幼女を愛でつつ敵をくっころし天下を統一するだけの話 作:ちびっこロリ将軍
「凪の仇や……死ね」
轟音と共に繰り出される槍を躱す手立てはない。走馬灯が頭の中を駆け巡り、自分を慕ってくれた少女達の姿が思い出される。
悪いな、朱里。最後に騙して。ごめんな、雛里。危険な目に遭わせて
折角、俺の為に色々やってくれたのに無駄にしてしまった。将来、自分の下で働いてくれると言ってくれた少女達の献身を無駄にしてしまった。
そして……
音々音。約束守れなくてごめん
朱里や雛里のような天才ではない。でも、音々音は諦めた事は無かった。自分の力が天才たちに劣るものと知りながらも、宮中の政治の怪物たちに馬鹿にされようとも、逃げずに立ち向かい、主君である呂布の為に尽くす姿は眩しかった。
俺は、あらゆるものを捨てて逃げた。夢も理想も、自信も誇りも棄てた。残ったのはちっぽけな自尊心と、自分の身の可愛さに逃げる癖ができた事だけ。
そんな俺が今更、かつての夢を語って、かつてありたかった姿を真似て、無謀と逃げるべきところで踏みとどまり、かつて逃げた壁に向かい合った結果がこれ。
慣れない事をして、自滅か……中途半端な俺の末路には相応しいのかもしれないな。
せめて、あの子達だけは救われてほしいと思う。
あの子達の事を思うとわずかながらに身体に力が戻った。袖に隠していた暗器を取り出せる。敵はこちらを殺す事で頭がいっぱいだ。この槍が当たる瞬間に合わせて目を狙おう。目を失えばこれ以上の追撃は出来ないだろう。
最後の一撃。命と引き換えの攻撃。
槍が迫ると袖口を暗器が流れ、掌に収まった。振りかぶる余裕は無い。指の力のみで弾くだけだ。敵がこちらを殺した瞬間の隙を付く。
まだ……まだ……まだ……迫りくる槍が遅く見える。これが死ぬ前に周りがスローモーションに見えるという現象か。これなら簡単に狙えるな。
敵は動かないこちらを戦意が喪失したものと思い、攻めてくる。
暗器を指で押し出す形を取る。死ぬ間際に打ち出せる準備は整った。
そうして、暗器が手が離れようとしたその瞬間……
戦場に爆音が響いた。
「なっ!!!」
敵将が爆音のする方に気を取られた。
顔を逸らされ、目は狙えない。指の力のみの暗器では威力がなく、当たっても致命傷にはならない。ならば、敵も俺の予測していなかった事態から、状況が好転する可能性を取った。
俺は片足に力を込めて、後ろに跳ぶ。なにか分らないが、窮地から逃げられる機会だった。
そうして距離を取る事に成功した後、落ちていた槍を拾い、立てないまでも膝を着く形で構えた。それでも未だ、敵将は爆音の先を見ている。俺が敵将が見つめる先の事を確認すると……人が吹き飛んでいた。
「はっ!?」
比喩ではなく、本当に吹き飛んでいた。まるで台風の時の紙のような有様。そして、再び、爆音が起き、土煙と共に人が空を舞い、砂埃と共に強風が迫ってくる。それとともに敵将がつぶやく。
「な、なんや?これ……」
敵将が呟いた事と同じことを俺の頭の中を埋め尽くした。なんだあれは……と。
そんな事を考えている間にも爆発音が戦場に響く。爆弾なんてものがあるはずもない時代に、なんでこんな音がするのか……
大きな群れが動き、動きが止まると爆発音と共に、人が吹き飛ぶ。人を吹き飛ばした後、その群れは別の場所に移動して、どんどんこちらに近づいてくる。
そして、女性の甲高い悲鳴が戦場に響くと敵将は叫ぶ。
「沙和!!!!」
敵将が一瞬、こちらに睨みつつも、なにかに葛藤し、そして、悲鳴がした方向へ向かっていた。俺はその姿を眺めている事しか出来なかった。
そして、敵将が爆発音のする方へ向かった後、再び、音が響き、叫び声とともにあの奇怪な武器が空中に舞った。あれだけの将をもってしても歯が立たない相手など一人しかいない。
