紆余曲折ありはしたが、あのあとローズヒップさんはぼくの謝罪を受けいれてくれた。
顔を真っ赤にしながら目に涙をうかべていたし、これはもう裁判沙汰まであるかもなあと思っていたんだが、あのあと土下座して謝ると「研究職の方ってこうですの……?」と諦めたような表情をしていた。代わりにもう一度美味しいものをごちそうしてもらいますと言われ、そんなことでよければいくらでもとぼくは答える。その際おばちゃんが私も食べたいみたいな顔をしていたが、あんたさっき無実(でもないが)のぼくを殴っただろと目で語りかけると素直に引き下がった。
一週間後に同じように駅で待ち合わせと彼女から言われ、ぼくはその日も精いっぱいのおしゃれをして家を出た。駅前はこのあいだよりもさらに人が多く、そのなかにはちらほらと浴衣の少女が混じっている。ぼくは呆けた顔で今日はどこかでお祭りなのかなと考え、いつの間にか目の前に立っていた彼女に気が付くことが出来なかった。
「加賀さんっ!」
そうローズヒップさんから呼ばれ、ようやく目の前に立っていた浴衣の少女が彼女だと気が付く。白い浴衣に印象的な金魚の図柄。それが彼女の白い肌と赤い髪に驚くほどよくマッチしており、ぼくは一瞬言葉を失う。
「ローズヒップさん、外出の時も制服って」
第一声だというのに、驚きからかぼくの口からはそのような言葉しか出てこない。彼女はそんなぼくの様子をみて「えへへ、秘密ですわ」といたずらっぽく笑う。ぼくはいかん、いかんと頭を振り、気を取り直してもう一度彼女を見詰める。こんな気の利かない第一声があるか。
「綺麗です。とてもよく似合っています」
ぼくの口からそんな言葉がこぼれ、すぐに彼女が顔を真っ赤にして歩き出す。それに慌てて「はぐれないように」と声をかけると、伸ばしかけた手をぎゅっと掴まれた。彼女はなるべくこちらを見ないように視線を遠くに投げ、なんでもないことのようにつぶやく。
「これではぐれませんわ」
ぼくはそれに照れ隠しで「合理的です」と呟いたが、彼女はすべてを見透かすような笑みを浮かべた。女の子はなぜこんな超越したような表情をできるんだろう。小さい頃から同級生の女の子がこんなふうにひどく大人っぽい表情をすることがあり、これは昔から不思議に思っていた。
気を取り直してぼくは彼女が望むままに可愛らしいりんご飴や屋台の軽食を購入し、ふたりでそれを半分ずつわけあう。基本的に小食なのであまり食べられはしないが、彼女はぼくのおごりということもあってよく食べ、やがて満腹になってしまったようでどこかで休みたがった。彼女の手を引いて祭りの大通りから抜けると、ふたりで神社の石段に座り込む。裏道を選んだのが幸いだったのか人通りは少なく、祭りの喧騒が遠くに聞こえてきた。
今更絶対にはぐれようもないのにぼくたちは相変わらず手をつないだままで、ふたりの手に滲んだ汗まで心地よかった。
「実験はうまくいきそうですの?」
不意にローズヒップさんがこちらを見詰め、どこか心配そうな表情でそう尋ねてくる。ぼくは彼女に無用な心配をかけてしまったことを恥じ、すぐに胸を張って「問題ありません」と答えた。
「次は必ずうまくいきます。もう実験は終わりです」
「そうですの……」
彼女の声に惜しむような響きがあり、ぼくは首をひねる。不安にさせないようにと思っていった言葉だったのだが、どうやらそれでもぬぐえなかったらしい。それでも、実験を行えばやがてすべてはうまくいくだろう。
「夢が」
「え?」
「二度と戦車が戦争に使われるようなことがあってほしくない」
そう呟くとローズヒップさんが潤んだ瞳でこちらを見詰めてくる。その瞳があまりにも美しくて言葉に詰まる。
「……前に夢の話をしましたね。それがぼくの夢です。戦車道は、かつての辛い戦争を乗り越えて人類がそれを競技にまで発展させることができた、平和の武道です。ぼくはこの火を絶やしてはいけないと思うし、そのためなら何でもします」
