと俺の背中を叩き続けていた。……痣になってたりしないよな?

 

 

 

 その夜、風呂から上がって部屋に戻ろうとすると、部屋の扉に耳をピッタリくっ付けた姉貴と茜が居た。何をしているのかと聞くと、兄貴が先輩と通話しているとかなんとか。

 もしかして、これから先兄貴と先輩の通話を聞かされることになるのだろうか。2人がくっつくのはいいんだけど、そんな甘ったるい空気に俺は堪えることができるのだろうか? 俺も俺で頭を抱える要因ができてしまっていた。

 ちなみに後日、俺が宙に浮かされて走りまわされていたり、ずっと背中を叩かれていたその一部始終は、『サクラダファミリーニュース』で放送されることとなり、同時にずっとカメラに映りっぱなしの茜は、予想通り悶絶していた。




アクセス、お気に入りありがとうございます!!

次回、ちょっとだけ、出ます、たぶん。

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