ゴジラ vs 大仏   作:外清内ダク

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巻の二、大仏建立の詔

 

 海中より突如として現れた巨大不明衆生は、難波京一帯を破壊し尽くし、ふらりとまた海中へ消えた。

 

 その被害は極めて甚大なものであった。

 難波京は今や瓦礫の折り重なる廃墟と化し、家を、家族を奪われた人々は惨禍の跡に呆然と佇むばかり。

 

 帝もまた、つい昨日まで内裏のあった場所に立ち尽くしていた。

 この難波京は、彼自身が心を砕いて建造に携わった都であった。やがては平城京(ならのみやこ)をすら上回る新世代の都となるべき場所であった。

 それがかくも徹底的に破壊されたのである。帝の心中いかばかりか。

 

 

 そこへ“南家”武智麻呂が進み出て奏したことには、

「陛下、学生(がくしょう)たちが集まっております。

 あの……巨大不明衆生の正体について、お訊ね遊ばされませ」

 

 というので、帝は急遽建てられた仮の御所に入り、3人の名高い学生と会った。

 しばらくして帝は御所から歩み出て、沈痛な面持ちで首を振った。

 歳を食った学生どもは頭が凝り固まり、「そのような怪異はあり得ない」と繰り返すばかりで、何一つ得るところはなかったのであった。

 

 

 帝のたまわく、

「時間を無駄にした。鈴鹿王やある!」

 

「これに」

 

「官位の上下は問わぬ。話の分かるのを連れてまいれ」

 

「身分は卑しうございますが、唐国(からくに)に最新の学問を学んだものがおります」

 

「よし、それでよい」

 

「御意」

 

 

 さらに帝、藤原四兄弟を召して、

「先に決めた救援の策、このありさまでも実行は可能か否か?」

 

“北家”房前。

「不完全にはなりますが、可能と思いまする」

 

“京家”麻呂。

「軍と八省の再編復旧も急務でおじゃるー!」

 

 帝。

「よし。並行してやれる限り行え。金は要るだけ使ってよい」

 

 

  *

 

 

 その他、絶え間なくもたらされる報告と献策を裁くうちに、鈴鹿王が、風采の上がらぬ中年の男を連れて戻った。

 

 参議、鈴鹿王。

「もと遣唐使、下道真備(しもつみちのまきび)を連れて参りました」

 

 従八位下、下道真備。

「わあああたくし下道真備と申します下道」

 醜く媚びへつらい声も震えるありさまであった。

 

 帝は眉をひそめたが、官位の上下は問わぬと言った手前、文句は言えぬと思いなおし、努めて声穏やかに問いかけた。

「大儀である。そのほう、唐国に学んだとか?

 かの巨大不明衆生は一体何だ?」

 

 下道真備。

呉爾羅(ガージュラヴァナ)

 

 下道真備は、それまでの卑屈な様子が嘘のように、ぴんと背筋を伸ばし、叩き付けるように答えた。

 帝をはじめ、その場にいたものはみな、驚き、息を飲んだ。

 

 帝。

「が……づ……ら?」

 

 下道真備。

「遠く天竺に祀られし古き神。

 再生に先駆けて訪れる破壊の化身。

 仏による調伏を拒絶した唯一にして最大の外道」

 

「……また来るか?」

 

「必然」

 

「そんなものを相手にどうすればよい!?」

 

 帝の声はまるで悲鳴のようだったが、下道真備は、帝の機嫌を損ねたことなどまるで気にしていないように見えた。ただ、下から、値踏みするような目で帝を見上げていただけだ。

 

 下道真備。

「仏威」

 

 帝。

「何をしろと言うのだ?」

 

「陛下が平素篤く信仰している盧舎那仏(るしゃなぶつ)

 像を造ります大きな像。

 これを動かします、わたくしが唐で学んだ秘術。

 調伏します呉爾羅。ガヅラ!」

 

「仏とガヅラを戦わせようというのか。そんなことが可能なのか」

 

()

 

 下道真備は、にまり、と笑った。

 

 帝、鷹揚に頷き、

「鈴鹿王、橘諸兄、これへ」

 

「は」

 

「この件は汝らに任す。下道真備を使い、大きな仏像の建立計画を立案せよ」

 

 鈴鹿王は、

「御意!」

 と拝礼したが、橘諸兄はめざとく一言付け足した。

 

「されど陛下、下道真備どのは官位極めて低く、氏素性もよろしからず、大役を任すことは律令に反します」

 

 帝。

「おおきにもっともである。

 ならば、下道真備を10階級特進して正六位下に叙し、吉備の姓を与える。

 本日より、汝は吉備真備(きびのまきび)を名乗るがよい!」

 

 無論これは、下道真備――いや、吉備真備に厚遇を与えるための、橘諸兄の心遣いであったことは言うまでもない。

 かくして、ガヅラの再来に備えるべく、盧舎那仏像建立計画が動き始めた。

 後にこの仏像はこう呼ばれることになる。

 

 大きな仏――大仏と。

 

 

  *

 

 

