数日経って約束の日曜日。千歌たちが海に潜っている頃、巧は十千万の隅で一人、サイドバッシャーを洗車していた。かつての草加がそうしていたように。
分かる人には分かるかもしれないが、海の近くでバイクを走らせると大抵は何処か錆び付く。
「ふぅ・・・とりあえずこれくらいでいいか」
洗剤を水で流し、あらかた終わらせた所で一息つくことに。巧は洗車用具を貸してくれた人物の所に、お礼を言いに行った。
「美渡、いろいろ助かったよ。道具はどうすればいいんだ?」
その人物とは、高海家の次女の高海美渡だった。
「んー?あぁ、とりあえず元の場所にでも置いといてよ。巧も早く上がりな、なんか奢ってあげるよ」
美渡は巧に道具を置いて来るように言う。次女という事もあってか、余裕があるように見える。現に巧たちが居候するといった時、反対せずに歓迎してくれている。
巧と歳が近い事もあってか、互いに呼び捨てでも違和感無く接してくれているのが証拠だろうか。
「はい、どーぞ」
テーブルに座った巧に美渡が差し出したのはコーヒーだ。しかも、ホットで淹れたて。巧は堪らなくなって遂にその思いを言葉にする。
「美渡、お前・・・俺が猫舌なの知っててこういう事すんのか?」
巧は美渡を問いただす。もちろん、彼女が間違えてではなく故意にそうしているのが、分かっているからだ。
「だってさぁ、巧がふーふーしてんの面白いんだもん。今や高海家のブームだからね!」
なんて悪意のあるブームだ。巧は内心毒づきながらも、ぐっと言葉を引っ込める。そして、一心不乱にコーヒーを冷ます。
「あ、またやってるんだ。好きだね、巧くんも」
すると、高海家の長女の高海志満がやって来てテーブルに座る。巧は恐る恐るカップに口をつけながら、志満に状況を説明する。
「志満、俺だって好きでホットコーヒーなんて飲んでないさ。美渡の嫌がらせでな」
巧から説明を受けた志満は、すぐに美渡に注意をする。
「駄目だよ、巧くんは熱いの苦手なんだから」
「はーい」
志満の注意を軽く受け流す美渡。ともかく、これでようやく静かになると思ったのも束の間。今度は2人して巧を凝視していた。
「・・・」
美渡がニヤニヤといった笑みを浮かべ、志満がぽわわんとした微笑ましい笑顔を向ける。
この2人、楽しんでやがる。巧は常々姉妹だなぁと痛感する。
(どうなってんだよ、高海家の姉妹は)
その光景は巧がコーヒーを飲みきるまで続いた。
「へっくちッ!うー・・・」
一方、海で潜る約束をしていた千歌がどういうわけかくしゃみをする。
「どうしたの、千歌ちゃん?」
近くにいた曜が千歌に気遣いの言葉をかける。
「うーん、誰かが噂してるのかも」
まさかね、と少し盛り上がる千歌たち。彼女たちは今日、ここで海の声を聞く事となる。それは自分たちの未来に繋がる奇跡の一歩になることも知らずに。
海の声を聞くのは千歌たちだけではなかった。何故なら巧もとある人物と連絡をとっていたからだ。
「要するに、俺たちの持つベルトが狙われているって事かな?」
「あぁ、どうもそうらしい。それも、倒したはずのオルフェノクまで使ってな。そっちは大丈夫か、三原?」
電話の相手は三原修二。2年前、紆余曲折を経てデルタギアの持ち主となった青年。王との決戦後は、短期のアルバイトをしていた養護施設“創才児童園”で本格的に働いていたようだ。
「こっちは特には・・・それに今の話が本当なら、スマートブレインが関わっているかもしれない」
スマートブレイン、その言葉を聞き巧の脳内に記憶が蘇る。オルフェノクを操り、何度も対峙した存在。
「まさか・・・スマートブレインはぶっ潰したはずだろ?」
巧はその可能性を否定する。巧自身、認めたくないのが本心なのだ。
「もちろん、俺もそう信じてる。ただ、スマートブレインがこの場所を流星塾の二の舞にするつもりかもしれない。だからさ・・・」
三原は一旦言葉をとめ、はっきり告げた。
「守ってみせるさ、ここが俺の帰る家だからな」
巧はその気迫に圧倒される。2年前の三原とは明らかに違い、決意に満ちたその言葉に迷いはなかった。
「そうか・・・気をつけろよ、三原」
「・・・あぁ。じゃあ」
巧は電話を切る。三原はもう大丈夫だ。あとは、自分自身のこと。
「俺も、どうにかしないと・・・ん、三原?」
ついさっき電話の相手だった三原の名前が出ていた。伝え忘れた事でもあるのかと思った巧は、すぐに繋ぎ直す。
「何だ、三原。何か言い忘れたか?」
巧が聞くと、電話の主が話し始めた。
「よう、乾。まさか、俺様をお忘れでは、ないでしょうか?」
「お前は・・・誰だ?」
巧は電話の主の正体を問う。生憎、俺様なんて友人を作った覚えない。
「って、おい!まさか、本当に忘れちまったんじゃ、ないだろうな!?よぉし、分かった。なら思い出させてやる」