言葉を区切り、周囲に視線を巡らせてもう一度彼女のことをみる。その瞬間に花火が上がった。遠くからの光が彼女の頬を照らし、色とりどりに染め上げる。この世界の平和を、そして未来を担う姿だ。
「ぼくは君たちが世界を変える手伝いがしたいんです」
呆れるほど情けないような情熱を口にして、少し恥ずかしくなる。だけど生まれて初めて特殊なカーボンのことを知ってからずっと、ぼくはあんな風に世界を変えたいと思ってきた。そして自分にはそれができると、燃え上がるような確信を持ってこれまで進んできた。
「実験が終わっても私とお会いしてくださいます?」
「それは――、もちろんです」
直後、気恥ずかしさで俯いていたぼくの手が引っ張られ、身体全体が前のめりになる。驚いた拍子に顔をあげると目の前にローズヒップさんの顔があり、頬に柔らかな感触が伝わった。
「私も、加賀さんの夢をお手伝いしますわ」
かすかな声がぼくの耳に届き、彼女はそれきり何も言わなかった。ぼくらはそれからしばらくの間ふたりで並んで花火をみつめ、どちらからともなく駅へ向けて歩き出す。
駅で別れる最後の瞬間まで手は放さなかった。
よく晴れた日だった。
ぼくは普段通りに起きてワイシャツとチノパンに着替え、胸元に携帯音楽プレーヤーを押し込む。朝ごはんはインスタントの味噌汁とごはん、それからなんてことないコンビニのお惣菜。家を出る前に仏壇に手を合わせ、言ってきますと声をかけた。
父さんと母さんは事故で死んでしまっていた。高校一年生の冬のことで、もう少しだけあの事件が遅ければふたりをぼくの研究で助けられただろう。ローズヒップさんには格好いい外向きのことを言ったが、思えばいつまでもこの研究テーマにしがみついているのも、このせいなのかもしれないと考える。ぼくは両親のことを想い、今日世界を変えてくるよと呟く。
家を出てから耳にイヤホンを押し込み再生ボタンを押すと、これまで何千回と聴いてきた大好きなバンドの代表曲が流れ出す。もしさっき決意したようなことが敵わなかったとしても立ち止まってはいけないと思う。世界を塗り替えたり戦争を無くしたり、そういうことがもしできなくたって、ぼくもまた走り出すしかない。
通勤電車のなかで調べたところによると、最新のデータでは現在世界人口の七十人にひとりが紛争に巻き込まれているらしい。ニ十世紀初頭の数字が三人に一人だったことからすると偉大なる進歩と言えるが、それでも世界には理不尽な暴力に巻き込まれる人間が確かに存在している。あのひとが開発したカーボンはそれをくまなく救うだろう。そして世界はもっと美しくなる。未来は常に光り輝いていると思った。
研究所に到着し、戦車の最終チェックを行う。機器類は全て正常に作動しているし、戦車自体にも不備は見られない。ぼくはその鼻面を撫でながら高くそびえる砲塔を見上げる。ポケットの中でラッピングされたブローチを探り当て、すぐにローズヒップさんがおまえを連れて行ってくれるからな、と思う。
「また、戦車かよ」
その声に振り向くといつかの学生が立っていて、彼の姿に少し怖気づくのを感じる。そんなに邪険にしなくたっていいじゃんと思うんだが、たぶんなんらか思うところがあるんだろう。いまの彼には今日こそ言ってやるぞという雰囲気があり、ぼくは戦車から手を離して彼と向き合う。思えば同じ副所長の預かりだというのにこれまでしっかりと話したことは無かった。
「あんたさあ、せっかく天才とか言われてるのに、なんで軌道エレベーターの方に行かないで戦車道の安全性なんてやってるんだよ」
こちらに向かって歩いてくるにつれ、彼の視線が上を向くように動いていく。こうして並んで立つと随分背が低いんだなあと思う。身長百五十センチちょっとしかないんじゃないだろうか。怒りっぽいし、多分牛乳が嫌いだったんだろう。
「聞いてんのかよ!」
「あ、ごめん」
間の抜けた返事に「ったくよぉ!」と悔しそうな声が上がる。