 1か月後。

 調査が進むにつれて、難波京の深刻な状況が明らかになっていった。

 港湾、都市、宮殿などはことごとく徹底的に破壊されており、再建には50年を越える歳月と莫大な費用がかかると目された。

 

 天平十六年、卯月。

“南家”武智麻呂の献策により、難波京の放棄が決定。

 ガヅラの襲撃に備え、海から遠い近江の離宮、紫香楽宮(しがらきのみや)を仮の御所と定めた。(現在の滋賀県甲賀市信楽)

 さらに、いずれこの地に遷都すべく、甲賀寺を中心として甲賀宮(こうかのみや)の建造に着手。

 

 そして――鈴鹿王、橘諸兄、吉備真備による「大仏」もまた、この地にて建立が始まったのである。

 

 

  *

 

 

 天平十六年、霜月。

 甲賀寺境内にて。

 

 この日、ここに大仏の体中骨が立てられた。

 帝は、鈴鹿王、橘諸兄、吉備真備らを具して見分に訪れ、壮大な骨格を見上げ、ようやく少しばかり心安らいだとばかりに微笑んだ。

 実際のところ、帝はガヅラの第一次襲撃以来、あの恐怖が忘れられず、夜もろくに眠れなくなって、日に日に痩せ衰えていたのであった。

 

 帝。

「これほど大きな仏ならば、きっとガヅラにも立ち向かえよう」

 

 鈴鹿王。

「しかし、ひとつ問題が出て参りました。

 難波津、住吉津の再建、さらに甲賀宮の建造と、出費相次ぎ、大仏建立の資金に不足が生じつつあります」

 

 帝、頷いて、

「それについては、宇合から献策があった。

 税収増のために三世一身法を改正し、墾田は永久に開墾者が私有できることにしようとな。

 墾田永年私財法とでも名付けようか」

 

 橘諸兄、楽しげに笑い、

「おやおや。ことによると、各地の寺社豪族の類が私有地を抱え込んで、制御しきれなくなるかもしれませんよ」

 

 帝。

「それも含めて国力であろう? 朕は良いと思う。

“式家”らしい、奇抜な良案よ」

 

 帝は、ちらと鈴鹿王に視線を移した。

 鈴鹿王はいつものように、眉間にしわを寄せている。気を緩めたところを他人に見せることは、滅多にない男であった。

 

 帝。

「“北家”房前は、定石を疾く打つに秀でる。

“京家”麻呂は、常に事態の問題点を見出す。

そして“南家”武智麻呂は、放っておけば瓦解しかねぬ四兄弟のまとめ役じゃ。さらには、朝廷全体のな」

 

 鈴鹿王。

「御意のとおりにございましょう」

 

「のう、鈴鹿よ。過去は水に流し、少し、やつらとも交わってみぬか?」

 

「私は私の為すべきを為すまでにございます。これまでも、今も。そして明日も」

 

「そうか……

 ま、今はそれでよい」

 

 

 そこに、遠くから若い女の声が聞こえてきた。

 振り返れば、甲賀寺の門前から、手を振り駆けてくる小さな姿があった。

 皇女、高野姫(たかののひめ)である。

 

「ちちうえさまーっ!」

 

 帝、高野姫を抱きとめ、抱き上げ、頬を擦りつけてのたまわく、

「おお、高野! 高野よ、かわいい高野!」

 

 高野姫、答えて曰く、

「さよう、高野は今日もかわゆくございます!」

 

「なにゆえ、そなたがここに? 平城(なら)にいたのではなかったか?」

 

「ちちうえさまのお役に立ちとう思うて、高野は来たのです」

 

「そうかそうか。百人力じゃ! あはは……」

 

 帝は、高野姫を肩にのせ、何か月ぶりとも知れぬ楽しげな様子で、笑い、御所へ戻っていった。

 これには、さすがの鈴鹿王や橘諸兄も顔を見合わせ微笑んだ。

 

 ただ、ひとり吉備真備だけは、高野姫を一目見てから、惚けたように口をぽかんと開けていた。

「美……」

 

 

  *

 

 

 時を同じくして、崩壊した難波津にて。

 

 一隻の、まことに見事な大船が茅渟海に現れ、はしけが送られ、崩れかけた桟橋に得体の知れぬ一団を降ろした。

 難波津には、ガヅラを警戒して兵が置かれていたが、兵はすぐさまこの者たちを見とがめ、殺到した。

 

 見れば、船からやってきた者たちは、見たこともない珍奇な、そして華々しい衣服をまとっていた。

 とりわけ、その中に佇む美女の、麗しき顔、絹糸そのものの如き髪は、ただのひと目にて兵たちを魅了するに充分なものであった。

 

 兵、問うて曰く、

「お前ら、なんだ?」

 

 美人、答えて曰く、

「あら、品のない言葉遣いですこと。

 これだから東夷はいやなのよ。

 

 誰でもいいわ、どなたか倭王どのに伝えてくださる?

 

 ――偉大なる唐国から、(フェイ)が逢いに来たってね!」

 

 

 

 

つづく。


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