巧は「別にいいんだが・・・」と言ったが相手には聞こえなかったようで、1人で淡々と覚えのない思い出話を語り始めた。
「あれは、雪の降る寒い冬の出来事だった。出会いこそ最悪だったが、俺たちは互いに助け合い、時には対立し、しかし最後には共に手を取りあってきた。そんな時、俺たちの仲を引き裂こうする奴らが現れたんだ。そいつらの名は・・・お馬さん、お馬さん。はいどうどう、はいどうどう・・・」
巧は思い出した。こんなおかしな話し方をする奴が、1人だけいた事を。巧はそれとなく相手の名前を呼ぶ。
「お前、海堂か?」
「あ、俺のボケはスルーね。いや、まぁそれはいい」
話を聞くたびに、このふざけた話し方が海堂であった事を思い出す。
「海堂、お前今までどこにいたんだ?」
「あ、その前に言わせて。2年もほっときやがってよぉ、俺様にだって心があるんだぞぉ!」
海堂の言葉に、巧は訂正を入れる。
「はぁ?何勘違いしてんだ。居なくなったのはお前の方だろ?」
「・・・あれ、そうだっけ?」
巧は本気で勘違いしている海堂に頭を悩ませる。しかし、海堂が出た事を好都合と考え用件を伝える。
「とりあえず、お前に繋がってよかった。頼みがあるんだ」
「頼み?何だい何だい、藪から棒に?」
巧は海堂に千歌たちの作曲を依頼した。海堂がギタリストとして活動していた事を、かつて木場から聞いた事があったからだ。そして、その話を聞いた海堂から答えが返ってきた。
「よし、分かった。なんて言えるか。お断りだ」
返ってきた答えはNOだった。納得がいかない巧は理由を説明するよう海堂に迫る。
「どういう事だよ、ちゃんと説明しろ!」
「どうもこうも、んな事して俺に何の得があんのかちゅうことよ。そんな田舎の学校守るより、とっとと合併しちまえってんだ。まぁ、その娘たちとお付き合い出来るってんなら、話は別だけどな?」
海堂の言葉に唖然としてしまう。少なくとも自分が知ってる海堂は、悪態をつきながらもいつか何処かでやってくれる奴だと分かっていたからだ。今思えば、電話越しの声だけを聞いていたことを踏まえて物事を考えるべきだったが、それよりも先に口が動いていた。
「あぁ、分かったよ。お前に頼んだ俺が馬鹿だった!じゃあな!」
「あ、ちょ待てよ!」
海堂の言葉も聞かず、巧は電話を切った。もしかしたらと期待していた男が、あんな事になったいたとは思いもしなかったからだ。受けたショックは中々に大きかった。
「高海に何て言うかな・・・」
巧は千歌にどう説明するかに悩まされる。が、それは思わぬ形で解決される事となる。
「あ、巧くん!紹介するね。作曲をしてくれる事になった梨子ちゃんだよ!」
電話から翌日、丸一日考えようやく失敗した事を話そうと決心した巧だったが、学校から帰ってきた千歌の言葉によって解決された。
「あの、桜内梨子です。よろしくお願いしま・・・って、あなたは!?」
千歌の後ろから現れたのは、やはり梨子だった。千歌から兼ねてから聞いていたので、ようやく承諾してくれたのだろう。
「あぁ、またあったな。乾 巧だ、よろしく」
巧は梨子に握手を求める。自分がファイズである事を知っている彼女に、わざわざよそよそしい態度でいる事もないだろう。それにその方が“自然”だ。
「乾さん・・・よろしくお願いします!」
梨子は巧の手を取り、握手を交わした。そんな巧の様子を見て、黙っていないのが2人。
「乾さん、私の時と態度違くないですか〜?」
「そうだよ!巧くん、そろそろ私の事“高海”って言うのも直してよ!」
2人に迫られ、顔を引きつらせる巧。しかし、すぐに折れたのは巧の方だった。
「あぁ、分かったよ・・・千歌、曜。これでいいな!」
あくまでぶっきらぼうに言う巧に、思わず頬を染める千歌と曜。横でその様子を見ていた梨子は、一言つぶやいた。
「乾さん、ツンデレだ・・・」
「μ'sのスノハレみたいなの作るの!」
3人(+a)は作詞活動に勤しんでいた。a=巧なのだが、何故この場にいるかと言うと千歌曰く「男の人の意見も聞きたい!」らしい。よって巧はほぼ戦力外。頼みの綱の梨子に丸投げ状態に。
「ちょっと調べてみる!」
気がつけば、千歌が何やら調べ物をしていた。恋愛がどうのこうの、と言っていたが。そんな千歌を見た曜がこんな事を言った。
「千歌ちゃん、スクールアイドルに恋してるからね」
その言葉を聞いた巧が、不意に言い放った。
「じゃあ、もうそれでいいんじゃないか?」
今までの苦労が無かったかの様に、曲が出来上がったとさ。
Open your eyes for the next φ’s
「何、あれ?」
「新しい理事長もそこの人らしいよ」
「ここを満員に出来たら、部として承認してあげますよ」
「俺の都合ってのも考えろよ!」
「遂に不審者まで出るとは・・・」
「変〜身」
第6話 理事長登場