「そういうの無責任じゃないのかよ。あんたの研究でみんながやる気になってんのに。あんた金もらって研究員してんだろ!? 大人なら自分のやりたいことやってる場合じゃねえよ!」
彼の言葉は間違いなく正論で、心の奥が痛みでじくじくとうずく。しかしそれでもぼくは自分の研究対象を変える気には一切なれなかった。ぼくはたぶんこのまま一生子供なんだろうなと思う。それがぼくという人間にかけられた呪いなんだ。
「無責任だと思うけど、ぼくにとっては軌道エレベーターよりずっと戦車道の安全のほうが大事なんです」
ぼくは彼の眼をまっすぐに見つめ、はっきりとそう断言する。彼が反論しようとして口ごもり、次第に顔を赤らめるのを見た。
「さっさと戦車なんかやめて軌道エレベーターに来いよ! でないとこの研究所に来た意味ねえじゃん!」
顔を真っ赤にして言うだけ言って去っていく彼を見て、ぼくは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。自分で言っておいてなんだがどっちがどっちというものでもないだろう。だけどまずは戦車だった。軌道エレベーターなんてものはぼくにとっては大きすぎた。まずは戦車、それからちょっとずつ世界を広げていけばいい。そして今日がその足掛かりとなる。
戦車はぼくにとって止まっていた時間を動き出すための研究だった。
しばらくして聖グロの校章が入った車が研究所内に乗り入り、ダージリンさんとアッサムさんに続き、小柄な亜麻色の髪の女の子とローズヒップさんが現れる。ぼくは彼女たちに手を振り、所内から副所長が出てくると全員に向けて声をあげた。
「じゃあ、遠足に行きましょう」
元気よく返事してくれたのはローズヒップさんだけだったが、なんとなく犬を散歩に連れて行くみたいだと失礼なことをかんがえる。
実験場の近くまでは全員でバスに乗り、それからいつかと同じように戦車をひきつれて実験場への平野を歩く。途中で副所長から「実験が終わった後のことを考えておけ」と耳打ちされる。忙しくなるから、と声をかけられた。
実験場で最終チェックを行う。戦車のなかは一見普通のものと何も変わり無いように見えるが、よく目を凝らすと薄くメッシュ状に編まれたカーボンが全体に張り巡らされていることがわかる。これがぼくの導き出した正解だった。外からはコーティングで守り、中からは優しく受け止めてあげればいい。そしてタイツのように編み上げれば一部が破れても全体がほつれることはない。
ぼくはクルセイダーに乗り込むローズヒップさんに近寄り、手を突いたりしちゃだめですよと声をかけた。
「受け身を取るようにすれば、絶対にぼくが守ります」
彼女の瞳がかつてないほど激しく燃え上がり、ぼくにむかって強く返事を返す。乗り込む寸前、誰にもわからないぐらい短い時間ぼくらの手がふれあい、お互いの指の先をつまむように握り合って離れた。
カウントが始まる。ぼくの心は驚くほど平静を保っていた。日本の夏らしくない乾いた風が平野に吹き抜け、生い茂った草を揺らす。周囲は驚くほど静かで、カウントの音以外何も聞こえてくることは無い。
いけ! と念じた。一瞬後に戦車が走りだし、そしてあっという間に最高速に達する。風を切り裂いて走る姿はまさしく突風のようであり、彼女はすべてを振り切るように走った。
衝突。誰も声をあげることはない。計器だけが少し間抜けな音をたて、ぼくはそれを見ることもなく小走りで戦車に近寄っていく。計測の結果なんてみなくてもわかっている。あとは彼女の口から聞くだけだ。
走っている途中でキューボラが開き、初めて見た時と全く同じように彼女が戦車から現れる。その姿に一点の曇りもなかったが、ただ胸元についた紅茶のシミだけはどうしようもないなと笑う。
「どうですか?」
「ばっちりですわ」
「どこかにぶつかりましたか?」
「肩から倒れましたの」
「それは良いですね」