暫く、群れの動きを見ていると、ガンガンと鐘の音が鳴った。それは曹操軍の退却の合図だった。曹操軍の左翼部隊と共に全軍が引いていく。それとともに爆音が止んだ。
暴れまわっていた群れがこちらに近づいてくる。
先頭にいたのは呂布だった。あの時と……あの模擬戦で戦った時と同じく、まるで機械のように無機質な瞳をしていた。そこからはなにも感情を読む事が出来ない。
拳に力が入る。助かったと安堵もある。でも、それ以上に口惜しさが勝る。あれから何年経った?あれからどれだけやってきたのか分からない。それでも差は広がるだけ。俺がまるで歯が立たなかった相手を一蹴し、曹操軍の左翼部隊を崩した。ここに居るという事はそういう事なのだろう。
「助かりました。呂布殿。このご恩はいずれ」
それでも、ここはそんな感情を押し殺し頭を下げる。命の恩人に無礼であってはならないし、なにより相手の狙いが何なのかすらも分かっていない。誰の命令で動いているのか。そんなことを考えていると呂布は困ったような悲しいような顔を垣間見せたように見え、自らの後ろに居た小さな影に話かける。
「……ねね、終わった」
「うー、まだ耳がじんじんするですぅ」
呂布にしがみついていた小さな影には……両耳を押さえた音々音が居た。
「……音々音」
肩から力が抜けるのを感じる。
張遼の話では倒れたと聞いていた。政治的に槍玉に上がるつらさは知っている。あの幼い体で人からの悪意を受けきることは多大なストレスがかかるだろう。責任感も強すぎる点もあり心配だった。壊れてしまうのではないかと……音々音はこちらに気が付くと、つかつかと足音を鳴らしながらこちらに向かってくる。ずっとしがみついていたせいなのか、疲れが見える。長安から来たのならかなりの距離だ。疲労は相当なはず。
手足がまともに動けばこちらから近づくのだが、安堵からか張りつめていた糸が切れたように体が言う事を聞かなかった。
眼の前に音々音が立つ。膝を着いている為、いつもよりも近く感じる。
音々音の唇が震えを押さえながらも言葉を紡ぐ。
「こ、この……」
「この?」
なんだろうか?この??
「この馬鹿!!!!」
罵倒の言葉と共に頬に痛みを感じた。
「えっ?」
「なにをやってるですか!孫策を相手に野戦を仕掛けた挙句、曹操とまで?しかも撤退戦で殿?お前の事は馬鹿だとは思っていましたが!ここまで馬鹿だとは思わなかったです!!このぉ!!」
頬を叩くのに止まらず、俺の胸を叩き始める。強く握られた拳。わずかにだが、血がにじんでいる。
「ね、ねね……」
「お前は恋殿とは違うのです。お前も言っていたではないですか、無茶はしないと!命が一番大切だからと!敵わないから逃げると!それがなんですか!」
「ご、ごめ……」
「ごめんじゃないです!なぜねねを信じなかったのですか?孫策を退けて、さらに曹操を相手にするなんて無茶をして!」
胸を叩く拳の力がすこしずつ弱くなっていく。そして地面には涙の後がぽたぽたと残っていた。
「それで死ぬつもりだったですか?ねねとの約束を破って!」
はぁ、はぁ、と息を乱しながら、頬には涙が流れ、握りこぶしには血が付いている。
「わかっているですか……あと少しで死ぬところだったのです。助けられたのは運が良かっただけ。ねねは間に合わなかったのです」
敵将がもし、俺を殺すことに専念していれば……仲間を救う前に俺を殺そうとしていたら死んでいた。それで良いと思っていた。でも……音々音の今の姿を見て、それは俺の独りよがりに過ぎなかったことだと分からされる。もし、敵将が呂布に向かう前に俺を殺していれば、音々音は一生、このことを悔やむのだろう。一生消えない傷を与えてしまうかもしれなかった。
「死んじゃやだ」
その言葉とともに胸板に倒れこんでくる音々音を抱きしめた。小さいにしても軽すぎる体だ。どれほどの苦労したのか、どれほど心配をかけて来たのかわからない。
「ごめん」
強く、離さないように抱きしめる。もう離さないように……