色々な価値観が逆転しまくった結果、ブサイク仲間の親友が世間に疎まれる超絶美少女になった。もう何が何やら。

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好きなものを混ぜちゃう悪癖で、衝動的に。


その日、世界がトリプルアクセルした。

 不思議な夢を見た。

 デブな俺が氷上で三回転半(トリプルアクセル)ジャンプに成功した夢だ。

 

「やりました! 田中平太郎選手! 金メダルです!」

 

 やれないし選手じゃないしメダルも欲しくないな……と溜息まじりに起床した。

 

 

 そんな朝、ふと見ると、エロ本の表紙がモンスターじみた醜さのデブ男たちに埋め尽くされていた。中身もひどいものと化していた。だがまあ俺の勝ちかなとも思った。ワールドクラスの醜男だからな、俺。あだ名はグロトトロだし。

 

 虚しい勝利を抱えてリビングへ行くと、清楚な美少女中学生のはずの妹がパンツ一丁で牛乳を飲んでいた。あ、これ見ちゃった俺がブッコロされるパターンだと諦観を抱いた。だが、しかし。

 

「ちょちょちょ、ちょっと! お兄ちゃん! 服着てよ! 朝からエロ過ぎるのよ、馬鹿! 助平太郎! ご馳走様です!」

 

 と合掌された。言われて気づいた。俺も同じ格好だったと。トランクス装備のグロトトロだったと。それにしてもご馳走様とはどうしたわけだ。肉か? この潤沢な脂肪のことを揶揄しているのか? などと我が身をかき抱いたところで妹が鼻血を噴き出した。震えながらサムズアップされたが反応の仕方がわからなかった。

 

 おかしい。何かが決定的におかしい。

 

 いわゆるアレっぽくないか? エロ漫画や創作界隈でコアな人気を誇る「貞操逆転」とか「美醜逆転」とか……いやこの場合はその両方なのか? ダブルに逆転したのか? 今朝から?

 

 そうは感じつつも俺は朝食を食べたし身支度もした。ルーチンワークに身を任せることが俺の処世術だからだ。とかく世界は醜男に対して厳しい。世知辛いなんてもんじゃない。だから理不尽な目に合うことは日常茶飯事だし、それにいちいち傷ついたり悲しんだり憤ったりしていたら身がもたない。鈍感になるに限る。

 

 だから全てを受け流した。

 

 電車通学の道中、妙に女性の興奮した顔を見た。というか目が合った。女性の顔といったら能面のような無表情か眉根を寄せた不快顔しか見慣れていないので物珍しさはあった。でも無視だ。俺には関係ない。お尻で美人OLさんのものらしき手がもぞもぞと動き回っていても、吊革に手が届かなかったのかなと思うにとどめた。

 

 下駄箱には大量のゴミではなく大量の手紙が入っていたが、心当たりもないので、全てダストシュートへ捨てた。いつもどおりのことをいつもどおりにしたまでだ。この後は雑巾で机の落書きを消す日か? それともまずは机を探すパターンか? ルーチン通りに生きる俺に隙は無かった。そう思っていた。

 

 美しく磨き上げられた机と椅子が、教室のど真ん中で輝いていた。

 

 これにはさすがに動揺した。幼稚園の頃からあらゆるイジメや嫌がらせを受けてきた俺としても初めて見るタイプだったからだ。

 

 これはあれか? 座ったら「汚すなよグロトトロ」的に罵倒されるというトラップだろうか。それとも「お前の机なわけねーじゃん」的な感じか? 「お前の席ねえから」的なやつの亜種なのか?

 

 想定外のものとは総じて人を不安にする。俺は珍しく心細くなり、助けを求める視線を親友へと向けた。俺ほどではないにしろ醜男である木村アキラをだ。すまんがフォローをくれ、ゲスゴブリン。グロトトロは混乱しているんだ……というアプローチは俺を更なる混乱へと叩き落すこととなった。

 

 絶世の美少女がそこにいた。

 

 黒髪ロングストレートで、色白で、瞳が大きくて、胸も大きくて、清楚で可憐で綺麗に過ぎて……一目惚れとか軽く超越したもの。神託を受けた気分だったもの。生まれて初めて敬虔な心になって、あと数秒で五体投地なり礼拝なりをやらかすところだったもの。

 

 でも、その超絶美少女は言ったんだ。俺に近寄り、小声で、必死な形相で。

 

「ありがてえ、その様子だとお前はまともなんだな? ちゃんとグロトトロなんだな? 俺だよ。今朝からこんな見てくれになっちまってるけど、お前の親友のゲスゴブリン、アキラ様だよ! おい、聞いてるか?」

 

 ああ……TSだ。TSだよこれは。世界はもう一回転していたということか。

 

 いや、それならそれで普通に醜女になってればまだわかりやすかったんだ。すぐにアキラだとわかったんだ。でも、もう半回転してる。あり得ないレベルの美化もされてる。もはや憑依転生と言われた方がしっくりくるレベルだ。

 

 いっそのこと俺のことも美化してくれれば……いや、美醜逆転的には醜化なのか? 貞操逆転も絡むから……ええと……何かもう意味がわからない。世界が狂ってるのか俺が狂ってるのか。

 

「ねえ、あんた何してんの? 平太郎君の邪魔でしょ?」

 

 それはクラスの女子の声なわけで。

 

「そうよ、どきなさいよドブス女! おこがましいのよ!」

「ブスゴブリンのくせに、エロトトロ様の御前に立つなんて!」

「またアイツの机と椅子捨てちゃおうよ。ホント気持ち悪い」

「あ、じゃあ明日は私が平太郎君の机磨くー。椅子クンクンするー」

 

 やばい。本格的に意味不明になってきた。え、つまりはこういうこと?

 

 美醜逆転した結果、俺は絶世の美男子なり美少年なりになっていて。

 貞操逆転した結果、性欲に駆られた女性たちが俺を見て涎を垂らしていて。

 TSおよび美化した親友は、俺の目には後光の刺す超美少女だけども、世間的には化け物レベルの醜女扱いをされている……ということ?

 

 どうしよう。涙出てきた。だって、とてもじゃないが、まともに生きていける気がしないもの。俺の大切な日常がサヨナラバイバイしちゃってるもの。っていうか誰だ、さっきエロトトロとか言ったやつは。想像しちゃったよ。ハートフルな名作が随分なホラーに成り果てたよ、俺の中で。

 

「や、やべ! また後でな、ヘータロ!」

 

 廊下へ走り去った美少女の残り香を嗅ぎ、それが親友のものだから複雑な気分になり、また涙を流す。膝から崩れ落ちる。

 

 嘘だろ、世界。

 どうしたって三回転半(トリプルアクセル)なんて決めちゃったの……?

 

 群れ寄ってきたクラスメートの騒々しさにトドメを刺されて、俺は結局、ピカピカの座席に着くことなく保健室へと運ばれることになったのだった。悪夢から覚めることを祈りながらも、それが叶わぬ夢であることを薄々と気づきながら。


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