二人でスタート位置まで戻り、計器を確認する。戦車内部の衝撃は全くと言っていいほど少ない微弱なものだった。彼女の言葉が本当ならば、クルセイダーは時速六十キロで厚さ百センチの鉄板にぶつかり、その衝撃で倒れた彼女を完璧に受け止めたらしい。車内カメラでもそのように映っている。
第二回の実験も滞りなく進み、そして第三回でも結果が変わることは無かった。
彼女が隣にたち、ぼくの名前を呼ぶ。
ぼくは大声で叫んで彼女のことを抱き上げ、そのまま実験場を走り回った。一瞬遅れて副所長や掃除のおばちゃん、聖グロの生徒たちも声をあげ、ぼくは戦車をぐるりとまわってからローズヒップさんを降ろし、それからもう一度抱きしめる。掃除のおばちゃんがにやにやといやらしい顔で近づいてきて、ぼくの耳元で「あたしは信じていたよ」と全人類が信じないような言葉をささやく。
「初心わするるべからずだなあ」
呆然とした副所長がそう呟く。ぼくはその言葉に何も返さず、もういちど実験を終えたクルセイダーの中に入っていった。戦車内に深くかがみこみ、薄く、どこまでも薄く張り巡らされた網を指先で引っ張る。特殊なカーボンの超高弾性があってこそできる極細のセーフネット。ぼくは古い青春小説からこれをホールデンネットと名付けた。着想を得てから成功まで一週間とかからず、試行錯誤したのはせいぜい糸の太さぐらいのものだ。
戦車から這い出し、そこから見える夏の風景を眺める。するとすぐにローズヒップさんがそばに駆け寄り、満足げにぼくの顔をながめた。ぼくは戦車に肘をついていた彼女の手を引きあげ、掌を広げさせる。ポケットの中に入っていた袋を取り出すと、そっとそれを彼女の掌の上にのせた。
「ぼくから実験のお礼です」
彼女が包装を取り外すと中から真っ白いガーベラのヘアピンが現れ、眼がまんまるに見開かれる。やがて彼女が感極まったようにふるふると震え、ぼくを押し倒すようにのしかかってきた。出口に身体をぶつけてしまって背中がじんじんと痛む。だがそんな思いは一瞬後、彼女に唇を奪われた瞬間に全て霧消していた。
聖グロの子たちが感嘆の声をもらし、掃除のおばちゃんが「わたしも若い頃は……」と訊いてもいないことを話し出す。副所長がつぶやく「やばいぞ。犯罪だぞ」という言葉が耳に残る。
まあ、どうだっていい。
ぼくは全身をぐいぐいとおしつけてくるローズヒップさんを負けずに押し返し、戦車から這い上がって彼女のことを抱き上げる。足場が不安定だがそれもどうだっていい。
ぼくはもう一度彼女とキスをした。
結果というのは後からついてくるものだと知る。
それから一か月ほど経ってホールデンネットは世界中に知れ渡ることとなり、ぼくは再びお茶の間の人気者になった。とはいえ取材のときは緊張して全然しゃべれなかったし、喋った部分は殆どカットされていたので有名なのは顔だけだ。外に出ると知らない人に絡まれるようになって煩わしいし、車でしか通勤できなくなったのであまりいいことがない。
――いや、一発屋と言っていた連中を見返したおかげで研究所内を堂々と歩けるようになったのは良かった。これだ。
ぼくはローズヒップさんとふたりで紅茶を飲みながらにこにこと笑う。
「要は戦車内のあの糸を束ねて太くするだけでいいんですよ」
そう伝えると彼女はふんふんと頷き、興味深げにぼくの話を聞いてくれる。彼女のタイツに着想を得てからずっと考え続けていた構想だ。若い女の子にとっては全然面白くない話だと思うのだが、彼女はどんなことでも興味津々と言った様子で聞いてくれるから、こちらとしてもつい話しすぎてしまう。
「それだけであれは尋常でないほどの強度を持ちますし、それでまたタイツを編むんです」
「……あれはやっぱりタイツですのね」
なんとなく苦い顔をうかべる様子に苦笑する。それも全部あなたのおかげですよと言おうと思ったが、きっとそんなことを言っても喜んではくれないだろう。事情を知っている人たちからするとぼくはすっかりタイツフェチだった。一発屋の次はタイツフェチか、とへこんでしまわなくもない。
「で、それを編んだものをひたすら伸ばしていって、最後には宇宙まで届かせるんですわよね」
「そうです。よく覚えていましたね」
「でもそんなことしてどうなるんですの?」
「ぼくたちが自由に宇宙に行けるようになって、ありとあらゆる面で世界が変わります」
先日出たデータによると、軌道エレベーターが完成するまであと十年ということだった。ホールデンネットはカーボンの展延性を利用して巨大な円筒を作り出すよりもよほど簡単でコストも低く、実現性は遥かに高い。今もうすでにそれに耐えうる太さのホールデンネットが研究所で作られ、世界はそれに向かって邁進している。
軌道エレベーターができれば間違いなく世界は変わる。軌道上での太陽光発電が成功すれば世界のエネルギー問題は全て解決されるかもしれない。素晴らしいことだと思う。だが、ぼくにとってそれら全てはおまけみたいなものだった。
ぼくは黙って彼女のことを見詰める。少しツリ目がちの大きな瞳。燃え盛るような真紅の赤毛。そして前髪を留める真っ白なガーベラのヘアピン。どこをとっても可愛らしい最愛のひと。彼女と出会えなければ軌道エレベーターもホールデンネットもない。全て彼女のおかげだった。
……とはいえ、どうやらぼくには色々と見えていなかったものがあるらしい。当初は実験を快諾してくれたことについて奉仕精神の高い天使のような人だと思っていたが、どうやら彼女は単にスピード狂で思いっきり戦車をかっとばせることに喜んで快諾してくれたそうだ。ダージリンさんに耳打ちされて初めてその事実を知ったが、そのときは自分の盲目さにひとしきりわらった。
「次は戦車の駆動性能の向上について勉強するのも良いかもです」
そう呟くと彼女は面白いほどに表情を変え、犬耳がついていたらピンと高く伸ばしているだろうな、と思えるぐらいにそわそわし始めた。ぼくはその姿にまた笑みをこぼす。
彼女が戦車を走らせる理由が勇気によるものだろうと、単なる暴走癖だろうと全く構わない。大切なのは彼女のそれを恐れることない精神だ。人間は常に前に進み続けるし、それを止めることはなんにだってできやしない。ぼくはひとりの科学者としてそれを手助けすることができたことを誇りに思い、そしてそうさせてくれた彼女に心の底から感謝している。
ぼくは彼女の手をにぎり、それから何度か深呼吸をした。
「ローズヒップさん、あなたを愛しています。是非ぼくと一緒に世界が変わるところを見ましょう」
彼女の頬が桃色に染まり、それからもじもじと全身を居心地悪そうに動かす。今更もう彼女に対して秘密はない。戦車道の安全性についてのことも、父と母を事故で失ったことも、ぼくは全て彼女に打ち明けていた。あの試合のとき彼女のどこで惹かれ、なぜ実験への協力を申し出たのかも。
彼女はすっかり照れて買い被りですわ、と言っていたが、問題はそんなこと関係ないぐらいすっかりぼくが彼女のことを愛していたことだった。
そのまましばらく彼女のことを見詰めていると、ついに向こうが根負けしたように大きなため息をつく。顔を赤くしたまま俯き、上目づかいにこちらを見ながら囁くような声で言う。
「お転婆ですわ。いつも怒られてますの」
「可愛らしいです」
「紅茶こぼしちゃいますし」
「拭けば良いじゃないですか」
「スピード狂って怒られますし」
「戦車だけにしておいてくれれば」
何を言われてもすぐに言い返せる自信はあった。
「たぶんまだまだ護さんの知らない、おかしなところがいっぱいありますわ」
「これから全部知っていけばいいと思います」
そう答えるとやっと彼女が笑った。何を言っても無駄だと気が付いたらしい。
「というかですね、きっと問題はぼくのほうが多いですよ」
「では私たち問題だらけですわ」
「でも、完璧な人間なんて存在しない」
それでも前に進むし、選択することが出来る。
「……あなたの夢をお手伝いすると、そう言わせてもらったはずですわ」
答えはそれだけで十分だった。